そのロケットを私が見つけたのは、本当に偶然だった。


Rest In Peace


    そ  ら
 彼が宇宙で、その短い生涯を散らしたのを知った時、私は地上で新しい機体の開発チームの中にいた。
 あの時もザフトに対抗する為の新しい機体を作っていたのだ……彼が死んだ事も知らずに。

 その事実を上司から知らされた私は、苦しくて痛くて、身体中から悲鳴を上げるように泣いた。
 何日も、何日も……。

 そして、彼を失った痛みを忘れる為に、私は以前にも増して、機体開発の仕事に没頭するようになった。
 それでも自宅に戻って1人きりになると、彼の事を思い出してしまう。

 彼が誕生日にくれた、真っ赤な薔薇を目にする度、私は声を押し殺して泣いていた。
 プリザーブト・フラワーのそれは、あれから数ヶ月経った今も、その色も瑞々しさも失われること無く私の殺風景な部屋を彩っているのに……。
 それなのに……その花束をくれた彼は、もうこの世にはいないのだ。

 えぇ、分かってる……分かりきっている。
 死んだ人間は、戻ってこない事ぐらい……。
 それでも、もう少しの間……彼の事を思って、泣いてもいいかしら?
 1人の時だけだから……。



 彼の死を知らされてから半年。
 心の傷は癒えぬまま、私は相変わらず仕事に没頭していた。
 そうする事で、彼の死を昇華できると思ってた……。

 そんな時だった。
 たまたま立ち寄った雑貨屋のガラスケースの中で、真っ赤な薔薇が咲いている事に気付いたのは。

 何故か心を惹きつけられた私は、そのガラスケースを覗き込んだ。
「薔薇の棺……」
 それは、真っ赤な薔薇が浮き彫りにされたロケット。
 ただ、その形が……私には棺に見えた。死者を収める、あの棺に……。
 鮮やかな赤色に染まった薔薇のレリーフは、まるで本物の花のように咲き誇っており、思わずそれに目を奪われた私は、立ちつくすようにそれを眺め続けていた。

「それね……とっても綺麗な薔薇のレリーフなんだけど……」「え?」
 突然、真後ろから初老の女性に声を掛けられた私は驚いて振り返えると、この店の店主らしき白髪の婦人が、優しい眼差しで私を見ている。
「みんな、その薔薇のロケットを手にして見るけど、結局誰も買わないのよ」
 そう言いながら、彼女はガラスケースからそのロケットを取り出し、私の手に乗せてくれた。
「裏をご覧になってみて」
 そう言われ、私はロケットの裏面を見てみた。

「R.I.P……」
 その裏に彫られていたのは、死者を弔う言葉。
 思わず私は、その文字を指でなぞりながら「Rest In Peace……安らかに眠って……」と、声に出して呟く。
 その時、真っ赤な薔薇のレリーフの向こう側から彼の笑顔が見えたような気がした。
 途端に私の奥底から苦くて温かい何かが溢れてきて、自分では気付かないうちに、手の上のロケットをポタポタと濡らしていたのだ。
「あなた……」
 驚いた婦人が、慌ててハンカチを差し出してくれ、私は「ごめん……なさい」と謝りながらそれを受け取っていた。

 見ず知らずの婦人が、声にならない声で嗚咽しながら泣いている私をそっと抱きとめてくれている。
「いいのよ。全部吐き出して泣いていいから……」
 その一言を聞いた私は、あの薔薇のロケットを胸に抱きしめたまま、声をあげて泣いていた。
「大丈夫よ、大丈夫……」
 彼女の温かい言葉とその腕が、傷ついていた私の心を優しく包み込んでくれているようで、悪いとは思いながらも、そのまま泣き続けていた。

 どれくらいの間、私は泣いていたのだろう?
 ようやく落ち着いた私は、店のソファーに座り、テーブルの上に置かれたロケットを見つめていた。
 薄暗くなった店内を照らすオレンジ色の光が、そのロケットに当たり、キラキラと光を発している。
 再びそのロケットに手を伸ばそうとした時、頭上から柔らかい声が降って来た。
「落ち着きました?」
「すみません……取り乱してしまって……」
「いいのよ。気にしないで」
 婦人がそう言いながら私の真正面に腰を下ろすと、ホットミルクの入ったカップを手渡してくれた。
「温かいうちに召し上がって。落ち着くと思うわ」
 彼女の優しさに「ありがとうございます」と礼を述べ、私はそのホットミルクを口にする。
 温かい液体が身体の中に広がるのを感じ、私はほうっと溜息をつくと、婦人の瞳を見つめた。
「あの……このロケット、頂けますか?」
 そう言うと、私は代金を支払おうと思い、ハンドバッグから財布を取り出す。
「それは、あなたに差し上げますわ」「えっ?」
 婦人はにっこりと微笑むと、そのロケットを私の手に握らせてくれたのだ。
「あなたに何があったのかは分かりませんけど、でも、あなたが前向きに生きてくれるならば……お代は要りませんわ」
「そんな……事……」
 驚いた私に、彼女は「あなたに持っていてもらいたいって、私が思うのよ」と、ロケットを握った手を、私の胸元に押し返す。
 その時の彼女の微笑を見て、私は「本当によろしいのですか?」と再度、確認を取ってみた。
「えぇ、そのロケットは、きっとあなたの支えになってくれると思うの」
「ありがとうございます!!」
 彼女の申し出に、私はテーブルに額を打ち付けそうになる程、勢い良く頭を下げていた。


 あの薔薇のロケットに、私は彼からもらった薔薇の花びらを入れる事にした。
 いつまでも色褪せない真っ赤な薔薇の花びらを、1枚だけ……。
 ただ、安らかに眠って欲しいと、そう願って……。


 あれ以来、私の胸元にはいつでも薔薇の花がある。
 彼の意思を継ぎたい。
 戦争を終わらせたい。
 もう、これ以上、彼のような人を出さない為に。
 そして、私のような思いをする人を、これ以上出さない為に。
 
 平和への思いを、この薔薇のロケットに込めて……。


以前から気になっていた、マリューさんのロケット。
あの裏に刻まれていた『R.I.P』の文字を、とある映画の中で発見しました。
しかも、それらは墓標や棺桶……。
それに気付いてからよく見てみると、あのロケットも棺桶の形をしてるじゃないですか!!
これは、何か共通するものがそこにあるのかもしれない……と思い『R.I.P』の意味を調べてみました。
そしてたどり着いた答えが『Rest In Peace』
『安らかに眠って下さい』という、死者へのメッセージだったんです。

この事に気付いたら、思わず書きたくなってしまったんですよ(苦笑)
マリューさんがどんな気持ちで、このロケットを手にしたのかな……と。

日記に思いつきで書いたものを、ちょっとだけ手直ししてみました(^^ゞ


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