ギュレン派研究のハーカン・ヤブズ教授インタビュー「敗戦から分裂へ」

 

一方で素晴らしい情報を出して絶えず持ち手を増やす告発者…。もう一方で「だ」「である」といった断定的な発言をする我が国のテレビ・コメンテーター…。また未だ国際的ブレインたちを標的とする政治家たち…。これらの雑音から健全な解析を取り出すことは難しい。トルコでギュレンに関して出版されている客観的な学術研究の数は1つ、2つに満たない。世界で教団(ジェマート、ギュレン教団のこと)を最もよく研究している人物の一人であり、第一人者であるのがユタ大学政治情報学部のハーカン・ヤヴズ教授である…。ヤヴズ教授は、一時期、教団に近い立場に立ち、フェトフッラー・ギュレンと何度もインタビューを行って、2000年代の終わりに本紙に掲載された3つの発表によってはっきりと距離を置いた人物だ。教団について最初の国際的学術活動を行い、2冊目の著書はオックスフォード大学出版から出版された。ギュレン派テロ組織の最近の状況とトルコでこの仕組みを生み出した社会的倫理の問題について、彼と話をした。

 

 

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――ギュレン派テロ組織のクーデターは何が目的だったんでしょうか?

 

「これは、政治的イスラム、つまり公正発展党(AKP)と社会的イスラムに支えられている教団との間の権力争いの暴力的形態である。目的は、AKP運動の創設者かつ象徴であるエルドアン大統領を取り除くことだった。12月17日~25日に中途半端に留まった仕事(訳者注:2013年12月17日に政府高官に関する汚職事件が発生し、ギュレン派による捜査が行われた)の続行だった。トルコを― 多く欧米の期待に応える形 ―再構築するものだった。「黄金世代による独裁体制」を構築するつもりだった。「黄金の士官」が退役させられることを懸念して、クーデターが早めに実施された。狙いは、イスラム法やイスラム主義体制ではなく、権力の独占だった。」

 

 

――ギュレン自らが組織したことは、はっきりしているんですか?

 

「その質問に「はい」と言えるほどの「明確な証拠」はない。しかし軍での支持者たちがおこなったものである。フェトフッラー・ギュレンは『私に共感を寄せる者たちが行った可能性があるが、私は命じていない』と述べた。このような深刻な結果を生むであろうクーデターが、彼の同意なしに行われはしない。しかしこれをアメリカの法廷で証明することはとても難しい。彼自身が書いたり言ったりした命令の記録は未だにないのだから。」

 

 

――組織はどうしてこのように痕跡を残さずに活動できているんでしょうか?

 

「教団の「隠れた顔」は常にあり、社会学的な研究は一切行われなかった。この秘密の側面を、従順な仕組みに支えられる、「Opus Dei(キリスト教カトリックの属人区)」になぞらえている。この暗い側面を開示しようとする人々は大きなトラブルに巻き込まれた。常に隠そうとしてきた。」

 

 

――どのようにして?

 

「新聞記者、教師、医師、警官、軍隊、弁護士、裁判官といった職業グループに応じてリンクがある。このリンクの中で縦横の網がはられていて、リンク間の関係を整える「イマームたち」がいる。しかし3つのリンクは、秘密裏にかつ頂点に、つまりギュレンにつながっている。この3つのリンクは、警察、軍隊、財務のことだ。ギュレン師の最も近しい者たちでさえ、この3つのリンクの動きを知らない。師は自伝『私の小さな世界』で常に用心深くあり、隠れるよう強調している。その後、教団のアンカラでの案内人は警察学校になり、犯罪に密接に関わった。案内人である警官の活動の鼻先は、犯罪、盗聴、恐喝から離れなかった。」

 

 

ギュレンの武装教団員はスアト・ユルドゥルム

 

――決定を執り行った、上層部の指導者たちは誰ですか?

 

「全てのリンクは、状況に応じて重要性を得て、重要性を得たリンクのイマームが威信を高める。トルコでの組織のなかで最も重要な人物は、ハルン・トカク、ムスタファ・イェシル、ムスタファ・オズジャン、エクレム・ドゥマンル、ヒダイェト・カラジャだった。しかしこの三つのリンクは直接的にギュレンにつながっていたままだった。アディル・オクスズ(空軍のイマームであったと考えられている)は直接ギュレンにつながっている。運動の中で彼のことはわからないが。わかっているのは、アディル・オクスズの師が神学部教授のスアト・ユルドゥルムであることだ。今アメリカでギュレンのそばにいる、運動の武装教団員は彼だ。サカルヤ大学の神学部を意のままに動かしている。アディル・オクスズをそこへ迎え入れた。運動内で最も明らかでない部分が神学部出身者である。」

 

 

――何故?

 

「トルコでは簡単な仮定がある。敬虔な人間は倫理的で安全である、という。この隠れ蓑によって全て汚い仕事は彼らが行った。イスラムの中身が無くなり、権力闘争の道具となった。市場競争、政治的勝利という目標の中でそうなった。全ての大学に神学部がある。学術的貢献とは何だ?モスク、神学部の増加に付随して、倫理の墜落と野蛮化を経験した。宗教は、倫理的であるために十分な基盤を提供しない。慈悲と寛容の名の下で出発したギュレン教団が今現在に至ったことを理解するには、ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』という小説は再び読まれるべきだ。」

 

 

――エーコは何と言ったんですか?

 

「カトリック司祭たちが、ある裁判のために、どのように人を殺め、無罪の人間を簡単に殺したのかを、伝えている。裁判人は、裁判に屈服し、批判的な考えと疑問を敵と見なしている。この裁判人のようではない、批判し疑いを抱く世代を育てる必要がある。しかし「先導者」の多くが神学者であるが、倫理的杞憂から免れたようだ。 トルコの問題は、倫理の問題なのだ。教団の現況はこの病いの構造の現れなのだ。」

 

 

――つまりクーデターも神学関係者が組織したと…

 

「きわめて秘密裏に組織された。今後も名前が決してわからないイマームたちの仕事である。もちろん中心には、参謀本部の人事局長イルハン・ タル空軍中将と人事計画運営部長メフメト・パルティゴチ空軍准将がいたようである。しかし将官達はみなギュレン派ではなかったと思う。7月15日クーデターは軍部内にため込まれたガスが、ギュレン派士官によって爆発したものである。」

 

 

ギュレンは恐がりで、生きることを愛する人物!

 

――ギュレン派テロ組織の国外での有力者たちは今何をしているのですか?計画は何ですか?具体的に推測はおありですか?

 

「頂点の「Aグループ」もしくは「政治局」のメンバーといえる「先導者」の多くは、大きな資金を用いて新しい生活を築こうとしている。しかし運動の顔、西向きの教育を受けた層は、敗戦したナチスの士官たちのような精神状態である。認識論的な危機を経験している。一部は、イマームを疑い始めたと聞いている。」

 

 

――(あなたの言う)イマームとは? 

 

「事件と自分たちのあり方を構築する規範的(倫理的)な構図が崩壊したようだ。多くは反抗している。彼らは「ヒズメット(訳者注:奉仕という意味で、ギュレン派が自教団を指して言う言葉)」がすでに汚れたブランドであると考えていて、模索中である。現況についてフェトフッラー・ギュレンとトルコにいる「先導者」を問いただしている。実はクーデター中にクーデターがある。教団内での若いメンバーの反抗は、徐々に広がっている。一部の人々はギュレン師がトルコに戻ってくる必要があると訴えている。」

 

 

――公言しているんですか?ギュレンは留意しているんですか?

 

「反抗の広がり具合に関連している…。しかしギュレン周辺の「政治局」がトルコ帰還を許可するとは思わない。そもそもギュレンはこの政治局の手の中の人質だ。 本人の性格からも戻るとは思えない。恐がりで、生きるのを愛する人物…。しかし「ヒズメット」ブランドは賞味期限が過ぎ、立て直すことは不可能だ。」

 

 

――自白した士官が「ギュレン派テロ組織の新たな標的はエルドアン大統領を暗殺すること」と言った。これは可能ですか?

 

「軍部、警察から解任された何万人もの人が居る。失うものはなくなったようだ…。この種の人間は狂った地雷のようだ。向こう数年は、大きな緊張を孕んでいる。治安機構は崩壊し、司法は大きな損害を被った…。社会には献身的な多くの人がいる。」

 

 

――CIAやアメリカ合衆国はこのことに関係していますか?絶えず名前が出てくる、2人の元CIA職員、グラハム・フュラーとヘンリー・バーキーをあなたはご存じです。関係はあり得るのでしょうか?

 

「二人のことはよく知っている。フュラーはトルコを長年観察し、素晴らしい働きを行った。しかしすでにアメリカでなく、カナダで暮らしている。トルコをもう何年も追っておらず、間違った判断を下すアナリストだ。彼自身を過大評価するのはまったくの陰謀論である…。ヘンリー・バーキーは長年話していないが、諜報部員であり、学者でもある…。学界でも政界でも影響力はないが。クーデターの夜、彼がトルコにいたと知っているが、メディアで報じられた以上の情報は知らない。ジェームス・ジェフリー元在アンカラアメリカ大使は、フェラーが「愚か」だったと言っていた。率直に言って大きく間違ってはいない。この2人は横に置いておこう。しかしアメリカの一部がクーデターが失敗することを強く悲しんで、クーデターの間、すぐ態度を決めず悪い結果を出した。」

 

 

――彼らはギュレンを戻すのですか?

 

「トルコが良い証拠書類を用意したとトルコメディアから知った。しかしウォール・ストリート・ジャーナルでデヴリン・バッレットとアダム・エントウスが『多くのことを言っているが、証拠不足である』と書いた。トルコの政治的振る舞いと書類の法的な内容が大事なのだ。」

 

 

 

拷問の映像がとても酷い

 

 

――クーデターへの反発、取られた対策をどう見ますか?

 

「嫁たちが姑たちを嗅ぎ回っているようだ!海外メディアはクーデターで多くの人権侵害とこうした扱いについて考究している。海外では乱暴なエルドアンへの敵意がある。この底流には、何世紀にも渡る反イスラムとトルコ…。トルコは自身を伝えられず、伝える人物がいない。拷問の映像もことを非常に難しくした。」

 

 

――どうやって?

 

「ドイツの哲学者、ヴァルター・ベンヤミンは、『歴史はすでに映像に残っている、伝聞にではなく』と言っている。その映像が「拷問者トルコ」の認識を築いた。国際人権団体アムネスティ・インターナショナルの7月24日付けの報告が強く影響した。トルコは自身のことを伝えられなかった。国際的な規模で著し、また著せる唯一の人物が、イブラヒム・カルンだった。トルコの官僚と政治家のレベルは望まれるクオリティからはほど遠い。ある「野蛮さ」がある。海外で教育を受けたトルコ人は帰国を望まない。コロンビア大学で博士課程を終えたある若者は『トルコで教授になるくらいならここで給仕になりたい』と言っている。」

 

 

――何故?

 

「あなたがインタビュー行って、我が国でギュレン教団を最も良く研究しているヤヴズ・チョバンオール氏は、トゥンジェリで仕事を見つけられた。トルコ中心部の大学で仕事を得られないのは、教団の互助組織のメンバーではないからだ。ボアズィチ大学やイスタンブル・ビルギ大学も彼を受け入れない。そこにある仕組みが許可を出さないのだ。トルコは才能ある人々が軽く扱われる場所である。」

 

 

多くのAKP党員を削ると、下から教団が出てくる

 

――このことでAKPの責任はどのくらいでしょうか?「アッラーが我らを許しますように」との言葉を、どのように受け止める必要があるでしょうか?

 

「教団が悪い道に陥ったことについて、党の罪は大きい。国民教育省、法務省、内務省の鍵を教団の手に渡したのはAKPなのだ。当時の大臣たちは彼らと共同で動いていた。さらに一部の大臣の子ども達を教団が教育した。国会議員や市長になるためにギュレンの手はキスされた。(AKPとギュレン派は)お互いをとてもよく知っている2つの組織だ。彼らは政権与党へと共に歩み、共同で活動した。今日AKP党員の多くの政治家を軽く削れば、下から教団が出てくる。 ゼケリヤ・オズと当時の検事たちの無法の振る舞いを、政府は大いに支えていた。今日の政治が法律をこれ以上弄ばず、諸機構をあれこれの教団に委ねないよう願いたい。」

 

 

――このような意図はあるのでしょうか?

 

「他の教団が支配的になる警察組織ができあがっている。ナクシュバンディー教団員が空白を埋めるために闘いを始めたのはとても残念だ。保健省にはある一定のグループが主導権を握っているといわれている。昔はエネルギー省にも同じ教団が支配的であったと言われている(メンズィル教団を指している)。懸念材料だ。7月15日クーデターから学び、世俗主義の仕組みを守り、才能に準拠したシステムが現れる必要がある。」

 

 

――なぜ我々はこの袋小路から逃れられないのですか?

 

「クオリティの低さ、野蛮さ、コンクリート[公共事業のこと]の他に目的がない歴代与党が原因だ。アンカラでバラックのように建っている国家図書館を、さらに周りのショッピングモールをご覧なさい!社会的な素材は無視された。すべてが多車線道路、橋、舗装作業から成り立っていると考えられた。そして薄っぺらな社会、薄っぺらな国が出現した。コンクリートで舗装することで社会は成立しない。国は法律や社会的倫理の点で何も無くなってしまった。問題は政治的なものではなく、倫理的なものだ。倫理の構築はショッピングモールの建設には似ていない。」

 

 

――こうした出来事全てが政府の「敬虔な世代」計画に影響するでしょうか?

 

「我々が目的とするのは、考えるトルコなのか、でなければ服従するトルコなのか?「黄金の世代」計画がどんなことを引き起こしたのか、そこから教訓を得ないのか、国の仕事はこうあってはならない。倫理の条件は敬虔さではないのだ。またトルコのイスラム主義化は大きな問題を生む可能性がある。中央アジアで宗派戦争が生じる中、我々も諸教団の戦争に直面しかねない。とても気がかりだ。引き裂かれ、すり切れた倫理的な構造を宗教で立て直すことは出来ない。」

 

 

建国の哲学を再び活気づけなければならない

 

――教授は大統領と首相の最近の「アタトゥルク主義者」的なメッセージをどのように解釈しますか?

 

「状況に応じたものでないようにと願っている。国が能力を重んじ、法を重視し、教団のしがらみではなく国民としてのつながりを訴え、批判的な考え方を認める建国の哲学を活気づけなければならない。諸々の声明は私に希望を与えている。」

 

 

――大統領が権力を統合すれば、世俗派とは再び離間しますか?たとえば「(タクスィムの)砲兵兵舎」を造らせますか?

 

「そうは思わない。12月17日~25日の過程と、7月15日クーデターは、新しい政治の模索をもたらしたと思う。和解の姿勢が続く必要がある。」

 

 

――AKPが代表する「勢力」は世俗派と和解出来るでしょうか?

 

「出来るが、しかし問題は単に「和平」状態にすることか、それとも「共生する」ことか?社会として成り立つには、「和平」状態の先へ行くことが必要だ。この件では重大な懸念がある。我々の倫理的な地盤は、とても弱く、さらに言えば何もないなのだ。」

 

 

――AKP層は西洋的な意味での民主主義を望んでいるのでしょうか?

 

「確かではない。我々の政治的な文化、法的な文化、組織は、西洋的な意味での民主主義を支える力を持っていない。民主主義は一夜では構築されないものだ。我々はこの過程の出発点にいる。そして良いスタートをきれなかった。」

 

 

――自由主義的な民主主義を望むなら、政治的イスラムが抑えられ、統制下に置かれることが必要でしょうか?強化された際に、バラの花園の中にいなかったように見えましたが……。この矛盾をどう解決しますか?

 

「イスラムは我々の信仰だ。我々の政治文化を支える最も重要なシンボルの源泉だ。他の宗教のように民主主義と折り合わない。折り合うことが条件ではない。 神の規則と社会が考えを同じくして築いた規則はいつでも折り合うことが難しい。一つの基盤には啓示が、もうひとつには理性がある。イスラム諸国での試みは、イスラム政治運動が成功をおさめていないことを示した。これは「宗教を排除せよ」ということではない。政治と公共空間ではありえる。だが国家構造の外にあってしかるべきだ。」

 

 

――教授は自身の活動のなかで、長年教団やAKPをイスラムを民主主義に導く扉として扱ってなさいました。幻滅を経験されたのではないでしょうか?

 

「強い期待を抱いていた。私はイスラムと民主主義や近代性の融合が行なえると考えていた。大きな期待を抱いて多くの活動に身を投じてきたが、不安もあった。2008年に行く末がとても悪いとみていた。本紙上で私が叫んだ言葉に教団は耳をふさいで、私を標的に据えたのだ。」

 

 

――自立するためには何が行われなくてはいけませんか?

 

「ヨーロッパと手を切ることや、アメリカとの敵対関係はとても有害なものだ。トルコは同盟国なしでは生きられない。この同盟国にロシアはならない。EUがトルコを見下すことを許してはならないが、しかし彼らがわかる言葉で話さなくてはならない。我々の政治と経済上の中心はブリュッセルだ。そう留まらねばならない。」

 

Hurriyet紙(2016年08月21日付 )/ 翻訳:伊藤梓子

 

■本記事は「日本語で読む世界のメディア」からの転載です。

 

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