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SaySaySay 様

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2016年 9月20日(火)13時09分39秒
  SaySaySay 様

早速のご返事ありがとうございました。

SaySaySay様も過去の学会の教学に魅了されている感がひしひしと伝わってきました。
私も同じです。
私が今考察を書いているのも、母がくれたかなり古くなった「創価学会教学部編集『日蓮正宗 教学小事典』」
昭和47年6月20日 改定5刷版を主に参考にしています。
あとは先生の「生命を語る」昭和55年11月5日 12刷など、両方共かなり古いですね(笑)。
私は知らなかったですがSaySaySay 様はその他にも素晴らしい本を、たくさんご存知のようですね。
おっしゃる様に、こういう過去の本はもうほとんどが絶版になっています。
日本に帰った時に買おうと思って、会館に立ち寄っていましたが、もうないですね。
本当に残念無念な思いでいっぱいですよ。
私の夢はこういうすばらしい本を、もう一度新規発行させる事です。
新しい?ところではもちろん「法華経の智慧」や「御書の世界」二〇〇二年版の「教学の基礎」などが
重宝ですが、これらも先生の指導集と一緒にいずれお払い箱になるのか心配しています。

先に少し触れた下記の件については、又別件で書きます。
>万象は皆、常住不変の実体といったものをもたず(無自性:むじしょう)<

ハードとソフトの色心不二の図、おもしろいですね。
三と名の付くものを全て空仮中にあてはめようとしているのが自分を見ている様で、興味深く拝見しました。(笑い)
私見ながら、2つほど私が思う配置を書いてみます。
あくまでも私なりの、、です。

戒、定、慧の三学

戒ー非を防ぎ、悪を止めるの義で、仏道修行の過程でやってはならない事。ー 仮諦
定ー静慮であって、心を散乱せしめずして、悟りを開く事        - 中諦
慧ー照明の義で、煩悩や惑障を断破して、真理の本性を証徳得すること  - 空諦

三大秘法

本門の本尊ー 生命の実相 - 中諦(法身)
本門の題目ー 仏の智慧  - 空諦(報身)
本門の戒壇ー 仏の体   - 仮諦(応身)

かな、、です。

では又
 

魔を呼び起こし、あぶり出す“19”

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年 9月20日(火)12時45分51秒
  1947年(S22)=池田先生19歳で入信

1966年(S41)=軍部政府当局が危険視する中、ブラジル・ペルー訪問を敢行

1985年(S60)=都議引退の龍年光、学会組織には復帰せず怪しげな財団を設立し日顕に秋波を送る
          池田先生、年末に狭心症(?)で会長就任以降初の入院。秋谷、矢野、藤原らが不穏な動き
          ※この年、柳原滋雄が入信

2004年(H16)=最後の敵・矢野絢也打倒を宣言。弓谷照彦・森井昌義ら男子部首脳が動くが、、、自らの悪業を暴かれる

出先で正確な年月日の記載が出来ませんが分かる範囲ではこれだけです。イケディアンさま。
 

京都瓦版11号(2016.9.20)

 投稿者:京都乃銀鬼  投稿日:2016年 9月20日(火)12時03分41秒
  谷川374919刑事告訴事件の真相シリーズ !! ④ 2/2 完結


同氏は、波田地氏が不起訴になった理由は「起訴猶予」であるとして、

「この場合、波田地の主張が真実と認められ名誉棄損に当たらないと
判断された場合は『嫌疑なし』あるいは『嫌疑不十分』という理由になる。

一方で『起訴猶予』は、被疑者(=波田地)が犯罪を起こしたことは
確実であるが、犯罪自体が立件するほどには重くない、

あるいは本人が深い反省の情を示しているなどの情状酌量の余地がある場合に出される措置だ。
同じ不起訴の範疇とはいえ、このように内容には、天と地ほどの開きがある」

と述べている。

しかし、先に検証したように、波田地氏の行った名誉毀損行為は、

「立件するほどには重くない」とは到底言えないし、
「本人が深い反省の情を示している」という事実もない。

何らの弁償もしていないし、谷川氏の処罰感情は高いままであろうし、
波田地氏がこれまでの主張を続ける可能性もあると思われる。

つまり、柳原氏の言う「情状酌量の余地」はないと言える。

にもかかわらず、波田地氏は不起訴処分になった。

となると、考えられる理由は、繰り返し述べてきたように、名誉毀損罪特有の「免責3要件」
すなわち利害の公共性、目的の公益性・事実の真実(相当)性を満たしていたから、というよりほかないであろう。

柳原氏が、同じコラム日記で「波田地は今回は特別に“無罪放免”してもらった」云々と述べているのを見て、

谷川氏擁護派が「お目こぼしですた\(^o^)/」などとヌカ喜びしていたが、波田地氏の起訴猶予を理由とする不起訴処分は、

“特別の無罪放免”でも、“お目こぼし”でもなく、上記の3つの要件を満たした場合に、当然、認められる「免責」だったのである。

告訴人は不起訴処分に不服がある場合、検察審査会への審査申立ができるが、
谷川氏はその申立をしないまま、公訴時効を迎えてしまったのである。

また、民法上の名誉毀損による損害賠償請求権も、犯人と被害の程度を知った日から3年で消滅するので、
谷川氏は刑事でも民事でも、374919事件の問題で二度と訴えることはできなくなったのである。


【③検察官が「不起訴処分」の理由を「起訴猶予」とする時の実際のところ】

柳原氏は「波田地の主張が真実と認められ名誉棄損に当たらないと判断された場合は『嫌疑なし』
あるいは『嫌疑不十分』という理由になる」と述べているが、果たしてそうであろうか?

被告訴人の主張が真実と認められ、名誉棄損に当たらないと判断された場合でも、
理由は起訴猶予とされる場合があるのではないか?

そうでなければ、不起訴の理由の90%以上が起訴猶予という事実は説明がつかないであろう。

(小倉秀夫弁護士のHP<http://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/2007/01/post_8430.html>によると、
嫌疑なし・嫌疑不十分等で不起訴となる割合は、実質的に全体の約2.6%に過ぎないとの報告も)

実際「検察庁で事件が不起訴処分になる場合、裁定主文にはいろいろなものがありますが、起訴猶予になっている
事件の中には、かなりの数、本来であれば嫌疑不十分で裁定すべきものも含まれていると言えると思います」

と述べている元検事の弁護士がいる。

弁護士 落合洋司 (東京弁護士会) の 日々是好日
http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20070127/1169824952

同弁護士は、本来であれば嫌疑不十分で裁定すべきものが起訴猶予になっている事件を「嫌疑不十分的起訴猶予」と呼び、
厳密には、嫌疑不十分にすべきようなものでも「起訴猶予」で落とす理由として、次の①~⑦を上げている。


不起訴はやむをえないものの、嫌疑不十分にまでするには抵抗を覚えるから


嫌疑不十分では不起訴裁定書(刑事裁判での無罪判決のようなもの)が長くなり書いていられないから


嫌疑不十分にすると、被疑者補償(被疑者補償規程)の要否を検討することになっているから(面倒なので)


警察が、嫌疑不十分という裁定主文になった際に、一種の捜査の失敗と捉える場合があって何となくかわいそうだから


警察官によっては、不起訴になるのはやむを得ないとしても、嫌疑不十分ではなく起訴猶予にしていただきたい、
と懇請してくる人も実際にいるから


不起訴裁定書を書く場合、理由のところで、嫌疑不十分の場合は、それなりに具体的な不起訴理由を、
証拠も引用しつつ書くので、骨が折れるから


起訴猶予の場合、理由の前に書いてある犯罪事実について、「事実は認められるが」と軽く書いて、その後に、
情状面について書いて行くことになるので、簡潔な内容で済むから

そして、最後に「こういう実情があるので、過去に不起訴になった事件について、
『起訴猶予』イコール『犯罪事実はきちんと証拠により認定され、起訴されれば有罪だった』と
決め付けてしまうのは、ちょっとどうかな、というのが、私の実感です」と述べている。

谷川擁護派が言う「起訴猶予なら犯行(名誉毀損)があった、つまり虚偽だったってことじゃないの?」

というのが、まさにこれ。こういう決め付けはダメと、元検察官の弁護士がバッサリ(笑)

また、同弁護士は「裁判官や弁護士の方々も『前歴』を見るときには、
そういう可能性もある、ということを念頭に置いて見たほうがよいでしょう」とも述べている。

柳原氏は「起訴猶予の場合は、実際には犯罪として認定されないので『前科』にはならないが、
本人の『前歴』として捜査機関の記録に残るため、本人が同様の行為を繰り返したり、
別件で起訴される場合には、それが情状証拠となる」と言う。

これ自体は間違った認識ではないが、落合弁護士は、「嫌疑不十分的起訴猶予」の場合、

本来「前歴」が付かない嫌疑不十分で裁定すべきものが、起訴猶予で落とされたため、結果的に前歴が付いただけであるから、
「前歴」を見るときは、柳原氏の言うような杓子定規にとるのではなく、もっと柔軟に考える必要があると言うのである。

最終の結論として、本紙編集部の見立てでは、

波田地氏の「不起訴処分」は、名誉毀損罪の免責される3要件を満たしていたがゆえの不起訴であり、
本来は「嫌疑不十分」を理由とすべきところであるが、

①~⑦のいずれか(もしくは複数)の理由で「起訴猶予」となった「嫌疑不十分的起訴猶予」である。
「前歴」も、本来は付くはずがなかったのであるから、その点を考慮すべきである。


以上
 

京都瓦版11号(2016.9.20)

 投稿者:京都乃銀鬼  投稿日:2016年 9月20日(火)12時00分0秒
  谷川374919刑事告訴事件の真相シリーズ !! ④ 1/2 完結

――波田地氏の「不起訴処分」は、「嫌疑不十分的起訴猶予」!!
  本来「前歴」も付かず 刑事も民事も訴え不能になった谷川氏――


前号に続いて
【②「不起訴処分」と「起訴猶予」について】
【③検察官が「不起訴処分」の理由を「起訴猶予」とする時の実際のところ】を検証する。

「不起訴処分 起訴猶予」で検索を掛けると、さまざまなサイトがヒットするが、本紙編集部で
一番分かりやすいと意見が一致したのは、一番上に出てきた「刑事事件弁護士ナビ」の記事である。

 「起訴と不起訴の違いと不起訴処分を獲得するためにできること」
  https://keiji-pro.com/columns/20/

以下、この記事の内容を紹介しながら、基本的な知識を確認し、それらが谷川刑事告訴事件の場合に
どう当てはまるかを、検証していきたいと思う。 ※以下は、編集部のコメント。

●「起訴と不起訴の違い」

「起訴」とは、公訴の提起のことで、刑事事件において、検察が被疑者の容疑がほぼ確実だと判断した場合、
検察が裁判官に対して「この被疑者に対して刑事裁判を行なってください」とお願いすることである。

「起訴」されると、容疑の疑いがある「被疑者」から、裁判を待つ身である「被告人」に呼び名が変わる。
日本では、刑事裁判になると、99.9%の確率で有罪判決を受けてしまうことになる。

「不起訴」とは、起訴を受けなかったことで、不起訴処分になれば、実質、刑事手続きは終了する。

※波田地氏は不起訴処分になったので、刑事手続きは終了。

しかも、公訴期限(今年4月2日)を過ぎているので、完全に終わっており、
谷川氏は波田地氏をこの問題で二度と訴えることはできない。

●「不起訴になる3種類の理由」

不起訴になる理由には「嫌疑なし」「嫌疑不十分」「起訴猶予」の3種類がある。

①嫌疑なし・・・・被疑者は罪を犯していないという理由。真犯人が出てきた時など。
②嫌疑不十分・・・被疑者が犯罪を起こした疑いはあるのだけれど決定的な証拠がないという理由。
③起訴猶予・・・・被疑者は確実に罪を犯したのだけれど今回は許してやろうという理由。
         被疑者が深く反省をしている、被害者と示談をしている、犯罪が軽度、再犯の恐れがないなどがある。

●「不起訴理由の割合」

そもそも現在の日本の捜査機関が嫌疑なしの人物を逮捕することもめったに無いし、
証拠が出てこない嫌疑不十分になることもあまりない。
したがって、不起訴の理由は、90%以上が起訴猶予になっている。

※「嫌疑なし」「嫌疑不十分」を理由とする不起訴処分がほとんどない理由については、

「③検察官が『不起訴処分』の理由を『起訴猶予』とする時の実際のところ」で掘り下げて考えてみたい。

●「起訴猶予が認められる可能性のある理由」

起訴猶予が認められる可能性のある理由には、次のようなものがる。※(←○○○)は谷川刑事告訴

事件に当てはめるとどうなるか。

・被害・罪が大きくない  (←次期会長人事を左右する問題であり、被害・罪は大きい)
・被害の弁償がされている (←波田地氏は谷川氏に何らの弁償もしていない)
・被害者の処罰感情が低い (←谷川氏の波田地氏の処罰を求める感情は非常に高いと思われる)
・前科・前歴がない    (←波田地氏には前科も前歴もない<法廷でその旨、証言があったと聞く>)
・強く反省している    (←波田地氏に反省の弁なし。一貫して免責3要件を主張<同上>)
・再犯の恐れがない    (←反省の弁がない以上、これまでの主張を続ける可能性ありか?)


※こう考えると、波田地氏に前科・前歴がないことだけで
起訴猶予が認められたとは考えにくく、理由は別にあったと思われる。

それは、波田地氏が訴えられた罪状が「名誉毀損罪」であったところから考えると、
名誉毀損罪特有の「免責3要件」すなわち利害の公共性、目的の公益性・事実の真実(相当)性を
満たしていたからであるとしか考えられない。

●「刑事事件での起訴・不起訴までの流れ」

刑事告訴が警察に受理され、逮捕状が出ると、

「逮捕」→「拘留」(警察の取り調べ)→「送検(身柄)」→「拘留」(検察の取り調べ)→「起訴or不起訴」

と続き、起訴されれば1カ月間後に「刑事裁判」が始まり、有罪か無罪、正式な刑罰の判決が下される。

※波田地氏の場合は、逮捕されたわけではないので、これとは違って、

「刑事告訴」→受理するかどうか判断するための「任意の事情聴取」→「受理」→警察の取り調べ(出頭)
→「送検(書類)」→検察の取り調べ(出頭)→「起訴or不起訴」

と続いたものと思われる。もし起訴されていれば、あとは上と同じ流れに。

以上、述べてきたことを念頭に置いて、

谷川氏擁護派の柳原氏がコラム日記(2016/09/01)で述べていることを検証してみたい。


④2/2につづく
 

イケディ様

 投稿者:案外おばちゃん  投稿日:2016年 9月20日(火)11時18分39秒
  私も 妙法のリズム、宇宙のリズム、先生のリズム・・・

あると思います!!


全ての戦いが凝縮していると先生がご指導された大阪の戦いより19年の時を経て SGI会長になられましたね。

 

Re つれづれ断想 9.19

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年 9月20日(火)11時14分35秒
  小作人@地上の発心様

( )でよろしんですよね・・?

・・引用・・
日蓮も悪い、池田も悪い、四人組も悪い、そして会員みんなが悪い、、、
(といった、ような)相対化の思考が行き着く先に如何なる価値を見いだすことができよう?
ただ単純に眼前で展開される不条理に異を唱えている人々へ唾を吐いているに等しい。
おのが栄耀栄華を死守する為に支配と収奪のアイコンとして“池田大作”を利用し尽くす食法餓鬼どもに与しているも同然である。 ・・引用終わり・・


凡人様

反板に書かれている文章に対しての、警告でしょうか?
それとも、この板に載る文章の事を言われているのでしょうかね?

それとも琴が琴で、書いてらっしゃるんでしょうか?(この部分は、分からなければ無視してくださいね)

<引用1>

何故、そうなってしまうのか。もともとのその人たちの素地がそんなものなのでしょう。
貧病争を苦にした故に信仰を持たれた当時、それは原因が何であれ、我が身に起きる出来事である限り、
我が身で原因に抗わねばならないと言う当たり前のことが判らなかったのは仕方がありません。
不幸を感じる原因は、間違いなくそれなのですから。

*** 文の意味が理解不能です・・言葉は丁寧なようで、人を貶めている文章になっていませんか?


<引用2>
掲げたことが出来ないのは、収入が追いつかないだけなのに、信仰のためと僣称して法を貶めていませんか?

****全く意味不明です。もしかして、我々は全て貧乏だから不平を言ってるとか、お考えではありませんよね?
もし、そうお考えであれば、大間違いです。

<引用3>
まずは、掲示板なんかで憂さ晴らしをしてないで、知恵を巡らせて、しっかりと収益をあげてください。

*****ます、ます、意味不明ですが・・

ご理解不足です・・
書いてらっしゃるある方はご自分で、貧困みたいな書き方をしてらっしゃる方もいますが、
それは方便で・・ご謙遜で書いていらっしゃるんですよ。

それぞれ、立派な社会的立場をお持ちの方が大勢います。言わないだけですし、言う必要もありません。
中には、あなたが想像できないほどの資産を持っておられる方も、いらっしゃるようですよ。

そのような、忙しい時間を割いてでも、やらなければならない理由があります。
それは、一凶の退治です。
地球規模の危機になる原因を、退治するためにやっているのです。

何が、問題なのか、あなた、ご自身師弟不二アーカイブを訪ねて、自分で調べてください。

もちろん、幾人かは憂さ晴らしして居る琴・琴次郎もいますが・・


<引用4>

どんなにみなさんが騒いだところで、創価学会の問題が国民的な総意にまでならないのは、
ひとえにみなさんの日頃を、外部の方がご覧になった結果だと知ってください。

******これも、意味不明です・・琴次郎ちゃんの書き方のようにも、思えますが・・
どこか、大きく勘違いされております。

その上で、実証を示した方がこの掲示板に書き込まれたなら、より注目も集めることでしょう。

******仰る通りです、両方の戦いです。社会実証の戦いをサボってるわけではありません。




生涯広布ペンギン
 

台風により各地で被害が出ています。

 投稿者:獅子の子  投稿日:2016年 9月20日(火)10時45分56秒
  九州 四国の各地域で
被害が出ています。
大丈夫でしょうか?
心配です…

これから台風が接近する
近畿 関東地域の方々も
十分に警戒し備えて下さい。

ご無事であるよう
お題目を送っております。

 

にわかに信じがたい!そのとおりです!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 9月20日(火)10時13分13秒
編集済
  testoさま、案外おばさんさま、ありがとうございます\(^o^)/

大誓堂完成○○年云々よりも、動かしがたいリズムは有ると私は思ってます。
先生が少年時代から読んでいたレ・ミゼラブルの主人公ジャン・バルジャンは、飢えた姉の子供たちの為にパンを盗もうとして、警察に捕らえて19年間にわたりトゥーロンの徒刑場で働かされる。青年時代の全てが牢獄だったのです。
先生が会長に就任された時、奥さまは、何と言っていたか?お通夜だと言ってませんでしたか?どこぞのイカレタ直弟子みたいに無責任にやりたい放題する感覚ではありませんよ!
全学会員の幸せのために身を捨てる覚悟で会長に就任したのではありませんか?それを弟子は19年目に引きずり下ろしたのです。坊主が怖い、時の流れには逆らえない、違いますよ!臆病者で内弁慶、保身のためなら師匠も売り飛ばす世間体・体面ばかり取り繕う事なかれ主義のバカ弟子が、師匠のために身を投ずる覚悟がなかったからです。先生の味方は奥さんだけ!だから、先生は青年部しか信用しないのです。

もう少し、『19』を調べてみて下さい。宜しくお願い致します。\(^o^)/
 

わが友に贈る 2016年9月20日

 投稿者:どうしょうてん  投稿日:2016年 9月20日(火)09時57分7秒
  台風に厳重警戒を!
暴風雨や河川の氾濫
土砂崩れなどに注意!
配達員の皆さまも
どうか無事故第一で!
 

(無題)

 投稿者:独居壮年  投稿日:2016年 9月20日(火)09時35分13秒
  にわかには信じられずにいます。
 

戸田先生の19

 投稿者:案外おばちゃん  投稿日:2016年 9月20日(火)09時24分32秒
  戸田先生の師匠 牧口先生との出会いも19歳でしたね。


「我れ  地湧の菩薩なり」との 獄中での悟りは たしか  昭和19年でしたでしょうか
 

大聖人さまの「19」

 投稿者:tesuto  投稿日:2016年 9月20日(火)09時21分14秒
  1260年(文応元)立正安国論を著す・第一回国主諫暁 19年後の 1279年(弘安2)熱原の法難  

心配されてます

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月20日(火)09時10分12秒
  Aさんが、お葬式に参列しました。

隣席の人が手にしていた数珠が、自分のと同じで、「あれ、もしかして?」


Aさん「あのー、その数珠って、もしやー?」と言葉をかけたら、

隣「顕正会です」

Aさん「(あちゃー)あっ、そ、そうなんですか」

隣「学会の方ですか?」

Aさん「へ?あ、あはっ、そ、そうっていうか」

隣「なんか、大丈夫なんですか?」

Aさん「は?」

隣「学会は今、大変な事になってるそうですね」

Aさん「え??」


・・・ということがあったそうで、ひかりに電話がきましたー。
当然の対話開始です。


Aさん「やあだ。だからかあ。 顕正会の人に心配なんかされちゃってさ。あーみっともねー」





 

池田先生の「19」

 投稿者:tesuto  投稿日:2016年 9月20日(火)09時07分3秒
  1991年(平成3)の破門通告から2010年(平成22)5月まで 19年間 公の場で 新時代 世界広宣流布の指揮を執る
「日蓮仏法を、近世に形成された檀家制度の寺院信仰に閉じこめてはならない。世界に開かれた民衆仏法を確立するのだ、と大聖人の御在世に返られたのが、牧口先生です。」-大白蓮華2010年11月号P81上段
 

太ちゃんへ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年 9月20日(火)08時38分44秒
  >しばらく試行錯誤になるかと思いますが、現行ログ理解目的の「まとめコメント」をやってみますね。<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/56610

おはようございます。
嬉しいです!誠にありがとうございます。

新規訪問者の気持ちに立ち、試行錯誤する事が勝利の姿だと思います。
きっと太ちゃんにしかできない「まとめ」が生まれると思います。

膨大なネットの情報の中に、価値ある内容が埋もれてしまっては損です。
いかにして、欲しい情報が、正確に正しく検索者に閲覧できるようにするか?
宿坊の掲示板のように、投稿スタイルの情報源は、情報の価値が分断され埋もれやすい。
情報のまとめ次第で、情報の価値を、継続して生かす事が出来ます。

キュレーション(情報のまとめ作業)は、情報の価値を生かす大切な作業です。
地味で時間のかかる大変な労作業です。
くれぐれも無理はなさらないでください。
重ねまして、誠にありがとうございましたm(_ _)m
 

柳原滋雄さん 見苦しいよ

 投稿者:eco◆Smw69  投稿日:2016年 9月20日(火)08時24分57秒
編集済
  >>当方は、自身が批判した一部政党や一部反逆者から、金をもらっていたわけではない。
http://megalodon.jp/2016-0920-0738-58/www.yanagiharashigeo.com/kd_diary/kd_diary.cgi?viewdate=20160919より

え!? この宿坊板内で 誰がそんなことを書いていたんですか?
「(柳原)自身が批判した一部政党や一部反逆者から、金をもらっている」
・・・なんて 誰も書いていませんよ
それともう一つ


>>一部反逆者から・・・

・・ということは あなた自身が批判した 一部反逆者とは
この宿坊板にて問題視されている幹部等の事を指す解釈でよろしいんでしょうか?

たしかに宿坊板のログでは 「あなたが(宿坊板内では)問題視されている幹部等のパトロンになっている」
・・といったニュアンスが含まれた記事を見かけたけれど
過去に「柳原氏が批判した人物から金をもらっていた」等と言う記事はみかけた記憶がございません
従って あなたが述べる処の反逆者とは誰のことを指しているのか さっぱりわかりません。



追記
ところで 社会新報は 公明新聞と同様 政党機関紙です。
その事を鑑みて 質問致しますが あなたが在籍していた 94年 95年当時は どんな記事を書いていたのでしょうか?
間違っても 創価学会を批判した記事は書いていませんよね 社会党にいたんだからしょうがないんだ
・・・なんて くだらない言い訳をかまさないようにねw
 

http://

 

くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲様へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年 9月20日(火)08時08分24秒
編集済
  >全くその通りで信濃町の執行部のバカ達は戦ってくれる、または健康のために戦ってきた赤血球や白血球を自分で潰してきた様なものですよ<

おはようございます。
深く同意致します。

池田先生が、仏敵から誹謗中傷されても、何も言わない幹部がいます。
現場会員が仏敵との対峙に立ち上がると「何かあったら誰が責任とるんだ」と、足を引っ張る幹部もいます。
そのような幹部が査問を担当しています。

池田先生を誹謗中傷するのは「悪」。
その「悪」と戦い、池田先生の正義を勝ち取る会員は「善」です。
原田執行部は、その「善」である会員を査問し処分しています。

ここで『嵐の4.24 断じて忘るな!学会精神を』を基に、原田執行部の行っている査問を考えてみます。

~~~~~~~~~~~~
「第3代会長を守れ! 絶対に一生涯守れ! そうすれば、必ず広宣流布できる」と。
 この恩師の精神を、学会幹部は忘れてしまったのか。なんと哀れな敗北者の姿よ。
~~~~~~~~~~~~

原田会長が査問を了承しているのを否定できません。
それは原田会長が、池田先生を守る会員を、査問により処分しているという事になります。
そのふるまいは、原田会長が54年当時から「学会精神を忘れた、哀れな敗北者」のまま変わっていない証拠なのです。
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、社会教育部大会御参加、誠にご苦労様で~す。

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年 9月20日(火)07時52分15秒
  おはようございます。原田怪鳥様、第一回社会教育部大会ご出席、誠に、誠にご苦労様で~す。

あれれ? 「池田SGI会長」になってますけど、どうしてですか~?
創価教育同窓の集いでは、「池田名誉会長」になってたのに、どうしてですか~?
都合よく使い分けるのはやめましょう。「池田名誉会長」が正解ですよ~。ヨロシクお願いしま~す。

原田怪鳥は「創価三代の会長があらゆる非難中傷を受けながら『難こそ誉れ』との確信で信念の行動を貫いてきたからこそ、
現在の世界的な創価教育の発展がある。師の勇気の闘争に連なり『教育の世紀』を勝ち開こう」と励ました。

とのコトですが・・ ひたすら「難を避けた」怪鳥様、アナタの言うセリフではありませ~ん。

秋谷様とともに、「教育の世紀」を「ノルマの世紀」に変えようと日々御精進なされているのは、皆知っておりま~す。

支部長さん、地区部長さん、大変で~す。政教珍聞、新・人間革命、地区〇部(〇冊)だ!
先生にお応えするため、頑張ろ~、なんてことになってませんか?

地区部長さん、ノルマ達成のため、必然的に、多部数購読、複数冊購入になってませんか~?

「先生にお応えする」のではなく、「怪鳥先生様、政教珍聞様、本部職員様にお応えする」ためのわが身の犠牲はもうやめましょ~う。
 

全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年 9月20日(火)07時25分9秒
  全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2008-12-26 【各部代表者会議】(2008年末最終のスピーチです)

■ 一、全同志の皆様の1年間の尊い健闘を、心から讃えたい。
 私は妻とともに、愛する友の幸福と健康を、毎日、真剣に祈っている。
 皆様方のおかげで、創価学会は大前進できた。すべてに大勝利であった。広宣流布のため、本当によく戦ってくださった。
 来年も、断固、勝利しよう!(大拍手)

■ 一、この1年を、わが学会は「人材・拡大の年」と定めた。
 私自身、年頭に「八十にして、青年と共に未来を開く」と申し上げた。
 その通りに、妻と二人して「新たな人材よ、出でよ! 未来への新しき拡大の道よ、開け!」と祈り抜き、手を打ち続けてきた。
 昨年以来、12回に及ぶ全国青年部幹部会にも、すべて出席した。
 うれしいことに、わが青年部も立派に応えて成長してくれている。青年部幹部会の結集では、16万5千人の増加も達成した。各地の主張大会なども、結集の新記録である。地域社会に、創価の青年への信頼が大きく広がっている。
 いよいよ青年部の時代である。女子部の時代である。
 そして、その陰に、偉大な婦人部の方々の祈りと励ましがあったことは、申し上げるまでもない。あらゆる点で、婦人部の功績は計り知れない。「婦人部ありがとう!」「婦人部万歳!」と申し上げたい(大拍手)。

■ 一、学会本部が信濃町に移転して55周年。
 今年、学会本部には、じつに160万人を超す方々が、喜々としてお越しくださった。まざしく“千客万来”の賑わいである。
 「学会は、人材をもって城となすのだ。断じて、人材の城を築くのだ!」とは、わが師・戸田城聖先生の叫びであられた。
 今、一切が激しく揺れ動く社会にあって、盤石なる創価の「人材の大城」ができ上がってきた。私どもに寄せられる期待は、いよいよ大きく、いよいよ深い。
 この創価の大城は、戸田先生と私が、命をかけて築き上げた城である。
 私は、19歳で先生の弟子となり、青春をなげうって、全身全霊で、最大の苦境にあった先生をお護りした。
 病弱だった。先生の事業を支えるため、夜学も断念せざるを得なかった。給料さえ、ないこともあった。
 多くの同志が先生を侮り、罵り、去っていった。
 しかし、私の心は晴れ晴れとしていた。
 先生と出会い、先生の弟子として、死力を尽くして闘った青春の日々。それは、私の永遠の誇りである。
 戸田先生は、牧口先生をお護りした。
 私は戸田先生をお護りし、大恩ある師匠を全世界に宣揚した。
 「世界一の師弟の道を歩み抜いた!」と、御本尊の前で、胸を張って言うことができる。
 偉大な先生であった。厳しい先生であった。師子王の威厳と風格の先生であられた。
 先生は、私という弟子を見つけ、離さなかった。「大作一人いればいい」と言ってくださった。
 その師匠のために、肺病の無名の青年が一人立ち上がり、今日の学会を築き上げたのである(大拍手)。
 私の心の中には、いつも戸田先生がおられる。だから、どんな迫害にも負けなかった。
 師弟とは、人間の究極の道である。命がけの決心でなければ、継ぐことはできない。
 勇気があるのか、正義が燃えているのか、分からない──そんな中途半端な姿ではいけない。
 観念ではない。明確な「行動」がなければならない。
 小さな自分をなげうって、人生の最後の瞬間まで、師匠の正義を叫び、大恩に報いていく──これが弟子の道である。
 今、新しい創価学会を築く時である。
 後継のリーダーは「師弟なくして仏法はない」という一点を、わが生命に刻みつけていただきたい。

■ 一、今年も、来日された中国・胡錦濤国家主席との会見をはじめ、世界の要人、識者との対話が相次いだ。
 光栄にも、皆様方を代表して、世界から多くの栄誉も拝受した。
 すべて、不二の同志である皆様方のご一家に、子孫末代まで流れ伝わる栄冠である(大拍手)。
 〈本年1月には、アメリカの首都ワシントンDCの連邦議会議事堂で、名誉会長の傘寿を祝賀して掲揚された「星条旗」が名誉会長に贈られた。
 ロシアからは「友好勲章」が贈られ、名誉会長に授与された国家勲章はこれで「27」となる。
 名誉学術称号は「246」。名誉市民称号も、アメリカ・ハノーバーパーク市から贈られた「名誉市民証」(今月18日)、台湾・外埔郷(がいほきょう)から贈られた「名誉郷民証」(同19日)、台湾・沙鹿鎮(さろくちん)から贈られた「名誉鎮民証」(同21日)を含め、本年1年間で「50」を数え、累計で「608」となる)

● 全員が「青年」に
 一、さあ、「青年・勝利の年」の開幕である。
 妙法は「不老」、すなわち生命力が老いることのない法である。
 また妙法は「蘇生」、すなわち「よみがえる」力の源泉である。(御書947ページ)
 妙法を朗々と唱えながら、全員が生き生きと「青年」に若返る年だ。
 そして青年を育て、青年と共に、いまだかつてない「勝利」また「勝利」の黄金の歴史を飾ってまいりたい。
 青年部の諸君は今、私が綴ってきた「創価の師弟の劇」を、魂に刻みつけていただきたい。
 私が命をかけてつくりあげてきた、戸田先生の魂の脈打つ創価学会である。心ある方から“現代の奇跡”とまで言われた、SGIの発展である。絶対に邪悪な者に破られてはならない。

● 笑顔の役者に!
 一、ルネサンスの知性アルベルティには、「思い上がり」を戒めた寓話もある。
 ──ある傲慢な星が「じぶんの光が、まわりの星よりも、もっともっとすばらしい」(前掲渡辺訳)と考えて、他の星たちを見下して、馬鹿にした。
 「こんな星たちと、いっしょになんか、いられないわ。遠くへとんでいって、あたしの光が、どんなにかがやくか、見せてやるわ」(同)
 そして、その傲慢な星は、一人、流れ星になって、仲間から離れていった。
 ところが、一層輝くどころか、いつの間にか、真っ暗な夜空に吸い込まれるように、誰からも見えなくなってしまった、というのである。傲慢な人生の、哀れな末路そのものといってよい。
 仏に等しい尊極の学会の同志を軽んじた反逆者の転落の行く末が、どれほど侘しいか。皆様がご存じの通りだ。

■ 一、学会は、平等大慧の妙法に則った、異体同心の和合僧である。誰が上とか下とかではない。皆が同じく広宣流布に戦う同志である。皆が等しく尊い存在なのである。
 そのうえで、広布のリーダーは、宝の同志に深く頭を下げて、「毎日、ご苦労さまです!」「ありがとうございます!」と感謝し、讃えていくのだ。
 もちろん、誰人にも、辛いことや悲しいことはある。だからこそ、信心で立つのだ。
 自己の悲哀を敢然と乗り越え、「笑顔の役者」となって、朗らかに友を包み、友を照らし、希望の方向へ、幸福の方向へと、全軍を引っ張っていくのである。そこに自分自身の幸福もある。
 我ら創価の励ましのスクラムは、いかなる暗き混迷の世においても、一人一人が自分らしく輝き、皆が麗しく光を放ちゆく、勝利の人材の大銀河なのである。

■ 後輩を大事に! 人材を伸ばせ!
 一、迫害の嵐の中にあった昭和54年(1979年)。嫉妬うず巻く日本を去って、外国に行ったほうがいいのではないか──そういう声もあった。
 しかし、妻は、微笑んで言った。「あなたには、学園生がいます。学園生は、どうするのですか。きっと寂しがりますよ」
 そうだ。学園生がいる。未来の生命たる青年たちがいる。その若き友のために、私は戦おう──こう心に決めたことを思い出す。
 きょうは、青年部の代表も参加している。
 戸田先生は、私をはじめ青年部の中核が集う「水滸会」で、厳しく言われた。
 「忘恩の人間には、何も任せられない。任せても何もできない」
 青年よ、「報恩」の二字を忘れるな!─これが恩師の遺言である。わが生命に深く刻んでいただきたい。
 悪を放置してはならない。絶対に許してはならない。

●  勇敢な信心たれ
 一、日蓮大聖人は、「末法の御本仏」であられる。
 ありとあらゆる三障四魔や三類の強敵が襲いかかってきても、御本仏の赫々たる御生命を破ることなどできなかった。
 ありがたいことに、妙法を信受し、大聖人の仰せの通りに、広宣流布に生き抜く私たちは、末法の御本仏の師子王の大生命を、そのまま、わが身に涌現することができる。
 「此の曼茶羅能く能く信ぜさせ給うべし、南無妙法蓮華経は師子吼の和し・いかなる病さは(障)りをなすべきや」(御書1124ページ)とは、あまりにも有名な一節である。
 師子吼の題目を唱える人は、絶対に行き詰まることはない。
 師子王が吼えれば、百獣は恐れおののく。そのように、あらゆる魔性を披ることができる。病魔も破ることができる。
 全宇宙の諸天善神が私たちの味方となるのだ。何も心配はいらない。何も恐れる必要はない。
 薪を加えるほど火が盛んになるように、難に遭うほど、旺盛な大生命力をわきたたせていける。仏の境涯を開いていける。それを大聖人は、身をもって教えてくださった。
 偉大なる仏の力がみなぎれば、障魔に負けるわけがない。
 その大宇宙のような広大な境涯を涌現していく、ただ一つの条件がある。
 それは「信」である。「但し御信心によるべし」「能く能く信ぜさせ給うべし」(同ページ)と仰せの通りである。
 どんなに鋭い剣があっても、それを使う人が臆病であれは、何の役にも立たない。
 大聖人は「法華経の剣は信心のけなげ(勇)なる人こそ用る事なれ」(同ページ)と仰せになられた。
 苦難に襲われたその時に、「勇敢な信心」「潔い信心」「勇猛な信心」「強盛な信心」があるかどうかだ。
 「心こそ大切」(同1192ページ)である。大聖人は、幾度も「信ぜさせ給へ」等と強調されている。
 今、時代は、乱気流の中に突入している。どんなに社会が動揺しても、いな、社会が動揺している時だからこそ、自らの信心だけは微動だにさせてはならない。
信心さえ揺るがなければ、いかなる状況も、必ず打開できる。最後は必ず勝利する。
 「わざはひ(禍)も転じて幸となる」(同1124ページ)のが妙法の力であるからだ。
 御聖訓に「心して信心を奮い起こし、この御本尊に祈念していきなさい。何事か成就しないことがあろうか」(同ページ、通解)と仰せの通り、どこまでも、祈り切ることだ。祈り抜くことだ。
 大悪をも大善に変えていくのが、日蓮大聖人の仏法である。私たちの信心である。
 苦難こそ、信心の無量の力を引き出していく最大の転機だ。御本尊の絶対の功力を証明する絶好の時である。
 諸天善神が間違いなく動きに動き、私たちを護りに護る。今まで以上に、思ってもみなかった力が発揮できる。そうでなければ、御書も法華経も、全部、虚妄になってしまうではないか──。
 この大確信で、いよいよ勇み、立ち上がっていただきたい。
 私たち学会員の信心が一段と深まり、人々に妙法の功力を示しきっていく時が来た!今こそ人間革命できるのだ!──そう深く心に決めて進んでまいりたい(大拍手)。

● 御書の翻訳は師弟の聖業
 一、本日の会議には、教学部の若き俊英も参加している。
 「師弟直結の教学」「広宣流布の教学」「破邪顕正の教学」「人材育成の教学」そして「仏法勝負の教学」を先頭に立って実践しゆく皆様の奮闘は、誠に頼もしい。
 いつもご苦労さま!
 昭和27年(1952年)4月、日蓮大聖人の御書全集が創価学会の手によって発刊された時、発願者である戸田先生は「発刊の辞」で明快に宣言された。
 「この貴重なる大経典が全東洋へ、全世界へ、と流布して行く事をひたすら祈念して止まぬものである」と。
 この「仏法西還」そして「一閻浮提(世界)広宣流布」は、大聖人が誓願され、日興上人が受け継がれた聖業である。
 御書には、こう仰せである。
 「月は西より東に向へり月氏の仏法の東へ流るべき相なり、日は東より出づ日本の仏法の月氏へかへるべき瑞相なり」(588ページ)
 さらに、日興上人は「日蓮大聖人の御書も、広宣流布の時には、また仮名交じり文(日本語)を外国語に翻訳して、広く世界に伝えるべきである」(御書1613ページ、趣意)と展望されていた。
 見栄っ張りの五老僧らは、かな文字で庶民にわかりやすく書かれた御書を軽んじた。
 しかし日興上人は、その大聖人の御書が、必ず全世界に向けて翻訳される時代が来ると断言された。
 戸田先生は、この大願を果たされるために、正しい御書を残された。そして、世界への翻訳を、後継に託されたのである。
 戸田先生のご構想を実現するため、私自身、教学部の代表として御書再版の校正作業に携わった。輝かしい青春の思い出である。
 世界広布の伸展とともに、私は御書の翻訳事業にも着手した。
 今や御書の翻訳・出版は英語、中国語、スペイン語、韓国語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、ポルトガル語、オランダ語、デンマーク語などに及んでいる。現代の鳩摩羅什ともいうべき、最優秀の翻訳陣・通訳陣の方々に、この席をお借りして、最大に御礼を申し上げたい。
 その福徳は、広大無辺である。本当にありがとう!(大拍手)

● 日々、御書を拝せ
 一、私の妻は、幼き日、自宅の座談会で、特高警察の監視の中、御書を拝して師子吼される牧口先生のお姿を生命に刻みつけた。
 そして戸田先生のもと、「女子部は教学で立て!」と薫陶を受けた。ゆえに、どんな時でも、御書を真剣に拝読し続けてきた。
 婦人部となってからも、時には台所の片隅で、寸暇を惜しんで御書を拝していた。
 いわゆる言論問題の嵐の渦中、ある新聞記者が、取材のため、私のもとに来た。そこで偶然、妻が黙々と御書を研鑽している姿を目の当たりにした。
 その記者は"こんな時にも、仏法の教えを学んでいるのか"と驚いたという。
 だから、妻は負けなかった。婦人部は揺るがなかった。大難の中にも泰然自若として、微笑みながら、同志を励ましていった。
 その勝利の源泉こそ、「唱題」であり、「御書」なのである。

 一、戸田先生は、御書研鎖の姿勢について「一行一行、拝しながら、『その通りだ。まったく、その通りだ』と深く拝読していくべきだ」と教えられた。
 御書の一節だけでもよい。日々、拝読しながら、実践していくことが大切だ。
 全国各地で、男女青年部の教学部長も立ち上がっている。
 「青年・勝利の年」は「行学・勝利の年」でもある。どうか、大いに学び、大いに実践して、仏法勝負の金字塔を堂々と打ち立てていっていただきたい。

● 歓喜に燃えて
 一、御義口伝には仰せである。
 「始めて我心本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名く所謂南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり」(同788ページ)
 私たちの生命には最高に強く、尊い仏の生命が厳然と具わっている。胸中にこの仏界が輝く時、いかなる魔性も、私たちを苦しめることはできない。
 嘆いてばかりの仏はいない。宿命に負けてしまう仏などいないのである。
 真実の幸福を築くための仏法だ。
 「衆生所遊楽」のための信心である。
 天人が満ちあふれ、常に妙なる音楽が奏でられており、天空からは、めでたい曼陀羅華が降り、仏やその他の衆生の頭上にそそいでいる──法華経寿量品には、衆生が遊楽する仏国土について、このように記されている。
 強き信心で生き抜く私たちの境涯は、常に喜びに満ちている。和楽が広がっている。これが、創価の世界なのである。

● 晴れやかな新年のスター卜を
 一、結びに、権力悪と戦った、文豪トルストイの若き直弟子グーセフの信念の叫びを、わが後継の青年部に贈り、私の本年最後のスリピーチとさせていただきたい。
 彼は綴っている。
 「人生を砂上ではなく、岩盤に築くべきである。雨や嵐がより強いところで揺るがぬ人生を生きていくべきだ」
 1年間、本当にありがとう!
 「勝って兜の緒を締めよ」で、明年もまた、勝利、勝利の1年としてまいりたい。
 皆、風邪をひかないように!
 金同志の健康とご多幸を、妻とともに祈りに祈ります。
 世界192カ国・地域の同志とともに、最高に素晴らしい新年をお迎えください。
 そして、新年勤行会から、「青年・勝利の年」の晴れやかなスタートを切りましょう。
 役員の皆様には、大変にお世話になりますが、一切無事故で、全同志が喜び勇んで出発できるよう、よろしくお願いいたします。
 きょうは長時間、本当にありがとう! また、お会いしましょう!(大拍手)

 

Re.つれづれ断想9.19

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 9月20日(火)03時36分17秒
  無冠さまがアップされている先生のスピーチを読むたびに、奮い立っています。
せっかく、9.19の数字が出てきたので少し考察を。19年です。

池田先生は、19歳で戸田先生に縁をして信心を始める。
池田先生は、19年間  第3代会長を務められて弟子に引きずり下ろされる。
池田先生は、平成10年(1998年)魂の独立宣言をされる。そして、平成29年・・・と明年を迎えます。19年の意味を考えてみて下さい。

もう一つ、ああ無情さまが歓ぶ視点で、ユゴーは19年間、ナポレオン三世の迫害を避けるためにガンジー島へ渡り、亡命生活をしていた。

レ・ミゼラブルの主人公ジャン・バルジャンは19年間、トゥーロンの徒刑場(造船所)で重労働を科せられていた。等です。

『19』の指し示す意味を考えてみませんか?





せんさ
 

ひらがなプロジェクトに投稿しました

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2016年 9月20日(火)02時59分32秒
  ひらがなプロジェクトに投稿しました。
池上殿 兄弟抄 付法蔵列記 鎌足造仏事 兄弟同心事 他・・・。

テヘラニアン対談が、25日来るそうです。嬉しいな。
法華経の知恵4巻を読んでいます。須田さんの日蓮の思想と生涯は読み終えましたが。
4カ月かかりました。

文章はわかりやすいのですが、文字が小さい・・・。
布団の上で読むのは、疲れる。目が30分しかもたない・・・・。
その本に刺激を受けて、法華経の知恵をじっくりと読もうと考えました。

日蓮本仏論、宮田教学、三代秘法の捨棄、ご祈念文改定等々の先生のお考えと
合致してるかどうかを、確かめるためです。

・・・・・・・法華経の知恵より 抜粋
そう言えば、戸田先生に向かって、「会長さんは生き仏なのでしょう」と皮肉っぼく
聞いた新聞記者がいた。
先生は「冗談ではない。生き仏が生魚を食ったり、ウイスキーなんか飲んだらたいへん
なことだ(笑い)。
そんなものはいません」と呵々大笑されていた。
「私は立派な凡夫だ。自分を神だなどと言う宗教の教祖は、インチキだ」とも、よく
おっしやっていたものです。
・・・・・・・・

戸田先生の話は、具体的、庶民的でわかりやすいですね。
仏さんと言えば、すべての人が、仏さんなんです。
だから、不軽菩薩は、みんなの人を拝んで回って、難を受けたのです。

そのことに、迷い、信じられない人が、不幸になるのです。
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2016年 9月19日(月)23時39分47秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
おやすみなさい
 

つれづれ断想 9.19

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年 9月19日(月)23時06分56秒
  池田大作の名の下に平和憲法の尊さを学ぶ機会を得、
池田大作の名の下に生命尊重の哲学に触れることができ、
池田大作の名の下に価値ある人生の成否に思索を巡らす日々を過ごしている。

あとは各々が涵養する池田思想を起点として広く社会へ価値創造を展開するのみ。

「未来を約束するものは、絶えず新しい思想に向って創造発展して行く道だけである」(幣原喜重郎)

日蓮も悪い、池田も悪い、四人組も悪い、そして会員みんなが悪い、、、
相対化の思考が行き着く先に如何なる価値を見いだすことができよう?
ただ単純に眼前で展開される不条理に異を唱えている人々へ唾を吐いているに等しい。
おのが栄耀栄華を死守する為に支配と収奪のアイコンとして“池田大作”を利用し尽くす食法餓鬼どもに与しているも同然である。

~~~~~~~~~~  ~~~~~~~~~~

もはや「収益をあげる」ことに血道を上げる時代ではないのだ。
貧病争の克服、、、「貧乏人と病人の集まり」からどこまで脱却出来たかという外形的基準に重きを置いて、
金銭的・物質的充足をもって“社会に実証を示す”発想自体が旧弊な昭和脳・バブル脳に由来するものである。

成長神話の呪縛から自らを解き放ち、「足るを知る」生き方を志向する人々が今、静かにそして着実に世界を変えつつある。
“能力に応じて働き、必要に応じて取る”社会は既に地球のそこかしこで確かな輪郭を見せて現出されている。

20世紀の労働慣行に基づく収入の概念に固執し、一億総中流の幻想が醸し出す“世間並の豊かな暮らし”に今も呪縛されている事に気付かない人ほど、
相対論的思考で世間一般と創価学会員の価値観の乖離を説く。
だが世間一般の方がもう一歩も二歩も前に進んでいる。境涯を高めている。
そうした人々が日蓮仏法、そして池田思想に新たな角度から光を当て、心ある学会員と共に新しい生命を吹き込んでいるのだ。
 

同盟題目23時開始

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 9月19日(月)22時53分30秒
  よろしくお願いします。池田先生のご健康を祈ってまいります。
 

大穴様

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年 9月19日(月)22時19分22秒
  学会理解よりは、池田先生・思想の理解のほうがいいと思います・・

今のヘンテコリン状態の学会を理解させると、後々、問題が多々出てくると思いますよ。

先生の思想を訴え、今の状況は可笑しくなっているので、正常化途上とも・・

そうしないと還りて仇になり、究極、友を苦しませる琴になります。


ペンギン
 

天の声さま

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月19日(月)22時08分26秒
  こんばんは、ひかりですー!

天の声さまと同じように、私も、そう思わざるを得ないです。


もう一人の若手とも対話しました。

すると、「やっと納得!」

手をたたいて、笑っていました。

「そんなにおかしい?」

「おかしいですよ。幹部(兄弟のことらしい)を、馬鹿みたいって思う自分が変なのか、
自信がなかったんですけど、なんだ、自分はまともだったんじゃないですか」


こういうやりとりが起きることは、まさに、「天知る、地知る、人が知る」その時が来たる。


こんな対話は、しばらく続くのでしょうね。
 

その出来事は?⑱宿坊掲示板

 投稿者:感性  投稿日:2016年 9月19日(月)21時50分45秒
編集済
  >京都乃銀鬼さんの見立ての通りです   投稿者:しなのそば   投稿日:2016年 9月16日(金)13時15分30秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/56421

しなのそば様
御回答ありがとうございました。

以下引用
銀鬼さんがご指摘の通り、起訴猶予で不起訴処分になったことが、谷川氏の“実質勝利”
であり、喜ぶべきことであるなら、真っ先に教えてもらえそうな本部連絡局の局長(副会
長)や関西の「波田地対策本部」トップが、4月中旬の時点でも知らされていなかったのは、
明らかに変ですね。
引用以上

それでは不起訴そのものへの被告(H氏)側による評価がどうだったのかが気になります。

柳原氏によると別法廷にてH氏は当板に書き込みこそされないものの当板をMLに代わる重要な
発信源と位置づけていると明言したそうですね。

>2016/08/17(Wed)同氏コラム日記
>○○○○○が創価学会を訴えた裁判  一審判決は10月へ
http://www.yanagiharashigeo.com/kd_diary/kd_diary.cgi?viewdate=20160817&word=%88%ea%90R%94%bb%8c%88%82%cd%82P%82O%8c%8e%82%d6

このことは私が拙⑩(後にリンクします)を書いた以降に知りました。
以下それが事実であることを前提に書きます。

不起訴がH氏側にとっての勝利情報であるならば、当板にてより以前から何らかの
言及があったのが自然と言うものではないでしょうか。実際は私の書き込みに対して言わば
瓢箪から駒のように不起訴云々が出てきました。
>その出来事は?⑩宿坊掲示板   投稿者:感性   投稿日:2016年 8月 3日(水)11時50分23秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/53364

確かに貴方様や銀鬼さんが御指摘のように起訴猶予は原告のT氏側において勝利情報ならその
流布・通達等が分かりやすい形であるはずというのはうなづけます。
しかし逆に上述の疑問も浮かばざるを得ないのですが、「しなのそば」様を含めどなたか言及できる方はいらっしゃるでしょうか?

もしかすると「通るだけの人 」による御意見あたりがヒントになるのでしょうか?

これについては

その出来事は?⑯起訴猶予?   投稿者:感性   投稿日:2016年 9月 8日(木)02時22分13秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/55797
の後段に後編集にてリンクしています。
>基本的な理解ができていないのでミスリードがあります

私見ではつじつまはあっているような気もしていますが、その分、逆の立場(被告側)による不起訴の広報の遅れの不自然さも浮き彫られてきます。

いずれにせよ私のような中立部外者の立場から見れば、被告・原告双方ともそれぞれの勝利成果としての不起訴及び起訴猶予をどのように評価するかについての不特定への公表が欠落あるいは希薄なような気がしてなりません。事は実質的に日本最大の宗教団体にして与党の支持基盤にも関与するいわば公共的な要素も帯びてくる係争事案であることも忘れてはなりません。

双方とも本当に自説に自信があるならネット掲示板とか第三者ジャーナリスト等を通してしか知ることができない現状を見直したうえで、もっと分かりやすい直截的な手法、例えば被告側におかれては当事者が実名で成り行きを報告するとか原告側におかれては機関紙等で事の概要を言及するとかで(口コミではダメです)不特定に開陳してもらいたいものです。

それがなければどこまでも議論は推測・推定の曖昧模糊とした域を超えることができず永遠に風に吹かれたままで終わってしまうのではないでしょうか。

ただし双方が現時点での各利害や事情でそれを望んでいるのであればもはや何も言うことはありません。


その出来事は?⑰起訴猶予?それとも嫌疑不十分等?   投稿者:感性   投稿日:2016年 9月16日(金)07時14分17秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/56407
 

10人の友人

 投稿者:大穴  投稿日:2016年 9月19日(月)21時06分17秒
  カンピースさん、久保田哲さん、返信ありがとうございました。

10人の本当の友人・・・言うは易しですよね。私ははまず1人の
学会理解してくれる友人を作ろうと思います。
 

全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年 9月19日(月)20時47分18秒
  全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2008-12-22 【全国代表協議会】

■  一、ご苦労さま!どうか、楽になって聞いていただきたい。
 この1年の広宣流布の大前進、本当にありがとう!
 わが使命の天地に、希望の旭日を昇らせ、喜びの花を咲き薫らせた、一人一人の尊き奮闘を、私は心から讃嘆し、感謝申し上げたい(大拍手)。
 以前、見事な牡丹の花の絵を目にして、私は詠んだ。

    世界一
     幸福牡丹の
      美しさ
     皆の心も
      勇み笑顔に

 皆の心に勇気と希望を贈り、悩める人をも笑顔に変えていく ── それが、民衆のリーダーである。
 深き同志愛こそ、学会の永遠の「宝」なのである。

● 目立たずとも
 一、きょうは、全国から代表が集ってくださった。あの地にも、この地にも、福徳輝く人材城が、堂々と、そびえ立っている。本当にうれしい。
 地味な、目立たないところで、誰よりも頑張っている人がいる。
 大変な状況をはねのけ、見事な歴史を築いている人がいる。
 何と立派か。その人を私は讃えたい。
 反対に、たとえ恵まれた環境にあっても、それに安住し、油断すれば、持てる力を発揮することはできない。
 まして、リーダーが慢心になり、「こんなものだろう」と手を抜けば、いかなる戦いも勝てるわけがない。
 将の一念にひそむ慢心こそ、勝利を阻む"一凶"である。
 学会創立80周年の峰を目指して、同志は皆、一生懸命、戦っている。最高幹部は、それを一瞬たりとも忘れてはならない。
 将であるならば、皆以上に、一生懸命に戦う。むしろ、自分が大きな苦労を引き受ける。この覚悟がなければ、将たる資格はない。偽者である。
 若き諸君は、真実の広宣流布の将として、今こそ決然と立ち上がっていただきたい。

● 50年前の決心
 一、今から50年前、戸田先生が逝去された年の秋、私は日記に記した。後継の友のために紹介しておきたい。
 昭和33年(1958年)10月20日。この日は月曜日で、晴れであった。
 「一日、一日が大事。一日、一日が決戦」「学会員を厳然と守ることだ。私の使命は」
 「難よ来れ。われは恐れない。たじろがない。
 真の指導者になりたし。智勇兼備の」
 皆様も、この決心で進んでいただきたい。
 思えば、戸田先生は人間学の天才であちれた。どんな小さなことからも、その人の本質を見抜いた。ずるい悪人は震え上がった。
 まさに師子であられた。
 その先生に、私は19歳で出会った。師としてお仕えした。厳しき薫陶は、朝から夜中にまで及んだ。
 当時、学会は財政的にも大変であった。そのうえ、無理解と偏見が渦巻き、周りは敵、敵、敵。「貧乏人と病人の集まり」と揶揄された。しかし、我らは誇り高かった。
 戸田先生が事業に敗れると、皆、手のひらを返して罵倒し、去っていった。先生は理事長辞任を余儀なくされた。まさにその時、「わが師匠は戸田先生なり」と、私は阿修羅のごとく戦った。
 いつ春が来て、いつ冬が終わったかもわからない。断崖絶壁を歩むような日々であった。その中で私は、ただ一人、真実の弟子として、偉大なる師匠をお護りし抜いた。
 誰よりも師に仕えた。誰よりも広布の道を開き、師の構想を成し遂げ、誰よりも同志を護り抜いた。
 だからこそ私は、恩師の後を継ぎ、第3代の会長となった。そして、世界的な創価学会を同志とともに築いてきたのである。
 一切の根幹は、師弟不二で生き抜くことだ。それさえ忘れなければ、恐れるものは何もない。
 師弟を軽んじ、断ち切る者とは、断じて永遠に戦わなければならない。
 若き皆さんが、すべてにわたって、学会、広布の推進力とならねばならぬ時が来たのだ。頼むよ!〈会場から「ハイ」と力強い返事が〉

■ 「創価学会第2別館には、正本堂建立の際の賞与御本尊が御安置されている。きょうは、その意義について申し上げておきたい。
 この御本尊には、「昭和四十九年一月二日」の日付とともに、「賞本門事戒壇正本堂建立」「法華講総講頭 創価学会会長 池田大作」と、日達上人の筆で認められている。
 「本門事の戒壇」たる正本堂が、わが創価学会の尽力によって建立された功労が、厳粛に留められた御本尊である。
 来る1月2日で、この御本尊の授与から、35周年となる(大拍手)。
 この昭和49年(1974年)、私は北米、中南米を歴訪し、一閻浮提広宣流布への大きな波動を広げていった。
 さらに、中国、ロシアを相次いで訪問し、世界平和への対話と友好の渦を起こしていったのである。
 そして35年後の今、学会に世界から信頼が寄せられる時代となった。
 嫉妬に狂乱した日顕は、800万人の信心の結晶である正本堂を破壊した。大聖人に師敵対し、これほどの悪行をなした日顕宗に、功徳があるはずがなく、厳然たる大罰を受けるのみである。
 創価学会が大聖人と日興上人の仰せのままに、正本堂を建立した歴史は、絶対に消し去ることはできない。
 その永遠不滅の功労も、無量無辺の功徳も、奪い取ることは、絶対にできない。
 この賞与御本尊が、創価の正義と勝利を、峻厳なまでに証明してくださっている。
 〈正本堂建立の意義と、それを破壊した日顕の暴挙については、小説『新・人間革命』第16巻の「羽ばたき」の章に詳しい〉

● 皆が朗らかに皆が勝利する場
 一、広宣流布を進めていくためには、事実のうえで、大勢の人が集って、喜んで題目をあげ、幸福の生命となって、それぞれの生活の現場へ帰っていくことが大事である。
 皆が楽しく、皆が幸せに、皆が朗らかに、皆が勝っていく──そういう「広宣流布の場」「日々、誓いを新たにする場」は、現代において創価学会しかない。
 わが学会こそが、日々、勇猛精進している。仏法の根幹を体現しているのである。
 皆さんは、この誇りを持って、生きていただきたい。

● 苦しんだ人こそ幸福になる仏法
 一、婦人部、女子部の皆さんの大先輩の一人に、全国の女子部長、婦人部長などを歴任した多田(旧姓。湊)時子さんがいる。
 多田さんの生まれは、大正14年(1925年)の10月。
 幼くして父を亡くし、母も病気で失った多田さんが、創価学会に入会したのは、戸田先生が第2代会長になられた昭和26年(1951年)の夏のことであった。
 東京・大田区の蒲田で、座談会に出席した彼女は、「必ず幸福になれる」との確信の言葉に心を打たれた。
 当時、女子部の班長だった私の妻は、入会時から多田さんを励まし、仲良き同志として進んできた。
 御本尊を御安置するときにも、妻が駆けつけて、彼女の部屋で、ともに真剣にお題目を唱えた。
 女子部の善き友に囲まれて、多田さんは、生活苦と闘いながらも、明るく活動に励んでいった。
 人生の「労苦」の歳月は、信仰によって、生命の「輝き」に変わっていったのである。
 戸田先生は、両親を亡くした多田さんを大切に見守っていかれた。そして私に、多田さんを、次代の女性リーダーに育てるよう命じられた。
 私と妻は、彼女の成長を祈りながら、どんなときも、陰に陽に支えていった。
 本当に苦しんでいる人、病気の人、経済苦の人──そういう人が幸福になり、勝利していくのが、大聖人の仏法である。その偉大な功力を、わが身で証明していかれた多田さんであった。
 彼女は、学会の大恩を、決して忘れなかった。
 師弟の道を、最後の最後まで、まっすぐに突き進んでいかれた。
 そして、ちょうど8年前の2000年12月、安祥として霊山に旅立たれたのである。
 このとき、多田さんは、私と妻にあてて、遺言の手紙を用意されていた。
 そこに綴られていた、あまりにも清らかな報恩・感謝の心に、私と妻は、合掌し、追善の祈りを捧げたのである。

●  広布の全責任を青年が担い立て
 一、かつて戸田先生は指導された。
 「戦時中、学会は、外部に対して、渉外の力がなかった。魔を乗り切っていく力をつけよ! 外部に学会の正しさを認識させていく力を持て!」と。
 戸田先生は、昭和29年(1954年)の12月、当時、26歳の私を、初代の渉外部長に任命された。
 ベテランの幹部は大勢いた。しかし、先生は、若い私を指名された。
 未曾有の広宣流布の歴史を開くには、積み重ねられた「経験」も必要だが、やはり、「若さ」が大事だと、戸田先生は確信しておられたのである。
 私は、広布の全責任を担って奔走した。
 師匠や学会を批判・中傷する者とは、言論の力で断固として戦った。
 「私の師匠は、ここに書かれているような人ではありません。一体、どこに証拠があるのですか」
 私は、一つ一つ検証して、誤りや嘘は訂正させた。その真剣さに、相手も驚き、感心して、学会への認識を新たにしていった。
 私は不惜身命で戦った。自分のことは、どうなってもいいと覚悟していた。それが青年である。
 青年部、頼むよ!
 〈「ハイ」と参加者から勢いよく返事が〉
 また全員が青年の心で進んでまいりたい。

 一、戸田先生は、30歳近く年の差がある私を深く信頼してくださった。
 大事なことは必ず、「大作に聞け」と言われた。
 外部の重要な人との交渉にも、「大作を行かせますから」と私を派遣された。
 私は、外交戦で鍛え上げられた。多くの人と会い、語り、目には見えない底流の部分で信頼関係を結び、学会を護り、同志を護ってきた。
 現実は厳しく、多くの宗教が衰退を余儀なくされている。その中で、戸田先生が後継の一切を託した弟子の奮闘によって、学会だけは、大発展を遂げてきたのである(大拍手)。

■ 一、戸田先生は峻厳に言われた。
 「学会に反逆すれば、必ず、ひどい仏罰がある。覚悟しなければならない。仏法は、生きた証拠が必ずある。それを見ていくのだ」
 戸田先生の時代にも、学会にお世話になりながら、幹部になると慢心を起こし、師匠に嫉妬して、裏切っていった人間がいた。
 御聖訓には仰せである。
 「日蓮を信ずるようであった者どもが、日蓮がこのような大難(=佐渡流罪)にあうと、疑いを起こして法華経を捨てるだけでなく、かえって日蓮を教訓して、自分のほうが賢いと思っている。このような歪んだ心の者たちが、念仏者よりも長く阿鼻地獄に堕ちたままになることは、不憫としか言いようがない」(御書960ページ、通解)
 増上慢の人間が仏法を破壊するのである。
 愚かな歴史を断じて繰り返してはならない。将来のために強く申し上げておきたい。

● わが生命を磨け
 一、とくに青年の皆様は、トルストイの作品をはじめ、大いに良書に挑戦していただきたい。世界的な文学作品を読んでほしい。
 世間には、ただ刺激を売り物にするだけの悪書が多い。
 トルストイは「良書が不良な、有害な、若しくは無用なる多数書籍の洪水中に隠れてしまうこと」を憂えていた(八杉貞利訳「書籍の意義に就いて」、『トルストイ全集第20巻』所収、岩波書店。現代表記に改めた)。
 悪書を退け、良書に親しめ!──トルストイは、自分の子どもに対しても、このことを厳しく教えていた。
 「魂の後継者」と呼ばれた娘のアレクサンドラは、ある時、父トルストイから、「いけない!」「どうしてあんたは、こんな本を取り出したのだね? ただもう魂を穢すばかりだよ!」と叱られたことを書き残している(八杉貞利・深見尚行訳『トルストイの思い出』岩波書店、現代表記に改めた)。
 恩師・戸田先生も、くだらぬ雑誌など読んでいる青年がいたら、厳しく叱り飛ばしておられた。
 トルストイは、アレクサンドラヘの手紙で綴っている。
 「精神的な成長こそ、私たちが皆、成し遂げることである。そこにこそ、人生があり、真の幸福がある」
 大事なのは、人間としてどれだけ成長しているかだ。
 自身を鍛え、わが生命を磨いていく。そこにこそ、真の充実の人生が輝くのである。

● 傲慢から堕落が
 一、さらに、トルストイの言葉を紹介したい。
 きょうのような会合もまた、勉強の場だ。人生の向上の場である。そういう思いから、私は皆さんに、さまざまな箴言を贈っているのである。
 トルストイは綴っている。
 「私を信仰に導いたのは生の意義の探求だった。
 すなわち、人生の正路の探求、いかに生くべきかの探求だった」(ピリューコフ著・原久一郎訳『大トルストイ』勁草書房)
 トルストイは生涯をかけて、人生の正しき道を探求し続けた。
 正しき人生を、どう生きるか──その間いに回答を与えるのが真実の信仰である。
 また、彼は、こうも述べている。
 「信仰は、いやしくもそれが信仰である限り、その本質からいって、権力の下に服従することはあり得ない」(同)
 文豪の偉大な信念であり、普遍の哲学といえよう。
 真の信仰者は、どんな権力からの弾圧にも絶対に屈しない。
 偉大な精神の力は、いかなる権力にも勝るのである。
 また、トルストイは綴っている。
 「虚栄心の満足ほどむなしいものはまたとはない」(小沼文彦編訳『ことばの日めくり』女子パウロ会)
 「労苦のないということは、悪である」(原久一郎訳『トルストイ全集第22巻』岩波書店、現代表記に改めた)
 苦労をしなければ、人間は鍛えられない。また、本当に苦労をして戦ってこそ、真実の喜びや満足が得られるのである。
 このことは、戸田先生も語っておられた。
 またトルストイは、傲慢な人間は欺かれやすいと述べ、「傲慢な者は馬鹿だ」 (小西増太郎訳『生きる道』桃山書林)と記している。
 その通りと思う。
 「私は偉いのだ」などと傲り高ぶるところから、堕落が始まる。
 どこまでも謙虚に、どこまでも誠実に、友のため、広布のために尽くしていく。それが真実の学会のリーダーである。
 「たとえどんなことが起ころうとも、勇気を失ってはならない」(前掲『ことばの日めくり』)
 これもトルストイの言葉だ。
 我らもまた不屈の「勇気」を胸に、あらゆる困難を打ち破っていきたい。
?
● 民衆の声を聞け
 一、きょうは、全国 の各地で広布の言論戦を担う友の代表も参加されている。ショーロホフ氏の言葉を記念に贈りたい。
 「民衆の意見は、作家たるものなら誰もがもっとも大切にしなければならないものである」(F・ビリュコーフ編、秋山勝弘訳、横田瑞穂監修『ショーロホフと現代』モスクワ・プログレス出版所)
 「嘘は、どこまでいっても嘘である。誰もが、それに気づいている。ゆえに、嘘によって何人をも高めることはできない。本当の真実は、常に人を高める」
 「民衆とともに生き、人々の苦しみを我が苦しみとし、人々の喜びを我が喜びとし、皆の心の痛みを分かち合ってこそ、作家は、読者の胸を打つ本物の作品を書くことができる」
 友と同苦し、皆の喜びをわが喜びとしながら、民衆の心を鼓舞してやまない正義と真実の言葉を、広く社会へ発信していきたい。

● 「最後の勝利は苦労した人に」
 一、私は、若き皆さんに広宣流布の一切を託したい。いな、託すしかない。
 だからこそ、真実の師弟の歴史を、わが魂に刻みつけてもらいたいのだ。
 青年は、人を頼るような意気地なしであってはならない。「信頼できる人がいない」と嘆くより、自分が周囲から「信頼される人」になればいいのだ。
 戸田先生は言われていた。
 「苦労しなさい。最後の勝利は、苦労した人間にある。苦労した人間には、誰人もかなわないのだ」
 末法の社会は冷酷だ。自分だけ、いい子になって、人の苦しみを、あざ笑う。正義の人をも、虚偽で陥れる。これが一面の現実であるかもしれない。
 人々を苦しめる、偉ぶった人間、虚栄の人間、私欲を貪る人間。そうした悪人を払いのけて、民衆のために、民衆とともに進むのだ。豊かな慈愛にあふれた、人間らしい世界を、君たちの手で築くのだ。
 悲惨の二字のない世界──それこそが戸田先生の宿願であった。
 師のもとで、私は一兵卒となって戦った。祈り抜いた。正義を師子吼した。いかなる時代が来ようとも、私は一人、厳然と、恩師の遺訓を守って、まっすぐに進んできた。
 この師弟の闘争に、創価学会のすべてがある。
 きょうは、一年を締めくくる大事な協議会だ。広布第2幕の真実の師弟の勝利を、新しい創価学会の歴史を、晴れ晴れと築きゆく、出発としていただきたいのだ。
 仏法は、仏と魔の熾烈な闘争である。命がけの闘争で、障魔を破り、勝ち越えてきたゆえに、今日の大発展があることを、若き諸君は知らねばならない。

■ 一、リーダーはいくつになっても、若々しく進むのだ。
 胸を張って!
 張り切って!
 同じ広布の戦でも、喜んで動けば、功徳は大きい。自らの足で立ち、自らの声で語るのだ。友のために祈り、励ましていくのだ。
 自分が生き生きとすれば、皆も元気になる。
 皆を喜ばせるのが、名指導者である。仏の行為である。
 それは、単なるご機嫌取りや、うわべだけのお世辞を言うことではない。皆が勝利し、皆が幸福になる道を開いていくのだ。
 皆を苦しめ、悲しませるのは、悪であり、愚者の行為である。

 一、御聖訓には仰せである。
 「この御本尊は、まったくよそに求めてはなりません。ただ、我ら衆生が法華経を受持し、南無妙法蓮華経と唱える胸中の肉団にいらっしゃるのです」(御書1244ページ、通解)
 尊極なる仏の生命は、広布に生きる、わが胸中にある。自分自身が妙法の当休である。これほど尊いものはない。その自負と誇りをもって、進んでいただきたい。
 本年1年間、本当にありがとう!
 どうかお元気で! 元気に生きなければ損である。くれぐれも風邪をひかないように。
 よいお年をお迎えください。また来年、元気でお会いしよう!(大拍手)

 

374919と不起訴

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年 9月19日(月)19時15分41秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/53624
374919と不起訴(長文改)   投稿者:太ちゃん@まとめコメント
最終更新:2016年 9月19日(月)19時07分16秒

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

ひかり様

 投稿者:天の声  投稿日:2016年 9月19日(月)19時14分33秒
  日に日に増えています

都議選の時、自主投票なんだから、無理しないほうがいいよ
と話した後輩達

それでも、打ち出し通りに頑張っていました
しかし、終わったら体調崩していました

そして、小池知事の大活躍
自分達が応援させられた候補では、こうはいかなかったことに気がつきました

打ち出し通りに頑張ることが、本当に広布の為、会員の為、国民の為になっているのか?
疑問を持ち始めています

天知る、地知る
人が知る

まさにそんな時代が到来しています




 

信心のバロメーター

 投稿者:長者の子  投稿日:2016年 9月19日(月)18時49分4秒
  信心のバロメーターは何か?
先生からの発信に気がつき、感動できるかどうかではないだろうか?

宿板のお陰で
先日の本幹メッセージ
「私と一緒に」感涙した

熱原の法難に言及した部分がバッサリ削除されているので、「ホシ」に気がついた

今日の和歌
「わが後継」に涙
「闇を晴らし」に涙である

師匠が期待し、待たれていることは一つ
真の後継が先生の精神を守り、会を発展させ、会員を幸福にすること

「先生と一緒に」
そんな会になるように
死力を尽くす

先生の和歌、メッセージ
これほどまでに、感謝し感動できるのは宿板の「気付き」のお陰である
感謝!!!
 

すべて分かっていて下さる!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 9月19日(月)18時35分51秒
編集済
   壮年の小さな会合に行くと本音が出ておもしろいです。
 いろいろあるのですが、壮年って、けっこう純朴なところがあって、ことに池田先生のことになると、「先生はすべて分かっていて下さる」という言葉がけっこう飛び出してくるのです。
 ある会合で方面幹部が言っていました。「そりゃそうかも知れませんが……」。語尾がありませんでした。

 私は思うんです。みんな、先生を自分勝手な“理想仏”に仕立て上げてはいないのか、と。それに応えようとしたら、極限はもう、「三十二相八十種好」にならざるを得ません。それは空想の「迹仏」です。「実の仏」ではありません。“八方美人”の「八種好」だけでもけっこう疲れるものです。よくご存じではないでしょうか。
 それを三十年も、四十年も続ければ、“マジック事件”のような心理状態になっても、むしろあたり前です。誰も、肩代わりをしなかったのです。肩代わりどころか、その写真を週刊誌に流してしまう側近の幹部が出てしまったのです。身の保身のためにです。許されることではありません。

 ここが54年問題の本質なのでないのでしょうか。誰も追従を許さない師匠ではありますが、だからと言って“おんぶにだっこ”はもう許されません“おんぶ”してくれる人がいないのですから。類を見ない偉大な師匠という点では、これも師匠の責任なのかも知れません。だが、何もかも師匠に頼ってしまった側近、そして会員側の責任の方がむしろ責は大きいのではないでしょうか。このところの投稿を見て思うことです。

 「気付き」は、早い方がいいに決まっています。


 

わかってるならご退場くださいね

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年 9月19日(月)18時17分25秒
  >創価学会に未来はないと
断言してしまうバカは
用無しかもしれません<

ご自分で『用無し』とわかってるなら退場してくださいね

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

対話

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月19日(月)18時13分6秒
編集済
  南虎さまに触発を受けまして、

情報に疎いと思われる方々に対話を開始いたしました!

おそらく学会本部執行部の実態を聞けば驚くだろうと予想しておりましたが、

あにはからんや、

開口一番に返ってきた言葉は、

「やっぱりそうだったんだ!」 でしたー。

こっちが驚きました。

「コンビニもねー田舎だけどな」

一人暮らしのご婦人も、

「聖教新聞、おかしーなー。なんか本部で起きてるなー」と気づいておられたそうな。

 

いつも思っていることなのですが。

 投稿者:凡人  投稿日:2016年 9月19日(月)17時05分30秒
  この掲示板に目を通しながら、これはと思う文章もあれば、何だかなと首をかしげることが実に多いのです。それは推敲が出来ていないとか、起承転結がハッキリしないとか、テクニックの話ではありません。言葉に品位を感じることが出来ない、平たく言えば、品位を感じないのです。何故そこまで、対立した意見を持つ相手を罵倒したり見下したりしなければならないのか。
思うに、それぞれに皆さんの中で構築された正義もあるでしょう。それに違えば折伏しなければならんという長年の教育(いや、刷り込みか?)の賜物もあるでしょう。しかし、それにしても口が汚いと言わざるを得ません。
何故、そうなってしまうのか。もともとのその人たちの素地がそんなものなのでしょう。貧病争を苦にした故に信仰を持たれた当時、それは原因が何であれ、我が身に起きる出来事である限り、我が身で原因に抗わねばならないと言う当たり前のことが判らなかったのは仕方がありません。不幸を感じる原因は、間違いなくそれなのですから。
しかし、この掲示板に書き込まれる方は、もう何年信仰を持たれているのでしょう。十年一日と言えば、言い過ぎでしょうか。いつまでも、原因はあいつだこいつだと言い合ってるだけではないですか。組織全体の体たらくは、書き残したものや名前を使われる言い出しっぺの日蓮にも、会長・名誉会長を歴任した池田氏にもあり、四人組にも、会員にも応分に原因はあるのです。真っ黒けは一握りとしても、みんな白な訳ではありません。まずは、そこを踏まえなければ、心ある外部の方の耳目を振り向かせることは出来ないでしょう。
信仰だ、活動だという美名に隠して、みなさんの家の掃除を怠ってはいませんか? 座談会だから来いと呼ばれても、足を踏み入れるのも躊躇するお宅は本当に多いです。食事は、ちゃんと栄養価も考慮してとっていますか? 体調がすぐれないと、同志の顔を見るたびに言う人は少なくありません。軽いものでもストレッチなどは、習慣づけられているでしょうか。また、余暇はしっかりと休養もさることながら、それぞれの趣味嗜好に合ったことを出来ていますか?
掲げたことが出来ないのは、収入が追いつかないだけなのに、信仰のためと僣称して法を貶めていませんか?
まずは、掲示板なんかで憂さ晴らしをしてないで、知恵を巡らせて、しっかりと収益をあげてください。どんなにみなさんが騒いだところで、創価学会の問題が国民的な総意にまでならないのは、ひとえにみなさんの日頃を、外部の方がご覧になった結果だと知ってください。
その上で、実証を示した方がこの掲示板に書き込まれたなら、より注目も集めることでしょう。
 

かまってチャンは無視よ

 投稿者:ヨッシー  投稿日:2016年 9月19日(月)16時41分41秒
  カンピーさん。相手にしてはダメよ。
「広宣部で正宗をコテンパンにした」
なんて、大ボラですよ(笑)

ここには歴戦の勇士が沢山いますから、その類のヨタ話は通用しませんよ(大笑)
 

あれから一年

 投稿者:窮状辞任させられた元?長  投稿日:2016年 9月19日(月)16時32分18秒
  雨にもかかわらず大勢の人です。  

一人のSGI様

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2016年 9月19日(月)16時28分36秒
編集済
  一人のSGI様
http://6027.teacup.com/situation/bbs/56606
『日蓮大聖人の法理 -真実の仏法を知るために-』は「創価学会青年思想シリーズ 19」聖教新聞社発行で、私の持っている物は1980年8月20日発行/1991年3月5日第21刷です。この「三諦論」は松島淑さんが解説しておられます。
同書には「九識論」「一念三千論」「法・報・応の三身論」「境智冥合論」らが141ページにまとめられていて、たいへん重宝した本です。私の入信初期(1990年代前半)、内の折伏・外の折伏の武器となったものです。
当時、『なぜ信仰は必要なのか』『なぜ信仰は必要なのかⅡ』『日本の宗教の現状』と4点セットでボックス売りされていました。私の仏法対話はおおよそこの4点セットがベースとなっています。
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いずれも絶版、入手困難、アマゾンで(足元みやがって)高価販売しています。

なかでも『なぜ信仰は必要なのかⅡ』(176ページ:「三身は宇宙にとけこんで」「三世にわたる因果説く仏法」「生命はどう永遠に続くのか」の項は衝撃的)は「入信前」に読んで以来、私にはマニュアル的な本で、入信一週間後にはこれを片手に折伏に行っていました。
この本は河合一さんが中学生文化新聞に連載されたものを加筆されたものです。
これ以上の教学学習資料はないと思っていて、今はアマゾン中古で値段が下がった時に買い占めて地域の青年部にプレゼントしたりしています。

以前にもアップしていた、添付の私の自作資料は創価学会教学部編集『日蓮正宗 教学小事典』1968年11月21日発行/1989年5月20日改訂61刷P.23の表をベースに至る所から資料をかき集めて一覧表にしました。個々にどこから引っ張って来たのか忘れてしまったので、文証を出せと言われると……かなりの時間が必要になるでしょう。
電気屋である私にはこんな相似形のロジックが面白く、一つ見つけては付け足し拡張していったのですが、これ以上の拡張、更新は文字が小さくなりそうなので、しない予定です。
最初に面白いと思ったのは、「色香美味」(21世紀入信の人は知らないでしょうね)の文底に「三大秘法」が秘沈していると、(確か)聖教新聞の教学企画(最近は薄っぺらくつまらなくなった)から知った時です。それが更に三諦に対応していると。

これで転記ミス、書き間違いがないと思うのですが、元ネタがどこだったか忘れたので、少しばかり不安が残っていますが……三諦―三大秘法―色香美味のラインは間違っていないと思います。

それにしても、先の4点セットにしても、昔の創価学会の教学力、論理力は恐ろしく強力でした。なるほど誰も敵わないはずでした。
他宗は立正佼成会を中心に『創価学会対策マニュアル』を作っていました。その結論は「(創価学会には勝てないから)法論はするな。逃げろ」だったそうです。
公明党が細川連立に加わり、政教分離うんぬんを言い訳に立正佼成会は市川雄一さんに泣きついて、先の『日本の宗教の現状』の出版停止を求めて来ました。(確か中外日報で読んだ)それからこの4点セットは絶版になったような気がします。
今の学会はどうでしょうね? 教義変更で宗門と下手に法論したら負けるのでは? だから自信が無くて「相手にするな(逃げろ)警察を呼べ」となっているのでは?
昔の立正佼成会らのようになっているのでは?
六大秘法否定、人本尊&法本尊否定、人法一箇否定の流れになると、立正佼成会もロジックでは破折できないでしょ? 大丈夫なのかなぁ……。
 

宮田アドバイザーの究極の選択!?

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 9月19日(月)16時23分36秒
  創価仏=谷川佳樹創価学会主任副会長=未来の会長先生!

それは、創価仏の定義です。
釈迦も日蓮も三代会長をも超える存在?究極の仏。あのお方以外には、誰も成れない三徳具備の生き仏です(-_-)
過去との整合性などどうでもいい、創価仏の定義を打ち立てて、自語相違と批判されてもかまわないから、三代会長が迹であり、私、谷川佳樹が本であり、創価仏である!と。
「結論は決まっているんだ。教義なんて、それを後付けすればいいんだ」と言う発言からも、よくわかるとおりの展開です。

アルベア論で展開されている鏡。分かりましたか?あなたは私、私はあなた、人が理想を求める時、かなわない自分を二重写しにして妄想する谷川佳樹創価学会主任副会長。至らないから努力するのではなく、過去を圧力かけて隠蔽して未来を築こうとする志向。彼の言葉の端々に全てが現れており、醜い自分を映し出す鏡をも叩き割ってしまう怒りが、創価村貴族社会を作る形作り、現場組織を混乱させて査問・除名を今も繰り返しているわけです。

『他人のふんどし』発言が過日有りましたが、これも鏡効果で、『会員の財務(供養)で飯喰らって居る奴がなにやってんのよ!』と会員から言われているような後ろめたい心理が自らに働きかけて、非二元となり葛藤している様を表したものですね。

そして、それは谷川佳樹創価学会主任副会長自身も先生を見つめながら、どうしたもんじゃろのーと葛藤していれば上手い琴信心なのですがね?
 

創立者のメッセージ

 投稿者:天の声  投稿日:2016年 9月19日(月)16時01分3秒
  池田先生のメッセージ感動します

わが後継は
世界の民衆の
希望なり
闇を晴らして
いざ勝ち光れ

池田先生の御期待に応える自分でありたいと決意を新たにする

「失敗さえも糧に  より強く賢く大きくなりゆけ」

自分には、
「原田執行部の失政、粛清さえも糧に
   より強く賢く大きくなりゆけ」
と聞こえる

皆さん、負けずに頑張ろう!

所で
豊洲問題
大きな問題である
増田氏を支援させられた会員からも「小池さんで良かった」という声が上がっている

そして「なんで推薦なのに、自主投票ではなく、増田氏支援強いられたのか?納得いかない」
と言う声も上がっている

増田氏が当選したならば、どうなっていただろう
恐らく、臭い物には蓋
うにゃむにゃだったでは?

意欲も、能力も適正もある人間が立候補をすることを認めなかった自民党
小池氏を応援する人間は家族まで除名するとの通達
「小池さんはもはや自民党の人間ではない」
と叫んだ、石原元都知事の息子伸晃氏

元総理の小泉氏も
「自民党には、もはや民主も自由もない」
まさに狂気の沙汰を演じた
石原元都知事とその息子伸晃
そして自民党都連
今だに小池氏を応援した区議を除名と騒いでいる

都民の税金で高給貰っている議員達
都民の方を見るべき
そんな事に騒いでいる暇があったら、豊洲問題解決に奮闘するべきではないか?
こんな議員、都民がリコールしたらどうだろう?

学会は民衆の為にある
公明党は大衆の為にある
こんな自分勝手な都連と一緒に増田氏支援を決めたのは誰か?
創立の精神と真逆ではないか?

そして、敗北
原田会長は「沈黙」
突然の団員不詳の南米訪問団と南米訪問
最前列で笠貫女史とはじけた笑顔の写真が連日掲載されていた
会員は…
参議院、都議選と疲れ果て、その上敗北
しかも日に日に「なんで支援させられていたのか?」の疑問が湧いていた
どう考えても学会が、会員が応援すべき候補は小池さんではなかったか?
絶対おかしい!

学会は民衆の味方
公明党は大衆の味方
学会は「人物本位」で支持決めるのではなかったのか!

意欲、資質、能力
そして都民の為になる人を応援するべきではないか

原田執行部の自分勝手な決定にはうんざりである
まるで自民都連のようである

胸に
「先生直結の真の弟子が会長になること
学会が先生直結の団体になること」
描き、祈り、戦う


 

流れ者っていうのは、もしかして宮田某だったりして~、やっぱりこいつはバカだ。

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年 9月19日(月)15時24分53秒
  「とってもバカな流れ者です」のっけから自虐的な登場ありがとう。
「流れ者デス、流れ者デス、流れ者デス、・・・・」某お笑い芸人みたい(笑)

アンタをバカと評したのは、小生だけと思うので、小生に対するお答えととらえさせて頂きマス。

「バカ」と評されれば、「ああそうですか、それがどうしたの」的な虚無的な反応、まったく真面目に考えてないね。

「私、若い頃、広宣部で」

しらね~よ、そんなこと! むしろ広宣部で論陣張ってたくせに、今更ナニ言ってんだ?
元広宣部なら、広宣部らしく、おかしいと思うことに論陣張ってみろよ!
なに一人で悟ったようなフリしてんの? だからバカだって言われるの!


「今の創価学会を作った責任は、池田名誉会長にもあるんですから」
「最も見つめなければいけないのは、池田名誉会長の責任ですよ」

はぁ! 論点ズレてますよ~、っていうか、やっぱりバカだよ、お前は!
責任は全て弟子にあるんだよ!

オマエの論理だと、「今の日蓮宗全体を作ったのは日蓮の責任であり、最も見つめなければならないのは日蓮の責任」
ってことになるだろ~が! だからバカだって言われるんだよ!

「自分だって責任があると感じてますよ」

だったら、自分の責任をまっとうしろよ!
先生の詩をもじってるような書き方するんじゃね~よ!

アンタが宮田氏擁護かどうかしらね~けど、擁護するなら、とことん擁護してみなよ!
しっかり「文証」出したうえで、話をすればいいんじゃね~の?

まあ、今後は登場してこないと思うから、ご自由になさればいいんじゃね~の。

 

全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年 9月19日(月)15時07分46秒
  全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2008-12-13 【新時代第24回本部幹部会 青年部幹部会 池田華陽会1期生大会】

●友の奮闘に感謝
 一、私たちが敬愛してやまぬ、大文豪トルストイ先生は綴りました。
 「お母さまの顔はただでも美しかったけれど、微笑によってそれはいっそうすばらしくなり、まるで周囲のもの全体が明るくなるようであった。
 生涯のつらく苦しいおりおりに、もしほんのちょっとでもあの笑顔を見ることができたら、私はおそらく悲しみとはどんなものであるかをすら知らなかったであろうと思う」(中村白葉訳『トルストイ全集1』河出書房新社)
 お母さんの微笑みは、すべてを明るく照らしてくれる。お母さんの微笑みがあれば、私たちは、人生の苦しみも悲しみも、朗らかに乗り越えていくことができるのだ──。
 大文豪は、母の微笑みの光彩に、無上の宝を見出したのです。
 この激動の1年も、わが創価の母たちの微笑みが、どれほど明るく時代を照らし、どれほど朗らかに、皆を励ましてくれたことか。
 私たちは、心から感謝を表したいと思います(大拍手)。
 男性は皆、立ち上がって、広布の母への感謝を込めて、婦人部の皆様に最敬礼したい。  いつも、ありがとうございます!
 〈ここで男性の参加者が立ち上がって、会場の婦人部の皆さんに御礼を述べると、会場から大きな拍手がわき起こった〉
 いくら男性幹部が格好をつけて、威張ってみせても、現実に広宣流布を進めてくださっているのは、まぎれもなく婦人部の皆様である(大拍手)。
 仏法対話も、地域友好も、婦人部の方々の地道で、懸命な活動には、誰もかなわない。
 きめこまやかに個人指導を続けておられるのも、やはり婦人部が中心である。
 広布に励む女性に対し、男性は絶対に威張ってはいけない。叱ったり、怒鳴ったりする幹部など論外である。
 法のため、友のため、学会のために、けなげに行動しておられる婦人部、女子部の皆さんを、最大に讃え、尊重していくことが、大発展、大勝利の道である。

● 親を一番、大事に!
 後輩をまた一番、大事に!
 これが、「人道」の出発です。
 それから、男性は、女性を大事に!
 なかんずく、全員が、お母さんを大事に!
 これが、人生の「根本」です。
 親孝行ができないような人は、偉くなってもニセモノです。決して、「一流」にはなれない。
 これは、長い人生を生きてきて、数多くの人を見てきた私の結論です。
 とにかく、言葉に尽くせないほどお世話になってきた親を、見くだしたり、けなしたり、バカにするようなことがあれば、とんでもないことです。
 それは、断じて人間の行為ではない。動物以下です。
 本当に親孝行した人が、本当に偉くなっていくのです。
 また、たとえ今はできなくても、いつか親孝行をするんだ、必ず恩返しをしていくんだという心を持つ人が、最後は人生を勝っていくのです。
 世界の一流の人は、皆、親孝行を忘れません。きょうお越しくださったロシアの先生方もそうです。
 また、お父さん、お母さんがいない人は、わが胸中の父母を大事にしてほしい。その心こそが、自分自身を伸ばし、強く大きくしていく限りない力となるからです。

 「ともあれ、青年部幹部会の開催、おめでとう!(大拍手)
 この1年間、本当によく戦った。青年部の若きリーダーの諸君が、あらゆる広布の闘争に率先して頑張った。
 大勝利の1年となった。一人一人が大きく成長した。
 「大勝利」と「成長」は、一体不二なのです。
 君たちが、さらに成長してくれれば、未来の学会は、もっと素晴らしくなる。未来の世界は、もっと美しく輝いていく。
 諸君が将来を決定するのです。これからの時代が私は本当に楽しみです。

●強敵こそ善知識
 一、トルストイは記しています。
 「試練こそ私にはこよなく有難い」(ビリューコフ著、原久一郎訳『大トルストイ』勁草書房)
 また、「苦難に耐えることを知る人間は、不幸になるわけがない」というのが彼の信念でした。
 その通りと思う。
 私の人生も、そうだった。戸田先生も、そうおっしゃった。
 青年ならば、苦難にぶつかっていくことだ。試練に挑んでいくことだ。要領よく生きて、何で本物の人間ができるだろうか。
 苦労をして働く。広布のために戦う。時には、いじめられる。それでも前進を続けていく。そして勝つ。
 それが全部、自分自身の訓練となり、財産となるのです。
 仏法でも、"強敵"こそ、自分を強く大きく鍛えてくれる"第一の味方"であると教えている。仏になるための「善知識」なのである。
 トルストイは、政治の権力による弾圧にも、宗教の権威による破門にも、卑劣な虚偽の中傷にも、絶対に屈しなかった。
 「屈しない」ことが勝利である。永遠の勝利だ。
 屈してはならない。私も何があっても、絶対に屈しなかった。
 師子王である戸田先生に薫陶された直弟子は、何ものにも負けないからです。
 戸田先生のもとで、私は先生の事業の再建のために奔走し、弘教の先頭に立った。師匠を誹誇中傷する人間とは、言論の力で断じて戦い抜いた。
 ふがいない先輩など頼りにせず、自分が全責任を担い立った。若き皆様もまた、そうあっていただきたい。
 人生は戦いです。戦ってこそ、不動の自分ができるのです。

●「師と共に生きるのは最高の幸福」
 一、トルストイは論じている。
 ──我々は、冬の夜空に無数の星々を見出す。そして今度は、自分の内面を見つめてみると、そこには「心」と呼ばれるものがあり、それは星空よりももっと不可思議で、偉大なものだということがわかってくるのだ──と。
 仏法の生命観、宇宙観とも、深く強く響き合う考えだ。
 「冬は必ず春となる」(御書1253ページ)──。吹雪に胸を張る、ロシアの友が大好きな御聖訓である。
 わが生命から、冬にも負けない太陽が昇る。わが心から、春を告げる華が咲き香る。
 一人の女子部が立ち上がれば、そこから明るい歓喜の春が広がる。「広布第2幕 池田華陽会」の1期生大会、おめでとう!(大拍手)
 「トルストイ先生も、ショーロホフ先生も、私は青春時代から大好きであった。
 お二人は、何を願い求めておられたか。それは人類の幸福であった。人権と平和が守られるような、春が来る時代を願い、待っておられた。仏法と一致する考えである。
 その時代へ、朗らかに、手を取り合って、戦おう!
 1年間、本当にありがとう! ご苦労さま! ご列席の先生方に、厚く厚く御礼申し上げ、私のごあいさつといたします。スパシーバ!(ロシア語で「ありがとうございました」)(大拍手)

 

流れ者さん

 投稿者:eco◆Smw69  投稿日:2016年 9月19日(月)15時01分57秒
編集済
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/56618

そのログを読むと タイトルは忘れたが その昔 にほんブログ村の 創価カテゴリーで
ポエム形式で見事な毒を飛ばしていた風刺ブログを思い出しました

・・・・で ポエムの内容を巡って イプシロンさんが発○
いえいえ「物言い」をつけていたのを覚えています。

・・・で あなたも ジレンマを感じてポエムにしたんでしょうけれど
敢えて 反論をするなら 責任が池田氏にある・・とポエムにしても
当の本人がゴミを散らかしたまま 消えていて・・・(汗)

また仮に 本人がどこかに居たとしても 自我肥大を見つめることなく
俺には一点の曇がない等 言い張った人ですし 今更、その点を言及しても
健常な状態か?どうか?もまったくはっきりしていない状態の上
散らしたゴミをどうやって片付けるのか 精算方法や整理方法も示せない状態ですから
それこそ 池田氏を吊るし上げても不毛な問題は 一向に終わらないかと思いますし
最近は「コラム」を書かないようですが おそらく 法華講の大月天さんあたりからも
日蓮大聖人さまに 頭をトンカチで割られて いまや意思表示もはっきりしない ○○○○ジィーの先生に対して幹部が
「誰か悪者がいるなんて 探してもいいですけどね
 最も見つめなければいけないのは 池田名誉会長 あなたの責任ですよ」と啖呵きっても
池田は⇒「○△×???」


・・・と電波を飛ばさなくとも川柳のように聞こえてきます。





まぁ・・・ 今後 創価学会が公明党を介して 政治に一切タッチしないとなれば
それも一つの精算方法ですが・・・

http://

 

(無題)

 投稿者:流れ者  投稿日:2016年 9月19日(月)14時17分34秒
  こんにちは
とってもバカな
流れ者です(笑)


掲示板で
バカバカバカバカ
非難されても
全然いいんですが(笑)



しかし増えましたよね
そういう人ね
創価学会員にもいるんですよ
口汚く罵るしかできないの



私個人、創価学会の教義って
もう終わっちゃってるって
考えてるので(爆)
気楽に話してるだけでーす
あんまり話も聞く気ないし(爆)




私、若い頃、広宣部で
たくさん対論もして
いろんな宗門の人
コテンパンにしてきましたけど(笑)
なんか知らんけど
コテンパンにしたら
方面の創価班幹部に
絶賛されたが(笑)
それもどうかなぁって






でもね
そんな論破するとか
誰かと議論して対決するとか
そんなこと今は考えていません
相手が日蓮正宗だろうが
創価学会だろうが
誰であろうが
関係なくね




ネットの掲示板ってヤツが
議論にふさわしい場なのかってことにも
やや疑問ですし
だったら会って話した方が
よっぽどいいかもしれないし



でもね、私は
誰かのことをバカバカバカバカ言いません
私はそんなこと言ったかなぁ
言わないようにしてるつもりですが
もし誰かを愚弄するような発言があれば
それは反省しないといけないけど



なんか教えてくれればいいのにね
バカな私にもわかるように
「論点ズレてますよ」とか
「あ、そっかそっか、ゴメンゴメン」
「こうですよー」
「あ、なるほどね」とか



なんかそういう話ができたらいいのにね




まあ
でもこの掲示板の方々は
とっても真剣で
真面目に創価学会の未来を
考えてるみたいなので
頑張ってくださいませ
私のように
創価学会に未来はないと
断言してしまうバカは
用無しかもしれません




もっと気楽にやらないと
人なんてどんどん離れていくと
私は思うんですけどね
創価学会なんて今更頑張っても
どーにもなりません
高齢化の果てに
機能不全に陥るだけですから





ただ悪者を吊るし上げても
終わらないと思いますよ
今の創価学会を作った責任は
池田名誉会長にもあるんですから
創価学会の方はなかなかそれができない
師匠だと思っているからね
でも
そこに目を向けないと
ダメでしょうね




誰か悪者がいるなんて
探してもいいですけどね
最も見つめなければいけないのは
池田名誉会長の責任ですよ





自分だって責任があると感じてますよ
我々全体が間違えたんじゃないんですかね
少なくとも昭和54年にね
その総括が私たちはできてないんですよ
創価学会総体として
きっとね





たぶんこの後
バカバカバカバカ非難されるので
どうぞ遠慮なく☆
私は別に誰もバカなんていいませんよ
みなさんの方がきっと頭もいいし
優秀でしょうから
私たちは私も含めて
もっと自分を振り返って
考える必要があるって思うんですけどね










 

創友会

 投稿者:大城  投稿日:2016年 9月19日(月)12時07分47秒
  創友会に原田さん、谷川さんが出席?
お門違いである
東大生は結構!来ないで欲しい

人を役職と肩書きでしか見れない人達
池田先生の精神の後継者が創大生
邪魔しないで欲しい

太ちゃん
詳細ありがとうございます
秋谷さん時代の「悪しき風習」
まさにそうです

会員を舐めるのも好い加減にして欲しい
会員が何故、頑張るか?
それは池田先生が自分達の為に戦って下さっているのが分かるから

「イラク容認」「マイ聖教」をいいだした秋谷さん
多くの会員が「はぁ?」となり、離れた
特に壮年が激減した
秋谷さんの顔色伺うのは、議員、職員だけ

そして、原田さん
ここまで会を駄目にするとは!
今や婦人部までが「はぁ?」
そんな会長についているのは、議員、職員の一部だけ
秋谷時代よりよくなったこと、何かあっただろうか?
何一つ見つからない
むしろ、一段と悪化したように見える

仏意仏勅の団体と威張っても運営するのは人間
その人間が師匠に違背しているならば、会がここまで堕ちてしまうことを痛感する

大御本尊を人質にし、登山停止を切り札に使い続けた日顕宗
大聖人の心と真逆の行動

たとえ会長たりといえども、先生の御指導に違背するならば、「信受」しない!

日に日に限りなく日顕宗に近づいているように見える
「宗教はだんだん外道に堕ちていく」と大聖人

師匠と弟子の真心で結ばれた心の世界が分からない、信じられない人が学会のトップに相応しいのだろうか?

原田さんは心の中では創大生が怖いのだろう
創大生と先生の心の絆が怖いのだろう
だから、1人で来ない
谷川さんを連れて来るのではないだろうか?

「臆病、もの覚えず」
 

京都瓦版10号(2016.9.19)

 投稿者:京都乃銀鬼  投稿日:2016年 9月19日(月)11時41分45秒
  谷川374919刑事告訴事件の真相シリーズ !! ③ 2/2

●「真実性の証明による免責」・・・刑法230条の2は、名誉毀損行為が公共の利害に関する事実に係るもので、
専ら公益を図る目的であった場合に、真実性の証明による免責を認めている。

これは、憲法の保障する「表現の自由」との調整を図るために設けられた規定である。
公人(公務員または公選の公務員の候補者)に関する事実に関しては、真実性の証明があれば罰せられない。

また、真実性を証明できなかった場合でも、確実な資料・根拠に基づいて事実を真実と誤信した場合には
故意を欠くため処罰されない(真実相当性)。

※波田地氏の場合、谷川氏に対して名誉毀損行為を行ったことは確実であるが、「免責」の要件すなわち

①利害の公共性
②目的の公益性
③事実の真実性もしくは真実相当性

の三つを満たしているので、罪には問われず、不起訴になった可能性が高いと思われる。

というのも、谷川氏が「公人」に該当する可能性は極めて高いからである。
そもそも、創価学会の会長は単なる私人ではなく公人に当たるという最高裁の判断が下っている
(「月刊ペン事件」裁判のいわゆる「団藤判決」)。

会則に“会長および理事長に事故のあるときまたは会長および理事長が欠けたとき会長の職務を行なう”と
定められている「主任副会長」の谷川氏は、もはや、会長に準じる公人である。

実際、谷川氏は、創価学会の次期会長確定者としてマスコミでも報じられ、
自公連立のキーマンとして、公明党候補の選定や同党の政策決定等に絶大な影響力を行使している。

谷川氏本人も、外部の識者に

「私は、今年の11・18、大誓堂が落成する時に会長になります」
「太田が大臣、山口が代表をやっているけど、あれは私がやらせてやっているんです」

と自慢していたという。こんな人物が単なる私人であるわけがない。

残るは、「374919事件」の真実性の証明であるが、前にも述べたように、
この事件が知れ渡った発端は、事件現場に居合わせた目撃者の一人であるT氏が、
谷川氏とも波田地氏とも親しい友人のA氏に打ち明けたことに始まる。

波田地氏はある一件があってA氏から事件のことを聞いた。

このA氏が平成14年2月、副会長の佐藤浩氏と東京の飲食店で懇談した際の音声データが残っている。

そこでは、事件の真偽を執拗に問いただす佐藤氏に対して、A氏が

「それは、Tちゃんが言ったんだ」
「Tちゃんがウソを言ったとは思えない」

等々、事件の真実性を強調している。(http://6027.teacup.com/situation/bbs/13625を参照)

本紙編集部も、この音声データを入手し確認したが、この通りのやりとりがあった。

「Tちゃん」とは谷川氏やA氏の学生部時代からの親友で、千葉県の青年部幹部、壮年部幹部を歴任してきた人物である。
谷川氏とは昔から一貫して良好な関係であり、谷川氏の出世の障害になる374919事件のような話をデッチ上げる動機がない。

自分が目撃したことをそのままA氏に語ったものと考えられる。

また、波田地氏は平成18年6月、T氏本人にも会って目撃証言の真実性を確認しているという。
T氏は事件について、全く否定せず、

「谷川のスキャンダルは何を言ってもいいけど、これだけは絶対にダメなんだ」

と、封印を懇願したという。

そもそも、T氏がA氏に語った話には、被害者の家の電話番号が37-4919(ミナヨクイク)であったなど、
容易に創作できない具体性、リアリティがある。

しかも、谷川氏の主張からすれば「全くの事実無根」話を“デッチ上げ”たことになるT氏に対して、

何ら法的手段に訴えていないのである。

以上、述べたことからすれば、「真実性の証明」は十分なされていると考えられる。

谷川氏擁護派の柳原氏はコラム日記で、谷川刑事告訴事件についていろいろと論じているが、
告訴した罪状が「名誉毀損罪」だったことには一応、言及しているものの、

名誉毀損罪は3つの要件を満たせば免責される場合があることには全く触れていない。

自身がつい最近、高裁でも負けた裁判では、

「判決では問題となったコラムが、盗聴事件から20年後に書かれたことを
公益性・公共性がないことの理由の一つにあげているが、その間ずっと『争点』として継続してきた問題である。

その意味では、25年の歳月をへて、司法的に最終決着が図られたとは到底考えられない。
高裁判決は、大草の盗聴関与の真実性・相当性の判断を全く行わない(=裁判官が面倒を回避した)ものにすぎなかったからだ」
(2016/08/06)

などと、免責3要件を持ち出して、さんざん自己弁護しているにもかかわらず、にである。

波田地氏が免責3条件を満たすかどうかは何ら検証せず、自分の裁判では
免責3条件を満たすかどうかもっとしっかり検証せよと望む柳原氏――。

こんな得手勝手な人間にジャーナリストを名乗る資格がないことは、明らかである。

なお「名誉毀損罪」について補足すれば、名誉毀損罪は本人の告訴がなければ
公訴提起ができない「親告罪」であり、親告罪の告訴期間は6カ月と定められている。

また、刑が「三年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金」の名誉毀損罪の公訴時効は3年である。
(詳しくは、「名誉毀損罪の時効について」<http://www.ofuna-law.com/tree.php?all=1548&log=4>を参照)

谷川告訴事件について言えば、谷川氏が波田地氏によって名誉毀損されていると知ったのが、
平成25年4月3日(ツイッター網に374919事件情報がアップされた日)、

谷川氏本人が告訴したのが平成25年7月下旬であるので、6カ月の告訴期間内であった。

また、谷川氏が波田地氏によって名誉毀損されていると知った日(平成25年4月3日)から
3年となるので、平成28年4月2日が公訴時効の最終日であった。

したがって、この告訴事件はすでに時効となっている。

※②「不起訴処分」と「起訴猶予」、③検察官が「不起訴処分」の理由を「起訴猶予」とする時の実際の
ところは、また次の号で。乞うご期待!!
 

京都瓦版10号(2016.9.19)

 投稿者:京都乃銀鬼  投稿日:2016年 9月19日(月)11時39分41秒
編集済
  谷川374919刑事告訴事件の真相シリーズ !! ③ 1/2

――不起訴処分は、名誉毀損罪の免責要件を満たしていたから!
  谷川氏は会長に準じる「公人」、374919事件に真実性あり――


主任副会長の谷川佳樹氏が平成25年7月、いわゆる「374919事件」は全くの事実無根であるとして、
この事件に関する情報をメンバー限定のツイッター網で公開した元聖教記者の波田地克利氏を名誉毀損罪
で告訴していた刑事事件で、東京地検は今年3月、「起訴猶予」を理由とする「不起訴処分」の決定を下した。

この決定をめぐって、谷川氏擁護派からは、

「起訴猶予ということは、事件は虚偽だったということであり、谷川氏の実質勝訴である」
「いわゆるお目こぼしである」

等の主張がなされている。

これに対して、本紙は、

「全くの事実無根であるならば、その話を“デッチ上げ”たことになるT氏をなぜ訴えないのか」
「実質勝訴であるなら、執行部はなぜ本部連絡局長にも、関西の『波田地対策本部』トップにも
 不起訴処分になった事実を知らせなかったのか」

という疑義を呈した。

そこからは、この「起訴猶予」を理由とする「不起訴処分」は、実質的には谷川氏の敗訴であり、
事件はあったのではないかと強く推認される。

谷川氏を擁護するにせよ、非難するにせよ、この地検の決定を正当に評価するには、

①「名誉毀損罪」
②「不起訴処分」と「起訴猶予」

についての法律的知識と、

③検察官が「不起訴処分」の理由を「起訴猶予」とする時の実際のところ

を知り、その知見を谷川告訴事件に当てはめて、考えていく必要がある。

できるだけ客観的、公平な立場から、この問題の真相に切り込んでいくことを目指す本紙としては、
一から学び直すつもりで、この角度から同事件を検証してみたい。


①「名誉毀損罪」について

インターネットで「名誉毀損罪」「不起訴処分」「起訴猶予」をそれぞれ検索すると、Wikipedia
など各種辞典類、「弁護士ドットコム」「刑事事件弁護士ナビ」などの専門サイト、各地の法律事務所
のホームページなどが多数ヒットする。

ここでは「名誉毀損罪」について、構成する各要素に分けて解説しているWikipediaに沿って検証する。
少々堅い話になるが、できるだけかみ砕いて分かりやすく述べたいと思う。

「名誉毀損罪」は刑法(刑事事件)の用語であり、民法(民事事件)では「罪」を付けず「名誉毀損」と言う。
「名誉毀損罪」は刑法230条に規定される犯罪であり、条文は次の通り。

「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、
3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する」

この条文について、Wikipediaは「保護法益」「客体」「行為」「公然」「毀損」「事実の摘示」
「真実性の証明による免責」等の要素に分けて、次のように論じている。(※以下は本紙の見解)

●「保護法益」・・・本罪の保護法益たる「名誉」は、「外部的名誉」すなわち、社会に存在する
その人の評価としての名誉(人の社会上の地位または価値)であるとする。

※谷川氏の場合は、創価学会の副会長、事務総長という高い地位にあり、
その社会的評価が保護されるべき利益であることは明らかであろう。

●「客体」・・・谷川氏の一件と直接関係ないが解説すると、本罪の客体は「人の名誉」である。
この場合の人には「個人」だけでなく「法人」なども含まれる。
ただし「アメリカ人」や「東京人」など、特定しきれない漠然とした集団については含まれない。

●「行為」・・・本罪の行為は人の名誉を公然と事実を摘示して毀損することである。
外部的名誉が現実に侵害されるまでは必要とされず、その危険が生じるだけで成立する。
しかも、事実の有無、真偽を問わない。

※これによると、谷川氏の名誉が現実に侵害されてなくてもその危険があるというだけで、罪になるとされる。

本紙の見立てでは、波田地氏は、メンバー限定のツイッター網で公開しただけであるが、
そこから伝播して拡散する危険性は否定できない。

また、摘示された事実すなわち「374919事件」が実際に起きた事件であり、真実であったとしても
罪になるというのであるから、波田地氏が罪を犯したことは確実であろう。

ただし、名誉毀損罪には、刑法第230条の2が定める3つの要件を満たせば「罰しない」規定がある。

●「公然」・・・不特定または多数の者が認識し得る状態をいう。
「認識しうる状態」で足り、実際に認識したことを要しない。
特定かつ少数に対する摘示であっても、先に述べた伝播可能性がある場合は名誉毀損罪が成立する。

※波田地氏の場合は「伝播性の理論」からすれば、完全にアウトであろう。

●「毀損」・・・事実を摘示して人の社会的評価が害される危険を生じさせること。
現実に人の社会的評価が害されたことを要しないし、名誉を毀損しようという目的や意思を持ってなくても成立する。

※現実に被害が生じたかどうか、名誉毀損するつもりがあったかなかったかは、
罪の成立に関係がないというのである。この点からみても、波田地氏は完全にアウトである。

●「事実の摘示」・・・事実を摘示せずに、人に対する侮辱的価値判断を表示した場合は「侮辱罪」の問題となる。

(「事実の摘示」が名誉毀損罪と侮辱罪の分かれ目。例えば、
「××は試験が0点だから 知能指数が80以下だ」「××は○○と不倫関係にある」と言えば名誉毀損罪、
「××はバカだ」「××は浮気者だ」といったものであれば侮辱罪にとどまる。

次のサイト<http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1127850226>を参照)

※波田地氏の場合、ただ「仮面を付けている」「会長不適格」と言っただけでなく、
374919事件の具体的事実を摘示しているので、侮辱罪ではなく、名誉毀損罪に該当する。


③2/2につづく
 

過分なご理解!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 9月19日(月)10時59分24秒
編集済
  生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)さん、過分なご理解、ありがとうございます。
 私が、引っかかっているのは、生涯広布 & 広布一筋さんもご賛同のグリグリさんの投稿です。

>その意味において、須田論文は宮田論文の破折には有効ですが、学会教学の再構築を考えた場合、物足りなさを感じます。
もちろん今の須田氏の立場では、分かっていても「言えること」と「言えないこと」はあると思います(投稿者:大仏のグリグリのとこ   投稿日:2016年 9月18日(日)11時19分16秒)<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/56560

 須田論文に賛同しながらも、何か、グリグリさんには別の知見があるように感じるのです。いや、あるのでしょう。流れ者さんが言うことがその一環なのかどうかは定かではありませんが、その“臭い”を感じたという次第です。悪しからずご了解下さい。



 

私ごときが、申し上げる事ではありませんが・・

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年 9月19日(月)10時25分6秒
  螺髪さん

須田さんの論文に・・

<<それ故に、これまで創価学会ではこの文を引いて「日蓮大聖人、日興上人の御精神に適った正しい信心がなければ
血脈はなく、たとえ正しい御本尊を拝しても、功徳が現れることはない。
かえって『かかる日蓮を用いぬるともあしくうやまはば国亡ぶべし』〈919 ページ〉 と仰せのように、
仏法違背の大罪となる」(「大白蓮華」第 627 号)と教えてきたのである。>>

とあるじゃないですか、まず、先生の指導を元に執行部の行った(教義改正)の誤りを糾さず、
オカルト化・身延化の方向に行かんとする? 執行部を放置すれば・・どうなるか、よくご存知と思います。

今の混沌としたカオス状態で、いま本仏論を先行させては、より、カオスが深まり・収集がつかなくなるという
正義の走者さんの言葉だと思います(勝手に解釈・・)

また解釈論の先行、インド仏教の衰退・・先生の指導もあります。

まずは、正義の走者さんのご意見のように、学会教学を元の正常な状態に戻す事が、喫緊の事ではないでしょうか?

あの、流れ者が言っている琴は琴ですよ。その琴はお分かりでしょう。
我々の努力、須田さんの論文を茶化しているんです。 (私も琴を茶化してますが・・)

乗ってはいけない琴です。ですから、違和感を感じた訳です。

何も、関係がない二人であったればお許しくださいね・・螺髪さんの教学に対する熱意は分かっております・・

分野、分野ごとの戦いも、また分かっておりますので。今後も、よろしくどうぞ・・



生涯広布ペンギン
 

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