めったにない事だけれど、子供時代から今までに何回か書いたものを褒められ
「どうしたらこんなふうに文章が書けるの?」
と聞かれる事がある。
その答えは、いつも決まっていた。
「文章の神様が、降りて来るんだよ。」
これは嘘や出まかせではなくて、本当にそう感じていた。
書きたい衝動に駆られると、ペンが勝手に動いていく。
頭で考えて書くのではなくて、不思議な何かの力に書かされているような。
時間もかけずにそうやって書きあげたものは、作文でも、詩でも、短歌でも、人に認めて貰えると確信していた。
でも、何とか形にまとめようとして、うんうんと絞り出したものは、自分で納得がいくものはひとつもなく、誰からも認めて貰えなかった。
今年に入ってからは、書けなくなった。
飼い犬のLが死んで、Lの歌はたくさん詠んだ。けれども悲しくて推敲が出来ない。
いつかはきっと、推敲してLの供養にしたいと思っている。
新聞、雑誌への短歌投稿、詩の投稿と、毎月のノルマを課していたけれど、不採用ばかりが続けば誰だってへこむ。
そして、このノルマもさぼり気味である。
書けないものは、書けない。
文章の神様は、もう降りてこなくなったのだから。
今は唯一、うささん(id:usaurara)の #短歌ハッシュで短歌を詠んでいるだけで、いっぱいいっぱいだった。
去年は、はてな題詠「短歌の目」に参加した。
あの時は、毎月10首も我ながらよくやれたものだと思う。
馬鹿じゃないかと思われるだろうが、朝まで眠らずに歌を考える事もあった。
今じゃとっても無理…
他の方々は皆、いろんな場を持って活動されているというのに。
と、ぼんやり考えていたら、流れてきたツイート。
短歌の目再開します/お題募集します - はてな題詠「短歌の目」: https://t.co/RpSVhyMCNF #短歌の目
— はてな題詠「短歌の目」 (@tankanome) 2016年9月2日
ただ、動揺するばかりの私。
まままマジッすか… https://t.co/A8rzREqQmk
— たんぽぽ (@tanpopo09123) September 2, 2016
ある新聞社から、私の文章を掲載すると連絡があった。
このブログで多くの方から誉めて頂いた2100字の記事を、600字に書き直して出したものだった。
コトノハの神様は、まだ近くにきっといるはず。
それは、書くことをやめてしまわない限り、目には見えないけれど、側にいるのだ。
短歌も頑張ろう。ヘタクソでもいいからまた詠もう。
短歌の目、参加します。