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日蓮本仏論!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 9月18日(日)21時49分10秒
  流れ者さん


>SGIは随処毘尼だからっていう説明もできるけど
でも日本以外みーんな日蓮本仏論をすでに採用してないんだから
どちらかに統一しないとまずいんじゃないかなぁ(投稿者:流れ者   投稿日:2016年 9月18日(日)12時04分13秒 )<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/56563

 手厳しい評価もありますが、文面から見て、流れ者さんは、そんじょそこらの人ではないでしょう。
 で、どうすればいいのでしょうか。
 日寛教学的に“保守”の論陣を張るのでしょうか。ついてくる人はついてくる。ついて来ない人はついて来ないでは無慈悲です。結局、「日蓮本仏論」をバージョンアップするより無いのではないでしょうか。「仏法本質論」として。「本質論」は、むろん世界にも通用する必要がありますし、一方、日本で理解できない「本質論」もあるわけがありません。つまりそれはグローバルレベルでの「本質論」です。それは、池田先生のこれまでのお話の中にあります。

 もうそろそろ、このあたりの「考察」「論考」を指し示す必要があると思うのです。それは、どなたかが仰る、一旦、かつての教学に戻すものでもないと思います。それでは、もう、多くの人はついて来ないでしょう。「論考」を示すことを求めます。



 

家庭訪問

 投稿者:天然水  投稿日:2016年 9月18日(日)21時43分41秒
  しっかし まぁ~っw
壮年部移動とともに未活動になって以来11年。。。w
選挙とか以外での家庭訪問でゾーン幹部様に かみつきまがいの
質問 お尋ね議論?っつーか
論破っつーか?まぁ対話したんですけども。。。
だぁ~れも来なくなっちゃいました。。。僕もw

ですから地域の座談会ぐらいには つまんないのを覚悟で参加して
担当幹部と対話しているんですが。。。
もちろん終了後の お茶会タイムにです。

毎回、朝まで生テレビの如く
ギャーギャーわめいて結論出ずみたいな
幹部様の おきまり台詞。。。
この後 会合が入っていますので。。。
で、お開きw

ホント。。。折伏とか
自行して なんだか嬉しくて楽しくなって誰かにきいてもらいたい。
ってw歓喜して化他行に走るんぢゃ。。。
ないんでしょうかね?

お題目あげてないと歓喜わかないッスよw
本来。。。生きてるだけで、息 吸ってるだけで
楽しいんぢゃないでしょうか?

それを 人さまにすすめる。。。
一緒に共に幸せになろうと。。。

んで。。。その人が信心したら一人立できるまで面倒みる
ってのが、僕の折伏感ですが。。。

昔 部員さんが任用試験 受けるんで合格責任者として
共に、お題目あげながら 一生懸命 勉強しました。
結果 合格の報告をきいて
自分の事より嬉しかった事を思い出しました。

信心って このような生き方なんぢゃ。。。
今の学会活動。。。それ ないもんね
距離を おきたくなりますよw
 

上が上なら、イヤハヤ。

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月18日(日)21時12分18秒
  須田さんの論文は、読んでスッキリ、これでなきゃって感じですよね!

頭の中が晴れ晴れ、眉間のタテ皺が伸び、笑みこぼれ、です。

執行部と宮田氏の程度って何なんですか?

ひどすぎでしょう?っていうか、呆れます。 もう、撤回してほしいっす。頭、おかしくなる。


昨夜、座談会で、SGIの座談会のSTBを見て、

「昔の座談会を見てるようだ」
「昔の座談会は面白かった」
口々に感想が漏れ、

「何で今はこんなにつまんねーんだ?」
「選挙の戦い、地図の塗りつぶし、はいFどうですか皆さん、連休は全国どこでもOKですう。
はい夏休み終了、新聞啓蒙がんばりましょー、はい目標は」
「こんなことばかり、もう何十年やってんの?」
こういう声が出始めたら、

すかさずK婦人部本部長がしゃしゃり出て、
「えー、皆さん、コホン、毎日の戦いご苦労サマですー。(戦いなんかしてねえぞ、と揶揄の声)
えー、折伏につながる新聞啓蒙、ご苦労サマですー。(また言った!そんな器用な事、自分はできんの?)
えー、しどろもどろ」

座談会終了後、F地区部長を交替させる相談を、『わざわざ』玄関先で聞こえる声で、
K婦人部本部長が、支部婦人部長に言い含める声に、ブチ切れそうなのを押さえた壮年部諸氏。

「『わざわざ』聞こえるように、幹部風吹かして、何を張り合うクソ女、警察のつもりかクソ女」
とののしり、眉を怒らして、無視してその脇を通り帰ったそうな。


上が上なら、ですよね。
何を威張ってんだか。

幹部層の人間は、一般会員層とは、完全に真っ二つに分かれました。



 

本日の対話

 投稿者:南虎(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月18日(日)20時34分56秒
  本日仲間と共に新たな対話をしてきました。

54年の真実。秋谷、原田体制の現実。公明の堕落等。
対話した方は支部婦人部長で人柄も良く純真に活動をされている人です。
本部の現状を聞いた彼女はまさに寝耳に水。かなり動揺されました。

先生の置かれている状況、54年に会長を引き摺り下ろされた事を知ると、
泣き出してしまい、「先生があまりにもかわいそう!!」と。

対話を終え、定期的に勉強会を開くことをお伝えし別れました。
彼女が加わり、この地域の正義の同志の連帯が5名になりました。
この国からも波動を起こしてまいります!!

日本のみならず世界中の学会員が彼女のように先生を信じ、組織を信じて
愚直に活動をされている。
その健気な方々を欺き、師匠を裏切る輩。
そしてそれを見過ごす保身臆病の輩を断じて許さない!!

須田論文読みました。まだ完成されていないという事ですが、素晴らしいです!!
須田さんありがとう!!!!

ビマさん元気にされてますか?
最近お見えでないので心配してますよ。







 

新会員の友のためにー創価学会入門ーって必要でしょうか?

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年 9月18日(日)20時16分40秒
  イケディアンの住人さま、小生はチラシは見ておりません。なぜなら、ここ当分の間は本幹以外の会合はサボっているからデス。

参加してもつまらないという思いもありますが、それ以上に、「今まで来てた人」が「来なくなった」らどうなるか?

自分自身で実験しておりマス。「どうしたの?」「何か問題あるの?」誰か来るかな~?と、淡い期待もしておりましたが、

見事なまでに予想通り、誰も来ません、電話もありません。そんなものでしょう(´;ω;`)

この「創価学会入門」ですが、貴兄のおっしゃるチラシと同様に、歯の浮くような言い回しで、サブイボがでます(笑)

「折伏」したなら、した方が、その人についての全責任を負うものだと小生は教えられました。
「折伏」された方が、何をしても、「折伏」したものの責任。
それが、今世で会い難き仏法に縁した、また、させた責任だと教わったのを覚えています。

だから、真剣勝負です。何を聞かれても、答えられるように、勉強もしましたし、題目もあげました。

本1冊渡して、「読んでおいてね~」では、新入会の会員さんをバカにしているというものです。

この本を渡しても、まず100%読まないでしょうね(笑)
たとえもし読んだにしても、上っ面だけの、どうとでもとれるような文面では何の感動もないでしょう(笑)
しかも、463円+税も払って、「絶賛発売中」。何のギャグでしょうか?(笑)
 

須田晴夫氏の論文について

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 9月18日(日)20時15分39秒
  今話題の、須田春夫氏(元副教学部長・「法華経の智慧」対談者)の論文、「宮田論文への疑問――日蓮本仏論についての一考察」について、すでにお読みの方もいるかと思いますが、改めてご紹介いたします。

現在、創価学会の教学は、四人組の独断専行で進められた「教義改悪」によって、劣化の一途を辿っています。

「過去との整合性などどうでもいい」
「自語相違と批判されてもかまわない」
「結論は決まっているんだ。教義なんて、それを後付けすればいいんだ」

との谷川主任副会長の発言を見事に反映して、「不整合」「自語相違」「後付け」のオンパレードとなってしまった学会教学。

この「教義改悪」の理論作りに一役も二役も買っているのが、「創価学会教学アドバイザー」の宮田幸一氏です。

このたびの須田論文は、そんな宮田氏の「エセ理論」の問題点を網羅し、完膚なきまでに破折し尽くしています。

ことに、「将来への準備」として発表された日本宗教学会での「釈迦本仏主義」への傾斜論理は、三代会長の功績と信仰の命脈を破壊する許しがたい暴挙でありますが、これをも見事に破折されており、遠藤氏に続き、「法華経の智慧」対談者としての面目躍如というべきでしょう。

宮田氏の日本宗教学会での「釈迦本仏主義」への傾斜論理はこちらで確認できます。
https://www.youtube.com/watch?v=nInVBJ18F_0

池田先生の思想を護り、日蓮仏法を真剣に実践し学ぼうとする学会員必読の論文です。

<補足>
この論文は、既に一部の会員の間で話題になっており、あるネット上には全文の紹介がされておりましたが、須田氏ご本人の著述かどうかという点の検証作業をしてまいりました。

内容は充分信頼の置ける見事な論述で、疑いの余地はありませんでしたが、この度、改めて複数の証言を得る事ができましたので、こちらでもご紹介すべきだと判断致しました。

また、証言者のお一人から、原文のpdfを頂いております。できればアーカイブで公開されるのが良いと考えております。(アーカイブの中の方がpdf持っていましたらお願いします。お持ちでなければレポート希望のメルアドにご連絡ください)

尚、この機に合わせて、教学部レポート及び遠藤文書もアーカイブ化の検討も行います。
 

虹と創価家族さんへ

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年 9月18日(日)20時03分2秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/56552

改めて返信です。
「ノーカット版のまとめ」についてはアーカイブさんでまとめられてるので、僕の方では現行ログ用に構成した方がいいでしょうか。
そして本格的にまとめられてるアーカイブさんへ繋げる感じに。
【同時中継ノーカット部分語録】http://sgi-shiteifuni.com/?tag=nocuts

あと「54年問題について」ですか。
こないだの「創共協定について」では、創共協定からみた54年問題という感じになりましたけど。
【創共協定について】http://6027.teacup.com/situation/bbs/54658

現行ログを理解しやすくする目的のまとめ、といったものが適切でしょうか。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年 9月18日(日)19時55分40秒
  全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2008-12-2 【各部代表協議会】

■ 一、きょうは寒い中、また遠いところ、本当にご苦労さま!
 いよいよ、本年の総仕上げである。
 今、全国の同志の皆様が、広宣流布の未来を開く活動に、日々、真剣に取り組んでくださっている。
 この場をお借りして、心から感謝申し上げたい(大拍手)。
 私は、一切、事故がないよう、またすべての皆様に大福運がつくようにと、真剣に祈っている。
 どうか、リーダーの皆様もまた、私と同じ心に立ち、同志の真心に深く感謝しながら、絶対無事故で活動を推進できるよう、真剣に祈っていただきたい。

■ 一、日蓮大聖人は仰せである。
 「昔、徳勝童子という幼い者は、土の餅を釈迦仏に供養して、阿育大王と生まれて閻浮提の王となり、最後には仏になったのである」(御書1380ページ、通解)
 妙法のため、広宣流布のために真心を尽くすことが、どれほど尊いことか。どれほど偉大な功徳があるか。
 大変な時に護られる。一家も栄える。人間革命していける。
 生々世々、そして子孫末代まで豊かな福徳に包まれゆくことは間違いない。それこそ、世界一の王者のごとき境涯になれるのである。
 広布のための行動は、結局はすべて、自分自身のためになる。
 その根本は「信心」である。「心」である。
 御聖訓には、「凡夫は志ざしと申す文字を心へ(得)て仏になり候なり」(同1596ページ)と仰せだ。
 法のため、広布のため──この一点に、真摯に、わが心を結び合わせていくことが大切である。そうでなければ、何をやっても空転してしまう。
 ここに、功徳を積む「方程式」があるのである。
 釈尊の時代の"貪女の一灯"のごとく、尊き信心の志は、永遠に輝きわたる大功徳となる。このことを、深く強く確信していただきたい。
 また、大聖人は、こうも述べておられる。
 「たとえ功を積んでも、真実でない人を供養すれば、大悪とはなっても善とはならない」(同1595ページ、通解)
 悪人に供養をしても、功徳がないどころか、大悪となってしまうとの厳しき仰せである。
 この御聖訓に照らせば、大聖人に違背した日顕宗にいくら供養をしても、功徳を積むことはできない。それどころか、大悪となってしまう。仏法の因果は峻厳である。

● 憤激の手紙
一、先日、昭和54年(1979年)に私が第3代会長を辞任した際、全国の同志から、数多くの怒りと悲しみの声が寄せられたことを紹介した。
 "大功労者の池田先生が、なぜ辞めなければならないのか。学会の首脳は何をやっていたのか"──こうした悲憤の声が、手紙や電話で寄せられた。その数は、直後だけでも、およそ8200から8300になる。
 この時に、同志の皆様が寄せてくださったお手紙は、すべて大切に保管してある。
 今、読み返してみても、涙なしでは読めないほどの憤激の手紙である。ありがたい、誠実と真心の光る手紙である。
 〈ある婦人部の友は、名誉会長への手紙に次のように綴っていた。
 ──池田先生、なぜお辞めにならなければいけないのですか。そんなことがあっていいのでしょうか。私は嫌です。私の師匠は、池田先生しかおりません。
 私の家は、元は悲惨を絵に描いたような生活でした。それが今では、願いのすべてが叶い、生まれてきた喜びを味わえる境涯になりました。
 これは、全部、全部、先生がいらっしゃればこそです。
 私たちのような庶民の幸せを、だれが祈ってくれたでしょう。先生以外には、いらっしゃいませんでした。
 先生、どうか再び指揮を執ってください。その日が来ることを、私は祈り続けてまいります──。
 また、ある男子部の友は、手紙に次のように記した。
 ──先生の会長辞任の報に接し、万感陶に迫るものがあります。僕は負けません。しかし、自分の胸中の寂しさは、どうしようもありません。
 もう先生に、お会いできないんでしょうか。これからは、先生の御書講義や、ご指導は受けられないんでしょうか。
 会長である池田先生も、会長でない池田先生も、私たちにとっては池田先生です。
 先生、僕は、先生の弟子です。師子の子です。成長します。力をつけます。この苦衷は、僕の未来へたたきつけます──。

 また、関西の同志からは次のような様子が伝えられた。
 ──池田先生の会長ご勇退を聞いた時、関西は皆、悲しみと悔しさ、落胆と怒りで、目の前が真っ暗になりました。
 ご勇退の直後の大ブロック(現在の地区)の会合では、いつもは明るい大ブロック担当員(現・地区婦人部長)が、「なんで先生が、辞めなあかんのや! 皆のために戦ってこられた先生が、なんで会長を辞めなあかんのや」と号泣しました。
 皆、堰を切ったように泣き始めました。
 普段は和気あいあいだった会合が、一変してしまいました。この悔しさは、絶対に忘れません──〉
 また、識者の方からも、多くの丁重なお手紙を頂戴した。私の世界を舞台にした平和行動、人類を結ぶ対話に対する期待が、社会に大きく高まっている時だった。
 多くの方が、私の辞任を惜しんでくださった。
 あの時、私の会長辞任の報を聞き、すぐに東京に駆けつけてくれた関西の同志もいた。
 また、ある九州の友は、「終生かけて師匠の仇を討ちます」と憤激の決意を手紙に認めて送ってくれた。
 "先生、私たちのために、どうか辞めないでください!""私が先生をお護りします!"──そう叫んでくださった尊き庶民が大勢いた。
 私は、こうした真実の同志の姿を決して忘れない。皆様の幸福と勝利を祈り、ずっとお題目を送ってきた。
 これからも、永遠に祈り続けていくつもりである。

● 報恩の道を
 一、反対に、大幹部の中には、大恩ある学会を裏切り、かえって仇をなす人間が出た。私が苦しむのを見て、陰で喜ぶ人間もいた。
 あまりにも卑劣な、恩知らずの姿であった。
 御書には、「畜生すら、このように恩を知り、恩に報いる。まして人間が恩を知り、恩に報いないでよいはずがあろうか」(293ページ、通解)と仰せである。
 仏法は、恩の大切さを教えている。報恩に生き抜いてこそ、真の仏法者である。
 不知恩の輩を戒めなければ、信心の世界は破壊されてしまうだろう。

● 勇気と智慧で
 一、先生は、こうも述べておられた。
 「この悪辣な時代に、本格的に広宣流布をやろうというのだ。それは、容易なことではない。広宣流布は、よほどの信心と勇気と智慧がなければ、とうてい遂行できない大偉業なのだ」
 その通りだ。
 「それをできるのは、大作しかいない」。先生は、そう言ってくださった。
 私は第3代会長を辞任した。辞任せざるをえなかった。
 しかし、このままでは学会は滅茶苦茶にされてしまう。苦しむ同志の姿は、あまりにも、かわいそうだった。
 私は陰の立場で学会を護った。そして、同志のため、戸田先生のため、師匠への誓いを果たすために、もう一度、学会の指揮を執って、ここまで戦ってきたのだ。
 その間、どれほどの陰湿な嫉妬や攻撃があったか。どれほどの苦闘だったか。苦悩があったか。
 私はあらゆる犠牲を払って、広宣流布のため、学会の同志のために力を尽くしてきた。
 皆が勝って、愉快にこの人生を飾れるように──そう祈りに祈って、戦い抜いてきた。
 先生の偉大さを声に出して語り、叫びに叫び、世界に宣揚してきた。
 これが創価の歴史である。美しい戦いだった。杜絶な闘争だった。
 「先生!」「先生!」と叫んで、不二の魂で広布に戦った分だけ、諸天善神が一切を護ってくれたと、強く確信している。
 これは私自身のことでもあるが、本当のことを言わなければ、何が真実か、わからなくなってしまう。
 未来のために、ありのままの事実を語っておきたいのだ。
 今、一騎当千の弟子がいるかどうか。本物の新たな「池田大作」が出ることを、私は祈り、待っている。

● 「天も弛も知っている」
 一、大難と戦う大聖人をお護りした弟子の一人に、四条金吾がいる。大聖人は金吾を、こう讃えておられる。
 「日蓮を助けようと志す人々が少々いるとはいっても、あるいは志が薄い。あるいは志が厚くても、行動がそれに伴わない。
 さまざまな人がおられるなかに、あなた(四条金吾)は、日蓮を本当に助けようとする一人である。
 志が人よりすぐれておられるうえ、日蓮がわずかの身命を支えることができているのも、また、あなたのおかげである。このことは、天も必ず知っておられるし、地もご存じあろう」(御書1149 ページ、通解)
 このとき、金吾は、信心ゆえに讒言され、領地替えを命じられるなど、苦しい立場にあった。
 今で言えば、不景気で仕事がなかったり、社会的信用を失ったり、リストラにあう苦しみにも通じよう。
 その中にあって、金吾は、大聖人にお仕えし抜いた。
 佐渡流罪中の大聖人のもとにも、荒波を越えて訪ねていった。
 その弟子の導き志を大聖人は心から讃えていかれたのである。
 仏法の師弟は、厳粛である。気取りや見栄は通用しない。
 大事なのは真心である。信念である。誠実である。行動である。

● 厳しき鍛錬
 一、あるとき、遺言のごとく戸田先生は言われた。
 「本物は大作だけだ。大作がいて、私は本当に幸せだ」
 「大勢の人間がいるが、信用できるのは、大作、一人だ」
 先生は、私をいつも側に置いて、万般の学問を、個人教授してくださった。
 師は言った。
 「お前を夜学に行かせられなかったのは、おれの責任だ。おれが一生をかけて、全魂を込めて、学問を打ち込んであげるからな」
 この「戸田大学」での鍛錬があったからこそ、今の私がある。
 これまで私がお受けした世界の大学・学術機関からの数多くの名誉学術称号も、すべては「戸田大学」での薫陶の賜にほかならない。〈現在、名誉学術称号は「246」を数える〉
 また、「11・18」を中心に今、ブラジルをはじめ各国から顕彰や祝賀の声が寄せられている。どれほど、牧口先生、戸田先生が喜んでおられるか。感謝を込めて皆様にご報告申し上げたい(大拍手)。

 一、牧口先生と戸田先生は、すごい師弟であった。
 軍国主義と戦って牧口先生とともに牢獄に入った戸田先生は、「あなたの慈悲の広大無辺は、わたくしを牢獄まで連れていってくださいました」と牧口先生に感謝されたのである。
 この一言に私は感動した。それと同じ心で私もまた戸田先生にお仕えしようと決めた。師に捧げた、わが人生に一つの後悔もない。

● 断じて屈するな
 一、師とともに命に及ぶ大難を戦った弟子・四条金吾。
 大聖人は、金吾に次のように仰せになられた。
 「なにはともあれ、あなたの未来世の幸福境涯は間違いない。
 なによりも、文永8年のあの御勘気の時、相模の国の竜の口で私の頸が切られようとした時にも、あなたは馬のロにとりついて、はだしで供をし、泣き悲しまれた。
 そして、私が頸を切られることが現実となってしまったならば、自分も腹を切ろうとの様子であったことを、いつの世にも思い忘れることができようか」(同1193ページ、通解)
 いかなる弾圧にも、断じて屈しない。
 いかなる迫害にも、断じて揺るがない。
 この大聖人直結の強き信心の実践こそ、学会の根本だ。三代の師弟の魂だ。これがなくなったら学会は衰亡である。
 本当の正義とは、師弟不二である。
 それを明快に言い切っておきたい。

● 「人まかせ」は仏法ではない
 一、皆、元気に勝とう!
 今年も元気で!
 来年も、もっと元気に勝とう!
 私たちは永遠に同志である。
 健康で、祈って祈って祈り抜いて、苦労も多いけれども、一番楽しい人生を、勝ち飾っていこう!
 仏法は勝負だ。勝つことだ。幸福になるのだ。
 ただ人まかせで、状況に流され、運命に甘んじて、自ら人生を切り開いていく気迫も、行動もない。それは仏法とはいえない。
 勝つことを祈るのである。これが勝負の鉄則である。
 皆、お元気で!
 いいお正月を!
 また来年、一緒にやろう。
 皆に喜びを贈る民衆愛の指導者であってほしい。
 皆の心がホッとして、楽になる。気持ちが豊かになる。こういう方向にもっていかないといけない。また会合では、最後まで見送ってあげるのだ。

 一、戸田先生は叫ばれた。
 「学会員は私の大切な命だ!」「広宣流布に走りゆく同志のために、指導者は絶対に労を惜しむな!」
 これが学会の創立の心である。これを大事にすれば発展する。
 同志のために労苦をいとわない。その真面目なリーダーが最後は勝つ。その人の名は永遠に歴史に刻まれる。
 私と一緒に戦おう!
 私は、皆を公平に見ている。一生懸命やった人を讃えてあげたいのだ。
 毎朝毎晩、私は妻とともに、会員の皆さんの幸福、無事故、福運、勝利を真剣に祈っている。祈って、祈って、半世紀である。
 これが本当の創価学会の指導者である。
 ともどもに最高の人生の総仕上げをしよう。お元気で。長時間ありがとう!(大拍手)


 

対話こそ、すべてを開く勇気の鋭意!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 9月18日(日)19時27分53秒
  生涯広布・一筋さまの投稿は、何も脱線していません。話し掛け、語り掛け出来ない内弁慶な創価村貴族社会に問題があるのです。

本日、昼間に座談会が有りましたが、創価学会任用試験『仏法入門』のチラシ、皆さん、ご覧になりましたか?ー仏法を学んでみませんか?仏ってなに?祈るってどういうこと?明るく前向きな人生を送るには?ー受験者の声   (-_-)

どこの宗教団体の勧誘チラシかと思ったら、創価村貴族社会が作成した情けないチラシでした。私は、折伏出来ない、仏法対話もしたことの無いホッケ団体のお寺セミナーのかと見間違いました。
受動的・受け身・猫が鼠を捕るが如くの嫌らしい文面。明らかに対話出来ない内弁慶が、見ず知らずの者を優しくたぼらかすような文面(-_-)

皆さん方は、今般の仏法入門 創価学会任用試験チラシを見てどう思われますか?
 

グリグリさん最高ですね。

 投稿者:いつまでもロム専  投稿日:2016年 9月18日(日)18時18分25秒
  ① 情報発信の場
② 現学会組織の現状を伝える場
③ 信心論を共に語る場
④ 池田思想教学を構築する場

だとグリグリは捉えています。

そうすることによって「54年問題」の本質はおのずと明確になってくると考えます。

 

思い出しました

 投稿者:さあ!変わろう!! 栃木より  投稿日:2016年 9月18日(日)18時07分12秒
編集済
   もう20年以上前になりますが、自分が人材G時代の大きな会合で、

開会直前に「A谷、悪いのはお前だ!」と突然立ち上がって叫んだメンバー

がいました。当然整理役員に連れ出されてしまいました。

その時は 「変わった人だなあ」くらいにしか思えませんでしたが、

「彼は正しかった」あの時もっと深く考える自分がいたなら、、、

これより戦う勇気を祈りい出して参ります。

 

わが友に贈る 2016年9月18日

 投稿者:どうしょうてん  投稿日:2016年 9月18日(日)16時51分34秒
  悩みを成長の糧に!
労苦を励ましの力に!
全てを意味あるものへと
転ずるのが信心だ。
断じて凱歌の人生を!
 

須田論文

 投稿者:正義の走者  投稿日:2016年 9月18日(日)14時38分20秒
  須田さんの論文素晴らしいと思います。

将来への新教学のあり方まで望もうとする方がいるようですが、現時点の、思いつきでなされたような乱脈教学の上に新しいものを作ろうとするのは危険きわまりありません。一度、本来の筋の通った歴史観に基づく正しく実践された教義に戻す事が先決です。

その意味でも、須田さんの論文は的を得た意味のある重要な論文だと思います。

教義、教学、法門について、掲示板上でそれぞれの教学観を披瀝されていますが、それ自体は良い事だとも思いますが、書く側も読む側も、あくまでも一個人の一つの意見という認識を外さないように注意しましょう。

教団である以上、宗旨や宗義は、教団がその責任の上で決定発信すべきものです。

今回の問題は、一部の浅識な最高幹部達が、池田先生をも無視して、また心ある真面目な教学関係者の意見も無視して強行された事です。従って出されたものは当然整合性のない杜撰ななものだったわけですが、問題の根底は表面上の「会則教義改定」以前にある事を忘れないようにしましょう。

我々は、この表面上に現れた教学上の誤りをしっかりと指摘破折しながらも、その表面上のの問題に翻弄されることなく、事の本質を厳然と見抜いて、戦いの焦点を外さないようにしましょう。

正しい信仰と、先生の指導通りの実践をしようとする真面目で思いやりのある人々によって運営されれば、
創価学会の教学や化儀は、自ずとより深く正しいものになって行くと信じます。

それがなされる前に、てんでの教学解釈をこの板で先行させる事は反対です。

須田論文には、わずかな誤認もあるようですが、それよりも、本来あった創価教学を取り戻そうとする誠意に溢れていて、その論旨は明確で素晴らしいものだと思います。
 

須田論文に慌てる秋谷、原田w

 投稿者:真実  投稿日:2016年 9月18日(日)14時09分52秒
  秋谷、原田サイドが慌てているみたいよw

やばいもの書かれたなぁって。笑
 

流れから話が飛んで、申し訳ありません・・チョットだけです。

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年 9月18日(日)13時57分35秒
  原田会長殿・創価執行部や公明党連中が

プーチン大統領ほどにスマートであったなら・・と思う、生涯広布です。

記事貼り付け開始・・・

欧米の愚かさ加減に対する驚きを上品に表現したプーチン大統領

ブルームバーグ・ビジネスウイークのJohn Micklethwaitとのインタビューで、
プーチンは ’勢力圏を地理的に拡張するというロシアの願望について質問された。

プーチンは下記のように答えた。

“本当に政治に携わっているまともな人々全員、例えばバルト三国に対するロシアの
脅威という考えかたは、全くの狂気であることを理解していると思います。

我々が本当に、NATOと戦おうとしているでしょうか? NATOには、
一体何人の人が暮らしているでしょう? 約6億人ですね?

ロシアの人口は1億4600万人です。確かに我々は最大の核大国です。

しかし、あなたがたは、本当に我々が核兵器を用いて、バルト三国を征服しようとしているとお考えですか?

この狂気は一体なんでしょう? これが第一点ですが、決して、一番重要な点ではありません。

“重要な点は全く別のことです。我々は豊富な政治経験がありますが、そこから、
人々の意志に反することはできないと、深く確信しています。

人々の意志に反することは、何もできないのです。

中略

“別の場所、コソボでは、欧米は人々の意志を持ち出しましたが、
クリミアではそうではありません。これは全て政治的ゲームなのです。

ですから、安心して頂くために、ロシアは、協力に向けた全く平和的な外交政策を
行ってきたし、行ってゆくつもりだと申しあげられるます。

“我々の勢力圏の拡張についてですが、モスクワからウラジオストックに
飛ぶのに九時間かかりました。これはモスクワからニューヨークに、
東ヨーロッパ、西ヨーロッパや大西洋を越えてゆくのとほぼ同じです。

我々が何か拡張する必要があると思われますか?”
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/post-97d8.html



北朝鮮を追い込み、核開発を急がせる。米・韓・日・・

三國の大反撃にあい完全な滅亡を選ぶため、核の先制攻撃すると思いですか?

正常な人が考えれば、ありえない話です。

今、この時、原田会長に是非、勇気を持って北朝鮮へ対話に行って欲しいですね。

お連れはどなたであっても・・間違っても批判しません・約束します。

ただ、対話が成功すれば、狂ったように体制側から攻撃があるかもしれません・・

でも、それが誠の弟子の勲章となります。そして、晴れて・・思いも遂げることができるかも・・

しかし、それは、それで、茨の道であろうかと・・



生涯広布 ペンギン
 

流れ者ってやつは、やっぱりバカだ!

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年 9月18日(日)13時49分52秒
  以前にも投稿したことがある、「流れ者ってバカだね~」というタイトルでである。
今、須田氏の考察が脚光を浴び始めると、とたんにバカが反応する。
おそらく、読んでもいないのに、宮田氏を擁護しようとするのが見え見えである。

須田氏の論考は、小生も読んだ。素晴らしいものと考える。

日蓮本仏論がカルトとされ、危険を招く意見は見当はずれであるとした上で、
日蓮真筆遺文において日蓮自身が本仏であるという認識にたっていたことを明かし、
日蓮が末法の教主(本仏)である所以を明かし、
地涌の菩薩の観点より、上行の本地が仏であることを明かしている。

さらに、日興上人における日蓮本仏論を明かし、
日興ならびに日興の高弟の日順の論を明かしている。
また、南条時光の子息である、富士妙蓮寺の日眼の考えを明かしている。

最後に、宮田氏自身の判断は正しいか否かという観点から、宮田氏を論じ、破折している。


流れ者というバカが、何を思い投稿しているのかは知らないが、須田氏の論考を一度でも読んだことがあるのかと問いたい。
「日本以外はみーんな日蓮本仏論を採用してないんだから」などというのであれば、具体的文証をあげた上で反論していただきたい。


流れ者というお方が、どんなおバカな方か小生は知らないが、SGI各国のメンバーも日本のメンバーと同じ御本尊を拝しているのは御承知だろう。

同じ御本尊を拝して、同じ功徳を受けている。これこそが、日蓮本仏という同じ立場にいるのがわかるというものだ。
「信心の血脈なくんば、法華経を持つとも無益なり」(P1338)だからである。

それとも、流れ者というバカは、日蓮本仏の立場に立つ日本のメンバーは功徳を受けている。
日蓮本仏論でない海外のメンバーも功徳を受けている、とでもいうのであろうか?

では、日蓮本仏論であろうが、そうでなかろうが、同じ本尊を拝せば功徳はあるという理屈になる。

明らかな御書違背である。

こんなこともわからないから、小生がキミをバカであると断じるのだ。(笑)


 

究極の精神的実在!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 9月18日(日)13時34分28秒
   SaySaySayさん、生涯広布&広布一筋さん

 いつも刺激になる投稿をありがとうございます。
 >60年代、米国の科学者クリーヴ・バクスター(Cleve Backster)氏は、嘘発見器(ポリグラフ) を使った実験。
 「植物にも感情がある」
 「万物に霊あり」
 リュウゼツラン※(竜舌蘭)『原始の感応』<

 「帰納的に」ということですので、それは「法」ではないのかと思うのですが、いかがでしょうか。
 「霊」の存在は池田先生も否定されておられます。素粒子から、動・植物、人間、社会、国家、地球……、究極は宇宙にまである、まったく同質の「法」です。
 トインビー博士との対談でも、「究極の精神的実在」を直訳に近い「究極の霊的存在」とするかどうかで迷い、結局、日本には「霊」という言葉には特定の方向を指し示す意味があって、もう少し意味の広い「精神的実在」にされた、とのお話を伺っています。

 どういう「法」かというと、「妙法蓮華経」という「法」です。これじゃ、演繹的になっちゃいますか(笑い)。
 まぁ、どんどん話すことですよね。真面目に話せば、ごくごくあたりまえの言葉から、ひょんな本質をえぐる言葉が、誰かからか出てくるものです。

 生死一大事血脈抄に有名な次の一節があります。
 「釈迦多宝の二仏宝塔の中にして上行菩薩に譲り給いて此の妙法蓮華経の五字過去遠遠劫より已来寸時も離れざる血脈なり、妙は死法は生なり此の生死の二法が十界の当体なり又此れを当体蓮華とも云うなり」(生死一大事血脈抄P1336)。
 「妙は死法は生なり」と仰せです。

 「妙法蓮華経」の「妙法」は、一面から見るなら「生死」の法です。「妙」は「死」、「法」は「生」です。これを、宇宙次元で捉えれば、「妙」(=死)は単に死に絶えるという狭隘な意味ではなく、宇宙との「(再)結合」と読み解くことができます。一方の「法」(=生)は宇宙からの「分離」(=分身)、つまり「生じる」あるいは「開く」ことと捉えられます。

 この「生死の二法」、「開と合の二法」が宇宙のいたるところにあって、いえ、宇宙そのものがその「生死の二法」であって、あらゆる「生命」に働きかけている、また支えてもいる、ということなのではないでしょうか。

 私も、現時点では、“須田派”の知恵の範囲かも知れません。グリグリさんには、何か、秘蔵の「智慧」があって、私たちがどんどん話すことによって、それを開示してくれるかもしれません。


 

でも、ちょっとづつ変えてきてる感・・

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年 9月18日(日)12時42分6秒
  少しづつ、少しづつ、変えてきてる様には感じられますかね・・

でも、それは、日本の執行部の意志でアリ・・日本の教学指導にすぎない。

しかし、今のところ徹底して教学解釈変更説明はされておらず、今後、新しい創価教学が正しく完成すれば

各国はそれに従うのみで有るので説明をすれば、いいだけの話ですヨ・・

日本教学部 → 各国教学部担当者 → 各国メンバーとなるので、
ただしき創価教学(師弟不二の教学)が、確立されることが一番の愁眉であり、喫緊・・

本部中枢は色・お金・権力闘争に明け暮れている時ではありません。


広布一筋トラ
 

生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)さんへ

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 9月18日(日)12時34分2秒
編集済
  >ぐりぐり様の所感に全面的に賛成します。
>教学に挑戦?している・・生涯広布&広布一筋でした


ご理解していただきありがとうございます。

ある日、尊敬する先輩に指導されたことがあります。

文字(文書)に

もて遊ばれてはいけない。
溺れてもいけない。
使われてもいけない。

文字(文書)は

肯定読み
疑念読み
奪い取り読み

の3つの視点で見なければ、その心は見えてこない――と。


グリグリは「奪い取り読み」とは、「身読」と捉えています。笑

教学研鑽、がんばってください !
 

各国SGIの教学???

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年 9月18日(日)12時30分28秒
  SGI のサイトは日本で作っているものであって、各国はそれをコピーしているだけであり。独自の教学も論考もない。
すべて、日本の意志・・であり、従っているだけ。

以下はSGIのホームページ・・
Ordinary being, his true and Original identify was a Buddha これは、大聖人は本仏という意味である。
各国も今の所、単なる一仏という意味で学習していませんよ。 あくまで御本仏です・・今の所はネ・・

Nichiren’s triumph over this persecution at Tatsunokuchi was extremely significant for him. It confirmed that,
while he remained an ordinary being, his true and original identity was that of a Buddha with the mission of spreading
the teaching of Nam-myoho-renge-kyo,

http://www.sgi.org/about-us/buddhist-lineage/nichiren.html

宮田氏が言う、各国のサイトでは既に日蓮本仏とはしてないというが?
どこを指して言ってるのか不明・・

各自・ご興味があれば、各国SGIホームページをご覧あれ・・一様に同じ・説明で有る琴を確認されたし。


広布一筋トラ
 

これから大変ですね

 投稿者:流れ者  投稿日:2016年 9月18日(日)12時04分13秒
  須田さん、じゃあやっぱり
宮田幸一先生と戦うわけね
でもさ
宮田幸一先生って創価学会教学部の
アドバイザーでしょ
これからいろいろ議論して
着地点見つけるのか
それとも破折しちゃうのか


宗教社会学会の席上
宮田先生が日蓮本仏論の見直しを発表した際
原田会長も同席していたんだよね
じゃあ原田会長さんはこの件に関して
どう思うのか
やっぱり着地点見つけて
SGIの公式ホームページの
今後直しとか
SGIでの間違った本仏論への指導とか
考えていくのかな。


SGIは随処毘尼だからっていう
説明もできるけど
でも日本以外みーんな
日蓮本仏論をすでに採用してないんだから
どちらかに統一しないと
まずいんじゃないかなぁ



あとこの件に関して
須田さんは中野毅先生とも
よく話した方がいいよね
中野毅先生、宮田幸一先生
あと原田会長が納得して
会員の動揺のない形を発表できるかなって
とこでしょうね


それとも誰かを悪者にして吊るし上げるのかな
それはやってほしくないなぁ
宮田幸一さんって
学術的に創価学会を守ってきた一人だからね
中野毅先生と同じでさ
 

全面的に賛成です・・

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年 9月18日(日)11時49分46秒
  ぐりぐり様の所感に全面的に賛成します。

さすがです。我々は、もっと先生の思想の奥深い部分を見ていかなければならないのでしょう・・

そこを間違ってしまうと・・何処か目的地がない・・大海に漂う航海になってしまうような気がします。

ぐりぐり様、タイミングのいい所感に感謝。

また、我々の教学力を高め、リードしてくださる螺髪さま・一人のSGIさま・Saysaysayさま・
赤胴鈴之助さま・正義の走者さま・ヨッシーさま・ジョーカー様・他の方々にも、感謝してます・・
私の様なものにもわかる講義、ますます、宜しくお願い申し上げます。


教学に挑戦?している・・生涯広布&広布一筋でした・・



 

(無題)

 投稿者:魂の炎  投稿日:2016年 9月18日(日)11時43分31秒
  生涯広布&広布一筋 様
ありがとうございます。
生涯広布&広布一筋さんのワールドワイドなお話し、いつも興味深く拝見しております。
貴重な情報をいつもありがとうございます!
これからもよろしくお願いします!

Say Say Say 様
植物にも感情があるのですね。況んやテレパシーや以心伝心のようなことも!
そう考えると、この世界が一段と楽しく感じられますね。
まさしく、戸田先生が言われましたように、科学が発展する程、仏法が証明される!ということですね。

 

所感 !

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 9月18日(日)11時19分16秒
  近頃、須田論文(宮田論文への疑問――日蓮本仏論についての一考察)が
ネット上に流出したことによって、いろんな議論が巻き起ころうとしています。

学術的研究の視点から創価学会の今後の教義を論じた「宮田論文」に対して、
元教学副部長(教学部)の立場から宮田論文に異議を問うた須田論文は、

そのネームバリューも兼ね備えているので非常にインパクトもあり新鮮でもあります。

また、須田論文が公開されたことによって、
未来の学会教学の議論が活発になることは非常に喜ばしいことでもあるし、
有りがたいことだと思います。

須田論文については、いずれ【論考シリーズ】で取り上げたいと考えています。

ただ宿坊板の皆様に考えていただきたいのは「日蓮本仏」という言葉の定義についてです。

この言葉(日蓮本仏)の定義が、今の学会教学部および教義形成に影響力のある日蓮研究学者が

池田先生の思想に追い付いていないと思えるのです。

つまり、両者ともまだまだ宗門教学の域から抜け出ていないということです。
池田先生の思想は、すでにその域を超えてもっと先を行っていると思う。

グリグリが使う「日蓮本仏」は、ただ単に「釈迦仏や諸仏をも超える宇宙根源の御本仏」
という神聖化され、きらびやかに荘厳されたものではありません。

「釈迦仏の力を持ってしても救えない末法の衆生に、初めて成仏の道を開いた根本の仏」ということです。

その意味において、須田論文は宮田論文の破折には有効ですが、

学会教学の再構築を考えた場合、物足りなさを感じます。

もちろん今の須田氏の立場では、分かっていても「言えること」と「言えないこと」はあると思います。

だからこそ、池田先生を人生の師匠と定め、
日蓮大聖人の語る仏法(日蓮仏法)に肉薄していこうとする純粋な一信仰者が声を上げ、

自覚をもって、今後の学会教学を皆の合議の上で構築していく責任があると思うのです。

無防備に両者に学会教学の再構築をゆだねることは危険であり、
二十一世紀(2001年)以降から、私たち弟子に語られた池田先生の思想にも反すると思う。

帰納的ではあるけれども、もっと自由に大聖人が語る仏法とは何なのかを
皆で語り合い、その議論を積み重ねていくことが必要だと感じます。

さらに言えば、経典の王者と称えられる〝法華経〟作成者が「無名」であるように、
宿坊板に集う名も無き私たちが「池田先生が語られる日蓮仏法」とは一体何なのかを語り合い、

後世に残していく作業が必要なのではないでしょうか。

その意味において、宿坊板の位置づけは

① 情報発信の場
② 現学会組織の現状を伝える場
③ 信心論を共に語る場
④ 池田思想教学を構築する場

だとグリグリは捉えています。

そうすることによって「54年問題」の本質はおのずと明確になってくると考えます。
 

植物にも感情がある

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2016年 9月18日(日)09時35分48秒
  生涯広布さんから面白い資料をいただき、許可を得ていたので、アップします。なかなかアップせず、シビレを切らしたのか、一部をご本人で投稿されていましたが、その全文です。「草木成仏」「一念三千」を科学的に証明しようとしているようなレポートです。長文を一気に載せます。ご容赦ください。興味がない方は飛ばして下さい。

【新紀元】 植物にも感情がある (一) https://c1.static?ickr.com/9/8417/15488181308_920b959f01_c.jpg
2010/11/05 07:48  【大紀元日本11月5日】人類は、自分たちが「万物の霊長」であり、感情と思考があり、喜怒 哀楽を表現し、クリエイティブに新しいものを発明することができると認識してきた。一方、植 物は感覚器官もなく智恵もない、低級な生き物のように見なされてきたが、本当にそうなのだろ うか?
 60年代、米国の科学者クリーヴ・バクスター(Cleve Backster)氏は、嘘発見器(ポリグラフ) を使った実験で、偶然にもリュウゼツラン(竜舌蘭)が人間のように感知し、感情があることを 発見した。更に、植物は人間が考えていることさえ感じる取ることが分かった。バクスター氏は その後、タマゴやヨーグルト、細菌、人体の細胞などに対しても様々な実験を行い、同様の現象 が現れたことを記録した。
 生命に対する認識を覆す「生物感応現象」
ポリグラフで植物にも感情があることを発見した、 科学者のクリーヴ・バクスター(Cleve Backster)氏  1966年、バクスター氏が同発見を「生物感応現象(バクスター効果)」と名付けて発表したが、 科学界から注目されることはなかった。UFOの目撃者は多いのに、その存在が科学界に受け入 れられないのと同じである。「植物の感情をコントロールする生命は、どうやってその植物に入 り込み、輪廻するのか?」 「その生命を作ったものは誰なのか?」などの質問に、科学者らは 答えられない。バクスター氏の発見は、科学界に大きな挑戦状をたたきつけたのかもしれない。 現代の科学では、この発見を証明できないからだ。
 一方、中国では古代から、「万物に霊あり」(すべての生物には魂がある)と考えられていた。 バクスター氏の発見は、中国伝統文化に根付いた万物に対する見方と一致している。
 過去40数年にわたって「生物感応現象」の研究を続けてきたバクスター氏は今、86歳。あ る人は彼を「神の使者」と呼ぶ。いつの日か彼の研究により、人々の持つ観念と生命に対する認 識が変わることを信じているという。
 バクスター氏は新唐人テレビの「世事関心」という番組で、自らの過去について語っている。
  嘘発見器の研究で得た意外な発見
 バクスター氏は米ニュージャーシー州のラファイエット(Lafayette)という町に生まれた。第 二次世界大戦中、戦争の影響で大学を中退し、海軍の士官を務めた。彼は兵士として服役する前 から、超自然現象について興味を持ち、当時としてはまだ珍しい催眠術の研究を重ねた。
 ある日、バクスター氏は極秘の書類を入手するため、司令官の秘書に催眠術をかけ、無事に成 功した。秘書は目が覚めた後も、自分が催眠術をかけられていたことに全く気づかなかった。翌 日、バクスター氏は秘書から得た書類を司令官に手渡してから「警察を呼んで私を逮捕するか、 私の話を真剣に聞くかは司令官次第です」と述べ、催眠術をかけた全過程を司令官に話した。司 令官は話を注意深く聞いた後、彼を信じた。その頃、設立されたばかりの中央情報局(FBI) がこの件を聞きつけ、彼を嘘発見器を使った調査の仕事に就かせた。
 嘘発見器は、主に情報関連の業務などに用いられる特殊な機械である。被験者は両手の指に電 極を貼り、肌の中の電気抵抗の変化によって、グラフが描かれ情緒の変化を測定できる。バクス ター氏の仕事は嘘発見器を使って応募者をテストし、適切な者を採用し、彼らに仕事を割り当て ることだった。
 バクスター氏は嘘発見器に興味を持ったが、FBIの仕事にはあまり乗り気ではなかった。彼 は、嘘発見器を使って人間の思考力に関わる分野での研究を進めるため、FBIの仕事をやめて 自らの研究に専念することにした。
【大紀元日本11月6日】1966年2月2日、バクスター氏はニューヨークにある実験室で、彼 の一生の中で最も重要な発見をした。
 バクスター氏は当時を振り返り、次のように語る。「この実験室に、リュウゼツラン※(竜舌 蘭)という茎と葉の長い熱帯植物がありました。リュウゼツランの根元に水を注いだ時、その水 分が茎を通って葉の先に到達するまでにかかる時間に興味があったのです」
 「嘘発見器(ポリグラフ)を使ってリュウゼツランの葉に電極を繋ぎ、根元に水を注ぐと電子 ペンが描き出したグラフに変化をもたらす・・・つまり、水分が葉の先に到達すると、葉の電気 抵抗が低下するため、電気の伝導性能が高まっていくだろうと思っていました。しかし、グラフ は絶えず低下し、機器の針を上に移動しても変わらず下がっていきました。そして、このグラフの 曲線に目を見張りました。それは、人間が測定された時、大脳が一瞬、感情的な興奮を感じたと きに表す曲線ときわめて似ていたからです」
実際に実験に使われたリュウゼツラン  一般的に、人は嘘発見器にかけられ、身の安全が脅される時、情緒の起伏が生じ、恐怖心から 皮膚の電気反応のグラフ曲線に変化をもたらすことが分かっている。
 植物の感知能力は人類をはるかに上回る
 「私は植物と会話ができないため、どのようにリュウゼツランに恐怖を生じさせるか、想像で きませんでした。そこで試しにリュウゼツランの葉をぎゅっと引っ張り、熱いコーヒーの中に入れ てみました。その反応は、ノコギリの歯のようなギザギザの図のグラフを示し、あまり大きな起 伏はなく、失敗に終わりました。
 そして13分55秒が経過した時、突然、『葉を焼く!』という一念が頭に浮かんだのです。その 途端、電極に繋がれた一枚の葉が反応し、機器の針は一挙に最上端を指しました。手元にマッチ がなかったので、マッチを取りに秘書の机に向かって行くところでした。そのとき、私はリュウ ゼツランと約5メートルほど離れた所に立ち、機器とは約1.5メートルの距離でした。しかし、 曲線は激しく起伏し、まるで葉が本当に焼かれていると感じているようでした」。
 そのとき、バクスター氏は、「神様!リュウゼツランは私の考えを知っているのです!」 と 心の中で叫んだという。
バクスター氏は、「リュウゼツランの次の行動を知りたくて、植物の警戒心を解くために、マッ チを元の位置に戻しました。その後、曲線は徐々に緩和していき、実験前の状態に戻りました。 私は、その時の実験は大成功で、内容も深いと感じました」と微笑んだ。
 バクスター氏は、「生物のこのような本能は、いかなる後天に形成された能力より、はるか前 から備わっていると思い、自分の著書を『原始の感応』と名付けました。一部の人は、人間もか つてこのような本能を持っていたと考えています。しかし今は逆に、私たちは、そういう本能が表 した現象を通じて、これを研究しています。この能力を否定する人もいれば、一生を費やして研究 する人もいます。実は、植物は一種の他心通の能力を持ち合わせていて、人類と交流することが できるのです」と語った。
葉っぱを焼くことを思いついた瞬間、リュウゼツランが反応した記録 (続く)
【新紀元】 植物にも感情がある (三)
http://www.epochtimes.jp/jp/2010/11/img/m90484.jpg
2010/11/07 07:00
 【大紀元日本11月7日】クリーヴ・バクスター(Cleve Backster)氏と彼の同僚はさらに、植物 の種類や嘘発見器の種類を変え、全国各地にある研究機関をまわり、同様の実験を行った。実験 の対象はレタスやタマネギ、ミカン、バナナなど25種類以上の植物で、その結果は類似していた。
 植物が持つ驚くほどのテレパシー能力
実験を行ったリュウゼツラン。2002年になると、 天井よりも高くなった
 バクスター氏はある植物の前で、生きたエビを沸騰している湯の中に入れると、どんな反応を するかという実験を行った。すると、植物は即座に極度の反応を示した。実験は何回も繰り返さ れたが、毎回同様の反応だった。
 バクスター氏らはその後、より精度の高い機器を使い、用意した3つ の部屋それぞれに植物を1本ずつ置き、それらに電極を繋いでドアを 閉め、隔離して実験を行った。全ての記録によると、エビを沸騰した湯 に入れてから6~7秒後、植物たちの活動グラフは急激に上昇していた ことが分かった。バクスター氏は、植物たちがエビの死を感知し、激 しいグラフ反応を示したと指摘した。同氏が感じたのは、これは決して 偶然の現象ではないということ、そして植物たちは互いに交流でき、植 物とその他の生物間でも互いの意思の疎通が可能だということだった。
 これについてバクスター氏は、米エール大学で別の実験を行った。彼 は皆の前で一匹のクモと植物を同じ部屋に置くという実験を行った。 すると、クモを徘徊させる前から、植物が反応していることを測定器は 記録した。明らかに、植物にはクモの行動意識を感知するテレパシー 能力があることを示していた。
 また、バクスター氏は植物の記憶能力を研究するために、2本の植物を同じ部屋に置き、一人 の学生に1本の植物の前で、もう1本の植物を踏みつぶさせた。それからこの学生=「殺害者」 をほかの数名の学生と一緒にし、みな同じ服装を着せ、マスクを付けさせてから、その生きてい る植物に向かって歩かせた。最初の数人までは何の反応もなかった。最後にその「殺害者」が植 物に近づいたとき、嘘発見器の針は大きく振れだし、恐怖をあらわにした。
 似たような植物を対象にした実験は、ほかにも数多くある。たとえば、嘘発見器を一本のサボ テンに繋ぎ、ある人がそのサボテンを根こそぎ引っこ抜き、地面に捨てさせた。それから、その サボテンを鉢に植え、再びその人をサボテンに近づかせたところ、嘘発見器の針はすぐに振れだ し、サボテンがこの人をとても怖がっていることを示した。
  無精卵にも感知能力がある
電流を繋げられた卵
ある日、バクスター氏は餌を用意するためにタマゴを割っ たとき、嘘発見器の針が直ちに振れだしていることに気 づいた。探究心に満ち溢れたバクスター氏は1966年 5月24日、ニューヨークの実験室で、まだ孵化してな いタマゴの観測を行い、タマゴにも感知能力があること を発見した。
嘘発見器に繋げられたタマゴは、ギザギザのグラフを描 き出した。バクスター氏によると、この形のグラフは、 通常、タマゴが孵化した2~3日後、胚胎の心臓の動き を表すものであるという。しかし、実験用タマゴは無精 卵であるにもかかわらず、有精卵と同じ曲線が描かれていた。
バクスター氏は、植物に感情があることを測定し、またいくつかの偶然な発見をし、驚きの実験 結果を得た。 大紀元日本11月8日】偶然にリュウゼツランの実験から、植物にも感情があることを発見したバ クスター氏は、その後一連の実験を引き続き行った。バクスター氏は一つの規律を見つけた。す なわち、質の高い実験結果は綿密な設定によるものではなく、思いつきで行った実験から得られ る。すべてが自然に発生したとも言える。タマゴの実験の後に、 次の実験を行った。
 「ある日、ヨーグルトを食べているときに、スプーンでカップ の底についているいちごジャムをスプーンですくい、ヨーグルト の上にのせてみたら、リュウゼツランにつなげていた音波測定 器が反応した音が聞こえました。」とバクスター氏が話した。
 これについて、バクスター氏はヨーグルトを攪拌したことで細 菌が刺激を受け反応したことをリュウゼツランが感知したのだろうと解釈した。つまり、リュウ ゼツランは直接ヨーグルトに接触していなくても感知できるのだという。
いちごジャムをのせられたヨーグルトのパック。 その瞬間、リュウゼツランが激しく反応した。   バクスター氏はその後の実験で、細菌と細菌との間の多くの感知結果を得た。
その中の一つの例だが、バクスター氏は鮮度の落ちた鶏肉を使って実験を行った。冷蔵庫から取 り出してしばらく経過した鶏肉を割いたとき、4つの部屋を隔てた先の場所に置いてあるヨーグ ルトの乳酸菌などが反応し、曲線を描き出した。鶏肉の鮮度が落ち、腐敗菌が生じ始めたころに
あたる。バクスター氏は次に、鶏肉を高温電気照明の下にしばらく置き腐敗させた。案の定、腐 敗菌が増殖し始めたときにヨーグルトの菌が再び反応したという。実験は繰り返され、その都度 ヨーグルトに含まれる特定の細菌が反応を示した。バクスター氏はこれを「有益菌が腐敗菌を感 知する実験」と名付けた。
細胞の本能的感知能力
 バクスター氏は、最後に鶏肉を飼っている猫に与えた。猫が鶏肉を食べてから約10秒前後で、 ヨーグルトの中の細菌の反応が止まった。これはおそらく腐敗菌が猫の胃の中で分解され消化さ れたからだとバクスター氏は解釈する。この実験では、接触していない細菌が別の細菌を感知す ることができることが示された。これに啓発されたバクスター氏は次に、人間から切り離された 細胞とその本体(持ち主)との連係の有無について、強く興味を持った。
バクスター氏は、別の実験でその連係を裏付けた。石油化学関連の仕事に従事するビジネスマン の血液を遠心分離器にかけ、分離された白血球を嘘発見器につなげ、白血球の持ち主の感情変化 に対して、白血球がどう変化するかを観測した。実験当時、ビジネスマンは新聞で国会公聴会の 報道を読んでおり、化学工業界への厳しい行政管理を実施することについて、怒りの感情を表出 した。すると同じときに白血球も同じ感情を表し、嘘発見器がその変化を描き出した。 バクスター 氏はその後、自身から取った白血球に対しても様々な実験を行った。
 バクスター氏はさらに、友人のスティーブン氏からも細胞を採取し、次の実験を行った。彼は 採集した細胞を電極とつなげた。ビデオカメラをスティーブン氏の後ろに設置し、雑誌「プレイ ボーイ」を見せた。スティーブン氏は、最初は雑誌の中にある遺伝子学の文章を読んだが、嘘発 見器からはなんの変化もみられなかった。しかし、彼が雑誌の中にある裸の女性の写真を見たと き、彼の白血球は激しく反応した。
 スティーブン氏は後のインタビューで、「私はまだ大学生でした。プレイボーイ誌で裸の女性の 写真を見たときに白血球の反応が最も顕著で約2分と30秒にわたり長く続きました。その後、実 験をやめて雑誌を閉じて横に置いて、目を閉じ休憩に入りました。しばらく経って、自分も落ち 着いたと感じたから、再び雑誌に手を伸ばそうとしたその瞬間、嘘発見器がまたも大きな曲線を 描き始めました。そのとき、私たちは本当に笑いが止まらなかったのです」と当時を語った。
 たくさんの実験結果から、主体(細胞の持ち主)の情緒の変化は、主体から採取した細胞は意識的 に感知することができると分かった。「この研究は極めて重要なものです。私は人々に対して一 対一で話していくのではなく、一対百万の形で、さらに多くの人々に生物が本能的に感知する能 力が備わっていることを理解してもらいたいのです」とバクスター氏は語っている。
生命は奥深いところに本当に内なる連係が存在するのだろうか?バクスター氏の実験から16年 が経った1982年、フランスの物理学者アラン・アスペクト氏と彼が率いる研究チームは、ミ クロ粒子の間に「量子もつれ(Quantum entanglement)」が存在することを発表した。量子力学 の中では、源が同じである2つのミクロ粒子の間には何らかのもつれ関係が存在しており、2つ
の粒子はどんなに遠く離されていても、どちらかの粒子を動かせば、もう1つの粒子が即時に感 じるという。
 量子もつれはすでに世界で行われた多くの実験で実証されており、多くの科学者は量子もつれ を、ここ数十年間で最も重要な発見に数えている。その意義は明確ではないが、 哲学界、科学界、 宗教界にかなりの影響をおよぼしており、西洋科学の主流思想に対しても大きな衝撃となった。 これらの実験結果から、さらに中華民族の伝統思想である「天と人の合一(天と人が一つになる)」、 「万物に霊が宿る(生物・無機物を問わず、あらゆる物の中に生命がある)」、「万物に仏性あり」 の広域な奥深さも再認識させられた。
 バクスター氏は、援助や予算もない悪条件下で一台のコンピュータといくつかの手紙、自分の 社会福祉関係の補助金で研究室を維持した。そして、自然界への畏敬の念を頼りに生命への探求 を研究し続け、人類に新しい発見の世界を見せたいと望んでいるという。バクスター氏のパートナー でもあるスティーブン氏は、「全く金儲けにならないのに、彼ほど自分の信念を守り歩み続ける 人は本当に稀です。 彼は、金を目的とせず、 世の人々に自分の研究を知ってもらうことを目標と して掲げているのです」と高く評価している。
 翌2014年には、バクスター氏は90歳になる。「私にとって9という数字はとても重要で す。90歳になったとき、私は自分の全てを捧げることになるでしょう」と語っている。
植物は、今まで思われていたように「見えない」、「聞こえない」、「話せない」生き物ではな い。植物は人間のように思考能力を持っているということを、バクスター氏は発見した。バクス ター氏の発見からしばらくの後、「植物心理学」という新しい学問が誕生したのである。
 1973年、ピーター・トムスキン(Peter Tompkins)氏とクリストファー・バード (Christopher O. Bird)氏は共同で出版した著作『植物の神秘生活』(The Secret Life of Plants)の中で、植物が言語・思惟・祈りに対して反応していることを確認したと述べている。 多くの科学者が、植物には意識と思惟があり、喜怒哀楽などの感情も持ち合わせていること、さ らに、人間にはおよばない超能力を持っていることなどを報告している。
 一方、1974年、「バクスター効果」は再現することができないと反論する者が現れ、科学 誌『サイエンス』も同様の疑問を呈した。これに対してバクスター氏は、「人為的に植物を破壊す る際に起きた反応を観察してはなりません。人為的に介入すると、植物の反応を妨げることにな ります。あくまでも『自然発生』した過程でなければなりません」と話した。当時の主流を占め る科学者たちは、彼の説明を受け入れず、植物が電子伝達活性を持っていることさえ疑問視した。 今では、植物の電子伝達活性は既に認識されているものの、一部の科学者の固定観念が強く、研 究が進められていないのが現状だ。
 「天人合一」の思想と一致
 一方、「バクスター効果」を説明することができるのは、※「量子非局所性理論 (nonlocality)」だけかもしれない。即ち、同一原子から出された二つの光子(こうし、photon) は、両者の離れた距離に関係なく、一つの極性が変えられるともう一つの光子もその影響を受ける。アインシュタインはかつて、量子(りょうし)が非局所性を持つため、粒子間は「まるで霊 体のように距離を超えた力」が存在し、時間と空間を越える力で互いに連係作用を持つ、と言っ た。もし非局所性が量子次元から、人間の肉眼で認知できる次元まで表わすことができれば、「バ クスター効果」も容易に説明できるだろう。これは、宇宙全体が互いに影響し合っていることを 指しており、まさに中国の道家が唱える「天人合一」の思想と一致している。
 人類が大自然を観察することは、研究室で実験している時とは訳が違う。例えば、山奥に生息 する希少動物を写真に撮ろうと、1万人が山に登ってその動物を見つけようとするが、一枚も撮 れなかったとする。しかし運良く一人だけ写真を撮ることに成功した時、その事実を決して否定 してはいけない。一度でも発見されたのなら、この現象は真に存在しているということが充分に 証明できるのであり、繰り返し証明する必要はない。
 また、研究室で実験を行う際、人間が主体となって、どのように繰り返し実験するのかは自由 である。しかし、大自然の中では自然を主体とし、人間は、あるがままを観察したらよい。人為 的な介入は大自然の流れを破壊するだけである。  バクスター氏の実験は、彼が行なう催眠術と同じように、誰もができるとは限らない。実験者 と被験者の間には協力関係が必要であり、もし片方に敵意があれば、実験はできなくなる。これ は超能力の実験でよく目にする現象である。
 一方、ほかの分野においても、一般的に認識されていない特異な現象を理解できる人は少数派 で、多くの人はそれらを理解できない。しかし、多数派は決して、少数派が見た真実を否定するこ とはできない。真実は人数の多少で判断することではないからだ。
 また、私たちが住んでいる環境は騒がしく、いたる所に騒音が充満している。この様な状態で 静かに植物の心から出てくる音に耳を傾けられる人がいるだろうか? 「静かに」とは、音の静 かさだけではなく、思ったり考えたりする雑念のない静けさを指す。誰もがバクスター氏のよう に、物質世界の雑念から離れ、心を静めて植物の変化を捉えることが出来るとは限らない。
 バクスター氏の実験は、中国の「万物に霊あり」(すべての生物には魂がある)」という思想 を証明している。そして、中国古代の人々の知恵にも感服せずにはいられない。古代中国人は最 も簡単な言葉を使って、宇宙の最も奥深い思想を後世に伝えたのである。
 ※量子非局所性理論(nonlocality)― この宇宙における現象が、離れた場所にあっても相互に 絡み合い、影響し合っているという理論
 (完)
 

日蓮大聖人の法理 -真実の仏法を知るために-

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2016年 9月18日(日)09時16分53秒
  仮諦・空諦・中諦の三諦について。
『日蓮大聖人の法理 -真実の仏法を知るために-』P.60が分かり易い(特に最後「水」の例え)と思うので、以下、引用します。

 まず、空諦とは、万象は皆、常住不変の実体といったものをもたず(無自性:むじしょう)、有無の範疇ではとらえられない、ということ。仮諦とは、空であり、無自性であるがゆえに、五陰仮和合の種々の姿をとる諸事象。中諦とは、先の空・仮二諦として現れている生命それ自体。――一往、このように表現することができるであろう。

 この三諦は、一切の諸法、万物に具わっている。ここで、花を例にとってみたい。芽をふき、葉をつけ、やがて美しく花を開く。その移りかわる姿は仮諦。この草花が芽ぐみ、色彩やかな花を咲かせるという性分は空諦。種から芽、花をつけ、やがて花が枯れても、アサガオならアサガオというその草木自体には変わりない。それは中諦。――以上のようにいうことができるであろう。

 また、水についていえば、表面張力があり、溶解力がある。また温度の変化に従って氷あるいは水蒸気になるなどの性質がある。こうした性質そのものは空諦といえよう。次に、ある時には水蒸気に、また氷にと変化するその姿形は仮諦。そうした性分、姿形をとろうともH2Oという水の本性、本体には変わりがない。それが中諦といえるだろう。
 

サイレント雨で中止

 投稿者:窮状辞任させられた元?長  投稿日:2016年 9月18日(日)08時27分19秒
  残念だが、遠方から来られる方に無理をさせたくないとの事。

11.18 に向け辺野古、高江、南スーダン憲法破壊は許さない。 山口さん五選ですが、人材難ですね。
 

虹と創価家族さんへ

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年 9月18日(日)08時16分29秒
編集済
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/56552

コメント確認しました。ありがとうございます。
これから出かけてきますので、戻りましたらまとめのコメントを更新します。

と、たったいまだけど本日は雨が断続的に降ってるということで「サイレントアピール」の中止の連絡がきました。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、誠に、ご苦労様で~す。

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年 9月18日(日)08時04分51秒
  原田怪鳥様、首都圏女子学生部幹部会へのご出席、誠に、誠に、ご苦労様で~す。

まさか「女子」だからのご出席? いやいや、そんなことはないでしょう、誠に、ご苦労様でした。

「原田怪鳥が出席し激励」となってマス。「原田怪鳥と共に」でないのは、宿坊からの学習のたまものでしょうか?

どうか「一人への励まし」を強調されていらっしゃいますので、査問・処分された方へも激励をお願いしま~す(笑)
ちなみに小生宅には誰も「励まし」にはきておりませ~ん(笑)


それと山口代表、第11回全国大会、誠にご苦労様でした~。
でも、何故、集団的自衛権には一言も言及されていないのでしょう?
せっかく、安倍総理が来賓で来てるにですから、
「安倍首相と共に」なんて言われると、きっと盛り上がったと思いマス(笑)
 

ひかり様、魂の炎様へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年 9月18日(日)07時36分19秒
  >「池田先生にご迷惑をおかけするから」多言無用とな!
出た! 会員ハンドリング言語!
選挙も「池田先生に勝利をお届けしましょう」 これも変!池田先生利用です。<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/56507

>「現場の会員が動揺するから。」
「組織不信に陥るから。」
「池田先生にご迷惑をおかけするから。」
そうやって、秋谷たちはものすごく上手に会員を騙してきた。
そうやって、自分たちに都合の悪い場面は同時放送で見事にカットしてきた。<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/56513

おはようございます。
ひかり様と魂の炎様が仰る事に、強く深く同意致します。

組織や幹部に都合よく、創価学会の運営をしているのが現状ではないでしょうか。

創価学会の組織は、純粋で真面目な方が多い故に、上意下達の組織。
現場幹部がいう事は、上位幹部に責任があります。

「池田先生に勝利をお届けしましょう」という言葉。

元をたどれば、最高幹部にたどり着くことは言うまでもありません。
その行為は先生利用であり、組織利用です。
何よりも、池田先生と会員を分断する行為にもつながります。

その最終責任者は、秋谷(前)会長であり原田会長と強く断じます。

 

太ちゃんへ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年 9月18日(日)07時12分3秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/56506

おはようございます。

義母は、2006年10月12日の本部幹部会に参加しました。
ウェイン・ショーター氏を始めとする、海外芸術部の素晴らしい演奏を覚えている方も多いのではないでしょうか。

自分は、宿坊の掲示板に投稿されている、ノーカット版の秋谷氏に対する厳しい叱責について、家族に話をしていました。
その時、義母が「そうなのよ」と語り出したのです。
そして、池田先生が「幹部が座談会で偉そうにお茶を飲んでいるんではない!」と厳しく叱っていた事を家族に話してくれました。
これが、秋谷氏か壇上幹部全員に対してか不明です。
また義母に会う機会がありましたら、詳細について聞いておきますね。
(自分がノーカット版の何を話したか忘れました。スミマセン。)

いつも「まとめ」をして下さいまして、誠にありがとうございます。
太ちゃんは情報をまとめる力がありますね!
大変な作業ですが、話題になっている内容を定期的にまとめて頂くと有難いです。

宿坊の掲示板は投稿の流れを掴んでいないと、新規閲覧者は趣旨がつかめず、誤解を招く恐れがあります。
新規閲覧者にとって「まとめ」は、情報を正確につかむために必要であり大切だと思っています。

また、定期的に「ノーカット版のまとめ」や「54年問題のまとめ」等をご投稿ください。
同じ文章を何回投稿しても、新規閲覧者にとって初見です。
新規閲覧者をリピーターにできれば、世論の拡大につながります。
これからも宜しくお願い致します。
 

弓堕似伸一郎くん。

 投稿者:大石小石  投稿日:2016年 9月18日(日)02時03分33秒
  来世、一緒になろうね…

調べたらあっちもこっちもです!
もう病気です。ケダモノ

ある日の全体職員会議で。
 

ネット上に出回ってるわw

 投稿者:盛仲  投稿日:2016年 9月18日(日)01時00分27秒
  宗教学会当日の懇親会だねw

眼がイッテル怪鳥に注目w

 

コンプレックス

 投稿者:盛仲  投稿日:2016年 9月18日(日)00時57分6秒
  酢橘なんてハンドル使ってネット対策室の工作員ってばればれ。管理人に消されたみたいだけどww

ずいぶん前にも酢橘って須田さんを揶揄してたからねw

笑えますね。コンプレックスを抱えていたのは遠藤、須田、宮地を裏切った森中ですww

文章の書けない森中と皆から言われてきたコンプレックスがありますから。

教義条項変更の解説を書けないのも文章書けないから
谷川が宮田に依頼したわけねww
 

全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年 9月18日(日)00時53分6秒
編集済
  全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2008-11 【代表幹部協議会】

■ 代表幹部会の開催、おめでとう。ご苦労さまです(大拍手)。
 きょうは、家族の団らんのように、懇談的に、楽しく話を進めていこう。どうか楽な気持ちで聞いていただきたい。
 最初に記念の句を贈りたい。

    師弟不二
     君も並べや
      創価かな

 この「君も並べや」とは、牧口先生、戸田先生、そして私と続く、創価三代の師弟の陣列に並べ、という意味である。
 その陣列は、「創価学会」即「広宣流布」の総大将としての陣列である。
 後世の歴史に厳然としるされていく立場である。
 その深い使命を皆さんは自覚していただきたいのだ。

● 勇者の陣列を
 一、今、私の創立した創価大学の出身者が、あらゆる分野で、あらゆる次元で、目覚ましい活躍を遂げている。
 広宣流布の指導者群も、本格的に創大出身者が中心になって担っていく時代に入った。私は、うれしい。
 皆の力で、堂々たる正義の勇者の陣列を築いていただきたい。
 おめでとう!(大拍手)

 一、さらに、句を贈りたい。

    断固立て
     広宣流布を
      勝ちまくれ

 広宣流布の指導者は、絶対に気取っていてはだめだ。
 やっているのか、やっていないのか分からない。そういう中途半端もいけない。
 広布のため、同志のため、いかなる労苦も惜しまず、率先して行動していくのだ。
 とくに男性は、見かけなど気にする必要はない。結果が第一だ。
 "イケメン"じゃなくていいんだよ(笑い)。そのままの戦う顔であればいい。
 日蓮大聖人は「無作三身」と説いている。
 「はたらかさず・つくろわず・もとの儘」(御書759ページ)とあるように、「無作三身」とは、本来ありのままの「仏の境涯」を意味する。
 その「無作三身」の力を、ただ「信」の一字によって得ることができると、大聖人は教えられたのである。(御書753ページ)
 ゆえに、御本尊にしっかりと祈り切って、あとは誠心誠意、自分らしく、ありのままの「真剣」と「誠実」で進んでいけばいいのだ。
 私は、それでやってきた。皆さんも、頼むよ!(大拍手)

● 何も恐れるな
 一、さらに一句を捧げたい。

    我も師子
     君も師子たれ
      師弟不二

 大聖人は、「師子の声には一切の獣・声を失ふ」(同1393ページ)と仰せである。
 人の胸にビンビンと響きわたる声だ。それが師子である。
 猫や鼠のような弱々しい声では、広宣流布の熾烈な闘争に勝てるはずがない。
 破邪顕正の堂々たる師子吼で、嫉妬の悪人たちのデマや中傷を、毅然と打ち破っていくのだ。
 私は師子である。何も恐れない。皆さんは、一人立つ「正義の師子」になってもらいたい。

● 常楽我浄の道を
 一、ここで御聖訓を拝したい。
 「(日蓮は)法華経を信じることにおいては、世界第一の聖人です。その名は、十方の浄土(=全宇宙の仏国土)にも聞こえています。必ず天も地も知っているでしょう。
 (ゆえに)あなたが『日蓮の弟子である』と名乗られるならば、どのような悪鬼であろうとも、よもや、日蓮の名を知らないと言うはずがないと思ってください」(御書1480ページ、通解)
 この世界第一の大聖人に直結する、我ら創価の師弟は、何があろうとも、恐れるものはない。
 いずこにあっても胸を張って、「常楽我浄の道」を永遠に勝ち進むことができるのだ。
 また、有名な「佐渡御書」には、こう仰せである。
 「外道や悪人が、如来が説いた正法を破ることは難しい。仏弟子らが、必ず仏法を破るのである。『師子身中の虫が、師子を内から食う』といわれる通りである」(同957ページ、通解)
 この厳しき戒めを、忘れてはならない。
 さらに大聖人は「仏と提婆とは身と影とのごとし」(同230ページ)とも仰せだ。
 仏法は、仏と魔の闘争である。三類の強敵を打ち破る、信心の戦いなのである。

● 全て勝利の因に
 一、大聖入門下の四条金吾は、いわれなき讒言によって主君から迫害され、最大の窮地に立たされた。
 大聖人は、厳たる対応を教えられた上で、こう仰せである。
 「もし日蓮が(佐渡に)流罪されないで鎌倉にでもいたならば、あの時の戦い(文永9年2月の北条一族の内乱=二月騒動)に巻き込まれて、きっと打ち殺されていたにちがいない」(同1164ページ、通解)
 大聖人は佐渡流罪という大難にあわれた。しかし、そのおかげで戦乱をまぬかれ、命が助かったのだと言われている。
 さらに「大事になったならば、必ず大きな騒ぎが、大きな幸いとなっていくのである」(同)とも仰せである。
 妙法の世界には、すべて意味がある。すべて御仏意なのである。
 人生も社会も、激しい変化の連続だ。やりにくいこともあるかもしれない。思うにまかせぬこともあるだろう。
 しかし、すべては未来の勝利の因と確信し、一日また一日、「人間革命の黄金の日記」を、心晴れ晴れと綴ってまいりたい(大拍手)。

● 師弟不二の大願に立て
 一、法華経の「五百弟子受記品第8」。
 ここでは、声聞の弟子たちが「深心(じんしん)の本願」──本来の自分自身の誓願に立ち上がる。
 弟子たちは、師匠。釈尊との生命の対話を通して、自身の小さな殻を打ち破った。そして、民衆の救済という師弟不二の大願に立ったのである。
 釈尊から成仏の記別を授けられる、五百∧の弟子。
 この五百人は、釈尊の草創の弟子の数ともいわれている。しかし、もちろん、五百人が特別な存在なのではない。
 御義口伝に、「妙法の五百であるので、十界三千の一切衆生は皆、この五百の弟子なのである」(御書796ページ、通解)と仰せである。この五百人の成仏は、すなわち一切衆生の成仏を表すものなのである。
 大事なのは、本物の決意に立った弟子である。「師弟不二」の精神に生き抜く真実の弟子である。
 本気の人間がいれば、すべての人を引っ張っていける。中核が大事だ。リーダーで決まるのである。
 この「五百弟子受記品」で、弟子の先頭に立ったのは、富楼那であった。「説法第一」「弁舌第一と謳われた闘士である。
 広宣流布のリーダーである皆様もまた、「雄弁であれ!」「真実を語りまくれ!」、そして「師子となって正義を叫びまくれ!」と申し上げたい(大拍手)。

 ◆地域の拠点を大切に
 ◆『会場提供者』『会館管理者』に心から感謝

● 日々前進を!
 一、ともあれ、こちらが真心と感謝の思いで接すれば、提供者の方も「こちらこそ、皆さんに喜んでいただいて、うれしいです」と、晴れやかな気持ちになる。張り合いがある。
 「使って当然」と当たり前のように思うのは、大間違いだ。
 また、信心のためだからといって、無理にお願いするようなことがあってはならない。
 会場を提供するのは大変なのである。
 大勢の人が来れば、トイレも汚れる。畳も擦れる。子どもが障子を破いてしまうこともあるだろう。
 かつて、大田区の小林町にあったわが家も、会場に使っていただいたことがあった。
 また、私の妻の実家も、長く学会の拠点として使っていただいた。
 広布のためにとの思いで、喜んで会場を提供してきた。
 学会には、会場の提供者として、皆のために尽くしてくださっている方が大勢いる。
 こうした方々を大切にしないといけない。それが仏法である。
 皆さんの中で、会場を提供してくださっている方はいますか?〈会場の提供者が立ち上がった〉
 皆で、感謝の思いを込めて拍手を贈りたい(大拍手)。
 ともあれ、学会は、「日進月歩」「日々前進」で行くことだ。油断は大敵である。
 まずは最高幹部が、今まで以上に、一つ一つ真剣に、誠実に行勤していくことだ。
 そうすれば、学会はまだまだ伸びていける。
 もっと大きく発展していけるのである。

■ 一、美しき「広布の花」「創価の花」の女子部の皆さん!
 いつもいつも、友のため、社会のための、尊い奮闘、本当にありがとう!
 心からの賞讃を込めて、記念の句を贈りたい(大拍手)。

     世界一
      平和と文化の
          創価かな

 今、あの国にも、この地にも、広布第2幕の「池田華陽会」の友が、生き生きと活躍している。
 さっそうと使命に舞いゆく乙女の姿は、皆を鼓舞し、毅然と立ち上がらせ、歓喜と勝利の花を咲かせる。
 女子部の前進が創価の前進である。

■ 女子部の皆さんは、一人ももれなく、幸福博士と輝いていただきたい。それが、私と妻の変わらざる祈りである。
 女子学生部の皆さんの見事な活躍も全部、うかがっている。

    女子学生
      平和と幸福
         この旗に

 「この旗」とは「勇気の旗」であり、「希望の旗」であり、「師弟の旗」である。
 「この旗」を心に高く掲げゆくことだ。

● 正義の言論こそ広布を聞く力
 一、末法は「五濁悪世」である。「闘諍言訟」の時代である。
 生命も濁り、思想も濁り、正邪も善悪も、わからなくなる。
 その中で、広布を聞く力は、「正義の言論戦」である。
 これこそ、恩師・戸田先生が強く叫ばれた一点であった。
 御聖訓には、こう仰せである。
 「(仏法においては)事実、勝れていることを勝れているということは、慢に似ているようだが、じつは大功徳となるのである」(御書289ページ、通解)
 「いいものはいい」「正しいものは正しい」と叫ばなければ、人には伝わらない。
 社会においても、広報・宣伝が重要視されるゆえんである。
 臆病者が、いくらいても、正義と真実を打ち立てることはできない。
 勇んで打って出るのだ。声も惜しまず語るのだ。
 忍耐の攻防戦が重なって、勝利、勝利の道は光る。
 今や、広布の新時代が到来した。創価の人間主義への世界の期待は、いや増して高まっている。

  君達が
    勇気を抱きて  戦いて
       勝ちまくりたる  勝利嬉しや

 新しい人材群が勝って勝って勝ちまくる姿を、私は祈り、待っている。
 頑張れ!(大拍手)

● 師に捧げた人生
 一、思えば、戦後間もないころ、戸田先生の事業は挫折し、先生は学会の理事長を辞任された。学会は四分五裂の危機にあった。
 その時に私は、ただ一人、すべてをなげうって先生を支えた。絶体絶命の窮地にあった先生を、徹してお護りし抜いた。
 私がいなければ、今の学会はない。戸田先生、そして牧口先生の死身弘法の闘争も、水泡に帰すところであった。それほど、第3代が大事だったのである。このことは、御本尊の前で胸を張って申し上げることができる。
 私が戸田先生の後を継ぎ、第3代会長に就任してからも、激しい迫害の連続であった。
 誹誇もあった。
 中傷もあった。
 そのなかで、私は世界への道を開いた。皆が悠々と、安心して、広宣流布に邁進できるように、人知れず心を砕き、わが人生を捧げてきた。語りに語り、書きに書いて、あらゆる面で広布を支えた。
 そして迎えた昭和54年(1979年)。
 会長就任から20年を目前にし、学会は、いわば絶頂期にあった。
 その時に私は、第3代会長の辞任を余儀なくされたのである。
 心卑しき人間は、偉大なものに嫉妬する。
 謀略の輩は、虚栄に溺れ、私利私欲から野合して、師弟の道を壊そうとした。臆病者は保身に走った。
 御聖訓には仰せである。「この法門についた人は数多くいるけれども、公私ともに大難がたびたび重なってきたので、一年、二年はついてきたものの、後々には、皆、あるいは退転し、あるいは反逆の矢を射た。また、あるいは身は堕ちなくても心は堕ち、あるいは心は堕ちなくても身は堕ちてしまった」(御書1180ページ、通解)
 その通りの、浅ましく、情けない、愚劣極まる姿があった。
 あの時、全国、全世界の同志から、多くの連絡をいただいた。
 ──最も功績があり、最も師匠に仕えた池田先生が、どうして辞めなければいけないのか。先生は、何一つ悪いことはしていないじゃないか。幹部はなぜ、先生を護らないのか──
 こうした悲しみと怒りの声が、電話で、手紙で、無数に寄せられ。その数は、直後のものだけでも、およそ8200から8300になる。
 この真の同志の心を、私は生涯、忘れることはない。そして、どのような立場になろうとも、私は永遠に、尊き同志を護り、学会を護り抜いていこうと、深く心に誓ったのである。
 私はあえて、真実の歴史を語り残しておきたい。これからの学会のため、広宣流布のため、誤りなく正義の道を進みゆくために、本当のことを語っておきたいのである。
 牧口先生は、「忘恩者」「不知恩者」を諸天善神が「加護し給う訳がない」と厳しく断じられた。
 その通りに、悪逆の輩は厳たる仏罰を受けている。皆様がよくご存じの通りだ。
 将来にわたって、若き諸君は、悪い人間に騙されてはならない。表では、いい格好をしながら、裏で策を弄する卑劣な人間もいる。正義の人が滅び去るのを、密かに待っている者さえいる。
 人ではない。自分が「真の弟子」の自覚に立つのだ。深き信心を奮い起こし、「仏眼」「法眼」をもって正邪を見抜くのだ。
 戸田先生は叫ばれた。「恐れれば、自滅するだけだ。敢然と突き進むのだ!」
 私はこの言葉通り、師に誓った道を、今日まで、敢然と突き進んできた。
 今、広宣流布の永遠の未来を考える時、何より大事なことは、若い世代の人たちを「真の後継者」へと育て上げることである。
 若き諸君は、人を頼らず、だらしない先輩など乗り越えて、断固、突き進むのだ。下から上へ、どんどん建設的な意見を述べるべきである。
 先輩も、これまで以上に、皆を大事にし、皆と一緒に、手を携え、肩を組みながら、進んでいくことだ。
 同志愛が光るリーダーであっていただきたい。話をする時も、さわやかな笑顔、皆がほっとするような声で、希望と勇気を贈っていただきたい。
 見栄っ張りではいけない。とくに男性は「王者の風格」をもたねばならない。
 ともあれ、正義の師弟を守ることが、広宣流布を守ることになる。学会の全同志を守ることになる。私は、そう心に刻んで生きてきた。
 一緒に進もう!
 一緒に戦おう!
 私は皆さんとともに、いよいよ総仕上げの戦いをするつもりである。
 年配の幹部も、パーツと花火があがるように、勢いよく、生き生きと生きるのだ。
 頑張ろう! 偉大なる学会を、ともどもに築いていこう!〈力強く「ハイ!」と返事が〉

■ 一、きょう集われたなかには、ご両親が病気の方もおられるかもしれない。
 妙法は、生老病死の苦を根本から解決する大良薬である。「いかなる病さは(障)りをなすべきや」(御書1124ページ)である。
 大事なことは、まず自分が、父母の健康を祈り抜くことだ。心からの励ましを伝えることだ。親孝行をしてあげることである。
 どんなことがあっても、信心さえ忘れなければ、必ず、三世永遠の幸福の道を開いていける。これを深く確信していただきたい。
 私も妻も、全同志の健康と幸福と勝利を、毎日、真剣に祈っております。
 また周りに、病気の方や、病気のご家族をもつ方がおられたら、どうか温かく支え、励まし、応援して差し上げていただきたい。
 それでは、皆さん、お元気で!
 全員が、わが使命の戦野で勝ちまくってください! 勝たなければ、自分が損をする。皆も悲しむ。
 何より、仏法は勝負だ。魔に負けるか、勝って仏になるかである。
 年配の幹部も、意気地のない姿であってはならない。師弟に生き抜く覚悟があれば、心はピンとするものだ。
 長時間、本当にありがとう!(大拍手)
 〈さらに名誉会長は「友が喜ぶならば」とピアノに向かい、恩師が大好きだった、父子の決意の曲"大楠公"などを演奏。またアメリカの友のためにと「さくら」を奏でた〉
 我らは創価家族である。高らかに学会歌を歌いながら、元気に前進しよう!
 何があっても、楽観主義で進もう!
 リーダーは、決して威張ることなく、庶民に尽くし、皆を大事にすることを、忘れてはならない。威張るのは「愚者」の証拠であるからだ。
 また、お会いしよう!(大拍手)

 

(無題)

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2016年 9月18日(日)00時33分20秒
  あの宮田幸一口頭発表の時、同じく創価大学に原田会長と谷川副会長も居た。誰かが証拠写真をアップしていましたね。この意味は大きいのでは?
日蓮本仏否定はもう既に宮田個人の考えではないということでしょう。
 

師弟不二アーカイブより 再)京都乃鬼新聞 紙上座談会①

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年 9月18日(日)00時03分6秒
  【京都乃鬼新聞】
2015-1-30

「会則の教義条項改正に関する解説」に対する意見

京都乃鬼新聞社
紙上座談会①
編集長:2015年1月29日に聖教新聞4面に掲載された内容が「創価学会教学部」となっているが?

赤鬼:今の教学部のメンバーには書けない様な内容も含まれているな(鬼笑)

黄鬼:そう言えば、今月、T事務総長が教学部総主事になったと発表された。
今回の件と何か関係ありそうだな。

青鬼:このT事務総長が、東大の先輩でもある創大教授のM田氏やK野氏に今回の教学部解説を書かせたとの、もっぱらのウワサだ(鬼笑)

白鬼:なんだ。だからM教学部長の名前で発表されていないんだ。

赤鬼:このM教学部長は、今回の教義変更には前総合教学部長のE氏同様に慎重の姿勢であった。ところが、原田会長やT事務総長の説得に応じてしまった。

・・・・・(続きは)

http://sgi-shiteifuni.com/?p=801
 

聖教資料部の使命は絶大

 投稿者:五分の魂  投稿日:2016年 9月17日(土)23時59分10秒
  聖教資料部の良識ある人に今後の学会の命運がかかっていると言っても過言ではない。とにかく真正の映像・音声データを死守すべし。今ならまだ間に合う!頼む!  

同時中継?

 投稿者:五分の魂  投稿日:2016年 9月17日(土)23時52分58秒
  以前から不思議に思っていますが、何故皆さん本部幹部会の編集録画放映のことを、「同時中継」と言うのでしょう?
同時中継とは生放送という意味じゃないのかな?
昔は中心会館に大きなパラボラアンテナを乗せた大型車両を停めて、映像を受信していたようですが、その時も生中継ではなかったと思いますけど。
 

今日

 投稿者:うーこメール  投稿日:2016年 9月17日(土)23時36分56秒
  今日旦那と八王子のラーメン屋さんに行きました。帰り道に創価大学、富士美術館、牧口記念会館を映像撮りました。牧口記念会館はグループ長の会合で中に入りました。海外から頂いた色んな物が飾られてたのが印象に残っております。旦那が八王子に私を連れて行きたくて今日実現しました。旦那に感謝します。  

同盟題目23時から

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 9月17日(土)22時55分14秒
  開始となります。よろしくお願いします。  

たこ焼き戦法@須田論文

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 9月17日(土)22時47分30秒
  須田さんの論文は対話のきっかけになり得ますね。
先ずは、自分が読み理解してからでしょうか。
 

人材育成+たこ焼き戦法

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年 9月17日(土)22時38分48秒
  魂の炎様・・たこ焼き戦法・・言い得て妙ですね・・今後、使わせていただこう・・

人材育成 + たこ焼き戦法、現実的な戦い・・

やはり、最終的に、友に伝えるには膝詰めの対話・魂と魂の交流しか有りませんよね・・

琴ばだけではいけません・・ね、琴次郎ちゃん・・

我が同志(とも)を地獄に行かせない、真の弟子の道(師弟の道ではなく・・師弟不二の道)

を教えてあげる琴こそ慈悲。

今の執行部の誤りは明確、師違背・師弟不二詐欺は明確、自信を持って行きませう、みなさん。



反板の連中が可哀想で、哀れで、仕方がない、生涯広布でした・・南無妙法蓮華経 ペンギン
 

自らに闘いを挑み続ける者の生き様に人の輪が出来る!先生の生き様を手本にせず欲望を追求した創価村貴族社会!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 9月17日(土)22時25分36秒
  学歴ありません、身体はガタガタです、身を護るものも何も無い。先生の若き日からの闘いは、ここから始まっているのでは?
戸田先生を支えて仕事も何をどうしてやっていたのか、わけがわからないくらい大変だったと思います。本部職員の給与も薄給で生活するのがやっとという有り様。藤原房雄さんは、初めは『失敗した!』と思ったそうです。ただ、それくらい大変だったから境涯革命しようと必死に折伏・弘教で闘っていた、それは弱い自分を叩きのめしての生き方と言うことです。これを怠り、龍年光やら石田次男やら藤原行正らは、漫然と手下を作って大きくなる組織にあぐらをかいて好き勝手な生き方をしていた。

今の創価村貴族社会の皆さん方は?と言うことですね。
 

(無題)

 投稿者:魂の炎  投稿日:2016年 9月17日(土)22時03分50秒
  Say Say Say 様
うーん。そうですね。千里の道も一歩から、とは言いますが。
ジョーカーさんがされているように、着実な人材育成が王道ですよね。

たこ焼き戦法で、一人ひとりを味方に変えていく・・・味方がある一定数に達した時、全体が一気にひっくり返るような気がします。

Say Say Say さんの御書講義、拝聴してみたいなぁ。
楽しくて、そして決意溢れる御書講義でしょうね。

 

須田論文!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 9月17日(土)21時55分32秒
   須田晴夫氏が2016年9月14日に提示の「宮田論文への疑問 ――日蓮本仏論についての一考察」は、実に大きな意味を持つことになるでしょう。 こともあろうに創価大学を使った、日本宗教学会第 74 回学術大会の席上で、宮田幸一氏がまるで創価学会の教学を一日にしてひっくり返してしまいそうな独断の変節教義内容や、同氏の日頃の盲説を一刀両断してくれたからです。通快です。さすがです。

 ものすごく分析的で、論理的で、しかも大局的な視点も忘れておられません。とくに分析的な論調は私の肌にも合い、拍手喝さいといったところです。論文②で、「氏は『新しい日蓮本仏論を構築する必要がある』とも述べているが、氏がこれまで発表してきた他の論文を見るかぎり、氏は日蓮本仏論を脱却して釈迦本仏論を目指す志向性を持っているように見受けられる」と、まことに本質を突いた、手厳しい批評も示して下さっている。
 彼は、日蓮仏法ばかりか、インドで誕生し、中国で熟成し、日本でその本質を極めた仏教の歴史そのものを否定しようとしているのが明らかです。

 さて、創価学会執行部はどうされるのでしょう。教学部対応のコメントでも出すのでしょうか。須田氏の「論」をも“怪文書”扱いにしてしまうのでしょうか。須田氏は、池田先生と「法華経の智慧」を編んだ一人でもあります。それとも、「法華経の智慧」そのものも、闇に葬ってしまうつもりなのでしょうか。それは、無理です。あの「法華経の智慧」は、大白蓮華掲載時も、出版された時も、いまも、とくに壮年には圧倒的支持のある「書」です。さて、どうするのでしょう?


 

(無題)

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2016年 9月17日(土)21時29分48秒
  魂の炎さんの仰る通りと思います。
ただそれは日本人の宿業的な「弱い善人」であることに大きな原因があり、その宿命転換には、やはり「一人一人」を変えていく強烈に地味で地道な取り組みが必要なのでしょうね。
もちろん執行部を変える必要はあるのですが、この土壌がある限り、またいずれ同じような輩が現れる。
だからジョーカーさんがされているように、人材育成こそが根本的な創価革命なのでしょうね。
お好み焼きのように一気にひっくり返すのではなく、たこ焼きのように一個一個ひっくり返していく。
そのためにはどうしたらいいのでしょう?
明日、座談会御書講義の担当を外されました。次なる手は?

PS明日、サイレントアピール参加される方、お気をつけて。本の出版のこともあり、敵も何をしてくるか。
晴天、大成功をお祈り致します。
 

今こそ!

 投稿者:魂の炎  投稿日:2016年 9月17日(土)20時44分22秒
  臥子龍 様
Say Say Say 様
本幹会場での池田先生の言動を知ったら、「本当は、池田先生は悪い人」と思われるなんてことは、微塵もないと思います。それはもちろんです。
真面目な会員程、「秋谷会長=悪」という図式を心に思っただけでも罪になるのではないか?と思っていたのではないか。
だけど、池田先生はあれだけ厳しく秋谷会長をお叱りになられた。どういう意味があるのだろうか?と真面目な会員程考えるのではないか。
そこで幹部から「今日のことは絶対に話してはいけない。」なんて言われたら、真面目な人程、喋らないと思います。

本幹会場に参加して池田先生のことを悪い人だなんて思う人は絶対に居ないと思います。

真面目な会員程、幹部を疑ってはならないと思っていますよね。
幹部に何か嫌なことをされても、自分が悪いのかな?と感じたり・・・。
そんな人のいい会員に付け込んでいるのが、四人組始め極悪幹部たちだと思うんです。
54年問題も山友や原島、福島や坊主達が全て悪いんだということにして、北条や秋谷達の責任は知らんぷり・・・。
そこが本当に上手い詐欺師のようじゃないですか?
私はそう思います。
そして、その騙しテクニックは今現在も見事に発揮されている・・・。
解釈改憲や教義改定について、池田先生はお認めになっていると、大多数の会員に思わせている。

今こそ!四人組の騙しを打ち破ろうじゃありませんか!

 

開示せよ!

 投稿者:さあ!変わろう!! 栃木より  投稿日:2016年 9月17日(土)19時52分43秒
編集済
  ー先生のご指導よりー

大聖人の仏法は、悪しき権威・権力と、真っ向から戦う民衆の宗教である。

退転者は、世間の権威にすり寄り、権力にこびへつらい、ただ見ばえと恰好の

良いほうへと、信念を捨て転身していく。その根底は卑しく、臆病な″保身“以外の何物でも

ない。要するに、権威に弱い自らの心に負けただけの話である。  S63・7・26
 

つれづれ断想 9.17

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年 9月17日(土)19時47分25秒
  須田晴夫さんのブログをようやく通読した。
宮田見解への明晰な異論提起もさることながら、
須田さんのあのいつも柔和な笑顔を彷彿とさせる
人間的誠実さが伝わる文章に目を通せて嬉しかった。

宮田幸一、中野毅両創大教授は共に
新学生同盟の初期執行部を担っていた。
今の学会では新学同について何も語られることがない。
竹岡・北林コンビと併せ彼ら新学同世代の人々が辿った
道程を追う中で、54年から第二次宗門問題を経て現在に
至る教学面のみならず創価学会全体の方向性の迷走ぶり
を検証する手立てが一つでも見つかるのではないかと、
最近思うようになった。

加古川市の浄福寺を根城に二十年余にわたり反学会活動に
心血を注いだ男を何故あの場に呼んだのか、宮田・中野の
両氏が代弁する原田執行部の真意を探る手掛かりにもなろう。
 

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