世界的に利用されることを目的としたマイナーな「人工言語」
旧約聖書によると、地上に繁栄した人間は驕り高ぶり「天まで届く塔」を作り神に並ぼうとした。大いに神の怒りを買い、それまで一つだった言語をまったくバラバラにされてしまった。意志の疎通ができなくなってしまったので、そのため塔の建設は途中で放棄された。
神によって引き裂かれた「言語」を再統一する試みは古くからあり、そういう意図の元作られて最も成功したと言えるのが「エスペラント語」なのですが、それでも世界中で100万人程度の話者しかいません。
これだけネットが普及した現代、個人的には世界言語は英語でいいんじゃねえかと思うんですが、それでも未だに独自の世界言語普及の取り組みは様々にあり、でも難しすぎたり様々な理由で全然普及していないものがたくさんあります。
1. ヴォラピュク
エスペラントとの競争に敗れた人工言語
1879年、ドイツのカトリック神父ヨハン・シュレイヤーは夢で「世界の人が使うための言語を作れ」という神のお告げを聞き、使命感から世界言語の開発に着手しました。
シュレイヤーが作ったのは、英語やドイツ語といったヨーロッパ語をベースにしながら、動詞や形容詞の活用を非常にシンプルに運用しやすくしたもの。
例えば代名詞の変化はこう。
単数 | 複数 | |
一人称 | ob 私 | obs 私たち |
二人称 | ol 貴方 | ols 貴方達 |
三人称男 | om 彼 | oms 彼ら |
三人称 | of 彼女 | ofs 彼女ら |
過去時制には「e-」を付けるだけです。非常にシンプルです。
Edeadom bü yels fol 彼は四日前に死んだ。
過去 | 現在 | 未来 | |
未完 | ä- | - | o- |
完了 | i- | e- | u- |
19世紀末には特にアメリカで大流行したものの、1880年代にエスペラントが登場すると、習得がより簡単なエスペラントに流れていき、ヴォラピュクは一気に廃れてしまいました。
フランス語やエスペラントでは「ヴォラピュクを話す」は「訳が分からないことを話す」という意味に使われてしまって何か馬鹿にされていますが、大変覚えやすい言葉であることに間違いはなさそうです。
文法についてもっと知りたい方はこちらをどうぞ。
2. ブリスシンボル
音声非対応のシンボル言語
ブリスシンボルを発明したのは、オーストリア=ハンガリー帝国生まれのユダヤ人チャールズ・K・ブリス。
彼はナチスのユダヤ人迫害から逃れて上海に亡命しており、その時見た漢字にインスピレーションを得て「どの言語の話者でも理解できる絵文字の言語」を思いつきました。
例えば上記の場合、「私は映画館に行きたい」となります。
"I" "want to" "go" "movie theater"
というのがピクトグラムで表されてるのが何となく分かりますよね。
最大の特徴は「音声非対応」であること。書かれたものの意味はわかるけど、それを言葉で伝えることが実質不可能であるため、ブリスシンボルは一般的には広まりませんでした。
一方で1960年代から脳性麻痺などの疾患を持ち音声言語の習得が困難な人々の代替言語として活用がスタートしました。
3. 現代インド・ヨーロッパ語
Work by Dbachmann
古代インド・ヨーロッパ語の復活運動
インド・ヨーロッパ語族は世界でも最大の言語数を持つ語族で、現在のウクライナ周辺に住んでいた部族がヨーロッパやイラン、インドに移動して広がり、現在の英語、フランス語、ドイツ語、ペルシア語、ヒンディー語になっています。
DNGHUという組織は様々な言語の母語である古代インド・ヨーロッパ語を復活させて現代的にアレンジすることで、EUの共通言語にすることを目指しています。
その文法は非常に難解だそうで、今回は紹介する余裕が無いので、もし興味をお持ちの方はこちらをご覧ください。
4. 真性の文字
「概念」と「類」を組み合わせて形成するアプリオリ言語
「真性の文字」は1668年にイギリス人のジョン・ウィルキンスが著した「真性の文字と哲学的言語にむけての試論」という本の中で提示されたアイデアです。
この中でウィルキンスは「数学的記号により言語が持つ欠陥を解消し、ラテン系言語に変わる新たな言語の発明」を試みたとしています。
ウィルキンスが提唱した方法は、全ての単語に「概念」と「類」の2つを組み合わせて記号化する方法です。「概念」は40の主要な類に分割され、「類」との組み合わせで意味を形成します。
例えば「De」は「要素」を意味し、「Deb」は「火」を意味するため、「Deba」は「炎」を意味します。
また、「Zi」は「哺乳類」を意味し、「Zit」は「犬類の肉食獣」を意味するため、「Zitα」は、「犬」とか「オオカミ」を意味します。
このような人工言語はアプリオリ言語とも呼ばれ、詳細な言葉の定義が難しく逆にややこしくなる場合があります。
Zitaの中にキツネは入るの?ジャッカルは何て言うの?
とか、いくらでも突っ込みようがあるし、常に言い方が変わっていく可能性があります。
5. イド語
全然普及しなかったエスペラントの改修版
19世紀末から20世紀初頭にエスペラントが世界共通言語として盛り上がりを見せ、1907年に国際語選定委員会はエスペラントを国際言語と認定しますが、「一部の言語的欠陥」が指摘されており、この欠陥を克服しようとフランス人のルイ・ド・ボーフロン氏を始め改良が加えられて出来たのがイド語です。
イド語はエスペラントに比べて例外や不規則な活用が少なく覚えやすいとされていますが、イド語提唱者たちは団体の運用や言語の規則変更をめぐって既存のエスペランティストたちと衝突して、「独善的」「反科学的」と批判を浴びてごく少数派の言語になってしまいました。
現在でも極めてマイナーな言語ですが、インターネット上で一部の支持者が活動を行っているようです。
6. イスクイル
www.youtube.com
世界の言語のいいとこ取りで出来た言語
イスクイルを発明したのはアメリカ人のジョン・クイハダという言語学者で、
彼は「論理性と効率性、再現性を最大限に発揮して、自然言語が持つ認知表現を正確にしながら、あいまいさや不合理、冗長性を最小限に抑えた理想的な人工言語を発明しようと試みた」としています。
簡単に言うと「世界の言語のいいとこ取りをして作った」ということです。
イスクイルでは「Onxeizvakcispourboi」という単語の羅列で「行動と結果を認識するには手遅れだった感情的で心理学的な影響は、長期的な一夫一妻になるつもりだったあなたの恋人の希望を徐々に断った」という意味を表現することができます。
もっと長文だと、
「Eipkalindholl te uvolilpa ipcatorza uxt ri’ekcuobos abzeikhouxhtou eqarpa? dhai’eickobum ot euzmackuna? xhai’ekc’oxtimmalt te qhoec ityatuitha」
という構文は、
「私は私が趣味として推進している、新しい文化や、もてなしや敬意を持った人々との出会いから思いついた一つの新しいアイデアを、人間の魂や世界の驚きといったものに対し、謙虚な自己反省と新しい感謝に自分自身を導くという、稀有な経験を与えられる特権を得た」
という意味になるそうです。
ロシアの雑誌「Computerra」でイスクイルについての記事が掲載された時、「無意識的に哲学的知恵を得られる」としてロシア人の心理学者がイスクイルに興味を持ち、クイハダに要請してより簡単に発音するため音素数を約半分にした改良版のイスクイルを作ってもらいました。
興味がある方はこちらよりどうぞ。
7. ロジバン
将来的なAIの言語として期待される人工言語
ロジバンは1955年に作られた人工言語「ログラン」の改良版。
ログランは「個人の思考は言語に依存する」という考えから、自然言語から離れ徹底的に「シンプルで論理的な言語の構成」を目指しました。
ログランをさらに改良してロジカル・ラングイッジ・グループ (LLG)が1987年に発表したのが「ロジバン」。
ロジバンは主にインターネット上のフォーラムで拡大と学習が行われており、ロジバンの推進者たちは、ロジバンの利点を「優れた感情表現、明確な構文、拡大語彙、柔軟な発音、文化的中立性」にあるとしています。
その文法や用法まで書き出すと大変なので、ご興味がおありの方はこちら「Lojban」よりどうぞ。
どれくらい話者がいるか不明ですが、将来的にはAIが理解できる言語としての役割が期待されています。もしそうなったら、ロジバンを学ぶメリットは相当大きそうですね。
まとめ
いくら「簡単に習得できる」 「論理的優位性がある」と言っても、
それを使うタイイングとメリットがないとなかなか学ぼうと言う気も起きませんよね。
英語・スペイン語・フランス語・中国語・アラビア語などが人気なのは、たくさんの人が使っていてかつ就職とか仕事に有利だからに違いなくて、もしAppleとかGoogleとか、名だたる企業が入社条件としてエスペラントとかロジバンの習得を義務付けてたら、一気に話者が増えるような気がします。
でも実際の所、世界中の人が英語を学ぶ時間とコストとエスペラントのそれを比較した場合、やはり前者のほうが優位な気がするのですが、どうでしょうか。
参考サイト