Twitterのクジラを創ったデザイナーに聞く、スタートアップが理解すべきデザインの鉄則
今回は500 Startupsで働く、デザイナーのYiying Lu氏にインタビューを行いました。上海で生まれ育った彼女が、サンフランシスコのスタートアップ最前線で働くようになった経緯から、実際に彼女がデザインする際に大事にしていることなど実践的な部分まで語っていただきました。
あえて自分の苦手なことに取り組んだ学生時代
私は中国上海生まれで、小さい頃から「シティハンター」や「クレヨンしんちゃん」といった日本の漫画やアニメが大好きでした。自分自身も絵を描いたりといった、クリエイティブなことに興味があり、創造することに喜びを感じていました。私自身はいわゆる右脳派で、ロジカルに思考することはあまりありませんでした。
しかし、地元上海の理系の高校へ進学したことで、物事を論理的に考える友人達に囲まれるようになったのです。論理的思考が求められる環境に身を置くことは、私にとって自分の本来の特性とは違うことを習得する必要があり、とても苦労しました。しかしこの7年間に及ぶ高校時代の努力が、右脳と左脳それぞれのバランス感覚を得るいい経験になりました。また、ソフトウェアに興味を持つきっかけにもなったと思います。
絵をコミュニケーションのツールとして使う、ビジュアルコミュニケーションとの出会い
高校を卒業した後、オーストラリアのUNSW Australia(University of New South Wales)へ進学し、デザインの基礎を勉強していました。あまり大学へは真面目に行っていなかった時に、他の大学であるUTS(University of Technology, Sydney)のInternational Openingへ参加する機会がありました。そこでデザインの教授と話す機会があり、「是非ともうちの大学へおいでよ」と誘っていただいたのです。
そしてこのUTSへ入ったことがきっかけで、”ビジュアルコミュニケーション”という領域を知りました。以前からアート作品を単なる広告や画像としてではなく、コミュニケーションのツールとして使いたいと思っていました。それは小さいころから好きだった漫画やアニメが、人とのコミュニケーションに使われている様子をずっと見てきたからでしょう。漫画は画像を通してストーリーを私たちに訴えかけてきますよね。これもビジュアルコミュニケーションなのです。
オンラインへの作品投稿で、世界で活躍するチャンスを得る
大学では沢山の機会をもらい、ロンドンへ渡り、広告も勉強しました。2007年にシドニーに戻ったのですが、そんな時ふとロンドンや上海の友人に会えないことを残念に思うようになったんです。ちょうどこのタイミングでFacebookが広く使われるようになり、オンラインで上海の友人が誕生日だからとバースデーパーティに招待してくれるようになったのです。誘ってもらっても、シドニーにいる私は行きたくても行けない。遠く離れた友人たちに伝えたいという大きな気持ちをアートで示せないかと作品にしたものが、Twitterのくじらです。
今では世界中の人がこのくじらを気に入ってくれて、素晴らしいファンアートもたくさん作ってもらいました。私はインターネットを通して、多くの人が私の作品を好きになってくれることにとても喜びを感じました。
くじらの他にも、大学の頃から自分のウェブサイトに沢山のプロジェクトを載せていました。ある時ポストカードを描いたのですが、非常にいい出来だと思ったので、売るべきではないかと考えたのです。なぜなら私は留学生で、やりくりするために自分の能力を活かす必要があったからです。
そこで自分自身で出版社に連絡をすると、とある企業が私の絵を気に入ってくれて、使いたいと買ってくれたのです。はじめて自分の作品が売れた経験を通して、デザインがビジネスになることを知りました。それからまるでスタートアップのように、沢山の企業に電話で営業をかけて売り込むといったことをするようになりました。
また、自分の作品をオンラインで沢山の人が見てくれて、会ったことはありませんがオンライン上でつながっていました。そのおかげで、サンフランシスコに初めて来るときにはすでに数多くの友人とつながっていました。2009年に仕事をもらい、ニューヨークを訪れた帰りに、サンフランシスコに寄ってそういった友人に会っていこうと思ったのです。この時まだAirbnbも Uberもありませんでしたから、オンラインで知り合ったサンフランシスコの友達に泊めてくださいとお願いしたのです。するとみんな歓迎してくれて、初めて訪れた場所にも関わらず、たくさんのひとが私のためにパーティを開いてくれました。またそれと同時に、私の作品を好きだと言ってくれるような人たちから、仕事もたくさんいただきました。これがスタートアップと仕事をやっていくことになった最初のきっかけです。
デザインを考える際の2つの鉄則
私自身がデザインを考える際には、大きく2つのポリシーがあります。まず1つ目は、”人々をスマイルにすること”です。実際に私はこの「FUN=楽しさ」を重視して500 Startupsでもデザインしています。例えば、昨年秋のDemo Dayでハロウィーンの装いをする、Demoweenを企画しました。いろんな人が本格的に仮装して、たくさんのメディアに取り上げていただきました。従来通りの、ただ単にピッチするだけのDemo Dayではとても真面目な雰囲気でつまらないですが、Demoweenではたくさんの人が楽しんでくれました。
Twitterのエンジニアチームと協業した際にも、終わり際にリーダーが、「君と働けてとても楽しかった。ビジネスとは思えないくらいだ」と声をかけてくれたのです。スタートアップをやっていくということは、資金調達や売上など頭を悩ますことばかりで、辛いものです。一方で、アートや音楽といったカルチャーは人々を幸せにするのです。Twitterのくじらも人々を幸せにしてくれるから、人々に愛されますし、FUNはデザインには欠かせないことだと思っています。
2つ目に、”しっかりとユーザーをリサーチすること”があります。先ほどから話しているように、デザインはコミュニケーションですから、ユーザーとユーザーのペインポイントを理解することは必須でしょう。
例えば、Airbnbの共同創設者兼CPO(チーフ・プロダクト・オフィサー)のジョー・ゲビア氏はロードアイランド・スクールオブデザインで2つの学位を取得するなど、デザインの領域で素晴らしいバックグラウンドを持っています。「ホテル料金が高い」というユーザー達の課題をしっかりと理解していたからこそ成立した、偉大なサービスだと思います。
私が考える良いデザインとは、”右脳と左脳をつなげてくれるもの”です。つまりプロダクトデザインとは、見た目だけでも機能だけでも上手くいきません。両方が備わってこそ機能するのです。この観点から考えると、ドイツのスタートアップ、Clueのアプリは素晴らしいと思います。女性の月経管理アプリなので、男性にはよく知られていないとは思いますが、機能としてもデザインとしても素晴らしいです。
スタートアップがしがちなデザインにおける間違い
私は500 Startups自体のブランディングやマーケティングと合わせて、投資先に対し、デザインに関する支援を行っています。アクセラレーターにおいては、プログラムのはじめにブランディングやマーケティングを授業形式で教えています。この授業では、デザインに必要な原則やコツを共有することを目的としています。その後、みんなと一緒に座って、ロゴやデザインをスタートアップがお互いに学べるような場を設けています。互いにコメントしあうことで、たくさんのことを得られるからです。加えて、オフィスアワーのように一対一での支援やフィードバックも行っています。
ここアメリカでは多くのベンチャーキャピタルがデザイナーを雇い、スタートアップをデザインという観点から支援するようになっています。これはプロダクトにとってデザインが重要だと認められていることを示していると思います。
起業家がデザインにおいてしがちな間違いとして、MVP(Minimum Viable Product:最低限の機能を持ったプロダクトの意で、エリック・リース氏が唱えたリーンスタートアップで一般によく知られるようになった)においては、デザインは必要ないと誤解していることがあります。私は、たとえ創業初期のスタートアップや検証段階のプロダクトだったとしても、デザインは必要だと考えています。例えば、スタートアップを立ち上げて、資金調達をしなくてはならないとしましょう。シード投資家やエンジェル投資家にピッチする際には、当然プロダクトの可能性を信じてもらうために、コミュニケーションをとる必要があるので、デザインが重要になるのです。投資家がプロダクトを気に入ってくれるということはユーザーが気に入ってくれるということでもあります。
デザイナーの採用は恋愛のようなもの
デザイナーを採用するには、やはりファウンダーの人柄や会社のカルチャーを気に入ってもらうことが必要です。
私自身がフリーのデザイナーとしてたくさんの大企業と契約をしていたのに、それらを解約してまで500 Startupsにジョインすることを決めた理由は、500 Startupsを気に入ったからです。つまりファウンダーを人として好きになったからです。Daveの専門はエンジニアリングやマーケティングですが、宮﨑駿などのアニメーションが好きで、デザインの価値を理解して、尊重してくれていました。お互い好きだと感じ、付き合うような感覚で500 Startupsへのジョインが決まりました。そう思うと、まるで恋愛やデートみたいなものですね。
また、500 StartupsのDemo Dayの前日、Pre-dayの準備をしている最中に私もオフィスで深夜まで作業をしていました。するとみんなが私を気遣って、声をかけてくれたり、ディナーのピザを持ってきてくれたのです。その500 Startupsの文化がすごくいいなあと思いました。ビジネスはもちろん大事ですけど、それだけではないと思います。
スタートアップに興味があるが、どのようにリーチしたらいいかわからないというデザイナーは、まずプロジェクトとして何かプロダクトを作ってもいいかもしれませんね。Twitterも最初はそうでしたし、パッションではじめたプロジェクトがトラクションを集めて、メインになるのもスタートアップの始め方の一つでしょう。
または作品をオンラインに載せることで、あなたの作品を気に入ってくれる人が世界中に出てくるでしょう。私自身がそうだったように、誰も私を知らなくても私の作品を見てくれるのです。それがあったからこそ、いま私はサンフランシスコにいるのです。