第140回 酒井 政利 氏 音楽プロデューサー
7. 南太平洋の旅で得た無心と成果〜『時間よ止まれ』『魅せられて』『いい日旅立ち』『異邦人』
−− 酒井さんがおっしゃった「再生路線」はまさにプロデューサーの力ですよね。誰かがそれを見つけてあげないと、本人だけではなかなかできないですよ。
酒井:この仕事にはすごくやりがいを感じていましたね。そんな頃、電通からの電話で、「南太平洋へ行ってくれないか? 向こうで仲間うちの会話をしてくれるだけでいいから」と依頼されたんです。で、期間を聞いたら3週間だと言うので「そんなに休みは取れない」と。そうしたら、さすが大賀さんですよね「それは行くべきだ!」って後押ししてくれたんですね(笑)。「向こうが全て金を持つからですよ」って言う人もいましたが、そうじゃない。大賀さんって目利きなんですよ。この旅はきっと私のプラスになると思われたんでしょうね。
−− 南太平洋って具体的にはどこへ行かれたんですか?
酒井:最初はフィジーに入って、サモア、イースター島ですね。
−− イースター島ってなかなか行けないですよね。
酒井:そこがいわゆるムー大陸で、興味もあったんです。ところが「行きはよいよい」というやつで、フィジーはまだ観光気分で良いんですが、サモアについた途端に、それぞれ一人ずつ酋長の家に預けられるんですね。で、掘っ立て小屋みたいなところに夫婦や子どもがいて、衝立は紙みたいなもの一枚。食事はタロイモと魚を土の中で蒸して食べる。でも空腹というものは強くて、2日目にはちょっと美味しくなるんです。3日目にはやっと馴染んできて、4日目にようやく電通主催のサロンが開かれるんですが、そこに行くとラーメンなんかが出てくるんです(笑)。そしてすっかり和むんですね。最初は池田満寿夫さんが司会で、彼は彼で「美空ひばり論」をどんどん喋っていました。サモアでは2回くらいサロンがあって、イースター島に行ったら「横尾忠則サロン」。私もイースター島で司会をやったのですが、どう言ったら良いのかな…すごく子供のようになってしまうんですね。まるで少年に戻ったかのように。
−− サマーキャンプみたいな感じですね。
酒井:で、気が付いたら「あ、会社勤めしていたんだ」と。電話もない状況ですから、すっかり忘れているんです。で、電通は電通で、全部テープを回して記録をとっているんですね。そうか、人間実験のような話でもあるんだと。俯瞰の図で人々を観察しているんだとも感じました。それで、いよいよイースター島も終えて、東京に帰るわけですが、「そうだ仕事があったんだ」と(笑)。旅を通じて、自分を空っぽにしてしまったので、無心になれたんですね。で、「東京に帰ったらこういうことをしよう」というアイデアが湯水のように湧いてきて、その後、2年ぐらい仕事が本当に無心で楽しかったですね。
−− 帰国されて最初の仕事は何だったんですか?
酒井:第一弾は矢沢永吉です。矢沢のマネージャーが、「矢沢も低迷しているので酒井さん面倒見てくれないですか?」と相談されたんですが、やはり矢沢は“我”が棲んでいて、打ち合わせも弾まないんですよ。でもこっちも空っぽになっているので、彼の言っている主張も良く分かるんですよね。
それでサモアに行ったときに、「まるで時間が止まっているようだ」というのが皆の感想だったので、電通のコピーライターにそのことを話したことから、資生堂のCMキャッチコピーが「時間よ止まれ」に決まったんです。そして「『時間よ止まれ』というテーマで詩を書いてほしい」と山川啓介さんに頼んだら、矢沢は「人の詩は歌いたくない」と言うんです。でも、せっかくテーマもできているし、すごくいい曲だったので何度も説得したら、「条件がある。矢沢、この曲二度と歌わないからね」と。ところがどっこい4~5年前ですが、NHKに出て歌いましたよね。ファンからの要望が一番多かったらしいですね。
−− 『時間よ止まれ』は名曲ですからね。
酒井:そう思いますよ。矢沢永吉『時間よ止まれ』が1977年。それからジュディ・オング『魅せられて』、山口百恵『いい日旅立ち』、久保田早紀『異邦人』ですね。
−− うわぁ…その名曲4曲は全て南太平洋の成果ですか?
酒井:そうです! 南太平洋シリーズ4部作です。本当に空っぽの中に色んな言葉や映像が回ってくれたんです。まず『時間よ止まれ』、それから『魅せられて』はエーゲ海なんですよ。南太平洋なのにエーゲ海っておかしいでしょう? それは池田満寿夫さんが「ここはエーゲ海ですか?」って文句言いたくなるくらいエーゲ海の話ばかりしていたんですよ(笑)。それで「東京に帰ったら『エーゲ海に捧ぐ』って本を発売するんだ」と。それで芥川賞を獲りましたよね。
ある時、池田満寿夫さんが「『エーゲ海に捧ぐ』を歌にしてよ」と言うから、「エーゲ海は歌にならない」って言い返したんです。「歌っていうのは、少し寂しいとか侘びしいのが良いんですよ。エーゲ海の、白い壁とかリッチな感じというのは歌にならないですよ」と。そうしたら「そういうものかねえ」と怒っていましたけど、私は池田さんの『エーゲ海に捧ぐ』を歌にするつもりはまるでなかったですね。
で、帰国したら東宝東和から「ワコールのCMソングを作ってくれ」という話があって、そこで『エーゲ海に捧ぐ』の女優たちをモデルに使ったんですね。そして「このイメージで曲を作ってくれないか」と言われて、コマーシャルだからというのでその女優たちをイメージしてつくったんですね。
−− それが『魅せられて』ですか。
酒井:そう。『魅せられて』はね、こっちが狙ったところは全然クロースアップされなかったんです。それはどういうことかというと、阿木燿子さんと話して「ジュディ・オングで行きたいと思う。でも相当強烈なプロットを入れないと”エーゲ海”にならないと思いますし、やりすぎると“金持ちの歌”みたいになってイメージが悪い。だからここは“女性の性欲”をテーマにしましょう」と。だから、この歌は“女性の性”がテーマなんです。「好きな男に抱かれても 違う男の夢をみる」と。ところがジュディ・オングが歌っていると、そこに余り引っかからないんですよ。衣装とか曲に気がいってしまう。
−− そして『魅せられて』は訴えられてしまいますね。
酒井:ホリプロもしっかりしているというか、「あれは酒井が池田満寿夫のアイデアを盗んだ」というような趣旨の訴えをしてきたわけです。ソニーはそれに反発して裁判になったんですよ。最終的には勝訴しました。「テーマやイメージには盗むも何もない。私は東宝東和からの依頼で作ったんだ」と、その経緯を説明するために2回くらい裁判に出ましたよ。
−− その裁判で池田満寿夫さんとは気まずい雰囲気にはならなかったんですか?
酒井:いや、池田満寿夫さんとは、南太平洋仲間というか、わかり合った仲ですし、東宝東和との経緯も知っていましたから、それはなかったです。ホリプロは『エーゲ海に捧ぐ』に半分くらい出資していたんです。だから過敏になっていたんでしょうね。