何年か前の話だが、外国人の富裕層を顧客とするバンコクの高級私立病院が国際空港のちかくにもうひとつ病棟をつくった。そこはアラブの富裕層だけが使うのだという。
「イスラームのひとたちは習慣がちがうでしょ。だから一般病棟だといろいろ難しいし、本人たちもその方がいいというので」病院のマネージャはそう説明したあと、すこし声をひそめた。「それと、アラブのひとがいるとフランス人の患者さんがものすごく嫌がるんです。“イスラームがいるなら入院しない”って、事前に電話でさんざん確認されて……」
欧米人が見かけほどリベラルではなく、実は人種差別を巧妙に隠しているだけだ、という話はよく聞くが、ここまで直截的なのは珍しく、だからこそ強く印象に残っている。フランス人はほんとうに「人種差別主義者」なのだろうか?
フランス国民の約半数が「多少は人種差別的」
ベルギーに生まれ、フランス国籍を有するミュリエル・ジョリヴェ氏(上智大学外国語学部フランス語科教授)は、『移民と現代フランス』(集英社新書)で、まさに「フランス人は人種差別主義者か」という問いを立てている。
国立人口問題研究所によると、2001年現在でフランスにはマグレブ(アルジェリア、チュニジア、モロッコの北アフリカ3国)人が250万人暮らしており、これはフランス本国の人口の4%強にあたる。またフランスに住むイスラーム教徒は500万人で人口の8.5%、そのうちの半分が「ブール(Beur)」(Arabeの逆さ言葉)と呼ばれるフランス生まれのマグレブ第二世代だ。
では、彼らに対する人種差別はあるのだろうか? 1992年に発行された「人権諮問委員会」のレポート『人種差別と外国人嫌いに対抗する』で、「あなたは人種差別主義者ですか?」との質問に4%のフランス人がはっきり「そうだ」とこたえ、「人種差別主義者ではないが、そう思われても仕方のない行動をすることがある」は47%、「人種差別主義者では全くない」が48%となっている。
この調査では、フランス国民の約半数が「多少は人種差別的」だが、明確な意思をもって人種差別する人間は4%しかいない。その一方で、「フランスにはアラブ人が多すぎる」と答えているフランス人は65%もおり、なかでもいちばん嫌われているのがアルジェリア人で、次いでモロッコ人、チュニジア人とマグレブ生まれがつづく。この3国の共通点は、いずれも北アフリカにあるフランスの旧植民地だということだ。
こうした状況を、差別の対象とされる彼らはどう思っているのだろうか。ジョリヴェ氏は、アルジェリア移民二世で、「同化またはフランス協会」の会長を務めるザイール・ケダデゥーシュに話を聞きにいく。
「フランス人は人種差別主義者かどうかって? これはとてもいい質問だ」とケダデゥーシュはいう。「僕はもちろん違うと即答したいところがだ、こうも言いたい。フランス人も皆と同じように人種差別主義者だと。つまり、どんな人間の集団でも、違う存在のものは全て怖いと思う。(中略)自分たちのアイデンティティに疑問を抱かせるような人間を受け入れないのは普通の反応で、僕はそれはどんな人間の集団にもあると思う。だから、フランス人は人種差別主義者かどうかという質問には、全体的にみてそうじゃないと言えるけど、アラブ人に対して恐怖心か、嫌悪感を抱いているかどうかと聞かれたら、そうだと言わざるをえないね」
この「ブール(アルジェリア移民二世)」によれば、フランスに人種差別はあるが、それは他の国も同じようなもので、フランスだけが突出しているわけではないということになる。
アラブ系の移民やその二世たちの大半が言葉や行動による人種差別を体験
では次に、1996年にメディアが共同で行なった、外国人(移民)と外国出身のフランス人(移民の二世や三世)への調査を見てみよう(ここでは「移民」「二世」と表記する)。
調査によると、彼らが考える「人種差別の主な犠牲者」はマグレブ人で、「移民」の78%、「二世」の86%が差別体験をしている。その後にくるのがブール(「移民」66%、「二世」75%)とアフリカの黒人(同60%、67%)で、ジプシー(ロマ)(20%、30%)、ユダヤ人(19%、18%)、アンティル諸島人(13%、9%)、アジア人(9%、12%)、地中海沿岸のヨーロッパ人(5%、4%)とつづく。
この調査によれば、アラブ系の移民やその二世たちの大半(7~8割)が言葉や行動による人種差別を体験している。その彼らが「もっとも人種差別的な国の機関や組織」として挙げるのは、“極右政党”「国民戦線」(90%と94%)とならんで「警察」(70%と82%)だ。
この調査が興味深いのは、移民やその二世にも自身の人種差別意識について聞いていることだ。それによると12%の「移民」と18%の「二世」が、「どちらかというと」または「少し」人種差別主義者だと告白し、45%の「移民」と48%の「二世」が「フランスにはマグレブ人が多すぎる」とこたえた(アフリカ人が多すぎると思っているのは44%と39%、アジア人が多すぎると思っているのは25%と22%)。
さらに、「移民」の88%はフランス人と混ざり合った地域に住みたいと考え、62%は子どもを宗教色のないフランスの公立学校に入れたいと思っている(それに対して、祖国の習慣や宗教を教える学校に入れたいと思っているのは26%)。49%の「移民」は子どもにはフランス人になってほしいと思っており、祖国の国籍を守ってほしいと思っている39%よりも多い。「祖国に仕事があれば帰りたいと思うか」の問いに、帰りたいが36%、フランスに残りたいが56%だが、それでも51%は退職したら国に帰りたいと思っている。――ひとことで「移民」「二世」といっても、その内実はさまざまなのだ。
移民に対する差別はどのようなものなのか。これについてジョリヴェ氏は、フランスの社会学者ピエール・ブルデューが聞き取り調査を行なった、移民の多い地区に暮らす少年の話を載せている。
「色々なことがあって、わかったことがあるとしたら、それはね、あの人たちは僕たちの家族にここにいてほしくないってこと。ただそれだけさ。いていいとしても、顔を合わせちゃいけないし、姿を見せるのもダメ。猫も犬も、外へ出るのも、公園も、子供もダメなんだ。僕たちだって自分の家にいるんだよ。親のそばにいちゃいけないって言われてるみたいだ。そう、結局はそうなんだ。僕たちの場所じゃないのは、家や地域や町だけじゃなく、この社会全部がそうなんだ。だけど、僕たちは全員、男の子も女の子もフランス国籍を持っているんだよ」
あるいは、郵便局を退職した62歳の白人男性は次のようにいう。彼は元ド・ゴール派支持で、いまはル・ペン率いる国民戦線に投票している。
「アラブ人は昔からいた。しかし、30年前に破壊的行動をして、小さくなっていた。ところがいまは、アラブのガキがごろごろしていて、私はもう自分の国にいる気がしない。多すぎる、あんまりだ! 前は、移民といえばスペイン人かポルトガル人だった。いまのアラブ人のように道に唾を吐いたり、エレベーターのなかで小便はしなかった」
こうした差別意識についてブリュデューは、マグレブ人はフランス人に近すぎ、それが逆に人種的偏見を強くしているのだと述べている。「移民への反感は、社会的格差が薄らぐにつれ倍増し、特にそれは過去に植民地だったところの人々に対して抱かれる。過去に支配されていた者が同化するにつれ、支配していた者は本質に基づいた違いから、距離を作ろうとする。こうして逆説的に、近づくことで人種的偏見が強くなる」のだ。
ところで、移民に対する排斥感情が生まれる経済的な理由は、彼らが移り住むことで住宅価格が下落することだ。日本と同じくフランスでも中産階級の資産の大半は不動産で、なけなしの財産が失われる(大損する)かもしれないというのは、大きな脅威として意識されるのだ。
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