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ジョーカーさん

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 9月15日(木)22時20分1秒
   ありがとうございます。

>先生は、最期の戦いにおいて、明確に、「熱原の法難」を意識されているように思います。即ち、権力に屈しない不惜身命の弟子の出現こそが眼目であり、54年の決着でもある(投稿者:ジョーカー   投稿日:2016年 9月15日(木)22時11分40秒 )<

 まさしく、「民衆仏法の不滅の勝利とは、権力(第六天の魔王)に屈しない、名もなき会員によってもたらされる」ですね。


 

熱原の法難と今

 投稿者:ジョーカー  投稿日:2016年 9月15日(木)22時11分40秒
  広布後継様
>「熱原の法難と今」について
ジョーカー様のお考えを聞かせていただけませんか?<

:::::

本日の聖教新聞 随筆 永遠なれ創価の大城11より
「顧みれば、あの、『熱原の法難』の折、命に及ぶ迫害に屈せず、民衆仏法の凱歌を轟かせた三烈士たちも入信間もなかったと推察される。『信心は、年数ではない。勇気である。』とは、戸田先生の指導である。」

先生は、最期の戦いにおいて、明確に、「熱原の法難」を意識されているように思います。即ち、権力に屈しない不惜身命の弟子の出現こそが眼目であり、54年の決着でもある。54年は五老僧の如く、無惨な弟子の姿を示してしまった。そして、現代の熱原の三烈士とは、名もなき会員である。「不惜身命」をキーワードとした時、役職や立場など、何の意味もなさない。

民衆仏法の不滅の勝利とは、権力(第六天の魔王)に屈しない、名もなき会員によってもたらされる。執行部や本部職員などでは断じてない。熱原の法難の時に、一体、五老僧(最高幹部)が何の役に立ったというのか。戸田先生の指導にあるように、信心は年数でも立場でもない。ただただ、今の一瞬の勇気である。

正義には余裕がある。反対に魔王は、自分の正体がバレないように、必死に隠ぺい(魔王であることを否定)し、余裕がない。余裕がなければ、話を聴くことができない。故に、権力の魔性に支配されている人間の一つの基準が、「一方的な態度」ということになる。

熱原の法難は、過去の話ではない。内部であろうと、外部であろうと、権力の魔性は、いつでも会員に牙を剥く。奪命し、広宣流布を破壊することを、虎視眈々と狙っている。そして、魔は天界に住む。勝利し、栄えている時に魔王はあらわれる。54年は、池田先生が絶頂期に起きている。創価学会もまた、今が絶頂期である。何が起きてもおかしくない。勝利の裏には、魔王が顔を覗かせる。これが仏法です。

牧口先生も、熱原の三烈士も、権力(魔王)によって、亡き者にされた。それは一見、諸天の加護もなく、正義の敗北のようにも見える。しかし、仏眼で見たら大勝利であり、仏法を永遠たらしめる行為であった。学会も、どんなに栄え、勝利したとしても、肝心な、師弟不二の学会精神が崩れてしまったら、そこには真の勝利はない。創価学会は永遠に、三代会長が中心であり、それだけは絶対に侵してはならない、聖域(サンクチュアリ)である。

創価三代という原理原則の中に、仏意仏勅も息づいている。それを、「時代」とか「時流」という言葉を駆使し、踏み外していく流れには注意しなければならない。狂いに気づけないからこそ狂いである。魔王もまた、自分が魔王であるという自覚がないのだから。
 

青春対話③

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2016年 9月15日(木)22時11分7秒
  信濃町のネット対策チームの対策です。

池田先生の遺言
青春対話①21世紀の主役に語る
17ページ
「学ばすは卑し」と言う言葉あるが、人間の人間らしさというものは「学ぶ」ところにある。

先生の大切な御指導です。

この宿坊の掲示板をご覧になるとわかることがあります。

「学ばさせてただきます」

このような書き込みを何度も見ていませんか?
それはお一人だけではなく様々な方がそのように書き込みをされています。

池田先生の青春対話の御指導が脈打つ掲示板がこの宿坊の掲示板です。

逆にこの宿坊の掲示板に反対する掲示板で「学ばさせいただきます」との書き込みはありますでしょうか?

この一点でも正邪は明確です。
 

螺髪 さん

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2016年 9月15日(木)21時46分44秒
  螺髪 さん
ご意見ありがとうございました。

「三徳」、、は実のところよくまだ勉強してないんです。

仮諦 - 応身 - 解脱
空諦 - 報身 - 般若
中諦 - 法身 - 法身

と書かれてありますが、まだよく解っていません。
皆さんがそれぞれ勉強なされるでしょう。
そして私にも、教えて下さい。

あと漢字の間違いに今気づきました。肉弾 ー> 肉団 でした。(笑)
失礼しました。
 

無題

 投稿者:同志の歌(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月15日(木)21時20分39秒
編集済
  さあ!かわろう!!様はじめまして、同志の歌といいます

悪と戦う、それは、悪い者に対し悪いと声を挙げる事ではないかと思います。

その勇気ある行動が悪と戦い、自身の魔を打ち破る弟子の戦いです。

まずは、天魔(原田率いる四人組)打倒の祈りからはじめると自身の天魔を打ち破る早道になります。

その祈りが勇気をもたらし、自身の限界をこえる力がでます。

共に仇討ちの戦いをして参りましょう。

邪魔をする輩が出たら御呼び下さい。

いつでも、叩き潰しにいきます。

 

生涯広布様

 投稿者:案外おばちゃん  投稿日:2016年 9月15日(木)21時20分9秒
  いえいえ   思いやりと一歩先を見る優しさ

ちゃんと伝わっていますよ。大丈夫です。

送って下さろうとした須田氏の論文は時間を掛けて、しっかり学んで  自分の力を磨いていきます。


御心使い  ありがとうございます。
 

青春対話②

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2016年 9月15日(木)21時18分36秒
編集済
  信濃町のネット対策チームの対策です。

昨日、書き込みをさせていただきました、池田先生の遺言である青春対話を拝読して私が感じたことに対してたくさんの声をいただきました。

池田先生の遺言
青春対話①21世紀の主役に語る

8ページ
本当のことを若い世代に語っておきたい。語り残しておきたい。
それはなぜか。
もはや私の願いは、二十一世紀の本当の指導者を育てる以外にないからです。
世界のため、人類のため、広宣流布のため、平和のためには、真実の人間指導者をつくる以外に道はないし、それを全世界が待望しているんです。
また、これが私の最大の喜びです。

17ページ
「学ばすは卑し」と言う言葉あるが、人間の人間らしさというものは「学ぶ」ところにある。
しかも今は、高度な情報社会です。
一生涯、つねに学んでいかなければ、すぐに遅れてしまう。
一生涯、勉強。一生涯、学ぶ。
これが、これからの指導者の要件です。
今の世の中の行きづまりは、実は指導者自身の行きづまりにある。「学ばない」からです。
たとえば、若い世代の意見を、じっくり聞いて学ぶ。
学んだら実行する。
そういうゆとりというか、幅というか、人間としての度量がなくなっている。

信濃町のネット対策チームの対策が感じたこと。
全国で創価学会職員から「査問・尋問」され「役職解任、活動停止、除名」になった方から「職員の行う」査問・尋問の内容を聞くと創価学会職員は「意見は全く聞かない」そして「反論されても答えられないが処分はする」など「一方的且つ高圧的な態度」で創価学会職員は「査問・尋問」しているようです。
いずれ「音声」が公表されたら一目瞭然でしょう。

その創価学会職員もこの青春対話をオンタイムで拝読していた時は、青年部や未来部でした。
いったい彼らは何を学んでいたのでしょうか?

また東京の中野で除名になった方は「青年です」
池田先生は青春対話で「若い世代の意見をじっくり聞いて」と御指導されています。
聞くところによれば中野の成年を「査問・尋問」した創価学会職員は「全く意見聞く態度」ではなかったようです。

池田先生が仰せの通り「幅もなくゆとりもない卑しい」人間が創価学会職員となっているのです。
現在の組織が行きづまる理由は明確です。

創価学会職員、外郭職員、音楽隊、各種合唱団、一般の会員さんはこの池田先生の青春対話を拝読してどのように感じますか?
 

広布一筋様

 投稿者:宝冠  投稿日:2016年 9月15日(木)21時15分21秒
編集済
  広布一筋様

お声がけ、ありがとうございます
連絡しようか迷っている間に用件は済んだようで 笑

一筋様は面白いですね
座布団二枚! 笑

 

心当たりの方へ

 投稿者:臥子龍メール  投稿日:2016年 9月15日(木)21時09分38秒
  この板は54年問題を検証し、総括し、ことの本質を後世にのこし、決着の上、歴史に残す。
並びに、54年問題が今の本尊論等にどう関わるかを考察し、
何が悪で、何が善なのか?
その上で悪をどう退治するのか。
浄化し、正常な姿に戻すため、如何なる手を打っていくか?
そのための宿坊である。
個人的なことで噛みつくのは止めて頂きたい。
 

中秋の名月さんへ

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 9月15日(木)21時01分33秒
編集済
  中秋の名月さん


>宮田論文への疑問 ――日蓮本仏論についての一考察 須田晴夫   投稿者:中秋の名月   投稿日:2016年 9月15日(木)09時57分0秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/56348

   須田さんの論文が掲載されてました。
http://ameblo.jp/soka2015/entry-12199830400.html

 中秋の名月さん、ありがとうございます。中秋の名月さんと聞いて、ほっておくわけにはいきませんでした。
 今日も、十五夜ですものね。

 とりあえず、第2まで読んで、なるほど、だから秋晴れさんから、あんな投稿があったんだと理解しました。
 グリグリさんの「戦え!」の言葉が身に染みたのですかね。
 なかなかいい論文です。いえ、さすがです。最後まで読まないといけませんが、「法華経の智慧」の時の「思い」を発揮して頂きたいですね。



 

虹と創価家族さま

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月15日(木)20時56分13秒
  こんばんは~
いつもありがとうございます!

シモジモから見ると、あんなひどい事(共産党のスパイだったなどと会員のありえない悪口を流したり)をしたんだから、現証じゃないのか、
としか思えないのを、自分は転重軽受、と言ってるイタイ幹部もいます。

そして「え~っ」と反感もたれたりしております。

与同幹部は、謝らない・認めない・動かない・恥じない・調べない・護らない・etc.

と、ないないづくしに見えております。

自分の実態が見えないのは、とても恥ずかしいことですが、
同時に、与同となれば恐ろしいことで、本人が気づくまで起こると聞きました。

 

一人のSGIさん

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 9月15日(木)20時43分6秒
  一人のSGIさん


 騒がしい中での投稿、痛み入ります。よくぞ続行してくださいました。ありがとうございました。
 個人的な欲を言えば、『三徳』の面も交えて頂きたかったですね。「三諦」「三身」「三徳」いずれも同じものの切り口の違いだけですもの。とくに「徳」の面は重要ではないでしょうか。

 >では、法報応の三身は、本当はどこにいるのか、、実は法報応の三身は、凡夫の三諦の身のままで南無妙法蓮華経と唱える胸中の肉弾に確かに存在していると大聖人はおっしゃっていると思います。
 当然、大聖人や釈迦などの仏界を強く確立した「仏」とは差があるのは当然だが、三身の鋳型は、どの境涯の生命にも、時と場所を超え、いつでも拓ける可能性を持って存在しているのである。。それを凡夫即極と言い、そしてそれを成ずる時に成仏するのであるとの御金言ではないでしょうか。
 私は、ここが大聖人の仏法の究極部分だと思います - 凡夫即極です。御自分も三諦を捨てていない、九界も捨てていない、立派な菩薩仏との宣言ではないでしょうか。(三諦と三身についての考察 7/7   投稿者:一人のSGI    投稿日:2016年 9月14日(水)19時16分33秒 )<

「三身の鋳型」の“鋳型”なんて表現がいいですね。私も、そう思っています。いい表現ではないですか。


 

さあ!変わろう!!様ヽ(^○^)ノ

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2016年 9月15日(木)20時42分9秒
  はじめましてm(._.)m栃木の仏敵退治くぼたてつと申します。

一緒に頑張って行きましょう(^○^)

信濃町の執行部のウジ虫ども(^w^)

覚悟しとけ(# ゜Д゜)
 

虹と創価家族 様

 投稿者:臥子龍メール  投稿日:2016年 9月15日(木)20時41分44秒
  宗門を離脱した僧籍の方々は、宗門と和解してもらいたい。
と言う思いの方や第六天の魔王が大石寺の日顕に取付き、僧俗和合を乱したが故戦うため離脱した、
と言う方等いろんな思いがあると思います。
しかし、今は第六天の魔王は信濃町にいらっしゃるので、彼等としても直接先生にお会いすることもできず、
如何せん?と言ったところでしょうか。
彼らを生かすも殺すもこちらの思いの深さでしょうか。
執行部を始め創価貴族は先生を神輿としか思っていません。
それが分かるだけ、自分も担ぐのか?
それとも、諫めるのか?
彼らなりの子弟を問われていると思います。
人は温もりを求めるのが自然です。
温かく迎えてくれる所、活躍できる場があれば、存分に働いてくれると思います。
そして、使命感を感じられれば大きな力となって、追撃の一打になってくれるでしょう。
以前、?川UFOさんのお話を聞いた事がありますが、とても純粋な方だと記憶いたしております。
 

広布後継さま

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月15日(木)20時06分57秒
編集済
  こんばんは~ひかりです!

ありがとうございます。

ときどき反板で私がナントカ書かれているそうなんですが、ぜんぜん見てないのです。

かなり前に一度、「へえ、書かれてるんだ」と、のぞいてみたんですが、
ばっかばかしいほどに歪曲、デフォルメし、話にならないほど低俗で、
なんか、一度で呆れてしまったんですね。

今も同じ事繰り返しているとすると、飽き飽きでしょうね、ああいう駄文を書くのも。
かえって感心します。

仕事だと割り切らなきゃ、とても続けてやってられないでしょうね。

上から命令されたとして、あんな奇妙なことをエンエンやらなければならないとしたら普通は、
縁を切り、ゲテモノ仕事で汚れたことを悔い、どこかへ逃げ、上の人間と金輪際会わないです。

それでもやるとしたら、よそではもらえない高額な金銭報酬・待遇があるときでしょう。
お金に目が眩むとか、お金に困っているとか、そういう必然状況を背景に。

まあ、これは想像ですが。 当たらずとも遠からず、だったり(笑)

宿坊は教えてくれますね。 こういう輩も、ホントにいるんだなーと(笑)

反板を見ても、常識的な人は、なんじゃこりゃと思う程度だと思います。

自分は、気になりません。


さて、現証が小物幹部からぼちぼち出ていますね。

このごろ、私の地域では、「功徳」「功徳」と、絵に描いた餅状態の単なる「言葉」でつろうと低俗な魂胆でしか、会員を動かそうとしない、低能幹部ばかりになってきました。

いつも口先だけ動かし、題目も一緒にあげません。
自分では、なーにもやらないで、説得力ゼロです。

一緒に部員さんと歩いたりなんてしません。
歩けば、波動が起きるのに。

上がおかしいからこういうことになっているのでしょう。

これでは、折伏も新聞啓蒙もムリだと思いますよ。

この間、地区協議会で婦人部本部長が、「折伏につながるような新聞啓蒙を」と言ったんです。

すると、前月に3部啓蒙した82歳の婦人部の方が怒って言いました。

「新聞は、それなりの努力を相手のためにしてなきゃ、取ってくれるわけがない。お金を出すことなんだから当然でしょう。折伏は折伏でこれまた違う課題。あんた、何を言っているのか、分かってるのか。そんな無理難題は、誰もできやしないよ」

一同うなずいていましたね。

この幹部はこの後もこの方に、ずっと怒られっぱなし。

でも、反省してる様子がないので、一同呆れた次第です。

なんか、幹部は現場と乖離してるみたい、と後で皆さんも言ってました。

最近見かけないなという声が上がると、たいていその幹部は入院中です。
仕事中のうっかり事故も多いです。

この辺では、石沢県長というトンデモ隠蔽常習者がいますが、
何ヶ月か前に親指をドリルで穴あけたそうです。
ほんと、現証はコワいですね。
 

獅子の子様

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年 9月15日(木)19時54分55秒
  大丈夫です。 変なご心配おかけして申し訳ありませんでした。

私の方、やり方が間違っていました。

すごい、いい論考でしたので、是非にと・・思った次第です。

それに、まさか、お送りしたいと思っていた物が宿坊に載るとは思いませんでしたから・・

いや、ほかにも大勢いらっしゃるのですが・・・私と過去、やり取りをされた方で印象深い方で

獅子の子様は・・品格でしたね・・よ~く覚えていますよ。

多分、まだ、お受け取りになっていないのではと思った方を書き上げたのです。

他意はありません。

他のお方も、例えば分身様とかと思ったのですが、しばらくお姿が見えないので・・書きませんでした。

でも・・皆様、何と思われたのでしょうかね・・・・

変な琴をする者が出ていたので、ちょっと、タイミングも悪かったようです。

風とか、京都西京区のなんとかとか、琴次郎とか・・もちろん反板のとっても可哀想な煉獄の人々もですが・・

ご本尊様を見るとき、菩薩は仏と見、人界は文字と見、畜生界は炎と見るでしたか・・御書が手元にないので・・
正確ではないかもですが・・

ご本尊様を見るとき、自分の生命状態でご本尊様がどう見えるか・・です・・写しだせます。

と同じように、人をどう見るか、文章をどう見るかはその人の境涯でしか判断する琴はできませんよね・・

あの投稿を変な風にとって、書いた輩はそういう生命なので、人間革命が必要です。

ただ、獅子の子様はきっと、過去の私の投稿から・・怯えられたんでしょう・・

他の方からは、まだ、どなたからも・・連絡は来ておりませんよ・・お忙しいのではと思っています。

でも、もう、必要は無くなりました・・それぞれの方たちが、あの論文を読んでくださればいい訳です。



優しさが仇になって・幾つになっても、誤解される生涯広布でした・・ペンギン
 

生涯広布&広布一筋さんへ

 投稿者:獅子の子  投稿日:2016年 9月15日(木)19時06分5秒
  お久しぶりです。
ご連絡出来なくて
申し訳ありません。

いきなりのお呼びで
ビックリしてしまいました(>_<)

何故に私だったのでしょうか?
正直ちょっと怖かったです…

生涯広布&広布一筋さんの
仰る批判の命とまでは
行かないとは思いますが
怖くて返信出来なかったのは
確かなのでその点で言うと
私も生命・境涯の状態が
ヤバいと言う事に
なるんでしょうか?(泣)

すみません…m(__)m
こんな受け取り方で…
意図がわかりませんでしたので
不安になってました…(/_;),
申し訳ないです。
他の方は
連絡されてたんでしょうか…?


 

「共産党化」する柳原滋雄氏

 投稿者:しなのそば  投稿日:2016年 9月15日(木)17時54分21秒
   ご無沙汰しております、しなのそばです。宿板に立ち寄るのもままならぬほど
忙しくしておりました。

 さて、かなり前に、波田地氏が「不起訴」になった事実を東京地裁に行って、
地検の回答書をこの目で見て確認したことを報告しました。
 柳原氏も2016/09/09のコラム日記によると、「東京地裁14階にある記録閲覧室」に
行ってきたとか。別にすごいことでもなんでもありませんよね。閲覧するのに自称
ジャーナリスト等の、特別な資格は必要ありません。
 詳しくはこちらのサイトを参照して下さい。
 「訴訟の記録も、誰でも閲覧できます」
 http://www.daishoyasan.jp/rc/observation/fa-0108.html

 記録閲覧室に行って確認してきたことをもう一つ、紹介します。

 柳原氏は、「妙観講化する波田地グループ」(2016/09/08)と題して、
「問題は、(波田地氏が)教団を除名された後に教団を訴えた裁判における自身 の
書面の中で、本来の敵であったはずの妙観講機関紙『慧妙』の記述を、同人が肯定的
に延々と引用している事実だ。同人が昨年9月に作成した『報告書』なる 書面には、
教団を攻撃するための材料として、『慧妙』記事が2ページ以上にわたってそのまま
引用されていた」
「要するに、“敵の敵は味方”の論理で、かつて宗門対策に功績をあげたはずの人間が、
今ではその宗門側の機関紙を使って、教団を攻撃する材料として“活用”しているわけ
である」
と述べています。

 皆本さんが、
「柳原氏が裁判に弱いのは、肝心なところで記事に具体性がないからだと思います」
 http://6027.teacup.com/situation/bbs/55831
と指摘していますが、全くその通りで、柳原氏は波田地氏が引用した「慧妙」の記述が、
いつの、どんな内容だったかを全く示していません。ただ、“「慧妙」を引用した、
だから「妙観講化」した”とレッテルを貼っているだけです。

 私がこの目で確認したところ、波田地氏が引用したのは、「慧妙」(平成21年
10月 16日号)。いわゆる矢野手帖裁判において、裁判所が学会側による録音音声
データの改ざん、すなわち「証拠偽造」を認定した事実を詳しく報じた部分でした。
 全文がネットにアップされていましたので、こちらをご覧下さい。
 http://emyo.jp/164-164.html
(「慧妙」の記事をアップするのだから、載っている「慧妙」サイトを紹介するのは
当たり前。これをもって、しなのそばは「妙観講化」したなどとバカなことは言わない
で下さいね)

 この記事は大きく3つの段落から成っており、それぞれの冒頭には2行の見出しが
ついていますが、波田地氏が引用したのは、第1段落の本文4行目以降。

 「平成十七年五月、公明党OB議員会中央本部の最高幹部ら三人が、都合四回にわ
たって矢野氏宅に押し掛けた。その目的は、矢野氏が議員時代に書き留めた「黒い手帖」
などの資料を収奪することだった。そしてその際、三人は、矢野氏とのやりとりの一部
始終を、矢野氏に気付かれぬよう、密かに隠し録(ど)りしていたのである」

から、第2段落の最後の部分、すなわち、

 「訴訟になった時のために会話を隠し撮りし(高裁は、『録音結果がなごやかな雰囲
気となることを意図して、表面上強い口調や大声を出すことを避け、会話中にあえて笑
いを交えていた』とも認定)、いざ訴訟となれば、相手に直接の反証手段がないことを
確認した上で、相手を陥(おとしい)れるため、証拠偽造した音声データを平然と裁判
所に提出する――これが、今回の裁判で明らかになったOB議員側の悪らつな謀略行為
であり、しかも、彼らを弁護していたのは、学会員弁護士(副会長・新堀某、全国副青
年部長・海野某ら)だったのである」

までです。

 読めば分かるように、この2つの段落は、裁判の経緯と学会側がなぜ逆転敗訴した
かを、高裁の判決文等の資料に基づいて客観的に述べているところであり、ほとんど
判決文からの引用から成り立っていると言っていいほどです。

 柳原氏は、波田地氏が「肯定的に延々と引用している」のがけしからんと言いたいよ
うですが、この引用箇所のどこに否定的に論評できるところがあると言うのでしょうか。
学会の「証拠偽造」は紛れもない事実であり、弁解のしようのないことばかりです。
 慧妙編集部の主観が入っているのは第3段落ですが、波田地氏はこの段落を見出しも
含め、一行も引用していません。

 この「慧妙」記事を引用するに当たって、波田地氏は、創価学会が「人の道を説く宗
教団体でありながら、裁判所に偽造証拠を出していたという衝撃的事実は、マスコミ等
の格好の餌食となり、敵対関係にある日蓮正宗の機関紙『慧妙』(平成21年10月
16日号)でも、詳細に報道されました」と述べています。
 ほかのマスコミでも取り上げていますが、「慧妙」の記事ほど詳細に報じたところは
他になく、しかも、記事の引用箇所は客観的に判決文等に基づいて書かれています。

 だから 波田地氏は、自分の裁判で糾弾している対象の一つである学会弁護士グループ
のていたらくを裁判官にわかりやすく説明するための最高の材料として、「慧妙」の記事
ではあるけれども、代わるものがないので引用したものと推察されます。
 柳原氏の言うような「材料に事欠き、『慧妙』記事を裁判書類で引用」云々は全くの
見当違いであり、言いがかりに過ぎません。

 ところで、波田地氏が「慧妙」を引用したから「妙観講化」したと非難している当の
柳原氏が、長年、不倶戴天の敵対関係にある共産党の「しんぶん赤旗」をコラム日記で
肯定的に引用しているのはご存じでしょうか。

……………………………
2011/08/25(Thr)
 公明党はまだ大方針を決めていないようだ  原発問題
 昨日、公明党の斉藤鉄夫幹事長代行(前政調会長)が日本記者クラブで講演し、公明
党のエネルギー政策について語ったようだ。今日付の公明新聞に大きめの記事が掲載さ
れたほか、赤旗や一般紙にも報じられている。それらによると、月末にまとめる予定の
党のエネルギー政策において、高速増殖炉『もんじゅ』(敦賀市)の廃止を盛り込む方
針という。 また、原発問題をめぐる党の現状は『党内で20回弱、勉強会や議論を重ね
たが(見直し案を)とりまとめるに至っていない』『原子力依存を減らす大方針も、正直
申しあげて結論が出ていない』(いずれも「しんぶん赤旗」に掲載された斉藤氏の言葉)
というものらしい。
 一方、原発輸出(ヨルダンとの協定)を国会承認するために26日に予定されていた
衆院・ 外務委員会採決の日程は、『白紙』に戻った模様。ちなみに民主党代表選に出馬
を表明している前原誠司・前外相は、在任当時、原発輸出の“推進”を明言していた人
物として知られる。

 【公明新聞】   http://www.komei.or.jp/news/detail/20110825_6023
 【しんぶん赤旗】 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-08-252011082502_03_1.html
 【アサヒ・コム】 http://www.asahi.com/politics/update/0824TKY201108240405.html
……………………………
※公明新聞、赤旗のリンクは今でも有効ですが、asahi.comはすでにリンクが切れてい
ます。ただ、キャッシュが残っていましたのでこちらでご覧下さい。 https://web.archive.org/web/20120603180454/http://www.asahi.com/politics/update/0824/TKY201108240405.html

 ここで、柳原氏は、原発問題をめぐる党の現状を記すに当たって、「赤旗」に掲載され
た斉藤氏の言葉をそのまま引用しています。赤旗の記事でも、信用するんですね(笑)
 柳原氏の論理で言えば、柳原氏は“「赤旗」を引用した、だから「共産党化」した”
ということになりますね。

 斉藤氏の件(くだん)の発言は「赤旗」にしか出ておらず代わりがないので引用した
というかもしれませんが、それなら波田地氏が、代わるものがないので「慧妙」を引用
したのと同じです。
 しかも、波田地氏の場合、「慧妙」編集部の主観が入った第3段落はカットしていま
すが、柳原氏の場合、赤旗の記事を全文、リンクを付けて紹介しています。「過去隠す
公明 自民に原発責任転嫁」という赤旗編集部の主観をもろに喧伝しているので、悪質です(笑)

 柳原氏のホンネが反原発、反安保、反自公連立政権であることはコラム日記愛読者の
よく知るとことです。これはもう完全な“隠れ共産党員”と呼ぶしかない・・・(笑)

 「大慢のものは敵に随う」との聖哲の言葉は、柳原氏にこそ向けられるべきものです。
これは、またまた、自分でキャッチ出来ないほど巨大なブーメランをお投げになったもの
ですね・・・(笑)
 

池田先生のスピーチに学ぶ【会長就任後、神奈川文化の池田先生の元に来た四国の同志】

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 9月15日(木)17時35分54秒
  池田大作全集100巻
神奈川・静岡合同協議会 (2006年1月12日)

■荒海を越えて四国の友も来た

   今年は、「聖教新聞」の創刊五十五周年にあたっている。
神奈川・静岡の同志も、また四国の同志も、いつも「聖教新聞」の拡大に健闘してくださっており、感謝に堪えない。

   つい先日の「聖教新聞」の「声」の欄に、あまりにも懐かしく、あまりにもうれしい思い出がつづられていた。それは、昭和五十五年一月十四日、四国の約千人の同志が、あの「さんふらわあ7」号で、冬の荒海を越え、ここ神奈川文化会館に来てくださった歴史である。

   あれから満二十六年。四国の友は、あの日あの時を原点として、人生の試練を乗り越え、師弟の誓いを原動力に、広宣流布の拡大を成し遂げてこられた。そのことが、感動的に記されていた。この「声」を読まれた方々からも、早速、多くの反響が寄せられている。

   あの年は、私の会長辞任の翌年であった。一月十三日の午後一時すぎ、神奈川文化会館で執務する私のもとに、第一報が入った。香川、高知、愛媛、徳島の四国全県から、勇んで集った約千人の同志が、高松港を出航したとの知らせである。目指すは、ここ神奈川文化会館の眼前に広がる横浜港。船は、白亜の客船「さんふらわあ7」号である。

   私は、航海の無事安全を、妻とともに真剣に祈った。一人も船酔いすることなく、元気で到着されるようにと、題目を送り続けた。出発したその日、横浜は(雪の舞う寒い日であった。東海上には低気圧があり、海上は荒れることが予想された。学会本部からは「念のため中止にしてはどうか」という連絡も入ったという。しかし、もう出航直前だった。合図のドラが鳴っていた。″出航したあとは、すべて船長の判断に任す″と決め、旅が始まったのである。

■異体同心の団結――″船上幹部会″

   ″船上幹部会″では、意気軒高に語り合われていた。
――本来ならば、池田先生に指揮を執っていただいて、本年の学会創立五十周年を盛大に祝賀すべきである。牧口先生、戸田先生、そして池田先生という三代の会長が築いてくださった創価学会ではないか。しかし、今、先生に、自由に動いていただくことはできない。四国にお迎えすることもできない。それならば、私たち四国が、全国に先駆けて、先生のもとへはせ参じて、創立五十周年のお祝いを申し上げようではないか。先生がおられるところが、広宣流布の本陣だ。最前線であるのだ――と。

   のちに、手書きで書き留められた、その船内の克明な記録を、私は拝見し、心で泣いた。
船には、ドクター部や白樺(女性看護者のメンバー)の方々も、勇んで同行され、同志の健康を見守ってくださっていた。創価班や白蓮グループをはじめ、志願の男女青年部の、はつらつたる献身も光っていた。

   船内で皆が楽しく過ごせるようにと、私は、寅さんの映画(「男はつらいよ」)の手配も、事前に、そっと、お願いしておいた。
ありがたいことに、波涛会(海外航路に従事する壮年・男子部のグループ)の方々も、太平洋岸の要所要所の岬に待機して、変化の激しい波の様子を、逐次、報告する態勢まで取ってくださっていた。四国で留守を守ってくださる同志たちも、皆、たえまなく唱題を続け、無事故・大成功を祈っておられた。そこには、どんなに嫉妬に狂った坊主らが壊そうとしても、絶対に壊せない「異体同心」の金剛の団結が輝いていたのである。

   波涛を越えて、四国の友が、横浜港の大桟橋に到着したのは、翌一月十四日の午後一時前であった。前日とうってかわって、この日は穏やかな陽気となった。

   大聖人は、「当に起って遠く迎うべきこと、当に仏を敬うが如くすべし」(法華経六七七ページ)という法華経の一文を「最上第一の相伝」とまで仰せであられる。私は大桟橋に立って、花束を抱えて、遠来の同志をお迎えした。

■誇り高く、偉大な同志よ!

   この私と同じ心で神奈川県中から集まり、真心の歓迎をしてくださった友の顔も、私は今もって忘れることができない。わが音楽隊も、勇壮な学会歌の演奏で盛大に出迎えてくれた。

   そのあと、午後一時半から、四国・神奈川交流幹部会が、神奈川文化会館で劇的に開かれた。
はるばると勇み来った四国の同志も、誇り高く偉大であった。その同志を勇み迎えた神奈川の同志も、また誇り高く偉大であった。

   私は、ピアノで″大楠公″や「熱原の三烈士」など数曲を奏で、贈らせていただいた。
心と心の交流が、幾重にも深く、また強く結ぼれた。凝結した黄金の時が流れた。そして、その日の午後七時、四国の同志は、横浜港を出航して、帰途につかれたのである。

   私は、船が見えなくなるまで、神奈川文化会館の窓から、妻とともに懐中電灯を振り続けて、お見送りした。深夜十一時半ごろと翌朝の九時、私は、船に直接、電話を入れて様子をうかがった。来られなかった方々への伝言も託した。

   船がついてからも、高知県の方々など、自宅へ戻るまで、さらに長い道のりが続く。妻も、皆さまが全員、無事に帰宅されるまではと、祈り続けていた。

   なお、この時の船長が語ったというお話も、のちにうかがった。
「初めて、創価学会の方を乗せました。なんというか、言葉では言い表せませんが、本当にさわやかな気分です。この人たちを、一人も船酔いさせてはいけないと思い、慎重に舵をとりました」

  当時の宗門に遠慮した「聖教新聞」の紙面では、「交流幹部会」自体は報じられているものの、四国の同志と私との出会いのことは、一行も記されていない。しかし、誰人も冒すことのできない、いな永遠に冒すことのできない、荘厳な師弟の劇が厳然と刻まれていたのである。

   その後、五月にも、徳島の約千人の同志、そして愛媛の約千人の同志が、それぞれ船で、神奈川までお越しくださった。二回とも、私は心から歓迎させていただき、忘れ得ぬ歴史となった。

   のちに、私はとの方々を、「三千太平洋グループ」と命名させていただいた。

   学会が一番、大変なときに、私とともに、一番、深く、一番、尊い歴史をつくってくださったのは、四国の友であった。そしてまた、東海道の皆さまであった。

■困難な時こそ本物が光る

   アメリカの鉄鋼王カーネギーの言葉に、「危機に当たって、人間の真価が試される」(『鉄鋼王カーネギー自伝』坂西志保訳、角川文庫)とある。困難な時こそ、本物が光る。

   古代ローマの詩人ルクレーティウスは言った。
「人を見るのには、危機に陥った際に限る、逆境にあってその人物如何を見るに限る。即ち、かような時にこそ始めて真実の声が心の底から出るものであり、又仮面ははがれ、真価のみが残るからである」(『物の本質について』樋口勝彦訳、岩波文庫)

    そのとおりである。有名な『プルターク英雄伝』こう記されている。
「真に高貴健剛な精神は、厄難に処し逆境に
沈淪(ちんりん)する日において、真骨頭を発揮するものである」(鶴見祐輔訳、潮出版社)

    難よ、来るなら来い!――これが学会精神である。御聖訓に「大難来りなば強盛の信心
弥弥(いよいよ)悦びをなすべし」と仰せのとおりである。

   あの日あの時の偉がな四国の同志は、私の胸の奥底に、永遠に刻まれて離れない。最も困難な時に、勇んで立ち上がり、戦ってくださった人を、私は断じて忘れない。

   あの日あの時の尊き皆さま方が、今、四国広宣流布の中核を担い立って、指揮を執っておられる。その英姿を私は、何よりもうれしくうかがっている。また亡くなられた方々にも、私は毎日、追善回向の題目を送っている。

   後継の、お子さん方や後輩たちも、「さんふらわあ7」号の師弟旅の先駆者を、最大に尊敬し、感謝し、誉れとして、そのあとに続いておられる。広宣流布の″師弟の航路″を貫き通した人は、永遠に誇り高く、自分自身が光り輝いていくのである。

    思えば、勇敢なる求道の信心を貫き通した在家の弟子を、日蓮大聖人は、「聖人」「上人」「賢人」など、最高の尊称で讃嘆されている。
ここ東海道ゆかりの女性門下(乙御前の母)には、「日妙聖人」と認めておられる。

   のちに大聖人は、遠路をいとわず、妙法を求めぬいた、この女性門下に、こう仰せである。

   「日蓮が鎌倉にいた時には、念仏者らはさておいて、法華経を信じる人々でも、本当に信心がある人なのか、ない人なのか、分かりませんでしたが、幕府からとがめを受けて佐渡の島まで流されてみると、訪れる人もありませんでした。そのなかで、あなたは女性の身でありながら、さまざまな御志の品を届けられたうえ、ご自身が訪ねてこられたことは、現実のこととも思えず、考えることもできないことです」(御書一二二〇ページ、通解)

   「道のり」が遠く険しい。だからこそ、その人の信心の志が分かる。いざという時こそ、まことの信心があらわれるのである。さらに大聖人は仰せである。

   「今、あなたは法華経を知り、慕われていますから、必ず仏になられる女性です」(御書一二二二ページ、通解)

   「日蓮が流されたのは、わけあってのことですが、(女性の身で、これまで足を運んでくださったあなたの姿にふれると、私が流されたのは)″あなたの厚い御志があらわれるためであったのか″と、ただありがたく思うばかりです」(同ページ、通解)

   このように、真剣な弟子の求道の姿を最大に賞讃されているのである。

*********************

「会長辞任~サンフラワー号~紅の歌」の歴史こそ師匠を求め抜いた民衆勝利の歴史!

http://sgi-shiteifuni.com/?p=11593
http://6027.teacup.com/situation/bbs/56294


本日の政教珍聞で~す、ポイント、ズレまくりでしょうか? ?投稿者:カンピース
http://6027.teacup.com/situation/bbs/56183
 

 投稿者:名古屋人  投稿日:2016年 9月15日(木)17時17分42秒
  「魔競はずば正法と知るべからず」とあります。
今、創価学会には一切、難は起きていません。
それが全てです。
 

一旦削除

 投稿者:しなのそば  投稿日:2016年 9月15日(木)17時01分25秒
編集済
  改行が変なので一度削除します。  

つれづれ断想 9.15

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年 9月15日(木)16時36分14秒
  こちらのカウンター(対抗)をしているつもりらしいが揚げ足取りにすらなっていない某板に対して、
時折フェイントをかけるというか観測気球の意を含んだ投稿をする場合もある。
先月末、アルベア氏が引用したブログの件で正理会・中杉弘氏のことを書いてみたら、
谷川らの「女子部は広宣流布の扶養家族」発言にはほぼスルーしていたのが速攻でこれには反応してきた。
あちらというか、あちらの背後に蠢くものたちの相貌が自分にも大体把握できるようになった。

日曜日の花野関連の投稿でカルト呼ばわりされたが、書きぶりが弓谷照彦くん本人っぽいなと感じた。
去年の学術大会への記述で花野・宮田両人のほか中野毅教授の名を出したのが癇に障ったかね?
中野教授のゼミだったんだよね、弓谷くん。

花野充道が、先生の作られた学び舎には不適切な「招かれざる客」であるのは認めざるを得ないようだね。
創価学会と創価大学は別物・・・とか、中立な立場での学術大会だから問題ない・・・とか、
どう言い繕うとも、もしこれが先生がお元気で創立者としての職責を果たしている時ならば、
まず考えられない事案だし、花野だってさすがに遠慮、いや怖くて八王子にも近づけないだろう。

そっちで泣こうが喚こうが「花野充道」で検索をかけたりして彼の事を知れば、
こちらとそちらの閲覧者双方ともにどのように良心的な解釈をしようとも受け入れがたい出来事だと分かるものだよ。
招いた側の意図はどうであろうと、まともな神経の学会員さんならこの事を知ったら皆怒るに決まっている。
今の信濃町界隈、八王子もだけど、そんなことも分からない脳味噌パープリンだらけになったんかね?

中野教授。かつての教え子の一人が日夜みっともない醜態を晒しています。
     私たちの師匠に顔向けできない、人生の敗残者の姿で、法匪の手先に成り下がり、
     仏子を誹謗し、無辜の信仰者への迫害に血道を上げています。

     どうか今こそ速やかに彼・弓谷くんを善導してあげてください。
     教え子を地獄の境涯から救ってください。お願いします。。

中野教授。新学同世代のイデオローグ的存在としてかねてより畏敬の念を抱いておりました。
     『妙観』の報道にどこまで信憑性があるか測りかねますが、
     宗門対策室の中核メンバーとしてかつて教授が野崎勲や竹岡・北林コンビとも盟友関係にあったとしても
     そのこと自体、私には特段疑義を呈するような事柄ではありませんでした。

     池田先生が公式会合に出席されなくなった2010年秋に発表なさいました論文
     『民衆宗教としての創価学会』――全面的に首肯し得る論旨で感銘を受けました。

教授。主催者としてあの場になぜ花野を呼ぶ必要があったのでしょう? 教授は今も池田門下ですか? 池田先生は貴方にとって如何なる存在でありましょう?

『民衆宗教としての創価学会』は単なるガス抜き、現状を憂える学会員への目くらましのつもりだったのでありましょうか?
信濃町の食法餓鬼どもの意向を受けて。。
 

本日、須田さんの文書が紹介されていましたので・・

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年 9月15日(木)15時35分34秒
編集済
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/56331

は不要となりました。 お送りしようと思ってたのです・・

お騒がせしてしまいました・・ お許しください。

考察はお見事なハシャク文書となっていますネ・・刮目に値し、須田さんに感謝です。

また、言葉や文書の意を取るのは、その人の生命の・状態・境涯で取るものですから、

私の連絡投稿を批判した人はご注意を・・

あなたの生命状態を表しているんですよ。それは間違いなく・・南無妙法蓮華経 ・南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経


恐々謹言・・ ペンギン

http://

 

初めまして

 投稿者:さあ!変わろう!!  投稿日:2016年 9月15日(木)14時41分56秒
編集済
   皆さま、日々拝見させて頂いております。沢山の事を学ばさせていただいております、
ありがとうございます
 最近、自分の至らなさを実感し、本気で信心で変わりたい、
人間革命したいと思えるようになり、正しい信心の在り方を種々模索している時に
この掲示板に辿り着きました
 まだまだ「巨悪の存在」実感が自分の中に芽生えている訳ではありませんが、昨今の組織の疲弊振りに胸を痛めている一人です。
 これからどう悪と戦って行けば良いか皆さんに学ばさせて頂きます。よろしくお願いいたします。
 
 

第一回新時代本部幹部会

 投稿者:広布後継  投稿日:2016年 9月15日(木)14時41分8秒
  久しぶりに先生のスピーチを聴きました

お元気な声、正木さんが理事長をなり、とても喜んでおられる様子が伝わり、思わず落涙しました

原田会長に、誠実の2字を贈りたい
学会員と学会に尽くし抜けと

前代未聞の粛清
南米での現地メンバーより前にしゃしゃり出て撮っている写真の数々
原田会長は、師匠の御指導を遵守していると思いますか?

この板は54年問題が主テーマです
54年先生を何故辞任させてしまったか?
様々な原因がありますが、一つの要因として
それは創価学会を普通の会と考え、3代、4代、5代と次々と会長が交代していくものと思っていたことがあると思います

北条さん、秋谷さん、和泉さん等戸田先生から
「第三代を守れ!第三代を守ったならば広宣流布は必ず出来る
第三代は永遠に会長として指揮を執れ!」との遺言とも言うべき御指導を聞いていた最高幹部達
彼等は本来、率先してその御指導を会員に伝えるべきだった
しかし、彼等は、伝えなかったのではないか?
その姿勢はあたかも、日興上人の相承を認めない五老僧の似ていないか?

彼等幹部が伝えなかったので
会員は「第三代は永遠に指揮を執れ」との遺言を知らない
故に4代、5代、6代と交代していく1里塚としか思っていなかったのではないか?

今、池田先生が公式会合を欠席されている
第6代会長、原田会長

原田会長の打ち出しを無批判で受け入れ、従って行くことは、同じ過ちを犯しているのではないか?

池田先生が不在である
だから第6代会長が一番偉い人なんだ
だから第6代会長に従っていればいいんだ
これが54年ではないか?

誰が会長がなろうと師匠は池田先生
会長の打ち出し、言動が先生の御指導を基準にしているか?
先生の御指導を違背していないか?
きちんと見極めていかなければ54年と同じ過ちを犯していることになるのではないか?

三代は永遠の師匠
それ以外は会長も会員も同格

原田会長の言動を見て、つくづく実感する
想像を越えた残念な人だった
唖然、愕然そして絶望
南米訪問団の写真を見て、この二人に学会は任せられないと思った会員は多いのではないか?
会長は偉い人、特別な人と思っていた人も今や「?」マークが付いているのではないか?

日本の会長が何故、SGIの肩書きもないのに海外に行くのか?

天皇の「生前退位」問題が出て来ている
もし、先生に「生前退位」させSGI会長から名誉会長にしようとしているような事があるとしたならば、言語道断!

先生は若き時から後輩が活躍できる舞台を作ることに尽くして下さった
会則変更して、座にしがみつくような人間ではない
公式会合欠席されている先生がSGI会長で居続けて下さる
それは、戸田先生の遺言を守られているからだと拝する

「第三代は永遠に会長として指揮を執れ!」
先生がSGI会長で居続けて下さることで、どれだけ守って頂いているか
測りしれないものがある

先生は、永遠にSGI会長である!
これを守ることが出来なければ、学会は会として、54年の過ちを繰り返したことになる

創価学会は池田先生の御指導を基準に!
例え会長たりといえども先生の御指導に違背するならば、従わない
これが出来ない人は弟子として、54年の過ちを繰り返した事になる

あなたは、上意下達の組織主義の会の人間ですか?
それとも、池田先生を中心に置いた同心円の会の真の弟子ですか?

迹(組織主義)を打ち破り、本地(真の弟子)を顕す時である

真の弟子として、生きる道には嵐のような迫害が待っている
今、組織から迫害されている人こそ、真の弟子である

しかし、それでも負けないで、祈り続け、戦い抜くならば、「地獄の苦しみパッと消える」

本幹での先生のメッセージ
本部が削除した御文
「しばらくの苦こそ候とも、ついには、たのしかかるべし」

そして、その先の御文は
「国王1人の太子のごとし、いかでか位につかざらんと、おぼしめし候へ」

真の弟子になるチャンス到来である

嬉しきかな!
嬉しきかな!

この凄い時に巡り会えた事に感謝!
宿板がそれを教えてくれた、感謝!

ジョーカー様
自分は今、そう思っています
本部が削除した「熱原の法難と今」について
ジョーカー様のお考えを聞かせていただけませんか?


ひかり様
ひかり節、素晴らしい

反板が批判している人は正しい人なのでしょう
時間がないので、皆さんの投稿全部読めないのですが、反板が批判している人の投稿は必ず読んでいます

反板は投稿をさせない為に批判しているのでしょうが、逆効果になっています
いつも素晴らしい破邪顕正の投稿ありがとうございます
 

【定期案内】教学部レポートをお読みください。(教義変更の経緯・今の執行部の狂いの元を知る為に)

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 9月15日(木)14時27分22秒
編集済
  詳しくはこちらから

http://6027.teacup.com/situation/bbs/56053


【参考】「教学部レポートとは」(英訳あり)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/53571
 

セクト・カルトの類に?と危惧するのは私だけでしょうか・・

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年 9月15日(木)14時22分12秒
  本日のロシア・スプートニクの記事から・・

記事・抜粋貼り付け

世界中で宗教セクトの存在や、その教えを広める活動が、問題化している。
カルトあるいはセクトは、自分が信ずるものに熱狂的に帰依する人々のグループのことを言う。

通常こうした組織は、自分達のメンバーからお金や財産を詐取したりする。
また中には、自分の命をセクトに捧げる用意のある人さえ現れる。

ミヤレヴィチ:国の重要な問題に取り組んでいる人達による、セクト撲滅対策課設立の試みは、
それがどんなものでも、その部署が2人か3人の小さなものでさえ、あらゆる方法でストップがかけられてしまう。
そうした組織設立の許可を得た人は、これまで誰もいない。

その理由は、あれやこれやのセクトが、新世界秩序に奉仕していることと関係がある。
それは人々を奴隷化する第4のレベルだからだ。

まず始めは政治的に、続いて経済的に、その後は軍事的に、そして最後に置かれるのが、精神的奴隷化だ。

目的は、様々な信仰をそろえた一種のショッピングセンターを作り、できるだけ多くの人に信仰という
「商品」を示すことである。

続きを読む: http://jp.sputniknews.com/opinion/20160915/2777031.html
 

再掲

 投稿者:ダメよ~ダメダメ  投稿日:2016年 9月15日(木)13時00分51秒
  大事な御指導だと思います。又、今日の事を見通されたかのような御指導かと。

【2006年11月22日全国合同協議会】より

・もしも将来、原理原則を踏み外すような幹部が現れたならば、断じて許してはいけない。

異体同心の革命児の弟子たちが、猛然と戦い抜いて、三代の正しい軌道へと戻していくのだ。


・幹部が役職を笠に着て、威張る。大変なことは人にやらせて、自分は楽をする。そんな権威主

義の学会になってしまったら、大変だ。一生懸命に戦ってくださる学会員に申し訳がない。

たとえ、会長であっても、特別な存在ではないのだ。

民衆の真っただ中で広布に戦う人が一番偉い。

広布のため、同志のため、だれよりも真剣に祈り、戦う人が会長なのである。

その意味で、全員が会長の自覚で進んでいけばいい。

・そして、広宣流布の敵とは、外だけにいるのではない。

いかなる組織も、大きくなり、根幹の精神を忘れると、いつしか、冷たい官僚主義、事なかれ主

義がはびこっていく。要領よく、戦っている格好だけ見せる。派閥をつくって気に入らない人間

をいじめる。陰でこそこそ悪事を働く ―― そういう人間が、のさばりだすものである。

少しでもこうした兆候があれば、それは、広布を破壊する魔の働きであると、鋭く見破っていか

なければならない。幹部になるほど、十分に戒めていくべきである。

 

師弟不二アーカイブより 【問答無用 対話なき処分】 【25】

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年 9月15日(木)12時52分50秒
  陽光様の【問答無用 対話なき処分】のシリーズをお送りしています。
【25】は重要な部分ですので全文掲載します。

はたして、創価学会は基本的人権を守るつもりがあるのでしょうか?
いくら国連で人権擁護を叫んでも、足元の実態がこれでは寂しい限りです。
人の振る舞いを説く宗教が人の道に反している。池田先生の指導と違うではないか。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

アメリカ全国民に与えられている権利をSGI-USAのメンバーには認められていないとでも言うのだろうか。一宗教団体の会則は、一国の憲法や権利よりも上に位置しているのであろうか。不思議な事である。


しかも、私は創価学会を愛している。半世紀をもの信心を続けてきた。どんな立場になっても一生涯題目を唱え、信心を貫き通す覚悟でいる。創価学会が変な方向に進んでいるという憂いと懸念があるからこそ、私が懐いている疑問を晴らしたいのである。真実を伝えようとしているのである。幹部と言うのはメンバーに対して納得できる説明をするのが役目なのである。幹部諸氏も仏法の眼を大きく見開いて、先生の指導を根本に、現実をもっと勉強せよ!と言いたい。


内容も把握せず、単に上からの命令だけで動くお花畑の学会員。大聖人の御書および池田先生の指導を基にして、ちゃんと自分の頭で考えることができれば、そして勇気があれば、遅かれ早かれ真実に気が付くはずである。


先生は「深く大きく境涯を開き、目の覚めるような自分自身と創価学会の発迹顕本を頼む」と言われた。「創価学会の発迹顕本を頼む」と弟子に言われているのである。何故、先生がそのように言われているのか。何故、目の覚めるような創価学会の発迹顕本が必要なのか。


それをよくよく熟考するならば、「組織主義、官僚主義、権威主義を排して本来の人間のための人間主義に変えて行け」と言う事ではないか。人間のための宗教か。宗教のための人間なのか。先生の指導を根本にして判断すると、今の組織はどのように考えてもおかしいではないか。


おかしい事をおかしいと言ったために処分される方がもっとおかしいと思う。学会が宗教貴族と言われる所以である。「一人の人を大切にする」心を失ってしまったのか。「会員第一」は単なる言葉上の遊びなのか。

http://sgi-shiteifuni.com/?p=10024
 

Re:与同幹部の末路悲し

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年 9月15日(木)12時48分8秒
編集済
  >変な事故、変な病気、変な不幸、変な人間関係の苦、変な苦しい立場(石井くんとか)、

そして、奇妙な死に方。

その姿を通して教えてくれてるんですね。<

http://6027.teacup.com/situation/bbs/56349

ひかり様、本当にその通りです。

現罰が出てきています。

与同の罪も、四人組と同罪です。
 

師弟不二アーカイブより 【善悪の基準 】 投稿者:ジョーカー

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年 9月15日(木)12時43分20秒
  投稿日:2016年 3月 9日(水)21時53分24秒


「学会員としての善悪の基準」

善とは、人の道(道理)です。人の振る舞いを説いたのが仏法であり、人の道とは、誰もが疑うことや、根拠を必要としない生き方です。
組織においては、人の道は、「人間主義」として顕れ、それに反するのが、官僚主義・組織主義・権威主義です。創価学会は人間主義であり続ければ善であり、官僚主義・組織主義に堕すれば悪である。


教学部レポートと遠藤文書も、言わんとしていることは、「人間主義ではないではないか」ということであり、それに対する警鐘です。
仏法者は、一つの事象から様々なことを読み取っていかなければならないし、それが出来るのが日蓮仏法の力です。信心の功徳によって、「眼」が養われていく。

・・・・・(詳細は)

http://sgi-shiteifuni.com/?p=9716
 

必死だな(笑)

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年 9月15日(木)11時26分43秒
  >信濃町の人びとさん、もう一回きちんと破折してください<

「もう一回仲間割れしてください」の間違いじゃないのか?www

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

元さち村の村民さん

 投稿者:京都のおんな  投稿日:2016年 9月15日(木)11時26分8秒
  あんたは、邪魔、もう帰ってください!さよならです!  

ある離脱僧の話

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年 9月15日(木)10時59分53秒
編集済
  ある離脱僧が言っていた。

「宗門が酷いと思って出て来たが、今の学会はもっと酷い」と。
「池田先生しか信用できない」とも。

実感だろう。

僧侶でありながら、教義の改変にも蚊帳の外におかれ、一言の意見もいうことができない。

葬儀に呼ばれることも少なくなり、完全に飼い殺し状態。

単なる会館寺院の管理人であれば、頭を丸めている必要も意義もない。

宗門対策に一時的に駆り出されたが、今や使い捨てのライターのごとく、希望も使命も見いだせない。

並々ならぬ決意で出家され、強い使命感を持って離脱したのに本当にお気の毒です。


 

ね、あくまで上から来るでしょ

 投稿者:元さち村の村民  投稿日:2016年 9月15日(木)10時58分54秒
  犬次郎が折伏されたのではなく、信濃町の人びとさんが変わったのだと。

信濃町の人びとさんが、厳しく破折したと言われますが本人は俺は悪くないと垂れてるんです。

あの時は信濃町の人びとさんは、秋谷さんに毒されてたけど、今は変わったって。

いつもそんな調子なんですよ犬次郎は
この件も柳原氏の玉除けとか、訳の分からない自己肯定に走ってますが、現実、特に自分の事は見たくないんです。

信濃町の人びとさん、もう一回きちんと破折してください
 

フェイク 第1544号

 投稿者:宿坊  投稿日:2016年 9月15日(木)10時50分21秒
  (発行=16.09.14)

日顕「地獄に堕ちるのはワシが一番」
僧俗共に堕地獄必定の邪宗・日蓮正宗 ③
血脈詐称、仏法破壊、破和合僧の大罪

 日蓮正宗を日顕宗へと変質させた日顕が平成三年十一月、岡崎住職との対面
の際、池田名誉会長をカットして学会の師弟を分断した行為が「破和合僧」の
大罪であることを自覚していて「地獄に堕ちるのはワシが一番だ」と述べてい
た。

 「大白法」(九月一日付)は、学会が法主を罵倒するから末路は師檀共に堕地
獄必定だと書いているが、日顕は己自身が真っ先に地獄に堕ちることを知って
いるのである。こんなニセ法主元祖の下で間違った信仰を続けていると、その
末路は僧俗共に堕地獄必定である。

 この日顕が相承を受けていないのは周知の事実だ。

 六十六世・日達法主は昭和五十四年七月二十二日午前五時、富士宮市内の病
院で逝去。その直前、日達法主は相承をするために大石寺の体面所に床を敷く
こと、そこには大宣寺(東京都国分寺市内)の菅野慈雲(故)、仲居の光久諦顕(
日康、妙縁寺)の二人を呼ぶよう奥番に指示した。

 これから相承しようとする場に日顕は呼ばれていなかったのだ。

 法主を詐称した日顕には大聖人否定・仏法破壊、破和合僧、広布破壊、信徒
蔑視、謗法容認・身延への迎合、腐敗堕落・遊戯雑談、二枚舌・大妄語、貴重
な宗教建築物の破壊、暴力主義、供養の収奪、宗門の私物化など大謗法、暴挙
を重ねてきた。

 まず大聖人否定・仏法破壊について、日顕は血脈相承を詐称したうえ、ニセ
法主の身でありながら自分の権威を絶対化し、大聖人否定に通ずる「法主本仏
論」を浸透させた。日興上人は遺誡置文に「富士の立義聊(いささか)も先師
の御弘通に違せざる事」と厳命されているが、それに反して仏法破壊の大罪を
犯したのが日顕である。

 日顕の悩乱ぶりが明らかになったのは平成二年のことだが、翌三年の七月と
九月の二回、宗門の早瀬日慈、椎名日澄、吉田日勇、瀬戸日謙、秋山日浄ら能
化から学会の和泉最高指導会議議長、辻参議会議長などの古参幹部に宛てた文
書がある。

 そこには法主は大御本尊と「不二の尊体」と力説。この法主と大御本尊の「
根本の二つ」に対する信心は「絶対」でなければならない、また「本仏大聖人、
戒壇の大御本尊、歴代の御法主上人が、その内証において一体不二の尊体にま
します」との妄言を記していた。

 だが、この当時の日慈は体調を崩して入退院を繰り返し、日澄も療養中で日
勇、日謙、日浄らも似たような状態であり、公式文書を書ける状態ではなく、
この能化文書は日顕の意を受けた能化以外の平坊主が代筆したことは明白であ
った。

 つまり、日顕自身が「ワシは大御本尊と不二の尊体だ」と強調しているので
ある。死身弘法のご生涯を貫かれた大聖人と遊蕩・堕落坊主の日顕が不二の尊
体とは笑止千万!

 万一、日顕が大御本尊と一体不二なら大御本尊安置の正本堂を破壊すること
はない。また、大聖人は身延の草庵で質素な暮らしを続けられた。浄財を約三
十億円も浪費して、都内の一等地に二カ所も豪邸を建てた日顕とは正反対だ。

 芸者と深い関係になり、売春婦と問題を起こすなど色魔の日顕は「法師の皮
を著たる畜生」なのである。


 

螺髪さん、見込みない人びとさん、学ばせていただきます。

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2016年 9月15日(木)10時34分29秒
  螺髪さん、深い解釈、ありがとうございます。
あわてて、1996年・先生の法華経寿量品講義を引っ張り出して、勉強し、思索しようと思っています。
これ以上、解釈しないでください。
以下の解釈が理解できませんので・・・。自力本願で頑張ります。

引用失礼します。
>自分の「三千」の蓄積からしか、実感としては(ここ大事です!実感としてはです)ものごとは見えないのです。「楽於小法」です。だから「行学」の二道が大事なのです。<

赤胴鈴之助の歌、3番は母の教えの事を歌っています。
その部分を見て、嬉しかったので、変な表現してしまいごめんなさい、ありがとうです。

螺髪さんの解釈を読むと、必ず、思索しなければいけないこと、勉強不足なことに、
きずかされるのです。
これからも、見捨てずによろしくお願いいたします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
見込みない人びとさん、勉強するきっかけを頂いてありがとうございます。

引用失礼御免、
>言葉足らずで議論を混乱させてしまったみたいでごめんなさい。<
そんなことはありません、テヘラニアン対談をもう一度読み直そうと、思っています。
 

あはは

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年 9月15日(木)10時24分56秒
  柳氏への批判の「弾除け」として僕を利用してるわけね

なるほど

柳氏は結果的に『反広宣流布活動』をネットで行ってる裏切り者というわけか。
池田先生どころか御本尊をも裏切っているね。
もうすっかり『退転』してんじゃん。
退転者に用はない。

信濃町の人びとさんは池田先生の指導を元に自ら「変わった」ということ。
僕が「変えた」なんて思っちゃいない。
そこまで自惚れてはいないよ。

信濃町の人びとさんは活動をまじめにやってきていた様子が伺える。
過去ログを見れば一目瞭然でしょう。
秋谷時代からの「悪しき風習」から脱し池田先生の指導を忠実に実践した結果というものだろうね。
実践までしなければここまで変わることはない。
信濃町の人びとさんを「変えた」のは、僕ではなく池田先生であることが明白。
信濃町の人びとさんとぶつかる事になったのは秋谷時代からの「悪しき風習」の余波でしかない。
そもそもの原因は秋谷元会長にあるってこと。

秋谷元会長の流れに従っての信仰と池田先生の指導を元にした信仰。
これは『舎利弗のあやまち』に近い現象だね。
どっちに従うかでこうも変わる、というのを信濃町の人びとさんはネットからでもハッキリ確認できるほど見事に変わった。

それを『評価』してなにが悪いのだ?

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

与同幹部の末路悲し

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月15日(木)10時11分53秒
  与同の罪って、恐いですね。

首謀者に大きく罰が出るのは後からですからね。


変な事故、変な病気、変な不幸、変な人間関係の苦、変な苦しい立場(石井くんとか)、

そして、奇妙な死に方。

その姿を通して教えてくれてるんですね。

何があったか。

何が陰謀で、何が真実か。

冥罰、冥益、ちゃんと見られていて、結果が出てくるのが、仏法なのですね。
 

宮田論文への疑問 ――日蓮本仏論についての一考察 須田晴夫

 投稿者:中秋の名月  投稿日:2016年 9月15日(木)09時57分0秒
  須田さんの論文が掲載されてました。

http://ameblo.jp/soka2015/entry-12199830400.html

 

臆病という色のついた眼鏡で会員を見る悪い幹部の愚かさ

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月15日(木)09時56分54秒
編集済
  ここへ来て、四人組、法匪八○、大悪人丹○、大悪人北○、オカマピロシ等々、
悪の実態が内容まで踏み込んで浮かび上がってきた感があります。

悪は隠蔽できません。
必ず、露呈していきます。

自分達で、ばらすんです。
はからずも、シッポ出しちゃった、というやり方で、だんだん加速度つけて暴露は進みます。

なぜなら、被害者がいるから、ボタンの掛け違いが最初にあり、それを隠蔽しようと企むから。

悪は集合する習性があります。

しかし同時に、内輪もめ、裏切りも、本質が臆病・猜疑心ゆえに進行するのです。

自滅の過程は、いつも、似たり寄ったり。
バカですからね。
 

おはようございます!

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月15日(木)09時36分2秒
  台風が断続的に来襲して、戦々恐々の日本列島ですが、執行部と地方首脳も戦々恐々の様子。


長年しっかりと信心修行してきた会員を、あまりに小バカにした隠蔽路線のやり方はバレバレ。


この宿坊じゃなくとも、イマドキのネット情報発信の場じゃなくとも、

大先輩たちは、とっくの昔から感づいていました。

いろんな事件があったし、もう証拠はふんだんにある、ということです。

70代程度の、はらだーやその他の能力なんて、タカが知れている、そんなこと丸見えです。
なんもやってきていない。

結局、役職にあぐらをかいて、婦人部をバカにしてきたツケが、出てるって状況に見えますね。

つまり、虚業の輩ですからね。
本物の広布の勇士の福運貯金残高があるのかギモンですよ。


本当に折伏・弘教してきたのは、公明党を大きくしてきたのは、80代以上の人たちですよ。


この方々が、今の今までどうされてきたか。

昔、池田先生と手作りで作られてきた組織の、上の方にただ乗っかっただけの副会長その他が、

いかに折伏もせず、教学力も低く、バカで、池田先生や大先輩たちを小バカにし、理解せず、

育てた人々と池田先生に対する忘恩の輩であるか、

良い人材はつぶし、自分のイエスマンだけをかばい、そのアホさ加減・有害さ加減は放置して、

責任もとらず、左遷程度でお茶を濁しては、また同じ事の繰り返し、

そういう実態を憂慮して諫言しても、責任回避ゆえに無視、

耐え、憂慮、祈る、の日々を、もう何十年もしてきたのであります。



本当の弟子で有りたいと思えば、本気で叫んでまいりましょう。

悪いものは、悪い!

間違っていることは、間違っている!

おかしいことは、おかしい!

池田先生の御指導の通りに行動すれば、査問・処分・除名など、もっての他です。

絶対に、絶対に、そんな人権侵害の横暴を、許してはいけません!




 

(無題)

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2016年 9月15日(木)08時48分53秒
  詳しくはカンピースさんに譲るとして……勤行要典2016年版が360円だそうです。安い!?
最近の『新・人間革命』の間延び感は「広宣譜」あたりの学会歌大量掲載に強くありました。まるで書けなくなった小説家のように原稿のマス目を埋めるかの様。だれかが「時間切れを待っているようだ」と書いていましたが、同感です。

無冠さん、いつもありがとうございます。この頃の池田先生のスピーチの厳しさは印象強く残っています。これを無かったことにしてはならないですね。一部再掲。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/56343
● 師子王の如く自身を鍛えよ
 一、いかなる組織であれ、柱となる人間が立派になれば、後輩も皆、立派に育つ。
 要は、自分だ。師子王のごとき自分自身であるかどうかだ。
 若き日より私は、汚れのない、きれいな心で御本尊に仕え、広布の師に仕えるのが学会の姿であると信じ、戸田先生のために戦ってきた。
 先生の行き詰まった事業を守り、財政難を助けるために奔走した。先生から「そばにいてくれ」と言われ、通っていた夜学も断念した。その代わりに「戸田大学」で勉強を教わった。今の私があるのは、すべて戸田先生のおかげである。
 私は生涯をかけ、そのご恩を返している。
 師への尊敬と報恩を忘れてしまえば、その一念に狂いが生じる。
 学会は信心の世界である。大聖人直結の世界である。
 "遊び""威張り""腐敗"がはびこる世界とは正反対の、峻厳なる師弟の世界でなければならない。

● 「師と同じ心」で「増上慢」を破れ
 一、師弟あるかぎり、学会は崩れない。
 それを分断し、壊そうとするのが、恐るべき魔の正体である。
 昭和54年(1979年)5月3日、私の実質的な会長辞任の総会となった本部総会が、東京の八王子で行われた。大難の嵐が吹き荒れるなかであった。
 ちょうど、その日の読売新聞に、日本とアメリカの、国民の「生活意識」を調査した結果が掲載された。日本人の「尊敬する人物」が紹介されており、その第6位に、私の名前が出ていた。ある人が笑顔で教えてくれた。〈存命中の民間人では第1位〉
 不思議なタイミングでの出来事であった。

 一、御聖訓には、三障四魔は「紛らわしく入り乱れて競い起こる」(御書1087ページ、通解)と説かれている。
 私たちは、そういう動きを見破る鋭さを持たねばならない。愚かではいけない。
 皆で、素晴らしい学会をつくろう!〈会場から「ハイ!」と返事が〉
 皆が「師と同じ心」で進む。それが三代の師弟の心であり、願いである。大聖人、釈尊の心に連なる「正義」の心である。それが「慢心」を打ち破る力となる。

● 信心強き人が最も尊貴な人
 「私はこれまで、広宣流布の前進の、矢面に立ってきた。一日も気の休まることはなかった。生命に及ぶ危険を感じることもあった。
 大聖人が「大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし」(同1448ページ)と仰せになられた通り、難に立ち向かう覚悟なくして、広布の指揮を執ることなどできない。
 このような厳しいことを申し上げるのも、学会が仏法の世界だからである。
 世間の立場や仕事の肩書などは、信心の位とは関係がない。信心強き人が、最も尊貴なのである。
 ゆえに創価のリーダーは、広布へ戦う友に尽くすのである。それができる人が、偉大な人である。できない人には、創価の指導者の資格はない。
 この根本の精神を知り、継承していかなければ、健気な会員に対して威張り、平然としているような、とんでもない人間が出てくる。そして結局、学会自身が損をしてしまうのである。
 ともあれ、どのような状況になろうとも、我々は戦おう! 広宣流布のために! そして勝とう!
 

新・人間革命の進行の遅さについて

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年 9月15日(木)08時16分11秒
  >新人間革命はなぜ54年問題に入ろうとしないのか<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/56291

正義の走者様のおっしゃる通りですね。

以前から、新・人間革命の進行の遅さについて疑問を持っていました。
「清新60」の中で表記して以来、54年問題に触れる気配さえありません。

>清新60
いや、私は、会長を辞めようかとも考えている。今や、学会本部には、世界中から大勢の同志が来る。
海外の要人との対応も大事になっています。だから、会長は譲って、世界のために働こうと思っているんです。<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/54814

なぜこんなに内容の進行が遅く、54年問題に入ろうとしないのか?

54年問題の内容になれば、論客が必ず語りだす。
史実と異なれば、黙っていられない論客が数多くいるからです。
その中には、新たな証拠や具体的な文証が投稿されるかもしれません。
それを警戒しているのだろうか?

あくまで個人的な愚考だが、まるで池田先生がお亡くなりになるのを、待っているかのようにさえ感じてしまいます。
先生がお亡くなりなった後は、新・人間革命の執筆は、公的にも弟子の手に委ねられます。
実質的には、最高権力者である原田会長の方向性で内容が決まってゆくのではないでしょうか。
そうなれば、わざわざ原田会長や秋谷前会長が、54年当時に池田先生を辞任に追い込んだ事実など、掲載させるわけがありません。

>間違いない事実は、池田先生を会長から引き摺り下ろした連中が現在の最高幹部になっているってことですね。<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/37754

新・人間革命は、未来永劫に残る大切な文章だからこそ、真実を書き残さなければいけない。
自分は、新・人間革命が池田先生の御意思に反して、進行しているのではないかと懸念しています。

 

全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年 9月15日(木)07時23分30秒
  全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2008-9-3 【新時代第21回本部幹部会】

■一、わが同志が、わが偉大な弟子が、本当に、元気いっぱいに集い合った。
 全世界の代表が相まみえ、激励し合う、創価学会の広宣流布の世界、「万歳!」と、まず私は叫びたい(大拍手)。
 創価学会は勝った!
 世界一である(大拍手)。
 妙法を広めた功徳は大きい。広宣流布をした努力が、すべて自身の功徳にならないわけがない。皆さんが仏にならないわけがない。
 永遠の功徳が、子孫末代まで流れ通っていく。それが日蓮大聖人の仏法である。
 仏法を広めた功徳は計り知れない。必ず、因果の法則で、わが身に返ってくる。
 「功徳・無量無辺なり」(御書557ページ)。これが大聖人の御約束である。
 皆さん方は勝った!
 これからも断じて勝とう!〈会場から「ハイ!」と力強い返事が〉

● 師弟の勝利劇
 一、きょうは、日顕宗と戦う僧侶の方々が参加されている。
 邪宗門と決別した意義は、後になればなるほど、明確になるであろう。
 仏法は、永遠性の次元から見なければ分からない。ここにお集まりの皆様、一人一人が大勝利者なのである。
 思えば、学会が、宗門に、どれだけ供養してきたか。
 終戦後、農地解放により、大石寺の土地は約5万坪であった。それが、戸田先生の懸命の働きによって、約17万坪にまでなった。
 そして、私の時代に約117万坪へと大拡大したのである。すべては、広宣流布即世界平和のためであった。
 威張りくさった宗門は、少しの恩も感じていない。
 しかし、この功徳が、生々世々、皆さん方を包みゆくことは間違いない。
 御書には「日蓮を供養し又日蓮が弟子檀那となり給う事、其の功徳をば仏の智慧にても・はかり尽し給うべからず」(1359ページ)と仰せである。大功徳の因を積んだのである。
 戸田先生と私が建立寄進した末寺は、356カ寺にのぽる。
 学会の宗門への赤誠の供養は膨大である。学会が本山を護るために行った登山会には、のベ7000万人が参加した。
 しかし、宗門は、もうけるだけ、もうけると、何のまっとうな理由もなく、スパッと学会を切った。
 これが坊主の、邪教の実態である。
 これほどの計り知れない大恩ある学会に嫉妬し、恩を仇で返したのが、日顕宗であったのだ。
 邪悪な陰謀は、ことごとく失敗した。今や落ちぶれる一方である。
 それに対し、学会は、大聖人に直結する世界宗教として、未曾有の大発展を成し遂げた。皆さんがよく、ご存じの通りである。
 きょうも、これほど立派な青年リーダーが世界中から集まった。私はうれしい!
 創価の正義の師弟は勝ちに勝った!
 おめでとう! ありがとう!(大拍手)
 大仏法の「太陽」は赫々と昇った。暗き邪教は消え失せた。
 学会が立ち上がり、日本の広宣流布の基礎は完璧に作り上げられた。我らの舞台は今、世界へと大きく広がっている。
 その前進を、各国の識者も、駒待を込めて、注目している。

■ 一、私も、これまであらゆる攻撃を一身に受けてきた。しかし、すべてに打ち勝って、今日の創価学会をつくりあげてきた。
 牧口先生、戸田先生は偉大だった。軍部と戦って、牢獄にまで行かれた。大難と戦い抜かれた。
 だから弟子も偉大でなければならない。
 反対に、大恩ある師匠の存在を忘れて、自分が立派そうな格好をし、偉そうな顔をする。
 さらには、師匠を自分のために利用する。結局は、自分一人のことしか考えない。
 これは人間にとって最低の生き方である。悪へと通じてしまう。

● 迫害の方程式
 「キルケゴールは述べている。
 「嘘と中傷と厚顔と邪悪で固めた言葉を吐き散らす──すべてこれ人を傷つける喜び、卑しむべき金銭欲のため」(田淵義三郎訳「わが著作所動の視点」、『キルケゴール著作集18』所収、白水社)
 鋭い青葉である。
 私も、こう見抜いてきたから、平然としている。
 また、彼は綴った。
 「ひとりの人間に向かってほとんど必然的に社会の二大勢力たる嫉妬と愚劣とが同盟して対抗し、彼にあびせかける虚言と誹謗」(松浪信三郎・泉治典訳「瞬間」、『キルケゴール著作集19』所収、白水社)
 これは、迫害の一つの方程式を示したものといえようか。
 釈尊も、日蓮大聖人も、正義ゆえに誹謗された。
 牧口先生、戸田先生もそうだった。私も、そうである。

 一、ともあれ、戸田先生は牧口先生に仕えた。私は戸田先生に仕え切った。先生を護り抜き、「弟子の道」をまっとうした。
 これは、私の永遠の誇りである。
 これが「創価の師弟」である。

■ 一、キルケゴールは当初、良識ある人々から、自分を擁護する声が上がると思っていた。しかし、現実は、まったく逆であった。
 キルケゴールの友人たちは、臆病にも沈黙していた。さらに、彼を妬んでいた学者や知識人たちは、誹謗中傷に喝采さえ送った。
 真実を守るべき知性の使命と責任を、自ら裏切った姿であった。
 ここで屈服すれば、人間の真実と尊厳は失われてしまう──。
 事件が起きる前には、もうこれで著作活動から身を引こうとしていたキルケゴールであったが、毅然と一人立ち、言論の暴力に猛然と反撃していったのである。
  「大聖人の仰せの通りですね」
 一、キルケゴールに対する誹誘は続いた。悪意の毒は、社会に広がった。
 来る日も来る日も中傷。どこへ行っても、侮蔑の目──。
 その残酷さは、経験した者でなければ分からないであろう。
 私も数知れぬ中傷を受けてきた。“あなたほど迫害された人はいない。よく耐えられましたね”と、心ある人は驚いていた。
 嵐の中でも妻は、いつも、にっこりと笑って、「大聖人の仰せの通りですね。牧口先生、戸田先生への中傷に比べたら、どうってことありません」と明るく語っていたものだ。
 優れた人がいじめられるのを見て喜ぶ。それが、狂った社会の現実である。
 若い皆さんは、人を頼ってはならない。頼る必要もない。皆さんが、聡明に、理想的な世界をつくっていくのである。

 一、迫害の日々にも、キルケゴールは一歩も引かずに言論闘争を繰り広げた。徹底して反撃した。
 俗悪週刊紙「コルサール」は、ついに、キルケゴールヘの中傷から手を引くことを余儀なくされる。
 発行者が、週刊紙を人手に渡して国外へ去った。主な執筆者も去った。やがて「コルサール」そのものが存続できなくなったのである。

 一、キルケゴールは綴っている。
 「生産が私の生命だった」(大谷長訳『キェルケゴオル選集第13巻』人文書院、現代表記に改めた)
 生産し、創造する。そこにこそ、生き生きとした生命の脈動がある。我らの運動は、創造的生命を開花させていくのだ。
 キルケゴールは、深い憂いも、激しい苦悩も、何もかも、乗り越えることができた。新しい創造に打ち込んだゆえに。
 さらに、キルケゴールは「世間が私に襲いかかった、虐待、恐らくそれは外の人ならば不生産にされてしまっただろう──所が私はそのため一層生産的になった」(同)と。
 まるで学会員の心意気のようだ。
 迫害をも創造のバネにして、キルケゴールは、人生の最後の最後まで、熾烈な言論戦に身を投じていったのである。

 一、私もまた、逆境の時こそ、智慧をわかして、「こういう指針を示そう」「こうやって味方を広げよう」と、人知れず手を打ってきた。ただ一人、悩み抜き、祈り抜きながら。
 皆が苦しんでいる時に、自分は、すずしい顔をして、高みの見物を決め込む。そんな卑劣な傍観者になってはならない。
 無責任な人間は、敵よりも始末が悪い。
 これからは、若き君たちの時代だ。後継のあなたたちの時代だ。
 先輩の皆さんは、最敬礼する思いで、後輩に未来を託し、心から応援していかねばならない。
 上に立つ人間は、威張るためにいるのではない。逆である。
 上に立ったら、後輩のため、皆のために、命を捨てる覚悟で尽くしていく。そうやって私は戦ってきた。

 一、真実の師弟の道は、立場では決まらない。心で決まる。行動で決まる。
 私は、第3代の会長になったころ、大田区小林町の小さな家に住んでいた。ある時、大嵐の日があった。
 吹けば飛ぶようなわが家である。一人の同志が、安否を気遣い、嵐の中を駆けつけてきてくれた。
 「先生、大丈夫ですか! 私が守ります」と。その真剣な心を、今もって忘れることができない。

■ 私は青年部の時、戦って戦い抜いた。戸田先生は、何があっても「大作!」と私を呼ばれた。打ち合わせは、時に深夜まで及んだ。1から100まで、急所に手を打ったのは、私であった。
 これが弟子である。
 今この時に集われた男子部の諸君! 女子部の皆さん! 男女学生部の皆さん!
 一人一人が、使命の天地に勝利の旗を、晴れ晴れと打ち立てていただきたいのだ。
 広宣流布の将の将たる、わが青年部に、後継の印綬を、今こそ託したい(大拍手)。

● 何ものをも恐れるな!
 一、キルケゴールは、こうも言った。
 「私は戦っている間中は確乎不動なのだ」(大谷長訳『キェルケゴオル選集第13巻』人文書院、現代表記に改めた)
 その心が私はよく分かる。行動の人、率先垂範の人であってこそ、絶対的な信念、勇気を持てるのだ。
 何ものにも動じない!
 何ものをも恐れない!
 これが創価の心である。広布のリーダーの皆さん方は、私と「同じ命」で進んでいってもらいたい。

 一、「真に偉大で崇高なことをなしとげようとすると、臆病はそれを妨害する」(浜田恂子訳「四つの建徳的講話」、『キルケゴールの講話。遺稿集2』所収、新地書房)
 これもキルケゴールの言葉である。
 心に巣食う"臆病の虫"は、退けなくてはいけない。
 「臆病」は敗北だ。
 「勇気」こそ、偉大な勝利の力である。

 一、同じくキルケゴールは綴った。
 「肝要なことは、われわれ全部が、ひとりひとり各人が、より賢明になることである」(原佑・飯島宗亨訳「アドラーの書」、『キルケゴールの講話・遣稿集9』所収、同)
 その通りだ。一人一人が賢明になり、人生を勝利するための仏法である。
 全員が賢明になるのだ。全員を賢明にしていくのだ。
 民衆一人一人が強く賢くなり、団結すれば、上に立つ人間も、威張ったり、不正をしたりできなくなる。平等の関係ができる。
 そうした「正しい世界」をつくるのが本当の創価学会である。

■ 一、学会は、全世界に広宣流布をしている団体である。
 ちっぽけな島国の日本とは、全然、スケールが違う。
 私ども創価の非暴力の人間革命の運動が、どれほど深き意義を持っているか。それを、世界の一流の知性は、鋭く見抜いている。本当に大きな期待を寄せてくださっている。
 世界の数々の大学・学術機関からの栄誉も、その一つの明快な証しにほかならない。
 〈現在、世界の大学・学術機関から池田名誉会長に授与された名誉学術称号は、世界五大州から「242」を数えている。さらに決定通知を含めると「263」となる〉
 すべては、尊敬する会同志の皆様方とともにお受けした栄誉である。そしてまた、未来を担う青年たちに譲り託す宝冠である(大拍手)。
 私たちは、50年先、否、100年先の人類が進むべき正道を歩んでいるのである。
 その先駆の使命の誇りを持っていただきたいのだ(大拍手)。

● 師子王の如く自身を鍛えよ
 一、いかなる組織であれ、柱となる人間が立派になれば、後輩も皆、立派に育つ。
 要は、自分だ。師子王のごとき自分自身であるかどうかだ。
 若き日より私は、汚れのない、きれいな心で御本尊に仕え、広布の師に仕えるのが学会の姿であると信じ、戸田先生のために戦ってきた。
 先生の行き詰まった事業を守り、財政難を助けるために奔走した。先生から「そばにいてくれ」と言われ、通っていた夜学も断念した。その代わりに「戸田大学」で勉強を教わった。今の私があるのは、すべて戸田先生のおかげである。
 私は生涯をかけ、そのご恩を返している。
 師への尊敬と報恩を忘れてしまえば、その一念に狂いが生じる。
 学会は信心の世界である。大聖人直結の世界である。
 "遊び""威張り""腐敗"がはびこる世界とは正反対の、峻厳なる師弟の世界でなければならない。

● 「師と同じ心」で「増上慢」を破れ
 一、師弟あるかぎり、学会は崩れない。
 それを分断し、壊そうとするのが、恐るべき魔の正体である。
 昭和54年(1979年)5月3日、私の実質的な会長辞任の総会となった本部総会が、東京の八王子で行われた。大難の嵐が吹き荒れるなかであった。
 ちょうど、その日の読売新聞に、日本とアメリカの、国民の「生活意識」を調査した結果が掲載された。日本人の「尊敬する人物」が紹介されており、その第6位に、私の名前が出ていた。ある人が笑顔で教えてくれた。〈存命中の民間人では第1位〉
 不思議なタイミングでの出来事であった。

 一、御聖訓には、三障四魔は「紛らわしく入り乱れて競い起こる」(御書1087ページ、通解)と説かれている。
 私たちは、そういう動きを見破る鋭さを持たねばならない。愚かではいけない。
 皆で、素晴らしい学会をつくろう!〈会場から「ハイ!」と返事が〉
 皆が「師と同じ心」で進む。それが三代の師弟の心であり、願いである。大聖人、釈尊の心に連なる「正義」の心である。それが「慢心」を打ち破る力となる。

● 信心強き人が最も尊貴な人
 「私はこれまで、広宣流布の前進の、矢面に立ってきた。一日も気の休まることはなかった。生命に及ぶ危険を感じることもあった。
 大聖人が「大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし」(同1448ページ)と仰せになられた通り、難に立ち向かう覚悟なくして、広布の指揮を執ることなどできない。
 このような厳しいことを申し上げるのも、学会が仏法の世界だからである。
 世間の立場や仕事の肩書などは、信心の位とは関係がない。信心強き人が、最も尊貴なのである。
 ゆえに創価のリーダーは、広布へ戦う友に尽くすのである。それができる人が、偉大な人である。できない人には、創価の指導者の資格はない。
 この根本の精神を知り、継承していかなければ、健気な会員に対して威張り、平然としているような、とんでもない人間が出てくる。そして結局、学会自身が損をしてしまうのである。
 ともあれ、どのような状況になろうとも、我々は戦おう! 広宣流布のために! そして勝とう!(大拍手)
 私は、尊き前進を続ける皆さんを讃えて、「創価学会、万歳!」「同志の皆様、万歳!」「海外の大事な同志、万歳!」と心から申し上げたい人大拍手)。〈参加者で勢いよく万歳三唱。続いて、名誉会長を導師に全員で唱題した〉

 長時間、本当にご苦労さまでした。お元気で! 海外から参加していただいた、研修会の皆様もありがとう!
 サンキュー!(大拍手)

 ※編集部として、名誉会長の了承のもと、時間の都合で省略された内容を加えて掲載しました


 

2016.11.18 今年は、どんな隠れた秘儀を展開するのか?

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 9月15日(木)07時20分39秒
  昨年は、前日に  ↓

え!! 日蓮世界宗創価学会 発表してるじゃん!?投稿者:九州人
?投稿日:2015年11月17日(火)23時09分48秒
創価学会公式サイトより
会則(1)

池田先生は、創価学会の本地と使命を「日蓮世界宗創価学会」と揮毫されて、創価学会が日蓮大聖人の仏法を唯一世界に広宣流布しゆく仏意仏勅の教団であることを明示された。
そして、23世紀までの世界広宣流布を展望されるとともに、信濃町を「世界総本部」とする壮大な構想を示され、その実現を代々の会長を中心とする世界の弟子に託された。
http://www.sokanet.jp/info/kaisoku01.html
?


とやっちゃいました。ほとんど、規定方針通りの文面をうっかり、SOKAネットに掲載してしまった(-_-)

聖教珍文にも、大白にも、当然に本幹でも語られなかった『日蓮世界宗創価学会』。
今年は、公けに公表をお願い致します(-_-)
 

わが友に贈る 2016年9月15日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2016年 9月15日(木)07時16分17秒
  少人数の集いに
大いなる価値がある。
全員が主役になれる。
皆と心が通じ合う。
希望の語らいを共に!
 

皆本様の志向に同意します!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 9月15日(木)07時14分56秒
  潔癖な姿勢を言葉にする輩!このような単細胞信者に正しい認識・評価をマインド面からサポートしているのがアルベア論であり、現実認識と情報取得・意見交換が宿坊の掲示板、妄想で糞タレ勝負パンツ論を展開しておちょくりを繰り返して頭の中にキーを埋め込んでいるのが、私です。深く楔を打ち込んでおけば、後は頭破作七分どころか、十分間違いありません。本人が知らず知らずに思考を爆裂させて、この世の使命を果たし終わる琴になります。悪は短命、短絡的です。

未来は、作用反作用の法則で善なるものにバトンを渡しましょう\(^o^)/
 

おサルの独り言 ①

 投稿者:猿ヶ島  投稿日:2016年 9月15日(木)04時55分18秒
編集済
  今年の春頃出没したサルです。会話について行けないサルですので、「おサルの独り言」として茶を濁させていただきます。ただそういう経験、考えを持ってきた同志もおるのだな、ぐらいで以後お見知りおきください。


男子部時代は都内某区3か所の組織で鍛えられてきました。そんなわけで地元組織では多々経験させてもらったわけで、現在の本部幹部の噂や醜態などは「今更・・・」なこともあり、「所詮、役職。たかが役職、業が深いから幹部やってるだけやろ」などと、今に至るまで覚めて(冷めて)見てきたサルです。

信心の捉え方ひとつにしましても、今では「つまるところ、信仰の基本に戻っただけのことかな」などと考えておりまして、男子部時代から「組織と信仰、師匠とただの幹部・・・」と縦分け、ひたすら「組織信心」無用の自分でしたので、当時から幹部に盲従することなく、30年も前から現在の幹部問題など想像ついておりました。

ゆへに思うのですが、もしかしたら現在、信濃町幹部を批判されておられる方々はきっと当時、さぞ「組織絶対」とされてきた優等生男子女子部であられたに相違ないと想像します(皮肉じゃありませんので)。

要するに、不幸にも既に免疫ができておった自分には、「立派に組織信心してこられた幸運な信仰者にとっては、正に今が末法なのかも知れない」と感じるものでございます。

皆さまがここで語っておられる問題など、皆さますでにご存じのように池田先生が指導の中で再三、警告されていたことばかりです。
彼ら元職員三人の若者にしても、いまだに「原田会長に事実を知らせなければ・・・」などと書いておりますが、その「原田会長自身が実は・・・?」などと俯瞰してみる、想像してみる。そのような自発能動的な信心、訓練をしてこなかったことも要因と思われてなりません。

(独り言の続きはまた・・・)

追記:男子幹部職員における女性問題などは、女性職員にも一因あると考えます。20年ほど前、女性職員同士のトラブル(いじめ?)なども聞いておりました故。創価といえど所詮、たかが人間がやってる組織、よくある話。いずれまた独り言してみます
 

「柳原銀行」――勉強になるなあ。

 投稿者:皆本  投稿日:2016年 9月15日(木)02時16分53秒
    別名「顰蹙(ヒンシュク)板」と呼ばれる「反宿板」ですが、珍しく勉強に
なる投稿があったので紹介します。

最初に断っておきますが、私は、ヒンシュク板だろうが、赤旗だろうが、顕正
新聞、慧妙、週刊誌だろうが、中には、勉強になる記事(もしくは記事の一部)
もあるから、それを引用や紹介等してもかまわないとする立場なので、勉強に
なるものはなるということで紹介させていただきます。

勉強になろうがなるまいが、敵対する勢力の機関紙誌は一切、引用や紹介しては
ならないという立場に立つヒンシュクくんたちや、"マスコミ底辺"
を転々とされていた自爆ブーメランさんらによると、これも、私が「反宿板化」
した証拠として扱われそうで・・・w
そういうことは全くないので絡んでこないように・・・(笑)

また、私は被差別部落や在日外国人の方々らに対する差別をはじめ、あらゆる
差別やヘイトは許すべきではないという立場ですので、最初に申し上げておきます。

……………………………
犬神人のくだり  投稿者:名無し  投稿日:2016年 9月 7日(水)23時01分19秒
しかしひどい投稿だな
被差別の人に対する配慮に欠ける
恐らくは無意識で面白半分なのだろうが
本人たちの意識の低さ板のレベルの低下を如実に示してる

これでも読んでたもれ
『柳原銀行とその時代』:六条村小史
http://suujin.org/yanagihara/TimeofYBank1.html
『柳原銀行とその時代』:柳原銀行史
http://suujin.org/yanagihara/TimeofYBank3.html
知りたいあなたのための京都の部落史(超コンパクト版)
http://siritai.jp/lecture/ken/buraku.pdf
犬神人小考
https://ir.lib.osaka-kyoiku.ac.jp/dspace/bitstream/123456789/1274/1/rekisikenkyu32_p1-22.pdf
部落差別の起源と真因
http://go-home-quickly.seesaa.net/article/431714095.html
……………………………

これは私の投稿
「柳原氏の正体は『犬神人』だ!!」
http://6027.teacup.com/situation/bbs/55759
に反応したもののようですね。

「在世は今にあり今は在世なり」――柳原氏も必ずどこか御書に出てくる
と考えて、ピタッとくるのを探したら、「犬神人」だったというわけで、
柳原氏の正体は、まさに「犬神人」がピッタリ。

それが当たっていないという非難だったら受けて立ちますが、
大聖人が用いられていた言葉を使うのを現代の倫理感覚から裁いて、
「被差別の人に対する配慮に欠ける」と非難されてもねえ・・・。
「配慮」というのは何ですか? 御書を伏せ字にするとか、「○神○」といった
表記にするとか、そういうことですか・・・?

これを言い出したら、御書を「癩」で検索すると18箇所ヒットします。
「彼の天台の座主よりも南無妙法蓮華経と唱うる癩人とはなるべし」
「牛馬猶身を惜む況や人身をや癩人猶命を惜む何に況や壮人をや」
「法華経に云く此の人現世に白癩の病乃至諸の悪重病を得んと」
等々。

これらの御遺文や経文は、ハンセン氏病の人々に対する差別の歴史を知らなければ、
理解できません。「犬神人」も同じです。差別用語は教えるな、すべて伏せ字にせよ、
教えるから差別が生まれる、歴史から抹消しろという極論も
あるようですが、ヒンシュクくんたちは、それと同じ主張なの??

【参考】同和教育は必要なのですか? 賛否両論あると思います。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1278422147

ところで、この「被差別用語」は一切使うな、「被差別の歴史」は一切教えるな、
歴史から抹消しろという立場と、ヒンシュクくんや自爆ブーメランさんらの
敵対する勢力の機関紙誌は一切、引用や紹介してはならないという立場とは、
どこか似通っていると思いませんか?

敵対する勢力の機関紙誌にも、勉強になる記事はあるから引用や紹介等しても
かまわないとする立場は、いわば同和教育は必要だという立場です。
敵対する勢力の機関紙誌は一切、引用や紹介してはならないというのは、
同和教育は必要ないとする立場に似ていると思います。

私は、敵対勢力の機関紙誌に、仮に学会の“負の歴史”が出ていても、それが真実
である限り、その真実と向き合うことで一種のワクチンとなり、成長の糧にできる
と思います。ところが、ヒンシュクくんや自爆ブーメランさんは、敵対勢力の機関
紙誌は、何を紹介しても、どこを引用してもダメと言います。

まるで反対勢力の機関紙誌は、目に触れるだけで命が濁ると思っているかのようです。
自分の信仰と実践に自信を持っていれば、そんなに怖がらなくてもいいと思うのですが・・・。

かつて、当掲示板でこんなことがありました。
管理人さんが「創価学会会長は、一私人ではなく公人であるという最高裁の判断が
すでに下っている」として、ウィキペディアにも載っている有名な「団藤判決」を
紹介したら、反・宿板の人間が、
「何のためらいもなく引用されている最高裁判決を読んで愕然としました。
とても池田先生の弟子とは思えませんでした」
「師匠をデマで貶めた事件の、しかも、あの汚らわしい文面に何の嫌悪も抱かないとは」
http://6027.teacup.com/situation/bbs/14175
と、まるで判決文を紹介したことが池田先生に泥を塗ったと言わんばかりの非難を
してきたのです。

別に、学会側が負けた裁判ではないので、最高裁の判決文を読んで愕然とする
必要は全くないと思うのですが・・・(笑) まさか、月刊ペン事件は、被告・隈部の
書いた記事は、真実性も真実相当性もないとして、隈部に有罪判決が下ったことを知ら
なかったとか!?・・・(笑)

彼が「師匠をデマで貶めた事件の、しかも、あの汚らわしい文面」と呼んでいるのは、
判決文の中の「『宗教団体の会長(当時)の女性関係が乱脈をきわめており、同会長と
関係のあった女性二名が同会長によつて国会に送り込まれていること』等の事実は」
の下りだと思われます。

最後の「等の事実は」の「事実」という言葉に激しく反応し、「この板の異常性」など
と大騒ぎをしたのでしょうね。判決文では、事実ではなくても「事実」というのを
知らなかったようですね(笑)
http://www.taishukan.co.jp/book/b198166.html

他の連中も一緒になって「『月刊ペン』裁判判決文で師匠を愚弄する無能管理人」云々
と騒いでいたので、だれも、自分たちの言い分の滑稽さに気がつかないアホばかりと
バレてしまいました(笑)

先に紹介した【参考】の中で、回答者の一人がこう述べています。

「大切なのは、『同和問題を後世に語り継いでいかないこと、この世から同和問題
という知識を残さないということ』ではなく、『同和問題について知ってから、
未だ残っている同和問題についてどう考えて対処し、これからの後世をどのように
自分たちでつくっていくか』ということだと思うのです。
そして、『同和問題』というものを根本的に解決するために、私たち次世代がひと
りひとり部落差別について考え、解決策を導いていくべきだと思うのです」

全く同感です。「学会問題」についても、まず、一人ひとりが「知る」こと
から始まると思いますよ。

以上、述べたように、反宿板の投稿にすら、いろんなことを考えさせられ、学ばせて
もらえるものがある(※と言っても、めったにないけどね!!)ということを知って
欲しくて紹介しましたが、実は、もう一つ、紹介した投稿から学んだことがあります。

それは、「これでも読んでたもれ」と言って紹介してくれているサイトです。
『柳原銀行とその時代』:六条村小史
http://suujin.org/yanagihara/TimeofYBank1.html
『柳原銀行とその時代』:柳原銀行史
http://suujin.org/yanagihara/TimeofYBank3.html

私は、「柳原銀行」というのを初めて知りました。これも柳原、あれも柳原――偶然の
一致ですかね!?
 

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