今年の5月にトランプが「自分が大統領になったら、イエレン議長は任期が終わったところで挿げ替える」と発言しました。

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当時はトランプが本当に大統領になると予想した市場関係者は少なかったので、この発言は一笑に付されました。

しかし……

大統領レースが接近してきた今、この発言はもう少し問題にされてもいいんじゃないかな? と僕は思います。

イエレン議長の任期は2018年2月に切れます。するとあと1年半しか残っていないわけです。

過去に1期だけしか勤めなかった議長が居ないわけじゃないけれど、市場は不確実性を嫌がるので普通、FRB議長は任期延長されることのほうが多いです。

FRB議長は大統領が任命し、上院がそれを承認するという手続きを経て就任します。もしイエレン議長をクビにした場合、トランプが誰を選ぶのか?……それを考えただけでゾッとします。

現在のトランプの経済アドバイザーに名を連ねている面々は、どれもショボイ奴ばかりです。ウォール街で一番知られているのは、元ベア・スターンズのエコノミスト、デビッド・マルパスだと思うけど、この前、ラジオでマルパスがトランプをヨイショしているのを聞いたら、その茶坊主ぶりに呆れました。万事休すだと思います、あんな奴がもし議長に指名されたら。

トランプの経済アドバイザーの中で首席はスティーブン・ムニュチンという男です。彼は映画のプロデューサーをやったり、ゴールドマン・サックスに勤めた経験とかがあるけれど、ハッキリ言えば「親の七光り」で成功した男です。

スティーブンのお父様は1980年代にゴールドマン・サックスの株式トレーディング部長を務めたボブ・ムニュチンで、「ベストのポジションは、ノー・ポジションだ」という名言を吐いた人として知られています。

当時のエクイティーのビジネスは、いわゆる「じゃん決め」の黄金時代で、機関投資家がまとまった株数の組み入れ銘柄を処分したいときは、証券会社に電話し、「この10万株、おたくなら幾らで取ってくれる?」と相対のネゴで価格を折り合ったのです。

この機関投資家から証券会社に対する打診のことをcheckといい、機関投資家は次々に5社くらいの証券会社にチェックを入れ、もっとも有利な値段で折り合ってくれる証券会社に「売った!」と言って買い取らせてしまいます。

その場合、証券会社が提示したビッド(Bid)は「ヒット(Hit)された!」というわけです。証券会社は、機関投資家がある銘柄の「売りたい」意向を各証券に訊いて回る(shopping around)間に、「○○という銘柄が、ショップ・アラウンドされている!」ということがバレるわけですから、その潜在売り圧力(=これをダーク・プールといいます)の存在は、証券会社のセールス・トレーダーを通じてウォール街中に吹聴されるわけです。

機関投資家は、彼らにとって最も有利な値段を提示した証券会社に買い取らせるわけだから、逆の見方をすれば、買い取らされた証券のチーフ・トレーダーは「もっとも甘い値段を提示した」という風に解釈することもできるわけで、これは勲章ではなく、お荷物を背負込んだも同然です。

通常、このように「じゃん決め」の結果抱え込んだポジションは±0で処分(=それのことを「チャラ逃げ」と言います)できれば御の字です。

説明が長くなりましたが、なぜボブ・ムニュチンが「ベスト・ポジションはノー・ポジションだ」と言ったか? を理解するには、このような背景を理解することが必要になります。

さて、当時、株式の「じゃん決め」で両雄と称されたのがゴールドマン・サックスとソロモン・ブラザーズでした。ソロモンで「じゃん決め」をやっていたのは、スタンレー・ショップコーンという人です。

話をスティーブン・ムニュチンに戻すと、彼のお父さんはそういうわけでウォール街で最も有名な株式トレーダーだったので、家が裕福だったし、親のコネでゴールドマンに入社しました。

その後、バンカーとして限界を感じたスティーブンは映画のプロデューサーに転身し、「Xメン」や「アバター」などをプロデュースします。彼の制作会社の実績は、凡庸だと言う風に評価されています。

要するにトランプが頼っている経済アドバイザーたちは、いずれもショボい面々で、とても国政を預けることが出来るような実力は無いということ。


広瀬隆雄のツイッター: @hirosetakao

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