『ソーシャルブレインズ入門』〈社会脳〉って何だろう
藤井直敬(2010)
ソーシャルブレインズ入門――<社会脳>って何だろう (講談社現代新書)
- 作者: 藤井直敬
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2010/02/19
- メディア: 新書
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唐突ですが、脳が好きです。
脳科学の本とか大好物です。
どうして、ただの物質にしかすぎないはずの脳が、現在の僕たちのように考えたり、悩んだり、これまで存在しなかったモノを作ったりできるのか。さらに、そういうことをやっている脳自身が、自分自身のことを考えることができるということへの驚きと、そのしくみの深遠さに、僕たちはすっかり参ってしまいます。
脳科学者だって、脳に魅了されて研究しているんですねえ。
本書には新しい発見、面白い発想がありました。
わたしたちの脳は、認知コストバランスと社会的制約の両方からの制約を積極的に受けることで、わざと自由度を残していないのかもしれません。エネルギー効率という点で見れば、制約に従う生き方は脳のリソースをほとんど使わない最適な生き方だからです。(中略)
人が強く社会の影響を受ける生物になった理由の一つが、社会的生物集団における、社会集団全体のオペレーションコストを下げるためだと考えても、おかしくはありません。
わたしたちはじつは、自分たちで考えている以上に行動の選択肢の少ない環境に生きているということを覚えていてください。そして、そのことには、おそらく意味があるのです。
別章からですので文脈は違いますが、こんな説明も。
ヒトとチンパンジーの脳の重さは、ヒトが四倍近いのですが、脳への血流量は二倍にしかなっていません。ヒトの脳内エネルギー環境はチンパンジーのそれとくらべてはるかに厳しいのです。
生理学的な限界もあり、脳は認知にかけるコストを自らセーブするように出来ている。
おー!これは大著『ファスト&スロー』の認知理論、『システム1とシステム2』の考え方にもぴったり合致するじゃないですか!
ダメだ、ワクワクさんとロマンティックが止まらない。
すごい脳。たいしたもんだ脳。
いかん、興奮しておかしくなってきた。
ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
- 作者: ダニエル・カーネマン,村井章子
- 出版社/メーカー: 早川書房
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本書では『妻と帽子を間違えた男』(オリヴァーサックス)を思わせるような、
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・相手の目から感情を読み取ることが出来ない
・他人の顔だけが認識できない(たしか相貌失認とか言うんですよね)
といった症状を示す、高次脳機能障害の患者さんの例が出てきます。
脳って本当に不思議で、興味が尽きない存在だとあらためて唸らされます。
第2章 これまでのソーシャルブレイン研究『仮想空間の腹腕』では、人間の持つ身体イメージが、決して固定的なものではないという興味深い事実について。
あまりに面白いので引用しますね。
この実験では、被験者にヘッドマウントディスプレイをかぶって仮想空間の中に入ってもらいます。仮想空間の中では、被験者の身体が見えますが、本来の自分とは異なる、伊勢エビのような変な生き物になっています。(中略)その被験者の身体には、お腹から本来はないはずの腕が数本生えています。少し混乱するので、この新しい腕を、腹腕と呼びましょう。
さて、仮想空間の中で獲得した新しい腕、腹腕は本来の身体のどこかを動かすと、それに応じて動くようになっています。被験者は、その仮想空間の中で、どうやったら腹腕が動くのか、試行錯誤します。しばらくすると、その腹腕を自在に操るコツをつかんで、その変な生き物を自在に歩き回らせることができるようになります。このときの被験者がいったいどのように感じているかといえば、短時間のうちにまったく新しい自己身体像を獲得できるのだそうです。
現実では獲得することができないこの身体イメージは、ヘッドマウントディスプレイを外すことで、もとのイメージに戻ります。ということは、わたしたちには複数の身体イメージを脳内に保持し、それを自由に切り替えることが可能だということになります。
「当たり前やんけ!戻らんやったら頭の中ではずっとエビのままやんかい!」
といった突っ込みは置いときまして、この実験、一度でいいからやらして欲しい。めちゃめちゃ面白そうじゃないですか。人間ってそんな風に出来ているんだ。
体感したい。
風になれなくてもいい。
海老になりたい。
虫とか甲殻類って、生理的に受け付けないかたがいますけど、この実験には惹かれません? ダメかな。。。
こういった印象に残る小ネタを挟みながら、本論の〈社会脳〉についてやさしく解説してくれる良書なのですが、筆者である藤井氏の科学論、人間論には毎回感心させられます。
じつは完璧な環境制御にもっとも邪魔なものは、他者の存在です。他者とは、この世の中でもっとも予測不可能性が高いものです。しかも、同じ他者をどのように感じるかは、人の主観に依存します。そのような主観性も科学が嫌うものです。
予測困難な状況や主観的判断を実験環境に入れてしまうことは、再現性を必須と考える科学には致命的です。
「人と人の関係」現象は、絶対性・普遍性を持たないために、科学が取り扱うことができないものでした。科学が得意とするのは、再現性の高い、現象の間に共通して適用可能で普遍的な理論の探索だからです。
「何を自明なことを」と思いがちな内容ですが、なかなかこれだけ簡潔に書けるものではないですよね。理解が深いからこそ、平明な文章が書けるという典型でしょう。
人間論については 第5章 ソーシャルブレインズ研究は人を幸せにするか? を是非じっくりとご覧いただきたく。
そうそう「おわりに」もいいですよー。
どうして、社会が科学に投資しなければいけないのか。わたしたちが科学し続けてきたモチベーションは何だったのか。一見、自明のことに見えるそんな問いに、私たちはきちんとした答えを持っているでしょうか。
どういうわけか、ここしばらく、僕はそのようなことばかりを考えています。その中で気がついたのは、わたしたちが科学する理由は、”自然が怖い” からではないかということでした。
医学も、自分の身体、つまり自分でコントロールすることのできない身体の中の自然のしくみを何とか理解して制御しようとするものと言い換えることができるでしょう。そのような意味で、「脳も、他の臓器と同じく自然の一部」と考えてよいかもしれません。
考察の鋭さも含め、けだし名文であります。
本書に唯一難を付けるとするならば、前著『つながる脳』と続けて読むと、内容に既読感があり過ぎることぐらいでしょうか。てへぺろ。
以上 ふにやんま