―濁茶―
その日珍しい事に紅魔館に小包が届いた。
其の中には、発砲出来ないよう改造された古ぼけた一丁の拳銃。
それとメーカー名もわからない程度の矢張古ぼけた煙草が一箱。
小包に差出人の記述は無く―――
―――俺たちへ
そうただ一言記されていた。
夕焼けが館を紅に染めあげる頃。
門の前で落ち葉を掃いていた、役に立たない門番として評判の紅 美鈴は、視界の隅、屋根の上でかすかに細く揺れる白い糸状の何かを見た。
不穏な妖気こそ感じられなかったが、門番としての勤めかそれともただの好奇心か足は自然とそちらに向かう。
もちろん掃除が後回しになっていることについて本人にその自覚は無い。
「あれ?咲夜さん煙草吸うんでしたっけ?」
美鈴が屋上に着地するとそこには瀟洒なメイドこと十六夜 咲夜が夕陽の中、屋上の端に腰掛、紫煙を燻らせていた。
「今はもう吸わないけどね、昔は随分ヘヴィスモーカーだったの」
「そうだったんですか、ちょっと意外ですね」
そういうと美鈴は咲夜の横に並ぶように腰を下ろす。
「あると便利だったしね」
「便…利……なのですか?」
判らないと首をかしげる、美鈴の中で煙草が便利という言葉と噛みあわないようだ。
「そうよ水に溶いて体に塗ると毒虫に刺されないし、蛭を剥がすのにも使えるわ」
美鈴は、あー…と困り顔で一応の理解を示す。
―――そういえば紅魔館に来る前はそういう環境に居たって聞いたことがあるなあ、と。
美鈴は思い出していた、もっともソレ以上の話は聞かされてはいなかったが。
「それよりも美鈴、貴女はここで何をしているの?」
「えーっと、煙らしきものが見えたので何かなー…と」
「見えた…って何処から?」
軽く驚いて咲夜が聞き返す。
咲夜は美鈴が指し示した先に視線を泳がせ言った。
「結構距離あるわよ、良く見えたわね…って貴女妖怪だったっけか」
「何をいまさらっ!?私が妖怪以外だったら何なのですか!?」
わたわたとしてる美鈴をゆっくり眺めてから
「んー、駄メイド?」
満面の笑みで言い放つ。
「酷っ!!」
思わず涙目になりながらも必死に抗議する。
「咲夜さんは鬼です!人否人です!外道!このメイド長ー!」
ぽかぽかとじゃれつくように殴りかかる美鈴を押し止めてると笑みが自然に出て来る。
「あはは、冗談、冗談だってば…って最後のは抗議になってるの?」
「あれ?」
数秒真摯な顔で見つめあい、やがてどちらからでも吹き出す。
そのまましばらく夕陽のなかで二人、声を立て笑っていた。
冷たい風が夕焼けも終わりが近いことを知らせるかの様に吹くころには、何処かから届いた煙草の本数も残り僅かになっていた。
お互い何も言わず、咲夜は煙を風に乗せ、美鈴は髪を風に遊ばせるままにしている。
「あの、咲夜さん」
「ん?」
互いの視線は夕陽に向けられたまま、問う声だけが風を渡る。
「私…お邪魔でしたでしょうか?」
「どうしたの?急に」
直接に否定せず問いに問いを重ねる。
「少し…哀しそうに見えましたから…」
「何時から?」
「その………最初から」
咲夜は深く肺の奥まで吸うと同じだけの時間をかけゆっくりと煙を吹く。
「そっか、いつもどうりにしてたつもりだったんだけど、未熟だね私も」
そう、自嘲めいて呟き、勤めて感情を込めずに続ける。
「うん邪魔だった」
美鈴から顔を逸らす。
「美鈴に居られると…泣けないだろう?」
不意に。
頭が軟らかくて暖かい何かに包まれた。
「美鈴?」
「はい、これで咲夜さんがどんな顔してるか私からは見えません」
「………こんな時は…黙って立ち去るのが大人の女の嗜みよ?」
「それなら私、大人の女性で無くていいです」
「…」
「…」
「馬鹿…」
「はい、私馬鹿です。知りませんでしたか?」
そう言って軟らかく笑う、その表情がたとえ相手に見えなくとも。
頭をそっと撫でられる感触のくすぐったさと、その手のぬくもりに押されるようかのように言葉は誰に聞かせるでもなく紡がれていく。
「『俺たち』は馬鹿な奴らの集まりだった」
「はい」
「喧嘩っ早くて、品も無く、嘘も平気でついた」
「はい」
「果たせなくなった約束なんてそれこそ山の様にあった」
「はい」
「でも…いい奴らだったんだよ」
「はい」
「いい奴らだったんだ………」
「はい」
「明日も知れない時代のなかで『俺たち』は力強く笑っていた」
「はい」
紡がれる言葉は瞬きだした星の下、柔らかな思いに包まれ風に乗り大気に溶けて流れてゆく。
それは昼と夜の間、遥か昔に棚引いた一時の煙のように。
陽が落ちた紅魔館の廊下をメイド長と門番が歩いていく。
「ねぇ咲夜さん、弾の出ない鉄砲ってどんな意味があると思います?」
「…私には悪い意味しか思いつかないけど」
「私はね『救い』なんじゃないかと思うんですよ。ねぇ咲夜さん」
―終―
お茶を濁す…茶道の作法をよく知らない者が程よく茶を濁らせて、それらしい抹茶に見えるよう取り繕うことから生まれた言葉。
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