結論から先にいえば、(本来的な)外資系企業においては、日本企業が定期的に実施しているような「異動」という概念も慣行もありません。えー!と思われるかもしれませんが、本当にそうなのです。外資系にいわゆる「人事異動」はないのです。
では、入社した社員はずっと同じ仕事をし続けるのか?という疑問が思い浮かぶと思いますが、じっさいその回答は、原則イエスなのです。本人が自ら希望して上位の仕事をめざしたり他部門の仕事にアプライしていかない限り、本人の仕事はずっと変わらないのです。
そんなことが本当に可能なのか?本当に社員はずっと同じ仕事のままなのか?という疑問が湧くかと思いますのでその理由を説明します。
まず、外資系における「採用」は、ほとんどの場合、ジョブベース(ポジションベース)です。たとえば、経理のアシスタント、人事のリクルーター、マーケティングのスペシャリスト、ITのシステムエンジニア、役員秘書、アカウントマネジャー(顧客担当営業職)、シニアコンサルタントといったジョブです。
当然といえば当然ですが、これらの一つひとつの「ジョブ」は名称も異なります。1つひとつのジョブは、求められる責任や期待される行動が違います。つまり、誰でもどのジョブをこなせるというものではありません。
したがって、横の職種への「異動」は実際にあまり見られません。もちろん、キャリア初期の段階でいまのジョブに向いてないとわかった場合(例えば「直販営業は自分に向いてないので営業企画に移りたい」とか「保守サポートではなくコンサルの仕事がしたい」といった場合に部門間・ジョブ間での異動が成立するケースはあります。
しかしながら、やはり外資系においては、それぞれの職種・ジョブでプロフェッショナルな専門家を採用し、彼らにその道のプロとして働いていただき成果をあげてもらうことが期待されています。日本企業のような職種横断的な人材育成は、会社からも本人からもあまり求められていません。
もちろん日本企業でも「職種別採用」として「営業職」「事務職」「技術職」「研究職」などの職種はその分野に特化した人材を新卒から採用する場合もあるかとは思いますが、その職種の担当者レベルから管理職/専門職の高いレベルまでの「広い上下のレベル」を網羅しているという意味で外資系でいう特定のジョブやポジションとは異なります。
そもそも外資系の会社組織体は、レンガの建築物が1個1個のブロックから構成されるように、1つ1つのジョブ(職務)から組織が構成されるため、人に着目した概念である「人事異動」という行為自体がそもそもジョブベースの組織形態に適合的でないのです。
もちろん、社内公募によって社内人材を優先的にあてがう場合(あるいは外部候補者の適任者が見つからず結果として内部候補者が充填される場合)もあります。
しかしながらそうした社内公募による内部候補者で補う場合でも、今度は異動したその人自身がまさに異動前についていたジョブが空席になるため、そのジョブをまたどこかから埋める必要がでてくるのです。
このような理由により、外資系=ジョブ型の世界では日系企業のような定期的な「異動」がないのです。一部の職種においてジョブローテーションを行うことはありますが、日系企業のように多種類の職種・部門を巻き込む形での広範な組織的異動はあり得ないのです…。
さらにいえば、外資ではすべて「本人合意」の上でのジョブの変更です。日本企業のように本人の意志や希望に関係なく会社側の一方的な意図(就業規則上の規定だけ)によって本人のジョブを変更することはできません。なぜなら、ジョブ型契約の特徴として本人の地位や勤務地の変更すなわち「ジョブ」の変更は、本人と会社との労働契約・労働条件の変更そのものにほかならないからです。
裏返していえば、本人が合意しない限り、ジョブ(地位や勤務地)はずっと永久に変わらないということです。本人が望まない転勤も一切ありません。東京でずっと働きたい人や転勤したくない人はその希望がごく当たり前にかなうのです。
ここからが少しややこしいのですが、先述のとおり外資系でもまったく社内で人材が動かないかというと、例外はあります。たとえば比較的経験の浅い社員や優秀な人材を育成することを目的にした戦略的なジョブローテーションや育成のためのキャリアパスにそったプロモーションを行うことがあります。これは特に組織の規模が大きい場合、たとえば営業職や技術職など同一職種に社員が数十から数百名いるようなケースです。(外資系にジョブローテーションがあるかどうかが「大企業」の試金石かもしれません。)
そのような会社主導のジョブローテーションの場合でも、ジョブが変わる以上、新しいジョブの労働条件が適用されるのが原則です。一般的に、大きなキャリアチェンジを試みる場合でもなければ、自分の労働条件を落としてまで全く新しいジョブにつきたいという人はあまりいません。
したがって、新しいジョブの労働条件がより魅力的(「いまよりも給与が高い」「給与は同じだが仕事が向いている」)な場合に社員が動きたいというインセンティブがはたらきます。
最後に、外資の採用/異動のプロセスを整理します。
・採用活動は個々のジョブ/ポジションごとに実施される。
・人事部門は、各部門の採用マネジャー(上司となる人)の採用活動および選考プロセスを支援する役回り。
・採用にあたって、必ずJD(ジョブディスクリプション)を作成する。
・JDには求められる責任や役割、職務内容、必要な知識・スキル・経験等を記載し、最適な候補者を見つけ選抜するために活用する。
・社内公募または外部公募(または両者の組み合わせ)により採用活動を行う。
・社内公募で現職社員がジョブにつく場合、結果として「異動」ということになるが、労働条件(給与)は新しいジョブにもとづき変更される。
・社内公募で社員が内部異動した場合、その社員が異動前についていたポジション自体が空席になるため、そのポジションでまた採用活動を行うかどうかの判断がなされる(玉突きケース)。大事な点は、社内に空いているジョブ(オープンポジション)がなければ社員の異動も一切発生しないということ。
つまり、社内で「人が動く」ことの大前提は「オープンポジション(ジョブ)ありき」なのです。
そしてそれが「社内」の人材を動かす場合(異動。社内公募やジョブローテーションなど)であっても、「社外」の人材を見つけ選抜する場合(採用活動)であっても、本質的には同じこと―最適な人材を見つけ、選抜し、アサインするという、広い意味での「募集・採用活動」を―行っているのです。
こうして、外資系企業における「異動」という概念は、広義の「採用」という区分に吸収されるのです。
(June 21,2016)