Drinker

 


 「あんのバカヤローがっ!」
天下無敵号の自室から、カーシュは怒声と共に飛び出した。バカヤロー、バカヤローと、心の中で悪態の限りを尽くす。

 『あのイシトが、珍しくアルフと酒を飲んでたぞ』

 先ほど酒場から部屋に戻ってきたゾアが、カーシュにそう教えた。

 『何でも、飲み比べをするとか…。あのお堅いイシトがそんな話に乗るなんて珍しいよな? だいたいアイツ、飲めんのか? イシトは酒も遊びもやらないって、テルミナでパレポリの兵士が言ってたじゃないか?』

「バッカヤロー!!」
カーシュは酒場へ向かって走りながら、もう一度叫んだ。

 『でな、アルフのヤツ、イシトに下心があるらしいぜ。まったく酔狂なヤツだ…こうだぜ? "この世の中に不可能と言うことはない。相手が難攻不落なほど、勝負はおもしろくなる"だとよ!』

そこまで聞いたカーシュは、アルフの口調をまねて語るゾアを後目に部屋を飛び出したのだ。
 イシトは酒に弱い。たまにカーシュと飲んでも、すぐに酔ってカーシュにもたれ掛かる。いったい何故、イシトはアルフの申し出を受けたのだ。カーシュはこみ上げてくる憤りのままに、乱暴に酒場のドアを開けてそこに飛び込んだ。


 どうしてこんな事になったのだろう?

酒の入ったコップを口元へ運びながら、イシトは考えていた。

ものの勢いといったところか?
強いて言えば、私にもそんな無茶が出来ると言うことを周囲に、そして誰より私自身に示してみたかったのかも知れない。

 テーブルの向かい側ではアルフが優雅にグラスを傾け、余裕たっぷりの表情で、微笑みさえ浮かべてマスクの奥からイシトの様子を覗いている。それぞれ3杯ほどのグラスを空け、テーブルの上には合わせて6個の空いたグラスが並んでいた。周囲では、皆おもしろそうにこの勝負の成り行きを見守っている。
「何やってんだー!!」
いきなりカーシュの怒声が響き、皆、一斉に入り口に仁王立ちするカーシュを見つめた。
「バッカヤロー!! こんな所にいやがったのかっ!」
カーシュはドスドスと足音も荒く、グラスを手にしたまま動きを止めたイシトに歩み寄った。
「待てど暮らせどちっとも来ねぇと思やぁ、こんなとこでのんびり酒なんかかっ食らいやがって!」
イシトはポカンとして、目の前で怒鳴っているカーシュを見上げた。
「…何のことだ…?」
カーシュは口角泡を飛ばす勢いで、更にまくし立てた。
「かーっ! 忘れてやがんだな? 飯食ったら、俺に無線の使い方教えるって約束だったじゃねぇか!」
「…え…?」
イシトの目が大きく見開かれる。だが、カーシュはお構いなしにアルフに向き直った。
「そう言うわけだからよ、悪いが、こいつは貰ってくぜ。酔っぱらわれちゃ、困るんだ。俺の方が先約だしな」
カーシュは、まだぼんやりしているイシトの腕を引っ張って、無理矢理立ち上がらせた。急に引っ張られたせいなのか、やはり酔っているのか、イシトはわずかによろめき、カーシュに抱えられるようにして入り口に向かって歩き出した。アルフはカーシュの勢いに、あっけにとられて黙って見送っている。周囲の観客は、出ていく二人を囲むようにして見ている。
「なーに見てんだよ! さぁ、散った散った!」
カーシュは動物でも追い払うように手を振って酒場を出た。初めはキョトンとしていたイシトも、すぐにカーシュの真意を悟っておとなしく従う。二人は無言のまま、イシトにあてがわれた居室へ急いだ。足早に歩くカーシュの苦虫を噛みつぶしたような顔を、イシトは時折チラリと見上げて、可笑しそうにクックと肩を揺らす。カーシュにはそれがまたおもしろくない。部屋へ入るなり、カーシュは抱えていたイシトを壁にぶつけるように乱暴に放した。壁にぶつかった反動で下を向いたまま壁にもたれたイシトは、それでもクスクスと笑い続けている。
「何やってんだ、バカヤローがっ!」
カーシュは苛立たしげに怒鳴った。
「飲めもしないくせにっ! 俺が止めに入らなきゃあ、おまえ、どうなってたか、わかんねーんだぞっ!」
イシトはゆっくりと顔を上げ、眼を細めてカーシュを見た。
「…私は飲めない、なんて言ってないぞ。"酒は飲まない"と言ったんだ…」
カーシュはあからさまにムッとした顔をした。
「屁理屈抜かすなっ! いっつも、すぐにぐた〜っとしちまうのは、どこのどいつだ!」
イシトは口元に笑みを漂わせて、右手の指を三本出して見せた。
「…何だ?」
カーシュが怪訝そうにその指を見つめる。イシトはクスクス笑った。
「もう、3杯飲んだんだ…それにしてはしっかりしてるだろう?」
カーシュは口をとがらせた。
「…そりゃ…いつもに比べりゃ、そうだけどよ…」
イシトは壁に寄りかかったまま首を傾げて、カーシュを見上げるようにして微笑んだ。
「…判ってないんだな、君は…」
カーシュが、何をだ、と言うように、腰に手を当ててフンと鼻を鳴らした。イシトはふいと横を向いて、カーシュから眼を逸らした。
「何故、私が君と飲むとすぐに酔うと思ってるんだ…?」
イシトは、両手の平を壁に張り付くようにつけて目を閉じた。
「こうして気を張っていれば、私だってそう簡単には酔いつぶれたりしない…気を許しているからこそ酔えるんだ…酔ってもいいと、酔ってしまいたいと思うから…」
カーシュはポカンと口を開けてイシトを見た。
「なぁ…それ…どういう意味だよ…?」
そう言って、カーシュはボッと顔を赤らめた。
「それって…なぁ? それって…おまえ、俺に…」
だが、イシトは答えず、ズルズルと壁をずり落ちていく。
「…ほら…ホッとしたら、もう…」
イシトは、力の抜けた声でそう言ったかと思うと、ぐったりと床にへたり込んだ。
「おい!」
カーシュが赤い顔でイシトの腕を掴んで起き上がらせようとする。イシトは、すでにかすかな寝息を立て始めていた。
「…きったねぇぞっ。言うだけ言って、さっさと寝ちまうなんてよ…おいっ、イシト!」
イシトは安心したように、微笑を浮かべて寝入っている。カーシュはフーッと大きなため息を吐いて、小さな笑みを浮かべた。
「ったく、しょうがねぇな…」


FINE.

 

おきまりの言い訳

足かけ2ヶ月くらい掛かってます〜。
ネタはかなり前から出てたんですが、本家サイトのオリジナルを真面目に書いてた最中だったので、途中で放りだしてました。
でも、実は先日のアルイシも、この流れで出てきたお話だったり。
微笑ましいでしょ〜?(笑)
近頃のハード路線から、一転。
ホントは、こういうお話の方が好きではあるんですけど、時々妄想を爆発させたくもなるσ(^◇^;)

2001.5.12