決意

 


 カーシュが部屋に入ると、室内は照明が落とされ暗かった。自分を呼びつけた部屋の主はと見ると、窓から差し込む月明かりが、窓辺に立つ彼の影を床に落としている。
「イシト…」
カーシュが入ってきたことに気付いているはずなのに、背を向けたままのイシトに業を煮やして、カーシュは歩み寄りながら声を掛けた。
「どうした? 話ってなんだよ」
言いながらその肩に掛けたカーシュの手を、イシトは払いのけた。
「触らないでくれ」
ようやく振り向いたイシトの声は硬く、その蒼い眼は冷たい決意を秘めて、月光を受けて冴え冴えとした輝きを放っていた。
 イシトのただならぬ雰囲気に、カーシュは少したじろいだが、口の端を上げて小さく笑って見せた。
「…どうしたんだよ?」
イシトはきつい眼で、真っ直ぐにカーシュを見据え、静かに告げた。
「もう、私に必要以上に触れないでくれ」
カーシュがわずかに眉を寄せて、黙って見返す。
「君との…友情…を反故にするといっているわけじゃない…ただの…一人の仲間に戻りたいんだ…」
「…わかった」
次第に苦しげな表情になるイシトを見つめ、カーシュは小さく頷いた。イシトが、ハッとしたように伏せがちだった目を上げる。そこには、微笑を浮かべたカーシュの、優しげな眼差しがあった。
「…どうしてそんな眼をするんだ」
イシトが少し頬を染めて目を逸らす。カーシュは静かに答えた。
「…おまえが好きだからだ」
イシトが眉を寄せて見返す。
「なんで!…なぜ、こんな時に、そんなにあっさり言うんだ…!」
カーシュは照れくさそうに頭を掻いた。
「なんでって…ほんとのことだもんな…」
眉を寄せたまま、イシトがカーシュを睨むように見つめる。
「…もう、私に触れるなと言ってるんだぞ?」
「…ああ」
「どういう事か、わかってるのか?」
再び頷くカーシュに、イシトは信じられないと言うように問い返した。だが、カーシュはやはり、苦笑まじりに頷いた。
「わかってるよ。ちゃんと守れるかは、あまり自信が無いけどな…」
イシトは力無くうつむく。
「…私は、誰かに依存するのはいやなんだ」
「うん」
カーシュが静かに相づちを打つ。
「誰にも寄り掛からずに…」
「わかってる…」
その時、イシトがパッと顔を上げた。
「…カーシュ!」
イシトの眼に、腕組みをして微笑むカーシュが映る。
「おまえがそうありたいってんなら、仕方ねぇさ。俺は…おまえの気持ちを大事にしたい…。触れられないことより、おまえに疎んじられる方が、数倍も辛い」
イシトは、泣き出しそうに顔を歪めた。
「カーシュ!」
次の瞬間、イシトはカーシュの胸元に顔を埋めていた。
「あ、おい、おまえ、触るなって…」
うろたえるカーシュは、顔を赤くして、イシトに触れないように手を挙げた。だが、イシトはカーシュにしがみつくようにして、駄々っ子のように頭を振った。
「…こんなはずじゃなかった!…こんなに、君に…囚われるなんて…」
イシトはカーシュの肩口に両手で捕まりながら、額を胸に押しつけ、うつむいた。カーシュがそっと、その肩を抱く。
「おまえは自由だ。囚われてなんかいねぇだろ。おまえを縛ってるものがあるとしたら、それはおまえ自身だ」
その言葉に、イシトは潤んだ眼を上げた。
「私自身…?」
カーシュが、両手でイシトの頬を包む。
「…俺とこうなってから、おまえ、いやだったのか? 苦しいことばかりだったか? 俺は…おまえが好きだ…時々は胸が苦しくなるけど…俺はおまえを好きになって、自分が豊かになったと思ってる。おまえがパレポリの人間だって事も、いろんな事差し引いても、俺はおまえを好きになって良かった…」
「カーシュ…」
イシトの蒼い眼から、氷が溶けるように、思い詰めた色が消えていく。
「もっと強く、大きな人間になりたい…おまえの心を包めるくらいに」
イシトはカーシュの頬に、額を寄せた。
「私は…君の苦しみを癒せるような人間になりたいと思っていた…」
そこまで言って、イシトはカーシュの肩をギュッと掴んだ。
「君が…好きだ……好きだ…!」
イシトは少し身体を離し、指先で目元を押さえた。
「…どうして…涙が出るんだろう…?」
カーシュは優しくイシトの頬を撫で、少し濡れたその目元を拭った。
「楽になったからだ。自分の気持ちを認めたから…」
カーシュはイシトを抱きしめた。
「初めて言ってくれたな…好きだって」
イシトはカーシュの胸に顔を押しつけられながら、頬を染めた。だが、すぐにホッとしたように眼を閉じ、かすかに微笑んだ。
「…胸の内が暖かくなる……好きだ……君が、好きだ…」
カーシュの手が、そっとイシトを上向かせる。どちらからともなく、唇が触れた。互いを確かめるように軽いキスを繰り返し、それは徐々に長く深いものになっていった。イシトの手がカーシュの首に回され、カーシュはしっかりとイシトを抱きしめた。
「…ん…っ」
ようやく唇を離すと、カーシュは苦笑した。
「バカだな…。なんで急に、触るななんて言い出したんだ?」
イシトは恥ずかしげに頬を染め、目を伏せた。
「…こんな気持ちはいやなんだ…君が、他の誰かに触れるのを見るだけで、嫌な気持ちになる…自分がこんなに愚かだとは思わなかった…」
「俺だってそうだよ。いつだって大きな声で言いたいよ。誰も、俺のイシトに触るな! って」
カーシュは笑った。
「離れていれば、そういう気持ち、忘れられるのか? 逆だろ? 余計に執着は増すんだ」
「じゃあ、どうすれば良いんだ」
イシトが、咎めるようにわずかに唇を尖らす。カーシュはクスリと笑った。
「…一緒にいるんだよ、ずっと。朝から晩まで、こうしてようぜ。抱き合ったり、キスしたり…ん?」
そう言いながら唇を寄せるカーシュに、イシトはちょっと驚いたように目を見開いたが、すぐに苦笑しつつカーシュの首に腕を回し、目を閉じてカーシュの唇を受け止める。
 結局、いつもこうなんだ。いつの間にか、カーシュのペース。どんなに固い決心をしたつもりでいても、こうしてもろくも崩されてしまう。
 でも、とイシトは思う。
 そんなカーシュが、自分は好きなのだ、と。




Ende.

 


 

 

言い訳

はーっはっはっはっは! どうだ! って感じのラブラブものですね〜(笑)。
いかがです? カーシュの「誰も、俺のイシトに触るな!」発言は。
そうそう、イシトに、本当に初めて言わせました。「好きだ」って。
言わせないのがポリシーみたいなところが、これまではあったのですが、いい加減、認めて楽になりなさい、というわけです。
思い悩むイシトも可愛くてラブリーです♪

実は…これにはハード編のおまけもあって…。
いや、どうしようかと迷ってるんですけどね、って、こう言ったら、もう書くしかないんですけど(^^ゞ
あはは、続編は、ちょっとハードもOKな方、お待ち下さいv

2001.9.5