2016年現在にアラサーとして生きる女たちがハマり、多大な影響を受けた漫画といえばセーラームーン。セーラームーングッズが量産されるたびに「あっうちらの財布ターゲティングされてる☆」って思う。まあ実際、六本木でやっていたセーラームーン展は最高でした。私が書籍で作った妖怪恋愛☆退散のお札はレイちゃんの悪霊退散がモチーフだし、ウラヌスとネプチューンの変身シーンは10000000000回見ても飽きません。つけまつげ全種類コンプリートしたけどまだ使ってない。
しかし、アラサー女子たちの恋愛観に多大なる影響を与えたのは、セーラームーンというよりもむしろ『彼氏彼女の事情』と『フルーツバスケット』だったと思う。
『花とゆめ』といえば中高生時代に読み、大学生になって読まなくなった漫画雑誌の筆頭で、社会人になりたてのころは「あったよねーハマってたwwww」と大過去の話扱いにしていたところ、アラサーで「今またフルバとカレカノを読み直してる。これ、私と彼のことだと思う」と共感する女子が続出。
しかもこういうことを言いだすのが決まって「つらい恋愛に苦しみ悩んでいる子」。具体的に言えばコンサル男を筆頭としたモラハラ男の彼女勢&セフレ・セカンドに甘んじている女子たちです。
なぜつらい恋愛にはまっている彼女たちが「カレカノ」の雪野と「フルバ」の透に自己投影して「これは私たちの物語」と言い出すのか?今回はつらみ恋愛にハマるアラサー女子の「カレカノ・フルバ現象」について考察します。
カレカノとフルバの共通項
なぜアラサー女子はこの2作品に自己を投影するのでしょうか。まずは両作品の共通点を見てみましょう。
- 女子(主人公)が「いい子・優等生」
- 男子(恋の相手)がみんなの人気者
- でも男子は「過去のトラウマ」を抱え、心の闇を持っている
- 男子、トラウマが爆発した時、女子を傷つけて避ける
- 女子、そんな男子を偉大なる母性で受け入れる
- 男子、トラウマが癒されて、女子に愛を誓う
といった構図です。似た構図では小花美穂『こどものおもちゃ』もそうですが、「こどちゃ」は主人公の紗南が特殊な成育環境&トラウマ&小学生ながらバリバリ仕事もこなす「普通ではない子」感があるため、より「普通のいい子」であるカレカノ&フルバの方が感情移入しやすいのだと思われます。
こどものおもちゃ 1 (りぼんマスコットコミックスDIGITAL)
- 作者: 小花美穂
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2013/05/14
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すっごく雑にまとめると、この作品たちは「普通の女の子が、圧倒的な包容力をもって、トラウマや影のある特別な男を癒して女神になる」話です。
いやな予感がしたそこのあなた、正解です。
「自分を傷つけてくる男を自分の愛で癒し、彼のオンリーワンの女神になる」、これはモラハラ男やセカンドポジションで苦しめられている女子たちが、心の底から望むハッピーエンド。つらい現状を肯定して、甘い夢を見させてくれるモルヒネです。
彼はトラウマがあるから傷つけていると思いたい
彼女たちが雪野と透にまずシンクロする根本的な理由はとてもシンプルで「恋愛で傷ついている」から。
モラハラ男の彼女たちは自分をないがしろにして尊厳を貶める発言に苦しみ、セフレ・セカンドポジションにいる子たちは、自分以外の女にも手を出して自分が一番になれないことに苦しんでいる。
しかし、雪野と透の場合、「恋愛相手に深刻なトラウマがあるため、彼女に心を開かずに傷つけている」という原因が提示されています。そうするとつらみ恋愛に悩む子たちは、「相手が自分を傷つけているのは、相手もまたトラウマや過去に苦しんでいるからだ」というストーリーを見いだします。
「彼、親に愛されなくてとてもさびしかったんだって。だから1人と関係を築くのが怖いって言ってた」
「彼の家は、とても貧乏で苦しかったらしいのね。で、彼も周りに差別されていて、だから自分は勉強して出世して成り上がってやる、て気持ちが強かったらしい。だから、他人に優しくすることが難しいんだと思う」
「彼は昔、ものすごく好きだった彼女に浮気されて、自分の部屋で彼女が他の男としているところを見てしまったんだって。それ以来、女というものがまったく信用できなくなって、彼女を作れなくなったって言ってた」
このような話はほんとーーーーによく聞きます。相手の発言や生い立ちからトラウマらしい理由を探し出して女サイドがクリエイティビティを発揮してトラウマ創造する場合もあれば、彼サイドから「俺、こういうトラウマがあるんだ」と開示される場合もあります。
男がトラウマを語る理由、女がトラウマを信じる理由
本当にトラウマがある男性はもちろんいます。その人たちの心の傷についてコメントするつもりはないですが、「トラウマを語ることで彼女を作らずにセフレをキープする」という「トラウマ悪用勢」がいるのも事実。
自分のトラウマを語る系ヤリチン=「トラウマ吟遊詩人」は、自分のトラウマ恋愛を語ることで「だから彼女をつくらないんだ」と理由を提示しつつ「でもトラウマが癒されたら君とつきあうかもね」という夢と希望を与えて、自分を好きになる女たちを生かさず殺さずキープします。でも彼らは別にトラウマを癒してほしいだなんて思っておらず、「彼女を作らないかっこうの言い訳」としてトラウマを利用しています。
一方、女性たちは、自分のつらい現状を肯定するためにトラウマ物語を信仰します。「トラウマがあるならしょうがない」
「つらい理由があるならしょうがない」
相手が自分の望みを満たしてくれずに傷つけてくる理由はトラウマだからだ、と彼女たちは信じたい。さらにトラウマ物語が都合がいいのは、「トラウマやつらい理由がなくなったら私は彼の本命になれるかも」「彼が私を大事にしてくれるかも」という希望を与えてくれる点です。
実際、モラハラ男やセカンドポジションにいる子たちの多くは「彼が変わってくれるかも」「私ががんばれば、あの人が変わるかも」という期待を胸に、日々、JP(自尊心ポイント)をゴリッゴリにけずりながら、自分を傷つけてくる男と一緒にいようとします。
もうこの時点で「トラウマを抱える男に恋して傷つく女」たちは、カレカノとフルバにどっぷーり感情移入。
男の傷を癒して女神になるハッピーエンド
しかし、カレカノとフルバは、ただの感情移入コンテンツではありません。カレカノとフルバはバイブルでもある。
なぜなら「トラウマを癒した女が、相手にとって唯一無二の女神となる」究極のハッピーエンドを見せてくれるから。
両作品のヒロインズは「相手のすべてを受けとめるグレートマザーぶり」を見せつけて、トラウマを抱える男の心を癒します。
このハッピーストーリーに希望を見出した女子たちは、こんなことを言い出します。
「彼のすべてを受けとめたいと思う、彼が前を向くまで支えたい」
「彼は弱くて繊細な人なの。だから、自分にも周りにも厳しくなってしまう。でも、私は彼のそういう美しい弱さをわかっている。だから、寄り添いたい」
「彼みたいな人と一緒にいられるのは私だけだよ。他の女たちじゃ勤まらない」
どんなに自分がないがしろにされようとも、日々傷ついて不安になっても、その不安を泣き笑いで押し隠し、相手のすべてを受けとめようとしてガマンにガマンを重ねるのは、こうやって受けとめていればいつか彼が自分の大切さに気づいて大事にしてくれるという、ハッピーエンドを夢見ているから。
だから彼女たちは、どんなにつらい状態でも撤退しようとしません。そこで撤退してしまったら、雪野や透のような「癒しの女神」になれないから。だから引けない。どんなにつらくても周りが「やめなよそんな男!」とシュプレヒコールをあげても、「このつらさを乗り越えてこそ幸せになれる」「これが本当の愛」と言って引きません。
さらに、古生代からのモテテク「男は怖くない女が好き」「自分を受け入れてくれる女が好き」「重くない女が最後には選ばれる」もまた、彼女たちの「地母神のようにすべてを受けとめれば彼の女神になれる」信仰に拍車をかけます。
「自分は美人でもないし、頭だってそれほどいいわけじゃない。だから、他の女たちと差別化ができない。だから、グレートマザーになってすべてを受けとめて、彼のオンリーワンになるの」と言い、血みどろになりながら立ち続けようとします。
丈夫なサンドバッグは女神にはなれない
しかし、現実は物語のようにはうまくいきません。カレカノやフルバのように「男が癒されて圧倒的感謝とともに女神にコミット」という話はほとんど聞いたことがありません。
なぜなら彼女たちがハマるモラハラ男やヤリチンの多くは「女=代替可能な消耗品」と思っており、ただ耐久性が高いだけの女子は「より多く殴れるだけの丈夫なサンドバッグ」でしかないからです。
突然「このサンドバッグだけが俺を受けとめてくれた……!女神……!」と改心するわけがない。サンドバッグ is サンドバッグ。現実は残酷です。
カレカノ・フルバの夢を信じていた女子の多くは、モラハラやつらみに耐えかねて爆発小町するか、心身にダメージを食らいすぎて入院するか、周りが避難勧告を出して強制退場するか、の3択になります。たまーーーに女神転生できる人もいますが、その後ろには幾千の屍が積みあがっています。
結論。癒しの女神コースは血の池地獄
「カレカノ」も「フルバ」も、高校時代に読んだ少女漫画トップ10に入るぐらいの名作だと思います。私は親由来のトラウマを抱えていたため、むしろ雪野や透よりは有馬やキョンに感情移入して読んでいましたが、どちらにせよ心を掻き立てられる作品でした。
しかし、名作というものは人に良くも悪くも影響を与えるもので、ことアラサーで「雪野と透の女神ぶり」に自己投影すると、地獄を見ることになります。
誰かの特別な存在、オンリーワンになりたいという気持ちは誰しも持っているものですが、それを「相手の傷を癒す」ことで実現しようとすると、とんでもない痛みを引き受けることになります。
昔に教会で「人を救うということは並大抵のことではない。だからキリストが特別なのだ」と言われましたがまー本当そのとおりだよねシスターって思う。自分が痛めつけられている状態で、他者の痛みをさらに引き受けることなど、一般ホモ・サピエンスが気軽にできることじゃない。人が人を救い癒すことがあまりにも難しいから、人類は宗教を発明したのだと思います。
「自分のすべてを受けとめて癒してほしい」、これはほぼすべての人たちが持っている願いでしょう。しかし周りを見れば、誰もが「受けとめてー受けとめてー」と求めるばかりで、供給が需要にまったく追いついていません。
それぐらい、相手のすべてを受けとめて癒すことは困難で希少で運まかせであり、だからこそ地母神や女神、聖母マリアが信仰されるのでしょう。
その点、カレカノとフルバというふたつの名作は、女子たちに「男のトラウマや傷を癒してオンリーワンになるハッピーエンド」というロールモデルを提示してしまったことで、多くの恋愛死屍累々☆を生みだしてしまったといえます。本当はそんなこと、簡単にできることじゃないのにね。
女神になるためには「圧倒的な痛みに耐えるための痛覚麻痺」が必要になるので、女たちは「希望モルヒネ」「ロマン鎮痛剤」を打って、激痛に耐えながら男に寄り添おうとするんだけど、結局ほとんどの子たちは普通の人間だから、激痛に耐えられなくなって破たんするわけです。
なので、私は筆圧高く叫びたい。
つらみ恋愛で「癒しの女神コース」に向かうことは、ウルトラハードモード!
なみたいていの覚悟がなければ行ってはいけない地獄ロード!
ロマン鎮痛剤を打ち続けると痛覚死亡!
痛覚死亡によりサンドバッグ化進行!
みなさん、自分を痛めつける男とは距離を置きましょう。幸せと痛みは等価交換できるものではないよ。癒されたい男や、「男はすべてを受けとめてくれる女が好き」とか言ってくるモテテクおじさんは、重石をつけてルルドの泉に沈めましょ☆
ほぼ書き下ろしの書籍が出ます
トラウマ語りをして女を引き寄せる「トラウマ吟遊詩人」、恋心を搾取してつきあわない「恋心の搾取地主」、「コンサル男」「自称ロジカル男」など、多種多様な「女を病ませ、ロマン搾取する男」たちの事例を書いています♡