2016-09-15
新海誠作品の「食」と野菜
新海誠作品は野菜の切り方がいい。たとえば、『言の葉の庭』のトマトとゴーヤを手際よく切って盛り付けていくシーン。タンタンタン、とリズミカルに切っていくのが新海流。
ここで作っているのは冷やし中華。思春期の“苦み”を描く作家らしく、盛り付けの野菜も苦みで選ぶのか、と当時は穿った見方をしてしまったのだけど、真相は奥さんの作るものを参考にしたようで。「新海さんちの冷やし中華」だったわけだ。
ところで、新海アニメの「食」はちょっと変わった特徴を持っている。食卓に「不在」が並ぶのだ。易々と家族揃って一家団欒とはいかない。父親か母親、もしくは両方いない状態で食事をすることが多く、不在が何気なく横たわっている(近作はそれが当たり前になってきている気もする)。最新作『君の名は。』でもそうだし、『言の葉の庭』や『星を追う子ども』を振り返っても同じ。食卓の風景に喪失感が入り込んでいるのだ。例外はコメディに挑戦したショートフィルム・NHKアニクリ15『猫の集会』。ほとんど唯一といっていい、不在を匂わすことのない和やかな食卓が描かれている(猫は復讐に燃えているけれど)。
それと、「弁当」がよく出てくるのも作劇の癖かもしれない。思い出されるのは「桜花抄」の岩舟駅で貴樹にお弁当を渡す明里であったり、手作り弁当を作るシーンが描かれた『星を追う子ども』だったり、新宿御苑でお互いの弁当を広げるタカオとユキノの姿。出てくるタイミングは喪失の訪れる前。つまり、日常にあるささやかな幸せのアイコンなのだ。もっとも、その幸せはいっときのものだというサジェスチョンが新海アニメと言えるのだけど……
冒頭で書いた野菜の切り方にも特徴はある。ビデオコンテを工程の要に据える新海メソッドは映像のリズムを音でとる。野菜を切り、包丁がまな板を叩く音はリズムをとりやすいのだろう。『君の名は。』の予告にも入っているトマトを切るカットなど、効果音と台詞でビデオコンテを組み立てていったと語られている。おもしろい共通点を挙げよう。『君の名は。』の作画監督・安藤雅司が同じくメインスタッフで参加した『思い出のマーニー』でもトマトを切っているシーンがある。
比べてみると、生活芝居を見せる意図では一致しているものの、テンポやリズムはまったく違うということがわかる。米林宏昌監督と新海誠監督の志向の違いが反映されているわけだ。
それにしても、ゼリー状の実の中に種が見えて画面の情報量が多くなるトマトは、演出家に好まれる野菜なのだろうか。作画は大変だと思うが、あの赤みといい、密度といい、じつにスクリーンに映える(暗喩にも使いやすいし)。次回作にもトマトが出てくるか、楽しみにしていてもいいかもしれない(?)。
Febri Vol.37 Febri編集部 一迅社 2016-09-10 by G-Tools |
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