ジャイアントストア前橋が起点「前橋をポートランドに」 自転車に優しい町目指す市長と赤城山サイクリング
ヒルクライム好きを引き付ける地のひとつ、群馬県赤城山。9月16日、JR前橋駅前に「ジャイアントストア前橋」がオープンし、自転車をそのまま持ち込める「上毛電鉄」と相まって、周辺のサイクリング環境は充実度を増している。その背景には「東京でも横浜でもなく、ポートランドを目指す」と、アメリカで”最も自転車に優しい町”をゴールに掲げる前橋市の山本龍市長の存在が無視できない。市長らが先導した体験ツアー「赤城山まるごとサイクリング」に同行し、その理想像に思いを馳せた。
全自動駐輪場「サイクルツリー」
東京から新幹線とJRで約1時間半ながら、大自然に恵まれた前橋市。それでも、前橋駅前のジャイアントストア前橋と隣接する全自動駐輪場「サイクルツリー」は近未来感にあふれていた。
体験ツアーの第一歩は、サイクルツリーに収納されたジャイアントのレンタサイクルを受け取るところから。山本市長がカードをかざすと、タワーから全自動でバイクが現れる。「おお~。すごいね」。興奮そのままに、ジャイアントジャパンの中村晃社長や市役所「自転車部」のメンバーらを含む参加者一同は出発した。
駅から10分ほど漕ぎ進むと、すぐに一行から次の歓声が上がった。現れたのは上毛電鉄の中央前橋駅。ここを起点に、自転車をバラさずにそのまま車内に載せられる「サイクルトレイン」を体験するのだ。
平日は通学時間帯を除いた時間(下り中央前橋発8時17分発、上り西桐生発8時19分)から終電まで、土、日、祝日は終日電車に持ち込める。
サイクルトレインのある日常
持ち込み料金は無料。2005年から本格的な運用を開始し、年間4万台以上が利用しているという。また、中央前橋、大胡、赤城、西桐生の各駅では乗客を対象に無料で自転車を貸し出すサービスを行うなど、どこまでも“自転車フレンドリー”な電車だ。
バイクを押して改札を抜けるというちょっと不思議な感覚を味わいつつ、そのまま電車に乗り込む。目が2つついたような車両は京王電鉄から譲り受けた「700型」。出発すると、進行方向左側の車窓から遥かに赤城山が望める。田畑や古い民家などを間近に見ながら、電車はのんびりと進んでいく。
昼下がりの下り電車には、ママチャリを押した買い物帰りと思しき女性らも乗り込んでくる。サイクルトレイン(と自転車)が自然に生活に溶け込んでいる風景に驚かされた。
上毛電鉄でほぼ真ん中にあたる「粕川駅」で下車。木造瓦屋根の和風な駅舎。ホームを歩き、踏切を渡り、改札を出るという当たり前の動作も、自転車を持ったままだとなんだか楽しい。
ここまでの移動距離は約20kmだが、実際に自転車の乗ったのは1km余り。ここから本格的な赤城山サイクリングがスタートする。信号がない交差点は前橋市役所自転車部のメンバーが先回りして安全を確認するという手厚いもてなしもあって、一行は快適に進んだ。
「上毛電鉄でショートカットするからビギナーでも楽しめるんです」と前橋市職員で「自転車の町・前橋」を推進する松島伸安さんは話す。松島さんは元競輪選手で、「群馬グリフィン」の立ち上げにも関わり「自転車の町・前橋」を前橋市文化スポーツ観光部スポーツ課の清水一孝さんと推進している。
粕川駅は標高185m。標高105mからわずかに上ってることになる。交通量の多い市街地を抜け、幅広い国道に直接アクセスすることができるからだ。快晴ではなかったが、頭に雲をかぶった赤城山を目の前に見ながら、ゆるやかな上りをヒルクライム開始!
来年は“お花見レンタサイクル”?
左右に収穫を控えた稲穂や昔ながらのかかしを眺めながら隊列は進む。先導する山本市長は「いいでしょう。この風景」と笑いながら、中村社長と悠々と進む。安定した力強いペダリングだ。
なんでも、数日前の公務終了後、「参加者が満足してくれるか、安全なコースか確かめたい」と、自ら試走したのだとか。だとすれば相当な本気度がうかがえる。
山本市長は「14歳のころからか、ランドナーで遠くへ出かけていました。今は利根川の近くに住んでるので週末はシクロクロス車でオフロードを走ります。バランス感覚が必要だし、面白いよね」と続けた。単なる政策のためだけでなく、本当に自転車が好きなのだと感じた。
上り初めて約7Kmでこの日の最高地点、標高約440mの「赤城南面千本桜」に到着。日本さくら名所100選にも選ばれるスポットだ。来年は前橋市で「全国さくらサミット」が開催される。「自転車部」メンバーから「ここは本当に春の桜がきれいで、ヒルクライムにもオススメです」と教わっていると、山本市長からは「そうだ。来年は“お花見レンタサイクル”をしよう」と新たなプランが飛び出した。
赤城山に向かうヒルクライムが終わると、左折して右手に山頂を見ながら、国道353号を進む。大きなアップダウンをしながら、少しずつ下る見晴らしの良いコースだ。コーナーに注意しつつスピードを上げ、左手には前橋市の町並みを見ながら走る。薄曇りで気温は20度くらい、下り坂の風が心地よい。
「これはいつまでも走っていたいなあ」と、誰ともなく声が上がった。最後の休憩は「大胡ぐりーんふらわー牧場」で風車と赤城山をバックに記念撮影。職業も自転車の経験もさまざまなサイクリストが集まったが、日本離れしたのどかな風景に参加者から笑顔がこぼれた。
その後は赤城山ヒルクライム大会のコースになる国道4号線を横切り、利根川沿いを一気に下る。敷島公園周辺はおしゃれなカフェがあるが、この日は夕立が迫っていたため断念。最後は群馬県庁舎を拝みながら「ぐんまちゃん」の石像にあいさつし、充実の「赤城山まるごとサイクリング」を終えた。
目指すは「ポートランド」
サイクリング後には市スポーツ課による意見交換会が行われ、山本市長は「私は東京でもなく、横浜でもなく、『ポートランド』を目指しています。あの質感、自転車が似合う街、前橋を穏やかな町にしたいのです」と力説した。
オレゴン州の都市、ポートランドはアメリカで最も自転車に優しい町として知られ、地産地消やコーヒーショップ、ビールのブルワリーなど、日本でも注目度は高い。そのゴールを念頭に、「自転車の町・前橋」を推進するため、今後次の「6項目」を行うことを宣言した。
①自転車新文化推進室の設立
②タンデム(二人乗り自転車)で盲学校の生徒にも自転車の楽しさを知ってもらう
③赤城山周辺を回るサバイバルレースの開催
④古民家を改装して「サイクリストハウス」を建設
⑤前橋ドームを使った「ドームスプリント」を研究する
⑥はとバスで前橋サイクルガイド
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「自転車が似合う街」にふさわしい2店
毎年多くのサイクリストが訪れる前橋市には、自転車にちなんだカフェやショップもある。「自転車が似合う街」にふさわしい丁寧な暮らしを感じさせる2店に立ち寄った。
■「Valo kioski」
市内の弁天通りの角にある「Valo kioski」(バロキオスキ )。美容室「Valo」の一角をカフェにした温かい雰囲気の店だ。外には、8台くらいは止められそうなバイクラックが設置。しかも自転車に傷がつかないよう、バーテープが巻かれている。長い髭にサイクルキャップをかぶった橋爪博翼さんが淹れるコーヒーを求めてサイクリストが朝から集まる。朝7時からの営業で「週末はよく、赤城山を朝上ったサイクリストさんがそのまま来ますよ」と話す。
人気は朝10時までの「モーニングセット」。淹れたてのコーヒーに、シナモントーストなどの数種類のパンから1種類、たくさん盛られたサラダに、ゆでたまご、そこになぜか小さなチョコレートがついて500円。休日の朝はヒルクライムを終えたサイクリストで賑わうという。
「前橋は車社会だけど、自転車が一番、環境にも体にも良いよね」と 橋爪さんは店に来るにも、手がける畑に通うのにも自転車を使う。ポートランドを感じさせるような環境にやさしい暮らし、自転車が身近にある暮らしがそこにあった。
■「たなかや日赤前店」
もう1店は群馬のソウルフード「焼きまんじゅう」のたなかや日赤前店。焼きまんじゅうは市内に数え切れないほどあるが、この店はサイクリストの休憩ポイントだ。元々競輪選手が集まっていたが、最近は群馬グリフィンの狩野智也選手をはじめ、ロードバイク乗りの”たまり場”になっているという。
蒸したまんじゅうに秘伝の味噌ダレをつけて焼く行程を20回以上も繰り返して作る群馬県の郷土食。その丁寧な仕事ぶり、多くのサイクリストを優しく受け入れる懐の深さという点でも、「ポートランド」というキーワードにつながる店だと感じた。