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賛否両論! 配偶者控除

パートで働く女性などの働き方を制約していると言われている税金の仕組みが所得税の「配偶者控除」です。妻の収入が一定の水準を上回ると夫の税金が増える仕組みになっているからです。政府は女性の社会進出を促そうと、この税制の仕組みの見直しを検討していますが、共働き世帯や子育て世帯など、家庭の事情によって意見はさまざまです。(経済部・寺田麻美記者)

パートに制約 103万の壁

「101万6930円」、「99万7070円」…

東京都内にある訪問介護の会社で働くヘルパーの給与明細にある年間給与の額です。いずれも100万円程度。この会社の営業部長は「103万円を意識して、このような働き方をしている人が多い」と話します。

このような働き方の背景には所得税の配偶者控除があります。配偶者控除は配偶者の給与収入が年間で103万円以下の場合、所得から一律38万円を控除する、つまり差し引く仕組みになっていて、税が軽減されます。例えば、夫が妻を扶養し、妻の給与収入が103万円以下の世帯の場合、夫の所得税率が10%なら、配偶者控除によって、年間3万8000円、税金が減る計算になります。

企業の中には、この仕組みにあわせて、配偶者の年収が103万円以下の従業員に家族手当などを支給しているところもあります。こうしたことから、税金が増えたり、手当が打ち切られたりするのを避けるため、年間の給与収入が103万円を超えないように、配偶者が労働時間を抑える傾向があります。

これが、よく言われる“103万円の壁”です。

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ヘルパーの木田三枝子さん。3人の子どもの子育てが一段落したのをきっかけに、3年半前に資格をとりました。年間の収入を103万円以下に抑えるため、1日1、2時間ほどで仕事を切り上げています。木田さんは「育ち盛りの子どもにはお金がかかるので、もっと働きたいという気持ちはあるが、配偶者控除がなくなると思うと…。103万円を気にしながら働いています」と話しています。

会社には、従業員が40人ほどいますが、3分の1が木田さんのように週に10時間ほどしか働いていません。年末になると、年間の給与収入が103万円を超えてしまいそうな人が休むケースが増えると言います。

ただでさえ人手不足の介護現場で、社員やほかのヘルパーにしわ寄せがくることもあります。この会社では「配偶者控除によって働き方にブレーキがかかっている」と話しています。

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もはや時代おくれ?

この配偶者控除が創設されたのは昭和36年。当時、夫が働きに出て、妻が専業主婦という世帯が多数を占めるなか、家庭内で家事を担う妻の役割を控除という形で評価しようと創設されました。主に、妻が専業主婦だったり、パートで働いていたりする世帯で税が優遇されています。

しかし、創設から半世紀以上が経ち、女性の働き方や家族の形は変化しました。総務省によりますと、昭和55年に専業主婦のいる世帯は1114万世帯でしたが、去年には、687万世帯に減少しました。その一方で、夫婦いずれも働く「共働き世帯」は昭和55年には614万世帯でしたが、去年1114万世帯に増え、全体のおよそ62%を占めています。

このように、家族の形が変化するなか、専業主婦の世帯などを対象に税負担を軽くする「配偶者控除」は、時代にあわなくなっているのではないかという意見が出ているのです。

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配偶者控除見直しへ 議論スタート

9月9日に開かれた政府税制調査会で、安倍総理大臣は「特に女性が就業調整をすることを意識せずに働くことができるようにする必要がある」と述べて、所得税の配偶者控除の見直しなどを検討する方針を打ち出しました。

仮に配偶者控除がなくなると、税負担が今よりも増える世帯が出てくる可能性があります。ニッセイ基礎研究所の試算によりますと、妻の年収が103万円以下で、配偶者控除を全額適用されている場合、配偶者控除を廃止すると、夫の年収が200万円から400万円の層では負担増加額は5.2万円ですが、年収が1200万円になると12.2万円になります。

ただ、年収に対する負担割合で見ると夫の年収が1000万円の層では1%程度。年収が200万円の層では2.5%程度と低所得層ほど負担割合が高くなります。

政府税制調査会は、おととし11月に配偶者控除の見直しの方向性について選択肢を示しました。その中で「配偶者控除」にかわる新たな仕組みとして検討されるのが、配偶者が専業主婦であっても、パートであっても、正社員で働いていても、夫婦の世帯であれば、一定額の控除が受けられるようにする「夫婦控除」という新しい制度です。この場合、所得税全体の税収が大きく変わらないようにするため、所得制限を設ける可能性もあります。詳しい仕組みはこれから検討されます。

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働きたくても働けない人は?

一方、配偶者控除を変えないで欲しいという意見も根強くあります。東京都内の派遣会社では、派遣サービスに登録している主婦など500人余りを対象に配偶者控除などについて、複数回答でアンケートを実施しました。その結果、配偶者控除は、現状のまま残すべきだという意見が37%に上りました。

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なぜ、残すべきだという人が少なくないのでしょうか? そうした人の中には、子どもを保育園に預けられず、働きたくても働けない人なども多いといいます。この派遣会社では「自分がやってみたいという仕事であっても、家事や育児の制限があって仕事につけない人もいる。女性の社会進出のためには、働きやすい環境整備ができるかどうかが、いちばんのポイントだ」と話しています。

NHKが行った世論調査でも、所得税の配偶者控除の見直しについて聞いたところ、「賛成」と答えた人が32%、「反対」と答えた人が15%、「どちらともいえない」が44%でした。まだ、配偶者控除に変わる新しい仕組みが見えないなかで、賛成とも反対とも言えないという人が多いことをうかがわせる内容です。

街の人たちの声もさまざまです。夫婦で共働きをしているという20代の女性は「子育てをするのは専業主婦も共働きしている世帯も同じなので、共働きの私たちのような家庭も優遇される制度にしてほしい」と見直しに賛成です。一方で、子どもがいる30代の女性からは「専業主婦をしている人の中には、働きたくても働けないという人もいる。実際、私の知り合いにも保育園に空きがないから働けないという人もいる」と、女性が働きやすい環境整備を何よりも先に進めるべきだという意見もありました。

女性が働きやすい環境とは

人口減少が進むなか、女性の労働力の活用は必要不可欠です。今回の配偶者控除の見直しも、その一環と言えます。しかし、女性が働きやすい環境は、税制だけで解決できるものではありません。保育所などの受け皿の整備や、家事や子育てをしながら働ける柔軟な雇用形態など課題はさまざまです。女性が活躍する社会をどう実現するのか。税制だけにとどまらない、幅広い議論が必要だと言えます。

寺田麻美
経済部
寺田 麻美 記者
平成21年入局
高知局をへて経済部 財務省を担当