ドアが軽くノックされる。
「…俺だ」
予想通りのカーシュの声に、イシトは表情を動かさずに立ち上がり、ドアへ向かう。
いやなわけでは、もちろんない。かといって、心躍るわけでもない。それでも、自然に足が速まる。イシトは手早く施錠を外し、サッとドアを開けた。カーシュは無言のまま室内に入り、片手ですぐにイシトを抱き締め、口づける。後ろ手でドアを閉め、更に強くイシトを抱く。
「…ん…」
イシトの緩い抵抗に遭い、カーシュは腕の力を弱めた。
「…どうした?」
「いや…鍵を…」
イシトはカーシュの腕を逃れ、ドアの施錠を確かめた。特殊部隊という仕事柄、イシトはこういう事をないがしろに出来ない。鍵をかけ終えたイシトを、カーシュが改めて抱き寄せた。どちらからともなく唇が寄せられる。
もう何度、こうして口づけを交わしただろう。それでも、カーシュはイシトを気遣い、イシトがいやがるような素振りを見せないか、いつも気に掛けていた。だが、イシトはいつも黙ってカーシュを受け入れる。ソファー代わりのベッドに並んで腰掛け、カーシュに抱き寄せられながら、イシトはそういう自分の気持ちを、自身で量りかねていた。
「…いやなら、言えよ…」
カーシュが意を決したように、そっとイシトを押し倒した。そのままカーシュはイシトに身体を重ね、口づける。いつにも増して、激しく熱い口づけ。その口づけをいつものように受け入れながら、イシトは少し身を固くした。
いつかカーシュの激情が、こうして自分に向けられるだろうと思ってはいた。むしろ、これまで自分を尊重して我慢してくれているカーシュを、気の毒にさえ思っていた。だが、いざとなると不安になる。人は自分を、常に冷静沈着だと褒め称えるが、それは理性で対処できることに限られる。自分でさえよく判らないカーシュへの感情。自分は今、どうしたらいいのだろう。
「やっぱり…いやか…?」
イシトの堅さを察したカーシュが、優しく頬を撫でながら少し身体を離す。イシトは黙って首を振る。いやなのではない。確かに、いやなのではないのだ。カーシュが再び身体を重ね、そっとイシトの首筋に唇を這わせる。イシトはされるがままに、それを受け入れていた。カーシュの手はいつの間にかイシトの胸元をはだけ、そこにも唇が落とされる。イシトは、その微妙な感覚に、硬く目を閉じ、シーツを握って耐えていた。
「…イシト…」
カーシュが顔を上げてイシトの硬い表情を見つめ、苦笑する。
「いやならいいんだ…無理すんなよ」
カーシュが小さな溜息混じりに、身体を起こし掛けた。イシトは首を振った。
「こうして、君に感情を向けられているのはいやじゃない…」
「…ほんとか?」
カーシュが、横たわったままのイシトの顔を覗き込む。
「むしろ…そうだな…うれしいと…思う…」
少し困ったような顔のイシトに、カーシュは堪らず、口づけた。
「…だったら…おまえ、少しはそれらしい事してくれたっていいだろ?」
カーシュが冗談めかせて言う。だが、それが本心であることはイシトにも判った。
「…どうしたらいいんだ?」
「どうって…」
イシトの素直な問いに、カーシュは困惑した。だが、イシトの申し出がうれしくないはずがない。
「そうだな…まず、手…」
カーシュは、横にだらりと置かれたイシトの手を自分の背中に回した。
「こうしてろよ…」
カーシュの背に手を回すと、イシトはカーシュの胸に顔を埋める形になった。カーシュはそのイシトの頭を抱き締めた。
「…これで…いいのか?」
カーシュの胸に、イシトのくぐもった声が響く。それだけで、カーシュは堪らなくなる。
「後は…そうだな、後は黙ってないで、なんか…」
カーシュは、イシトの髪に口づけながら言った。
「なんて?」
「なんてって…」
そう訊かれても、カーシュも困る。
「そうだ。名前呼べよ、俺の」
思いついて、カーシュは小さく笑った。
「名前? それだけでいいのか?」
「ああ。何度も」
カーシュはそれだけ言うと、またイシトの胸元に唇を這わせた。イシトはためらいがちに、言われた通り、カーシュの名を呼んだ。
「…カーシュ」
「ん…」
カーシュは返事もなおざりに、イシトを愛撫する。
「カーシュ…」
カーシュはイシトの乳首を唇でついばみ始めた。
「…カー…シュ…あ…!」
それまで唇を噛んで耐えてきた感覚が、カーシュの名を呼ぶために口を開くことで、イシトには耐え難いものとなっていた。
「カ…シュ…やっ……あ…」
イシトが羞恥に頬を染め、カーシュの背にしがみつく。
「イシト…イシト!」
カーシュは、なおもイシトを愛撫する。
「カーシュ! あ…っ…!」
イシトの脳裏に赤い点滅。
自分は彼を愛しているのか?
彼とこうしているのは、決していやではない。
こうして彼の腕の中で、彼の感情を受け止めるのは、むしろ気持ちがいい。
これは、好きという感情なのか?
この思いの果てに
何が見えるのか
何が得られるのか
そして、何を失うのか
それでも、今
私は自分を止められない。
好きという感情さえ、
よく知りもせずに。
FINE.
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