■日本の夏と冬はどちらも結構厳しい
フランス・パリは意外と湿潤で、1年を通して乾球と湿球の差は小さい。しかし、夏でも乾球温度が低く涼しいので、対流・放射といった発汗以外の方法で十分に放熱ができるから快適である。冬はそれなりに冷え込むが、ちゃんと暖房設備が充実している。賃貸アパートでも暖房18℃までは家賃に含まれるなど、快適に暮らすことは「当然の人権」と認識されている。
フィンランド・ヘルシンキとなると夏は温度が低いので、もっぱら冬の厳しい寒さ対策が最重要となる。こうした「冬に専念」できる地域では、建物も冬仕様で造られている。しっかりした家に守られて、寒い冬も室内で快適に過ごすことができる。
さて、我が日本の東京を見てみると、世界の中でも厳しい夏と冬が「両方」あるという、かなり難しい気候であることが分かる。夏は乾球温度が高いだけでなく、湿球温度は23℃以上と湿潤で「蒸し暑い」。冬はパリと大差ないほど冷え込み、しかも乾球・湿球の差が大きめで乾燥ぎみでカラカラなことが分かる。このように、夏と冬のどちらも人間にとって厳しい日本。夏冬の「両面作戦」を強いられてきたことが、日本の家の性能向上の足かせになってきたことは否めない。
■「温度を下げる」か「湿度を下げる」
夏に強いはずの人類といえども、高温多湿な湿球温度が高い気候は厳しい。放射・対流などの乾性放熱を増やすためには「乾球温度を下げる」こと、発汗による湿式放熱を増やすためには「湿度を下げる」こと。少なくともどちらかができなければ、放熱手段は八方ふさがり。もはや、打つ手がないというのが人体の本音である。
エアコン以外の様々な冷房手段が提案されている。しかし正直なところ、温度と湿度をキチンと下げることができる経済的な機器は、“悪名高き”エアコンをおいて他にない。日本の気候の厳しさを直視して、毛嫌いせずにエアコンを有効に省エネに利用する方法を考えた方が良さそうである。
■高齢者は熱中症のリスクを忘れずに
温度・湿度の調整は、単に快適か不快かの問題では済まない。2014年の夏に救急車によって搬送された熱中症患者は、全国で男女合わせて1万人以上に及んでいる。最高気温の上昇とともに人数は増加し、患者の33%は住宅内で発生している(図3)。
特に高齢者は、体の温熱感が鈍くなっており、また発汗能力が低下している場合もあるので危険。室温の上昇に気付かないまま倒れるケースが相次いでいる。
むやみにエアコンを危険視する風潮は、こうした健康や命のリスクを犯している。ヒートアイランド現象や地球温暖化により近年の気温は上昇傾向にあるとされ、夏の暑さはさらに厳しくなる可能性が高い。日本の夏の手強さを再認識し、必要と感じた時には無理せずエアコンをつけることをお忘れなく。
前真之(まえ・まさゆき) 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻准教授。博士(工学)。1975年生まれ。1998年東京大学工学部建築学科卒業。2003年東京大学大学院博士課程修了、2004年建築研究所などを経て、2004年10月、東京大学大学院工学系研究科客員助教授に就任。2008年から現職。空調・通風・給湯・自然光利用など幅広く研究テーマとし、真のエコハウスの姿を追い求めている。
(書籍『エコハウスのウソ[増補改訂版]』の記事を再構成)
[参考]「エコハウス」と聞いて思い浮かべる住宅のデザインや暮らし方の多くが、真の省エネにはつながっていない。東京大学で省エネ住宅を研究する気鋭の研究者が、実証データやシミュレーション結果をもとに、一般ユーザーや住宅関係者が信じて疑わない“エコハウスの誤解"をバサバサと切っていく。初版発行後に明らかになった新たな知見や、2020年の「省エネ基準義務化」などについて大幅に加筆した。