もっと、ブラック文
「チクショウ、チクショウ、チクショウ!! 何で私がこんな目にあわなくちゃいけないんだ。
今まではたいしたこと無かったのに、何で急にあんな酷い事言われなくちゃならないんだ…。」
魔法の森の一角、霧雨魔理沙は一人泣いていた。
相当な量の怒り、悔しさ、悲しさ、そして寂しさが溜まっていたのだろう。
手の皮が向け、鮮血が飛び散っているにもかかわらずただひたすらに地面を叩き、号泣し続けていた。
「それもこれも、全部、全部! あのクソ天狗のせいだ。絶対、絶対ツケは払わせてやるからな!」
普段の声とはかけ離れた、しわがれた呪詛。
それは泣き叫び続けてかすれきった喉から、まるで血の塊のように吐き出されていった……。
事の発端はある日の文々。新聞の記事であった。
それは魔理沙の泥棒行為を大きく取り上げた記事なのだが、本人を含めほとんどの幻想郷住人にとってはさして
驚くべきことでもなく、「いつものことか。」という程度の影響しか与えなかった。
そう、それだけでは……。
その日から毎日のように文々。新聞は魔理沙特集と称し魔理沙の今までの行動を報道し続けていった。
内容も最初の頃は事実に即した事が中心であったが、徐々にその内容は過激さを増してゆき、最終的には事実よりも捏造の悪事の方が多い状態となっていた。
もちろん魔理沙と近しい関係者は区別することが出来たが、大多数の人妖はなまじ本物が混じっている分区別がつかず、報道された内容の全てが事実だと思い込んでしまったのだ。
そして、魔理沙が本格的に危機感を持ったとき、もはや彼女の評価は歯止めの掛からないほど速度で落ち続けていた……。
ひとたび町に出れば、話しかけても無視されたり、いやな顔をされるのはするのはまだマシな方で、果てには近くを通りかかっただけで店は閉まり、人は皆去っていく。
そして、それはまた妖怪、妖精たちにも同じ事が言えた。
今まで親しかったもの、言葉を普通に交わしていたもの、共に酒を飲みあったもの、全く見知らぬもの、それら全てが敵意とはいわないまでも魔理沙を避け、無視するほどであった……。
「なぁ、頼むよ。この酷い状況を何とかしてくれよぉ。このままじゃ私、どうにもならないんだよ……。お前だってあの噂が嘘ばかりなことはわかっているのだろう?」
ほぼ全ての人妖との繋がりを絶たれ、もしくは悪意ある物へと変換された魔理沙が最後に頼った先。
それは親友で、実は最も頼りにしている相手、博麗の巫女であった。
「確かに、あの新聞に書いてあることが嘘ばかりだ、というのは知っているし、魔理沙はそんな仕打ちを受けるほど悪くは無いと思っているわ。」
霊夢の同情、理解。それは心身ともに疲れきっていた魔理沙にとってはまさに救いそのものであった。
「でもね…。」
一転、霊夢は顔を曇らせながら書類の束を取り出し、魔理沙に見せる。
「これ、ここ最近色々なところから来る依頼よ。これ全部、『霧雨魔理沙をどうにかして欲しい。』、という内容よ。貴女に直接的な被害を受けた相手から全然関係の無い相手までさまざまにね。」
魔理沙の前にうず高く積まれた書類の束。それは僅かな光明を更なる絶望に塗り替えるのに十分過ぎるものであった。
「『私は妖怪は懲らしめることが出来るけど人間の事はどうにもできない。』、っていくら言ってもきりがないの。
引き受けたりはしないから、魔理沙もしばらくじっとしていたほうがいいわよ。」
「そ、そんな…。」
「こう言うのもなんだけれど……。」
霊夢は目を伏せながら済まなそうに、だがはっきりと伝える。
「私自身魔理沙と一緒に居ると変な噂を立てられかねないの。『あの巫女も怪しい。』という風にね。だから…。」
そこから先、霊夢が何を言ったかはほとんど覚えていなかった。親友にも見捨てられたショックで何も認識することが出来ず、ただ顔を伏せ、逃げるようにその場を立ち去っていた。
誰からも見放された少女は一人、誰にも見つからない場所でひたすらに泣き続けていた。
そして、涙も、声も、全て枯れつくした少女に残っていたのは唯一つの想い。
自分をこんな目に合わせた相手への復讐のみであった。
それから数日後の事。
「ごうが〜い、号外だよ〜。幻想郷の情報発信源、文々。新聞の号外だよ〜。」
全ての張本人、射命丸文は何時もの様に陽気な声をあげながら幻想郷に新聞をばら撒いている。。
今日の記事もまた、でっち上げの記事ばかりが載った、嘘で塗り固められたもの。
そんな事を恥ずかしげもなく続けていた時、急に虚空から二本の光条が発射された。
文が不意に襲い掛かるそれを素早く回避すると、その動きに似ないゆったりとした、のんきな口調で目の前に現れた相手に語りかける。
「おや、泥棒さん。これはまた随分なご挨拶ですねぇ…。一体何のご用件ですか?」
「ククク、見つけたぜぇ……。このクソ天狗。」
文の小ばかにしたような口調に対し、憎しみと喜びが入り混じった声を返しながら魔理沙が姿を現す。
だが、一目でわかるほど特徴的な格好でありながら、その姿は別人といわれてもおかしくないほどに異質であった。
服も、髪も、身体も、全てが泥や埃、そして血にまみれている。
顔にいたっては不健康そうな黄土色に変色しており、頬はこけ、くっきりとした隈が刻まれ、ただ眼だけが光っている、という異様な状況であった。
「あらあら、そんなにぼろぼろになってまで会いに来てくださるなんて、もしかして私の事をずっと探してくれたのですか?」
「ふ、ふざけるな! お前、自分が私に対して何をやったのか忘れたのか!」
キャ、と如何にも恥ずかしげなポーズをとる文にたいし、魔理沙がそのうちに溜めた怒りを爆発させる。
「私のやった事ですか? ネタを探し、記事にして、それを配っただけなのですがね。
まぁ、もっとも魔理沙さんについて少し思う所があったので、ちょっと事実を誇張して書きましたがね。」
「クッ…『ちょっと』だと!? ふざけるなぁ!」
飄々と、何でも無い事の様に語る文に対し、ついに魔理沙の怒気が爆発する。
「お前のその『ちょっとの誇張』せいで私がどんな目に合わされたと思っているんだ!
自分のまわりの全てから否定され、拒絶されるということで、どれだけ孤独と絶望を感じさせられたか!
それら全て、何もかも、お前に叩き返してやる!」
その絶叫と共に、まるで爆発したかのような弾幕が展開される。
魔力弾が、レーザーが、ミサイルが、炎が、氷が、礫塊が、速い弾が、遅い弾が、足止めの弾が、本命の弾が、上から、下から、右から、左から、あらゆる方向から襲い掛かる。
ごっこ遊びではない、本気で相手を打ち倒すための攻撃。
「それは命を賭ける、という意味に捉えてよろしいですか?」
その猛烈な弾幕を見て、そしてギリギリでかわしながら確認するかのように尋ねる。
「あたりまえだ。命に代えてもお前をぶっ倒す。私から全てを奪った報い、絶対に受けさせてやるからな!」
それを聞いた瞬間、あたりの一体の空気が、そして文の表情が変わる。
今までの親しげな顔を脱ぎ、本当の大妖怪としての表情に。
そして背中から漆黒の翼を大きく展開し、全周囲に衝撃波を発生させて襲い掛かる弾幕をあっさりと叩き落す。
その余りの光景に一瞬呆然とする魔理沙に対し、文がキッパリと言い放つ。
「いいでしょう。それでは新聞記者ではなく天狗として、弾幕ごっこではなく本当の戦いとして、この射命丸文、お相手いたしましょう。」
投げ捨てた号外が風に舞い散る中、団扇を手に取り戦闘体勢をとる。
そうして二人の戦いは始まった。
……だが、ごっこ遊びではない本当の戦いにおいて人間と鴉天狗では最初から結末は見えているような物であった。
何しろお互いの身体能力、特に耐久力が違いすぎるのだから。
『攻撃を当てる事』が重要な弾幕ごっこなら、美しく広がる弾幕も、威力を抑えて弾数を上げた小技も有効であ
るし、そこから大技につなげる事も出来る。
だが、命がけの戦いではそうはいかなかった。
人間の身体では大技はもちろん当てる事を重視した小技ですら脅威であるが、妖怪の身体にとって見せる為の弾、当てる為の弾など無視できる程度のもの、無いも同然の物でしかないのだから。
判りやすく言えば隙も溜めも大きい大技でしかダメージを与える事が出来ない状況。
おまけに接近戦などは比べる事すら愚かしいほどの差。
さらに最悪ともいえるコンディションの中ある程度の時間粘れたのはまさに奇跡、その執念のなせる業とも言えるだろう。
そして……。
魔理沙はグッ、と文を睨み付けていた。
既に視界の半分は自身の血で紅く染まりきっており、残りの半分に移る光景も酸素不足から二重、三重にぼやけていた。
致命傷こそないものの身体はいたるところに傷だらけであり、着衣ももはやぼろきれ同然であった。
手は箒を掴むのがやっとであり、足は骨にひびが入ったか立ち上げる事すら困難。
息をするのも辛いという状況でも全く目をそらさず、火花が出るような視線でにらみ続けていた。
自身とは対照的にほとんどダメージと言えるダメージのない文を。
「全く持って無駄ですね。これじゃあ10年経っても私を倒す事なんて出来ませんよ。」
力の差を改めて示す文の声。
だがそれが魔理沙の耳に届く事は無い。
怒り、我を忘れ、さらに一回りしてクリアな思考力を持てるほどの激烈な怒りが傷つき、弱りきった体を支えて
いた。
もはや自分の事など考慮には入れていない。その思考の中にあるのは、
『目の前の鴉天狗をぶっ飛ばす!』
ただそれだけであった。
「ヘッ…、えらそうな口を利いていられるのも、ここまで、だぜっ。こいつで、粉々にして吹き飛ばしてやる。」
息も絶え絶えに、だが、残されたありったけの気合を込めながら言い放つと魔理沙は二つの物を文に向けてかざす。
一つは魔力の圧縮術式(スペルカード)をエネルギーへと変換するミニ八卦炉。
もう一つはそれに使用するスペルカード、たった一枚、一度しか使えない大技中の大技。
そしてスペルカードが発動し、ミニ八卦炉に膨大なエネルギーが収束してゆく。
八卦炉が悲鳴を上げるほどにチャージされたエネルギー、それ全てを指向性の破壊波として文に向かい発射する。
だが、いかに衝撃波の速度が速くとも、威力半径が巨大であろうとも、それが当たる事はありえない。
魔力をチャージするのに掛かる時間、そして破壊波の見切りやすい直進軌道。
そんな技を引っ掛けも無くただ単純に撃ったところで易々とかわされてしまうのは至極当然の事。
「追い込まれすぎて捨て鉢も極まり、一発逆転にかけたのでしょうね。」
文はそんな事を呟きながらあっさりと最後の魔砲を回避する。
まるで「奇跡など起きやしない」といわんばかりに。
だが……
「なっ!」
次の瞬間、予想外の出来事に文の目が見開かれる。
ついさっきまで自分がいた場所を灼く魔砲、その衝撃波が余りにも早く消え去ってしまったのだ。
まるで発射元そのものが消失してしまったかのように。
その時、始めて文の顔から余裕が消えた。
魔理沙が突撃してくる。それも超高速で。
【彗星「ブレイジングスター」】
頭にその単語が浮かぶ。短距離での最高速なら自分すら上回る、その技の名を。
そこまで頭が回ったとき、もう魔理沙はすぐそこまで迫っていた……。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
乾坤一擲の大勝負、魔理沙はこの一撃に自分自身の全てをつぎ込んでいた。
【「ファイナルマスタースパーク」を見せ技として使い、途中でそれをキャンセルした後「ブレイジングスター」で突撃する。】
小技ではダメージどころか体勢を崩す事さえ出来ず、大技は全てかわされる。
そんな相手に対しての魔理沙が取った切り札中の切り札。
大技に大技を重ねる、と言うだけなら確かに簡単であろう。
だが、それは魔理沙の魔力の、精神の、そして肉体の限界を遥かに超える挙動である。
もうすでに魔理沙は勝つ事はおろか生き残る事すら考えていなかった。
自分自身の肉体すら破壊しながらただひたすら、全てを奪った文に一撃入れることだけを思って……。
「ブレイジングスター」
魔理沙の執念ともいえる行動で通常使用時を上回る加速を得たそれは完全に虚を突かれた文に向かって突き進んだ。
狙いは正中線、急所。
衝撃の発生源である箒の先端は間違いなくそこに突き刺さる……はずであった。
文自身も無意識にとった行動。それは魔理沙から逃げようとするのではなく、それに向かってゆく事。
「ブレイジングスター」全ての破壊力が集中する箒に先端部に足を伸ばし、蹴りこんだのだ。
確かにそこさえ崩せば、そして凌げば後は問題ではない。理には適っている。
だが、それがもたらす結果は……。
瞬きすら許されぬ極限まで凝縮された一瞬。天狗の高下駄と魔女の箒が衝突、そのもてるエネルギーをすべて開放し、爆発した。
ズガァァァァン!!
大爆発と共に轟音が響く。
バラバラと何か細かい欠片が降り注ぐ中、何か大きくて重いものが爆煙の中から飛び出し、地面に荒々しく投げ出される。
「ぐぅっ…まさ、か、あんな手、で…。だが、それ、でも、手ごたえ、は。」
今までの戦いで傷を負い、それでもなお酷使し続け、果ては荒々しく投げ出された身体。
もうすでに激痛を通り越し、いつ死んでもおかしくないほどのボロボロでありながら魔理沙はキッ、と薄れ行く煙を見続ける。そして……
「ま、まさか、な、何でこんな事に…。どうして? わた、私の…。」
煙の中から姿を現す文。その表情は驚愕、受け入れられない現実を突きつけられた絶望。
それを見た瞬間、魔理沙は顔を醜く歪める。哂い。そう、それは魔理沙の今までの人生で最高最悪の哂い。
「わ、私の足がぁぁぁぁ!!!!!」
あたり一面に文の絶叫がこだました……。
「ふはっ! ふはは、ふはははははぁ! あっははははははは!!!!」
その痛みきった身体の何処から出ているのか、弱々しい、それで居て心底愉快そうな哂い声。
「ぐぎっ、な、何で、私の……どお、して。」
激痛を堪えるように、脂汗を垂らしながら足を押さえながら倒れこむ文。
「あははははっ! ざまぁ、ざま…あみろ! お前には、ふさ、わしい姿じゃないか。 ずっと、ずっとそうやって…グフッ、…這いずり…回っていればいいさ。あは、あはははははっ!」
ボロボロで血を吐きながらの哂い。激痛と絶望に苦しむ文に投げかけられるそれ。
ありったけの負の感情を詰め込んだ魔女の呪詛であった。
だが……。
「アハ、アハハハッ…、ははは……」
命尽きるまで続く魔理沙の哂い。しかしそれは『フッ』っと、まるで中に吸い込まれるように消える。
勿論魔理沙が力尽きたわけではない。
その証拠に目を強く見開き、表情は驚きを、さらに『受け入れられない現実』を突きつけられた絶望を示していた。
先ほどの文とほとんど一緒の表情を……。
文は立ち上がっていた。片足は完全に砕かれたはずなのに、器用にも残った足で軽々と立ち上がる。
その表情に先ほどまでの動揺も、勿論絶望もない。そこにあるのは……
「っと、どうです? このような感じで? 魔理沙さん。 ご満足していただけましたか。」
普段どおりのにこやかな笑顔であった。
「嘘だ、嘘、だ・・・うそだぁぁぁ!」
じたばたともがき、涙を流しながら絶叫する魔理沙。
その目の前で文の砕けた足が再生してゆく……。
血を吹き出す血管が、裂けた肉が、露出した筋が、砕け、肉を突き破った骨が、プラプラと風に舞う神経が、原形すらとどめていない脛から下が、何もかもが元に戻ってゆく。
「なんだよ? それ……。」
「知らないのですか? 『再生』能力ですよ。どうやら天狗の中でも私はこれが特に強いみたいで重宝しています。もっとも『復元』能力ではありませんから靴と靴下までは元に戻りませんがね。」
魔理沙の口からでた絶望の呟き。それに文は律儀にも答える。
「でも魔理沙さん、流石ですね。巫女以外で私がここまで追い詰められたのは数百年ぶりですよ。」
文の軽口は続く。だがそれはもう魔理沙に届きはしない。
「なんでだ?」「私のやった事は・・・」「ちく、しょうっ」と支離滅裂な事を呟くのみ。
そして、全ての希望を踏みにじられ、全てを絶望に塗りつぶされた事を嘆きながら魔理沙は、その目を閉じた……。
完全に力尽きた魔理沙をゆっくり、丁寧に持ち上げる文。
その全身が泥と血で汚れるのも構わず、ゆっくりと囁く。
「ほんと、流石ですよ。私が見込んで、いや、虜になっただけの事は……。」
堪えきれないほどの愛おしさを感じさせた囁き。次の瞬間、二人はその場から消え去っていた。
それからどれだけの時間が経っただろうか。
…・・・昏い昏い、奈落の底のような漆黒から意識が這い上がってくるのがわかる。
死ななかったのか、それともあの死神と三途の川でも渡るのだろうか?
その区別すらつかないまま、魔理沙は暗闇の中から抜け出していった。
そして、
「…目が覚めましたか? 魔理沙さん。」
「お、おま!ングッ、う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!!」
魔理沙が意識を取り戻したとき、すぐ側にあったのは全ての張本人、射命丸の顔であった。
その姿に叫び声をあげ、跳ね起きようとようとするも、次の瞬間に全身を襲った激痛で悶絶してしまう。
あわてて文は魔理沙を寝かせなおし、心配そうに声をかける。
「ほら、私が言うのもなんですけど、今の魔理沙さんの身体は本当にぼろぼろなんですから、無理しちゃだめですよ。」
文の顔を見るだけで心の底から憤り、そして絶望感が湧き上がって来るが、それと同時に何か違和感も感じる。
しかし、全身の激痛により考えはまとまらず、疑問を口に出すことすら困難であった。
そしてその激痛に飲まれるように、魔理沙の意識は再び闇の中へと消えていった…。
再び魔理沙が目を覚ました時も、文の、ホンの少しだけ疲れたような顔がすぐ側にあった。
「!! グッ、ガッ、ギ!」
前と同じように叫ぼうとして激痛に襲われる魔理沙。
だが、前回より多少はマシになったそれを何とか押さえつけ、落ち着かせた後、最大の疑問を何とか言葉として搾り出す。
「おっ、おま、なん、何で、私、生きているん…だ!」
そう、最大の疑問はアレだけの損傷から彼女自身が生きている事、そしてそんな目にあわせた張本人が命を助け、あまつさえ治療までしてくれていると言う事。
その質問に対し、文は少し考えた後に『にこり』と微笑みながら答えた。
「うーん…。私があなたに勝ったから、と言う事にして置いてください。」
「なっ! なんだ、よ、それ。どうい、っう、意味だ…よ。」
「私が貴女の事を気に入っている。という意味ですよ♪」
……まったく持って意味がわからない。物事の辻褄が合わない。
激しく混乱する魔理沙は少しでも情報を得ようと頭を振り、視線を動かす。
「イギッ! な、なんなん、だよ…これ。どうい、う、こと、だよ。」
ほんの僅かな動きですら全身に痛みが響く。
だが、それでも思わず口に出してしまった。それほど目に入ってきた光景は異常であった。
見慣れぬ部屋。自分のすぐとなりで寝ている文。しかも、同じベットで。
これが目を覚ますたびに文が目の前に居た理由であろう。
あちこちに転がる赤黒く汚れた包帯や治療用薬品。
そして何より壁のあちこちに貼られている自分の写真。
まだ、幸せで、何もかもを失う前の笑顔。それが大きく引き伸ばされ、ココに存在していた。
「あぁぁっ…………!」
それはもう異常であった、違和感を通り越して。
なんだ、なんだ? なんだ!?
判らない、結びつかない、理解できない。そして何より、“理解したくない”
怖い、怖い、怖い!
自らの全てが蹂躙された記憶がフラッシュバックする。
「っん……。」
「! 魔理沙さん! 魔理沙さん!!」
そこまでが限界であった。
様子に気が付き、あわてた様子で文が呼びかける。
だが弱った魔理沙に現実を認識できるだけに力はまだなく、スイッチが切れたように意識を手放していった。
それからもずっと、魔理沙が目覚めるたびに文は隣りに居た。
身も心も弱りきり、まともに動く事すら出来ない魔理沙を献身的に支え続けた。そのような地獄を見せた張本人が。
あの戦いで魔理沙を見直した、というのなら感情的なものはともかくとし理解は出来る。
だが、それでは大量に貼られている写真の説明が付かない。
一体どうしてだ? その奇妙な安らぎの中、起き上がれるようになるまでの数週間、魔理沙は考え続けていた。
【なぜ、アレだけ私を痛めつけた文がこうも甲斐甲斐しく世話をしているのか? 責任を感じて? いや、それはありえない。 むしろあそこであいつのお腹に入っていた方がよっぽど自然だ。ではなぜだ? 何か、私は大きな勘違いを……。】
だが、それは何時もここまで考えたところで止まった。
そう、始めてこの部屋を見たときと同じ。自分の全てが蹂躙された記憶がよみがえり、苦しめる。
いや、『蹂躙された』ではなく、『蹂躙されている』ではないのか?
……恐ろしかった。
説明は出来ないが力でねじ伏せられた事だけではない何かがひたすらに……。
そして今、魔理沙はここから出ようとしていた。
家の主の気配は先ほどから全くない。チャンスは今しかなかった。
「あと、少し……。」
身体は重く、歩みは遅い。息が切れ、足がもつれる。
「後、5歩。」
下手に動けば治りかけの傷が破れそうだ。
「後、3歩。」
それでも、魔理沙は一秒でも早くここから逃げ出したかった。
自分が、この理解できない恐怖でどうにかなってしまいそうだったから。
「後…、1歩。」
もう少しでドアノブに手が掛かる。魔理沙が僅かに微笑みかける。
そして……
「あら魔理沙さん、もうお帰りですか?」
自分のすぐ後ろ、何の気配もなかった空間が唐突に、そして残酷に少女の声を響かせた。
【振り向いてはいけない。その問いに答えてもいけない。】と、理性が告げている。
【足を動かせ。逃げろ。】 と本能が働きかける。
それでも魔理沙はゆっくりと、油の切れた歯車のように振り向き、すぐ後ろの文に向き直る。
まるで何かに無理やり操られているように。
「あ、あぁ…。」
「身体も治りきっていないのにどうしてですか? 私的にはもっと居てもらいたいのですが?」
「ふ、ふ、ふざけるな! よわっちい人間に、あ、哀れみをかけたつもりか? すぐに、おま、お前の事、ぶっ飛ばしてやるからなっ!」
ありったけの気力を振り絞り、恐怖に耐えながら文をにらみつける魔理沙。
だがその瞳から漏れ出すは祈りの感情。
哀れみをかけられたならまだいい。情けなく、屈辱では有るが恐怖は薄い。だからそうであって欲しい、という祈り。
「そうですか。…でも」
そんな魔理沙の、ほんのささやかな希望ですら
「居場所が砕かれた世界で、ですか?」
文は哂いながら打ち砕いた……。
「お、お前、まさか全部……。」
魔理沙はへなへなと脱力し座り込む。
判ってしまった。自分が考えたくなかった事が当たっている事に。
「そうです。最初から全部判っていてやりましたよ。新聞記者が自作自演するなんて最低ですけどね。」
「何が…一体お前は何がしたかったんだよ。」
力のない魔理沙の問い。
聞かないほうが良い事はわかっていても、聞かざるを得ない。
「フフ、じゃあ最初から、全部話してあげますね……。」
いつからだったかはもう覚えていない。もしかしたら最初からだったのかもしれない。
「魔理沙さん・・・・・・。」
文は魔理沙のことが好きであった。もちろんLIKEではなくLOVEという意味で。
なぜかは判らない。相手は人間、自分は天狗。何もかもが違いすぎる。
その事は頭では理解している。それでも、心が惹きつけられていった。
「はぁぁぁぁぁ……。私、どうしちゃったんでしょう。」
文は自分では常識的で理知的であると思っていたし、現に魔理沙の前でそのような感情はおくびにも出さなかった。
だが、それでも自分自身の荒れ狂う恋心を制御する事は出来ず、無理に押さえつけた感情は少しずつ歪み始めていた。
そして彼女自身が「好き」という感情をはっきりと自覚し認めたとき、その歪みはすでに手遅れと成り果てていた……。
「あはは、魔理沙さん、魔理沙さん、あははは…。」
文にもわかっていた。魔理沙のことを考えるだけで自分が壊れてゆくのが。
魔理沙がほかの人と話しているのを見るだけで黒い感情で心が染まる。
魔理沙の輝く笑顔。もっと見たい、自分だけが見たい!
だから部屋に魔理沙の大きな写真を貼った。少しだけ落ち着いたが、すぐに更なる渇きにさらされる。
魔理沙と愛し合いたい。魔理沙を独占したい。魔理沙と幸せになりたい。
そう思うたびにどんどん、どんどん心が、理性が壊れてゆく。
やろうと思えば無理やり拉致監禁し、それこそ人形のようにする事も出来た。だが、文はそれをしなかった。
自分が魔理沙のことを愛すだけじゃない。魔理沙にも自分のことを愛してもらいたい。必要としてもらいたい。それこそ自分と同じくらいに。
そう、文の肥大し、歪みきった愛情がそれで満足できるレベルを超えていた、ただそれが理由であった。
「そう、そうですよ。私が幸せにしてあげればいいんですよ。すごく、凄く、凄く! そうすれば魔理沙さんも私を選んでくれますよ!」
文はずっと悩み考え続けていた。魔理沙に愛してもらう方法を、魔理沙が自分無しでは生きていけなくなる方法を。
悩んだ末に出た結論、それは単純。自分の力で魔理沙を幸せにすればよい。
それも唯の幸せではない。力尽き、絶望し、不幸のどん底から幸せにしてあげれば良い。
それが文の出した答えであった……。
「チクショウ! 何で…チクショウ!」
文から裏を聞いたとき、魔理沙は涙を流しながら絶叫した。その、余りの理不尽さに。
絶対に、死んでもこいつの思い通りにはなりたくない。当然そう、強く考えた。
だが、それと同時に今迄感じていた「説明できない恐怖」の正体がわかった。
それは失う事の恐怖。
それまでは有って当然だと思っていた温もり、他者との繋がりを強制的に剥ぎ取らる痛み。
そしてギリギリまで痛めつけられ、その後再び与えられた温もり。
今文を否定するという事は……。
「なぁ……。お前、こんな無茶苦茶が上手く行くって本気で考えていたのかよ? 私に否定される事考えなかったのかよ?」
「ええ、今の今まで無いですよ。まぁ、もしそうなっても力尽くで、という事は絶対無いですけど。」
魔理沙の問いに、微笑みながら本当に今考えたかのように文は答える。
「なんだよ、それ……。」
その呟きと共に魔理沙の全身から気力が完全に抜ける。
背中の扉は開いたままだ。逃げようと思えば逃げられるかもしれない。
勿論判っている。文の主張する「幸せ」は全て偽り、そして本物の「幸せ」を奪った相手。
ここで全て拒絶すればよい。それが文に対する一番の痛撃である。
そう、わかっている。だが、それでも、
「う、うぅぅ、ぐすっ……。」
魔理沙は泣きじゃくりながらゆっくりと手を伸ばした。
死に損なうまでは死んでも、刺し違えても良いと思っていた。
だが、それすら許されず、絶望し、極限まで痛めつけられた心に偽りの温もり、幸せを与え続けられた。
その結果、偽りによって心は歪み、浅ましくも拾わされた生にしがみつく。
もう二度と耐えることは出来なかった。偽りとはいえ、幸せを、温もりを失う痛みに。
だから。
「これで、ずっと、ずっと、ずっと一緒ですよ。魔理沙さん♪」
魔理沙は文を受け入れ、文はその手を取った。
ある日、あれだけ魔理沙の事を色々書いていた文々。新聞が突然休刊した。
理由は不明。最初こそ色々噂されていたがすぐに皆忘れ去ってしまった。
そして、霧雨魔理沙の事も幻想郷から忘れ去られていった。
ただ一人の天狗を除いて……。
FIN
===================================
後書き
今日、バイトを終えて家に帰ったら、何故か台所に射命丸文がいた。
文は、親子丼を作りながら俺に
「あら、おかえりなさい」と微笑みかけた。
俺は、なぜ俺の家の台所に文がいるのかわからずに当惑したが
「た、ただいま」
とぎこちなく微笑みかえした。
その後、文が作った【特製】親子丼を食べた。
すごく、うまいです。
(御挨拶)
「ブラック文」と似たようなネタですみません。
そして「ブラック文」と物語上のつながりはありません。
共通点は【「狡猾で残忍」な性格をイメージしてみた】というところです。
まさに痔悪化ww
さて、この文はヤンデレなんですかねぇ。それとも唯のストーカーなんですかねぇ?
ここまで腹が黒くてふてぶてしい、それで居て魅力は落ちないように挑戦してみたのですがどうでしょう?
『こんなの(俺の)あやややじゃない!」と主張される方、本気でゴメンナサイ。
夜道で刺したりしないでくださいね^^;
PS:実はこのSS、私のいままで書いたSSの中でも一、二を争うほど難産だったSSです。
ぶっちゃけ最初に書き始めてから一年以上たってやっと完成したような代物ですから……。
(実はサイトの一周年記念で完成させようとしていたのですが、結局こんなタイミングに^^;)
後、後書きの【特製】親子丼は…………。
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