アイヌ音楽グループ、フンベシスターズのライブを聴きに朝倉市へいきました。ライブ前のムックリ演奏ワークショップにもちおと二人で参加したざんす。
フンべシスターズは2009年に結成されたアイヌの女性三人組による歌と踊りとムックリ演奏グループ。フンべとはアイヌ語で鯨のことで、ヤキフンベはマッコウクジラ、ケネフンベはハンノキクジラ、ノコロフンベはイワシクジラを意味するのだそう。フンベシスターズ - Wikipedia
ムックリとはなにか
ムックリはアイヌの口琴。とても素朴なつくりで竹のヘラを削ったような形をしています。大きさも厚みも竹とんぼの羽に似ている。北海道では竹が取れなかったので、昔は違う素材で作られていたそうです。しかしこのムックリは竹とんぼと違って代々大切に受け継がれる楽器でもあり、なんと世界大会があるのだそう。
北海道ムックリ大会優勝
世界口琴大会
オランダ大会参加
ノルウェー大会参加
サハ共和国大会参加
2011年世界口琴大会
製作の部(金属以外)最優秀賞受賞
2014年8月 第8回国際口琴大会
ドイツ大会参加
ムックリ大会。そんな世界が世の中にあるとは知らなかった。ちなみに鈴木紀美代さんは現在道内で販売されているほぼすべてのムックリの製作してされているそうです。
Amazonにも売っている。
ムックリ世界大会には世界中の口琴演奏家が参加する。左はモン族の口琴ジャウハープ。中に細い金属製の口琴が入っている。
インドの口琴モルチャン。装飾に凝った工芸品としての魅力もある。
フィリピンのクンビン。竹製で独特の彫刻で装飾が施してある。
アイヌのムックリは飾りらしきものが何もない。これはお土産品だからではなく、アイヌにとってムックリは色を塗ったり飾ったりするものではないのだそう。竹製のムックリは湿度によって音の出方が変わるため、演奏するさいも手汗で湿ると音が変わってしまうので、スペアを用意して演奏する人も多いとか。確かに色塗ったりすると竹が息できなくなるかもな。そうか。ストラディバリウスはホテルの湿度にも反応するみたいなものか。デリケートな楽器なんだな。
と、思ったらケネフンべさんが「ムックリの音が出なくなって悩んでいたときに、油で素揚げしたらびっくりするくらい大きな音が出るようになった」と仰天エピソードを話しておられた。ハードな調整に耐えるためにも不要な飾りはいらないということなのかも。
ムックリ演奏
いよいよ演奏。紐を引っ張って竹を振動させ、その音を口の中で反響させて鳴らす。
音階はないけれど、口の開き方で音が微妙に変化する。「びょんびょんびょんびょんびゅんびゅんびゅんびゅんびぃんびぃん」ってな音がします。
左手でムックリを固定して、右手で紐を引っ張って鳴らす。しかし真横に引っ張ると竹が上手く振動せず「カッカッ」と紐が当たる音だけがする。コツは右斜め前にドアがあると思って、そのドアをノックをするように手首をスナップさせること。慣れるまでは右手をけっこう強めにスナップさせるといいんだけど、そうすると左手が引っ張られるので、それを抑えるのに力がかかる。この左手を上手く抑えるには、左腕の肘を突っ張るように顔の真横に持ってきて頬で固定させること。
仕組みはシンプルなんだけど、これをアレンジするとこんな風になる。(演奏は3:40辺りから)
音だけ聴いていたらシンセサイザーの音を加工しているみたいで、何を鳴らしているのかわからない。奥が深い。
ムックリに挑戦
ワークショップは午前、午後に分けて行われたが、スタッフの方もふくめて午後だけで20代からお年寄りまで30人近くの参加者が集まった。まずヤキフンベさんの演奏をお手本として聞いて、ケネフンベさんの技術指導がはいる。
「ムックリは意外に難しく、音が出るまでに時間がかかります。まずは手元で鳴らせるように練習しましょう」とケネフンベさんから案内があったのだけれど、もちやまは2、3度紐を引いたらすぐびょいんびょいんと音が出るようになり、「すごい!めずらしい!」とほめられた。もちおは不敵に微笑みながら「40年生きてきて、ようやく俺にしっくりくる楽器に出会えたな…!」とつぶやき、すぐさま口の中で鳴らすフェーズに移行していった。
会場のあちこちでカッ!カッ!びょんびょんと音をたてながら、みな一心不乱に口を半開きにして竹をくわえる様はなかなかシュールで、わたしの様子を横で撮っていたもちおは「これ、人に見せたらダメなやつだ」といっていた。ちなみにアイヌではムックリは森の奥でひっそり物思いにふけりながら、あるいは静かな部屋で雨音や熊の鳴き声を模したり、恋心を音に乗せたりするもので、集団で演奏するものではないそうです。でもこの反響音が合奏になるところを想像したら、すっごく集団で鳴らしたくなった。
アイヌとムックリ
アイヌでは年頃になると窓のない部屋を娘のために作り、娘を想う若者が親の目を盗んで*1部屋へ通ってきていたのだそう。そんなとき若者が外でそっとムックリを鳴らすと、娘はムックリの音色から誰がやってきたのかわかったんだって。
ヤキフンベさんはおばあさまのムックリに触りたくてたまらなかったけれど、おばあさまはけしてさわらせてくれなかった。でもある日、その大事なムックリをおばあさまはヤキフンベさんにくださった。「おまえがアイヌのことを伝えようとしているからくれたんじゃないか」とおかあさまはおっしゃったとのこと。
この思い出のムックリもふくめて、明治時代に作られたと思われるムックリを何本か見せていただいた。素材が違うからか、当時のアイヌの手が小さかったからか、ムックリはいまより小さい。でも形はほとんどかわらない。
左が現代のムックリ。
これが何かを知らずに見たら、ムックリはささやかな竹細工にすぎない。楽器だと知っても、竹を削っただけの、何の飾りもないこの素朴なムックリが孫の憧れだった時代があり、文化を伝える気があるのならと受け継がれた特別なものだとはわからない。
金銀で作られ、意匠をこらして華やかに彩られたものは特別なもの、その場で削っていくらでも作れるものは価値の低いもの。そういう文化でムックリの価値に気づくのは難しい。子どものころ北海道土産でムックリをもらった記憶があるけれど、竹とんぼの仲間かな、としか思わず、その場でいくらかはじいてすぐになくしてしまった。
背景を知らなくてもダイヤの指輪は価値があると考えるけれど、竹とんぼの親戚のようなムックリは子供のおもちゃだと軽く考えてしまう。人からムックリを奪い、折り、焼いて、台無しにしても、バイオリンを叩き割るほど気は咎めないかもしれない。でも奪われた人にとってムックリは、あとからいくらでも作れる竹細工ではない。
こういうことは民族の歴史と文化を聞かないとわからない。
ムックリ世界大会
最後に一人ずつムックリを鳴らした。もちおは初挑戦ながら抜きんでたムックリタレントを発揮し、大いに褒められ、拍手喝さいを受け、得意満面であった。「二人で、世界、狙うか…!」「ムックリ世界大会か…」と話していたら、奥にいたおじいさんが「来年、このメンバーで集まってもう一度やりましょう!」といった。同期生の結束が強まる。
しかし会場を出たあとのもちおは「アイヌは針が持てるようになったらすぐ女の子には刺繍をさせる。そして出来がどんなに悪くても、『じょうずだ、じょうずだ。きれいだ』とほめる。ほめて伸ばすのがアイヌのやり方」という話をふりかえり、「アイヌはほめてのばすんじゃの。俺は、少し冷静になった」と遠い目をしていた。でも帰り着いてからも、今朝になってからも、家でびゅんびゅんびょんびょんさせていたので、とにかくムックリは気に入ったんだと思います。
ライブの模様はまたこんど。
*1:「と、子供は思ってるんですが、バレバレなんですけどね!」とケネフンベさんが解説していた。