プレイボーイ魔理沙 BY 凪羅


 小鳥の囀りが響く朝方。
 魔理沙は飛んでいた。
 猛スピードで疾駆している。
 空気を切り裂き、たまたま飛んでいた妖精氷精夜雀蛍等々諸々を弾き飛ばしながら。
 そうして、僅か数分程で魔法の森上空を抜け、湖を超え、紅魔館前へと辿り着いた。
 ちなみに通常、霧雨邸から紅魔館まではおよそ一刻程かかる。
「どけどけ中国ブレイジングスタァーッッッ!!」
「ストォーブルアァァァァァァァアアアァァァ――――」
 勢いのまま遠慮なしにラストワード発動、哀れ門番は湖の藻屑……になる一歩手前で浮き上がった。
 胸に浮き輪になりそうなモノが2個付いているからかもしれないが、魔理沙は既に図書館へと入っているので置いておくとしよう。
 
 ちなみに飛行速度×ブレイジングスターの加速度で止まれず、勢いで扉をぶち破った末に巨大本棚3つぶち抜いて止まっていたりする。

「あたたたた――――」
 魔理沙はばさばさと本の海から顔を出す。
「こりゃブレーキも考えないといかんな……」
 そう魔理沙が顔についた埃を振り払う為に顔を左右に振っていると、図書館の奥からぱたぱたと羽の羽ばたく音を伴ってヴワル魔法図書館の司書がやって来た。
「はりゃりゃ、凄い音がするかと思ったら魔理沙さんでしたかー。おはようございますー」
「おう、おはようさんだぜ、小悪魔。パチェはいるか?」
「ええ。今日はもう起きて本を読んでらっしゃいますよ。それより、多分もうパチュリー様はこの事知ってますから、怒られちゃいますよ?」
 そう言って、小悪魔はくすくすと笑う。
 魔理沙は”よっこらせ”と声を掛けて立ち上がり、服をはたきながら少しバツの悪そうな表情を浮かべる。
「ま、見たとこ本自体には致命的な損傷はないから大丈夫だろうぜ」
「ふふふ。ここは私が片付けておきますから、ゆっくりパチュリー様に叱られて下さいな」
「ああ。精々パチェの機嫌取りしながら今日も本借りれるように頑張るぜ。じゃ、後は頼んだ」
「はいはーい」
 そうして魔理沙はいつのもように閲覧室に、小悪魔は本棚の後片付けに入った。
 補足しておくと、訪れる魔理沙と出迎える小悪魔はそれなりに親しい間柄になっている。
 魔理沙が図書館に入り浸るようになった当初は、パチュリーよりも小悪魔との方が親密に思える程に。
 ――現在も傍から見ればそうなのだが、これについては後ほど判明する事になるのでここでは置いておくとしよう。

「おーっす」
「……ふんっ」
 パチュリーは閲覧室に入ってきた魔理沙を本から顔を上げて見るなり、すぐにそっぽを向いた。
 先ほどの件でそれなりにご立腹の様子。
「あー……やっぱ怒ってるか?」
「……別に。何でもないわ」
 しかし声からはやはり不機嫌さばかりが窺え、当然、魔理沙にも容易にそれは伝わる。
 魔理沙は小走りでそっぽを向いたパチュリーの正面に回り込む。
「何でもないこたないだろ? アレは完全に私が悪かった。謝るから機嫌直せよ。なっ?」
 顔の前で両手を合わせて片目を瞑り、謝罪のポーズを取る魔理沙。
「知らないわよ、馬鹿……」
 魔理沙の声の調子が軽いものだった為にどうにも誠意は伝わらず、パチュリーはいつものジト目をいっそうキツくして睨んでいる。
 パチュリーにしてみれば、致命的な損傷がないといえど本が傷ついたという事実は見過ごせないわけで。
 そう簡単に許す気になれないのは仕方のない事だろう。
 ――とはいえ、相手は魔理沙である。
 どうにも怒っていると言うよりは、”魔理沙が自分に謝っている”というシチュエーションを利用して気を向かせているという方が強いように感じられる。
「私に出来る事なら何でもするから、機嫌直してくれ。なっ?」
 しかし謝る立場の魔理沙には、そんなパチュリーの事情は知れないわけで。
 相変わらずの謝罪ポーズでひたすらに謝り倒している。
 パチュリーはパチュリーでそんな魔理沙を変わらない視線でじーっと見ているだけ。
 そんな状態が数分程続き、漸く満足したのか、パチュリーは口を開いた。
「はぁっ……分かったわ。条件をひとつ飲んでくれたら許してあげる」
「おう。何でも言ってくれ。私に出来る事限定でな」
「今貸してる本、明日全部返して頂戴。それで許してあげるから」
 普通に考えればこの程度の条件で済むなら喜ぶべきなのだが、魔理沙にとってはこれは中々に難しい注文だったりする。
 なんせ借りては持って帰って借りては持って帰ってでまともに返した事がないのだから。
 扱いが蒐集品と変わりないようにも見える。
 そんな訳で、魔理沙は考え込んだ。
 ひらすらに考え込んだ。
 丸々十分に渡って考え込んだ。
 パチュリーの不機嫌なのにどことなく楽しげな視線を気にしつつ、腕を組んで考えた。
「……分かった、返すぜ。でもちょっと数が多いから、出来れば数日に分けて返すに変更して欲しい。いいか?」
 漸く出た返事はパチュリーの望みを前提にした妥協案なのだが、言う事を聞いてくれたという事実に満足してしまったパチュリーは、コクリと頷いてあっさりと妥協案を受け入れた。
 そうしてパチュリーの表情は漸く柔らかくなり、それを見た魔理沙はほっと安堵した。

 それからは、いつもと同じように二人それぞれ本を読んで静かに過ごしていた。
「魔理沙さん。もうそろそろお帰りの時間ですが……」
 都合何杯めかの紅茶を運んできた小悪魔は、またいつもの様にそう告げる。
「ん……もうそんな時間かぁ。―――くぁ―――ぁ――――」
 伸びをして凝ってきた肩と首を解しながら、魔理沙。
「じゃ、この一杯を最後にして帰るぜ」
「……ねぇ魔理沙。ちょっと訊いていい?」
「なんだ、パチェ」
 パチュリーは一度、魔理沙の横へと視線を向けてから再度魔理沙へ視線を戻した。
「そこに積み上げてる本、まさか借りて帰るつもり?」
「ああ、そうするつもりだが」
 魔理沙の横には本――魔法書が数冊重ねられている。
 先ほど借りている本を全部返すという約束をしておきながら、あっさりと認めた魔理沙に、パチュリーは再び不機嫌な表情を浮かべた。
「……さっき借りてる本を返すって言ったばっかりなのに。それじゃ本末転倒じゃない」
「今借りてる本はちゃんと約束通り返すつもりだぜ。んで、これはこれで借りてくだけだから、何もおかしいところはないぜ?」
 何故か不思議そうに言う魔理沙に、パチュリーはますます不機嫌さを増していく。
 小悪魔はその様子を苦笑しながら見守っている。
「何よ。それじゃ許した私が馬鹿みたいじゃないっ」
「はっはっは。まぁいいじゃないか。返す冊数の方が圧倒的に多いぜ」
「良くないわよ。とにかく、全部返すまでは新たに貸し出しはしないから、それ借りるのは絶対ダメっ」
 どうにも反省の色とか自重とかがない魔理沙の態度に、パチュリーは不機嫌どころか怒りモードになりつつある。
 絶対に譲らないという意思を視線に込め、パチュリーはただひたすらに魔理沙を睨みつける。
 まぁ相変わらずの半眼なので拗ねているようにしか見えないのが難点なのだが、パチュリーは全く気づいていない。
 魔理沙にはそれなりの付き合いの長さで怒っているのは伝わっているが、見た目が見た目なので怖がる様子は全く無い。
 むしろどうやってパチュリーを宥めつつ本を強奪、もとい、借りようか考えていた。
 そうやって数分が経過し、作戦を立てた魔理沙は行動を開始した。
 魔理沙はおもむろに立ち上がり、机を迂回してパチュリーの後ろに立った。
 パチュリーは魔理沙の行動の意図が分からず、表情は怒りから困惑へと変わる。
 そんなパチュリーの様子には構わず、魔理沙はそのままパチュリーを後ろから抱き竦めた。
 考えもしなかった唐突の急接近に、パチュリーの心臓は一気に跳ね上がり、頬は瞬く間に朱に染まっていった。
「ちょっ、ちょっと魔理沙っ!?」
「なぁパチェ。私にとってここはとても大切な場所なんだ。それに、お前もな。お前がいるからここの本が読めるんだ。だから、感謝してるんだぜ?」
 何処と無く甘い響きを含んだ声で、魔理沙は耳元でそう囁いた。
 パチュリーはと言うと、すっかりその甘さに心が蕩けてしまって怒りとかそういうのはもうどこかへと飛んでしまっていた。
 魔理沙の作戦というのは、要は口説き落としである。
 その様子を傍観している小悪魔は内心で”パチュリー様、すっかり騙されちゃってるなぁ”と呟いて湧き上がってくる笑いを堪えていた。
「だから、私をちょっとでも信じてくれてるんなら、許して欲しいんだ……」
 ”だから”というのはよく考えればまったく繋がっていないのだが、既に崖っぷちで落ちる寸前のパチュリーはまったく気づかない。
 気づく余裕がない。
 そして魔理沙が耳に唇がくっつきそうなぐらい口を近づけ、一際甘く”――いいだろ?”と囁いてパチュリーは完全に落ちた。
 首筋まで真っ赤に染めて何度もコクコクと首を縦に振っている。
 そうして、魔理沙は首尾良く本を借りて図書館を後にした。
 ちなみにパチュリーはその後暫くぼーっとしていて、気がついた後も思い出したように”ふふっ”と笑ったりして中々に面白かったと後に小悪魔は語っていたりする。


 次の日。
 魔理沙は朝から魔法の森を歩いていた。
 いつも跨っている箒は右手に携えていて、柄の部分にはでこぼこと膨らんだ風呂敷がぶら下がっている。
 中身は先日パチュリーを口説いて借りた魔法書である。
 ちなみに数冊とはいえ、魔法書はどれも分厚いので結構重い。
 が、とことこと歩く魔理沙からはそんな様子は見受けられない
箒を浮かす魔法を応用して、重さを無くしているのかもしれない。

 そうして魔法の森を歩く事数十分。
 魔理沙は目的地の白色の壁に群青色の屋根というシンプルな配色の邸宅に辿り着いた。
 そしていつものように扉を二度ノック。
「――はぁい、どなた?」
「ああ、私だが、今大丈夫か? パチェんとこで例の魔法書借りて来たんだが……」
 魔理沙が聴き慣れた声にそう返答すると、ガチャリと音を立てて扉が開いた。
 中から顔を出したのは、魔理沙と同じく魔法の森に住む魔法使い、アリス・マーガトロイド。
 魔理沙の説明から察するに、先日借りた本はアリスと何かしらに使うようだ。
 本が魔法書という事から、おそらく魔法に関する事の実験なのだろう。
「いらっしゃい、魔理沙。基本的な実験の準備はもう出来てるわよ」
「そうか。じゃあ早速始めるか」
「ええ」
 振り返りながらアリス。
 そのままアリスの先導の下、二人はアリス邸の地下へと潜った。
 階段をみっつ程降りた先のドアをアリスが短い呪文の詠唱を呟いてロックを外し、二人は中へと入った。
 その部屋は四方を石壁で囲んだおよそ8畳程の正方形の部屋で、中央には大きな正方形の石の机と木の椅子、それを挟んで左右に薬品の棚と本の棚が向かい合ってふたつずつ置かれている。
 奥の壁際には中央の机の半分程度の大きさの木机がふたつ横に並べて置かれており、その上には様々な器具が規則正しく並べられている。
 入り口を通過したアリスが先ほどとは違う呪文を唱えると、薄暗かった部屋は途端にパァッと明るくなった。
 その光の発信源は、天井から下げられたガラス製の球体。
 詠唱によって動く照明の魔具なのだろう。
 もう既に何度か来ているらしく、魔理沙は慣れた様子で中央の石机の上に持参した風呂敷をどさりと置いた。
 アリスは奥へと歩き、壁際の木机の前で立ち止まる。
「ねー、器具は何が必要か教えてくれるー?」
 首だけで振り返ってそう呼びかけると、魔理沙は「ああ、ちょっと待ってろーっ」とすぐに返事を返した。
 そして魔理沙は中から一冊の本を取り出し、一度タイトルを確認してから厚めの表紙を捲った。
 すぐに目次から予定している実験の項目を見つけると、魔理沙はやはり慣れた手つきでぱらぱらと捲り、僅か数秒と経たないうちに指定のページへと辿り着いた。
 それから内容を流し読みしながら必要な器具名を見つけてはアリスに呼びかけていった。
 その作業におよそ10分程費やして器具は一通り揃い、次にアリスは薬品棚の方へと向かった。
 そこからも同じ所作で薬品等を取り出し、漸く実験の準備は整った。
 二人は魔理沙の持参した別の本であれこれと調べながら実験を進め、最終的にビーカーの中で紫色の液体へと纏め上げた。
 特に変化が起こらない事を確認した二人は、お互いの右手をそのビーカーの上に翳す。
 程なくして二人の翳した掌からぼぅっと淡く青い光が浮かび上がった。
「……魔理沙、少し魔力強いわよ。それじゃ上手く私達の魔力が混ざらないわ」
「これでも魔力は抑えてるんだぜ? お前の魔力が弱いんだ。もう少し強くしてくれ」
「弱める方が楽なんだからあんたが合わせなさいよっ」
「細かい調整はお前の方が得意だろう。お前がやれ」
「――あーもうああ言えばこう言うっ! ちょっと弱めるだけなんだから楽でしょうがっ!!」
「それはお前の方だろうっ。いいから合わせろ馬鹿っ」
「馬鹿とは何よ馬鹿魔理沙っ!」
 手を翳したまま喧嘩勃発。
 至近距離でむむむっと睨み合い、その瞳からはお互いに譲り合うという意思はまったく感じられない。
 そして二人は気づかない。
 熱くなるに従って無意識の内に発している魔力が大きくなっていっている事に。
「だいたいあんたはいっつも勝手じゃないっ。いつも合わせてあげてるんだから、たまにはそっちが合わせてよねっ!」
「あーそりゃ悪かったなぁ。次から合わせてやるから、今日はお前が合わせ――――――へっ!?」
「―――――?」
 そして訪れる臨界点。
 異なる魔力をめちゃくちゃに注ぎ込まれた液体は何か大きな変化を起こしたらしく、突然大きな光を発し始めた。
「げっ。お、おいまずいぞアリスっ!」
「うわっ、ちょっ、早く魔力抑え……間に合わな――――きゃああぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁッッッ!!」
「くっ、アリス―――」
 そして異なる魔力は液体の中でぶつかり合い、ついには爆発を起こしてしまった。
 魔理沙は逸早くアリスを抱き寄せて床に伏せ、爆発した場所が机の上だった事が幸いし、どうにか爆発をやり過ごす事は出来た。
「―――ふぅっ……。大丈夫か? アリス」
「う、うん。大丈―――え?」
 ぽたり、とアリスの頬に赤く温かい雫が滴り落ちた。
 ソレを指で拭い、目にした事でアリスは漸く血液である事に気づいた。
「ど、どこか怪我したのっ!?」
「ああ、爆発した時に飛び散ったビーカーの破片でちょっと切っただけだ」
「切っただけって、未完成の試作薬が付着したガラスよ!? 魔力だって浴びてる! 何か起きるかもしれないのよ? 分かってるの!?」
 そうやって捲し立てて真剣に心配してくれているアリスに、魔理沙は何故か微笑ましさを感じて苦笑する。
「何言ってるんだ、今何も起きてないんだから心配するな。それに、万が一何か起きたって自分で何とかするぜ」
「心配するに決まってるわよ。……元々は私のせい、なんだから……」
 その言葉に魔理沙は一瞬きょとんとしたが、すぐに可笑しい事でもあったかのように笑い顔になる。
「な、何がおかしいのよっ!? はっ。まさか体内に入った薬が何か変化を? ああぁ、どうしようどうしよう……」
 魔理沙の下でアリスはおろおろ。
 それが魔理沙には益々愉快で、ついには声を出して笑い始めた。
「はは、あははははははは―――。ま、とりあえず落ち着けって。私は正気だぜ」
 それで漸く何か変化が起きたわけでも何でもなく、単なる自分の早とちりと気づいたアリスは一転、恥ずかしさで頬を赤く染めて魔理沙を抗議の眼差しで見つめ始めた。
 しかし表情からバツの悪さが窺えてしまい、何とも可愛らしく睨んでるようにしか見えなかった。

 それから二人は立ち上がり、机の上や地下室の中を手分けして片付けた。
 片付けの最中、ヴワル図書館から騙して借りた本は幸運にも全て無事だった事に魔理沙は安堵した。
 後片付けが終わる頃には夕方が近くなり、夜は比較的危険になる為に魔理沙は帰宅する事にした。
 そして玄関口にて。
「……今日は悪かったな。実験はまた日を改めてな」
「う、うん……」
 アリスの様子は何処となく落ち着かない。
 顔を少しだけ俯かせ、帽子を少し目深に被った魔理沙を目線だけでちらちらと落ち着きなく見ている。
 魔理沙もその様子は気になっているものの、魔法の森……というか、幻想郷は夜が深まると何かと面倒な事態になりやすい。
 その為、気にはなりつつも帰宅を優先する事にした。
「じゃ、またな」
「――ま、待ってっ!!」
 背を向けた魔理沙に、アリスは弾けるようにしてそう叫ぶ。
 何事だろうと思い、魔理沙が振り返った――
 瞬間、魔理沙の頬に温かく柔らかい、少しだけ不思議な感触。
 しかし何の感触かを認識するより一瞬早く、それは感じられなくなった。
 魔理沙の目の前には頬を真っ赤に染めたアリス。
 そして漸く、魔理沙はその感触が唇である事に気づいた。
 思わず指で触れてしまったその箇所が先ほどの実験によって付いた傷で、今はもう塞がっている。
 そしてそこから全身に流れ込むアリスの魔力は、その行為が治療であった事を雄弁に物語っていた。
「……サンキュ、アリス」
 そう言って魔理沙は微笑む。
 アリスはその笑みをまともに見る事が出来ず、くるりと反転。
 魔理沙にはそれが照れ隠しだという事がすぐに伝わった。
 その様子が魔理沙には愉快に感じられ、一瞬からかおうと口を開きかけた。
 が、時間的な余裕や治療の事があったからだろう。
 再度口を噤んだ。
「じゃ、またな」
 その代わりなのか、もう一度そう言い、今度こそ魔理沙はアリス邸を後にした。


 ――数日後。
 幻想郷の空を珍しい人物がゆっくりと飛行していた。
 ――パチュリー・ノーレッジ。
 動かない大図書館が動いている。
 珍しいも珍しい、レアもレアである。
 そしてその横には金髪セミロングに赤いカチューシャの人形遣い。
 この珍しい組み合わせはお互い横目で睨み合っている。
 事の起こりはほんの数十分ほど前―――

「魔理沙、どこ、魔理沙……。本返して、本……」
 パチュリーはそうぶつぶつと呟きながら魔法の森付近を飛行していた。
 貸していた本は一応全て戻ってきたものの、数日前に口説き落とされて貸し出し許可してしまった本――アレは、実はパチュリーの書いた合成魔法書で、まったくもって戻ってくる気配がない事に気づいたのだ。
 よく考えれば期限など微塵も言っていなかったので仕方なくはあるのだが、あの本にはパチュリーの作った合成魔法と試作魔法全てが書かれているのだ。
 それを応用した相当数の薬の制作方法なども含めて。
 早く返して貰わないと覚えられては厄介な事この上ない。
 ヘタをすれば中身をコピーされているかもしれない。
 故にパチュリーは相変わらずの不健康な身体を押して、直接取り返す為に出てきたのだ。
 が、霧雨邸が魔法の森にある事は知っていても詳しい場所はよく分からない。
 魔力を探知して探そうにも、雑多な魔力に包まれた魔法の森ではそれもほぼ不可能に近い。
 結果、右往左往するしかなかった。
「……あら? あんた、確か紅魔館にある図書館の――?」
 そうやってうろうろと飛ぶ事数分。
 パチュリーの期待に反して、魔理沙ではなくアリスが偶然通りがかった。
「あ、貴女、確か――」
「アリスよ。あんたは確かパチュリーって言ったわね。こんなとこでうろうろして、どうしたのよ?」
「魔理沙を探してるのよ。貴女知らない?」
 焦っている筈なのに、口調から知っているかどうかよりも会えるかどうかの期待が窺える事をアリスは直感で感じ取った。
 同時に、アリスはその直感で認識した。
 ――――こいつはライバルだ。
 と。
「さて、ね。私も今日は会ってないわよ。あいつ家にはいなかったし、神社にでも行ってるんじゃない?」
 そして明らかにつっけんどんなその態度で、パチュリーもまた感じ取る。
 ――――こいつは何か知らないけど敵だ。
 と。
「……そう。ならいいわ。今からその神社探すから。それとも、貴女が教えてくれる?」
「嫌だって言ったら?」
「痛い目に遭うだけよ。その上で口を割らせるわ」
 その時、アリスの頭にひとつの妙案が浮かんだ。
「まぁ待ちなさい。神社までなら案内してあげるわよ。ついてらっしゃい」
「……そう。親切なのね」
 あっさり譲られた事により、パチュリーはアリスの思惑をすぐに知った。
 ――魔理沙の目の前で決着をつける心算なんだろう、と。
 しかしアリスはついて来いとは言ったものの、実際はパチュリーの横に並んでいた。
 どうやら道中で不意打ちされる事を危惧しているらしい。
 それはパチュリーも同じようで、お互いがお互いに目を光らせている結果、睨み合う構図が完成したのだ。

 そうやって睨み合って飛行する事さらに数十分。
 漸く博麗神社の近辺に到着した。
 ここまで来れば不意打ちはまずない為、アリスは先導する意味で先に境内へと降り立った。
 パチュリーもそれに倣い、境内に降り立つ。
 アリスは降り立ったパチュリーを鋭い視線で睨む。
 今ならまだ逃げられるぞ、という意思を込めて。
 しかしパチュリーにはそんな気はさらさらない。
 それはこっちのセリフだ、という意思を込めて睨み返す。
 そしてお互いに相手は引く気なしと感じ取る。
「……付いて来なさい」
 最後の忠告に意味が無かったと知るや、アリスはくるりと反転。
 歩き出し、パチュリーはそれに続く。

 そして向かう先は縁側。
 霊夢は庭を掃除していなければ大抵はそこでお茶を飲んでいる。
 アリスや魔理沙――いや、博麗神社を訪れる者ならば大抵知っている事である。
 故に、魔理沙が居るとすれば縁側になる。

「――――――っ!!」

 そしてそろそろ縁側が見えてくるな、というぐらいの場所でアリスとパチュリーは同時に歩みを止めた。
 唐突に何か叫び声とも悲鳴ともつかないような、そんな声が二人の耳に届いたのだ。
 ――――何か、起きている。
 そう直感し、二人は顔を見合わせる。
 その瞳にはお互いを憎み合う感情は消え去っていて、ただ純粋な疑問のみが感じられる。
「――付いて来なさい」
 今度は先ほどと違って小声でそう言い、アリスは素早く何とか縁側の見える位置の茂みに身を隠し、パチュリーはそれに少し遅れる形でその隣に移動。
「……ここ、声聴こえないわよ。それに少し遠い」
 確かに遠目で魔理沙と霊夢と判る姿は捉えられるが、パチュリーにはどうにも何をしているのか分からない。
 それは、きっとアリスも一緒であろう。
 が、アリスは少し自慢げに「大丈夫」と言い、口の中でぶつぶつと何やら呟き始めた。
 そして呟き終わると同時に、アリスの胸の前でパァッと蒼く淡い光が顕れた。
 やがて光が収束し、消え去ると、そこにはアリス所有の人形が2体ふわふわと浮かんでいた。
「右側の子に魔力を通して視覚・聴覚を繋いで。それで監視しましょう」
「成る程――」
 パチュリーは右側の人形に左手を翳して魔力を送り込み、指示通りに人形の擬似神経に視覚と聴覚を繋ぐ。
 作業が完了した事をアイコンタクトで伝え、それを受け取ったアリスは小声で人形に縁側を監視するよう指示を送った。
 二人は目を閉じ、人形に繋いだ視覚・聴覚に神経を集中する。
 程無くして、二人の脳に直接映像と音が届き始めた。

「――なさい、魔理沙っ!」
「んー、いいじゃないか別に。誰もいないぜ?」
 飛び込んできた光景に、二人は驚愕。
 縁側に座る霊夢を魔理沙が後ろから抱き締めているのだ。
 霊夢の顔は普段の姿からは想像もつかない程に真っ赤。
 対して、魔理沙の表情はからかう時のそれ。
 しかし、どうしてか目だけは全然そんな風に思えない程に真剣。
 一体何が起きているのか――?
 分からず、二人は湧き上がる動揺を押し込めて監視に集中する。
「ちょっと離れてってばっ! 誰かに見られたらどうする心算!?」
「へへっ、大丈夫だって。――それに」
 言葉を区切り、ぐっと、魔理沙は顔を――唇を霊夢の耳に寄せる。
「抵抗、してないぜ?」
 声の響きは妖しく甘い。
 霊夢は耳に飛び込んできた吐息か、それとも声の響きにか――どちらかは判別はつかないものの、びくんと身を堅くした。
「……だって」
 数秒の間を置いて、霊夢はそう呟いた。
「だって、なんだ――?」
 相変わらずの響き。
 霊夢はそれ以上口にせず、視線を魔理沙と反対側に逸らす。
 精一杯の抵抗とでも言わんばかりに。
 魔理沙はその視線の方にある自身の手を気づかれるより早く霊夢の頬へと当て、押して無理やりに自分の顔へと向けさせる。
 そして霊夢が動揺している隙に、すっと唇を押し付けた。
「――――っ!?」
 霊夢は驚きに目を見開く。
 が、すぐに観念したのかゆっくりと目を閉じた。
 そしてそのまま――
 とすんと――
 軽い音を立てて、霊夢は堅い縁側の床に身を横たえた。
 いや、横たえた、というよりは魔理沙が押し倒した、という方が正解。
 しかし身を預けたのは、紛れも無く霊夢の意思だった。
 そして魔理沙はゆっくりと唇を離した。
「なんだかんだで素直だな、霊夢は」
「……知らないわよ、馬鹿」
 霊夢は視線を逸らし、少しぶっきら棒な感じの声でそう言う。
 魔理沙はそれに対しての返事なのか、それとももう霊夢の言葉が耳に入っていないのか――分からないが、そのか細い首筋に顔を埋めた。
 そして――

 そこが、監視者二人の限界だった。
 すぐに人形への接続を切り、二人は立ち上がって駆け出した。
 パチュリーは普段の虚弱さ、不健康さが嘘と思える程に快活に駆けている。
「「ちょっと待ったぁーーーーーーーーーーーーッッッ!!」」
 そして霊夢と魔理沙の姿がよく見える距離にまで近づくと、二人は声を揃えてそう叫んだ。
 霊夢と魔理沙は一瞬だけびくっと硬直した後、声の主を確かめるべく顔を声の方へと向ける。
 駆けてくるふたつの人影を見止め、がばちょという擬音が似合いそうな感じで離れる。
 同時に、アリスとパチュリーは縁側に辿り着いた。
「――――」

 そうして、沈黙。
 アリスとパチュリーは息を整える真っ最中で声を出せない。
霊夢と魔理沙は何を言うべきなのか、どういう事態に陥っているのかが分からず、混乱しつつ沈黙。
 息が整う。
 事態を飲み込む。

「昼間っから何やってんのよあんたたちはぁーーーーーーーーーッッッ!!」
「……冒涜行為」
「何でもない、何でもないのよっ!!」
「アリスはともかく、なんでパチェまで―――っ!?」

 沈黙、終了。
 四者四様、同時に言葉を発する。
 そうして四人はそれぞれ顔を見合わせる。
 発言が重なった事でまた少し混乱しているらしい。
 そしていち早く混乱が収まったのだろう、口を開くアリス。
「……取り敢えず、現行犯だから言い訳はしないでね」
「……覗いてた事の是非についてはこっちも悪いワケだから何も言わないけど――魔理沙」
 横目で睨まれながら名前を呼ばれ、魔理沙は思わず身体を竦ませる。
「えぇっと、その〜……怒ってる――よな、やっぱり……」
 さっき霊夢を押し倒した積極さは何処へやら。
 魔理沙はおずおずと霊夢の顔色を窺っている。
 霊夢はというと、怒っているというよりは不機嫌というか、拗ねているような感じが見受けられる。
「取り敢えず貴女達の諍いは後回しにして、こっちの話を先にさせてくれない?」
 と、ここで乱入しての一言から先、一度も口を挟まなかったパチュリーが口を開いた。
 ちなみに口調と表情そのものは落ち着いているものの、こめかみの筋をピクピクと震わせていて、中身と外が逆になっていたりする。
 それに対し、霊夢はどうぞ、とジェスチャーで対応。
 同時に霊夢は魔理沙にアイコンタクトで同意を求め、求められた魔理沙は一瞬視線を彷徨わせた後に頷き、同意の意を示す。
「……訊きたい事は色々あるけど、まずは貴女達の関係をハッキリさせとこうかしら」
「ええ、そうね。どっちでもいいけど、出来れば魔理沙に答えて欲しいところね」
 そう言って、アリスはギヌロ、という擬音が似合いそうな視線を魔理沙に飛ばす。
 割と堂々としている霊夢に対し、居心地が悪いとかピリピリとした雰囲気とかで魔理沙はびくびくと怯え気味。
 そんな状態の魔理沙がそんな視線に晒されては、とてもではないが拒否も反論も出来はしない。
 魔理沙はどう言うべきか少しだけ悩み、口を開いた。
「何と言うかだな、その、二人の考えてる通りの関係でいい、と、思う、ぜ?」
 びくびくとしながらそう答えた後、魔理沙はちらりと不安そうな瞳で霊夢を見やる。
 霊夢はまだまだ不機嫌真っ最中らしく、ぷいっと顔を背けて拒否。
 その反応に魔理沙は内心でがっかりしたものの、表にはとても出せなかった。
 何故なら――
 目の前の魔法使い二人から、とんでもなくおっかない眼で睨まれているからである。
 ここでどういうものにせよ、反応をした時点で目の前の二人にスイッチが入りかねない。
 当然その怒気は真横の霊夢も感じ取っていて、一瞬にして不機嫌さは怒りへと昇華されてしまったらしい。
 しかも矛先は魔理沙である。
 どうやら二人の怒気から自分同様に魔理沙を好いていて、何かしら原因を作ったのが魔理沙であると看破したようだ。
 結果、魔理沙は二進も三進もいかなくなってしまった。
 そして数分。
「ねぇ、魔理沙」
 暫くこの状態が続くかと思われた矢先、アリスが口を開いた。
 しかもとんでもない猫なで声。
 相変わらずの怒気と相まって不気味この上ない。
「なな、な、なんだ、あアリス」
 既に先の読めないこの修羅場。
 魔理沙は何を訊かれるのかと相当にびくびくしている。
「この間の実験、覚えてるでしょ? 合成魔法の」
「あ、ああ。勿論お覚えてる、ぜ」
 猫なで声にびくびく声。
 傍から見ると割と魔理沙が可哀相に見えるが、如何せん周囲には怒気を撒き散らす巫女と不健康魔女の二人しかいない。
 しかも完全に魔理沙の自業自得。
 助けは何処にも無かった。
「帰る時にしたキスの意味、勿論分かってるわよね?」
 瞬間、巫女と不健康魔女の怒気が更に膨れ上がった。
 それを感じ取り、魔理沙はますます萎縮する。
 そして萎縮している魔理沙では質問を投げかけている七色人形莫迦にもとても逆らえなかった。
 答えればどうなるか知りつつ、魔理沙はコクリと頷いた。
「じゃあ、何で――」
 アリスはゆっくりと魔理沙の胸倉を掴む。
 そして――

「霊夢とあんな事になっちゃってんのよこの馬鹿ぁっ!!」

 爆発。
 この日、パチュリーに会ってから今この瞬間まで溜まっていた不機嫌さとか怒気を開放するかのように、アリスは思いっきり叫んだ。
 魔理沙の目の前である事にもお構いなしに。
 至近距離で浴びせられた魔理沙の耳はあまりの音量にキーンと鳴るが、とても構っていられない。
 何をどう言えばいいのか分からず、魔理沙はただ俯いて視線を彷徨わせるしかなかった。
 ――まぁ、ここで良好な関係の方が魔理沙にとっては都合がいいから、なんて言えやしないのだから仕方ないのだが。
 そしてこの状態のままさらに数分が経過。
 割り込もうと口を開くのは、パチュリー。
「……ちょっといい? 私からも訊きたい事があるの。まぁ、魔理沙の答えるべき解答は一緒かもしれないから、一緒に質問させて貰うわね」
 アリスは邪魔が入った事で少しだけ冷静さを取り戻したのか、魔理沙を開放した。
 それを見届け、パチュリーは口を開く。
「さっき合成魔法って言ったけど、それは取り敢えず置いておくわ。訊きたい事は、その時使った筈の合成魔法書を私から借りる時、私に言ったわよね」
 ここで一旦言葉を区切り、パチュリーは魔理沙を逃がすまいとするかのようにずいと身を乗り出し、肩に手を置いて瞳を覗き込む。
 パチュリーの瞳は相変わらず半眼で、どうにも感情を読み取りにくい。
 が、その瞳の奥には爛々と燃え盛る怒りの炎が見え隠れしていてゾクリとくる怖さがある。
「あそこと私がとても大切だって、言ったわよね? あんな事言っておいて、さっきの状況はどういう事なの?」
 そして膨れ上がる巫女と七色人形莫迦の怒気。
 しかも霊夢の怒気は溜まりに溜まっていて、とてつもなく危険である。
 たとえ一言でも着火剤になる要素があれば、一瞬にして燃え上がるだろう。
 ――いや、ある意味でもう遅かったかもしれない。
 霊夢の耳には確かに聞こえていた。
 自分の頭から響く、”プッツン”という音が。
 魔理沙はやはり答える事が出来ず、その態度が爆発の最後の一押しとなった。
 霊夢は無言で魔理沙の肩をトントンと叩く。
 もう既に混乱の極みに居る魔理沙はてっきり霊夢が助けてくれるのかと思ったらしく、瞳をパアァ、と輝かせて横に顔を向けた――
「れ、霊夢、助け――ヒィッ」
 瞬間、凍りついた。
「ねぇ魔理沙。確か、あんたは私が好きなのよね?」
 声は非常に静かなのだが発せられている威圧感が凄まじく、魔理沙はフリーズから解けない。
 しかし本能からくる防衛反応なのか、首だけをコクコクと縦に必死に振っている。
「じゃあ、なんで私以外の子にも目を向けてるのよ。私に何か不満があるって事?」
 ずい、と。
 霊夢は更に顔を寄せる。
 怒りと威圧感の混同した笑みを張り付かせながら。
「「答えて、魔理沙」」
 追い討ちをかけるかのようにして、魔法使い二人も同じ顔でずい、と迫る。
「ア、ハ、ハハハ、ハ、ハハ……」
 堪らず、魔理沙は乾いた笑いを零しながらずりずりと後ずさる。
 迫る三人は同時に、同じだけ追いかける。
 そして後ずさり、追いかけて、後ずさり、追いかけて――数度繰り返し、魔理沙はついに壁へと追い詰められた。
 真ん中に霊夢、右にアリス、左にパチュリー。
 三人は追い詰めた魔法使いに三方向から顔を近づけ、精神的にも完全に追い詰める。
 逃れようとしても、背中に当たる壁の冷たい感触に逃げられないという現実を突きつけられてしまう。
 そうして――

「ク、クケェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!」

 魔理沙は違う意味でプッツン逝ってしまった。
「うわっ」
「ひっ!?」
「っ―――!?」
 突然の豹変に、追い詰めていた三人は驚いて身体を離した。
 そして自由になった魔理沙は勢い良く立ち上がり、三人を見下ろす。
 ――何処か、狂気を感じさせる瞳を伴って。
 その瞳に見つめられた所為か、それとも突然の豹変に驚いたコトがまだ効いているのか――分からないが、三人は呆然とした顔で魔理沙の顔を見上げている。
「ああそうか、そういう事か、三人とも」
 そんなよく分からない事を言って、魔理沙は中腰になって三人に顔を寄せる。
 立場は逆転。
 相変わらずの逝った瞳を近づけられ、今度は三人が戸惑いと僅かの恐怖に顔を染める。
 構わず、魔理沙は言葉を続ける。
「アリスとパチェはさっきの霊夢とのコトが許せない、そして霊夢は邪魔された事が気に食わない。そういうコトだろ?」
 その声には、確信めいたモノが感じられる。
 事実――突き詰めれば、この三人の激情はそこに帰結する。
 故に三人は否定出来ない。
 否定出来ないなら肯定しかないワケで。
 人数の差があるせいか、先ほどの魔理沙のように答えられないなんて事もなく、三人はコクリと顔を縦に下ろした。
 ただ、三人とも立場が逆転した時点で精一杯だったのか、魔理沙の息遣いが豹変時からどうにもおかしい事に気づいていなかった。
「ハァー、ハァー……なら、全員で」
 荒い息遣いを隠さず、魔理沙はそう言いながら両膝を床につけ、ずりずりと這い寄って更に三人に迫る。
 そうして三人が逃げないのを確認すると、続きを口にした。

「 や ら な い か 」

 ピキンッ――

 硬直。
 三人はあまりにも凄まじい提案に固まりつつ絶句。
 魔理沙はそれを肯定と受け取ったのか、両側のアリスとパチュリーの外側の肩に腕を回し、纏めてギュッと抱き締める。
 これがきっかけになったのか、三人は再起動。

「……寝言は寝て言うべきよ、魔理沙」
「……魔理沙の覚悟はしかと受け取ったわ」
「――ま、これに懲りて少しは改める事ね」

 直後に怒りでオーバーロード。
 三人のこめかみにぴきぴきと幾本もの青筋が浮かび上がる。

「「「ふざけてんじゃなぁーーーーーーーーーーーーーーーーーいッッッ!!」」」

「咒詛『蓬莱人形』!!」
「――日符『ロイヤルフレア』」
「宝具『陰陽鬼神玉』!!」

 三人はそれぞれカードを取り出し、最強のスペルを宣言。
 そして発動。

「っ―――――!!」

 魔理沙は何やら声にならない悲鳴を上げながら、開かれた縁側を抜けて空へと消え去った。
 後に残った三人はそれぞれ肩で息をしながら、未だ収まらない怒りで顔を真っ赤にしている。
 そしてその怒りを最もぶつけるべき相手にぶつければ、次に向かう矛先は当然――

「じゃ、ここらで白黒はっきりつけましょうか」
「ええ、望むところよ」
「いいわよ、相手になってやろうじゃないっ」

 お互いに決まっている。

 この日、博麗神社付近にて終わらない最凶の弾幕ごっこが繰り広げられた、ととある天狗新聞に載ってたとかどうとか。
 ただ、何処かへと消え去った白黒の魔法使いがどうなったかは誰にも知られていなかった。

-FIN-
質問 プレイボーイ魔理沙
よかったふつういまいち

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