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犬次郎=太ちゃ○

 投稿者:元さち村の村民  投稿日:2016年 9月12日(月)11時59分54秒
  犬次郎よこんな処に寄生していたのか(*´д`*)

ユリ子さんへの謝罪は終わってないぞ!


健気な女子部のブログより
http://s.ameblo.jp/1985-yuri/entry-11896381607.html



 

カンピース様

 投稿者:宝冠  投稿日:2016年 9月12日(月)11時26分31秒
編集済
  なるほど口止め料ですか?

そう考えると教学部 3人中2人は粛清
1人だけ残り、大抜擢
東大卒、師匠は池田先生と絶対言わない不思議な森中さんが浮かびます

師匠を裏切り、同志を裏切り、自身の出世の為、魂も売っていく
そんな人ばかりが幹部では学会は終わります

原田会長の周りはそんな人ばかりになっているのでは?
そんな人でなければ、生き残れなくなっているのでしょうか?

1人も残らず幸福に
これが池田先生始め代々会長の精神
その精神を無くした人がリーダーになると、どうなってしまうのか?
まざまざと見せつけられています
そして、東大卒はダメだ
結局、自己中
自分さえ良ければいいという考えから抜け出せない

やはり5年任期、再選なしは大事です
長くやると会長たりといえどもわがままになる
結果、こうなる

多選は廃止するべきです

真実様
同意ありがとうございます

根拠があって、3年前の写真ではないか?と推測しています

おそらく、真実様も同じ理由でしょう
あえて黙っています



 

「法匪」の言に速攻で反応(笑)

 投稿者:佐武 誠  投稿日:2016年 9月12日(月)11時17分13秒
編集済
  信濃町の人びと様

こんにちわ。レスありがとうございます。

>男子部最高幹部とバックにいる葬儀社一味とは
ズバリ、竹岡父と北林、法匪八尋のことですw


↑信濃町の人びとさんが、あまりにもズバリ指摘するものだから、
今日の「日記」で早速反応してますな。可愛げはありますな(苦笑)

 

一人のSGIさんへ

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年 9月12日(月)10時09分5秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/56093

このURLをクリックしてみてください。
コメントの下部に【この記事を編集する】のボタンがありませんか?
あればそのボタンをクリックすることで修正することができますよ。

ちなみに、コメントのタイトル部分をクリックすることで、そのコメントひとつのみを表示する掲示板のシステムになっています。
その画面で【この記事を編集する】のボタンがあればクリックして修正できます。

もし無い場合には、URLのみで順番の一覧にしたコメントを新たにされればいいのではないでしょうか。
管理人さんはコメントを削除できても、文面の編集はコメント本人でないとできないんじゃないかとf^^;

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

師弟不二アーアイブより 【問答無用 対話なき処分】 【21】【22】

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年 9月12日(月)09時58分12秒
  陽光様の問答無用 対話なき処分をお送りしています。
(シリーズの21、22を抜粋)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

◆問答無用 対話なき処分 21


学会を何としても本来の清浄な組織にしなければならない。仏法を正しく広めるのは、仏意仏勅の大聖人のご遺言なのだ。そのために三代の会長がこの世に現れたのだ。

戸田先生が言われた「敵は内部だよ」との言葉が今はよく理解できる。

これは三類の強敵の中、僭聖増上慢が権力を持って現れたのである。そして、池田先生はすべてを弟子に託された。

先生は膨大な指導を残されている。それを私達は忠実に実行して行けばいいのだ。今現在、私は健康で生きている。そして、遠離塔寺の難の処分を受けた。

権力を持った僭聖増上慢が現れ、人類の平和を乱そうとしている。現在の組織は権威主義・官僚主義・組織主義に陥って、相当に行き詰まっている。腐敗・堕落している。

その時に、この蘇生の戦いに参加できることは、大いなる喜びと福運、そして名誉なのだ。3000年に一度咲く優曇華の花の如く、仏法史上最高の「時」に巡り合ったのだ。

2015年11月4日に第一回アピールを・・・メールした。
そのメールで私が受け取った処分の内容は会則第64条は全く私には当てはまらない旨を主張した。

http://sgi-shiteifuni.com/?p=9986

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

◆問答無用 対話なき処分 22

新理事長およびフロリダの幹部からも何の返事もなかった。12月1日付で再度同じ文面の二回目のアピールを新理事長およびローカルの各幹部に送信した。

新理事長を始めローカルの幹部達も「遠藤文書」「教学部レポート」が何であるか全く理解していないので、両書の要約を翻訳した。また、日本宗教学会で講演した宮田教授のスピーチの一部を付け加えた。彼らは何も分からずに上からの命令だけで動いているので内容を把握して欲しかった。

2016年1月1日(元旦)の日付で、第三のアピールを送った。

1991年10月17日に行われた関西幹部会での先生のスピーチ(池田大作全集79巻)の一部を翻訳して送った。「権威主義に陥った者は対話なく人を処罰する」という内容のものである。


幹部を見て来て感じていることであるが、幹部はまず反省することがない。間違ったことをしても心から謝る事はない。

また、不味い事が起こると、説明はしない。対話もない。・・・ダンマリを決め込んでしまう。このような思想や振る舞いが広宣流布したらとんでもないことになる。

組織から処分されるという事は村八分になるということである。学会内で私のあることないこと噂をばら撒き、評判を落とす・・・同じ言動を何度も繰り返すのである。ご苦労な事ではある。

質問があれば私を会合に呼んで詰問すれば良い事なのだ。

陰でコソコソとコマ鼠の如く動き回り、メンバーにコソコソと伝える。実に陰険なやり方そのものなのだ。
これらの行為は・・・十四誹謗・・・仏子の悪口を言いふらすことは怨嫉になるのだ。処分された者は十四誹謗にはあたらないとでも思っているのだろうか。

http://sgi-shiteifuni.com/?p=9988
 

宝冠さん。同じく大誓堂落成前の時ではないかと思う!

 投稿者:真実  投稿日:2016年 9月12日(月)08時53分51秒
  ウマク切り取ってゴマかそうとしたのかねw


>>
DVDの最後に原田会長と婦人部幹部が先生、奥様と一緒に勤行している写真が出ました

その写真には笠貫女史も写っています
まさか、その写真で、先生、奥様に南米訪問の報告をしたと思わせようとしているわけではないですよね?

あの写真は大誓堂が出来て、先生、奥様が初めて行かれた時の写真だと推測します

DVDの他の画像はいつのものか?
年月日が記載されていました
最後の写真だけ、何故か、年月日が記載されていませんでした

おそらく、3年前の写真
青年幹で、何故か婦人部と一緒の写真を最後に流す

南米訪問の報告をしたのか?との声が上がっているので、古い写真ー
原田会長、笠貫女史が同席している写真を持ちだし、報告しているかのように見せているのではないか?と邪推しています
今だに聖教には記載がないのはなぜですか?
<<
 

本部幹部会

 投稿者:misfitメール  投稿日:2016年 9月12日(月)08時33分24秒
  余り行く気のしない本幹衛星放送に行き、池田先生の感動的なスピーチに改めて青年時代の決意を思い出しました。
しかし、その後の原田会長の指導とはとても言えない「三変土田」をさんぺんどてん発言に組織は頭から腐るとの牧口先生の言葉を思い出しました。
魔に完全に乗っ取られたような相に恐怖を感じます。
帰宅して一時間しっかりご本尊の前で祈りました。
 

管理人様

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2016年 9月12日(月)08時04分38秒
  すみません。
先に投稿した「三諦と三身についての考察 1/ 」のナンバーがきちんと打たれてないのに
投稿になってしまいました。
最初のは 1/7  2番目のは 2/7です。
もし、管理人様の方で訂正できるのでしたら、よろしくお願いします。
お手数おかけします。
 

三諦と三身についての考察 3/7

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2016年 9月12日(月)07時55分16秒
  <円融の三諦>
一つの生命において「空」と「仮」と「中」の三つが、ばらばらという事はありえません。
「中」という「法(実相)」は、「空」と「仮」という個々の生命(諸法)の外には存在しません。

法華経の智慧 第八回 「諸法実相の心」


名誉会長:大切なことは、たとえば地獄界なら地獄界の衆生も、自己の真実の姿(実相)、

     すなわち“汝自身”を知れば、実は輝かしい宇宙生命と一体であるということです。
     しかも、その宇宙生命は、ほかならぬ地獄界という自身の現実に即して開顕する以外にない。
     「実相」という永遠の生命世界は、いつ、どこにあるか。「いま」「ここに」ある。

     それを悟れば仏、悟らなければ九界です。ゆえに、菩薩界が仏界に近いのでもなければ、

     地獄界が仏界から遠いのでもない。平等に、自己に即して仏界を開くことができるのです。

     「個々の生命(諸法)」は即「宇宙生命(実相)」である。しかも「宇宙生命(実相)」

     と言っても「個々の生命(諸法)」を離れては存在しないのです。
     こういう「諸法実相の生命の世界」を、大聖人は、こう表現されています。
     「心すなはち大地・大地 即 草木なり」(御書 p1597)、白米一俵御書)と。

     「心」は宇宙生命と言ってよいでしょう。
     法華経以前の経典では、まだ哲学が浅いゆえに、“心(宇宙生命)から万法(個々の生命)

     が出生する”等と説いた。心は大地のごとく、万法は草木のごとしと。心と万法が別々です。
     しかし法華経は、そうではない。心がすなわち大地であり、大地はすなわち草木である。

     実相と諸法は一体である。分けられない。月も花も、ひとつひとつが、宇宙生命の全体

     と一つである。
     「月こそ心よ・花こそ心よ」(御書 p1597)です。

斉藤:  多くの哲学が「現象の奥に」真理を見ようとしたり、「現実の根底」

     に根源の一者を立てたりしました。しかし、法華経は、そうではないのですね。
     この白米一俵御書には「まことの・みちは世間の事法にて候](御書 p1597)との有名な

     御言葉があります。「世間の事法」という現実(諸法)に即してこそ、「まことの道」

     すなわち実相の智慧は発揮されるわけですね。

遠藤: 法華経法師功徳品(第十九章)では、法華経を受持する人に六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)

    が清浄になる功徳があると説きます。その中の意根の功徳をこう説いています(法華経 p561)。
    ?-法華経を受持する人が説くことは、すべて実相に背かない。世間の書物や、治世の言葉や、

    経済の営みについて説いても、みな正法に適っている。
    これを受けて天台は「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」と述べています。

名誉会長:法華経の偉大な功徳です。また、法華経を信ずる人のあるべき姿です。法華経を信ずる人は、

    善は善、悪は悪として、正しいことを説かなければなりません。それでこそ「実相と相違背せじ」

    となる。

遠藤: 次元は違うかもしれませんが、中国の古典に「一葉落知天下秋(一葉落ちて天下の秋を知る)」

   (唐庚『文録』)とあります。
    「一葉が落ちる」姿を見て、「秋」の到来を知ることができる。あえて諸法実相に置き換えれば、

   「一葉が落ちる」姿は諸法、「秋」は実相でしょうか。

名誉会長:見えない「秋(実相)」は、見える「一葉(諸法)」に自分を映し出すのです。

    諸法は実相の顕れです。また諸法に顕れない実相はありません。


 

フク会長より上の人間

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月12日(月)07時53分54秒
  について、昨夜以来、はて? と考えている。


坂上たち夫婦が折伏していない事は、育てた先輩の方々がそういうのだから事実だと思っている。
こんな投稿では手ぬるい。名指しで書いてやれ、と、私は言われたのだ。


ショクインとやらは、浄財から給料をもらい、生活しているはずだが、
折伏は、やってきたんだろうか?
かけ声かける立場で、現在進行形で、やっているんだろうか?
疑問が消えない。

遠い昔の武勇伝(それも、わずかに記録されているのみで、相手は退転していたりね)だけで、
または、他人の折伏成果を自分の名前に書き換えたり(私も3世帯やられたから事実だ)して、
成果を出してきたと、威張っているのではあるまい?

折伏といっても、組織へのかけ声だけになっているのが、真実なのだろうか?

そして、新聞啓蒙も同様なのだが、折伏の「成果の数字」を本部に出せば事足れりという、
お寒い内情が真実ではないのだろうか?

その辺を、「明瞭な状況報告」をもって、公開するべきではないのか?

とにかく、我々には、上の方がやっていることが見えない。

はらだーは、あの、1年前の「一兵卒」宣言といい、折伏の進展報告といい、
あれから何もないのは、どうなっているのか、知りたがっている会員は実に多い。

このモヤモヤした、霧が晴れないうちは、もう、幹部が何を言っても、何を号令かけても、
「まただ。勝手に言ってろ!」と
組織の中の白けた空気と、会員に幹部が横目で白眼視される状態は、深刻さを増すだろう。

当然である。

四人組は、54年当時、池田先生を辞任させた張本人とその一派である。
もともとが、大馬鹿者なのだ。
もともとが、世俗的な野心、権力欲、金への執着等で動く別次元の人間達だ。

池田先生がいらっしゃるのに、池田先生が悲しまれるような、嘆かれるようなことばかりしているタワケ者。
会員のハンドリングに長けることが最上とばかりに、それにはズルくアタマを使う。

このタワケ者達には「広宣流布」など、会員を動かす魔法のキーワードでしかないようだが。

今までもしてきたことを、より一層、「自分達色」でしているだけなのだが、
それにしても、査問・除名、こればかりは絶対に許してはならない。


 

三諦と三身についての考察 1/

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2016年 9月12日(月)07時51分33秒
  <中 如是体>

仏法の目から見ると、宇宙に存在する全ての生命は法則に則って、秩序正しく生きています。
その法則とは、単に物理的な法則ではなく、生命の妙を演繹的に悟った仏の智慧によって明らかにされた、不変常住で
全ての生命に普遍的な真理です。
永遠の生命、因果の法則、生死不二、色心不二、依正不二、煩悩即菩提、、、つまるところ「一念三千」に集約します。
その「法」を中諦(如是体)といいます。草木から動物、宇宙に存在する全ての生命はこの「法」に則って、
永遠の生命を生きています。
(注;「法」といっても、諸法という場合の法は変化相であり空や仮を意味し、又、三諦全体、つまり生命全体も法で
あるのでそれを示す時もある)
この「法」自体は当然として完全無欠(円満)でありますから、堕落して、退歩することも、滞ることもありません。
又、逆に昇華したり、啓発や練磨する必要もありません。
すべての生命の奥深くにあって、それぞれの個の生命を崩れないように支えています。
生命というものは、この法によって、永遠に変化を続けながらも、因果が途切れる事も完全に他と混ざって個の特性を
失う事もありません。

<空 如是性>

もとより「法」は中立に存在しているので、現実の個々の差異は空諦(如是性)と仮諦(如是相)に現れます。
智慧や境涯の差、宿業など、目には見えないが確実にそれぞれの生命に差を与えている性分は空の性質を持っています。
空である、性分、性質、宿業などは一刻一刻変化しているという点で、固定して存在しているわけではないので
有るとも無いとも言えないが、それでいてしかも、個の生命を顕現しています。

<仮 如是相>

そしてその個々の持っている空諦(智慧や境涯の差、宿業や性分、性質)が、色(仮)心(空)不二として仮諦としての相(姿、形)に表れます。
その表れ出でた体を以て自分の宿業を生き、仏の智慧を開発し、悪業の宿命転換をするか、その逆かは本人の一念にかかっている。


この三つが私達が朝晩唱えている勤行の方便品第二の、諸法の十如是の内の最初の三つの「如是相、如是性、如是体)です。
つまり、人間だけではなく、全ての生命はこの三つの側面をもっており、その生命の内部に秘めているエネルギー(力)と又、環境と相互作用(作)を
しながら、瞬間瞬間、十界のいずれかの因果(因、縁、果、報)を創造しながら、生死生死と生きています。
こんなに簡単に書いていますが、実はとっても奥が深く「唯(ただ)仏と仏」だけしか理解できない、と書かれていますから、
私もより一層勉強しなくてはと思っています。
最終的にはこれも御本尊の事でもありますから。

舎利弗。取要言之。無量無辺。未曾有法。仏悉成就。止舎利弗。不須復説。所以者何。仏所成就。第一希有。難解之法。唯仏与仏。乃能究尽。
諸法実相。所謂諸法。如是相。如是性。如是体。如是力。如是作。如是因。如是縁。如是果。如是報。如是本末究竟等。

舎利弗、要(よう)を取って之を言わば、無量無辺未曾有(みぞうう)の法を、仏悉(ことごとく)く成就(じょうじゅ)したまえり。
止(や)みなん、舎利弗、須(すべか)らく復(また)説くべからず。
所以(ゆえん)は何(いか)ん、仏の成就したまえる所は、第一希有難解(だいいちけうなんげ)の法なり。
唯(ただ)仏と仏と乃(いま)し能(よ)く諸法の実相を究尽(くじん)したまえり。
所謂(いわゆる)諸法の如是相・如是性・如是体・如是力・如是作・如是因・如是縁・如是果・如是報・如是本末究竟等なり。
 

三諦と三身についての考察 1/

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2016年 9月12日(月)07時49分14秒
  「円融、円満(総)の、空(性)仮(相)中(体)の三諦(くう、け、ちゅうのさんたい)」 と
「三身即一身(さんじんそくいっしん)一身即三身の、法報応の三身(ほっ、ぽう、おうのさんじん)」について

考察してみました。
又、いろいろなご意見のある方はよろしくご意見されます様お願いいたします。


衆生に有る時には此れを三諦と云い仏果を成ずる時には此れを三身と云う一物の異名なり
   三世諸仏総勘文抄 p573

通解
 われわれの生命は、本来、空仮中の三諦を具備している。だが、仏果を成ずるときは、空諦はそのまま報身に、
    仮諦はそのまま応身に、
  また中諦はそのまま法身にと転ずるのである。


<空、仮、中の三諦>

まず空、仮、中の三諦とは、生命の三つの側面を説明しています。
浅い例えではありますが、それでも例えていえば、中が空洞の円柱があったとしますと、その円柱を、
上から見れば円く、横から見れば長方形で、中をみてみれば空洞だという様なもので、
しかもそのすべてがその円柱の一部を表しているようなものです。

又、戸田先生は次の様に、分かりやすく説明されています。

空仮中の三諦などというと、ちょっとわからないでしょうが、これは空諦、中諦、仮諦と、仏法哲学において、この世の中の実相が
どういうものか、われわれの命がどういうものであるか、ということを考える考え方を根幹として、「空仮中の三諦」というのが
あるのです。これは、天台大師の師匠である南岳(なんがく)大師が考えだした哲理なのです。
このなかで、私がこうして生きているのは、仮の実体です。私はこのままかといってもそうはいかないでしょう。
もう十年もたって、私がもし生きて六十七歳にもなったら「先生、ずいぶん変わりましたね」ということになるでしょう。
しかしこれだって、私は二十歳のころは美男子だったのです。そしたらその美男子と、いまのように美男子でないのと、
どちらがほんとうなのか、それはどちらもほんとうです。
ですから仮の実体というのです。いまのは仮の実体としか見えません。これを仮諦といいます。
空諦とは、あるといえばある、ないといえばない、こういうところのものを有無にかかわらず、真の実在をば空諦というのです。
私の生命も空諦です。おまえはおじいさんの時があるといえば、それはいまはないでしょう。
たしかにおじいさんではない、私は青年です。しかしおまえは赤ん坊の時はなかったかといえばなかったのではない、あったのです。
そうなると生命は空であります。
それであって戸田城聖は中道法相(ちゅうどうほっそう)、戸田城聖は厳然として永遠にそなわっている、これが中諦であります。




 

宝冠様

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年 9月12日(月)07時40分35秒
  おそらく、国際部通訳翻訳部長に昇進?したのであれば、昇給もし、本人も名誉を手に入れる。

その昇給した分が「口止め料」なのではないでしょうか。

その方が誰かは存じませんが、是非、真実を明らかにしてもらいたいものデス。
 

全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年 9月12日(月)07時26分59秒
  全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2008-8-1 【青年部代表研修会】

■ 一、青年部代表研修会の開催、おめでとう!(大拍手)
 いよいよ8月8日から、北京オリンピックが開幕する。
 うれしいことに、わが創価の青年も、日本の代表として、多くの競技に出場することが決まっている。
 全員で、大健闘を祈り、大声援を贈りたい(大拍手)。
 〈男子棒高跳びの澤野大地選手、男子サッカーの森本貴幸選手をはじめ、男女の代表選手の活躍に大きな期待が寄せられている〉
 今回、ブラジルの女子部であるホザンジェラ・コンセイソンさんも、女子レスリング(72キロ級)でオリンピックに出場する。
 さらに先ほど、イタリア男子部の本部長であるジリ・ヴルチェクさんが、レガッタ(ボート競技)で、オリンピック出場が決定したとの朗報が届いた。
 今、日本で世界で、わが青年部の活躍と貢献が光っている。スポーツ界にも、新たな人材の流れが大きく広がってきており、私は本当にうれしい。
 今回の五輪出場も、それを勝ち取るまでには、どれほどの努力があったことか。厳しい練習に耐えてきたことか。身を切るような辛い試練を乗り越えてきたことか。
 その目には見えない、地道な陰の労苦をこそ、私は讃えたい。
 その挑戦の心、負けない心に、青春の「勝利の栄冠」は燦然と輝くのだ(大拍手)。
 〈イタリア代表のジリ・ヴルチェクさんは「私の目標は勝利すること、池田先生のお心に少しでも近づくこと、広宣流布に、この身を捧げることです」と決意を語っている〉

● 希望の祭典に!
 一、本年9月、私が「日中国交正常化提言」を行ってから40年の節目を迎える。
 〈1968年(昭和43年)9月8日、1万数千の青年を前に名誉会長は日中の国交正常化を提言。当時まだ両国関係が険悪だったなか、勇気をもって行われた提言は、「百万の味方を得た」(日中友好の草分けの政治家・松村謙三氏)、"池田会長の友好への提唱が、うれしい"(周恩来(しゅうおんらい)総理)など国内外に反響を広げ、4年後の日中国交正常化を大きく推進した〉
 日中友好は牧口先生、戸田先生の願いでもあった。私も一民間人の立場ではあるが、一つ一つ可能なかぎり、手を打ってきたつもりだ。
 批判や中傷の連続であった。しかし、日中友好を推進してきたことの正しさは歴史が証明している(大拍手)。
 「平和の祭典」である五輪の中国開催についても、私は、アジアと世界の友好にとって深い意義があると思い、中国の首脳と語らいを重ねてきた。
 〈名誉会長は、中国での五輪開催を展望していた周総理の心を心として、1990年に李鵬首相と五輪開催について語り合う。開催決定後も中国人民対外友好協会の陳昊蘇(ちんこうそ)会長、中日友好協会の宋健(そうけん)会長、歴代の駐日大使らと語らいを。昨春の温家宝(おんかほう)総理、今春の胡錦濤(こきんとう)国家主席との会見でも話題となり、胡主席からは、名誉会長の北京五輪への支持に対して、深い感謝の言葉が伝えられている〉
 また、先の四川大地震の被災者の皆様方に重ねてお見舞いを申し上げ、北京五輪が復興への「希望の祭典」となることを心からお祈り申し上げます。
 一、もう一つ、五輪に関して、創価の青年の活躍を栢介したい。
 北京のメーンスタジアムをはじめ、各会場に映像・音響設備を提供するプロジェクトを推進している一人は、創価学園・創価大学出身のメンバーである
(大拍手)。
 〈関西創価高校16期生の千原陽一郎さん〉
 一、今、若き門下生たちが、師弟の無限の力を発揮して、世界の大舞台に躍り出ている。頼もしいかぎりだ。
 人類貢献の人材をさらに育成しながら、「青年の世紀」「人材の世紀」を力強くリードしてまいりたい(大拍手)。

● 恩師の師子吼
 一、きょうは青年の皆さんに私の青春時代のことを語らせていただきたい。
 恩師と二人して築いた、師弟の真実の精神を、後継の青年部に託しておきたいのだ。
 昭和26年(1951年)5月3日。
 恩師の戸田先生は、第2代会長に就任され、生涯の願業として「75万世帯の達成」を師子吼された。
 私の青春時代の夢。、それは、戸田先生の「75万世帯達成」という夢を実現すること、ただ、それだけであった。私は走った。
 昭和27年、蒲田支部の2月闘争。
 昭和28年、男子部の第1部隊の拡大。
 同じく昭和28年、文京支部の大前進。
 当時、文京の折伏成果は低迷していた。
 戸田先生の懐刀として文京に派遣された私、1年を待たずに文京を第1級の支部へと発展させたのである。
 戸田先生は厳しく言われた。
 「広宣流布のために、いかなる戦いも断じて勝ち取れ! 何をおいても絶対に勝つのだ」──これが、仏法の指導者の強い決意でなくてはならない。

● 皆を勝たせたい
 一、昭和30年(1955年)4月、民衆のための政治を願い、学会として初めて支援活動を行った統一地方選挙。
 27歳の私は、東京の大田区(都議選)と神奈川の鶴見区(市議選)を坦当した。
 "皆を勝たせたい"──当時の日記に、私は記した。「負ければ、本人も、家族も、応援した多数の人々が悲しむ。可哀想だ。負ける戦は、させてはならぬ」と。
 「勝つ」ために、私個人のことは一切、犠牲にした。
 結果は、大田も、鶴見も、見事にトップ当選!──信頼する同志は歓喜に沸き返り、戸田先生も拍手喝采して喜んでくださったことが、私は、本当にうれしかった。

 ◆札幌夏の陣"事前の準備"に全力
 ◆スタートダッシュで決まる

 一、昭和30年8月には、「札幌・夏の陣」に挑んだ。
 戸田先生の命を受け、札幌の夏季折伏の主将として、真夏の10日間の短期決戦で、「388世帯」という日本一の折伏を成し遂げたのである。
 当時は、北海道に行くのも列車であった。
 上野駅を午前10時前に出発。青函連絡船を乗り継ぎ、札幌駅に着いたのは、翌日の午前11時過ぎ──。
 駅で迎えてくれた札幌の同志に、私は笑顔で語りかけた。
 「戦いは勝ったよ!」と。
 いかなる戦いも「事前の準備」が大事だ。
 短期決戦であれば、なおさらである。
 私は、約1カ月前に主将に任命されてから、札幌の責任者と手紙などで綿密に連絡を取り合い、下種の拡大、会合の計画などを完璧に進めていた。
 準備は万端。スタート・ダッシュも鮮やかに決まった。北海道の同志と私は、勝つべくして勝ったのだ。

 一、戸田先生は、御義口伝の「一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり所謂南無妙法蓮華経は精進行なり」(御書790ページ)を拝されて、次のように指導された。
 「この御書は、絶対に命に刻んでおけ。学会の闘士は、この一節を忘れるな!」と。
 わが一念に計り知れない辛労を尽くすのだ。題目をあげてあげ抜いていくのだ。師の心をわが心として、死にものぐるいで、広布に行動していくのだ。
 そうすれば、だれ人であろうとも、無敵の「仏の生命」を厳然と涌現できるのだ。「師弟不二」の、わが心の力こそ、最強の武器なのである。

● 夕張の天地で
 一、北海道といえば、昭和32年に起こった「夕張炭労事件」にも、一言、言及しておきたい。
 北海道の夕張の地で、当時、絶大な勢力を誇っていた炭労が、組合員である学会員を不当に弾圧する事件が勃発したのである。
 "信心をやめないとクビにするぞ!"──信仰ゆえの学会員へのいじめが陰険に繰り返された。
 「泣く子も黙る炭労」とまでいわれた時代だ。
 戸田先生にお願いして、私は急遽、北海道へ飛んだ。
 そして、勇敢なる青年たちとともに「信教の自由」を護りゆく正義の雄叫びを轟かせたのである。

■ 一、戸田先生は、いつも、一番大変なとこに私を行かせた。
 経験豊かな幹部は大勢いたが、しかし、先生は私を指名した。
 「大作、頼む!」
 「大作、行け!」と。
 一番、大事なのは青年である。
 こうした先生と私の関係を快く思わず、"何とか失敗させてやろう"という意地悪な先輩幹部もいたが、私は、師匠のため、同志とともに悠然と聡明に戦った。
 勝負は、臆病では勝てない。労を惜しんでは勝てない。
 私は、命をかけていた。肺病だった。壮絶な二十代の闘争であった。毎日、本当に疲れていた。
 戸田先生は「これでは大作は三十歳まで生きられない」「大作が死んだら、どうするのだ」と慟哭された。
 それほどに私は、師匠に仕えた。学会をつくってきた。

 一、ともかく、私は勝った。
 一切は、魔との戦い、天魔との戦いなのだ──これが広宣流布である。
 だれも頼れる人はいなかった。しかし、私は戦い切って、勝った。「師弟不二」の心で勝ち抜いてきたのである(大拍手)。

■ 人生に必要なものは、勇気だ。
 勇気のない人間は、慈悲がない。本当の喜びもない。卑怯になる。
 仏法者の真髄も、勇気なのである。
 私自身、若き日から勇気を胸に、すべてを勝ち越えてきた。
 あれは、昭和28年(53年)のことである。
 東京の福生(ふっさ)で、学会員の御本尊が、他宗によって、たびたび強奪されるという事件が起こった。
 青年部の私が、相手と直談判し、厳しく糾弾した。それ以降、こうした動きはなくなっていったのである。
 大切な同志が、不当にも、いじめられたならば、ただちに反撃した。徹底して戦った。
 まず、自分が「行動」を起こすのだ。
 「勇気」の二字で!
 「誠実」の二字で!
 心すべきは、これだけだ。
 青年部、頼むよ!〈「ハイ!」と力強い返事が〉

● 結果を勝ち取れ
 一、使命ある若き指導者の皆さんに、恩師の言葉を贈りたい。
 戸田先生は、厳として叫ばれた。
 「まず自分自身が変わることだ。絶対に人を頼るな! 自分自身が戦え!」
 これが根本だ。
 私自身、「師匠のために何をしたか」──この一点を、わが心に問うて、戦ってきた。
 将来も同じだ。真の功労のない人間が上に立てば、そこから崩れていってしまう。
 ゆえに私は、人材を見極めている。どう学会を発展させるか、その方途を考えている。
 私は真剣だ。少しでも判断を聞違えれば、大変であるからだ。
 さらに、戸田先生は強く言われた。
 「敵の動きを見ていなければ」戦いには勝てない。甘えや気取りを捨てよ! 結果を勝ち取れ!」
 気取りがあったら、戦には負ける。
 「自分は偉いんだ」とか、「自分は人気がある」などと思い上がると、力は出ない。
 どんな立場になっても、心をピンと張り、きちっと自分を律して勝利していく。これが信心の力である。
 人はどうあれ、わが使命の仕事に徹していく。これが、新時代のリーダーに不可欠の要件といえよう。

● 悩んだ分だけ境涯は広がる
 一、スイスの思想家ヒルティは綴った。
 「苦難は人を強くする。歓楽(編集部注=ぜいたくな暮らし)は総じて弱くするのみ」(小池辰雄訳『ヒルティ著作集第4巻』白水社)
 仏法は「煩悩即菩提・生死即涅槃」を教え、「変毒為薬」と説く。
 悩んだ分だけ、境涯は大きくなるのだ。
 戸田先生のもとで、学会を再建してきた私は、痛烈なる人生であった。
 当時に比べれば、今は恵まれている。余裕綽々だ。それに甘えれば、弱くなる。
 血のにじむような苦闘を突き抜けなければ、真に偉大な指導者にはなれない。
 また、忠告する人がいないと、いい気になってしまうものだ。だから私は、核となる人間には厳しく言う。
 皆さんも、下から上へ、どんどん建設的な意見を出すことだ。

■ 「要」をつくれ
 一、私は、皆さんからいただく大切な報告に、一つ一つ、真剣に目を通し、大切にしている。すべてが、偉大なる世界広布の歴史であるからだ。
 きょうは、壮年・婦人部の代表の皆さんも参加されている。
 青年を支え、その成長を応援する地域は、未来へと伸びていく。
 とくに壮年は、若々しく生きるのだ。一人でツンとして、うれしいんだか、悲しいんだか、わからない。そんな指導者では、だれも、ついてこない。
 花の女子部と婦人部を最大に大事にしていくのだ。これほど心強い方々はいない。
 リーダーが、友の奮闘に深く感謝し、大誠実を尽くしてこそ、皆も奮い立つ。
 そして、「要」となる人材を、がっちりとつくりゆくことだ。
 壮大な広布のロマンを語り、学会歌を高らかに歌いながら、皆で仲良く、愉快に、新しい学会を築いてまいりたい(大拍手)。

■ 「大作を育てたから安心だ」
 一、先生が、心から信頼し、すべてを託した弟子は私一人であった。
 先生と私は、本当に師弟不二だった。親子以上の関係だった。
 私は先生に尽くし抜いた。広布のために死身弘法で戦い抜いた。
 それこそが「弟子の道」であることを、私は熟知していた。だからこそ、学会は、ここまで発展してきたのである。
 戸田先生は、「大作を育てたから、もう安心だ」と語っておられた。
 今、それほどの弟子がいるかどうか。
 立派な施設もある。会員も多い。学会は、堂々たる世界一の民衆の連帯となった。
 こうした中で、大きな苦労もしていない。広宣流布ゆえの中傷や迫害を受けたこともない──そんな人間が、学会の指導者になったら大変だ。
 だからこそ、青年部に頑張ってほしい。求めて大変なところへ飛び込んでほしい。
 労苦を避け、自分は楽をするような、ずるい人間には絶対になってはならない。
 多くの先輩を乗り越え、立派な指導者へと育ってもらいたい。

● 胸中の師匠と対話しながら
 一、昭和32年(1957年)12月、戸田先生の願業であった75万世帯の折伏は成就された。そして翌年の昭和33年4月2日、先生は安祥として霊山へ旅立たれた。
 その翌日の本部幹部会で、私は全青年部を代表して師子吼した。
 "師恩に報いる道は、ただ一つ。戸田先生が命をかけて戦われた広宣流布に邁進する以外にない"
 そして、1カ月後の本部総会で、「七つの鐘」の構想を発表した。愛する学会の同志に、未来への希望と前進の力を送りたかったのである。
 〈「七つの鐘」構想は、学会が創立(昭和5年)以来、7年ごとに"節"を刻み、発展してきたことから、7年を「一つの鐘」の期間として、広宣流布の歩みと構想を示したもの。七つの鐘が鳴り終わる昭和54年までの前進の展望を示した〉
 ともあれ、私は、戸田先生が逝去の直前に言われた「300万世帯」の弘教の達成をはじめ、先生の遺命は、ことごとく実現した。
 常に胸中の先生と対話をしながら、師とともに進んできた。
 先生が亡くなられて今年で50年。私は、真実の弟子として、すべてに勝利したと申し上げたい(大拍手)。

●「世間にへつらい正義を曲げた」
 一、日蓮大聖人が入滅された後、高弟であった六老僧のうち、日興上人以外の五老僧は皆、大聖人の教えに違背した。
 日興上人は、五老僧の一人で、身延離山の原因をつくった日向の本性について、次のように喝破されている。
 「世間的欲望が強くて、世間にへつらい、正義を曲げた僧で、大聖人の御法門を世に立てることなど思いもよらず、大いに破る者である」(編年体御書1732ページ、通解)
 世間からほめられたい。認められたい。そうした名聞名利を求める心のゆえに、五老僧は、大聖人の正法正義をねじ曲げてしまったのである。
 これまでの学会の反逆者の多くも、同様であった。
 また日興上人は、「『師を捨ててはいけない』という法門を立てながら、たちまちに本師(大聖人)を捨て奉ることは、およそ世間の人々の非難に対しても、言い逃れのしようがないと思われる」(同1729ページ、通解)と述べ、師に違背した者たちを厳しく指弾しておられる。
 仏法の「師弟の道」は厳しい。しかし、真実の師弟に生き抜く人生は幸福である。皆様は、創価の「師弟の道」を、まっすぐに歩み抜いていただきたい。
 「富士一跡門徒存知(ふじいっせきもんとぞんち)の事」には、「日蓮大聖人の例にちなみ、日興が6人の弟子を定めた」「この6人は和合して、異議があってはならないことを協議し、決定した」(御書1603ページ、通解)と記されている。
 〈日興上人は大聖入滅後16年目の永仁(えいにん)6年(1298年)に6人の高弟(本六)を定められた。さらに入滅前年の元弘(げんこう)2年(1332年)に新たに6人の高弟(新六)を定められた)
 広宣流布のために、弟子が一致団結できるかどうか。師匠の教えのままに、生き抜けるかどうか。

● 未来を頼む!
 一、ともあれ、若き皆さんは、晴れ晴れとした、師子王のごとき人生を歩んでいただきたい。
 ヤキモチの人生や、嫉妬の人生もある。
 また、暗い暗い、思案のみの人生、悪口雑言だけを言っている人生。人を陥れようとする悪意の人生、泥沼の人生もある。
 一方で、人を賞讃する人生、人をまとめていく人生。人に誠実に接し、幸福へ導く、誉れの人生がある。
 勝利、勝利の人生がある。
 人間の世界には、さまざまな人生がある。
 仏法は、この人生の正しいあり方を説いている。
 信心によって、私たちは、最高に価値ある人生を生きていくことができる。
 それが仏法の偉大さの証明なのだ。
 戸田先生は強く語られた。
 「これからは、青年部の諸君が、世界に向かって、まことの信心の力を示す時である」
 私は、この言葉の通り、全世界に大聖人の仏法と創価の師弟の真実を宣揚してきた。
 今度は皆さんの番である。
 「青年部よ、未来を頼む!」と重ねて申し上げたい(大拍手)。

● 師弟の道を歩む「負けない人」に
 一、8月は、戸田先生と私が出会った月である。
 牧口先生とともに軍部政府に抵抗し、投獄された戸田先生は、決して負けない「不撓不屈の人」であった。
 戸田先生は、偉大な師匠を護り、牢獄までお供された。牧口先生は獄死された。
 そして、生きて出獄された戸田先生は、牧口先生を讃えて、「あなたの慈悲の広大無辺は、わたくしを牢獄まで連れていってくださいました」と深く感謝されたのである。
 私は、先生のこの言葉を知ったとき、「すごい師弟だ」と感動した。そして先生の弟子として、すべてをなげうって戦う覚悟を決めた。
 この師弟の歴史が、創価学会の歴史の根本である。
 私は、ともに戦う、すべての同志に贈りたい。
 「立ち上がれ
 正義のために
 広布のために
 そして
 自分自身の幸福のために
 自分自身の勝利のために」と(大拍手)。

■ 臆病者では、戦にならない。「勇敢な信心」こそ、兵法の究極なのである。
 戸田先生は、少しばかりの非難中傷で退転してしまう人に対して、「そんな意気地なしは、学会にいてもらう必要はない。臆病者は邪魔になる!」と厳しくおっしゃった。
 また、「学会と生死を共にする者だけが真実の同志だ」と言われたこともある。
 この信念で生き抜いた師弟の闘争によって、今日の学会はつくられたのだ。

● 「害を除くのは急かねばならぬ」
 一、中国革命の父・孫文(そんぶん)は、国を衰亡させる愚行を呵責(かしゃく)し、「害を除くのはとくに急がなければならぬ(伊藤秀一訳「心理建設」、『孫文選集第2巻』所収、社会思想社)と訴えた。
 戸田先生も、まったく同じ思いであった。
 悪は早く見抜け!悪は早く追い出せ!──と。
 絶対に「後回し」にしてはならない。
 広宣流布を妨げる動きは、断じて排するのだ。隙を見せてはならない。
 悪が威張り、増長すればするほど、学会が行き詰まってしまうからだ。
 ウズベキスタンの大詩人ナワイーは巧みに綴っている。
 「毎日毎日、私利私欲の網ばかり編んでいる人は、最後には、自分が、その網にかかってしまうだろう」と。
 また、インドの非暴力の闘士ガンジーは「堅固さと勇敢さは、敵対者にも深い印象を与えないではいないものです」(田中敏雄訳注『南アフリカでのサッティヤーグラハの歴史2』平凡社)と述べている。
 諸君は生き生きと、民衆の中で光る大指導者になっていただきたい。強い信念をもって、堂々たる姿で、悠然と生き抜くのだ。

■ 一、長時間、ありがとう。役員の方々の真心の運営によって、そして婦人部の方々の強き祈りに包まれて、有意義な研修となっている。本当に感謝しています。
 厳しい暑さが続く。体にくれぐれも気をつけてください。
 皆さん、お元気で。勝利の人生を送ろう!(大拍手)

 

紙?

 投稿者:tesuto  投稿日:2016年 9月12日(月)06時38分34秒
  当時の紙は 和紙ですよね 貴重品です ですから 「スキカエシ」をして 再利用していますよね  

赤胴さんへ

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 9月12日(月)05時32分49秒
編集済
  >私が青年部の時50年前は、こんな疑問を徹夜で話し込んだものですが、今の青年部のため、螺髪さん お付き合い願いますか(投稿者:赤胴鈴之助   投稿日:2016年 9月12日(月)01時24分27秒 )<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/56081

 いやですよ(笑い)、赤胴さんは博学だもの!

 小林正弘さんだったか、晩年の紙の供給の一端は富木常任氏が担っていたようであるとの記述がありましたが、これも確定ではありません。遊学資金も、托鉢もあったであろうし、清澄寺の師・道善房の支援、それに母・梅菊の工面というのは当然、考えられます。母の子を思う心は絶大ですから。

 どうですか、赤胴さんがまとめ上げてみるというのも、ひとつの方法です。赤胴さんならできるというのが私の印象です。こういうことは、いくら議論していても、始まらないし、終わらない。誰かが、調べるよりないのではないでしょうか。

 赤胴鈴之助の3番はこうでした。

 山は夕やけ 一番星は
 母によく似た きれいな瞳(ひとみ)
 つらいときにも 勇気を出して
 正しい事を やりとおす
 おう! がんばれ 強いぞ
 ぼくらの仲間 赤胴鈴之助

 参考本の著者の中にあった梅原猛氏も有名です。日経新聞だったか、連載記事なんかも切り取ったぐらいです。宮本武蔵の吉川英治氏も、かつてむさぼり読んだ超優秀な作家です。だが、二人ともどういうわけか、浄土宗です。方等部の教えは、こうした知識人の陥る“狭間”でもあるようです。

 新人間革命の「清新50」(いまのすぐ前の章です)にこうありました。

 「時代を問わず、人は最悪な事態が続くと、自分のいる環境、社会に絶望し、“もう、何をしてもだめだ”との思いをいだき、“この苦しい現実からなんとか逃れたい”と考えてしまいがちなものだ。
 そして、今いる場所で、努力、工夫を重ねて現状を打破していくのではなく、投げやりになったり、受動的に物事を受けとめるだけになったりしてしまう。その結果、不幸の連鎖を引き起こしていくことになる。

 それは、鎌倉時代における、『西方浄土』を求める現実逃避、『他力本願』という自己努力の放棄などと、軌を一にするとはいえまいか。いわば、念仏思想とは、人間が困難に追い込まれ、苦悩に沈んだ時に陥りがちな、生命傾向の象徴的な類型でもある。
 つまり、人は、念仏的思考を生命の働きとして持っているからこそ、念仏に同調していくのである。大聖人は、念仏破折をもって、あきらめ、現実逃避、無気力といった、人間の生命に内在し、結果的に人を不幸にしていく“弱さ”の根を絶とうとされたのである=以下略=」

 「念仏的思考を生命の働きとして持っているからこそ」の「弱さ」という洞察に、とくに共感致しました。


 

忘恩の輩は何をするか?(3)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 9月12日(月)03時33分50秒
  そして、囚人番号9430号となってトゥーロンの徒刑場(造船所)に送られたジャンバル・ジャンに転機が訪れます。修理のために造船所に入港していた軍艦オリオンで作業中の水夫が帆先で逆さま宙吊りになり、身動きできない状態となった。周りの船員も水夫も誰も怖がって助けに行こうともしない。

その時である!以下はユゴーが書いている通り
『その時、突然山猫のような疾さで一人の男が船具をよじ登って行くのが見られた。その男は赤い着物を着ていた。徒刑囚である。緑の帽子をかぶっていた。無期徒刑囚である。樟櫓の上に達すると、一陣の風がその帽子を吹き飛ばして、白髪の頭がみられた。青年ではない。』

映画では、白髪になっていませんでしたが、小説では、裁判所に自ら出頭するか悩み苦しむうちに、髪の毛が白くなり、フォンテーヌを見舞った際に、看護師から指摘されていますね。一人の男(自分と誤解されて裁かれる者)の無実を証明するか、それとも何も言わずにマドレーヌ氏でこのまま生き抜くか?皆さんならどうします?創価村貴族なら間違いなく後者です。現世安穏・後生悪処(-_-)

さて、続きです。
『~彼はそこでちょっと力を回復されるために水夫を抱きとめ、それから小わきに抱え、帆桁の上を横木の所まで歩いてゆき、そこから更に樟櫓までいって、そこで彼を仲間の人々の手に渡した。
その時、群衆は喝采した。老看守のうちには涙を流す者もいた。女たちは、海岸の上で相抱いた。一種の感極まった興奮した声で、あの男を許してやれ!と異口同音に叫ぶのが聞こえた。そのうちにも、彼の方は、また労役に従事するために、義務として直ちにそこから降り始めた。早く下に着くために、彼は網具のうちを滑り降り、そこから下の帆桁の上を走り出した。人々の目は彼の後を追った。ところがある瞬間に、人々はハッと恐れた。疲れたのかまたは目が回ったのか、彼はちょっと躊躇しそしてよろめいたようだった。と突然、群衆は高い叫び声をあげた。囚人は海中に落ちたのである。』


ここまできて、あの映画のところに結びつきます。そして12月24日のクリスマス・イブの夜に、フォンテーヌに約束した通り、コゼットをテナルディエ夫婦の元から救出する事になります。あとは、 映画の通りですが、小説はかなり紆余曲折があります。ちゃんと読んでください。
 

大石小石さん

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2016年 9月12日(月)03時23分34秒
  大石小石さん、私の投稿にコメントして頂いてありがとうございます。

>一部マニアックな連中に受けた<
私がこの一部の面白が大好き人間なんです。
状況証拠で一つの本を書くということは、すごいことだと思いますよ。
真実は一つ、大石小石さん、「最蓮房は日興ではない」という本を書いてくださいよ。

北林氏がどんな人か知りませんが、トンデモ我説は・・・わたしは受けたのですよ。
このことに対して佐藤氏は懇切丁寧に反論しているのですか。
「日蓮―われ日本の柱とならむ」 ですか・・・?? 普通のべたな題です。

私が気にしている本は、「日蓮の思想と生涯」の下巻が日蓮大聖人の修行時代・・・
御書に書かれていない時代にわたって考証されているのか・・・。
それを知りたいと思っています。

御書講義の本は池田先生の講義に尽きますから・・・。


日蓮の真実(小林正弘)、永遠のいのち(日蓮)(梅原 猛)題名だけで、引き付けます。
 

赤胴さん

 投稿者:大石小石  投稿日:2016年 9月12日(月)01時50分45秒
  ぜひ、この本もおすすめします。

日蓮―われ日本の柱とならむ (ミネルヴァ日本評伝選) 単行本 ? 2003/12
佐藤 弘夫  (著)

ここでも有名なあの北林が(笑)最蓮房は日興上人とのトンデモ我説?がごく一部マニアックな連中に受けたもので気をよくしたものの、誰も相手にしてもらうはずもなく、そのせいか(笑)やけに粘着気味で反論しています。

佐藤さんはもちろん相手にすらしていません。

そういう意味でも面白いですよ。
 

忘恩の輩は何をするか?(2)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 9月12日(月)01時46分8秒
  レ・ミゼラブルの続きです。
『マドレーヌ氏の結んだ糸目は乱れて切れてしまった。人々はその方法をごまかし、製品を粗悪にし、信用をなくした。販路はせばまり、注文は減少した。職工の賃金は低下し、工場は業をやめ、破産が到来した。もはや貧しき者らに対する助けもなくなってしまった。いっさいのものが消滅した。
国家の方でも、どこに何びとかがいなくなったのを感じてきた。重罪裁判所がマドレーヌ氏とジヤンバルジャンとは同一人であることを判定して徒刑場を肥してから、四年もたたないうちに、モントレイュ・シュール・メールの郡においては収税の費用が倍加した。そしてド・ヴィレール氏は、1827年2月にそのことを国会で述べている。』

この事件をジュールナル・ド・パリー紙ではこのように扱っているとユゴーは書いています。
『その悪漢は巧みに警察の目を逃れ、名前を変え、北部のある小都市で市長となるまでに成功した。彼はその都市にかなり顕著な一商業を興したのであった。しかし、検察官の不撓なる熱心のために、彼はついに仮面を剥がされて逮捕された。一人の醜業婦の妾があったが、彼が逮捕さるるとき驚きのあまり死んだ。~』

ほとんど、デタラメな新聞が出されていたとユゴーは書いています。妾とは、フォンテーヌの事です。なんか、聖教珍聞みたい?にならないよう(-_-)なかなか、読み応えがありますね。
 

螺髪さん 太ちゃんさん

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2016年 9月12日(月)01時24分27秒
  太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編 さん、活動体験止まり(河合師範の講義) の投稿
ありがとうございます。
螺髪さん、コメントありがとうございます。

托鉢も比叡山に行くためには、なされていたことであろうことは、考えましたが、
御書に、托鉢のことが、書かれていませんが・・・。
旅をするのに、常に野宿ですか、雨も降りますけど・・・、
どこでも僧侶は無料で泊めてもらえたのですか。
書写するのに紙もいりますが、当時は貴重でした、安くはありません。

・・・・・・報恩抄講義録より
、第31章 清澄山 時代の 日蓮 大聖人
ここで、日蓮 大聖人が 幼少のころ、道善房を 師匠として 修学された 清澄時代の
ことを、若干のべてみよう。日蓮 大聖人は 承久の乱後、まだいくばくもたたぬ
 承久 4年(1222)2月16日、安房国 東条の郷、小湊の 漁家に御誕生になった、
父は 貫名重忠、母は 清原氏で 梅菊と申し上げた、御幼少のころから、ひじょうに
英邁 剛毅で あられたことが、じゅうぶんに うかがわれる、残念ながら 当時の
資料は、ほとんど 残っていない、しかし、日蓮 大聖人の 出家の 動機については、
御書を 拝すると、つぎのようなことが 考えられる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
1、以上の文を読んで、「小湊の 漁家に御誕生」「父は 貫名重忠、母は 清原氏で
 梅菊と」と記されていますが、信じられますか・・・・?。私の御書では貫名重忠は
出ていませんが・・・。

2、10歳や12歳の子供をどうして、「ひじょうに 英邁 剛毅で」・・・なにをもって、
英邁と言えるのでしょうか、剛毅と言えるのでしょうか。
・・・・・・・・・・・・・・

まず、当時 盛んに 信ぜられていた 念仏を 唱える人が、みな 悪相を現じて 苦悶に
みちた 死に方をしていたことである、幸福に なるべき 仏法を 信じて、地獄に
 おちていくさまを 見て、ひじょうな 疑惑をもたれたことである、また 当時、日本に
仏教が 八宗、十宗とあるが、いずれが 真に 正しい 仏教であり、幸福になるべき
教えか という点にあった、さらに 承久の乱において、なにゆえに 朝廷方が 破れて、
三上皇が 島流しに あわれたかという 疑問もあられた。
かくして 日蓮 大聖人は、一刻も 早く これらの 疑念を一掃して 一切衆生を 救済
したいという 念願で、天福 元年(1233)5月、12歳の 御時に、出家を 志され 清澄山に
上って 習学、剃髪は 16歳であった、
・・・・・・・・・・・・・
3、「幸福に なるべき 仏法を 信じて、地獄に おちていくさまを 見て」とありますが・・・
・・・・・・・・・・・・
小湊の漁家の子供、12歳の少年が、そのようなことを考えたという、文証はあるのでしょうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・
私が青年部の時50年前は、こんな疑問を徹夜で話し込んだものですが、今の青年部のため、螺髪さん
お付き合い願いますか。
 

Re:【柳原氏の妄想1 】佐武 誠様

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 9月12日(月)00時49分22秒
編集済
  >>柳原氏は、波田地さんのことばかり云々して、
この男子部最高幹部や葬儀社についてはコメントは一切なし!<<

肝心な部分を触れずに誤魔化す姿勢。柳原氏がししゃり出てきた理由を暗黙に物語っています

なにしろ、大切なお仕事の依頼先です。(笑)
アンタッチャブルなのですから弁解も苦し紛れ。
元職3人の攻撃に特化しつつあり撃沈した模様です。

男子部最高幹部とバックにいる葬儀社一味とは
ズバリ、竹岡父と北林、法匪八尋のことですw

*********************
柳原氏の妄想1 ?投稿者:佐武 誠
?投稿日:2016年 9月 9日(金)08時21分25秒

http://6027.teacup.com/situation/bbs/55904


あの当時の男子部最高幹部で
「波田地さん、チョロチョロするな。そんなに手柄があげたいのか」なんて言いそうなのは、、
あの方しかいませんね(笑)

「俺に全部任せろ」と言った――ここが特に重要だと思います。
これで、勝てる裁判を負けたとしたら、当然、100%、あの方のせいでしょう。

柳原氏は、波田地さんのことばかり云々して、
この男子部最高幹部や葬儀社についてはコメントは一切なし!

実際のところ、どう思っているんですかね?

~~~~~~
【柳原氏の妄想2 ?投稿者:佐武 誠】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/55905

**********************

八尋みのるさんの以下の投稿も関係性をよく物語っています。

【柳原が偽名で書いた本、浩ちゃんの手羽先ってどうよw ?投稿者:八尋みのる 】

http://6027.teacup.com/situation/bbs/55893
 

石嵜さま、宝冠さま、大樹さま

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月12日(月)00時26分28秒
  ありがとうございます。


忘恩は、人間がしてはならぬ最大の悪行であります。

写真家の友人は自分の師匠への門人の忘恩を嘆き、その忘恩の元が権力欲であることを、
見ぬきました。
そして、忘恩の門人には「師匠を侮る気持ち」があることも語っていました。

まったく、四人組はじめ一派と同じ構図。

なるほどな、これも、方程式というやつか、と思った次第です。

功名心や権力欲がざわめく場所は、人間が悪徳によって堕ちる陥穽でもあるのですね。


ところで、昨年9月、安保賛成の大騒ぎの最中、はらだーとフク会長など一行が
アメリカ創価大学行きとは、また、なんて偶然かと思いました。

タイミングが良すぎではないかと感じたんですよ。

そして、大水害の最中、太田国交ダイジンは、大災害を差し置いて「資金ぱーてー」に出席。

それを赤旗にすっぱ抜かれ、電光石火の早さで石井クンと交替、なーにをやってんだか。。。

昨年9月の公明党と執行部の行伏は、時系列で詳細に検証すべきじゃないかと思ってるんです。




 

忘恩の輩は、何をするか?レ・ミゼラブルにみるマドレーヌ市長無きモントレイュ・シュール・メール

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 9月12日(月)00時00分39秒
編集済
  モントレイュ・シュール・メールの繁栄はマドレーヌ氏とともに消滅してしまった。(豊島与志雄訳・レ・ミゼラブル岩波文庫2  P.16)

映画では、マドレーヌ氏=ジヤンバルジャンが、ジャベールと格闘して窓から川?に飛び込み逃走するシーンでしたが、小説ではフォンテーヌの最期を看取り、コゼットを救出する約束してジャベールに自首して再び囚われの身となります。囚人番号24601号から9430号となって、あの悪しき造船所、トゥーロンの徒刑場に送られる事になりました。

マドレーヌ氏無きモントレイュ・シュール・メール(都市名)は、どうなったのか?ユゴーは、書いています。


『彼がいなくなったことは、果たして魂のなくなったに等しかった。彼の失墜後、モントレイュ・シュール・メールには、大人物の転覆後に起こる利己的な分配が行われた。それは実に、人類の共同村において毎日ひそかに行われつつある必然の分割である。しかし史上にただ一回記載されたのは、単にあの有名なるアレキサンドル大王の没後に起こったからである。将軍らが国王の冠を戴き、小頭らが自ら工場主となる。羨望的競争が現れてくる。いまや、マドレーヌ氏の大きな工場は閉ざされ、その建物は荒廃に帰し、職工らは分散してしまった。ある者はその地を去り、ある者はその職業を去った。それ以来、すべては大なるよりも小となり、善を事とするよりもむしろ利得を事とするようになった。もはや中心となるものがなく、到る所に競争があり、苛立ちがあった。マドレーヌ氏はすべてを支配し導いていたが、一度彼が失墜するや、各人は私利にのみ汲々として、組織的精神は競争心に変じ、懇篤のふうは苛酷と変じ、すべての者に対する創立者の慈愛は各人相互の怨恨に変わった。』


こんな感じの宗教団体、皆さんはご存知ですね(-_-)
そう、いまや創価村が、この状態を露わにしています。
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2016年 9月11日(日)23時52分15秒
  今晩は、皆様ありがとうございました
おやすみなさい
 

花野充道という男③=完

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年 9月11日(日)23時43分11秒
  件の学術大会は例の創大・宮田幸一教授のトンデモ学説披露もさることながら、個人的にはあの花野が僧職を離れて在野の仏教研究者の肩書でもって何食わぬ顔で創大構内に入り、ぬけぬけとパネル発表なんぞをものした一件に唖然とした。
彼が何の資格で何の必要があって、今日まで誹謗中傷を繰り返してきた池田先生の作られた創価大学に足を踏み入れられる?
学術大会の開催場所として創大を開放するのは結構なこととして、パネリストの人選はこれはもう狙ってやったものとしか考えられない。
私からすれば「花野よ、あんた何でここにいる?」である。

そしてパネリストとして演壇に立った宮田教授はもとより学術大会の企画・運営に携わった中野毅教授。
新学同世代のイデオローグとしてそれまで一定の敬意を払って両氏の所論を読み込んできた一人として、甚だ残念な出来事である。
両氏とも大学創立者にかねてから何か含むものがあっての花野の招聘だと痛くない腹を探られても仕方のないことだ。
原田執行部の創価教学破壊行為に与する宮田学説披露とも相俟って、イデオローグがデマゴーグになる瞬間にあの日の出席者は立ち会ったことになる。

さらには終了後の懇親会も併せて原田・谷川の学会両首脳も雁首揃えてその場にいた。
昨日バードウォッチングさんがアップした写真は懇親会のものだと思う。

原田会長、谷川主任副会長よ。あなた方があの日、呆けた面で御高説を拝聴したうちの一人は、
正信会の急先鋒から転じて長らく大石寺・阿部日顕の参謀気取りで学会攻撃の先頭に立っていた悪坊主であるぞ。
仏子をいじめ抜き攪乱し続け、未だ前非を悔いて我々の師匠と学会員一同に謝罪の一言を申し述べることもない謗法の徒輩であるぞ。
謗法を呵責することもなくニヤけた面構えで謬見を看過したあなた方も謗法与同の大罪を犯したことに申し開きは出来ないぞ。
花野ともども「あんたたち何でそこにいた?」・・・

あれから一年経った。花野個人以上に彼を創価の学び舎に招いた側の現証はいかばかりかと改めて慨嘆するこの頃である。
 

ひかり様

 投稿者:大樹  投稿日:2016年 9月11日(日)23時37分53秒
編集済
  幹部に媚び会員に威張る人間を戸田先生は「畜生界」と言われました

先生が日本中を回って下さった時、地道に誠実に会員を守る人が抜擢されていました

今は?
原田会長に媚びる人間ばかりになったのでは?
仏法で言う眷属妙でしょうか?
総理に媚び、会員に威張る原田会長
畜生界そのものではないですか?

学会の幹部は「菩薩界」の人になって欲しいものです
 

こんな奴が副会長・副会長夫人

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月11日(日)23時17分18秒
  「折伏したことなんか聞いたことない」

そう先輩たちに言われている人間が、

副会長・副会長夫人をしているのってどう思いますか。

ただのボンボンとボンクラ女、バカのくせに、何度注意されても同じ過ちを繰り返し、
地元や少数の人々に多大な迷惑をかけ、握りつぶし、ウヤムヤにし、何も解決せず逃げる。

おかしな組織ですよ。
こんな人間が放置されて、組織にはばかり、末端から見たら、ちっとも制裁とはいえない
お茶濁しで済ませている。

悪い事をしても、追い出さずに、飼い続けている。
浄財でね。

坂上副会長とひろ子夫人は、折伏したのを見たことない。
怪しいものだ、どうして幹部になれるのだ、ああいう輩が。
そう先輩達が証言している。


(他にも、いるんですかね。こういうフク会長とやらが)


ろくに折伏できないようなダメ幹部のくせに威張っている大馬鹿者が、
浄財から長年給料をもらって生きてきた。

昨年9月だ。
常総が大水害で、地区部長だった拠点提供者の壮年部員が亡くなり、
公明党の安保賛成で内部に激震が走っているというのに、
原田にシッポ振り、夫婦でアメリカ創価大学に夢の旅。
眉をひそめる会員の気持ちなどお構いなしでアメリカ創価大学の報告にうつつを抜かす。
それこそ自粛すべき話題だろう。
そんなこと言う神経は、普通ではないのだよ。
みんな、呆れていた。

こういう幹部が地方の組織をメチャクチャにした。一方的に。
絶対に絶対に許されない。
出て行け!
ニセモノ信心のボンクラ幹部め。執行部と一緒に。みんなの迷惑だ!

ごまかさせないぞ。
このまま隠蔽なんかさせてたまるか。

 

同盟題目23時

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 9月11日(日)22時55分57秒
  開始です。よろしくお願い致します。  

ひかり様

 投稿者:宝冠  投稿日:2016年 9月11日(日)22時46分46秒
  本当ですね

池田先生は今、存命されています
そして、今、SGI会長です
それにもかかわらず、これだけ蔑ろにしている弟子がいる

SGI会長の代理受賞で南米訪問団(?)と一緒に南米に行った原田会長、笠貫女史
受賞した品物、先生にお届けしたのでしょうか?

DVDの最後に原田会長と婦人部幹部が先生、奥様と一緒に勤行している写真が出ました

その写真には笠貫女史も写っています
まさか、その写真で、先生、奥様に南米訪問の報告をしたと思わせようとしているわけではないですよね?

あの写真は大誓堂が出来て、先生、奥様が初めて行かれた時の写真だと推測します

DVDの他の画像はいつのものか?
年月日が記載されていました
最後の写真だけ、何故か、年月日が記載されていませんでした

おそらく、3年前の写真
青年幹で、何故か婦人部と一緒の写真を最後に流す

南米訪問の報告をしたのか?との声が上がっているので、古い写真ー
原田会長、笠貫女史が同席している写真を持ちだし、報告しているかのように見せているのではないか?と邪推しています
今だに聖教には記載がないのはなぜですか?

先生がSGI会長で無くなったら、どれほど酷い状態なるのだろうか?
以前、どなたかが投稿されていたトルストイの娘の言葉、思い出します

池田先生は本当に素晴らしい!
戸田先生の元にいたのは、わずか10年
戸田先生亡き後、莫大な借金と遺族
威張ってばかりのろくでもない先輩達

亡くなられて、約60年間
「戸田先生!戸田先生!」と叫ばれ続けられている
そんな弟子に自分もなりたい!

人は変われど
       我は変わらじ

そんな弟子に自分はなる!
そして、そんな人が溢れるほど、集まっているのが、宿板である

追伸
南米訪問団(?)にいた通訳らしき人が今回国際部通訳翻訳部長になったように思います
前任は確か中国語の周さんだったと記憶しています
先生の信頼厚い人でした
なぜ、交代したのだろうか?
 

花野充道という男②

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年 9月11日(日)22時27分6秒
  冒頭に記したとおり、手記を実質的に取りまとめたのは聖教新聞の一記者であるが、その方は昔も今も私にとって大切な先輩である。
花野がFAXで送り付けた抗議文の写しを、私はもう一人の学生部の先輩宅を伺った折に偶然見せられることとなった。

FAX用紙にして十数枚、なかなかの達筆。しかし手に取って全文目を通す暇もなくコピーなのに文面から異様な殺気立ったものが襲ってくる。
心霊写真じゃないが「これ、あかんやつや。早よ御祓いせな・・・」と真剣に思ったほど、何か妖気めいた怨念が行間からも立ち込めてくる。
長文だがこみあげる怒りにまかせてペンを走らせたのか、同じような文言を繰り返し、論旨を把握するのに苦労したが、どうにか読み下して理解できた主な内容は、、、

・お母様のほうから「もうどうしていいか分かりません、気がおかしくなりそうです」と自分を頼って何度も泣きついてきた。
・嘘デタラメ書き並べた聖教記者よ。速やかに謝罪と訂正を出さなければ、お前の職場にいつでも出向いてやるぞ!!
・夫人はもとより自分が翻弄した一青年への謝罪の言葉は無し。

他に退転した青年部(学術部だったかも?)幹部にも触れていたが、私の存じ上げない方である。
抗議文を見せてくれた先輩も「あいつ(記者氏)また大変やのう」と苦笑されていたが、とにかく事の正否以前に尋常ならざる憎悪と狂気に満ちた文面に私は慄然とした。
弁慶の昔から坊主とヤクザが同業種であるのはとうに承知していたことだが、全くその筋の者がしたためたとしか言いようがない鬼気迫る内容の文章を本人が筆を執っている様子を想像し、私の中で花野の人物像が固着した。

手記の内容が花野の指摘どおりで一切合切デタラメなのかも知れない。
徹頭徹尾、抗議文に記されている事柄が真実であるのかも知れない。
だが繰り返すが、事の正否以前の問題なのだ。このような恫喝まがいではなく恫喝そのものの文書を躊躇なく執筆し送付する行為が、僧職の身分に関係なく人として終わっていることなのである。
何よりも自分の野心と怨嫉に多くの他人を巻き込み、一人の前途ある青年の人生を大きく狂わせた己の行状について一片の悔悟の念も示さないのがこの男の本質を物語っている。

その後の花野が辿った人生、変節漢として今日に至る来歴はここではいちいち記さない。
日顕と袂を分かったとて、別に学会寄りのスタンスなど取ってはいない。そう思わせるような言動も要は単なる日顕への当てつけに過ぎない。
二人とも、信仰の内実を全く伴わない「机上の教学」に明け暮れて一生を無為に過ごした似た者同士の近親憎悪の争いを見せているのである。

そんな花野が昨年9月5日、あの問題の「日本宗教学会 第74回学術大会」にパネラーとして参加。
創価大学に姿を現したのである。
 

全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年 9月11日(日)21時58分46秒
  全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2008ー7-29 【全国最高協議会】

■ 「創立80周年(2010年)の希望の峰へ、晴れ晴れと進みゆく伝統の全国最高協議会の開催、本当にご苦労さま!(大拍手)
 ある時、恩師の戸田先生は言われた。
 「『誠実』の道をゆけ! 人間としての大道を堂々と歩め!」
 簡潔で、いい言葉である。
 この恩師の指針の通り、私は、誠実の道を歩み抜いてきた。
 「誠実」こそ、わが人生の真髄のモットーである。
 あまりにお人好しで、だまされたり、インチキをされたこともあったが、しかし、私は、誠実で勝ってきた。
 誠実の対話で、多くの人を味方に変えながら、心通う麗しい友情の連帯を、日本に、世界に広げてきた。
 誠実こそ、人間として最も尊い、永遠の勝利の大道なのである。

● 同志に感謝を!
 一、この協議会は、一騎当千の王者の集まりである。
 「真剣」でなければ、未来は開けない。
 「真剣」でなければ、仏と魔との大闘争を勝ち抜けるはずがない。
 根本は、最高幹部の皆さんが、率先して行動することだ。
 自分は楽をして皆にうまくやらせよう──そんな気持ちが毛筋ほどでもあるならば、戦いは敗北だ。仏子を軽んずる、詩法にも等しい行為である。
 健気な同志の皆さんが、汗をかき、足を棒にして歩き、時には、悪口されながら、創価の真実と正義を語りに語ってくださってきたおかげで、広布の地盤は、ここまで築き上げられたのである。
 この尊き同志の心を、幹部一人一人は、絶対に忘れてはならない。
 真剣に戦ってくださる同志に心から感謝しよう、皆さんの奮闘に何とか応えていこう──そう思って戦う人は、最後は必ず勝っていける。
 多くの友を結集しながら、はつらつと歓喜の前進の指揮を執っていけるのだ。
 創価の父である牧口先生は語られた。
 「試練に行き当たった時こそ、前進の炎をさらに燃え上がらせて、生きて生きて、生き抜くのだ」
 ともあれ、有意義にまた朗らかに、広宣流布の研修を行い、下半期の大勝利へ、生き生きと出発してまいりたい(大拍手)。
 一、法華経に「令法久住」とある。
 しかし、個人の信仰だけでは、妙法を未来永遠に伝えていくことは困難である。
 だから、組織が大事だ。学会が大事だ。
 学会の「組織」が強くなり、学会の「人材」が強くなるためであれば、私は、労苦を惜しまない。
 それを確固たる信念として進んできたのである。

● 戦う心があるか
 一、戸田先生は、強く語られた。
 「どのような状況にあっても、自分自身が深く偉大な信心に立てば、すべてを開いていける。
 自分が変わり、自分が責任を持てば、一切に勝利できるのだ。要は自分だ。自分自身に生き抜くことだ」
 すべては、自分自身で決まる。
 「戦おう!」「勝とう!」──この信心の強き一念が胸中に燃えているかどうか。
 戦う命があるか。
 負けない心が光っているか。
 それが一切の勝利を決めるのである。

■ 戦後間もない昭和二十年代、戸田先生が事業に失敗され、莫大な借金を抱え」絶体絶命の状況に追い込まれた時である。
 今まで、先生にお世話になってきた人間が、まさに「恩を仇で返す」ごとく、先生を罵り、去っていったことを、私は忘れることはない。
 なかには、先生を下に見て、「戸田君」と呼ぶ幹部も現れた。
 “調子の良い時だけ先生の側にいて、口では師匠と言いながら、実際は、自分のために利用していただけではないか”──私は、怒りで心が煮えたぎる思いであった。

 一、私は戸田先生の弟子として、早朝から夜中まで、杜絶に戦った。
 学会を財政面から支えていた先生の会社を再建するため、必死で働いたのである。ご家族のことも、喜んで、何でもやらせていただいた。
 戸田先生から、「どんなことがあっても君の師匠は私だよ」と明言していただいた私には、文句も愚痴もなかった。
 そしてまた、わが家も、私の実家も、妻の実家も、すべてを捧げて、恩師に尽くしたのである。
 晩年、戸田先生は、私の手をがっちりと握りながら、「君がいてくれたから、私は本当にいい人生を送れた」と落涙された。
 あまりにも美しい師弟の姿であった。
 その後も、先生から受け継いだ学会を、世界192カ国・地域に広げ、先生の偉業を全世界に大きく宣揚してきたことは、皆さんがご承知の通りだ。
 一、戦時中の大弾圧のなか、戸田先生は牧口先生をお護りした。
 戦後の最大の苦境のなか、私は戸田先生をお護りした。
 命を賭して師匠を護る──これが本当の師弟である。
 古今東西の歴史を見ても、私はど師匠に仕え切った弟子はいないと自負している。
 それが、私の永遠の誇りであり、永遠の勝利であり、永遠の栄光である(大拍手)。
 この言語に絶する師弟の道をつくってきたからこそ、学会は世界的な発展を遂げたのである。

● 名聞名利が信心を破壊
 一、御聖訓に仰せである。
 「(提婆達多は)名聞名利が深い者であったので、仏が人々から尊敬され、もてなされているのを妬んだ」(御書1348ページ、通解)と。さらに「提婆は妬む心が深く」(同1349ページ、通解)とも説かれている。
 「信心」を破壊し、「師弟」を被壊するのは、「名聞名利」の心であり、「妬み」の命である。
 戸田先生は、厳然と叫ばれた。
 「口ばかりで実行の伴わない、ずるい幹部は信用できない。金、権力、名声、遊びで堕落し、すぐに争い合う。だから絶対に気をつけろ。そんなやつは、たたき出せ」と。
 厳しいご指導ではあるが、学会の将来のため、清浄な広布の組織を護るため、あえて紹介させていただいた。

● 正義を叫んだ女性リーダー
 一、きょうは、婦人部、女子部の皆さんの代表も集ってくださった。本当にありがとう!(大拍手)
 皆さんの大先輩であり、女子部長、婦人部長も歴任した模範の女性リーダーの一人に、多田時子さんがいる。
 学会が一番大変な時、創価のジャンヌ・ダルクのごとく、颯爽と立ち上がり、師弟の正義を強く叫び抜いた方であった。
 多田さんは、戸田先生がつくられた女子部の人材グループ「華陽会」のメンバーでもあった。
 その「華陽会」で戸田先生は指導された。
 「師匠を信じて、いかなることがあろうと、共に戦い進みゆく人間の集まりこそが、創価学会の最大のあり方である」と。
 どんなことがあっても、師と共に!──この一念でリーダーが進んでいくとき、必ずや広布の組織は発展する。それを多田さんは、自身の行動をもって、見事に示していかれたのである。
 その精神は、今の女子部の「池田華陽会」に、脈々と受け継がれている。

■ 一、牧口先生がご自身の「御書」に傍線を引かれ、胸に刻まれた一節の中にこうある。
 「今の世間を見るに人をよくな(成)すものはかたうど(方人)よりも強敵が人をば・よくなしけるなり」(御書917ページ)
 今の世間を見るならば、人を立派にしていくものは、味方よりも、むしろ強い敵であるとの仰せだ。
 確かに、困難があり敵がいるから、真剣に題目があがるのだ。
 油断ならない状況であればこそ、惰性に流されやすい自分を奮い立たせ、日々、前進することができるのだ。
 その意味で、広宣流布に戦う人生は、無限の向上の歩みである。
 その感謝と誇りをもって、愛する同志に勇気と希望を贈りながら、さらに生き生きと前進してまいりたい
(大拍手)。
 わが同志に、祝福の和歌を贈りたい。

    君もまた
     私も共に
       敢然と
     世界広布の
       肩組む嬉しさ

■ 思えば、.私が第3代の会長に就任したころは、学会の建物はまだ少なかった。それが今では、全国、全世界に堂々たる「平和の城」「文化の城」がある。
 この一点を見ても、学会がどれほどの勢いで発展を続けているかがわかる。本当にすごいことだ。
 私は戸田先生の構想は、すべて実現した。今でも、世界広布のため、未来のため、どんどん手を打っている。先生は心から喜んでくださっていると思う。
 これまで私は、自分自身のことなど何一つ考えないで戦ってきた。すべてを学会のため、同志のために捧げてきた。
 目覚ましい発展の陰に、どれほどの苦労があったか。どれほどの激闘があったか。
 後継のリーダーは、このことを決して忘れてはならない。

● 広宣流布の原動力たれ
 一、戸田先生は言われた。
 「本陣の幹部の使命は、日本国、そして全世界の広宣流布の原動力となることである。広宣流布に走りゆく同志のために、労を惜しまないことである」
 リーダーの皆さんは、常に生き生きと進んでもらいたい。
 また、周りから好かれる存在であっていただきたい。理屈ではない。「感じ」のいい、人格が光る人であってこそ、皆も、ついてきてくれるのだ。
 戸田先生は、リーダーに対しては、それはそれは厳しかった。研修会など、先生のもとで行われた訓練が、どれほど大変なものであったか。
 参加者に生命力がなかったり、いい加減な態度だったりしたら、烈火の如く叱られた。さまざまな機会を通して、私たちを訓練してくださった。
 本当に天才的な指導者であられた。
 この剛毅な戸田先生が、師匠の牧口先生の前では、これ以上ないというぐらい、かしこまっておられた。そう、うかがった。
 私もまた、戸田先生に対しては、同じような思いでお仕えした。これ以上、尽くしようがないというほど、先生のために尽くし抜いた。
 先生の訓練の厳しさは、今の人たちには想像もできないと思う。ふつうだったら嫌になって、逃げ出してしまう。それはどの訓練だった。
 私だったから、ここまで戸田先生にお仕えすることができた。そう自負している。
 先生の訓練のおかげで、つくりあげることができた創価学会なのである。
 ともあれ、広布の労苦に一切、無駄はない。同志のため、学会のために真剣に働けば、永遠に仏天の加護があることは、絶対に間違いない。

    霊山と
     十方諸仏が
       護り来る
     我らの勝鬨
       三世に響かむ

● 恩を忘れるな
 一、仏典には、こう記されている。
 「善くない人は恩を知らず、恩を感じない」
 「善い人」は「恩を知り、恩を感じる人である」(中村元著「『恩』の思想」、仏教思想研究会編『仏教思想4』所収、平楽寺書店)。
 仏法は報恩の大切さを教えている。
 私は、師匠への報恩に生き抜いてきた。
 恩を忘れれば、増上慢になる。自分勝手になる。そして結局、信心が狂い、自分自身を滅ぼしてしまう。
 「正しい仏法を教えてくださった師匠が、一番の恩人です」
 心から、こう言える自分なのか。そうではないのか。
 この違いは、あまりに大きい。「心こそ大切」(御書1192ページ)なのである。

■  一、よりよい社会を築くのも、その第一歩は、一人の悩める友を救うことである。
 必死の祈り。慈愛の励まし。勇気の行動。これがなければ、大いなる変革のうねりを起こすことなど、できるはずがない。
 「声」が力だ。「対話」が武器だ。
 折伏の意義について、戸田先生は、こうおっしゃった。
 「世の中に恩人は、いろいろある。しかし、御本尊を持たせてくれた恩は、三世の幸せにつながる大恩である。その恩返しをする最高の方法は、今度は自分が折伏することだ」
 心揺さぶる対話から、新しい喜びのドラマが生まれる。

● 「同じ心」で前進
 一、リーダーは、先頭をきって「希望の大道」「平和の王道」を切り開くのだ。格好がどうか、ではない。大事なのは、最後に「勝つ」ことだ。皆さんは、すでに「信心」という勝利への直道を知っている。
 将来にわたり、決して偉ぶることなく、皆と「同じ心」で、「同じ目線」で、戦うことだ。心を合わせ、団結して進むのだ。
 自分がどう見られるかばかりを気にして、外面を飾り、気取っていては勝てない。
 戸田先生はリーダーに強く言われた。
 「形式的な表面的な弱々しい姿で臨んでいるだけでは、どうして人がついてくるか」
 幹部のせいで戦いが進まないようでは、いる意味がない。すべては信心で決まるのだ。
 「人材をどんどん育てよ! 探せ!」と戸田先生は叫ばれた。
 ある時、先生は、衆望を集める世間の指導者について「彼は偉ぶらず、質素な服装で、仕事も、交渉ごとも、自分で真っ先にやっている。面白い男じゃないか」と評された。
 先生の人を見る目は鋭かった。内外を問わず、光る人材を愛する、スケールの大きさが懐かしい。
 こうして皆さんに指導を伝えていると、破顔一笑される先生の姿が心に浮かぶ。
 「大作は、俺が忘れてしまった言葉まで覚えているな」──と。
 師の一言一旬たりとも疎かにしない。これが師弟である。
 先生は力強く呼びかけられた。
 「この戸田と共に戦ってほしい。そして、立派に成長していくのだ。たとえ、どこの地に行こうが、この戸田と共に邁進するものと、私は確信しています」
 広宣流布の大師匠・戸田先生とともに生きる!──これが私の人生である。
 そして、同志とともに、妙法の王子・王女である青年たちとともに、ますます元気に進んでいきたい。

    わが同志
     仏の王子は
      三世の誉れと

● 法を壊す悪と戦う人が菩薩
 一、天台大師の師匠である南岳大師の言葉に、こうある。
 「もし菩薩がいて、悪人をかばって、その罪を罰することができず、そのために悪を増長させ、善人を悩乱させて正法を破壊させるならば、その人は、じつは菩薩ではない」(御書1347ページ、通解)
 正法は全人類を幸福に導く。悪人は、その法を破壊する。
 悪と戦ってこそ、菩薩なのである。
 正義の師弟を貫くのは、「破折の精神」「折伏の精神」「広宣流布の精神」にほかならない。
 ドイツの哲学者カントは喝破した。
 「陰険な人間、それは思いやりがなく、冷酷で、人を傷つけて喜ぶ人間である」 (高橋克也訳「人間学遺稿」、『カント全集15』所収、岩波書店)
 同じくドイツの詩人シラーは、「卑劣な人間がいるところ、嘘と陰謀がはびこる」と綴っている(戯曲「ヴアレンシュタイン」)。 戦おう! 正義を守るために。邪悪を打ち破らなければ、いい人材は育たない。
 「清浄な創価学会の組織を撹乱する者を追放せよ」
 これが、戸田先生の厳命であった。
 また、牧口先生は、人事について「親分子分だけの関係で人事をやってはならない」と戒められたという。
 そういう人事は、結局、うまくいかないものだ。皆からも支持されない。
 広布のための組織である。決して公私混同してはいけない。

● 信心の苦労こそ最高の"学歴"
 一、日蓮大聖人は、「開目抄」に記されている。
 「道心(信心)のない者は、生死(の迷苦)から離れることはできない。
 教主釈尊は、一切の外道から大悪人であると、ののしられた。
 天台大師は、南三北七の十派から怨嫉され、日本の法相宗の僧・得一からも、『(天台は)三寸に足らない舌をもって(仏説を誹謗し)五尺の仏身を断つものである』と中傷された。
 また伝教大師も奈良の諸宗の人々に『最澄(伝教大師)は、まだ唐の都を見ていない』と言われた。
 これらはすべて、法華経のゆえであるから恥ではない。(それよりも)愚人にほめられることは第一の恥である」(御書237ページ、通解)
 正法を弘めるゆえに受ける難は、仏法者の誉れなのである。

 一、この御文で述べられている伝教大師への非難は、現代的には、世間一般の「権威」「学歴」を偏重する風潮や、最先端の学問を知らない等の誹謗にも通ずるといえよう。
 伝教大師は、法華経を正しく行ずるゆえに憎まれ、悪口された。その一つが、"最澄は唐の都ではなく、「辺ぴな地方」(天台山)で学んだだけだ。ゆえに、最澄の教説は正しくない"という難癖であった。
 しかし、伝教大師の側は毅然と反論している。──大切なのは、どこで学んだかではない。だれを師匠とし、いかなる法理を学び究めたかが重要ではないか──と。
 伝教大師は、「法華経第一と知るゆえに、天台の正統を知る師匠から学んだ。"権威づけのため"などという考えは、いささかも眼中になかった。
 今も、人の実力を判断する際に、「有名大学の出身ではない」と見下す者がいる。その根本は「増上慢」であり、間違っている。
 ことに、信心の世界で重要なのは、学歴や肩書ではない。広宣流布への信念であり、信心だ。
 広布のための苦労によって刻まれた年輪は、いわば"学歴以上の学歴"なのである。これが大聖人の御精神でもある。
 戸田先生も、伝教大師の入唐の史実を通して、「戸田大学」の意義を語ってくださったことがある。
 当時、私は苦境に立つ先生を支えるため、通っていた夜学も断念せざるをえなかった。
 先生は、おっしゃった。──広宣流布の土台をつくってくれ。学問は、俺が教える──と。
 約10年間、真剣な講義が続いた。日曜には戸田先生のご自宅で、朝から晩まで勉強したこともあった。

● 庶民の城を守れ
 一、歴史学者のトインビー博士と対談した際、博士は、「私は世界のいくつかの大学から名誉博士を贈られています。あなたは必ず私以上に、世界中から名誉博士号を贈られるようになるでしょう」と励ましてくださった。
 博士の言葉通り、皆さんを代表して、世界の学術機関から拝受した名誉学術称号は「242」となった。
 これらはすべて、「戸田大学」の薫陶のおかげであると、私は思っている
 (大拍手)。
 また、学会は庶民の団体である。
 今から振り返ると、あの苦闘の日々に、いわゆる有名大学ではなく、戸田先生のもとで学んだこと自体が、"庶民の城である学会を護れ! 学会幹部は絶対に権威を振りかざすな!"という、先生の言外の指導であったように思えてならない。
 本当に偉大な先生であられた。
 広宣流布の正しき師匠のもとで、正しき法を求め、学び、実践していくことが、どれほど仏法の本義に則っているか。"創価の師弟の大学"に学びゆく青春ほど、崇高な道は絶対にない。

● 権威を恐れれば民主主義は破壊
 一、「行動」こそ青年の証しである。
 戸田先生は語られた。
 「社会の不幸に目をつぶって、宗教の世界に閉じこもり、安閑とただ題目を唱えているだけなら、大聖人の立正安国の御精神に反している。
 この世の悲惨をなくす。不幸をなくす。人権を、人間の尊厳を守る。平和な社会を築いていく。そのなかにこそ、仏法の実践があるのだ」と。
 この「戦う心」を忘れ去ったのが、日顕宗である。
 「民衆に慕われながら、民衆の生活の中に飛び込んで広宣流布していくんだ」と、率先して陣頭指揮をとられる戸田先生だった。
 先生は、こうも言われた。
 「権威なんか恐れることはない。だれ人たりとも恐れる必要はない。
 権威を恐れていては民主主義が破壊される。それでは民衆が、かわいそうではないか。あくまで主権在民である」と。
 どこまでも、民衆が強くなるため、民衆が賢くなるための学会活動である。最高幹部は心しなければならない。

 一、暑さが厳しい。
 健康にくれぐれも気をつけて、楽しく、有意義な日々であっていただきたい。
 最後に──

    おお師弟
     同志の歌あり
      創価かな

と贈り、記念のスピーチとしたい。
 また元気にお会いしよう!(大拍手)

 

(無題)

 投稿者:まいえっくす爺  投稿日:2016年 9月11日(日)21時54分1秒
  HAMDOC様
さしつかえなければ、処分の経緯を教えてください。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/56016
 

そう言えば、日蓮大聖人の研究で、「馬が6頭」がありましたw

 投稿者:真実  投稿日:2016年 9月11日(日)21時38分22秒
  【グリグリ様 そう言えば「馬が6頭」の執筆問題がありました 】
投稿者:信濃町の人びと
投稿日:2016年 5月20日(金)21時14分28秒   通報

ある、広報室の部長さんだったか。
面白可笑しく日蓮大聖人を取り上げて、職員規律違反を犯していながら音沙汰なしだったのでしょうか。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/47143

↓        ↓       ↓

「職員規律10綱」第7「職員は、法人の許可なくして、自己の著作物を他から出版、ないし雑誌掲載をしてはならない」  投稿者:砂糖ピロシ
投稿日:2014年12月 9日(火)21時09分44秒   通報
平成17年3月21日

新潮社
G藤裕二様

謹啓
 この度は、お手数をおかけして恐縮です。何卒、宜しくお願い致します。
この論考は、清貧で宗教的妥協を許さない孤高の宗教者といったこれまでの日蓮のイメージを一新するものなので、私の立場で、しかも本名で発表できる代物ではとてもありません。公にするときには、ペンネームや、○○研究会編など、何か工夫しなければ、と思っています。
 また、メールにも書きましたが、古希論文集に発表する予定だったものなので、堅くて、読みづらいと思います。一般向けには、もっと平易に、分かりやすくしたいと思います。
 たとえば、日蓮の遺品に馬が6頭あるのですが、これも論文では、サラッと触れたに過ぎません。しかし、当時の社会で馬を持てるというのは、実は大変なことだったのです。人が餓死しても、葬送することもできず、鎌倉の町中のそこここに捨てられていて、幕府が「市中に死体を遺棄してはいけない」と立て札を出した時代です。馬を持つというのは、馬が食べる食糧を用意でき、馬の世話をする馬飼いを雇うことができ、馬舎の用意があったことを意味しますので、今の時代でいえば、自家用機とか自家用クルーザーとか、運転手付きの最高級ベンツを持っているようなものです。しかも、それが6頭ですから、日蓮には大変な財力があったことが伺えます。
この一事をもっても、日蓮がとても庶民の代表と呼べる身分でなかったことは明らかですが、今回の論文では、このように平易なかたちでの説明はしていません。左ページの注も、本文に組み入れた方がいいのかなど、どのようにしたら、一般向けになるかは、まさに編集の方にアドバイスを頂戴したいところなのです。
 何よりも、この論考のおもしろさは、創価学会を含む日蓮系教団が、なぜ執拗に政治に関わろうとするのか、その原点、DNAが、実は日蓮自身の中にあったことを発見できる点だと思っています。日蓮は世俗の権力と出世の権威を、ともに手に入れることを望んだ人物でした。そして、そうすることが、正義だと信じて疑わなかった人でした。そんな日蓮像が立ちのぼってくれれば、嬉しいのですが、どうでしょう。
謹白 O川
 

ひかり様

 投稿者:石嵜メール  投稿日:2016年 9月11日(日)20時28分20秒
編集済
  大学当時お世話になった先生が米寿です。昨年は米寿の祝いに行きました。その後愛想なしです。反省しきり。ご挨拶に上がろうと思います。

ありがとうございました。
 

ある写真家団体の話

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月11日(日)20時02分4秒
編集済
  写真家としてのキャリアを積み、今ではアーティストとして通用するまでになった友人がいる。

友人は高名な写真家のT先生について、長年修行してきた。

そのT先生が、83歳になり、引退された。

一昨年、写真家としての集大成の最後の個展をされ、私も、銀座まで出向き、ご挨拶した。

T先生は、照れくさそうだった。

友人は受付をしていた。

その様子からは、師匠の最後の個展を支えようと、弟子として誠心誠意尽くしているのが
感じられた。



最近、その友人から意外な話を聞いた。

先日、T先生の元へ、行ったのだそうだ。

すると、先生は大変喜ばれたが、「引退してからも、来てくれるのは、君だけだね」

友人は驚いた。 そして、私にこう言ったのだ。

「T先生には門人だけでも、数百人はいるだろうから、まさか、頻繁に人が来ていると思っていた。
とても信じられない。こんなことってあるか。T先生には皆、恩義があるはずなのに」


門人のほとんどは、男性である。 友人は、一人と言っていいくらいの、女性の弟子である。

友人は言う。

たとえば二科展なら二科展の組織の、上の役になりたくて、10回は入選を狙う人がほとんどだと。

入選には、やり方があり、友人はそういうことを含めて、だんだん疑問になってきた。


「組織の上に行けば行くほど、そういう人は、アートを求めるよりも、策だ」

「ほとんどの人間は、T先生を、自分のために、利用していたんだろうか?」

「挨拶くらい、するのが人の道じゃないのか?」


私は、友人の話を聞いているうちに(もうお分かりかと思うが)、
まるで執行部の、池田先生に対する行伏を、トレースしている気持ちになった。

浄財にただ群がり、うまいこと自分に引っ張っていこうとする輩があとを断たないありさま。

役職にこだわり、浄財から出ている給料を思えば絶対できそうもない査問・除名を指示。


ああ、何と言うことだろう。


執行部には、信心が無い。
師弟もない。

あるのは、世俗的な野心、権力欲、金への執着。
なんと、醜い人間達か!









 

さんべん

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年 9月11日(日)19時58分8秒
  「さんべん」って聞くと「だいもくさんべんでおわり」なんてのを思い出すのだけど

まさか学会の会長ともあろう人が「題目さんべんで終わり」が勤行なんてことないよねぇ?

先日の慰安旅行中は「だいもくさんべんでおわり」にしてたのでしょうか?

原田会長どうなんですか?

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

活動体験止まり(河合師範の講義)

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年 9月11日(日)19時42分26秒
  http://www.geocities.jp/bosatu2015/kawai1a.htm
河合師範の指導  平成10年6月2日寝屋川文化会館より

●●●●●●
どうしたら疑わないか?自分が体験したことは疑わないから信じる。この体験は活動体験ではなく功徳の体験。
活動体験ではだめ。活動体験ばかりいっぱいあっても、功徳を受けなけれぱ不信になる。今は活動体験止まりが多い。
かえって不信になる。功徳の体験が出れば信が深まって「もっと頑張ろう!」となる。空のボートは波が来ればゆれる。

大風が来ればひっくり返る。大きな石を積めば船がグッと沈んで動かなくなる。同じように大きな体験をすれば、信が深まる。体験がない信仰は観念だから何かあったら疑ってしまう。体験があれば何があっても疑わない。
小さな体験でもたくさんすれぱ同じ。信が深まる。

最近、2世3世が増えた。2世は生まれつき惰性で、何となく信仰しているから体験がなく、信心が観念的。やらされている信仰だから重荷で苦しむ。かわいそう。これを『2世症候群』という。

子供に勤行を強制してはいけない。信心嫌いになる。子供だって悩みがあるのだから、信心を教えるのは大事。
「こうなりたいと祈ってごらん!そうなるよ!」と教えればよい。決意して祈らせれば体験ができるから信が深まって、放っておいても大丈夫。「やらなきゃダメ!」と言ってはいけない。やらされた信仰は信仰ではないから功徳はない。
先生は、「勤行を強制すると信心嫌いになるよ。信心の好きな子、学会が好きな人を育てよう。」と言われた。
結構押しつけている場合が多い。そして嫌われている。自分で決意しなければ信心ではない。

決意から入れば信心、形から入れば情性。決意してやらせれぱ功徳がある。無理矢理やらせたら功徳はない。
2世が体験を持てば強い。体験のない2世は弱い。

どうしたら体験できるかといえば、具体的に祈って動くこと。そうすれば必ず体験ができるから信が深まって「もっと頑張ろう!」となる。人材育成・新入会員をどう育てるか?功徳を受けさせること。喜んで活動家になる。
活動を押しつけたら潰れてしまう。信心を教えて功徳を受けさせること。

今、あまり功徳を受けていませんね。体験発表というと新入会員ばかり。
古い会員はこんなに頑張っているのに体験がないから。やってることは間違っていない。
でも信心が惰性、活動が義務になっている。一念が間違っている。先生は、「信心が惰性になったら退転だよ。」と言われた。頑張っていても退転。

○○○○○○

幹部にほめられても、御本尊にほめられなければだめ。

今は幹部公認・御本尊非公認になっている。功徳がないということは御本尊に通じてないということ。
これではつまらない。
御本尊に認めてもらうのが信心。功徳を受けない信心と、もうからない商売はやめることです。

信仰とは夢があり、希望があり、ドラマがあり、歓びがある。こうなればいいなぁというのが夢、こうしよう・こうなろうというのが希望、その希望を具体的に強く祈れぱ、その希望が実現する。それが信仰。
うんと夢を持って、その中からまず具体的な希望を立てて、祈って実現していく。
次にまた夢を希望に変えて祈って実現していく。

次から次へと夢を希望にし、実現していくための信仰。頑張っていればいつか実現するのではない。
決めて祈らなければ実現しない。

○○○○○○

信心で変わろうと思い続ければグングン変わるのが信仰。そのための信仰。いつか変わるのではない。
頑張っていればよいと思って功徳を受けることを忘れていませんか?それではつまらない。

戸田先生は、「祈りを叶え、夢を叶え、誰よりも幸福になっていくための仏法である。人生を勝利するための仏法である。祈りが叶ってこそ真の仏法である。」と言われた。

幸せになるための信仰。祈りを叶えるのが信心。戸田先生は、「現代の人間は非常に欲張りでありながら、成仏という絶大な利益を願わない点においては、無欲とも愚かともいうより他はない。私どもは大いに欲張って、生きていること自体が嬉しくてしようがないという絶対的幸福の境涯を、我も開き友にも開かせていこうではありませんか。」と言われた。もっと頑張りましょう。

うんと欲張って、何を願っても良いんです。人の不幸は祈ってはいけませんが、それ以外は何を祈ってもよい。
あれもこれも願いを叶えて、その歓びを分けてあげましょう。それが広宣流布。功徳が無くて人に言えますか?
それは詐欺。仏法を語るのではなくて、信仰の歓びを語ること。歓びが伝わる。

御書に、「喜び身に余るが故に堪え難くして自讃するなり(P.334)」とある。
嬉しくてしようがないからつい「仏法はすごいよ」と言ってしまう。これが本当の折伏。功徳をうんと受けましょう。
小遣いがないのに人におごってあげられない。功徳をうんと受けて分けてあげましょう。けちはだめ。
大阪の人は、けちではないはずなのに、最近随分けちになりましたね。功徳を受けることを忘れている。

それでよく頑張りますね。功徳を受けるために頑張るべき。先生が「皆さんの健康・長寿・幸福・裕福を祈ってますよ。」といつもおしゃる。健康・裕福になることが先生に応えること。
「こんなに幸せになりました。そしてみんなを幸せにしました。」と報告すれば、先生はうんと喜んでくれる。

「頑張ってます。でも変わってません。」では、先生は悲しみます。今は先生を悲しませている。
先生は幸せの指導者・広布の指導者。功徳を受けない信仰は間違った信仰。惰性と義務になっている。
ギアさえ入ればワァっと変わる。

○○○○○○

去年の暮れに洗濯機が壊れた。そこで御本尊に「洗濯機が壊れたから新しいのが欲しい。できれぱピンクのが欲しい。」と祈った。

1時間ほど唱題したら近所のB担さんが来た。雑談の中で洗濯機の話をしたら「じゃああげようか。」と言う。
相手はマンションの管理人。最近は若い人が引っ越すときに面倒くさいので置いていってしまうらしく、 「たくさんあるからいらっしゃいよ。」と言われて倉庫に行ってみたら、新品同様のピンクの洗灌機があった。
1時間で叶ってしまった。何でも叶う。

「白い良い猫が欲しい!」と祈ったら、白い猫が迷い込んできて、飼い主もわからず居着いてしまった。
このあいだその猫が歳で死んでしまった。「同じ猫が欲しい!!と祈った。ペット屋さんに見に行くと15万円した。
「2万円でください!」と祈った。

そしてインターネットを見ていたら「猫あげます」と出ていた。
電話をかけたら同じ種類の猫だった。「赤ちゃんができて飼えなくなったからあげます。」とのこと。
そして横浜から東京まで連れて来てくれた。そこでお礼に2万円あげた。願い通り、2万円で手に入れてしまった。何でも叶う。これが普通。

一昨年の2月に姪を折伏した。美大の生徒。おばさんが願いは叶うよと言ったから、90項目祈ったら3ヶ月で全部叶った。今100項目祈っている。どんどん叶うから嬉しくてたまらないと毎日3時間、題目をあげている。それを見て嬉しいからどんどん折伏ができる。その姪の変わった姿を見るとみんな友人が入信する。

去年の2月に「パリに行って美術館巡りをしたい」と祈っていたら、たまたま知り合った画家が「仕事を手伝ってくれるなら一緒に連れてってあげよう。」と、費用は全部向こう持ちで2ヶ月間ただでパリを回って帰ってきた。
何でも叶う。これが普通。それを聞いた婦人部の幹部が「私も祈ろう!」と100項目祈りだしたら、どんどん叶い、 「あれ?祈りって叶うんだ!!」と言っていた。

祈りは叶って当たり前。祈ってないから叶わない。もっと欲を出して叶えましょう。

頑張るばかりでは「仏道苦行」で楽しくない。『成果の無間地獄』です。

○○○○○○

信心していれば何とかなる、というのは最高の迷信。
祈った分しか叶わない。御本尊が決めるのではなく自分が決める。
だから「心こそ大切なれ」である。

どういう心で頑張るかである。仏法に形はない。どうやって説明するのか?自分が体験をして、生活・生命が変わった実証で相手に納得させるしかない。それが私たちの使命。

湧出品に「地湧の菩薩というのは如蓮華在水」とある。蓮の花は泥沼で咲く。泥沼が深いほど大きな花が咲く。娑婆世界は泥沼。その中で功徳の花を咲かせ、幸せの花を咲かせ、生命の花を咲かせ、その実証で人を救うのが地湧の菩薩。だから功徳を受けて、証明をしなければならない。

今は花がしおれている。これでは蜂も来ない。うんと花を咲かせましよう。
そしてみんなに花を咲かしてあげましょう。
それが広宣流布。私たちは自分のためにだけ信心しているのではない。広宣流布を願って信心をしている。

広宣流布とは不幸の追放運動・幸せの拡大運動。「悲惨の2字を無くそう!」と戸田先生が言われた。

不幸を無くして幸せを広げるのが広宣流布。
●●●●●●

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

托鉢!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 9月11日(日)19時33分25秒
  赤胴さん


 >漁師の子がどうして僧侶になれて、比叡山まで勉学するために行けたのか?(投稿者:赤胴鈴之助   投稿日:2016年 9月11日(日)18時26分48秒)<

 当時は「托鉢」という行事がまだ、修行僧の間で盛んに行われていたのではないでしょうか。


 

またですか?他の東大卒の方々が誤解されます。

 投稿者:ダメよ~ダメダメ  投稿日:2016年 9月11日(日)19時29分1秒
  東大卒の会長は本当に大丈夫ですかね?

昔から独特の読み方をされます(笑)

かつても海外のメンバーが来られた際に、「来日・らいじつ」と言われていました。これは明ら

かに「来日・らいにち」でしょう?

たしかネットで指摘された後、止められて「来日・らいにち」と言っていました。

たぶん次回は「さんぺんどでん」と仰るでしょう(笑)

「さんべんどてん」会長、ドテン!と転ばない様にお気をつけ下さい。

>今日、本幹行って来ました。

原田会長、「三変土田」を「さんべんどてん」と言ってましたね(笑)

聞いた瞬間「えっ」と思い、今まで自分が間違って覚えていたのかと不安が過り、すぐにスマホ

を手に調べました。

「さんぺんどでん」が正解のようです。安心しました。

創価学会の会長でありながら、まるで新入会員のような読み間違い。お疲れなのでしょうかね?
 

若く美しいソクラテス様

 投稿者:幸せな人  投稿日:2016年 9月11日(日)18時38分10秒
  宿坊に出会えてしあわせですよね。

先生御隠居後、今までも個人の信心で功徳は受けてきましたが、宿坊の方々と呼吸を合わせると功徳倍増してます。

とくに勇気を出して投稿するようになってから、如実に冥顕あわせて受けさせていただいております。

皆さまありがとうございます。
 

メルアドを知らせず渡す方法

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年 9月11日(日)18時36分20秒
編集済
  メルアドを知らせず相手に渡す方法はたぶんいくつかあるでしょうでしょうけど。

一例としてだけど。

たとえば、アメーバなどのSNS内でのみやりとりできるメールなら、相手に自分のメルアドを知らせることなくお互いにメールに近いやりとりが可能ですけど(当然ながらお互いにアメーバなどの利用するサーバーのアカウントの取得が必要ですが)。
ただ、当然ながら「メール添付」という機能まではないですけど。

なので、やりとりの前に、何らかの方法でネット上にアップロードした上で、それを相手に知らせる、という手順が簡単でしょうか。

http://firestorage.jp/

下記の通りで、この掲示板ではこのサイトを利用した公開がたまにされてきましたけど。
http://search.yahoo.co.jp/search?p=firestorage&vs=http%3A%2F%2F6027.teacup.com%2Fsituation%2Fbbs%2F&fr=yssn&ei=utf-8
【firestorage】

以上は個人対個人の方法ですが。
別に他の人に公開したくない内容というわけでもないでしょうから、掲示板ですでになされてきてる方法でもよろしいのでは?
「みなさんも一緒にどうぞ」という感じで。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

ひらがなプロジェクトへ投稿します 連絡無冠様へ

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2016年 9月11日(日)18時26分48秒
  ひらがなプロジェクトへ投稿します。
池上殿、孝子御書です。

読み切れぬ 本を重ねて決意増す

それでも、読める本と読まない本が出てきます。
内容に気が向かない本は、買っていませんが、ちょっと読んでみて、解りやすいか?、
読みやすいか?、で後を読む気が失せる場合があります。

分かりやすい書き方であっても、中身が薄い場合があります。
どういうことかというと、原理原則にこだわるあまり、解釈に驚きがない場合は
砂を噛むように虚しい心地にしてしまいます。

本を書く以上、新しいこと、人が言っていないことを書いてほしいですよね。
知的好奇心を刺激する本が少ないです。

日蓮大聖人の御書に関しては、目から鱗の本がありました。
最蓮房は日興上人だったという本は、一気に読み上げました。
次に面白かったのは、日蓮伝再考です、現地に行って日蓮大聖人が生まれ育った地を細かく
調べて、詳細に考察を書かれていたのには、驚きでした。

ただ、育った環境、遊びや、学びの場があまり書かれていなかったのは、残念です。
御書に書かれていないことは、書かないと決めておられたのでしょう。
大阪の設備やさんの本だと聞いて、また驚きました。

先日、読み終えた「日蓮の思想と生涯」は御書に書かれた内容から日蓮大聖人の
宗教的思想を解釈されて、生涯を追って書かれていたのは、労作だとは思いましたが、
度肝を抜くほどの、新説には程遠い、東大卒の学者が、破たんすることなく、批判されるような
こともなく、たんたんと書かれた、学術書の趣で、さもありなんと思える本でした。

この本を読み始めて、毎日30分から1時間かけて読んだのですが、約4カ月かかりました。
それほどの大著ですが、日蓮大聖人の御書を学ぶ初心者や、これから、日蓮思想を勉強する青年には、
一読する価値ある、本であることは間違いありません。

日蓮思想を、生涯を追って変遷が分かるので、御書講義される人は、この「日蓮の思想と生涯」
は、必須の読み物かと思いました。

日蓮大聖人の不思議を解明するために、私は読み始めたので、すこし物足りなさを感じてしまった
のは仕方がありません、目的の本ではなかったと、思うしかありません。

日蓮大聖人の不思議とは、漁師の子がどうして僧侶になれて、比叡山まで勉学するために行けたのか?。
その費用を、誰がどれだけ負担されたのか?。
この部分が解明されない限り、日蓮大聖人の幼い時の生い立ちが見えないのですが、そこまで踏み込んだ
日蓮大聖人の伝記の本は、知りません。

そのほか、不思議がいっぱいあるのですが、誰もその部分に挑戦する人はいないのでしょうか・・・?。

・・・・・・・・・・・・・・
無冠さん、akadou18817@gmail.co   で新しくメルアド作りました。

>全てのスピーチ全文をお渡しできれば良いのですが・・・。<
 

花野充道という男①

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年 9月11日(日)18時11分30秒
  いわゆる破門通告の後、平成3年の末か4年の年頭あたりだと記憶しているが、創価新報に一本の手記が掲載された。
草創期に男子部長・青年部長を歴任し、若くして亡くなられた功労者の夫人の手によるものとされているが、実際は夫人の証言を基に聖教記者が文章構成を整えライティングしたものである。

御主人を亡くされてから女手ひとつで三人の息子さんを池田先生ご夫妻に見守られ周囲の学会員同志に支えられて立派に育てあげられるのだが、末のご子息が中学か高校卒業後に年分得度(と言うのだろうかこの場合?)で出家してから間もなく、当時、反学会の若手坊主のリーダー格として台頭しつつあった花野充道の毒牙にかかってしまう。
花野に籠絡されたご子息は先生と学会への誹謗中傷の言動が日増しにエスカレートし正信覚醒運動にのめり込んでいく。
ところが日達法主急死の後、猊座を掠め取った日顕に破門をちらつかせられると、あろうことか正信会の急先鋒だった花野が軽度の処分を受け入れあっさりと帰順してしまう。
梯子を外された格好のご子息は茫然自失となり、ひとまず還俗させ自宅に戻ったが、生気を失った廃人同然の姿で部屋に引きこもり、以前にも増して先生と学会そして実の母親を呪詛を吐くがごとく罵倒するようになってしまった。利発で親思いの少年期とは完全に別人と化してしまったのである。
先生からの夫人への度重なる激励、奥様からも「きっと使命がおありになるのよ」と力強い言葉をいただき、家族と学会同志が祈りを重ねる中、薄皮がめくれるように少しずつ事態は好転し、やがて生涯の伴侶になりたいと自ら申し出る女性も現れて、ご子息はついに広布の庭に舞い戻ることが出来たのである。。

・・・・・・という内容だったように覚えているが、ところが手記掲載から間髪を入れずに(禿人なのにこの言い方はおかしいか)当時・加古川市の浄福寺住職だった花野の強烈な抗議文が聖教兵庫支局に送られてきた。

急用できたので続きはまた。今夜中に全部書きます。
 

証明

 投稿者:大城  投稿日:2016年 9月11日(日)18時06分17秒
編集済
  反板さんが騒いでいます
先生のメッセージの削除を会長が悪意があって削除したか、証明しろと

自分の投稿を確認しました
原田会長が削除したと原田会長を特定していない
また悪意とも書いていない
「自分達に都合の悪いことは削除」

反板は「原田会長が削除したか、証明しろ」と
反対に教えて欲しいものです
原田会長が削除したのですか?

先生はスピーチが長くなると参加者が疲れるのでは?と参加者を思い、スピーチを短くして、後で新聞に掲載するからと言われました

師匠がそう言われからとメッセージを削除するのは弟子として違うと思います

まして、そんなに長いメッセージではなかった
削除したことによって辻褄が合わなかった
完成したメッセージを未完成なもの
つまり「粗法」に堕したと思いました

また、都合の悪い箇所を削除したのではないか?と疑問の声を上げた理由は
1.お題目の大切さの御文

会員を集票マシン、集金マシン、新聞拡張員にしてある手合いが感じられる原田執行部

お題目に挑戦しようという話、あまり聞かなくなっているように思いました

2竜女の成仏

日頃婦人部を大事しているように思えない執行部です
女性は「依怙贔屓」を特に嫌うことが分かっているのだろうか?

3熱原の法難
富士宮の事件はまさに熱原の法難ではないか?と宿板で話題になって久しい

連想されると思ったのではないだろうか?

以上の点で
「自分達に都合の悪い箇所を削除したのではないか?」との疑問を持ちました

師匠のメッセージを何故削除したのか?
正当な理由があるならば、是非、教えて頂きたいものです

疑問を持つ方が悪いのか?
疑問を持たせる方が悪いのか?
先人は教えてくれました
「李下に冠を正さず」

また、この3箇所の削除は先生の了承を得ているのだろうか?
もし、そうならば、放送の際に
「先生の了承を得て一部削除しました」
と画面に出すなり、聖教に記載するべきではないか?

スピーチの時は、いつも最後に記載されていました




 

【定期案内】教学部レポートをお読みください。

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 9月11日(日)18時06分2秒
  このレポートを読めば、教義変更の経緯・今の執行部の狂いの元を知ることができます。
【希望される方】下記をご覧になってください。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/38211

【注意事項】を併せてお読みください。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/18051

なお、送付までお時間を要する場合があります。ご了承ください。

また、時々、希望メールが迷惑フィルター等に引っかかる場合が散見されます。2週間以上経過してもレポートが届かない場合は、その可能性があります。お手数ですが督促していただけると助かります。

よろしくお願い致します。
 

三変土田

 投稿者:とりあえず匿名  投稿日:2016年 9月11日(日)16時06分25秒
  土田(どてん?)・・・地方によっては、びっくりすことを、どでんした、というそうです
す。

昨日の投稿の続きですが、創価ネットの意見欄、個別の返事や回答はしないとのこと。

そうであるならば、せめて、こういう意見が寄せられたが、こうしたいとか、その意見はこうした理由で採択できないとか、定期的に発信してもらいたいものです。

意見もあがっていないかもですが・・・  その割には現場では、ぶつぶつ・・・


話かわりますが、先生のメッセージたしかに、カットされていました。
先生が本幹等でスピーチされていたころ、全部新聞に載せるからね、と仰って原稿を飛ばされていたようにもおもいます。

新聞に載ればまだよしとしなければいけないかもしれませんが、地域の会合へのメッセージ等は、カットされても、付け加えられようとも、普通の会員にはわかりませんよね。


それから、本幹中継の最後に先生を中心として、奥様、会長、婦人部幹部の唱題している、以前の映像は、必要だったのと思いましたが・・・
 

三変土田(さんぺんどでん)

 投稿者:北国  投稿日:2016年 9月11日(日)15時35分6秒
  新・人間革命 灯台 四十五より抜粋
一九七七年(昭和五十二年)二月十七日の
夜、会長・山本伸一を迎えて、創価文化会館
内の広宣会館で開催された、第一回「農村・
団地部勤行集会」は、歓喜と求道の息吹に
満ちあふれた出発の集いとなった。
全国から駆けつけた参加者は、伸一の指導を
一言も聞き漏らすまいと、耳を澄ませ、瞳を輝
かせ、一心に彼を見つめていた。
伸一は、参加者の日々の活動に対して、ねぎ
らいと感謝を述べたあと、一人ひとりに語りか
けるように、懇談的に話を進めた。
「私が、会長に就任したその年の七月、千葉
県の銚子で、青年部の人材育成機関の一つ
であった『水滸会』(すいこかい)の、野外研修
を開催いたしました。
(中略)
『皆さんの一念で、国土世間(こくどせけん)も変
えていくことができると教えているのが仏法です。
根本はお題目です』と申し上げました。
大聖人は、『心の一法より国土世間も出来
する事なり』(御書五六三㌻)と
仰せだからです。国土の違いも、わが一念
から起こり、わが一念に国土も収まります。
心の力は偉大です。何があっても負けない、
強い、強い信心の一念があれば、一切の
環境を変えていくことができる。
それが『三変土田』(さんぺんどでん)の法理
です」
「三変土田」とは、法華経見宝塔品(ほけきょ
うけんほうとうほん)第十一で説かれた、娑婆
(しゃば)世界等を仏国土へと変えていく変革の
法理である。「三変」とは、三度にわたって変
えたことであり、「土田」とは、土地、場所を意
味している。
 

無冠様

 投稿者:若く美しいソクラテス  投稿日:2016年 9月11日(日)15時22分2秒
編集済
  いつも、いつもありがとうございます

先生の御指導、毎日、読ませて頂いています
先生の御指導読めば、読むほど、先生の御指導通り、行動しているのが、宿板である!と確信します

先生は、辞任させられる時、遺された会員を心配してくださり、
「5年任期、再選なし」との会則を作ってくださいました
しかし、秋谷さん、原田さんは反故にしました

どんな人間にも長所があります
そして、同様にどんな人間にも短所もあります
長所が最大生かされ、短所を最小限でくいとめることができるのが、「5年任期再選なし」だと思います

現場の役職者を見ているとそう思いませんか?
昔は、優しくていい人だったのにー!
という人、たくさんいます
「堕天使」になってしまう人たくさんいます

5年任期再選なし
この師が作って下さった会則を守る人こそ、新時代に相応しい会長です
また、2006以降のスピーチに挑戦している人こそ、新時代の学会のリーダーに相応しいと思いました

この板に出会えて良かったです
福運です

昭和29.9.5
戸田先生は言われました
「10年後、もう一度集まって欲しい
  その時、諸君達に頼みたいことがある」

平成28.9.4 先生のメッセージ
自分は先生がもう一度私と一緒に21世紀の本当の山を登ろう!と言って下さったように思いました

この6年、弟子に任せて登った山
違う山だったのではないでしょうか?

間違った山に登ったならば、一旦下山して、新しい山に登らなければならない

原田会長を筆頭に4人組の皆さんは、山から下りて、新しい山、師弟不二の山に挑戦して欲しいと思います

そして、自分達は、  そんな4人組を残して、このまま
先生と共に「師弟の山」を登って行きます!

先生のスピーチ
「長生きをして、本当に青年部を育てきって完璧な学会を築きたい。
それを見届けたい。そう決意している」

先生に喜んで頂ける
先生に安心して頂ける
そんな学会になる為に
新出発する時は「今!」だと決意しました

「「それは私だ!」そう心の中で決める事だ
その人が一番偉い」


9.4
先生と共に民衆の幸福を守る「永遠の都」を作る旅路に出発しました
 

無冠さん、コメント読ませていただきました。

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2016年 9月11日(日)14時51分31秒
編集済
  無冠さん、コメント読ませていただきました。
今日は朝6時から、公園掃除でくたくたになり、昼寝でやっと回復しました。
返事が遅れてごめんなさい。
私も、無冠さんへ先生の講演を読み上げている、MP3のデータを送りたいと思っていたところです。

>全てのスピーチ全文をお渡しできれば良いのですが・・・。<
メルアド公開せずに、知らせる方法ありますか。
 

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