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真実様

 投稿者:宝剣  投稿日:2016年 9月16日(金)01時50分39秒
  なるほど!
大賛成!
 

都合のいいところだけ?

 投稿者:真実  投稿日:2016年 9月16日(金)01時24分27秒
  つまり、都合の悪い池田先生のスピーチが
あんなにイッパイあるってコトネ!!

だから2006年から以降のスピーチは
池田大作全集には載せない

池田先生の指導をカットしてるの執行部ってこと!!
新たな、原田版C作戦だね、納得!
 

生涯広布様

 投稿者:宝剣  投稿日:2016年 9月16日(金)01時14分9秒
  ありがとうございます

まさに「青年の心意気」です
電光石火!
素晴らしいです

反板を久しぶりに見ました
関西弁での投稿がありました
標準語にして記載します

無冠様が投稿して下さる先生の御指導に対する批判です
「先生の文章の90%から85%を載せているのを抜粋とは言わない
これは削除という
一般常識である
これでは、師匠の心が伝わらない
宿坊板に都合のいいところだけ載せているのは悪質である」

はあ?
先生のメッセージを削除している原田執行部に言ったら?
批判する相手、完全に間違えている

先生の心を正しく伝えることが、原田会長と聖教新聞、同時中継の仕事

毎回大事なメッセージを「削除」している原田執行部

削除すると「先生の心が伝わらない」
「悪質である」と批判するべき相手は原田執行部ではないか?

そもそも、2006年の御指導を出版しないこと自体、「悪質」である

この言葉、そのまま原田執行部に言うべき言葉
言う相手間違えてる

転倒している
 

Re: 【池田先生の無言の指導】虹と創価家族 様

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 9月16日(金)00時56分6秒
  【先生が何も語られないことに大きな意味がある。】

その通りです。弟子に一切を託されたのです。
私達が責任を持って池田先生の後継の道を歩むのです。

真理を決める主体は『民衆』である。
これが、池田先生の21世紀の宗教の結論です。

個人においても、団体においても、権威や権力、上からの命令や押し付けは、長続きはしない。

また、本物の信仰者になることは出来ない。本物が育つ土壌も出来ない。誓願とは押し付けられるものではない。あくまでも個人の中から湧いてくるもののはずです。
第一、オウムのように幹部がセーガン、セーガンと何かのキャンペーンのように指導していても何がなんだか良く分からない。


『深く大きく境涯を開き、目の覚めるような自分自身と創価学会の発迹顕本を頼む』

ここです。先生が待っているのです。
池田先生を後継する弟子の力によって、次の学会を守り切り開け。なのです。

民衆の心から湧きあがってくるものでなければ、新しい世紀を開く力ある宗教にはなり得ないのです。

~~~~~~~~~~~~~~
http://6027.teacup.com/situation/bbs/56270

>>池田先生の指導を読めば明確ではないか!これが人間主義です。
査問は権威主義であり組織主義である、非人道的な行為と断じます!
ならば、池田先生がご発言されないことが「了承した」とは成り立たなくなるのは明確です。<<

>>さて、過去に安保法制の決議で「池田先生が何もご発言されていないから了承された」と言った幹部に問いたい。

はたして、池田先生がご発言されない事が「了承された」と言えるのでしょうか。
先生がご発言されない事を、組織に都合よく解釈していないだろうか。<<

>>池田先生がご発言されない事に深い意味がある。
それは無言の指導として、会員一人ひとりが真摯に受け止めて行くべきです。<<

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~?【法華経の智慧より】
§信解品§?■ 信解 ?- 「信仰」と「智慧」のダイナミックな関係

斉藤: この座談会のサブテーマは「二十一世紀の宗教を語る」ですが、これに関連して、忘れられない池田先生の語らいがあります。それは二年前(1993年)の三月、ハーバード大学のサリバン博士と会談された時のことです。

須田: 私もよく覚えています。聖教新聞に大きく「二十一世紀の『人間と宗教』を語る」と掲げられていました。

遠藤: サリバン博士は、ハーバード大学の「世界宗教研究センター」の所長でしたね。
名誉会長: そう。その時、語り合ったことが、この「法華経の智慧」の一つの底流にもなっている。

斉藤: 語らい全体が素晴らしかったのですが、なかでも特に印象深かったのは、二十一世紀の宗教はどうあるべきかを論じられたところです。?宗教と宗教は「民衆に応える」という点で「自由競争」をすべきだと、先生は強調されました。そして、その平和的論争の基準ヒして、仏法は三証(文証・理証・現証)を説くこと、宗教にも寿命があり、死せる宗教に固執すべきではないこと、などを論じられています。先生の結論は意外でした。
?「ともあれ何が真理かを決める主体は『民衆』です」と。?いえ、意外どころか、実はそこに感動したのです。“そうだったのか。仏法者の民衆観、宗教観とは、こういうものなのか”と。

遠藤: もし私なら、「日蓮大聖人の仏法しかありませんよ」と言いっ放しで終わったかもしれません(笑い)。

斉藤: 確かに、私たちは、ともすれば、そういう飛躍をしがちですね。?私が感動したのは、二十一世紀の宗教はどうあるべきかを決めるのは「民衆自身」であるということです。これは同時に、民衆が考え、民衆か賢くなり、民衆自身が選んだのでなければ、真の民衆宗教とは言えないということでもあります。

須田: 確かにそうですね。もし仮に、ある優秀な為政者がいて、「正しい宗教はこれだ」と考えたとします。それを国民のために国教にし、「正しいのだから、皆、これを信仰しなさい」と命じたとします。極端な例えかもしれませんが、これでは、宗教は民衆に根づかないでしょう。
?正しいからといって、何かの力によって一方的に与えられたり、保護されたりしたのでは、「宗教の死」です。民衆の「精神の自由の死」につながってしまう。

名誉会長: そう。仏教にはもともと、権力を使って信仰を押し付けようという発想はない。アソカ大王も自身は熱心な仏教徒であったが、全宗教への寛容に徹しています。?日蓮大聖人は、佐渡流罪から戻られた時、寺を寄進しょうという幕府の申し出を断ったと伝えられている。幕府に保護してもらおうなどという発想は、微塵ももっておられなかったのでしょう。

遠藤: 「権力が主体」ではなく、「民衆が主体」ということですね。今の時代では、なおさらそうあるべきだと思います。

http://sgi-shiteifuni.com/?p=6762
 

ジョーカー様

 投稿者:広布後継  投稿日:2016年 9月16日(金)00時10分52秒
  早速の御回答ありがとうございます

人は誰しも必ず死にます
どんな死に様そしてどんな生き様をするのか?
この2年試されると思います

熱原の三烈士に恥じない生き方をしたいと決意しました

烈々たる回答ありがとうございます
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2016年 9月15日(木)23時47分18秒
  今晩は
皆様
ありがとうございました

おやすみなさい
 

御用ジャーナリストと囁かれるだけあるね。

 投稿者:大石小石  投稿日:2016年 9月15日(木)23時30分20秒
  川崎元本部職員のマイホームかなんか知らんがご丁寧に画像までアップですか。本当に御苦労。
でもオバカ振りを発揮してしまったようで。

仮に事実としたら、本部職員は、たかが4千万ぐらいのローンは簡単に組めるという話しです。

ヒロシの自宅、知ってますよ。なんやら由縁のある杉並付近に隣接した某所。

それに比べ柳原君はね…

あまりいうとしゅうじに叱られるからこのくらいに。
弓、中村。あまりやりすぎると矢野問題しくじり、梯子外され、その他の経緯をそのうちやられるからね。






 

全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年 9月15日(木)23時18分17秒
編集済
  全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2008-9-23 【秋期彼岸勤行法要】

■ 一、きょうは、ありがとう!
 自分のため、地域のため、そして広宣流布の勝利のための尊い行動、毎日、本当にご苦労さまです!
 「彼岸」にあたり、ここ師弟会館に御安置されている創価学会の常住御本尊に、彼岸法要の勤行・唱題を行わせていただいた。
 全人類の宿命転換のために、勇み戦っておられる、全国、そして世界192カ国・地域の尊き同志に届けと、私は一心不乱に題目を送り続けている。
 また亡くなられた功労者の方々、さらに皆様方のご家族、そして広宣流布に連なる、すべてのご友人の先祖代々の追善回向を、本日も懇ろにさせていただいた。
 日蓮大聖人は、御義口伝で明快に仰せになられている。
 「今、日蓮と、その弟子たちが、亡くなられた聖霊を追善し、法華経を読誦し、南無妙法蓮華経と唱えるとき、題目の光が無間地獄にまで至って、即身成仏させる」(御書712ページ、通解)
 この末法濁悪の現代世界にあって、大聖人の仰せ通りに、難を乗り越え、不惜身命で広宣流布に励んでいるのは、ただ創価学会の私たちだけである。
 この私たちの唱える題目には、計り知れない大功力がある。それは、生きている人々はもちろん、亡くなった方々の生命にも厳然と通ずる。
 その題目の光は、たとえ言語に絶する地獄の苦しみの生命であっても、赫々と照らして、必ず必ず即身成仏させることができると御断言なのである。
 私たちの題目の響きには、それほどの力が込められているのだ。
 御本仏の仰せは、絶対であられる。
 この一点を大確信していくならば、いかに悲しい生死の別れがあろうとも、嘆きに沈むことはない。
 生命は永遠である。三世にわたって、心を通わせていける。苦しみから救っていける。悲観や感傷をも超克しながら、「常楽我浄」の生命の旅を、ともに励まし、ともどもに歩んでまいりたい。

● 真の追善は創価の和合僧の中に
 一、戸田先生は、よく語られた。
 「広宣流布のために、日夜活躍している子どもの信心の功徳によって、必ず親も成仏していけるのである」
 "坊主に拝んでもらわなければ成仏できない"などとは、御書のどこにも記されていない。
 大聖人は、親孝行の真心を尽くした女性の弟子に対して、"亡くなった、優しかったお父さまは、娘のあなたの題目の声を聞かれて仏になられるのです"と励ましておられる(同1424ページ)。
 さらに、信心に励む女性門下に、「この功徳は、あなたの父母や祖父母、さらに無量無辺の衆生にも及んでいくでしょう」(同1231ページ、通解)と教えられている。
 大聖人の仏法においては、自分自身が仏道修行に励んで成仏することが根本であり、その功徳を故人に回らし向けることが、真の追善回向になる。
 それは、大聖人の御心に寸分も違わぬ、創価学会の広宣流布の和合僧の中でこそ、実現できるのだ。

● 墓地革命の模範
 一、全国の13カ所の墓地公園、また各地の納骨堂でも、彼岸の法要が行われている。
 無事故の運営に当たってくださっているご関係の皆様方に、この席をお借りして、心から感謝申し上げたい(大拍手)。
 なかでも、秀麗な富士を仰ぐ富士桜自然墓地公園(静岡・富士宮市)は23日、記念すべき「950万人目」の来園者を迎えた。
 1980年(昭和55年)の秋11月に開園して以来、刻まれてきた尊い歴史である。
 また、大分の九州池田記念墓地公園は、開園3年余で、ちょうど70万人が訪れた。
 各地で墓参に見えた、信心していない親族の方々からも、清々しい墓園を愛でる声が寄せられている。
 墓石の平等性や、豊かな自然環境の保護も評価されている。さらに、地域に開かれ、郷土の繁栄に貢献していこうとする在り方に賞讃が寄せられ、識者や専門家からも"墓地革命"の模範として注目されている。
 創価の「生死不二の都」は、常に明るい希望のにぎわいである。永遠の安穏と大福徳に包まれている。
 一方、限りない大聖人の大慈悲を無残にも踏みにじったのが、日顕宗である。
 戸田先生は、厳しく喝破されていた。
 「坊主は、人々を救うためにある存在だ。
 それを、御供養といって、信者を金儲けの道具にし、何の贅沢に使ったのか。何の遊戯雑談に使ったのか。
 仏法の本義から根本的に誤った、腐った精神である。あまりにも情けない」
 これこそ、腐敗し、堕落しきった、邪宗門である。正義の学会に敵対した日顕宗の凋落は著しい。
 彼岸の墓園の姿一つ見ても、仏法の正邪は厳然と明らかである。
 「学会は勝った!晴れ晴れと勝った!」と宣言しておきたい(大拍手)。

● 毎日が「彼岸」
 一、もともと世間で言う「お彼岸」、すなわち「春分の日」「秋分の日」を中心に行われる「彼岸会」の先祖供養や墓参は、仏法本来の儀式ではない。
 法華経にも、そして御書にも、「彼岸の法要」については、まったく説かれていない。
 インド、中国にも、見られない。一説には、古来の日本の農耕儀礼が、仏教と結びついたものといわれる。江戸時代に定着して、いわゆる葬式仏教によって巧妙に利用されてさた側面が否めない。
 その点、戸田先生の見方は厳しかった。
 「われわれはみな幸福をもとめて生活している。ゆえにわれわれが真に幸福になり、平和で幸福な社会を建設するために根本的な原理となり規準となるものが宗教でなくてはならない。
 すなわち葬式とか法事などの形式が宗教なのではない」
 そもそも、日蓮仏法では、毎日の勤行・唱題が、先祖への追善回向となっている。
 毎日が彼岸である。いわば「常彼岸」なのである。
 そのうえで、学会は「随方毘尼」の法理の上から、春と秋の「彼岸」を一つの節目に、より信心を深め、仏縁を広げる機会として、追善の法要を行っているのである。(「随方毘尼」とは、仏法の本義に違わない限り、各地域の習慣や時代の風習を尊重すべきであるとする考え)
 「暑さ寒さも彼岸まで」と言われるように、「彼岸」は、太陽を巡る地球の運行リズムの区切りでもある。
 さわやかな気候の中で、浩然の気を養いながら、縁ある方々への報恩感謝の祈りを忘れず、心新たに未来へ進みゆく出発点としていきたい。
 私は、彼岸に際しても、亡くなられた方々の追善とともに、今この時、真剣に戦っておられる同志の健康と幸福、そして、その地域・国土の繁栄を祈りに祈っている。

● 「全同志を幸福の彼岸へ運ぶのだ」
 一、「彼岸」とは、「向こう側の岸」のことを指す。「此岸(こちら側の岸)」と対照をなす言葉である。
 哲学や文学においても、「此岸」を人間的な世界ととらえ、「彼岸」に「真理を悟った境地」「日常からの超越」といった意義を込めることがある。
 仏法では、生死や煩悩の渦巻く迷いの世界を「此岸」とし、成仏を勝ち取った悟りの境涯を「彼岸」ととらえる。
 また「彼岸」は、「到彼岸(彼岸に到る)」ともいい、大乗の菩薩が悟りを得るための修行を指す。
 真剣に、勇敢に、ダイナミックに、仏道修行に励みゆく、実践的な意義が込められているのが、本来の「彼岸」なのである。

 一、生死の苦悩や迷いの激流を、渡り切らなければ、「常楽我浄」の岸へと到達することはできない。
 大事なのは、「渡り切る」ことである。
 どんな修行でも、中途半端では、やり切ることはできない。
 いわんや、仏道修行という金剛不壊の仏の大生命を目指しゆく戦いにあっては、いかなる荒波があろうとも、断固として「渡り切る」ことだ。
 戸田先生は常々、「全会員、全同志を幸福の彼岸へと運ぶのだ」と叫ばれた。
 師匠とともに、同志とともに、一人ももれなく、幸福の岸へ「渡り切る」──そのための創価学会である。
 「師弟不二」「異体同心」の陣列を、未来へと広げゆくのだ。

■ 師が弟子を叱咤するのは、弟子を信頼し期待しているからにほかならない。
 良き弟子は、その師の深き慈愛を噛みしめながら、薫陶を受けていくのだ。
 一、戸田先生の訓練が、どれほど激しいものであつたか。私は、それを一身に受け切った。
 要領のいい先輩の中には、私を「防波堤」として、すべて押しつけ、先生から叱られることを上手に避けている人もいた。
 残念ながら、戸田先生から甘やかされた人間や、先生に気をつかわせた人間は、皆、正しき弟子の道をまっとうできなかった。
 要領ではない。策でもない。
 体当たりで、師匠の薫陶を受けていくことだ。どんな厳しい訓練も、求めて受けきっていくことだ。
 それでこそ、鋼のような人格が鍛え上げられるのだ。

■、仏法の「師弟」の世界は峻厳である。世間的な肩書や学歴などは関係ない。大事なのは「心」だ。「行動」だ。
 いざという時に、師匠にまっすぐに仕えた人、身をもって仏法を学び、一生涯、正義を貫き通す人が、偉大なのだ。その人こそが、真実の弟子なのである。

● 戸田先生の発願
 一、この大聖人の甚深の御心が留められた、広布大願の御本尊こそ、師弟会館に御安置された御本尊であられる。
 向かって右に「大法弘通慈折広宣流布大願成就」、左には「創価学会常住」と認められている。
 創価学会常住御本尊を発願されたのは、戸田先生であった。
 第2代会長に就任された直後、昭和26年(1951年)の5月12日に、先生は、「金剛不壊の大車軸」として、創価学会常住御本尊を請願された。
 この熱誠に応えて、同月19日、学会常住御本尊が、日昇上人によって認められ、翌20日、戸田先生に直接、授与されたのである。
 そして、表装などを整えて、7月22日、戸田先生のもと、奉戴式が行われた。
 先生は、深い真情を、次のように語られた。
 「わたくしは五月三日、会長に就任し、学会は、『生命は永遠であり、われわれこそ、末法に七文字の法華経を流布すべき御本仏の眷属なり』との自覚を生じて、牧口会長が口ぐせにいわれていた発迹顕本をしたのである。
 この確信において、広宣流布大願の曼陀羅をお願い申しあげ、精兵集い寄って、壮大な開眼奉戴の式が営まれたのである」と。

● 常に師とともに
 一、創価学会は、大聖人に直結した、仏の眷属の集いである。
 広宣流布という大使命を帯びた、仏の教団である。
 御本仏・日蓮大聖人の大願である「大法弘通慈折広宣流布」は、そのまま、仏意仏勅の創価学会が断じて成就していくのだ──これが、戸田先生の誓願である。弟子である私の誓願である。
 戸田先生は、こうも師子吼された。
 「わたくしは、創価学会理事長を学会創立以来つとめ.、故牧口会長とは影の形にそうごとく、生死をともにするために生まれてきたのである。
 牧口会長のあの確信を想起せよ。
 腰抜け坊主が国家に迎合せんとしたとき、『日蓮正宗をつぶしても国家諫暁をなさん』との厳然たる命令は、絶対の確信のほどがしのばれるのである」
 この師匠の言葉に触れる時、生死を超えて、崇高な師弟の精神が迸ってくる。烈々たる破邪顕正の、師子王の魂が漲ってくるのである。
 戸田先生は、このときの指導を、「全東洋への広宣流布は、かならず成し遂げられることを確信するものである」と結ばれた。
 その通りに私は、戸田先生の不二の弟子として、創価学会常住御本尊を厳然と護り抜き、妙法を唱え続けながら、同志とともに、世界192カ国・地域へと広宣流布の波を広げてきた。

 一、なお、関西池田記念会館の「池田記念講堂」に御安置されている関西常住の御本尊には、「大法興隆所願成就」と脇書されている。
 この関西常住の御本尊は、昭和30年(1955年)の12月に、旧関西本部に御安置された。
 あの「大阪の戦い」で私は、この「大法興隆所願成就」の御本尊に祈り抜いて、「まさかが実現」の大勝利を成し遂げたのである。
 「大阪のいかなる人であれ、一人でも多く、このたびの戦列に加わって味方となるように!」と、早朝勤行も、丑寅勤行も行った。
 その私の祈りに呼応して、全同志が奮い立ってくださったからこそ、「大法興隆所願成就」の道を開くことができたのである。
 この御本尊を、広宣流布の勝利と拡大の「旗印」として、師弟不二の祈りと行動を貫いてきたことが、大関西の誉れである。
 この常勝の方程式は永遠に不滅である(大拍手)。

● 御本尊中心の団結こそ最も強い
 一、創価学会の創立が、どれほど妙法に則った偉業であったか。
 宗門の大学匠であり、御書全集の編纂をつとめられた日亨上人は、しみじみと言われた。
 「御本尊様も本当に日の目を見たのは、学会が出現してからだ。学会のお陰で御本尊様の本当の力が出るようになったことは誠にありがたい」
 創価の師弟が、どれほど大聖人の御心に直結した、正統の存在であるか。
 また、日淳上人は明言されている。
 「大本尊より師弟の道は生じ、その法水は流れて学会の上に伝わりつつあると信ずるのであります。それでありますから、そこに種々なる利益功徳を生ずるのであります」
 学会には、正しき御本尊がある。正しき師弟がある。正しき広宣流布の和合僧がある。ゆえに断じて負けないのである。
 戸田先生は教えられた。
 「御本尊を中心とした団結ほど、この世で強く、固く、美しい団結はありません」
 「自分には御本尊を信じているという偉大な力がある。どんな困難にぶつかっても、どんな境遇になっても、またどんな時代になっても、必ず乗り切っていけるという信心がある。
 この確信が大事だ。これが人生の宝である」
 この大確信で、朗らかに戦い、断固として勝ってまいりたい。

● 「自他ともに!」これが学会精神
 一、私たちの次元で申し上げれば、自分だけが安穏な状態になってよしとするのではない。
 そこから再び、人々のために、逆巻く激流へと舞い戻っていくのだ。
 荒れ狂う現実社会の真っただ中で、勇敢に、人間のため、民衆のために戦い、一人また一人と救う。自他ともに、生死の激流を「渡り切る」挑戦こそ、我らの学会精神にほかならない。
 濁流の世間を、いささかも恐れない。
 「立正安国」の対話に勇んで打って出る。
 この学会活動の中にこそ、「常楽我浄」という最高の幸福境涯へと前進しゆく道がある。
 今、生きている人はもちろん、亡くなられた方々も包みながら、一切を希望の方向へ、喜びの方向へ、建設の方向へ、勝利の方向へ、リードしていくのだ。ここにこそ真実の意味での「常彼岸」の姿がある。
 大聖人は仰せである。
 「この経を一文一句でも聴聞して心に染める人は、生死の大海を渡ることのできる船なのである」「生死の大海を渡るのは、妙法蓮華経の船でなくては、かなわないのである」(御書1448ページ、通解)と。
 創価学会は、この日連仏法を掲げて、世界の民衆を、自行化他の実践を通して、成仏の大境涯へとリードしていく大船なのである(大拍手)。

 一、結びに、全同志に箴言を贈りたい。
 ポーランド出身の革命家ローザ・ルクセンブルク。
 彼女が獄中から叫んだ、信念の言葉である。
 「わたしは、いかなる境遇に自分が置かれようと、真底からの幸福感を失うことはありません」(秋元寿恵夫訳『獄中からの手紙』岩波文庫)
 また彼女は綴った。
 「歴史はまさに私どもの手中にあると確信しています」(伊藤成彦訳『友への手紙』論創社)
 元気いっぱい、張り切って戦おう! 自分自身の幸福のために! 民衆の勝利のために!(大拍手)

 

同盟題目は23時から開始します。

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 9月15日(木)22時54分28秒
  よろしくお願いします。あくまでも自由参加です。
また、途中から参加、途中まで参加、どちらもOKです。
 

ジョーカーさん

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 9月15日(木)22時20分1秒
   ありがとうございます。

>先生は、最期の戦いにおいて、明確に、「熱原の法難」を意識されているように思います。即ち、権力に屈しない不惜身命の弟子の出現こそが眼目であり、54年の決着でもある(投稿者:ジョーカー   投稿日:2016年 9月15日(木)22時11分40秒 )<

 まさしく、「民衆仏法の不滅の勝利とは、権力(第六天の魔王)に屈しない、名もなき会員によってもたらされる」ですね。


 

熱原の法難と今

 投稿者:ジョーカー  投稿日:2016年 9月15日(木)22時11分40秒
  広布後継様
>「熱原の法難と今」について
ジョーカー様のお考えを聞かせていただけませんか?<

:::::

本日の聖教新聞 随筆 永遠なれ創価の大城11より
「顧みれば、あの、『熱原の法難』の折、命に及ぶ迫害に屈せず、民衆仏法の凱歌を轟かせた三烈士たちも入信間もなかったと推察される。『信心は、年数ではない。勇気である。』とは、戸田先生の指導である。」

先生は、最期の戦いにおいて、明確に、「熱原の法難」を意識されているように思います。即ち、権力に屈しない不惜身命の弟子の出現こそが眼目であり、54年の決着でもある。54年は五老僧の如く、無惨な弟子の姿を示してしまった。そして、現代の熱原の三烈士とは、名もなき会員である。「不惜身命」をキーワードとした時、役職や立場など、何の意味もなさない。

民衆仏法の不滅の勝利とは、権力(第六天の魔王)に屈しない、名もなき会員によってもたらされる。執行部や本部職員などでは断じてない。熱原の法難の時に、一体、五老僧(最高幹部)が何の役に立ったというのか。戸田先生の指導にあるように、信心は年数でも立場でもない。ただただ、今の一瞬の勇気である。

正義には余裕がある。反対に魔王は、自分の正体がバレないように、必死に隠ぺい(魔王であることを否定)し、余裕がない。余裕がなければ、話を聴くことができない。故に、権力の魔性に支配されている人間の一つの基準が、「一方的な態度」ということになる。

熱原の法難は、過去の話ではない。内部であろうと、外部であろうと、権力の魔性は、いつでも会員に牙を剥く。奪命し、広宣流布を破壊することを、虎視眈々と狙っている。そして、魔は天界に住む。勝利し、栄えている時に魔王はあらわれる。54年は、池田先生が絶頂期に起きている。創価学会もまた、今が絶頂期である。何が起きてもおかしくない。勝利の裏には、魔王が顔を覗かせる。これが仏法です。

牧口先生も、熱原の三烈士も、権力(魔王)によって、亡き者にされた。それは一見、諸天の加護もなく、正義の敗北のようにも見える。しかし、仏眼で見たら大勝利であり、仏法を永遠たらしめる行為であった。学会も、どんなに栄え、勝利したとしても、肝心な、師弟不二の学会精神が崩れてしまったら、そこには真の勝利はない。創価学会は永遠に、三代会長が中心であり、それだけは絶対に侵してはならない、聖域(サンクチュアリ)である。

創価三代という原理原則の中に、仏意仏勅も息づいている。それを、「時代」とか「時流」という言葉を駆使し、踏み外していく流れには注意しなければならない。狂いに気づけないからこそ狂いである。魔王もまた、自分が魔王であるという自覚がないのだから。
 

青春対話③

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2016年 9月15日(木)22時11分7秒
  信濃町のネット対策チームの対策です。

池田先生の遺言
青春対話①21世紀の主役に語る
17ページ
「学ばすは卑し」と言う言葉あるが、人間の人間らしさというものは「学ぶ」ところにある。

先生の大切な御指導です。

この宿坊の掲示板をご覧になるとわかることがあります。

「学ばさせてただきます」

このような書き込みを何度も見ていませんか?
それはお一人だけではなく様々な方がそのように書き込みをされています。

池田先生の青春対話の御指導が脈打つ掲示板がこの宿坊の掲示板です。

逆にこの宿坊の掲示板に反対する掲示板で「学ばさせいただきます」との書き込みはありますでしょうか?

この一点でも正邪は明確です。
 

螺髪 さん

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2016年 9月15日(木)21時46分44秒
  螺髪 さん
ご意見ありがとうございました。

「三徳」、、は実のところよくまだ勉強してないんです。

仮諦 - 応身 - 解脱
空諦 - 報身 - 般若
中諦 - 法身 - 法身

と書かれてありますが、まだよく解っていません。
皆さんがそれぞれ勉強なされるでしょう。
そして私にも、教えて下さい。

あと漢字の間違いに今気づきました。肉弾 ー> 肉団 でした。(笑)
失礼しました。
 

無題

 投稿者:同志の歌(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月15日(木)21時20分39秒
編集済
  さあ!かわろう!!様はじめまして、同志の歌といいます

悪と戦う、それは、悪い者に対し悪いと声を挙げる事ではないかと思います。

その勇気ある行動が悪と戦い、自身の魔を打ち破る弟子の戦いです。

まずは、天魔(原田率いる四人組)打倒の祈りからはじめると自身の天魔を打ち破る早道になります。

その祈りが勇気をもたらし、自身の限界をこえる力がでます。

共に仇討ちの戦いをして参りましょう。

邪魔をする輩が出たら御呼び下さい。

いつでも、叩き潰しにいきます。

 

生涯広布様

 投稿者:案外おばちゃん  投稿日:2016年 9月15日(木)21時20分9秒
  いえいえ   思いやりと一歩先を見る優しさ

ちゃんと伝わっていますよ。大丈夫です。

送って下さろうとした須田氏の論文は時間を掛けて、しっかり学んで  自分の力を磨いていきます。


御心使い  ありがとうございます。
 

青春対話②

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2016年 9月15日(木)21時18分36秒
編集済
  信濃町のネット対策チームの対策です。

昨日、書き込みをさせていただきました、池田先生の遺言である青春対話を拝読して私が感じたことに対してたくさんの声をいただきました。

池田先生の遺言
青春対話①21世紀の主役に語る

8ページ
本当のことを若い世代に語っておきたい。語り残しておきたい。
それはなぜか。
もはや私の願いは、二十一世紀の本当の指導者を育てる以外にないからです。
世界のため、人類のため、広宣流布のため、平和のためには、真実の人間指導者をつくる以外に道はないし、それを全世界が待望しているんです。
また、これが私の最大の喜びです。

17ページ
「学ばすは卑し」と言う言葉あるが、人間の人間らしさというものは「学ぶ」ところにある。
しかも今は、高度な情報社会です。
一生涯、つねに学んでいかなければ、すぐに遅れてしまう。
一生涯、勉強。一生涯、学ぶ。
これが、これからの指導者の要件です。
今の世の中の行きづまりは、実は指導者自身の行きづまりにある。「学ばない」からです。
たとえば、若い世代の意見を、じっくり聞いて学ぶ。
学んだら実行する。
そういうゆとりというか、幅というか、人間としての度量がなくなっている。

信濃町のネット対策チームの対策が感じたこと。
全国で創価学会職員から「査問・尋問」され「役職解任、活動停止、除名」になった方から「職員の行う」査問・尋問の内容を聞くと創価学会職員は「意見は全く聞かない」そして「反論されても答えられないが処分はする」など「一方的且つ高圧的な態度」で創価学会職員は「査問・尋問」しているようです。
いずれ「音声」が公表されたら一目瞭然でしょう。

その創価学会職員もこの青春対話をオンタイムで拝読していた時は、青年部や未来部でした。
いったい彼らは何を学んでいたのでしょうか?

また東京の中野で除名になった方は「青年です」
池田先生は青春対話で「若い世代の意見をじっくり聞いて」と御指導されています。
聞くところによれば中野の成年を「査問・尋問」した創価学会職員は「全く意見聞く態度」ではなかったようです。

池田先生が仰せの通り「幅もなくゆとりもない卑しい」人間が創価学会職員となっているのです。
現在の組織が行きづまる理由は明確です。

創価学会職員、外郭職員、音楽隊、各種合唱団、一般の会員さんはこの池田先生の青春対話を拝読してどのように感じますか?
 

生涯広布様

 投稿者:宝冠  投稿日:2016年 9月15日(木)21時15分21秒
編集済
  生涯広布様

お声がけ、ありがとうございます
連絡しようか迷っている間に用件は済んだようで 笑

生涯広布様は面白いですね
座布団二枚! 笑

 

心当たりの方へ

 投稿者:臥子龍メール  投稿日:2016年 9月15日(木)21時09分38秒
  この板は54年問題を検証し、総括し、ことの本質を後世にのこし、決着の上、歴史に残す。
並びに、54年問題が今の本尊論等にどう関わるかを考察し、
何が悪で、何が善なのか?
その上で悪をどう退治するのか。
浄化し、正常な姿に戻すため、如何なる手を打っていくか?
そのための宿坊である。
個人的なことで噛みつくのは止めて頂きたい。
 

中秋の名月さんへ

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 9月15日(木)21時01分33秒
編集済
  中秋の名月さん


>宮田論文への疑問 ――日蓮本仏論についての一考察 須田晴夫   投稿者:中秋の名月   投稿日:2016年 9月15日(木)09時57分0秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/56348

   須田さんの論文が掲載されてました。
http://ameblo.jp/soka2015/entry-12199830400.html

 中秋の名月さん、ありがとうございます。中秋の名月さんと聞いて、ほっておくわけにはいきませんでした。
 今日も、十五夜ですものね。

 とりあえず、第2まで読んで、なるほど、だから秋晴れさんから、あんな投稿があったんだと理解しました。
 グリグリさんの「戦え!」の言葉が身に染みたのですかね。
 なかなかいい論文です。いえ、さすがです。最後まで読まないといけませんが、「法華経の智慧」の時の「思い」を発揮して頂きたいですね。



 

虹と創価家族さま

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月15日(木)20時56分13秒
  こんばんは~
いつもありがとうございます!

シモジモから見ると、あんなひどい事(共産党のスパイだったなどと会員のありえない悪口を流したり)をしたんだから、現証じゃないのか、
としか思えないのを、自分は転重軽受、と言ってるイタイ幹部もいます。

そして「え~っ」と反感もたれたりしております。

与同幹部は、謝らない・認めない・動かない・恥じない・調べない・護らない・etc.

と、ないないづくしに見えております。

自分の実態が見えないのは、とても恥ずかしいことですが、
同時に、与同となれば恐ろしいことで、本人が気づくまで起こると聞きました。

 

一人のSGIさん

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 9月15日(木)20時43分6秒
  一人のSGIさん


 騒がしい中での投稿、痛み入ります。よくぞ続行してくださいました。ありがとうございました。
 個人的な欲を言えば、『三徳』の面も交えて頂きたかったですね。「三諦」「三身」「三徳」いずれも同じものの切り口の違いだけですもの。とくに「徳」の面は重要ではないでしょうか。

 >では、法報応の三身は、本当はどこにいるのか、、実は法報応の三身は、凡夫の三諦の身のままで南無妙法蓮華経と唱える胸中の肉弾に確かに存在していると大聖人はおっしゃっていると思います。
 当然、大聖人や釈迦などの仏界を強く確立した「仏」とは差があるのは当然だが、三身の鋳型は、どの境涯の生命にも、時と場所を超え、いつでも拓ける可能性を持って存在しているのである。。それを凡夫即極と言い、そしてそれを成ずる時に成仏するのであるとの御金言ではないでしょうか。
 私は、ここが大聖人の仏法の究極部分だと思います - 凡夫即極です。御自分も三諦を捨てていない、九界も捨てていない、立派な菩薩仏との宣言ではないでしょうか。(三諦と三身についての考察 7/7   投稿者:一人のSGI    投稿日:2016年 9月14日(水)19時16分33秒 )<

「三身の鋳型」の“鋳型”なんて表現がいいですね。私も、そう思っています。いい表現ではないですか。


 

さあ!変わろう!!様ヽ(^○^)ノ

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2016年 9月15日(木)20時42分9秒
  はじめましてm(._.)m栃木の仏敵退治くぼたてつと申します。

一緒に頑張って行きましょう(^○^)

信濃町の執行部のウジ虫ども(^w^)

覚悟しとけ(# ゜Д゜)
 

虹と創価家族 様

 投稿者:臥子龍メール  投稿日:2016年 9月15日(木)20時41分44秒
  宗門を離脱した僧籍の方々は、宗門と和解してもらいたい。
と言う思いの方や第六天の魔王が大石寺の日顕に取付き、僧俗和合を乱したが故戦うため離脱した、
と言う方等いろんな思いがあると思います。
しかし、今は第六天の魔王は信濃町にいらっしゃるので、彼等としても直接先生にお会いすることもできず、
如何せん?と言ったところでしょうか。
彼らを生かすも殺すもこちらの思いの深さでしょうか。
執行部を始め創価貴族は先生を神輿としか思っていません。
それが分かるだけ、自分も担ぐのか?
それとも、諫めるのか?
彼らなりの子弟を問われていると思います。
人は温もりを求めるのが自然です。
温かく迎えてくれる所、活躍できる場があれば、存分に働いてくれると思います。
そして、使命感を感じられれば大きな力となって、追撃の一打になってくれるでしょう。
以前、?川UFOさんのお話を聞いた事がありますが、とても純粋な方だと記憶いたしております。
 

広布後継さま

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月15日(木)20時06分57秒
編集済
  こんばんは~ひかりです!

ありがとうございます。

ときどき反板で私がナントカ書かれているそうなんですが、ぜんぜん見てないのです。

かなり前に一度、「へえ、書かれてるんだ」と、のぞいてみたんですが、
ばっかばかしいほどに歪曲、デフォルメし、話にならないほど低俗で、
なんか、一度で呆れてしまったんですね。

今も同じ事繰り返しているとすると、飽き飽きでしょうね、ああいう駄文を書くのも。
かえって感心します。

仕事だと割り切らなきゃ、とても続けてやってられないでしょうね。

上から命令されたとして、あんな奇妙なことをエンエンやらなければならないとしたら普通は、
縁を切り、ゲテモノ仕事で汚れたことを悔い、どこかへ逃げ、上の人間と金輪際会わないです。

それでもやるとしたら、よそではもらえない高額な金銭報酬・待遇があるときでしょう。
お金に目が眩むとか、お金に困っているとか、そういう必然状況を背景に。

まあ、これは想像ですが。 当たらずとも遠からず、だったり(笑)

宿坊は教えてくれますね。 こういう輩も、ホントにいるんだなーと(笑)

反板を見ても、常識的な人は、なんじゃこりゃと思う程度だと思います。

自分は、気になりません。


さて、現証が小物幹部からぼちぼち出ていますね。

このごろ、私の地域では、「功徳」「功徳」と、絵に描いた餅状態の単なる「言葉」でつろうと低俗な魂胆でしか、会員を動かそうとしない、低能幹部ばかりになってきました。

いつも口先だけ動かし、題目も一緒にあげません。
自分では、なーにもやらないで、説得力ゼロです。

一緒に部員さんと歩いたりなんてしません。
歩けば、波動が起きるのに。

上がおかしいからこういうことになっているのでしょう。

これでは、折伏も新聞啓蒙もムリだと思いますよ。

この間、地区協議会で婦人部本部長が、「折伏につながるような新聞啓蒙を」と言ったんです。

すると、前月に3部啓蒙した82歳の婦人部の方が怒って言いました。

「新聞は、それなりの努力を相手のためにしてなきゃ、取ってくれるわけがない。お金を出すことなんだから当然でしょう。折伏は折伏でこれまた違う課題。あんた、何を言っているのか、分かってるのか。そんな無理難題は、誰もできやしないよ」

一同うなずいていましたね。

この幹部はこの後もこの方に、ずっと怒られっぱなし。

でも、反省してる様子がないので、一同呆れた次第です。

なんか、幹部は現場と乖離してるみたい、と後で皆さんも言ってました。

最近見かけないなという声が上がると、たいていその幹部は入院中です。
仕事中のうっかり事故も多いです。

この辺では、石沢県長というトンデモ隠蔽常習者がいますが、
何ヶ月か前に親指をドリルで穴あけたそうです。
ほんと、現証はコワいですね。
 

獅子の子様

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年 9月15日(木)19時54分55秒
  大丈夫です。 変なご心配おかけして申し訳ありませんでした。

私の方、やり方が間違っていました。

すごい、いい論考でしたので、是非にと・・思った次第です。

それに、まさか、お送りしたいと思っていた物が宿坊に載るとは思いませんでしたから・・

いや、ほかにも大勢いらっしゃるのですが・・・私と過去、やり取りをされた方で印象深い方で

獅子の子様は・・品格でしたね・・よ~く覚えていますよ。

多分、まだ、お受け取りになっていないのではと思った方を書き上げたのです。

他意はありません。

他のお方も、例えば分身様とかと思ったのですが、しばらくお姿が見えないので・・書きませんでした。

でも・・皆様、何と思われたのでしょうかね・・・・

変な琴をする者が出ていたので、ちょっと、タイミングも悪かったようです。

風とか、京都西京区のなんとかとか、琴次郎とか・・もちろん反板のとっても可哀想な煉獄の人々もですが・・

ご本尊様を見るとき、菩薩は仏と見、人界は文字と見、畜生界は炎と見るでしたか・・御書が手元にないので・・
正確ではないかもですが・・

ご本尊様を見るとき、自分の生命状態でご本尊様がどう見えるか・・です・・写しだせます。

と同じように、人をどう見るか、文章をどう見るかはその人の境涯でしか判断する琴はできませんよね・・

あの投稿を変な風にとって、書いた輩はそういう生命なので、人間革命が必要です。

ただ、獅子の子様はきっと、過去の私の投稿から・・怯えられたんでしょう・・

他の方からは、まだ、どなたからも・・連絡は来ておりませんよ・・お忙しいのではと思っています。

でも、もう、必要は無くなりました・・それぞれの方たちが、あの論文を読んでくださればいい訳です。



優しさが仇になって・幾つになっても、誤解される生涯広布でした・・ペンギン
 

生涯広布&広布一筋さんへ

 投稿者:獅子の子  投稿日:2016年 9月15日(木)19時06分5秒
  お久しぶりです。
ご連絡出来なくて
申し訳ありません。

いきなりのお呼びで
ビックリしてしまいました(>_<)

何故に私だったのでしょうか?
正直ちょっと怖かったです…

生涯広布&広布一筋さんの
仰る批判の命とまでは
行かないとは思いますが
怖くて返信出来なかったのは
確かなのでその点で言うと
私も生命・境涯の状態が
ヤバいと言う事に
なるんでしょうか?(泣)

すみません…m(__)m
こんな受け取り方で…
意図がわかりませんでしたので
不安になってました…(/_;),
申し訳ないです。
他の方は
連絡されてたんでしょうか…?


 

「共産党化」する柳原滋雄氏

 投稿者:しなのそば  投稿日:2016年 9月15日(木)17時54分21秒
   ご無沙汰しております、しなのそばです。宿板に立ち寄るのもままならぬほど
忙しくしておりました。

 さて、かなり前に、波田地氏が「不起訴」になった事実を東京地裁に行って、
地検の回答書をこの目で見て確認したことを報告しました。
 柳原氏も2016/09/09のコラム日記によると、「東京地裁14階にある記録閲覧室」に
行ってきたとか。別にすごいことでもなんでもありませんよね。閲覧するのに自称
ジャーナリスト等の、特別な資格は必要ありません。
 詳しくはこちらのサイトを参照して下さい。
 「訴訟の記録も、誰でも閲覧できます」
 http://www.daishoyasan.jp/rc/observation/fa-0108.html

 記録閲覧室に行って確認してきたことをもう一つ、紹介します。

 柳原氏は、「妙観講化する波田地グループ」(2016/09/08)と題して、
「問題は、(波田地氏が)教団を除名された後に教団を訴えた裁判における自身 の
書面の中で、本来の敵であったはずの妙観講機関紙『慧妙』の記述を、同人が肯定的
に延々と引用している事実だ。同人が昨年9月に作成した『報告書』なる 書面には、
教団を攻撃するための材料として、『慧妙』記事が2ページ以上にわたってそのまま
引用されていた」
「要するに、“敵の敵は味方”の論理で、かつて宗門対策に功績をあげたはずの人間が、
今ではその宗門側の機関紙を使って、教団を攻撃する材料として“活用”しているわけ
である」
と述べています。

 皆本さんが、
「柳原氏が裁判に弱いのは、肝心なところで記事に具体性がないからだと思います」
 http://6027.teacup.com/situation/bbs/55831
と指摘していますが、全くその通りで、柳原氏は波田地氏が引用した「慧妙」の記述が、
いつの、どんな内容だったかを全く示していません。ただ、“「慧妙」を引用した、
だから「妙観講化」した”とレッテルを貼っているだけです。

 私がこの目で確認したところ、波田地氏が引用したのは、「慧妙」(平成21年
10月 16日号)。いわゆる矢野手帖裁判において、裁判所が学会側による録音音声
データの改ざん、すなわち「証拠偽造」を認定した事実を詳しく報じた部分でした。
 全文がネットにアップされていましたので、こちらをご覧下さい。
 http://emyo.jp/164-164.html
(「慧妙」の記事をアップするのだから、載っている「慧妙」サイトを紹介するのは
当たり前。これをもって、しなのそばは「妙観講化」したなどとバカなことは言わない
で下さいね)

 この記事は大きく3つの段落から成っており、それぞれの冒頭には2行の見出しが
ついていますが、波田地氏が引用したのは、第1段落の本文4行目以降。

 「平成十七年五月、公明党OB議員会中央本部の最高幹部ら三人が、都合四回にわ
たって矢野氏宅に押し掛けた。その目的は、矢野氏が議員時代に書き留めた「黒い手帖」
などの資料を収奪することだった。そしてその際、三人は、矢野氏とのやりとりの一部
始終を、矢野氏に気付かれぬよう、密かに隠し録(ど)りしていたのである」

から、第2段落の最後の部分、すなわち、

 「訴訟になった時のために会話を隠し撮りし(高裁は、『録音結果がなごやかな雰囲
気となることを意図して、表面上強い口調や大声を出すことを避け、会話中にあえて笑
いを交えていた』とも認定)、いざ訴訟となれば、相手に直接の反証手段がないことを
確認した上で、相手を陥(おとしい)れるため、証拠偽造した音声データを平然と裁判
所に提出する――これが、今回の裁判で明らかになったOB議員側の悪らつな謀略行為
であり、しかも、彼らを弁護していたのは、学会員弁護士(副会長・新堀某、全国副青
年部長・海野某ら)だったのである」

までです。

 読めば分かるように、この2つの段落は、裁判の経緯と学会側がなぜ逆転敗訴した
かを、高裁の判決文等の資料に基づいて客観的に述べているところであり、ほとんど
判決文からの引用から成り立っていると言っていいほどです。

 柳原氏は、波田地氏が「肯定的に延々と引用している」のがけしからんと言いたいよ
うですが、この引用箇所のどこに否定的に論評できるところがあると言うのでしょうか。
学会の「証拠偽造」は紛れもない事実であり、弁解のしようのないことばかりです。
 慧妙編集部の主観が入っているのは第3段落ですが、波田地氏はこの段落を見出しも
含め、一行も引用していません。

 この「慧妙」記事を引用するに当たって、波田地氏は、創価学会が「人の道を説く宗
教団体でありながら、裁判所に偽造証拠を出していたという衝撃的事実は、マスコミ等
の格好の餌食となり、敵対関係にある日蓮正宗の機関紙『慧妙』(平成21年10月
16日号)でも、詳細に報道されました」と述べています。
 ほかのマスコミでも取り上げていますが、「慧妙」の記事ほど詳細に報じたところは
他になく、しかも、記事の引用箇所は客観的に判決文等に基づいて書かれています。

 だから 波田地氏は、自分の裁判で糾弾している対象の一つである学会弁護士グループ
のていたらくを裁判官にわかりやすく説明するための最高の材料として、「慧妙」の記事
ではあるけれども、代わるものがないので引用したものと推察されます。
 柳原氏の言うような「材料に事欠き、『慧妙』記事を裁判書類で引用」云々は全くの
見当違いであり、言いがかりに過ぎません。

 ところで、波田地氏が「慧妙」を引用したから「妙観講化」したと非難している当の
柳原氏が、長年、不倶戴天の敵対関係にある共産党の「しんぶん赤旗」をコラム日記で
肯定的に引用しているのはご存じでしょうか。

……………………………
2011/08/25(Thr)
 公明党はまだ大方針を決めていないようだ  原発問題
 昨日、公明党の斉藤鉄夫幹事長代行(前政調会長)が日本記者クラブで講演し、公明
党のエネルギー政策について語ったようだ。今日付の公明新聞に大きめの記事が掲載さ
れたほか、赤旗や一般紙にも報じられている。それらによると、月末にまとめる予定の
党のエネルギー政策において、高速増殖炉『もんじゅ』(敦賀市)の廃止を盛り込む方
針という。 また、原発問題をめぐる党の現状は『党内で20回弱、勉強会や議論を重ね
たが(見直し案を)とりまとめるに至っていない』『原子力依存を減らす大方針も、正直
申しあげて結論が出ていない』(いずれも「しんぶん赤旗」に掲載された斉藤氏の言葉)
というものらしい。
 一方、原発輸出(ヨルダンとの協定)を国会承認するために26日に予定されていた
衆院・ 外務委員会採決の日程は、『白紙』に戻った模様。ちなみに民主党代表選に出馬
を表明している前原誠司・前外相は、在任当時、原発輸出の“推進”を明言していた人
物として知られる。

 【公明新聞】   http://www.komei.or.jp/news/detail/20110825_6023
 【しんぶん赤旗】 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-08-252011082502_03_1.html
 【アサヒ・コム】 http://www.asahi.com/politics/update/0824TKY201108240405.html
……………………………
※公明新聞、赤旗のリンクは今でも有効ですが、asahi.comはすでにリンクが切れてい
ます。ただ、キャッシュが残っていましたのでこちらでご覧下さい。 https://web.archive.org/web/20120603180454/http://www.asahi.com/politics/update/0824/TKY201108240405.html

 ここで、柳原氏は、原発問題をめぐる党の現状を記すに当たって、「赤旗」に掲載され
た斉藤氏の言葉をそのまま引用しています。赤旗の記事でも、信用するんですね(笑)
 柳原氏の論理で言えば、柳原氏は“「赤旗」を引用した、だから「共産党化」した”
ということになりますね。

 斉藤氏の件(くだん)の発言は「赤旗」にしか出ておらず代わりがないので引用した
というかもしれませんが、それなら波田地氏が、代わるものがないので「慧妙」を引用
したのと同じです。
 しかも、波田地氏の場合、「慧妙」編集部の主観が入った第3段落はカットしていま
すが、柳原氏の場合、赤旗の記事を全文、リンクを付けて紹介しています。「過去隠す
公明 自民に原発責任転嫁」という赤旗編集部の主観をもろに喧伝しているので、悪質です(笑)

 柳原氏のホンネが反原発、反安保、反自公連立政権であることはコラム日記愛読者の
よく知るとことです。これはもう完全な“隠れ共産党員”と呼ぶしかない・・・(笑)

 「大慢のものは敵に随う」との聖哲の言葉は、柳原氏にこそ向けられるべきものです。
これは、またまた、自分でキャッチ出来ないほど巨大なブーメランをお投げになったもの
ですね・・・(笑)
 

池田先生のスピーチに学ぶ【会長就任後、神奈川文化の池田先生の元に来た四国の同志】

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 9月15日(木)17時35分54秒
  池田大作全集100巻
神奈川・静岡合同協議会 (2006年1月12日)

■荒海を越えて四国の友も来た

   今年は、「聖教新聞」の創刊五十五周年にあたっている。
神奈川・静岡の同志も、また四国の同志も、いつも「聖教新聞」の拡大に健闘してくださっており、感謝に堪えない。

   つい先日の「聖教新聞」の「声」の欄に、あまりにも懐かしく、あまりにもうれしい思い出がつづられていた。それは、昭和五十五年一月十四日、四国の約千人の同志が、あの「さんふらわあ7」号で、冬の荒海を越え、ここ神奈川文化会館に来てくださった歴史である。

   あれから満二十六年。四国の友は、あの日あの時を原点として、人生の試練を乗り越え、師弟の誓いを原動力に、広宣流布の拡大を成し遂げてこられた。そのことが、感動的に記されていた。この「声」を読まれた方々からも、早速、多くの反響が寄せられている。

   あの年は、私の会長辞任の翌年であった。一月十三日の午後一時すぎ、神奈川文化会館で執務する私のもとに、第一報が入った。香川、高知、愛媛、徳島の四国全県から、勇んで集った約千人の同志が、高松港を出航したとの知らせである。目指すは、ここ神奈川文化会館の眼前に広がる横浜港。船は、白亜の客船「さんふらわあ7」号である。

   私は、航海の無事安全を、妻とともに真剣に祈った。一人も船酔いすることなく、元気で到着されるようにと、題目を送り続けた。出発したその日、横浜は(雪の舞う寒い日であった。東海上には低気圧があり、海上は荒れることが予想された。学会本部からは「念のため中止にしてはどうか」という連絡も入ったという。しかし、もう出航直前だった。合図のドラが鳴っていた。″出航したあとは、すべて船長の判断に任す″と決め、旅が始まったのである。

■異体同心の団結――″船上幹部会″

   ″船上幹部会″では、意気軒高に語り合われていた。
――本来ならば、池田先生に指揮を執っていただいて、本年の学会創立五十周年を盛大に祝賀すべきである。牧口先生、戸田先生、そして池田先生という三代の会長が築いてくださった創価学会ではないか。しかし、今、先生に、自由に動いていただくことはできない。四国にお迎えすることもできない。それならば、私たち四国が、全国に先駆けて、先生のもとへはせ参じて、創立五十周年のお祝いを申し上げようではないか。先生がおられるところが、広宣流布の本陣だ。最前線であるのだ――と。

   のちに、手書きで書き留められた、その船内の克明な記録を、私は拝見し、心で泣いた。
船には、ドクター部や白樺(女性看護者のメンバー)の方々も、勇んで同行され、同志の健康を見守ってくださっていた。創価班や白蓮グループをはじめ、志願の男女青年部の、はつらつたる献身も光っていた。

   船内で皆が楽しく過ごせるようにと、私は、寅さんの映画(「男はつらいよ」)の手配も、事前に、そっと、お願いしておいた。
ありがたいことに、波涛会(海外航路に従事する壮年・男子部のグループ)の方々も、太平洋岸の要所要所の岬に待機して、変化の激しい波の様子を、逐次、報告する態勢まで取ってくださっていた。四国で留守を守ってくださる同志たちも、皆、たえまなく唱題を続け、無事故・大成功を祈っておられた。そこには、どんなに嫉妬に狂った坊主らが壊そうとしても、絶対に壊せない「異体同心」の金剛の団結が輝いていたのである。

   波涛を越えて、四国の友が、横浜港の大桟橋に到着したのは、翌一月十四日の午後一時前であった。前日とうってかわって、この日は穏やかな陽気となった。

   大聖人は、「当に起って遠く迎うべきこと、当に仏を敬うが如くすべし」(法華経六七七ページ)という法華経の一文を「最上第一の相伝」とまで仰せであられる。私は大桟橋に立って、花束を抱えて、遠来の同志をお迎えした。

■誇り高く、偉大な同志よ!

   この私と同じ心で神奈川県中から集まり、真心の歓迎をしてくださった友の顔も、私は今もって忘れることができない。わが音楽隊も、勇壮な学会歌の演奏で盛大に出迎えてくれた。

   そのあと、午後一時半から、四国・神奈川交流幹部会が、神奈川文化会館で劇的に開かれた。
はるばると勇み来った四国の同志も、誇り高く偉大であった。その同志を勇み迎えた神奈川の同志も、また誇り高く偉大であった。

   私は、ピアノで″大楠公″や「熱原の三烈士」など数曲を奏で、贈らせていただいた。
心と心の交流が、幾重にも深く、また強く結ぼれた。凝結した黄金の時が流れた。そして、その日の午後七時、四国の同志は、横浜港を出航して、帰途につかれたのである。

   私は、船が見えなくなるまで、神奈川文化会館の窓から、妻とともに懐中電灯を振り続けて、お見送りした。深夜十一時半ごろと翌朝の九時、私は、船に直接、電話を入れて様子をうかがった。来られなかった方々への伝言も託した。

   船がついてからも、高知県の方々など、自宅へ戻るまで、さらに長い道のりが続く。妻も、皆さまが全員、無事に帰宅されるまではと、祈り続けていた。

   なお、この時の船長が語ったというお話も、のちにうかがった。
「初めて、創価学会の方を乗せました。なんというか、言葉では言い表せませんが、本当にさわやかな気分です。この人たちを、一人も船酔いさせてはいけないと思い、慎重に舵をとりました」

  当時の宗門に遠慮した「聖教新聞」の紙面では、「交流幹部会」自体は報じられているものの、四国の同志と私との出会いのことは、一行も記されていない。しかし、誰人も冒すことのできない、いな永遠に冒すことのできない、荘厳な師弟の劇が厳然と刻まれていたのである。

   その後、五月にも、徳島の約千人の同志、そして愛媛の約千人の同志が、それぞれ船で、神奈川までお越しくださった。二回とも、私は心から歓迎させていただき、忘れ得ぬ歴史となった。

   のちに、私はとの方々を、「三千太平洋グループ」と命名させていただいた。

   学会が一番、大変なときに、私とともに、一番、深く、一番、尊い歴史をつくってくださったのは、四国の友であった。そしてまた、東海道の皆さまであった。

■困難な時こそ本物が光る

   アメリカの鉄鋼王カーネギーの言葉に、「危機に当たって、人間の真価が試される」(『鉄鋼王カーネギー自伝』坂西志保訳、角川文庫)とある。困難な時こそ、本物が光る。

   古代ローマの詩人ルクレーティウスは言った。
「人を見るのには、危機に陥った際に限る、逆境にあってその人物如何を見るに限る。即ち、かような時にこそ始めて真実の声が心の底から出るものであり、又仮面ははがれ、真価のみが残るからである」(『物の本質について』樋口勝彦訳、岩波文庫)

    そのとおりである。有名な『プルターク英雄伝』こう記されている。
「真に高貴健剛な精神は、厄難に処し逆境に
沈淪(ちんりん)する日において、真骨頭を発揮するものである」(鶴見祐輔訳、潮出版社)

    難よ、来るなら来い!――これが学会精神である。御聖訓に「大難来りなば強盛の信心
弥弥(いよいよ)悦びをなすべし」と仰せのとおりである。

   あの日あの時の偉がな四国の同志は、私の胸の奥底に、永遠に刻まれて離れない。最も困難な時に、勇んで立ち上がり、戦ってくださった人を、私は断じて忘れない。

   あの日あの時の尊き皆さま方が、今、四国広宣流布の中核を担い立って、指揮を執っておられる。その英姿を私は、何よりもうれしくうかがっている。また亡くなられた方々にも、私は毎日、追善回向の題目を送っている。

   後継の、お子さん方や後輩たちも、「さんふらわあ7」号の師弟旅の先駆者を、最大に尊敬し、感謝し、誉れとして、そのあとに続いておられる。広宣流布の″師弟の航路″を貫き通した人は、永遠に誇り高く、自分自身が光り輝いていくのである。

    思えば、勇敢なる求道の信心を貫き通した在家の弟子を、日蓮大聖人は、「聖人」「上人」「賢人」など、最高の尊称で讃嘆されている。
ここ東海道ゆかりの女性門下(乙御前の母)には、「日妙聖人」と認めておられる。

   のちに大聖人は、遠路をいとわず、妙法を求めぬいた、この女性門下に、こう仰せである。

   「日蓮が鎌倉にいた時には、念仏者らはさておいて、法華経を信じる人々でも、本当に信心がある人なのか、ない人なのか、分かりませんでしたが、幕府からとがめを受けて佐渡の島まで流されてみると、訪れる人もありませんでした。そのなかで、あなたは女性の身でありながら、さまざまな御志の品を届けられたうえ、ご自身が訪ねてこられたことは、現実のこととも思えず、考えることもできないことです」(御書一二二〇ページ、通解)

   「道のり」が遠く険しい。だからこそ、その人の信心の志が分かる。いざという時こそ、まことの信心があらわれるのである。さらに大聖人は仰せである。

   「今、あなたは法華経を知り、慕われていますから、必ず仏になられる女性です」(御書一二二二ページ、通解)

   「日蓮が流されたのは、わけあってのことですが、(女性の身で、これまで足を運んでくださったあなたの姿にふれると、私が流されたのは)″あなたの厚い御志があらわれるためであったのか″と、ただありがたく思うばかりです」(同ページ、通解)

   このように、真剣な弟子の求道の姿を最大に賞讃されているのである。

*********************

「会長辞任~サンフラワー号~紅の歌」の歴史こそ師匠を求め抜いた民衆勝利の歴史!

http://sgi-shiteifuni.com/?p=11593
http://6027.teacup.com/situation/bbs/56294


本日の政教珍聞で~す、ポイント、ズレまくりでしょうか? ?投稿者:カンピース
http://6027.teacup.com/situation/bbs/56183
 

 投稿者:名古屋人  投稿日:2016年 9月15日(木)17時17分42秒
  「魔競はずば正法と知るべからず」とあります。
今、創価学会には一切、難は起きていません。
それが全てです。
 

一旦削除

 投稿者:しなのそば  投稿日:2016年 9月15日(木)17時01分25秒
編集済
  改行が変なので一度削除します。  

つれづれ断想 9.15

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年 9月15日(木)16時36分14秒
  こちらのカウンター(対抗)をしているつもりらしいが揚げ足取りにすらなっていない某板に対して、
時折フェイントをかけるというか観測気球の意を含んだ投稿をする場合もある。
先月末、アルベア氏が引用したブログの件で正理会・中杉弘氏のことを書いてみたら、
谷川らの「女子部は広宣流布の扶養家族」発言にはほぼスルーしていたのが速攻でこれには反応してきた。
あちらというか、あちらの背後に蠢くものたちの相貌が自分にも大体把握できるようになった。

日曜日の花野関連の投稿でカルト呼ばわりされたが、書きぶりが弓谷照彦くん本人っぽいなと感じた。
去年の学術大会への記述で花野・宮田両人のほか中野毅教授の名を出したのが癇に障ったかね?
中野教授のゼミだったんだよね、弓谷くん。

花野充道が、先生の作られた学び舎には不適切な「招かれざる客」であるのは認めざるを得ないようだね。
創価学会と創価大学は別物・・・とか、中立な立場での学術大会だから問題ない・・・とか、
どう言い繕うとも、もしこれが先生がお元気で創立者としての職責を果たしている時ならば、
まず考えられない事案だし、花野だってさすがに遠慮、いや怖くて八王子にも近づけないだろう。

そっちで泣こうが喚こうが「花野充道」で検索をかけたりして彼の事を知れば、
こちらとそちらの閲覧者双方ともにどのように良心的な解釈をしようとも受け入れがたい出来事だと分かるものだよ。
招いた側の意図はどうであろうと、まともな神経の学会員さんならこの事を知ったら皆怒るに決まっている。
今の信濃町界隈、八王子もだけど、そんなことも分からない脳味噌パープリンだらけになったんかね?

中野教授。かつての教え子の一人が日夜みっともない醜態を晒しています。
     私たちの師匠に顔向けできない、人生の敗残者の姿で、法匪の手先に成り下がり、
     仏子を誹謗し、無辜の信仰者への迫害に血道を上げています。

     どうか今こそ速やかに彼・弓谷くんを善導してあげてください。
     教え子を地獄の境涯から救ってください。お願いします。。

中野教授。新学同世代のイデオローグ的存在としてかねてより畏敬の念を抱いておりました。
     『妙観』の報道にどこまで信憑性があるか測りかねますが、
     宗門対策室の中核メンバーとしてかつて教授が野崎勲や竹岡・北林コンビとも盟友関係にあったとしても
     そのこと自体、私には特段疑義を呈するような事柄ではありませんでした。

     池田先生が公式会合に出席されなくなった2010年秋に発表なさいました論文
     『民衆宗教としての創価学会』――全面的に首肯し得る論旨で感銘を受けました。

教授。主催者としてあの場になぜ花野を呼ぶ必要があったのでしょう? 教授は今も池田門下ですか? 池田先生は貴方にとって如何なる存在でありましょう?

『民衆宗教としての創価学会』は単なるガス抜き、現状を憂える学会員への目くらましのつもりだったのでありましょうか?
信濃町の食法餓鬼どもの意向を受けて。。
 

本日、須田さんの文書が紹介されていましたので・・

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年 9月15日(木)15時35分34秒
編集済
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/56331

は不要となりました。 お送りしようと思ってたのです・・

お騒がせしてしまいました・・ お許しください。

考察はお見事なハシャク文書となっていますネ・・刮目に値し、須田さんに感謝です。

また、言葉や文書の意を取るのは、その人の生命の・状態・境涯で取るものですから、

私の連絡投稿を批判した人はご注意を・・

あなたの生命状態を表しているんですよ。それは間違いなく・・南無妙法蓮華経 ・南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経


恐々謹言・・ ペンギン

http://

 

初めまして

 投稿者:さあ!変わろう!!  投稿日:2016年 9月15日(木)14時41分56秒
編集済
   皆さま、日々拝見させて頂いております。沢山の事を学ばさせていただいております、
ありがとうございます
 最近、自分の至らなさを実感し、本気で信心で変わりたい、
人間革命したいと思えるようになり、正しい信心の在り方を種々模索している時に
この掲示板に辿り着きました
 まだまだ「巨悪の存在」実感が自分の中に芽生えている訳ではありませんが、昨今の組織の疲弊振りに胸を痛めている一人です。
 これからどう悪と戦って行けば良いか皆さんに学ばさせて頂きます。よろしくお願いいたします。
 
 

第一回新時代本部幹部会

 投稿者:広布後継  投稿日:2016年 9月15日(木)14時41分8秒
  久しぶりに先生のスピーチを聴きました

お元気な声、正木さんが理事長をなり、とても喜んでおられる様子が伝わり、思わず落涙しました

原田会長に、誠実の2字を贈りたい
学会員と学会に尽くし抜けと

前代未聞の粛清
南米での現地メンバーより前にしゃしゃり出て撮っている写真の数々
原田会長は、師匠の御指導を遵守していると思いますか?

この板は54年問題が主テーマです
54年先生を何故辞任させてしまったか?
様々な原因がありますが、一つの要因として
それは創価学会を普通の会と考え、3代、4代、5代と次々と会長が交代していくものと思っていたことがあると思います

北条さん、秋谷さん、和泉さん等戸田先生から
「第三代を守れ!第三代を守ったならば広宣流布は必ず出来る
第三代は永遠に会長として指揮を執れ!」との遺言とも言うべき御指導を聞いていた最高幹部達
彼等は本来、率先してその御指導を会員に伝えるべきだった
しかし、彼等は、伝えなかったのではないか?
その姿勢はあたかも、日興上人の相承を認めない五老僧の似ていないか?

彼等幹部が伝えなかったので
会員は「第三代は永遠に指揮を執れ」との遺言を知らない
故に4代、5代、6代と交代していく1里塚としか思っていなかったのではないか?

今、池田先生が公式会合を欠席されている
第6代会長、原田会長

原田会長の打ち出しを無批判で受け入れ、従って行くことは、同じ過ちを犯しているのではないか?

池田先生が不在である
だから第6代会長が一番偉い人なんだ
だから第6代会長に従っていればいいんだ
これが54年ではないか?

誰が会長がなろうと師匠は池田先生
会長の打ち出し、言動が先生の御指導を基準にしているか?
先生の御指導を違背していないか?
きちんと見極めていかなければ54年と同じ過ちを犯していることになるのではないか?

三代は永遠の師匠
それ以外は会長も会員も同格

原田会長の言動を見て、つくづく実感する
想像を越えた残念な人だった
唖然、愕然そして絶望
南米訪問団の写真を見て、この二人に学会は任せられないと思った会員は多いのではないか?
会長は偉い人、特別な人と思っていた人も今や「?」マークが付いているのではないか?

日本の会長が何故、SGIの肩書きもないのに海外に行くのか?

天皇の「生前退位」問題が出て来ている
もし、先生に「生前退位」させSGI会長から名誉会長にしようとしているような事があるとしたならば、言語道断!

先生は若き時から後輩が活躍できる舞台を作ることに尽くして下さった
会則変更して、座にしがみつくような人間ではない
公式会合欠席されている先生がSGI会長で居続けて下さる
それは、戸田先生の遺言を守られているからだと拝する

「第三代は永遠に会長として指揮を執れ!」
先生がSGI会長で居続けて下さることで、どれだけ守って頂いているか
測りしれないものがある

先生は、永遠にSGI会長である!
これを守ることが出来なければ、学会は会として、54年の過ちを繰り返したことになる

創価学会は池田先生の御指導を基準に!
例え会長たりといえども先生の御指導に違背するならば、従わない
これが出来ない人は弟子として、54年の過ちを繰り返した事になる

あなたは、上意下達の組織主義の会の人間ですか?
それとも、池田先生を中心に置いた同心円の会の真の弟子ですか?

迹(組織主義)を打ち破り、本地(真の弟子)を顕す時である

真の弟子として、生きる道には嵐のような迫害が待っている
今、組織から迫害されている人こそ、真の弟子である

しかし、それでも負けないで、祈り続け、戦い抜くならば、「地獄の苦しみパッと消える」

本幹での先生のメッセージ
本部が削除した御文
「しばらくの苦こそ候とも、ついには、たのしかかるべし」

そして、その先の御文は
「国王1人の太子のごとし、いかでか位につかざらんと、おぼしめし候へ」

真の弟子になるチャンス到来である

嬉しきかな!
嬉しきかな!

この凄い時に巡り会えた事に感謝!
宿板がそれを教えてくれた、感謝!

ジョーカー様
自分は今、そう思っています
本部が削除した「熱原の法難と今」について
ジョーカー様のお考えを聞かせていただけませんか?


ひかり様
ひかり節、素晴らしい

反板が批判している人は正しい人なのでしょう
時間がないので、皆さんの投稿全部読めないのですが、反板が批判している人の投稿は必ず読んでいます

反板は投稿をさせない為に批判しているのでしょうが、逆効果になっています
いつも素晴らしい破邪顕正の投稿ありがとうございます
 

【定期案内】教学部レポートをお読みください。(教義変更の経緯・今の執行部の狂いの元を知る為に)

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 9月15日(木)14時27分22秒
編集済
  詳しくはこちらから

http://6027.teacup.com/situation/bbs/56053


【参考】「教学部レポートとは」(英訳あり)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/53571
 

セクト・カルトの類に?と危惧するのは私だけでしょうか・・

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年 9月15日(木)14時22分12秒
  本日のロシア・スプートニクの記事から・・

記事・抜粋貼り付け

世界中で宗教セクトの存在や、その教えを広める活動が、問題化している。
カルトあるいはセクトは、自分が信ずるものに熱狂的に帰依する人々のグループのことを言う。

通常こうした組織は、自分達のメンバーからお金や財産を詐取したりする。
また中には、自分の命をセクトに捧げる用意のある人さえ現れる。

ミヤレヴィチ:国の重要な問題に取り組んでいる人達による、セクト撲滅対策課設立の試みは、
それがどんなものでも、その部署が2人か3人の小さなものでさえ、あらゆる方法でストップがかけられてしまう。
そうした組織設立の許可を得た人は、これまで誰もいない。

その理由は、あれやこれやのセクトが、新世界秩序に奉仕していることと関係がある。
それは人々を奴隷化する第4のレベルだからだ。

まず始めは政治的に、続いて経済的に、その後は軍事的に、そして最後に置かれるのが、精神的奴隷化だ。

目的は、様々な信仰をそろえた一種のショッピングセンターを作り、できるだけ多くの人に信仰という
「商品」を示すことである。

続きを読む: http://jp.sputniknews.com/opinion/20160915/2777031.html
 

再掲

 投稿者:ダメよ~ダメダメ  投稿日:2016年 9月15日(木)13時00分51秒
  大事な御指導だと思います。又、今日の事を見通されたかのような御指導かと。

【2006年11月22日全国合同協議会】より

・もしも将来、原理原則を踏み外すような幹部が現れたならば、断じて許してはいけない。

異体同心の革命児の弟子たちが、猛然と戦い抜いて、三代の正しい軌道へと戻していくのだ。


・幹部が役職を笠に着て、威張る。大変なことは人にやらせて、自分は楽をする。そんな権威主

義の学会になってしまったら、大変だ。一生懸命に戦ってくださる学会員に申し訳がない。

たとえ、会長であっても、特別な存在ではないのだ。

民衆の真っただ中で広布に戦う人が一番偉い。

広布のため、同志のため、だれよりも真剣に祈り、戦う人が会長なのである。

その意味で、全員が会長の自覚で進んでいけばいい。

・そして、広宣流布の敵とは、外だけにいるのではない。

いかなる組織も、大きくなり、根幹の精神を忘れると、いつしか、冷たい官僚主義、事なかれ主

義がはびこっていく。要領よく、戦っている格好だけ見せる。派閥をつくって気に入らない人間

をいじめる。陰でこそこそ悪事を働く ―― そういう人間が、のさばりだすものである。

少しでもこうした兆候があれば、それは、広布を破壊する魔の働きであると、鋭く見破っていか

なければならない。幹部になるほど、十分に戒めていくべきである。

 

師弟不二アーカイブより 【問答無用 対話なき処分】 【25】

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年 9月15日(木)12時52分50秒
  陽光様の【問答無用 対話なき処分】のシリーズをお送りしています。
【25】は重要な部分ですので全文掲載します。

はたして、創価学会は基本的人権を守るつもりがあるのでしょうか?
いくら国連で人権擁護を叫んでも、足元の実態がこれでは寂しい限りです。
人の振る舞いを説く宗教が人の道に反している。池田先生の指導と違うではないか。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

アメリカ全国民に与えられている権利をSGI-USAのメンバーには認められていないとでも言うのだろうか。一宗教団体の会則は、一国の憲法や権利よりも上に位置しているのであろうか。不思議な事である。


しかも、私は創価学会を愛している。半世紀をもの信心を続けてきた。どんな立場になっても一生涯題目を唱え、信心を貫き通す覚悟でいる。創価学会が変な方向に進んでいるという憂いと懸念があるからこそ、私が懐いている疑問を晴らしたいのである。真実を伝えようとしているのである。幹部と言うのはメンバーに対して納得できる説明をするのが役目なのである。幹部諸氏も仏法の眼を大きく見開いて、先生の指導を根本に、現実をもっと勉強せよ!と言いたい。


内容も把握せず、単に上からの命令だけで動くお花畑の学会員。大聖人の御書および池田先生の指導を基にして、ちゃんと自分の頭で考えることができれば、そして勇気があれば、遅かれ早かれ真実に気が付くはずである。


先生は「深く大きく境涯を開き、目の覚めるような自分自身と創価学会の発迹顕本を頼む」と言われた。「創価学会の発迹顕本を頼む」と弟子に言われているのである。何故、先生がそのように言われているのか。何故、目の覚めるような創価学会の発迹顕本が必要なのか。


それをよくよく熟考するならば、「組織主義、官僚主義、権威主義を排して本来の人間のための人間主義に変えて行け」と言う事ではないか。人間のための宗教か。宗教のための人間なのか。先生の指導を根本にして判断すると、今の組織はどのように考えてもおかしいではないか。


おかしい事をおかしいと言ったために処分される方がもっとおかしいと思う。学会が宗教貴族と言われる所以である。「一人の人を大切にする」心を失ってしまったのか。「会員第一」は単なる言葉上の遊びなのか。

http://sgi-shiteifuni.com/?p=10024
 

Re:与同幹部の末路悲し

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年 9月15日(木)12時48分8秒
編集済
  >変な事故、変な病気、変な不幸、変な人間関係の苦、変な苦しい立場(石井くんとか)、

そして、奇妙な死に方。

その姿を通して教えてくれてるんですね。<

http://6027.teacup.com/situation/bbs/56349

ひかり様、本当にその通りです。

現罰が出てきています。

与同の罪も、四人組と同罪です。
 

師弟不二アーカイブより 【善悪の基準 】 投稿者:ジョーカー

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年 9月15日(木)12時43分20秒
  投稿日:2016年 3月 9日(水)21時53分24秒


「学会員としての善悪の基準」

善とは、人の道(道理)です。人の振る舞いを説いたのが仏法であり、人の道とは、誰もが疑うことや、根拠を必要としない生き方です。
組織においては、人の道は、「人間主義」として顕れ、それに反するのが、官僚主義・組織主義・権威主義です。創価学会は人間主義であり続ければ善であり、官僚主義・組織主義に堕すれば悪である。


教学部レポートと遠藤文書も、言わんとしていることは、「人間主義ではないではないか」ということであり、それに対する警鐘です。
仏法者は、一つの事象から様々なことを読み取っていかなければならないし、それが出来るのが日蓮仏法の力です。信心の功徳によって、「眼」が養われていく。

・・・・・(詳細は)

http://sgi-shiteifuni.com/?p=9716
 

必死だな(笑)

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年 9月15日(木)11時26分43秒
  >信濃町の人びとさん、もう一回きちんと破折してください<

「もう一回仲間割れしてください」の間違いじゃないのか?www

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

元さち村の村民さん

 投稿者:京都のおんな  投稿日:2016年 9月15日(木)11時26分8秒
  あんたは、邪魔、もう帰ってください!さよならです!  

ある離脱僧の話

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年 9月15日(木)10時59分53秒
編集済
  ある離脱僧が言っていた。

「宗門が酷いと思って出て来たが、今の学会はもっと酷い」と。
「池田先生しか信用できない」とも。

実感だろう。

僧侶でありながら、教義の改変にも蚊帳の外におかれ、一言の意見もいうことができない。

葬儀に呼ばれることも少なくなり、完全に飼い殺し状態。

単なる会館寺院の管理人であれば、頭を丸めている必要も意義もない。

宗門対策に一時的に駆り出されたが、今や使い捨てのライターのごとく、希望も使命も見いだせない。

並々ならぬ決意で出家され、強い使命感を持って離脱したのに本当にお気の毒です。


 

ね、あくまで上から来るでしょ

 投稿者:元さち村の村民  投稿日:2016年 9月15日(木)10時58分54秒
  犬次郎が折伏されたのではなく、信濃町の人びとさんが変わったのだと。

信濃町の人びとさんが、厳しく破折したと言われますが本人は俺は悪くないと垂れてるんです。

あの時は信濃町の人びとさんは、秋谷さんに毒されてたけど、今は変わったって。

いつもそんな調子なんですよ犬次郎は
この件も柳原氏の玉除けとか、訳の分からない自己肯定に走ってますが、現実、特に自分の事は見たくないんです。

信濃町の人びとさん、もう一回きちんと破折してください
 

フェイク 第1544号

 投稿者:宿坊  投稿日:2016年 9月15日(木)10時50分21秒
  (発行=16.09.14)

日顕「地獄に堕ちるのはワシが一番」
僧俗共に堕地獄必定の邪宗・日蓮正宗 ③
血脈詐称、仏法破壊、破和合僧の大罪

 日蓮正宗を日顕宗へと変質させた日顕が平成三年十一月、岡崎住職との対面
の際、池田名誉会長をカットして学会の師弟を分断した行為が「破和合僧」の
大罪であることを自覚していて「地獄に堕ちるのはワシが一番だ」と述べてい
た。

 「大白法」(九月一日付)は、学会が法主を罵倒するから末路は師檀共に堕地
獄必定だと書いているが、日顕は己自身が真っ先に地獄に堕ちることを知って
いるのである。こんなニセ法主元祖の下で間違った信仰を続けていると、その
末路は僧俗共に堕地獄必定である。

 この日顕が相承を受けていないのは周知の事実だ。

 六十六世・日達法主は昭和五十四年七月二十二日午前五時、富士宮市内の病
院で逝去。その直前、日達法主は相承をするために大石寺の体面所に床を敷く
こと、そこには大宣寺(東京都国分寺市内)の菅野慈雲(故)、仲居の光久諦顕(
日康、妙縁寺)の二人を呼ぶよう奥番に指示した。

 これから相承しようとする場に日顕は呼ばれていなかったのだ。

 法主を詐称した日顕には大聖人否定・仏法破壊、破和合僧、広布破壊、信徒
蔑視、謗法容認・身延への迎合、腐敗堕落・遊戯雑談、二枚舌・大妄語、貴重
な宗教建築物の破壊、暴力主義、供養の収奪、宗門の私物化など大謗法、暴挙
を重ねてきた。

 まず大聖人否定・仏法破壊について、日顕は血脈相承を詐称したうえ、ニセ
法主の身でありながら自分の権威を絶対化し、大聖人否定に通ずる「法主本仏
論」を浸透させた。日興上人は遺誡置文に「富士の立義聊(いささか)も先師
の御弘通に違せざる事」と厳命されているが、それに反して仏法破壊の大罪を
犯したのが日顕である。

 日顕の悩乱ぶりが明らかになったのは平成二年のことだが、翌三年の七月と
九月の二回、宗門の早瀬日慈、椎名日澄、吉田日勇、瀬戸日謙、秋山日浄ら能
化から学会の和泉最高指導会議議長、辻参議会議長などの古参幹部に宛てた文
書がある。

 そこには法主は大御本尊と「不二の尊体」と力説。この法主と大御本尊の「
根本の二つ」に対する信心は「絶対」でなければならない、また「本仏大聖人、
戒壇の大御本尊、歴代の御法主上人が、その内証において一体不二の尊体にま
します」との妄言を記していた。

 だが、この当時の日慈は体調を崩して入退院を繰り返し、日澄も療養中で日
勇、日謙、日浄らも似たような状態であり、公式文書を書ける状態ではなく、
この能化文書は日顕の意を受けた能化以外の平坊主が代筆したことは明白であ
った。

 つまり、日顕自身が「ワシは大御本尊と不二の尊体だ」と強調しているので
ある。死身弘法のご生涯を貫かれた大聖人と遊蕩・堕落坊主の日顕が不二の尊
体とは笑止千万!

 万一、日顕が大御本尊と一体不二なら大御本尊安置の正本堂を破壊すること
はない。また、大聖人は身延の草庵で質素な暮らしを続けられた。浄財を約三
十億円も浪費して、都内の一等地に二カ所も豪邸を建てた日顕とは正反対だ。

 芸者と深い関係になり、売春婦と問題を起こすなど色魔の日顕は「法師の皮
を著たる畜生」なのである。


 

螺髪さん、見込みない人びとさん、学ばせていただきます。

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2016年 9月15日(木)10時34分29秒
  螺髪さん、深い解釈、ありがとうございます。
あわてて、1996年・先生の法華経寿量品講義を引っ張り出して、勉強し、思索しようと思っています。
これ以上、解釈しないでください。
以下の解釈が理解できませんので・・・。自力本願で頑張ります。

引用失礼します。
>自分の「三千」の蓄積からしか、実感としては(ここ大事です!実感としてはです)ものごとは見えないのです。「楽於小法」です。だから「行学」の二道が大事なのです。<

赤胴鈴之助の歌、3番は母の教えの事を歌っています。
その部分を見て、嬉しかったので、変な表現してしまいごめんなさい、ありがとうです。

螺髪さんの解釈を読むと、必ず、思索しなければいけないこと、勉強不足なことに、
きずかされるのです。
これからも、見捨てずによろしくお願いいたします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
見込みない人びとさん、勉強するきっかけを頂いてありがとうございます。

引用失礼御免、
>言葉足らずで議論を混乱させてしまったみたいでごめんなさい。<
そんなことはありません、テヘラニアン対談をもう一度読み直そうと、思っています。
 

あはは

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年 9月15日(木)10時24分56秒
  柳氏への批判の「弾除け」として僕を利用してるわけね

なるほど

柳氏は結果的に『反広宣流布活動』をネットで行ってる裏切り者というわけか。
池田先生どころか御本尊をも裏切っているね。
もうすっかり『退転』してんじゃん。
退転者に用はない。

信濃町の人びとさんは池田先生の指導を元に自ら「変わった」ということ。
僕が「変えた」なんて思っちゃいない。
そこまで自惚れてはいないよ。

信濃町の人びとさんは活動をまじめにやってきていた様子が伺える。
過去ログを見れば一目瞭然でしょう。
秋谷時代からの「悪しき風習」から脱し池田先生の指導を忠実に実践した結果というものだろうね。
実践までしなければここまで変わることはない。
信濃町の人びとさんを「変えた」のは、僕ではなく池田先生であることが明白。
信濃町の人びとさんとぶつかる事になったのは秋谷時代からの「悪しき風習」の余波でしかない。
そもそもの原因は秋谷元会長にあるってこと。

秋谷元会長の流れに従っての信仰と池田先生の指導を元にした信仰。
これは『舎利弗のあやまち』に近い現象だね。
どっちに従うかでこうも変わる、というのを信濃町の人びとさんはネットからでもハッキリ確認できるほど見事に変わった。

それを『評価』してなにが悪いのだ?

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

与同幹部の末路悲し

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月15日(木)10時11分53秒
  与同の罪って、恐いですね。

首謀者に大きく罰が出るのは後からですからね。


変な事故、変な病気、変な不幸、変な人間関係の苦、変な苦しい立場(石井くんとか)、

そして、奇妙な死に方。

その姿を通して教えてくれてるんですね。

何があったか。

何が陰謀で、何が真実か。

冥罰、冥益、ちゃんと見られていて、結果が出てくるのが、仏法なのですね。
 

宮田論文への疑問 ――日蓮本仏論についての一考察 須田晴夫

 投稿者:中秋の名月  投稿日:2016年 9月15日(木)09時57分0秒
  須田さんの論文が掲載されてました。

http://ameblo.jp/soka2015/entry-12199830400.html

 

臆病という色のついた眼鏡で会員を見る悪い幹部の愚かさ

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月15日(木)09時56分54秒
編集済
  ここへ来て、四人組、法匪八○、大悪人丹○、大悪人北○、オカマピロシ等々、
悪の実態が内容まで踏み込んで浮かび上がってきた感があります。

悪は隠蔽できません。
必ず、露呈していきます。

自分達で、ばらすんです。
はからずも、シッポ出しちゃった、というやり方で、だんだん加速度つけて暴露は進みます。

なぜなら、被害者がいるから、ボタンの掛け違いが最初にあり、それを隠蔽しようと企むから。

悪は集合する習性があります。

しかし同時に、内輪もめ、裏切りも、本質が臆病・猜疑心ゆえに進行するのです。

自滅の過程は、いつも、似たり寄ったり。
バカですからね。
 

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