特集● - 防災×産学連携
水素発生方式 重さ9kgのポータブル燃料電池
アクアフェアリー株式会社(京都市西京区)は、小型燃料電池に特化して開発をしてきたベンチャー企業だ。創業から10年、新しい水素発生方式を作り出して、コンパクトで軽く、持続発電可能な燃料電池型の電源装置を完成させ、2016年1月からの販売開始にこぎ着けた。
2016年4月14日21時26分、熊本県でマグニチュード6.5の大地震が発生した。そして、28時間後の4月16日1時25分、再び地震が発生した。2度目は最初の地震を超えるマグニチュード7.3だった。本震が後から発生するとは想定外のことである。 この地震による家屋や道路などの損壊は大きく、停電の復旧には3日を要したが、送電線が相当な被害を受けた上での復旧を成し遂げた電力会社へ敬意を払いたい。 実は震災当時、京都にあるアクアフェアリー株式会社(以下「当社」)から被災地にポータブル燃料電池システム「AF-EFE30H」(写真1)の輸送を試みた。無償で使ってもらおうとしたのである。しかし、交通網の遮断などから、到着したのは2度目の地震発生から4日後だった。つまり、停電が復旧した後だったのだ。このとき、地震が起こってからではすでに遅く、災害用に使うなら、各所での備蓄が重要であることを思い知らされた。まさに「備えあれば憂いなし」である。
現在、ポータブル発電機といえば、ガソリンやガスを燃料として発電するタイプのエンジン発電機が定番だが、ガソリンエンジン発電機は燃料がガソリンであるため、取り扱いには十分注意が必要である。2013年8月15日、京都府福知山市の花火大会で、露天商が発電機に給油しようとした際、気化したガソリンに引火して引き起こされた爆発事故は記憶に新しいのではないか。発電機のエンジンを停止せず、運転したままで給油をしたことが原因で、死亡者3人、重軽傷59人の大惨事につながった。エンジン発電機としては、カセットガスを使えるものも登場し、ガソリンほどは危険性がないことが優位点だが、可燃性燃料であることに変わりはない。 非常用電源として、ガソリンやガスなどを燃料としたエンジン発電機を装備している企業や自治体は多いが、意外に知られていないのがメンテナンスである。月に1度はエンジンを駆動させないと、いざというときに始動が困難になる恐れがある。その他、騒音、臭気、有毒な排ガスなどが問題となる場合もある。特に一酸化炭素を排出する点は、適切な使用をしないと死亡事故につながることもあり、室内での使用は大変危険な行為であることを十分知っておく必要がある。 それでは、非常用電源として、災害時に備えるべき電源はどういったものが良いのだろうか? 残念ながら、オールマイティーな電源は今のところ存在していない。高出力を求めると「エンジン発電機」が候補に挙がる。室内利用を考えるとバッテリータイプの電源となる。バッテリータイプ、すなわち充電池を利用した電源は、容量が少ないため、災害時の停電が長引けば役に立たなくなる。充電するための商用電源が停止しているからである。 しかし、当社の燃料電池を搭載したポータブル電源(発電機というべきか)は、エンジン発電機やバッテリータイプの電源の弱点を克服した。その主な特長は以下のとおりである。 ①室内で使用可能
ガソリンやガスを使用しない当社のポータブル燃料電池システム「AF-EFE30H」は、その場で水素を発生させるという、技術的に重要な革新が必要な水素発生方式を採用している。 燃料電池の原理は、水の電気分解の逆で、水素と酸素の化学反応で電気が発生する現象である。酸素は空気中に存在しているが、水素は地表にほとんど存在しないため、準備する必要がある。従来は、この水素をボンベやタンクに圧縮し、高圧で貯めていた。しかし、高圧のため容器を頑丈にする必要があり、必然的に重く大きな容器になってしまう。 当社は、水素を「貯める」のではなく、必要なときに必要な量だけ「作る」ことに着眼し、水素発生方式の燃料電池を開発した。候補として、これまで20種類以上の水素発生材料を検討し、水と反応し水素を発生させる物質を探した。金属粒子や水素化金属などで実験を重ねた結果、水素化カルシウムという水素化金属の一種である物質に到達した。水素化カルシウムを選んだ理由は、コントロールできる方法を見つけたからである。 水素化カルシウムは、通常、水と接触すると激しく反応する。低温でも高温でも瞬間的に水素を放出してしまうため、そのままでは燃料電池に適用することは難しい。ほとんどの水素発生材料は、低温では穏やかに反応するが、高温では暴走し反応が激しくなってしまい、環境温度に影響されずに水素を放出できる材料はまれである。しかし、水素化カルシウムはいつでも激しい反応を引き起こすので、「抑制」することだけを考えれば良い。抑制方法は、単純に水素化カルシウムの粒子を熱硬化性樹脂で被覆することで実現した(図1)。水素化カルシウムを樹脂でコーティングすることで、水との接触面積を小さくし、緩やかに反応させることに成功したのである。コーティングといっても完全に覆っているわけではなく、多孔体になっているため、その穴から水が浸入できる。さらに水素化カルシウムは、水と反応して水酸化カルシウムに化学変化するときに、膨張しながら水素を放出する。このときの膨張が、材料にクラック(ひび割れ)を発生させ、奥底までの導水路を確保するわけである。こうした現象により、樹脂コーティングされた水素化カルシウムは、最後まで反応することができる。すなわち、100%の反応率を実現できる。このような水素発生方式を採用した燃料電池は、とてもコンパクトで軽い。
ポータブル燃料電池システム「AF-EFE30H」は、本体の重量が6.5kg、搭載可能な燃料の電力容量は1,200Whである。燃料電池出力は30Wであるが、ハイブリッド電源として二次電池を内蔵しているため、最大出力は100Wが可能である。つまり、持続的な発電は燃料電池が担い、瞬発力は内蔵二次電池が担当する。原理は極めてシンプルである。水タンクから水を吸い上げて、燃料ボトルに点滴のごとく少量ずつ注水する。水が接触した水素発生剤から水素が燃料電池に送られ、発電を行う(図2)。 燃料ボトルは1本600Whの容量を持ち、2本搭載することができる。1本ずつ燃料を消費し、1本目の燃料が終わると自動的に2本目から水素を取り出す仕組みである。2本あるメリットは、1本目の燃料が終わると2本目に自動的に切り替わるが、その際に1本目を新しい燃料に交換すれば、発電を止めずに継続して電力を得ることができる。燃料は1本当たり800g程度、必要な水の量は1リットルで1,200Whの電力を得ることができる。 燃料と水をフルで搭載したときの総重量は約9kgとなる。この容量で10kgを下回る電源は、今のところ類を見ない。例えばリチウムイオンバッテリーでは20kgを超える。鉛蓄電池の場合は30kg以上となる。しかし、9kgであれば持ち運ぶことも可能だ。 燃料ボトルは、出荷時はアルミパックが施されている。この状態であれば、保管期間は20年以上。水素化カルシウムは常温で安定な材料のため、水との接触を防止すれば半永久的に劣化しない。
基本的な燃料電池の動作は、30Wで出力し続けることである。外部に接続した負荷の大きさによって、内蔵二次電池の動作が決まる。例えば、外部負荷が30W以内の場合、燃料電池の出力が過剰になるため、余った電力は内蔵二次電池に蓄電することになる。逆に30Wを超える場合には、燃料電池出力と内蔵二次電池の放電出力を合わせて出力することになる。この場合は、内蔵二次電池の電池残量は減っていくことになる。燃料電池の余剰電力を内蔵二次電池に充電し続けると容量オーバーになってしまうので、その手前で給水を停止し、水素発生にストップをかけ、燃料電池はスリープ状態になるように制御する。 逆に内蔵二次電池の容量が減り、設定された下限値に達すると、外部出力を停止し、燃料電池の出力をすべて内蔵二次電池の充電に充てるようにする。そして、再開できる容量にまで充電が行われると外部出力を開始する。また、低消費電力の負荷を接続した場合は、できるだけ内蔵二次電池だけで動作するように制御し、燃料電池を動かすための電力をセーブするように動作する。このように内蔵二次電池の容量を監視しながら、最適な出力方法を選択できる。 30Wの消費電力の機器であれば、最短でも40時間駆動できる*1。燃料を15本程度備蓄しておくことで9kWhの電力を使うことができるため、災害時の電源として約2週間使用できることも心強い。
今回、開発したポータブル燃料電池システムは、災害時のための非常用電源の側面が色濃く出ているが、前述した特長を再度見直してほしい。そこには、これまでできなかったことを実現するためのヒントが隠されている。一例であるが、屋外で計測を行う「地震計」の電源を考えてみる。地震計を設置する場所は、全国各地さまざまな環境がある。高い山の中腹など、計器や電源を搬送するには難しい場所も存在するだろう。これまで使われてきた鉛蓄電池では、重量が30kgにも達する。この重量物を、設置するときもバッテリー交換のときも、上り下りともに搬送しなければならない。しかし、ポータブル燃料電池システムの場合、最初の設置には9kgを搬送しなければならないが、燃料交換にはわずか1.6kgの荷物を運べばよいし、水は現地の沢から調達すればよい。帰りには、使用済みの燃料2kg(使用すると消石灰になり少し重くなる)を運んで、一般廃棄物として処理すればよい。小型軽量を生かしたアプリケーションは屋外観測以外にも多くある。非常用だけではなく、常用でも多くの可能性を秘めた電源なのだ(図3)。
燃料電池は、地球温暖化対策の「切り札」といわれている。家庭用燃料電池や燃料電池自動車などが先行しているが、身近な電化製品を駆動する小型燃料電池により、水素化社会が促進される。わが国は資源に乏しいため、エネルギー問題の解決方法として、これからも水素利用を進める活動や水素を製造する技術開発を続けていきたい。現在、京都大学の平尾研究室(平尾一之教授)と次世代水素発生技術として、新しい固体水素源の取り組みを始めている。環境問題と資源問題を解決する強力なリサイクル構造を持つ水素製造技術への挑戦である。
●参考文献
石坂整, 永嶋浩二, Heidy V. 受け継がれる革新技術!. 高圧タンクを必要とせず燃料電池が手軽に使える固体水素源. 京都科学技術イノベーション推進協議会. 2016, p.6-8.. |