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マスター:宮沢椿
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:0人
リプレイ完成日時:2016/09/14


みんなの思い出

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オープニング

●残暑の大宮駅
 悪魔ジュルヌは暑さに辟易していた。
 私室代わりにした駅務室はエアコンで涼しくできるが、外は相変わらず暑い。
 かといって涼しい部屋に引きこもっているわけにも行かない。『ジルガイア家の荘園』となったこの場所を、家令たる彼は守らなくてはならないのだ。

 大宮駅が悪魔に占拠されてから三ヶ月。およそ二千五百人の人質を内包したその場所にはゲートが開かれ魂の搾取が始まって……いなかった。制圧地域の周辺をディアボロがうろつき人間の交通を妨げているだけという、中途半端な状態が続いている。

 理由は簡単で、ゲート主となるべきアルファール・ジルガイア(jz0383)がエンハンブレに行ったまま帰ってこないのだった。
 友人の妹を送って、ついでに負傷も癒してもらってくる……そう言って出かけたきり三ヶ月。ジュルヌが戻ってくるよう急かしても、なしのつぶてである。
 今日もジュルヌは、使い魔が持って来た主の手紙を見て顔をしかめていた。

『……この前エンハンブレの甲板に大穴を開けたのがべリアル様にバレちゃって、すごく怒られました。幸せすぎて気が遠くなるかと思ったよ。僕に直せと言っても無駄だろうからって、代わりに毎日甲板にモップをかけろって命令されたので、しばらく戻れません。あと宰相殿の持っているはずの会員番号1の会員証を何とか僕のものにしようと思っているので忙しいです。隙が無くてなかなか近寄れないんだけど、頑張るから応援してね!』

 ……読むとイラッとした。相変わらず、やる気がないことこの上ない。自分が苦労してこの場所を維持しているのに、アルファールと来たらほぼ遊んでいるとしか思えない。
 子供の時からそうだった、勝手気ままなアルファールの尻拭いをするのはいつも自分の役。本人がいれば文句の一つも言えるが、いないとただただストレスが降り積もるばかりである。

 地上三百メートルの空挺はさぞかし涼しかろう。そう思ってから、あわてて気を引き締め直す。
 主がダメなのは分かっていること。その分、自分がふんばってこの場所を維持しなければ。水戸で魔力を無駄遣いさえしなければ自分がゲートを開いたのだが、後悔は先に立たない。今できることを全力でやるしかない。

 人質たちの様子を見るため、午後の巡回に出かけようか。そう思った矢先の出来事だった。
 彼の家畜たちがやって来て、乱暴に部屋のドアを叩いたのは。


●緊急事態
 大宮駅構内に残された一人、井上浩二は人質仲間たちとテレビを見ていた。

 人質たちの生活はおおむね平穏なものと言っても良い。逃げようとさえしなければジュルヌは寛大だったし、如何なる理由か未だに魂が搾取される様子もない。
 だからと言って心まで平穏であるはずはなかったが。生殺与奪は悪魔の手に握られているし、見知らぬ人々との共同生活は気づまりなことも多い。
 
 ジュルヌが人界に不案内であるため困ることも多かった。悪魔が支配しているのは駅舎と駅ビル、駅前のいくつかの商業施設だ。着る物や当座の食べ物は何とかなったが、寝具は人数分そろわない。
 布団の取り合いで、かなり深刻な争いが起きそうになったこともあった。

 そんなことから、人質たちの中にまとめ役のような存在が生まれた。この状態で何とか生きていくための算段を付け、人質たちの意見を取りまとめ、悪魔と交渉してそれを了承させる。おおよそそれが仕事だ。 

 『班長』と呼ばれるその存在の中で、井上は中心的役割を果たしている。
 人々の不満は多く、今は穏やかに話に応じる悪魔もいつ残忍な本性を現すとも知れない。損なばかりの仕事だが、誰かがやらなくてはならない。そう思って働いてきた。
 日々、ニュース番組を眺めては『いつか助けが来るかもしれない』という僅かな望みにすがる。そんな日々が続く中。

「井上さん、大変だ」
 比較的高齢の男性のグループをまとめている班長が、顔色を変えて彼のもとにやって来た。
「うちの班で人が倒れた。今、中原先生に診てもらっているが状態が良くない」

 井上も顔を引き締めた。暑さが続く中での人質生活……いつかはそんなことが起こるのではないかと懸念していた。
 すぐに病人のところに急行する。ぐったりした男性の横で、貴重な医師免許保持者である中原が忙しそうに働いていた。

「井上さん。この人、病院に運んだ方がいい」
 中原は井上の顔を見て口早に言った。
「ここでは診断がつけられないが、命にかかわる疾病の可能性もある。早い方がいい」
「病院か」
 井上の口調は苦い。駅を出て、そう遠くないところに大きな病院はある。ホームに下りて端まで歩けば、建物が見える距離だ。

 それなのに……今はその距離があまりに遠い。

 病人を囲み、井上と中原、班長の三人は沈黙する。 
「……悪魔は俺たちを見殺しにするべえか」
 班長がこぶしを握り締めて呟く。
「分からん」
 浩一は言った。
「だが、とにかく話してみなければ。病院はあるんだ、すぐ傍に」


●電話
 話を聞いたジュルヌは仰天した。彼にとってここにいる人間たちは大切な『ジルガイア家の財産』である。一人たりとも損なうつもりはない。

「その、ビョウインというところに連れて行けば治るのか?」
「分かりません。ですが、このままでは回復は望めません」
 という中原の言葉に、
「分かった、私が連れて行こう」
 と飛び出しそうになるジュルヌを井上は止めなくてはならなかった。

 冥魔に占拠されたこの場所は警戒されているはずだ。そこから悪魔が翼を広げて街中に出たりすればそれだけで騒ぎになる。戦闘になるかもしれない。
 そうしている間に、病人は手遅れになってしまうかもしれないのだ。

「それにあなた、病院の場所をご存じないでしょう」
 そう言うとジュルヌはしゅんとする。
「じゃあどうすればいいんだ」
 という悪魔に、井上は救急車での搬送を提案した。ジュルヌが協力を確約し、相手が納得してくれればそれが実現する。

 救急車のシステムについて説明されると、ジュルヌは即断した。
「分かった、それを呼べ。私が迎えに出る。ディアボロに襲撃はさせない」
「では電話をお借りします」
 人質たちの携帯電話は没収されたが、占拠地域のあちこちにある固定電話はほとんどがそのまま利用できる。

 井上は急いで受話器を取る。後は救急側を納得させるだけだ。どうか来てくれと、祈る気持ちで番号を押した。


●久遠ヶ原斡旋所
「はい、久遠ヶ原学園です……はい?」
 電話を取ったアルバイト、坂森 真夜(jz0365)は眉をひそめた。
「えっと待って下さい、ちょっと相談します」
 通話を保留にし、正職員の越野理沙を呼ぶ。

 『大宮駅の人質』を名乗る人物からの依頼は、異様なものだった。
 駅舎内の急病人を病院へ搬送したい。悪魔の同意は得ているが、救急側が占領域内への立ち入りを恐れている。
「撃退士が護衛してくれるなら救急要請を受ける……ということのようです」

 越野も眉間にしわを寄せる。病人の状態は悪いらしい。迅速な対応が必要だろう。
「分かった、依頼を受けましょう」
 彼女は決断した。
「近くにいる撃退士を集めてちょうだい。ついでに大宮駅の現状偵察が出来るかもね」


 



プレイング

Eternal Flame・ヤナギ・エリューナク(ja0006)
大学部5年6組 男 
巧く立ち回りゃ…大宮駅開放の下拵えが出来るかもしンねー。
あのジュルヌの性格、だしな(笑
ヤツは搬送に付きっ切りだろーし…チャンス、か?

事前
連絡先共有
見取り図貸与願
大宮駅構内動画(特に外周部

侵入
変化の術でインテリ風に
着衣はエリートスーツに白衣
知性が見えるような言葉遣い

ジュルヌ脱がしの手伝い
真面目な顔で正論を叩きつつ、嬉々として脱衣させる
「混乱無くとも、天使勢に撃退士…何処に居るか分かりませんから

ジュルヌの現代機器不慣れを利用
*搬送前に病状を伝える
*治療必要物を用意
上記等の理由で現場を離れる…が、死角にて無音歩行+遁甲の術使用
→敵からの陰伏及び人質達に露顕し混乱を起こさせない為

内偵
上記スキルは保ちながら行動
実際の人質達の場、敵配置を西口以外も符合させ見取り図に記載
見取り図不所持なら写メ+説明を本文に記載し記録

駅記録媒体を駅務室等から入手
その上で今後の記録が占領区外からも見えるよう、小細工
可能なら持込み動画をループさせておく

敵布陣に小さくとも「穴」が無いか、壁走り併用し捜索
ジュルヌの真っ直ぐな性格から下記推測
*一定の見回り時間
*ディアボロ配置の規則性
*人質の管理法
以上を潜行偵察や読唇術での人質の噂話を利用
今後の1歩の為に情報収集

撤退
ジュルヌ帰還の報を受け次第、早々に脱出
その際、無用な戦闘不可(遁甲の術+無音歩行を継続使用
「邪魔者はそろそろお暇しますか…っと

歴戦勇士・龍崎海(ja0565)
大学部7年9組 男 
目的
患者の生存

行動
事前に撃退庁等で人質交換役を受けてくれる人がいないか確認
患者の代わりに撃退士や非常事態に慣れた人物を滞在させられたらいざという時に役立つだろうし
そうでなくとも容態次第で入院ということもあるので、強引に患者を戻そうとする時の為にも
交換役が撃退士の場合はこちらからは言わないつもり
察知された場合は撃退士はダメとは言われてなかったとか、人類側の測定の精度は悪いのでアウル保持者か判別しきれなかったとか

搬送班
移動中の患者の治療の補佐
撃退士と人質らに気づかれて騒ぎにならないように救急隊員とかの服装になる
周りの人の服装についても相談
いざという時の生命の芽やマインドケアを
要所で生命探知を使用して敵の配置や建造物内の情報収集
名目としては患者の容態を知る為という言い訳を用意
実際に生命を探知するわけだし、容態についても役立てる可能性が全くないこともないんじゃないかなって思っている
人質とかが暴走した時にもMケアを

スキル0になったら適切なスキルに変更
極力戦闘は避ける
阻霊符は戦闘になってしまったら使用

今後も似たような状況が起こり得るかもしれないから、定期的な物資補充とかの許可を得られないか交渉
定期的に情報収集できるようになるし

戦闘
前衛
近は槍、遠は本
魔法攻撃をする時も本を使用
防御優先なら浮遊盾

言葉じゃ伝えきれない……・佐藤 としお(ja2489)
大学部2年7組 男 
「またあったな……。
今回もとしおの仇討ちを狙う弟として参加

役目は人質の生活環境改善及び来るべき救出戦の為の偵察が主

目立たない服装
大人数なので見かけない者が居ても不思議な事はない
気晴らしにいつもと違う所に来た感じで

ピンホールカメラを申請
服装に偽装し内部撮影

井上や各班長など今回の話を既知の者に
人々が生活している場所を聞き各所の偵察をする

偵察内容
・該当施設内敵総数
・巡回目視またはカメラ等によるものか
・巡回(監視カメラ等)場所・配置及び多層建屋なら階毎の同内容
・構成内容(攻撃型と回復型の2名一組等)
・24時間体制か時間毎の巡回か
・敵武装及び能力

開錠で潜入
侵入で隠密行動
警備厳重な場所はテレスコで観察
索敵使用で敵数の確認
上記の様にスキル駆使し偵察

「意外と生活の自由度は高いみたいだ。」

井上や班長に必要物資のリスト化を要請
ジュルヌの尽力を称えつつ交渉
「ストレスが溜まってる様だな?何か趣味があると良いんだが

レミエル様の盾となる・巫 聖羅(ja3916)
大学部2年11組 女 
◆事前
救急隊員に変装する為、病院に要請して救急服や担架を調達
仲間とスマホ番号/アドレス交換
定時連絡の時間を決定

◆搬送
撃退士が来た事によって生じる人質達のパニックを避ける目的で、
救急隊員に扮し駅構内へ

駅構内に向かいつつ、駅舎外や駅内部等の制圧地区の様子
(主にディアボロの配置等)を頭に叩き込み、隙あらばデジカメで撮影

(…ごめんなさい。今の私達に皆は救えない。
――『その時』が来れば、いつかきっと…!)

『その時』はそう遠い未来では無い筈
…けれど『今』でなければ救えない命もある――
人質全員を今すぐ救い出したい衝動を必死に堪え、
今の自分の務めを果たすべく集中

同伴するジュルヌの挙動に眼を光らせながら、
患者を担架に乗せ搬送開始

◎駅舎外
ディアボロに襲撃されても即応可能な様、周囲を警戒しながら移動

「…えっと。ジュルヌさん、だったかしら?
私は巫 聖羅。とりあえずは宜しくね」

移動しながら自己紹介
敵ではあるけれど、誠実な人柄である事は察する事が出来る

◆病院到着後
ジュルヌが患者の連れ戻しに拘るなら…

患者を強引に連れ戻して死亡させた場合、
人質達の反発が強くなり、支配が今後困難になる事
場合によっては自棄になった人質による脱走が相次ぐ可能性

…等を理由に患者は連れ戻さない様に説得
また老人・子供等の体力の低い人質が今後も病を発症する確率は高く、
そういった者達を解放して貰える様要請
交換条件があるなら聞かせて欲しいと伝える

悪戯のピエロ・砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)
大学部3年5組 男 
大宮が無事(?)って事は…アルちゃんまだ船から戻ってないんだ(笑
こっちとしては根回し出来て助かるけど
このまま連れてかれる訳にはいかないしね
特に女子(真顔


●準備
救急隊服で偽装
救出待つ人質達を刺激し騒動を避ける為、撃退士とは秘匿

ジュルヌ(以下、ジュ)変装用鞄準備


●行動
ジュのフォロー担当
悪魔とは極力隠し救急隊員の不安軽減

ジュの迎えは救急隊員に余り接触しない様
同伴し駅へ先行
「状況詳しく知りたいから、配下に命令出したら急ごうね

正体隠す為ジュを同伴者に変装させる
「じゃ…はい脱ぐ!
「悪魔が一緒とか隊員さん怖がるじゃん。変装するんだよ
鞄とTシャツ、スニーカー、眼鏡で秋葉系に(

田中搬送は中原に同伴願い
井上は偵察班の案内頼む

ジュに人間の管理の為(病気予防等)には状況調査と対応が必要と説明
偵察班の自由行動を援護


班毎に集まった人質を避け病院へ移動
ジュは無言を指示
暑そうなら首後に冷却シートぺとり
ディアボロはジュに制止させるが、正体露見せぬよう警戒偽装等でフォロー


到着後
ジュが田中を連れ帰る気なら人質全員へ伝染の危険で説得
「壱の為に千を失うとか論外じゃない?
管理の為と今後の定期的立入も交渉

中原には詫びて人質の医療の為に戻って貰い
固定電話等で内部情報流す情報網構築

「その服涼しいでしょ。首のヤツも
人間の知恵だと
自己管理に人質への相談勧める
人間に魂以外の価値感じてくれたら

月に群雲、花に風、されど・ファーフナー(jb7826)
大学部3年7組 男 
■事前
・井上氏に、各班長に打ち合わせ(今後欲しい物資について等)で各班を招集するよう頼む
騒ぎにならないよう田中氏を搬送するため、人のいないルートを作る目的
※連絡に時間がかかるなら、坂森に連絡を頼む

・救急隊員と接触する前に、ジュルヌに着替えてもらい、田中氏の付き添い風に

・時間がかからず、すぐに用意できる程度の薬や食糧等を持ち込む


■行動
撃退士と分からぬよう救急隊員の服を着て、本物の救急隊員の護衛
人のいないルートを通る
搬送につきそいつつ
ジュルヌに搬送のためと言い、ディアボロの数、種類、配置等を確認
ジュルヌが悪魔とバレないよう、霞声で彼にアドバイスをしたり、救急隊員の気を逸らしたり


■ジュルヌ
・病院関係者と接触時は、あまり話さないよう頼む
騒ぎになり、病人が助からなくなるリスクを説明

・内部偵察に残るメンバーは、今後病人を増やさないよう必要な物資の調査を行うためと説明

・人間はストレスや疲労、環境の変化によって病気になると説明
病人の発生を防ぐため、今後、纏め役の井上氏と定期的に連絡を取り合い、必要な物資を搬入したい

・(病院到着後)
人間には感染症、伝染病というものが存在する
特に田中氏のような高齢者は体調を崩しやすく、無理に連れ戻すことは避けた方がよい
一人に固執して逆に多くを失う危険があると説得


■井上氏
(病院到着後、ジュルヌには人質の健康のためと断り)
人質の様子や状況を尋ね
簡易地図を書いてもらう



リプレイ本文

●占拠地域へ
「大宮が無事(?)って事は……アルちゃんまだ船から戻ってないんだ」
 砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)は苦笑した。ケッツァーの本拠でアルファールの姿を見かけたのも、もう一月以上前になる。
「こっちとしては根回し出来て助かるけど。このまま連れてかれる訳にはいかないしね……特に女子」(真顔)

「巧く立ち回りゃ……大宮駅開放の下拵えが出来るかもしンねー」
 大宮駅の見取り図と、構内が映っている動画を確認しながらヤナギ・エリューナク(ja0006)はニヤリと笑った。
「あのジュルヌの性格、だしな。ヤツは搬送に付きっ切りだろーし……チャンス、か?」

 巫 聖羅(ja3916)は借り出した救急隊員服や担架を確認をした。撃退士が来たと分かれば人質たちに動揺が走る可能性がある。騒ぎを起こさないために四人が制服を着て救急隊に扮した。ヤナギと佐藤 としお(ja2489)のみが偵察を担当するため平服である。

 着替えた後は互いの携帯番号やアドレスを交換、定時連絡の時間を決める。
 ファーフナー(jb7826)は人質たちのリーダーである井上と連絡を取った。自分たちが到着するまでの間に各班長を招集し、病人搬送のルートから他の人質を遠ざけてもらうよう頼んでおく。

 一方、龍崎海(ja0565)は学園を通じて撃退庁に連絡を取っていた。病人が入院になった場合、代わりの人質を用意してもらえないかと打診していたのだ。撃退士か、そうでなくても非常事態に慣れた人物を潜入させられたらいざという時も役立つはずだ。
 だが残念ながら返事はノーだった。人選をするにも潜入計画を立てるにも時間がなさ過ぎた。


●準備
 人間の生活域と悪魔の占領地域を隔てるゴーストタウンはここにも存在する。放棄された街路を抜けると駅ロータリーの少し外側に、いつもの執事姿でジュルヌが待っていた。後ろに立つ中年男が井上か。

「えっと。ジュルヌさん、だったかしら? 私は巫 聖羅。とりあえずは宜しくね」
 聖羅が挨拶すると、
「また会ったな」
 としおも前に出た。彼はいつもの彼ではない。この悪魔の前では『死んだ兄(自分)の復讐に燃える弟』(設定)なのである。
「お前は忠勇の士の弟! 来てくれたのか」
 ジュルヌの方でも覚えていたようだ。
「勘違いするな。お前たちに関わるのは兄貴の仇を討つためだ」
 ……会うたびに設定が増えている気もする。

 少し離れた場所に人影らしきものが見える。武装しているのでディアボロだろう。
「あれって梅園の時と同じディアボロ?」
 ジェンティアンがストレートにたずねた。
「アルファール様は、あれでないとお気に召さなくてな……」
 ジュルヌはため息をついてから、
「お前、あの時のことを知っているのか」
 とたずねたがジェンティアンは華麗にスルー。

 その隙に聖羅は素早くデジカメのシャッターを押し、領域内の様子を撮影する。
「何か音がしたか?」
 ジュルヌは首をかしげたが、幸い以前にデジカメを触った時の作動音は覚えていない模様。相変わらずチョロい。

 ファーフナーは井上に声をかけた。
「少ないが役に立つだろうか」
 ここに来るまでのわずかな時間に手に入れて来た食料と医薬品を見せる。分量にすれば数人分だが、その心遣いが嬉しかった。井上は感謝して受け取った。

 数分で駅構内に着いた。一行は患者のいる駅ビルへ向かう。
「田中さん。撃退士さんが来てくれたよ」
 横たわった男が弱々しくうなずいた。付き添う中原医師と周囲にいる各班長が撃退士たちに挨拶をする。

 医学生の海が中原に手伝いを申し出た。
「ありがとう、助かります」
 医師は感謝して頭を下げた。一方、ジェンティアンはジュルヌの前に立つ。
「ジュルヌちゃん、一緒に行きたいんだって?」
「当然だ。私には責任があるからな」
 うなずく悪魔。

 その言葉にジェンティアンはにたりと微笑んだ。
「じゃ……はい脱ぐ!」
 ジュルヌに襲い掛かり上着をはぎ取る。
「悪魔が一緒とか隊員さん怖がるじゃん。変装するんだよ。着替え用意してきてあげたから」
 真面目な顔で説明。
「やめろ。人間の服など着られるか」
 抵抗しようとするジュルヌに、
「それもあなたの務めでは? 領域内で混乱は無くとも、外に出れば天使勢に撃退士……何処に居るか分かりませんから」
 という声が。ヤナギである。

「お手伝いしましょう」
 後ろからジュルヌを羽交い絞めにした彼は、口調も服装も普段とはガラリと変えている。
 彼もこの悪魔たちに関わると毎回変装しているような気がする。今回はエリートスーツに白衣でインテリ風の装いだ。

 仕事のためと言われると強く出られないジュルヌ。だまされるな二人は明らかに遊んでいる!
 ジュルヌが剥かれている間に、としおは井上や各班長から話を聞き出した。人質たちは駅ビルなど周辺の大型店舗に分散して暮らしているそうだ。ファーフナーは簡単な地図を書いてくれと頼んだ。


●搬送
「はい記念撮影」
 着替え終わったジュルヌの姿を、ジェンティアンはデジカメに収める。
「このような姿……アルファール様にお見せできない」
 スニーカーにジーンズ、派手なベルト。『なるほど、面白い』と描かれたTシャツに眼鏡。鏡を見たジュルヌはアキバ系に変身した自分に驚愕。ヤナギは後ろで声を殺して笑っていた。

 聖羅は持って来た担架を広げた。男性陣が田中をその上に運ぶ。
「では私は先方に患者の病状を伝えて来ましょう。向こうも準備がありますから」
 笑い終えたヤナギはそう言って、その場から姿を消す。
「俺は残って他に病人がいないか確認する」
 としおも言った。どちらも偵察の口実だ。

「病人を増やさないよう必要な物資の調査を行うためだ」
「病気予防には状況調査と対応が必要なんだよ」
 ファーフナーとジェンティアンも言葉を添える。ジュルヌが納得すると、ジェンティアンは中原に病人への付き添い、井上達にとしおの案内を依頼した。

 担架はゆっくりと動き始める。後に残る人質たちの視線を背中に感じながら、聖羅はぎゅっと唇を噛みしめる。
(ごめんなさい。今の私達に皆は救えない。――『その時』が来れば、いつかきっと……!)
 『その時』はそう遠い未来では無い筈。それは今を耐え忍ぶ人質たちへの言い訳にはならないかもしれないけれど、『今』でなければ救えない命もある。
 人質全員を今すぐ救い出したい衝動を必死に堪え、彼女は今の自分の務めに集中した。

 根回しのおかげで搬送ルートに人の姿はない。海は途中で足を止め、近くの建物へ向け『生命探知』を使用した。ジュルヌには『患者の容体を知るため』と言ったが、実際は敵の配置や建造物内の情報収集のためだ。
(実際に生命を探知するわけだし、容態についても役立てる可能性が全くないこともないんじゃないかな)
 そんなふうに思っていたのだが、
「どうして病人と離れた方向にまで魔力を飛ばすのだ?」
 とジュルヌに聞かれた時はぎくりとした。

 撃退士たちの間に緊張が走る。と、
「冷たっ?!」
 ジュルヌが首を押さえて奇声を上げた。ジェンティアンが首の後ろに冷却シートをぺたりと貼ったのだ。
「汗かいてるし暑そうかなって」
 悪魔の怒りをジェンティアンは笑顔で流す。

「それよりジュルヌちゃん。言い忘れていたけど、救急隊や病院の人の前では口きかないでね」
「何故だ!?」
 ジュルヌは怒鳴る。ファーフナーが淡々と説明した。
「病院関係者に駅を占拠した悪魔が来ていると知られれば騒ぎになる。治療が受けられず病人が助からなくなる可能性があるが?」

 ジュルヌは悔し気な表情をしたが、渋々うなずく。
「分かった。おとなしくしていればいいんだろう」
 『生命探知』のことも忘れたようだ。全員内心で息をつき、再び歩き始める。聖羅はジュルヌの挙動に気を付けておくことにした。

 やがて再びディアボロが警備する境界線にさしかかる。
 万一襲撃されても対応出来るよう心構えをしながら、彼女は辺りの様子を目に焼き付ける。……ディアボロは今のところ、境界線付近でしか見かけていない。

 廃墟の先で救急車が待っているのが見えた。万一ディアボロが暴走した時は制止するよう、ジェンティアンはジュルヌに念を押す。
「正体はバレないようにね」
「分かった分かった」
 少し不安な言い方だったが、幸いディアボロが彼らに向かってくることはなかった。


●偵察
 ヤナギは『無音歩行』と『遁甲の術』を使い分け慎重に移動していた。
 彼はジュルヌと何度か接している。まっすぐな人柄という印象だった。だからディアボロの配置にも動きにも何らかの法則性があると踏んでいた。

(今後の一歩の為に情報収集しとかないと、な)
 敵の居場所を探り見取り図に落としていく。ディアボロの多くは制圧地域の外周に配置されているようだ。
 人質たちにも会わなかった。班長達の指示でおとなしく閉じこもっているようだ。無用な混乱を招かずにすみそうだった。

 その後で無人の駅務室に侵入する。ジュルヌの私室となっているそこは、小ざっぱりした印象だった。奥の一番大きな机の上からはパソコンや電話機と言った機器が取り払われている。来客用のソファーには人が寝起きしている痕跡があった。

 監視カメラの管制装置を探す。装置は生きていた。
 記録媒体を持ち帰れないかと思ったが、ハードディスクに記録するタイプだった。代わりにとヤナギは装置の前に座り込み、何やら作業を始めた……。


 としおは人質たちの様子を見ておくつもりだった。大人数なので見かけない者が居ても不思議な事はないだろう。服装も目立たぬものにしてある。
 だがそれを聞いた井上は眉をひそめた。
「普段は散歩する人もいるのですが、今日はそれぞれの宿所から離れないよう言ってしまったので」
 宿所ごとだとさすがに、皆ある程度顔見知りになっているそうだ。
 
 井上に同行してもらい、まとめ役の仕事と見せかけて偵察することになった。服の中に仕込んだピンホールカメラで隠し撮りしつつ、人質たちの住む建物を回る。
 
 施設の周囲に見張りのディアボロがいないのは意外だった。
「カメラは……」
 街路にいくつもある監視カメラを見上げる。井上が苦笑した。
「使われていません。あの悪魔は何に使う物か分かってないと思いますよ」
 ……結構バカにされているようだ。

(意外と生活の自由度は高いみたいだ)
 時には笑顔も見せる人質たちの様子を見て、としおは思った。
「足りないものがあったらリストにしてください」
 井上と班長たちに頼む。事前の電話でも食糧が足りないという話を聞いていた。他にも不足なものはあるはずだ。

 その後、彼は一人でディアボロの偵察に向かった。駅舎周りを巡回するディアボロがいるという。移動時間もコースもきっちり決まっているというそれらを見つけるのは簡単だった。離れた場所から『テレスコープアイ』で観察する。
 二体一組で歩いており、片方は剣、片方は弓を装備していた。
 
 巡回ディアボロは何組もいた。装備は槍だったり矛だったり個体差があるようだった。
 

●交渉
 救急車には病人と中原が乗った。撃退士たちと悪魔は徒歩で病院へ向かう。
 院内で中原と合流した。田中は精密検査中で、入院になる可能性が高いそうだ。

 ジュルヌにそれを納得させるのは予想通り骨が折れた。
「強引に連れ戻して死亡させたりしたらどうするの?」
 聖羅はきっぱりと言った。
「人質達の反発が強くなって、あなたの支配も困難になるのじゃない? 自棄になった人たちは脱走しようとするかもしれないわ」

「人間はストレスや疲労、環境の変化によって病気になる」
 ファーフナーも言う。
「感染症、伝染病というものもある。特に田中氏のような高齢者は体調を崩しやすく、無理に連れ戻すことは避けた方が良い」

 彼の言葉には重みがあり、ジュルヌは反論できなくなってしまった。
「ね、うつる病気だったら困るでしょ」
 ジェンティアンが励ます口調でとどめを刺す。
「壱の為に千を失うとか論外じゃない?」
 言い返せない悪魔はただ肩を落とすばかり。敵ではあるけれど、誠実な人柄ではあるのだろうなと聖羅は思った。


 支配地に戻る段になり、ジェンティアンは中原に頭を下げた。彼には一緒に戻ってもらわなくてはならない。
 医師は初めからそのつもりだったと答えた。だが声の寂しさは誤魔化しようがなかった。
 その耳元で、ジェンティアンは提案する。
「お願いなんだけど。固定電話なんかで内部情報をこっちに流す情報網を作ってもらえないかな?」
 中原の疲れた目に光が浮かんだ。


 ジュルヌが戻ってくる、と仲間から連絡を受けたヤナギは立ち上がった。監視カメラの映像を占領区外からも見られるよう小細工してみたが、うまくいっているかどうか。
「邪魔者はそろそろお暇しますか……っと」
 侵入の痕跡を消し、ひと足先に彼は退散した。


 境界線上でとしおと落ち合う。
「今後も似たような状況が起こり得るかもしれないから、定期的な物資補充とかの許可を得られないかな」
 海は穏やかにたずねた。
「病人の発生を防ぐため、今後は纏め役の井上氏と定期的に連絡を取り合いたいと思うが」
 ファーフナーの青い瞳がじろりと悪魔をにらむ。

「人質の健康を害しては元も子もないんだろう。元気な人質ほどあんたにとって今後の価値があるんじゃないのか?」
 としおが言う。
「そのためにも物資の補給はやらせてほしい。特に新鮮な食材とかな」

 聖羅は体力のない者の解放を提案した。交換条件によっては譲歩するつもりだ。
 ジュルヌは、老人や子供は占領初期に既に解放していると言ってそれを拒否した。

 だが物資補給については受諾した。細かい点は井上たちと打ち合わせることになる。それが終わる頃、執事姿に戻ったジュルヌはきちんとたたんだオタク服一式を返却した。ジェンティアンは微笑む。
「その服涼しかったでしょ。首のヤツも」
 それは人間の知恵だと彼は言った。
「自己管理のことは井上ちゃんたちに相談するといいよ。きっといろいろ教えてくれるから」
 人質たちに『魂の供給源』以外の意味を感じてくれたら。……そんな願いは口にしない。言葉にするには早すぎるから。

「……この件に関しては感謝する」
 としおはぶっきらぼうに言った。突き出した掌に白菜の種の袋が乗っていた。
「今日の礼だ」
 それからことさらに厳しい表情を作る。
「だが、仇討ちを諦めたわけじゃない」
 相手への偏見を改めつつもまだ許しきれない……という設定がまた増えた。

 食物の種と聞き、ジュルヌは袋を手に取った。
「農園は良いな。だが、ここには良い土がないのだ。残念だが」
 嘆息してから、『もらっておこう』と上着のポケットに収めた。
 
 
 今日はまだ、この地を悪魔の手に委ねたまま。いつか来る『その日』を待って撃退士たちは去る。
 撒かれた種は実を結ぶのか、まだ誰も知らない。



依頼結果/参加キャラクター

依頼成功度:大成功面白かった!:5人
MVP一覧
 悪戯のピエロ・砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)
 月に群雲、花に風、されど・ファーフナー(jb7826)
重体一覧
 −

Eternal Flame・
ヤナギ・エリューナク(ja0006)

大学部5年6組 男 鬼道忍軍
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部7年9組 男 アストラルヴァンガード
言葉じゃ伝えきれない……・
佐藤 としお(ja2489)

大学部2年7組 男 インフィルトレイター
レミエル様の盾となる・
巫 聖羅(ja3916)

大学部2年11組 女 ダアト
悪戯のピエロ・
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)

大学部3年5組 男 アーティスト
月に群雲、花に風、されど・
ファーフナー(jb7826)

大学部3年7組 男 アカシックレコーダー:タイプA


依頼相談掲示板

応答せよ、大宮駅(質問卓)
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)|大学部3年5組|男|アー
最終発言日時:2016年09月05日 06:34
駅前徒歩10分(相談卓)
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)|大学部3年5組|男|アー
最終発言日時:2016年09月04日 23:55
挨拶表明テーブル
宝井正博(jz0036)|教師0組|男|一般
最終発言日時:2016年09月03日 03:46


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