wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光を楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日は「セゴビア旧市街と水道橋」をご紹介します。
伝統と歴史が融合する「セゴビア」とは?
スペインの首都マドリードから高速鉄道で約30分にある日帰り観光地として人気のセゴビア。グアダマラ山脈の北西麓の標高1002mの高地に位置する、古代ローマ人が築いた城塞都市です。崖の上に建つキュートなお城はディズニー映画「白雪姫」のお城のモデルとなっており、スペインでも屈指の観光スポットの一つ。ローマ時代の都市遺跡と中世の歴史的建造物が残る美しい景観を残し、歴史を今に伝える街としても人々に親しまれています。
ローマ人が造った水道橋や、カテドラルの貴婦人といわれるエレガントなセゴビアのカテドラル、おとぎの国に迷い込んだかのようなアルカサルなど、多彩な魅力に満ちています。今回は、他にもまだまだ魅力的な観光スポットが点在するセゴビアの歴史に触れてみたいと思います。観光に行かれる前に、ちょっとだけ歴史に触れると一段と旅も楽しいものになります。ぜひ、参考にしてください。
ローマ人が造った水道橋や、カテドラルの貴婦人といわれるエレガントなセゴビアのカテドラル、おとぎの国に迷い込んだかのようなアルカサルなど、多彩な魅力に満ちています。今回は、他にもまだまだ魅力的な観光スポットが点在するセゴビアの歴史に触れてみたいと思います。観光に行かれる前に、ちょっとだけ歴史に触れると一段と旅も楽しいものになります。ぜひ、参考にしてください。
美しい世界遺産の街セゴビアの魅力
高台にある小さな町は、街中に張り巡らされる石畳や歴史的建造物を眺めながら歩くと中世にタイムトリップした気分を感じられます。セゴビアの町全体を眺めると、一枚の美しい絵画のようでとても魅力的です。古代ローマ時代から栄えたセゴビアは、アラブ時代には、織物の産地として有名でした。美しい街セゴビアは1985年に保存状態のよい水道橋と共にアルカサルと大聖堂が評価され、「セゴビア旧市街と水道橋」として世界遺産に登録されました。
スペイン全土には約2000もの城があるといわれています。その大部分はセゴビアがあるカスティーリャ・イ・レオン地方やカスティーリャ・ラマンチャ地方にかたまっています。セゴビアの近くには10ものお城があるので、観光ついでに訪れてみてはいかがでしょう?
スペイン全土には約2000もの城があるといわれています。その大部分はセゴビアがあるカスティーリャ・イ・レオン地方やカスティーリャ・ラマンチャ地方にかたまっています。セゴビアの近くには10ものお城があるので、観光ついでに訪れてみてはいかがでしょう?
魅力的な歴史的遺物が残るセゴビアの始まり
伝説と歴史が交差する街セゴビアの始まりは諸説あり、明確にはなっていません。セゴビアに住む人たちは、紀元前1073年に、ギリシア神話に登場する半身半人の英雄ヘラクレスが町を興したと語っています。これは伝説上の話で、ケルト人説が有力とされています。この町には不思議な魅力があり、謎は謎のままそっとしておきたいと思わせる街、それがセゴビアです。
実は『白雪姫』の城として有名なアルカサルがあるところに、かつてケルト系民族の城があったとされています。現在ある城の前にはもっと昔に建てられたお城があることはヨーロッパにはよく見られることですが、繋がりという歴史の奥深さを感じられます。
実は『白雪姫』の城として有名なアルカサルがあるところに、かつてケルト系民族の城があったとされています。現在ある城の前にはもっと昔に建てられたお城があることはヨーロッパにはよく見られることですが、繋がりという歴史の奥深さを感じられます。
2000年の時を超えて聳え立つローマの水道橋
紀元前80年にセゴビアを制圧して支配下に置いたローマ帝国は、セゴビアの都市整備に力を入れました。その一環として、建設されたのがセゴビアのシンボルとして堂々と聳える、ローマ水道橋です。このセゴビアの橋はトラヤヌス皇帝(在位98~117年)が建造したといわれています。当時のセゴビアは独立した丘の上にあり、生活用水をどのようにして確保するかが至難の業でした。ポンプで水を引き上げるという装置なんて昔はなかったのだから当然ですね。
18kmも離れた同じ高さの水源アセベダ川から水道橋を通して、水を流すというものでした。しかも、全長728mもの長さを誇る大橋を何の機械もない時代に造ったなんて驚きですね。
この橋には漆喰などの接合材を使わず花崗岩の切り石がただ積まれているだけのもの。自らの重みだけで互いを支え合いアーチ状に均衡を保っています。2000年もの時が経過しても倒れないほど頑丈に造られているのです。しかも、1884年まで実際に水を流し使用されていました。ローマ人の高度な土木技術は計り知れないものがあります。
18kmも離れた同じ高さの水源アセベダ川から水道橋を通して、水を流すというものでした。しかも、全長728mもの長さを誇る大橋を何の機械もない時代に造ったなんて驚きですね。
この橋には漆喰などの接合材を使わず花崗岩の切り石がただ積まれているだけのもの。自らの重みだけで互いを支え合いアーチ状に均衡を保っています。2000年もの時が経過しても倒れないほど頑丈に造られているのです。しかも、1884年まで実際に水を流し使用されていました。ローマ人の高度な土木技術は計り知れないものがあります。
ローマ水道橋に残る伝説
この橋の高度な技術を超える橋は、1500年もの長きに渡り作られることはなかったといわれています。そんな橋には「悪魔の橋」といわれる伝説ができてしまいました。
悪魔が毎日水を汲みに来るセゴビアの美しい少女に恋をしてしまい、毎日熱心に気持ちを伝えていました。そのころに少女は水汲みに疲れ、白く細い腕も痛めてしまいました。そんな夜、ふと魔が差してしまい少女は悪魔に「もし明朝夜が明けるまでに、私の家の前まで水道をひいてくれるなら、そのお礼にあなたの言う事をきいてもいい」と返事をしてしまいました。
それを聞いた悪魔は必死になって橋を造りました。しかし、最後の一つの石を積み上げることができず、時間に間に合わせることが出来ませんでした。少女は悪魔と約束をしてしまったことに後悔します。そして、教会で懺悔し橋の中央にマリア像を作るよう嘆願しました。今でも橋の上部にはマリア像、下部には十字架が設置されています。あくまでも伝説であり、他にもいろいろバージョンがあるようです。
この橋の存在は中世の人々にとっては「悪魔」が造ったと置き換えるほど、画期的なものだったのだという事が伝わってきます。
悪魔が毎日水を汲みに来るセゴビアの美しい少女に恋をしてしまい、毎日熱心に気持ちを伝えていました。そのころに少女は水汲みに疲れ、白く細い腕も痛めてしまいました。そんな夜、ふと魔が差してしまい少女は悪魔に「もし明朝夜が明けるまでに、私の家の前まで水道をひいてくれるなら、そのお礼にあなたの言う事をきいてもいい」と返事をしてしまいました。
それを聞いた悪魔は必死になって橋を造りました。しかし、最後の一つの石を積み上げることができず、時間に間に合わせることが出来ませんでした。少女は悪魔と約束をしてしまったことに後悔します。そして、教会で懺悔し橋の中央にマリア像を作るよう嘆願しました。今でも橋の上部にはマリア像、下部には十字架が設置されています。あくまでも伝説であり、他にもいろいろバージョンがあるようです。
この橋の存在は中世の人々にとっては「悪魔」が造ったと置き換えるほど、画期的なものだったのだという事が伝わってきます。
支配されつつも発展してゆくセゴビア
5世紀ごろ西ゴート王国がイベリア半島を制圧。8世紀前半にはイスラム勢力のウマイヤ朝が侵入し西ゴート王国を滅ぼしました。しかし、運がいいことにセゴビアはそのころ忘れ去られた地だったようで奇跡的に支配を受けることがありませんでした。そのためイスラムの遺跡はほとんど残されていません。
11世紀の終わりごろ、キリスト教のカスティーリャ王アルフォンソ6世(在位1072-1109年)がトレドを制圧した後、王の娘婿にあたるライムンド(レーモン)がセゴビアに司教座を創建しました。それによりキリスト教を植民させたのです。12世紀に内乱が勃発してしまいます。しかし、ユダヤ人がこの地に入植し、毛織物工業の基礎を築いたことで毛織物の取引が発展し、中世の終わりにかけてセゴビアの輝かしい繁栄へと繋がっていきます。
11世紀の終わりごろ、キリスト教のカスティーリャ王アルフォンソ6世(在位1072-1109年)がトレドを制圧した後、王の娘婿にあたるライムンド(レーモン)がセゴビアに司教座を創建しました。それによりキリスト教を植民させたのです。12世紀に内乱が勃発してしまいます。しかし、ユダヤ人がこの地に入植し、毛織物工業の基礎を築いたことで毛織物の取引が発展し、中世の終わりにかけてセゴビアの輝かしい繁栄へと繋がっていきます。
白雪姫のお城のモデルとなったアルカサル
この繁栄のもとに最盛期を迎えたセゴビアでは、ゴシック様式の建物が建てられ始めます。カスティージャ王国の王たちも、こぞってセゴビアに住んだようです。アルフォンソ10世(在位1252-1284年)は、ローマ時代のカリフ王宮の跡地にムデハル様式の城を築きました。これが、『白雪姫』の城のモチーフとなったアルカサルです。レコンキスタ時代に建造された時代を象徴するお城は、歴代王たちにより何度も増改築されました。1474年にイサベル1世がカスティーリャ王位に就き、レコンキスタを完成させスペイン黄金時代の礎を造り上げました。
このアルカサルは、三角帽子をかぶった屋根と円柱状の塔、城壁に囲まれたおとぎの国のお城そのままの可愛らしい姿が魅力的です。その後1862年に焼失しましたが、再建され今に至っています。城内の装飾、絵画、調度品など見応え有です。
このアルカサルは、三角帽子をかぶった屋根と円柱状の塔、城壁に囲まれたおとぎの国のお城そのままの可愛らしい姿が魅力的です。その後1862年に焼失しましたが、再建され今に至っています。城内の装飾、絵画、調度品など見応え有です。
「カテドラルの貴婦人」と呼ばれるスペイン最後のゴシック建築
スペイン最後のゴシックと賞賛されるカテドラルです。カルロス1世(在位1519-1556年)の命により、1525年に建設が始まり完成は1768年でした。2都の塔の真ん中から末広がりになったエレガントな風貌から「カテドラルの貴婦人」と呼ばれ注目されました。このカテドラルの設計はサマランカの新大聖堂を建てた、ホアン・ヒル・デ・オンタニョンでした。ここでは併設された美術館と回廊内の豪華なタペストリー、金銀細工などが魅力的です。
悲しい歴史を語る1歳児の墓があります。乳母が誤ってエリンケ2世の子供を小塔の窓から落してしまいその子が亡くなったというもの。乳母もその後を追って身を投げたという悲しいお話です。もし、見つけたら手を合わせてあげてくださいね。
悲しい歴史を語る1歳児の墓があります。乳母が誤ってエリンケ2世の子供を小塔の窓から落してしまいその子が亡くなったというもの。乳母もその後を追って身を投げたという悲しいお話です。もし、見つけたら手を合わせてあげてくださいね。
セゴビアの衰退から現在
1520年のコムーネロスの反乱に、セゴビアも諸都市と共に参戦しています。大敗に終わったものの毛織物産業による経済的な発展は保持され、1594年には人口2万7千人にまで達しています。カスティーリャ王国の軍事的に最も強力な都市として繁栄したセゴビアですが、ペストの流行や内乱などによりカスティーリャ諸都市と同様に衰退しました。
18世紀のカルロス3世(在位1735-1759年)の時代には毛織物産業の復興による工場再建なども計画されましたが失敗。繊維,製紙,皮革,ガラスなどの工業などで経済が活性化し人口も回復しました。現在は、日本の奈良や京都のような古都で、さまざまな文化遺跡を見ることが出来る魅力的な街へと発展を遂げています。
18世紀のカルロス3世(在位1735-1759年)の時代には毛織物産業の復興による工場再建なども計画されましたが失敗。繊維,製紙,皮革,ガラスなどの工業などで経済が活性化し人口も回復しました。現在は、日本の奈良や京都のような古都で、さまざまな文化遺跡を見ることが出来る魅力的な街へと発展を遂げています。
ローマ人が造った水道橋が残る古都セゴビアを旅してみませんか?
おとぎの国のような可愛らしいお城に、エレガントなカテドラル、ローマ人が造った立派な水道橋など魅力的な歴史建造物を見ながら巡るのにピッタリの街です。
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