重国籍に関するあれこれ
蓮舫議員を巡る国籍法関係のあれやこれやについて未だに間違った情報が横行していますので、平均的な高校生でもわかるように解説してみることにしましょう。
まず、前提事実から見てみましょう。蓮舫議員は台湾人のお父様と日本人のお母様との間に嫡出子(法的に有効な婚姻をした夫婦の間の子)として生まれています。ここで「台湾人」というのが法的にはくせ者です。第二次世界大戦で敗戦し日本が領有権を放棄する前は、台湾も日本の一部だったので、台湾人は日本国民であったのです。しかし、敗戦後は、台湾は蒋介石率いる中華民国政府の支配下におかれます。このため、日本政府は、台湾も中国本土と一緒に「中華民国」を構成するものとして法的に扱うことになり、日本に在留する台湾人を「中華民国」の国民として扱うことになりました。しかし、その後、中華民国政府は中国本土の支配権を中華人民共和国に奪われてしまいます。それでもしばらくは、日本政府は、中華民国を、中国本土及び台湾の正統な政府として扱ってきたのですが、田中角栄首相による日中国交正常化以降、中華人民共和国を中国の正式な政府と承認することになったのです。これが1972年のことです。ではこのとき、中華民国政府が実効支配をしていた台湾についてはどう取り扱うことになったのでしょうか。日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明の第2項及び第3項を見ると次の通りとなっています。
二 日本国政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。
三 中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。
これによれば、日本政府は、「台湾は中華人民共和国の領土の一部だ」という中華人民共和国政府の立場を尊重することになっています。この結果、日本政府は、中華民国を「国家」としては取り扱わないことになります。とはいえ、台湾島を実効支配しているのは中華民国政府であり、中華人民共和国からビザを受けて台湾等に上陸したのでは捕まってしまいますので、中華民国を国に準ずるものとして扱うことになります。
では、日本に在留する中国人の扱いはどうなっていったのでしょうか。ちゃんと調べていないのでわかりませんが、日本政府との関係では、彼らの本国が中華民国から中華人民共和国に変わったので、彼らの国籍は中華民国籍から中華人民共和国籍へと当然に変わったと考えるのが自然です。ただし、中華民国の中でも台湾省に本籍がある人々については、中華人民共和国籍にして実務が回るのかという問題が生じます。そこで日本政府は苦肉の策として、彼らを「中国台湾省」の国民として扱うことにしたのです。
蓮舫は1967年生まれですから、日中国交正常化前に生まれています。蓮舫のお父様は中華民国籍、お母様は日本国籍でした。当時の国籍法は、嫡出子については「父親が日本国籍を有していればそれだけで日本国籍が付与されるが、母親だけが日本人である場合には日本国籍は付与されない」という「父系主義」を採用していました。このため、蓮舫は、出生時には日本国籍は与えられておらず、「中華民国」の国籍のみが付与されました。その後、日中国交正常化により、日本政府が、中華人民共和国を中国の唯一の正統な政府と認め、「台湾は中華人民共和国の領土の一部だ」という中華人民共和国政府の立場を尊重することになり、蓮舫は、「中国台湾省」の国民という微妙な立場におかれることになります。
ところで、この「父親が日本国籍を有していればそれだけで日本国籍が付与されるが、母親だけが日本人である場合には日本国籍は付与されない」という「父系主義」は、憲法第14条で禁止された「女性差別」にあたるのではないかという疑問がわき起こり、訴訟等も提起されるようになります。さらに、日本は、1985年に「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」に批准したため、日本国内にある「女性に対し差別的な制度」を改める国際法上の義務を負うことになりました。そこで、日本政府は、嫡出子については、父親か母親の一方が日本国籍を有すれば当然に日本国籍が付与される「両系主義」を採用することとする国籍法改正案を国会に提出し、この改正案は1984年に可決され、1985年から効力を生ずることになりました。
その際に、改正国籍法が発効する前に外国籍の父親、日本国籍の母親との間に生まれた子について、わずかな生まれ年の違いで日本国籍が与えられないとするのは不合理なので、救済措置を設定することにしました。これが、昭和59年改正の附則5条です。同条の第1項と第4号を見てみましょう。
昭和四十年一月一日からこの法律の施行の日(以下「施行日」という。)の前日までに生まれた者(日本国民であつた者を除く。)でその出生の時に母が日本国民であつたものは、母が現に日本国民であるとき、又はその死亡の時に日本国民であつたときは、施行日から三年以内に、法務省令で定めるところにより法務大臣に届け出ることによつて、日本の国籍を取得することができる。
4 第一項の規定による届出をした者は、その届出の時に日本の国籍を取得する。
蓮舫議員は、この規定に基づく届出を行うことにより、日本国籍を取得したのです。
この方法で日本国籍を取得した場合に、それまで有していた国籍はどうなるのでしょうか。それは、その国籍国の法律によって定まるのであって、日本国政府の関与するところではありません。意図的に他国の国籍を取得したとして当然に国籍を喪失するという制度を採用している国もあれば、そうではない国もあります。そうではない国の国籍を有していた場合には、日本国籍を取得してもなお元の国籍を保有し続けることになります。このように二つ以上の国の国籍を同時に有している状態のことを「重国籍」といいます。日本を含む多くの国では、一定の場合に重国籍状態が生ずることをわかった上で国籍の得喪に関するルールを定めていますので、そのルールの範囲内で重国籍となっていること自体は違法でもなければまして「国籍法違反」ということにはなりません。
では、蓮舫の場合はどうなのでしょう。在留台湾人である蓮舫さんについて、日本政府との関係において、中華人民共和国法が適用されるのか中華民国法が適用されるかによることになります。中華人民共和国法ですと、「外国に定住している中国公民で、自己の意思によって外国の国籍に入籍し又は取得した者は自動的に中国国籍を失う。」(9条)とありますので、附則5条の届出により日本国籍を取得すると同時に中国国籍を失います。中華民国の国籍法にはそのような内容の明文上の規定はありません。したがって、判例法で中華民国の国籍を当然に失う場合が認められていない限り、附則5条の届出により日本国籍を取得しても中国国籍はなお残るということになります。
日本の国籍法は、重国籍者となった者に対し、重国籍となったのが二十歳に達する以前であるときは二十二歳に達するまでに、その時が二十歳に達した後であるときはその時から二年以内に、どちらか一つの国籍を選択することを義務づけています(14条1項)。もっとも、国籍の選択というのは、「父親の母国を取るか母親の母国を取るか」という決断を迫るものとなりますから、二十歳を少し過ぎたばかりの若者たちには重すぎる決断です。このため、国籍法は、重国籍者が上記選択を怠ったからとして、これを違法状態とすることを避け、法務大臣から国籍選択の催告がなされた後1ヶ月が経過するもなお国籍を選択しない場合には日本国籍を喪失させるというし制度を採用するに留めました。
なお、現在のところは、重国籍であると思われる人に対して法務省から国籍の選択をしたかの確認を促すパンフレット等が送られるに留まり、法務大臣が国籍選択の催告を行った例はないとのことです。
日本国籍を選択する方法としては、① 外国の国籍を離脱するという方法、② 戸籍法 の定めるところにより、日本の国籍を選択し、かつ、外国の国籍を放棄する旨の宣言をするという方法、の2通りがあります(14条2項)。①と②は互いに独立していますので、②の方法により日本国籍を選択する場合には、先行して外国の国籍を離脱している必要はありません。蓮舫議員の発言を聞く限り、②の手続をとったようです(当時、蓮舫議員は高校生であり、お父様の指示に従って手続をしただけなので、何をしたのかの詳細は理解していないようですが。)。
②の方法で日本国籍を選択した場合に、もう一つの国籍はどうなるでしょうか。もう一つの国籍国が日本の国籍法と同様の規定を有している場合には、日本国籍選択と同時にその国の国籍は失われることとなります。しかし、もう一つの国籍国がそのような制度を採用していない場合には、なお重国籍状態が継続することとなります。日本の国籍法は、そのような重国籍状態が継続することを制度的に予定していますので、これは違法状態ではありません。中華民国の国籍法を見ると、重国籍者が外国国籍を選択した場合についての規定が見当たりません。特別法か判例に基づいて処理している可能性もあるので、何とも言いがたいところです。なお、重国籍者による外国国籍の選択と、外国への帰化とは別概念ですので、「帰化の際に台湾国籍を喪失する場合にはこういう手続が必要だった」という話は、「日本国籍を選択した後台湾国籍を離脱するための手続」がどのようなものであるかを知る手がかりにはなりません。長期滞在国に帰化する場合はそれまでの間自国の有効なパスポートを有しているのが通常ですが、重国籍者が一方の国籍国で生活する分には、他方の国籍国のパスポートを取得しないのが原則なので、「自国の有効なパスポートを有していない限り、他国の国籍選択に伴う国籍の離脱を認めない」とする制度を採用することは合理性を欠くからです。
ところで、国籍法16条1項は、「選択の宣言をした日本国民は、外国の国籍の離脱に努めなければならない。」という規定を置いており、この規定を根拠として、外国国籍の離脱手続をせずに重国籍状態を継続することを違法だとする人がネット上ではあとを絶たないようです。しかし、国籍法に関する解説書や論文を読めば、この規定は、法的拘束力のない訓示規定であると解されていることがわかります。したがって、日本国籍を選択した後、外国の国籍を離脱せずに放置しておいても、違法ではありません。
また、同条2項は次のような規定を置いています。
法務大臣は、選択の宣言をした日本国民で外国の国籍を失つていないものが自己の志望によりその外国の公務員の職(その国の国籍を有しない者であつても就任することができる職を除く。)に就任した場合において、その就任が日本の国籍を選択した趣旨に著しく反すると認めるときは、その者に対し日本の国籍の喪失の宣告をすることができる。
この規定を反対解釈すれば、日本国籍を選択後外国の国籍を離脱せずに放置しているに過ぎず、上記のような外国公務員の職に就任していない場合には、法務大臣と手日本国籍の喪失宣言はできないということになります。
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