廃止路線108キロ
「9月末までに国に廃止届けを提出する」
9月1日、JR西日本は、島根県と広島県にある6つの自治体の市長や町長を前に、JR三江線の全線廃止を正式に表明しました。本州で100キロメートルを超える路線が全線で廃止されるのは初めてのケースです。
JR三江線は広島県北部の三次駅と島根県西部の江津駅を結ぶ全長108キロのローカル線です。江の川に沿って中国山地の山あいを走る沿線は豊かな自然に恵まれ、中でも、島根県邑南町にある宇都井駅は地上から20メートルの高架橋にあることから「天空の駅」とも呼ばれて鉄道ファンからも人気を集めていました。
しかし、全線開通が昭和50年と比較的遅く、当初から沿線人口の減少とマイカー利用の増加による利用客の減少に直面しました。1キロ当たり1日に平均何人の利用者を輸送しているかという指標の「輸送密度」は平成26年度は50人と、およそ30年前の9分の1に落ち込み、赤字路線となっています。現行のダイヤでは、江津駅を出発する列車の本数は1日5本。高校生の多くは通学に三江線ではなく、自治体が運営するバスを利用しているのが現状です。さらに、三江線は大雨による土砂崩れなどにより、この10年間に2回、長期間の運休を強いられてきました。
JR西日本では、廃止の大きな理由として、利用者の減少に歯止めがかかっていないことに加えて、災害の危険性が高まっていることを挙げています。
懸念される地域への影響
三江線の全線廃止に対して、利用者からは「病院に通うため使っていたので本当に困る」とか、「子どものときからなじんでいたので悲しい」といった声が出ています。
島根県美郷町の吉迫勝子さん(81)はこの10年、三江線を使って診察のため隣町の病院に通ってきました。12年前に夫を亡くし、運転免許証を持たないヨシ迫さんは「三江線はなくてはならないもの。どうしようかと思っています」と肩を落としていました。
観光への影響を懸念する声もあります。石見川本駅で乗客を迎え、観光案内を続けてきた島根県川本町の有田恭二さん(63)。三江線で地域を盛り上げようと、8月もイベントを開催し、広島市などから観光客が集まりました。有田さんは「鉄道は全国とつながっているからこそ人が訪れていた。駅は町のにぎわいの証しだった。なくなるのは悔しい」と話しています。
沿線の自治体では今、バスの運行を軸に代わりの交通手段の検討を進めています。JR西日本が三江線の廃止のメドとしている来年9月まで残り1年しかありません。利用者が使いやすいルートをどう設定し、誰が運行の主体となるのか、難しい課題です。
JR北海道の“危機感”
一方、JR北海道は、ことし7月、赤字ローカル線が経営の重荷になっているとして、「JR単独では維持できない路線」をこの秋にも公表する方針を表明しました。対象路線を公表したうえで、JRは、路線を廃止してバスなどほかの交通機関に代替できるかどうかや、路線を維持する場合でも、運賃の値上げのほか自治体などが駅舎や線路などの施設を保有し、JRは運行だけに専念する「上下分離方式」の導入などについて、地元の自治体と協議していきたいとしています。
背景にあるのは、JR北海道の極めて厳しい「懐事情」です。北海道では地方の人口減少が加速し、赤字ローカル線の利用は減少の一途をたどっています。また、JR北海道はレールの検査データ改ざんなど一連の不祥事を受けて安全対策の見直しを迫られ、老朽化した設備の修繕費や安全投資が増加しています。
歴史的な低金利もあって、JR発足当時に設けられた「経営安定基金」の運用益では鉄道事業の赤字はまかなえず、このままでは、年間180億円規模の経常赤字が構造的に続くと見られています。
JR北海道の島田修社長は「問題を先送りすれば、資金繰り破綻が避けられない」と強い表現で危機感を表し、事業の抜本的な見直しの必要性を訴えています。そのために、路線の大幅な見直しが必要というわけです。
4分の3がかつての廃線基準
「単独では維持できない路線」を、どう線引きするのか。JRが重視しているのが「輸送密度」です。国鉄時代に赤字ローカル線を大幅に見直した際にも基準になりました。国鉄時代、廃線かどうかの大きな境目となったのは、輸送密度4000人でした。北海道は今やその4000人未満という路線が全体の4分の3を占めています。輸送密度500人未満という極めて利用が少ない路線も、全体の4分の1に上ります。
JRは、今回、500人未満の路線は輸送効率が非常に悪く、バスよりも5倍以上コストがかかるとする試算も公表していて、見直しの対象となる可能性が極めて高いとみられます。
夕張市は「廃止要請」
鉄道を維持するなら、相応の負担もして欲しい…
JRの方針は、人口減少が進み、財政事情も厳しい地方の自治体にとって、簡単に受け入れられるものではありません。今、北海道では、ローカル線の沿線自治体のトップらが相次いでJRや北海道庁を訪れ、現状の路線の維持を要望しています。「通学に欠かせない路線が廃止されてしまえば、若者の都市部への流出が加速する」「高齢者の通院に支障が出る」ー。地域の訴えもまた、切実です。
一方で、自治体の中には異例の選択をするところも出ています。10年前に財政破綻した夕張市です。8月8日、市内を走るJR石勝線の夕張と新夕張の区間について、JRに対して「廃止を要請」したのです。炭鉱の閉山後、鉄道の利用者が極端に減る一方、古いものでは大正時代に作られたトンネルや橋など施設の老朽化が進むなか、鉄道の維持は現実的ではないと判断。率先して廃止を受け入れる代わりに、バスの発着拠点の建設計画への人の派遣など、地域交通の再整備に協力を引き出そうと言うのです。
JR側は、8月17日、市の提案を全面的に受け入れて、夕張と新夕張の区間を廃止とすることを市に伝えました。夕張市の鈴木直道市長は「ほかの沿線地域の議論のきっかけになれば」と話しています。
台風襲来で、さらに深刻に
JR北海道が赤字路線の見直しに本腰を入れようとした矢先、さらに重い課題がのしかかりました。8月以降、相次いで北海道を襲った台風による大雨で、道内の至るところで線路が流されるなどし、鉄道網が寸断されたのです。主要都市を結ぶ特急の中にも運休が続く区間があり、復旧には、多大な時間と費用がかかる見通しです。
JRは「路線網の見直しよりも、災害復旧をまず優先させる」として、北海道などに支援を求めています。
公共交通機関をどう維持するか
JR北海道は平成26年にも江差線の一部を廃止していますし、JR東日本でも岩手県内を走る岩泉線を廃止しました。
公共交通政策に詳しい名古屋大学大学院の加藤博和准教授は「JRはもともと国鉄だったこともあって、黒字の路線があれば、赤字路線をなるべく廃止しない姿勢だったが、最近は、かなり黒字だったところも儲からなくなってきている。黒字路線による埋め合わせで、維持してきた赤字ローカル線も少しずつ維持が困難になっている。やむをえないことでもあり、これからは地域で、公共交通機関をどう維持していくか、本格的に考える時期になった」と話しています。
国鉄の分割民営化から来年春で30年。JRだけでなく、国や自治体、そして、利用者がどのように議論を深めて持続可能な地域交通の在り方を模索できるのか。その行方に各地から視線が注がれています。
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