開け放たれた窓から入ってくる風が気持ちいいと感じる朝。
「本当、いいお天気になったわね」
 マリューは独り事のように呟くと、やわらかい笑顔をたたえたまま、クローゼットの前までやって来る。
その扉を開けて中から取り出したのは、自分が着ているよりも、ひと回り大きな軍服。
しかも、まだビニールがかけられており、一目で新品だと分かるものである。
 それと一緒に裁縫箱を手にしてリビングのソファーに座ると、何やら縫い物を始めた。

 しばらくして、その部屋に入ってきたのは、シャワーを浴びたばかりのムウだった。
「ん?何してんのさ?」
 手にしていたミネラルウォーターのボトルを口にしながら、マリューの手元を眺めている。
「今日の為に、キサカ一佐にお願いして、新しい軍服をもらってきておいたの。ハイ、出来上がり」
 プチッと糸を切ると、その軍服をムウの前に差し出す。
「え?俺のか??なんで?」
 そう言いつつ、受け取った軍服をボーっと眺めている。
「なんでって……」
 マリューがそう苦笑しながら見た先には、昨日までムウが着ていた軍服が壁にかけてあった。
その両腕の部分は、もちろん皺くちゃになっている。
「あの状態の軍服で、今日の式に出席する訳には行かないでしょ。
 アイロンかけてみたけど、あの皺は直らなかったんですもの」
「あ、やっぱダメ?」
 そう苦笑しつつ、濡れたままの頭をタオルでガシガシと拭いていた。
「ほら、いつまでもそんな格好してちゃダメでしょ!早く、この新しいのに着替えて!」
「えっ、ちょっと、マリューさん?!」
 どうやら、もうしばらくは楽なバスローブ姿で過ごしたい様子のムウだったが、
マリューに背中を押されるようにして隣の部屋に入ると、しぶしぶ着替えを始めた。

 しばらくして自身の身支度が終わったマリューが、隣の部屋に顔を出した。
「ムウ?準備できた?」
 マリューが部屋に入ると、そこには半袖のアンダーシャツに軍服のズボン姿のムウが
ドライヤーで髪をセットしているのが目に入った。
「こういう時だから、きちっとしておかないといけないだろ?」
マリューは「もう、そういう事には気を使って……」と笑いながら、薄紫色のインナーと、真新しい軍服を手にすると
鏡の前で伸びた髪を気にしているムウに近付く。
「ほら、早くしないと、キラくん達が待ちくたびれちゃいますよ。式場の準備は、あなた方2人が責任者なんですし」
 と、苦笑しながら、ムウにインナーを差し出す。
それを受け取りながら
「ちゃんと、やるべき事はやりますって、マリューさん」
 ニカッと笑いながら、彼女の頬にチュッとキスを落とす。
「も、もうっ!ムウッ!」
 油断も隙もない恋人の行動に、これまた苦笑しつつ、軍服の上着を手渡す。
 インナーを着込み、軍服を羽織る。
そのインナーの襟元は、いつものように緩められたまま。
そして、軍服の袖も、これまたいつものように腕まくりをしようと引っ張り上げようとする。が、
「あれ?どーなってんだ?」
 どうやら、袖口がいつものように広がらず、腕まくりが出来ないらしい。
その様子を笑いながら見ていたマリューが口を開く。
「今日は世界中の首脳レベルの方々が集まるんですから、腕まくりなんてしてもらっては困ります」
 そう言うと、緩められたままのインナーの襟元に手を伸ばし、ジッパーを引き上げる。
「ねぇ、もしかして軍服になにかしたとか?」
 今度はムウが苦笑しつつ、マリューに問いかける。
「えぇ、あなたの事だから、どうせすぐに腕まくりするでしょ。
 だから、袖口が広がらないように、ちょっと縫い付けておいたの」
「あら、バレてた?」「えぇ、もちろん」
 満面の笑みで「伊達に、あなたの恋人やってないわよ」と付け加えてムウを見上げる姿に
やっぱ、マリューにはかなわないな……と苦笑しつつ、無意識にインナーのジッパーを降ろしていた。
「もぅ、言ったそばからっ……!」
 再びマリューの手が襟元に伸びたのだが、寸前のところでその腕をムウに掴まれてしまった。
「なぁ、式場の準備してる間は、襟元は緩めててもいいだろ?あぁ、もちろん、式の時には、ちゃんとしたカッコするからさ」
 そう返されたマリューは、ほうっとため息を一つつくと
「もぅ、仕方ないんだから……。でも、式の時は、ちゃんとした姿で来てくださいね?」
「了解しました、ラミアス一佐どの」
 そう、おどけた様子で敬礼するムウに、マリューも
「よろしくお願いしますね、フラガ一佐どの?」
 と、同じように返事をする。
 しかし、そういい終わった途端、2人同時に「ぶわっはっはっはっ」「うふふふふふっ」と大笑い。
「なんだか、ヘンな感じだなぁ。仕事じゃない時は、やっぱ『マリュー』って呼ぶ方がしっくりするよ」
「えぇ、そうね、ムウ」
 
 ひとしきり笑った後、マリューがポツリと漏らした。
「こんな普通の会話を、また、こうしてあなたと出来るっていうのは、こんなに幸せな事なのね」
「……またマリューと、こうして笑い合える事が出来るってのが、俺の夢だったしな」
 お互いに顔を見合わせクスッと笑うと、ムウはマリューをしっかりと抱き締め、目の前の愛しい人にキスをする。
ゆっくりと相手の気持ちを味わったあと、どちらからともなく唇を離す。
「あ、ヤダ。口紅が……」
 ムウの唇にほんのりとマリューの口紅の色が残っている。
ポッと頬を赤らめた彼女が、それをふき取ろうと自分の指をムウの唇に伸ばした。
が、再びその手はムウに握られてしまう。
「いいんだよ。これは、俺がマリューのモノだっていう証なんだからな」
 そう言うと、自分の唇をペロッと舐めると、マリューの耳元で
「マリューは俺のモノだって、みんなに自慢してやるんだから」と囁く。
「ちょっと、あなたはよくても、私が困るんですっ!」
 ちょっとばかり怒った口調のマリュー。
しかし、ムウはそんな事は関係ないといった様子で
「じゃあ、式場の準備に参りますか?」
「ちょっとムウ!この手は何なの?!」
 突然、腰に回された手が、マリューを掴んで離さない。
「ん?いいじゃないの〜!さあ、早く行かないとね」
 少々反抗するマリューを、無理矢理抱き寄せたまま、部屋を後にした。
 その2人の後姿は、改めて幸せを実感しているかのような暖かさを醸し出していたのは、言うまでもないだろう。

Little Happiness

え〜『二人だけのイヴ』が、アスカガ結婚式前夜の話だったので、今度はその翌日……
つまりは、結婚式の朝のお話を書いてみました。
今度は、ムウマリュ視点って事で(笑)

書いてて思ったんですけど、これ……もうちょっと、このまま続きを書いてみようかなぁ〜?と(爆)
さしずめ次の話は、式場準備中〜アスカガ結婚式終了って辺りまでですかね??
このまま、ムウマリュ視点で……キララクも混ぜてたりして?!