耳元に落とされる唇。
交わされる口づけ。
身体を重ね、抱き寄せられる。
拒むことが出来ない。
彼に惹かれているから。
「いやか…? こういう事すんの…」
身体を硬くし、きつく目を閉じているイシトの耳元で、カーシュが囁いた。カーシュの愛撫を受けながら、イシトは苦しげに眉を寄せて、かすかに首を振る。
「…怖いんだ…」
カーシュがかすかに笑う。
「怖い? …俺がか?」
カーシュを見返したイシトの目が、無言のうちに違うと言っている。カーシュはそれだけを認めると、再びイシトの耳元に口づけた。イシトが身をよじる。
「カー…シュ…やめ…っ」
カーシュの唇が、拒もうとするイシトの、その唇を塞ぐ。
「…ん…っ…」
イシトの抵抗は、力を失っていく。
「何が怖い…? 俺と、こうしていることか?」
カーシュがイシトを見つめる。イシトのまつげが、口元が、かすかに震える。
「…こんな事…いけない…」
カーシュが眉を寄せる。
「いやじゃない。…だが…だめだ…」
イシトが横を向いて、カーシュから目を逸らそうとする。カーシュはイシトの顎を掴んで、それを許さない。
「背徳だって、そう言うのか…?」
カーシュを見上げるイシトの目が怯えている。
「"徳に背く"か…」
カーシュが呟く。
「徳ってなんだ? おまえが背くことを恐れる、徳ってなんだよ?」
カーシュはイシトに顔を近づけた。
「…俺はおまえが好きだ。それが背徳か?」
イシトは必死に目を背けようとする。
「誰かを好きだって気持ちが、徳に反するって言うのか?」
カーシュは容赦なく、イシトの顔を自分に向けた。
「徳ってなんだ? 自分の気持ちに嘘をつくことか!?」
「カーシュ!」
堪らず、イシトが叫んだ。カーシュの手にイシトの震えが伝わる。
「…怖いんだ…」
「イシト…」
カーシュがそっと、イシトの震える頬を撫でる。その手に自分の手で覆うように触れて、イシトは目を閉じた。
「良いのか…? こうしていて良いのか? 私は…きっと溺れてしまう。自分を見失い、目的を見失い、そして…君を失う…」
「俺を…?」
カーシュが怪訝そうに、イシトを見下ろす。イシトが眉を寄せて、カーシュを見上げた。
「君は、きっと失望する……私に…」
「バカ言うな!」
カーシュが思わず怒鳴った。
「なんで俺が、おまえに失望するんだ?」
イシトはまた目を伏せ、視線を逸らした。
「このままでは、私は私でなくなってしまう…君に…囚われて…自分を見失う…だから…」
カーシュはそっと、イシトの伏せた瞼に口づけた。
「なんでだよ…? おまえはおまえだ。いつだって、おまえはおまえだ。…おまえがどう変わろうと、おまえは、俺の惚れたイシトだ…」
イシトがうっすらと目を上げると、カーシュの照れくさそうな赤い顔がすぐそばにあった。イシトが見ていることに気付くと、カーシュはわざと悪びれた笑みを浮かべた。
「…ってことは、おまえ、俺に惚れてるって事だな?」
今度は、イシトが赤くなる番だった。カーシュはニッと、いつもの豪快な笑みを見せた。それからゆっくりと、カーシュの唇はイシトの唇を覆った。イシトはもう、きつく唇を結んではいなかった。
「…いいんだな?」
カーシュの手が、再びイシトを抱き寄せ、体中を愛撫する。イシトは、もう震えてはいなかった。
堕ちていくのか
昇華されるのか
この想いは
背徳
〜終わり〜
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