ドゥテルテ大統領 法の無視は見過ごせぬ
フィリピンのドゥテルテ政権が、容疑者殺害を辞さない「麻薬との戦争」を進めている。裁判抜きでの射殺を奨励するような人命軽視の姿勢は、とうてい見過ごせない。
警察当局によると、6月末の政権発足から既に2400人以上が殺害された。麻薬密売の疑いで逮捕された後に警察署内で射殺された人もいる。法的根拠のない自警団に殺された人が半数以上だとみられる。
フィリピンでは違法薬物や汚職が深刻な社会問題となってきた。過去の政権が手を付けなかった有力者の犯罪も容赦なく摘発するドゥテルテ大統領の人気は高い。
しかし、容疑者の殺害ありきという姿勢は常軌を逸したものだ。
加えて、犯罪の摘発とは無関係の殺害も行われた疑惑が出ている。
ドゥテルテ氏がダバオ市長だった時の自警団メンバーが今月15日、フィリピン上院で証言した。麻薬犯だけでなく、ドゥテルテ氏の政敵も殺害したという内容だ。
当時、フィリピン政府の独立機関である国家人権委員会もダバオの状況を問題視していた。自警団は、現地調査に来た委員会幹部の殺害も命じられたという。
法治を重んじる近代国家の規範から完全に外れている。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)や国際人権団体が「超法規的な処刑だ」と批判するのは当然だ。
ドゥテルテ氏は、麻薬対策への批判に感情的な反発を見せる。
国連には脱退をちらつかせ、首脳会談で人権問題を取り上げようとしたオバマ米大統領には非常識な言葉を浴びせた。米側が首脳会談を取りやめると、ドゥテルテ氏は米国と東南アジア諸国連合(ASEAN)の首脳会議を「頭痛」で欠席した。
米国に対しては特に、かつてフィリピンを植民地支配したことへの反感をうかがわせる発言が多い。
一方でフィリピンは、南シナ海での中国の新たな埋め立てに警戒感を強めている。仲裁裁判所の判決を無視する中国に独力で対抗することは難しく、米国との同盟強化はどうしても必要だ。
日本も、無関心ではいられない。
安倍晋三首相はASEAN関連会議に合わせたドゥテルテ氏との会談で、南シナ海での「法の支配」の重要性を強調した。一方で、麻薬問題は話題にすらならなかったという。
日本は、人権を重視する国のはずだ。同時に、米国とフィリピンの良好な関係は日本の国益につながる。ドゥテルテ氏との対話を重ねつつ、適正な法手続きの重要性を伝える。それが、日本外交の果たすべき役割ではないか。