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こんな奴が副会長・副会長夫人

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月11日(日)23時17分18秒
  「折伏したことなんか聞いたことない」

そう先輩たちに言われている人間が、

副会長・副会長夫人をしているのってどう思いますか。

ただのボンボンとボンクラ女、バカのくせに、何度注意されても同じ過ちを繰り返し、
地元や少数の人々に多大な迷惑をかけ、握りつぶし、ウヤムヤにし、何も解決せず逃げる。

おかしな組織ですよ。
こんな人間が放置されて、組織にはばかり、末端から見たら、ちっとも制裁とはいえない
お茶濁しで済ませている。

悪い事をしても、追い出さずに、飼い続けている。
浄財でね。

坂上副会長とひろ子夫人は、折伏したのを見たことない。
怪しいものだ、どうして幹部になれるのだ、ああいう輩が。
そう先輩達が証言している。


(他にも、いるんですかね。こういうフク会長とやらが)


ろくに折伏できないようなダメ幹部のくせに威張っている大馬鹿者が、
浄財から長年給料をもらって生きてきた。

昨年9月だ。
常総が大水害で、地区部長だった拠点提供者の壮年部員が亡くなり、
公明党の安保賛成で内部に激震が走っているというのに、
原田にシッポ振り、夫婦でアメリカ創価大学に夢の旅。
眉をひそめる会員の気持ちなどお構いなしでアメリカ創価大学の報告にうつつを抜かす。
それこそ自粛すべき話題だろう。
そんなこと言う神経は、普通ではないのだよ。
みんな、呆れていた。

こういう幹部が地方の組織をメチャクチャにした。一方的に。
絶対に絶対に許されない。
出て行け!
ニセモノ信心のボンクラ幹部め。執行部と一緒に。みんなの迷惑だ!

ごまかさせないぞ。
このまま隠蔽なんかさせてたまるか。

 

同盟題目23時

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 9月11日(日)22時55分57秒
  開始です。よろしくお願い致します。  

ひかり様

 投稿者:宝冠  投稿日:2016年 9月11日(日)22時46分46秒
  本当ですね

池田先生は今、存命されています
そして、今、SGI会長です
それにもかかわらず、これだけ蔑ろにしている弟子がいる

SGI会長の代理受賞で南米訪問団(?)と一緒に南米に行った原田会長、笠貫女史
受賞した品物、先生にお届けしたのでしょうか?

DVDの最後に原田会長と婦人部幹部が先生、奥様と一緒に勤行している写真が出ました

その写真には笠貫女史も写っています
まさか、その写真で、先生、奥様に南米訪問の報告をしたと思わせようとしているわけではないですよね?

あの写真は大誓堂が出来て、先生、奥様が初めて行かれた時の写真だと推測します

DVDの他の画像はいつのものか?
年月日が記載されていました
最後の写真だけ、何故か、年月日が記載されていませんでした

おそらく、3年前の写真
青年幹で、何故か婦人部と一緒の写真を最後に流す

南米訪問の報告をしたのか?との声が上がっているので、古い写真ー
原田会長、笠貫女史が同席している写真を持ちだし、報告しているかのように見せているのではないか?と邪推しています
今だに聖教には記載がないのはなぜですか?

先生がSGI会長で無くなったら、どれほど酷い状態なるのだろうか?
以前、どなたかが投稿されていたトルストイの娘の言葉、思い出します

池田先生は本当に素晴らしい!
戸田先生の元にいたのは、わずか10年
戸田先生亡き後、莫大な借金と遺族
威張ってばかりのろくでもない先輩達

亡くなられて、約60年間
「戸田先生!戸田先生!」と叫ばれ続けられている
そんな弟子に自分もなりたい!

人は変われど
       我は変わらじ

そんな弟子に自分はなる!
そして、そんな人が溢れるほど、集まっているのが、宿板である

追伸
南米訪問団(?)にいた通訳らしき人が今回国際部通訳翻訳部長になったように思います
前任は確か中国語の周さんだったと記憶しています
先生の信頼厚い人でした
なぜ、交代したのだろうか?
 

花野充道という男②

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年 9月11日(日)22時27分6秒
  冒頭に記したとおり、手記を実質的に取りまとめたのは聖教新聞の一記者であるが、その方は昔も今も私にとって大切な先輩である。
花野がFAXで送り付けた抗議文の写しを、私はもう一人の学生部の先輩宅を伺った折に偶然見せられることとなった。

FAX用紙にして十数枚、なかなかの達筆。しかし手に取って全文目を通す暇もなくコピーなのに文面から異様な殺気立ったものが襲ってくる。
心霊写真じゃないが「これ、あかんやつや。早よ御祓いせな・・・」と真剣に思ったほど、何か妖気めいた怨念が行間からも立ち込めてくる。
長文だがこみあげる怒りにまかせてペンを走らせたのか、同じような文言を繰り返し、論旨を把握するのに苦労したが、どうにか読み下して理解できた主な内容は、、、

・お母様のほうから「もうどうしていいか分かりません、気がおかしくなりそうです」と自分を頼って何度も泣きついてきた。
・嘘デタラメ書き並べた聖教記者よ。速やかに謝罪と訂正を出さなければ、お前の職場にいつでも出向いてやるぞ!!
・夫人はもとより自分が翻弄した一青年への謝罪の言葉は無し。

他に退転した青年部(学術部だったかも?)幹部にも触れていたが、私の存じ上げない方である。
抗議文を見せてくれた先輩も「あいつ(記者氏)また大変やのう」と苦笑されていたが、とにかく事の正否以前に尋常ならざる憎悪と狂気に満ちた文面に私は慄然とした。
弁慶の昔から坊主とヤクザが同業種であるのはとうに承知していたことだが、全くその筋の者がしたためたとしか言いようがない鬼気迫る内容の文章を本人が筆を執っている様子を想像し、私の中で花野の人物像が固着した。

手記の内容が花野の指摘どおりで一切合切デタラメなのかも知れない。
徹頭徹尾、抗議文に記されている事柄が真実であるのかも知れない。
だが繰り返すが、事の正否以前の問題なのだ。このような恫喝まがいではなく恫喝そのものの文書を躊躇なく執筆し送付する行為が、僧職の身分に関係なく人として終わっていることなのである。
何よりも自分の野心と怨嫉に多くの他人を巻き込み、一人の前途ある青年の人生を大きく狂わせた己の行状について一片の悔悟の念も示さないのがこの男の本質を物語っている。

その後の花野が辿った人生、変節漢として今日に至る来歴はここではいちいち記さない。
日顕と袂を分かったとて、別に学会寄りのスタンスなど取ってはいない。そう思わせるような言動も要は単なる日顕への当てつけに過ぎない。
二人とも、信仰の内実を全く伴わない「机上の教学」に明け暮れて一生を無為に過ごした似た者同士の近親憎悪の争いを見せているのである。

そんな花野が昨年9月5日、あの問題の「日本宗教学会 第74回学術大会」にパネラーとして参加。
創価大学に姿を現したのである。
 

全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年 9月11日(日)21時58分46秒
  全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2008ー7-29 【全国最高協議会】

■ 「創立80周年(2010年)の希望の峰へ、晴れ晴れと進みゆく伝統の全国最高協議会の開催、本当にご苦労さま!(大拍手)
 ある時、恩師の戸田先生は言われた。
 「『誠実』の道をゆけ! 人間としての大道を堂々と歩め!」
 簡潔で、いい言葉である。
 この恩師の指針の通り、私は、誠実の道を歩み抜いてきた。
 「誠実」こそ、わが人生の真髄のモットーである。
 あまりにお人好しで、だまされたり、インチキをされたこともあったが、しかし、私は、誠実で勝ってきた。
 誠実の対話で、多くの人を味方に変えながら、心通う麗しい友情の連帯を、日本に、世界に広げてきた。
 誠実こそ、人間として最も尊い、永遠の勝利の大道なのである。

● 同志に感謝を!
 一、この協議会は、一騎当千の王者の集まりである。
 「真剣」でなければ、未来は開けない。
 「真剣」でなければ、仏と魔との大闘争を勝ち抜けるはずがない。
 根本は、最高幹部の皆さんが、率先して行動することだ。
 自分は楽をして皆にうまくやらせよう──そんな気持ちが毛筋ほどでもあるならば、戦いは敗北だ。仏子を軽んずる、詩法にも等しい行為である。
 健気な同志の皆さんが、汗をかき、足を棒にして歩き、時には、悪口されながら、創価の真実と正義を語りに語ってくださってきたおかげで、広布の地盤は、ここまで築き上げられたのである。
 この尊き同志の心を、幹部一人一人は、絶対に忘れてはならない。
 真剣に戦ってくださる同志に心から感謝しよう、皆さんの奮闘に何とか応えていこう──そう思って戦う人は、最後は必ず勝っていける。
 多くの友を結集しながら、はつらつと歓喜の前進の指揮を執っていけるのだ。
 創価の父である牧口先生は語られた。
 「試練に行き当たった時こそ、前進の炎をさらに燃え上がらせて、生きて生きて、生き抜くのだ」
 ともあれ、有意義にまた朗らかに、広宣流布の研修を行い、下半期の大勝利へ、生き生きと出発してまいりたい(大拍手)。
 一、法華経に「令法久住」とある。
 しかし、個人の信仰だけでは、妙法を未来永遠に伝えていくことは困難である。
 だから、組織が大事だ。学会が大事だ。
 学会の「組織」が強くなり、学会の「人材」が強くなるためであれば、私は、労苦を惜しまない。
 それを確固たる信念として進んできたのである。

● 戦う心があるか
 一、戸田先生は、強く語られた。
 「どのような状況にあっても、自分自身が深く偉大な信心に立てば、すべてを開いていける。
 自分が変わり、自分が責任を持てば、一切に勝利できるのだ。要は自分だ。自分自身に生き抜くことだ」
 すべては、自分自身で決まる。
 「戦おう!」「勝とう!」──この信心の強き一念が胸中に燃えているかどうか。
 戦う命があるか。
 負けない心が光っているか。
 それが一切の勝利を決めるのである。

■ 戦後間もない昭和二十年代、戸田先生が事業に失敗され、莫大な借金を抱え」絶体絶命の状況に追い込まれた時である。
 今まで、先生にお世話になってきた人間が、まさに「恩を仇で返す」ごとく、先生を罵り、去っていったことを、私は忘れることはない。
 なかには、先生を下に見て、「戸田君」と呼ぶ幹部も現れた。
 “調子の良い時だけ先生の側にいて、口では師匠と言いながら、実際は、自分のために利用していただけではないか”──私は、怒りで心が煮えたぎる思いであった。

 一、私は戸田先生の弟子として、早朝から夜中まで、杜絶に戦った。
 学会を財政面から支えていた先生の会社を再建するため、必死で働いたのである。ご家族のことも、喜んで、何でもやらせていただいた。
 戸田先生から、「どんなことがあっても君の師匠は私だよ」と明言していただいた私には、文句も愚痴もなかった。
 そしてまた、わが家も、私の実家も、妻の実家も、すべてを捧げて、恩師に尽くしたのである。
 晩年、戸田先生は、私の手をがっちりと握りながら、「君がいてくれたから、私は本当にいい人生を送れた」と落涙された。
 あまりにも美しい師弟の姿であった。
 その後も、先生から受け継いだ学会を、世界192カ国・地域に広げ、先生の偉業を全世界に大きく宣揚してきたことは、皆さんがご承知の通りだ。
 一、戦時中の大弾圧のなか、戸田先生は牧口先生をお護りした。
 戦後の最大の苦境のなか、私は戸田先生をお護りした。
 命を賭して師匠を護る──これが本当の師弟である。
 古今東西の歴史を見ても、私はど師匠に仕え切った弟子はいないと自負している。
 それが、私の永遠の誇りであり、永遠の勝利であり、永遠の栄光である(大拍手)。
 この言語に絶する師弟の道をつくってきたからこそ、学会は世界的な発展を遂げたのである。

● 名聞名利が信心を破壊
 一、御聖訓に仰せである。
 「(提婆達多は)名聞名利が深い者であったので、仏が人々から尊敬され、もてなされているのを妬んだ」(御書1348ページ、通解)と。さらに「提婆は妬む心が深く」(同1349ページ、通解)とも説かれている。
 「信心」を破壊し、「師弟」を被壊するのは、「名聞名利」の心であり、「妬み」の命である。
 戸田先生は、厳然と叫ばれた。
 「口ばかりで実行の伴わない、ずるい幹部は信用できない。金、権力、名声、遊びで堕落し、すぐに争い合う。だから絶対に気をつけろ。そんなやつは、たたき出せ」と。
 厳しいご指導ではあるが、学会の将来のため、清浄な広布の組織を護るため、あえて紹介させていただいた。

● 正義を叫んだ女性リーダー
 一、きょうは、婦人部、女子部の皆さんの代表も集ってくださった。本当にありがとう!(大拍手)
 皆さんの大先輩であり、女子部長、婦人部長も歴任した模範の女性リーダーの一人に、多田時子さんがいる。
 学会が一番大変な時、創価のジャンヌ・ダルクのごとく、颯爽と立ち上がり、師弟の正義を強く叫び抜いた方であった。
 多田さんは、戸田先生がつくられた女子部の人材グループ「華陽会」のメンバーでもあった。
 その「華陽会」で戸田先生は指導された。
 「師匠を信じて、いかなることがあろうと、共に戦い進みゆく人間の集まりこそが、創価学会の最大のあり方である」と。
 どんなことがあっても、師と共に!──この一念でリーダーが進んでいくとき、必ずや広布の組織は発展する。それを多田さんは、自身の行動をもって、見事に示していかれたのである。
 その精神は、今の女子部の「池田華陽会」に、脈々と受け継がれている。

■ 一、牧口先生がご自身の「御書」に傍線を引かれ、胸に刻まれた一節の中にこうある。
 「今の世間を見るに人をよくな(成)すものはかたうど(方人)よりも強敵が人をば・よくなしけるなり」(御書917ページ)
 今の世間を見るならば、人を立派にしていくものは、味方よりも、むしろ強い敵であるとの仰せだ。
 確かに、困難があり敵がいるから、真剣に題目があがるのだ。
 油断ならない状況であればこそ、惰性に流されやすい自分を奮い立たせ、日々、前進することができるのだ。
 その意味で、広宣流布に戦う人生は、無限の向上の歩みである。
 その感謝と誇りをもって、愛する同志に勇気と希望を贈りながら、さらに生き生きと前進してまいりたい
(大拍手)。
 わが同志に、祝福の和歌を贈りたい。

    君もまた
     私も共に
       敢然と
     世界広布の
       肩組む嬉しさ

■ 思えば、.私が第3代の会長に就任したころは、学会の建物はまだ少なかった。それが今では、全国、全世界に堂々たる「平和の城」「文化の城」がある。
 この一点を見ても、学会がどれほどの勢いで発展を続けているかがわかる。本当にすごいことだ。
 私は戸田先生の構想は、すべて実現した。今でも、世界広布のため、未来のため、どんどん手を打っている。先生は心から喜んでくださっていると思う。
 これまで私は、自分自身のことなど何一つ考えないで戦ってきた。すべてを学会のため、同志のために捧げてきた。
 目覚ましい発展の陰に、どれほどの苦労があったか。どれほどの激闘があったか。
 後継のリーダーは、このことを決して忘れてはならない。

● 広宣流布の原動力たれ
 一、戸田先生は言われた。
 「本陣の幹部の使命は、日本国、そして全世界の広宣流布の原動力となることである。広宣流布に走りゆく同志のために、労を惜しまないことである」
 リーダーの皆さんは、常に生き生きと進んでもらいたい。
 また、周りから好かれる存在であっていただきたい。理屈ではない。「感じ」のいい、人格が光る人であってこそ、皆も、ついてきてくれるのだ。
 戸田先生は、リーダーに対しては、それはそれは厳しかった。研修会など、先生のもとで行われた訓練が、どれほど大変なものであったか。
 参加者に生命力がなかったり、いい加減な態度だったりしたら、烈火の如く叱られた。さまざまな機会を通して、私たちを訓練してくださった。
 本当に天才的な指導者であられた。
 この剛毅な戸田先生が、師匠の牧口先生の前では、これ以上ないというぐらい、かしこまっておられた。そう、うかがった。
 私もまた、戸田先生に対しては、同じような思いでお仕えした。これ以上、尽くしようがないというほど、先生のために尽くし抜いた。
 先生の訓練の厳しさは、今の人たちには想像もできないと思う。ふつうだったら嫌になって、逃げ出してしまう。それはどの訓練だった。
 私だったから、ここまで戸田先生にお仕えすることができた。そう自負している。
 先生の訓練のおかげで、つくりあげることができた創価学会なのである。
 ともあれ、広布の労苦に一切、無駄はない。同志のため、学会のために真剣に働けば、永遠に仏天の加護があることは、絶対に間違いない。

    霊山と
     十方諸仏が
       護り来る
     我らの勝鬨
       三世に響かむ

● 恩を忘れるな
 一、仏典には、こう記されている。
 「善くない人は恩を知らず、恩を感じない」
 「善い人」は「恩を知り、恩を感じる人である」(中村元著「『恩』の思想」、仏教思想研究会編『仏教思想4』所収、平楽寺書店)。
 仏法は報恩の大切さを教えている。
 私は、師匠への報恩に生き抜いてきた。
 恩を忘れれば、増上慢になる。自分勝手になる。そして結局、信心が狂い、自分自身を滅ぼしてしまう。
 「正しい仏法を教えてくださった師匠が、一番の恩人です」
 心から、こう言える自分なのか。そうではないのか。
 この違いは、あまりに大きい。「心こそ大切」(御書1192ページ)なのである。

■  一、よりよい社会を築くのも、その第一歩は、一人の悩める友を救うことである。
 必死の祈り。慈愛の励まし。勇気の行動。これがなければ、大いなる変革のうねりを起こすことなど、できるはずがない。
 「声」が力だ。「対話」が武器だ。
 折伏の意義について、戸田先生は、こうおっしゃった。
 「世の中に恩人は、いろいろある。しかし、御本尊を持たせてくれた恩は、三世の幸せにつながる大恩である。その恩返しをする最高の方法は、今度は自分が折伏することだ」
 心揺さぶる対話から、新しい喜びのドラマが生まれる。

● 「同じ心」で前進
 一、リーダーは、先頭をきって「希望の大道」「平和の王道」を切り開くのだ。格好がどうか、ではない。大事なのは、最後に「勝つ」ことだ。皆さんは、すでに「信心」という勝利への直道を知っている。
 将来にわたり、決して偉ぶることなく、皆と「同じ心」で、「同じ目線」で、戦うことだ。心を合わせ、団結して進むのだ。
 自分がどう見られるかばかりを気にして、外面を飾り、気取っていては勝てない。
 戸田先生はリーダーに強く言われた。
 「形式的な表面的な弱々しい姿で臨んでいるだけでは、どうして人がついてくるか」
 幹部のせいで戦いが進まないようでは、いる意味がない。すべては信心で決まるのだ。
 「人材をどんどん育てよ! 探せ!」と戸田先生は叫ばれた。
 ある時、先生は、衆望を集める世間の指導者について「彼は偉ぶらず、質素な服装で、仕事も、交渉ごとも、自分で真っ先にやっている。面白い男じゃないか」と評された。
 先生の人を見る目は鋭かった。内外を問わず、光る人材を愛する、スケールの大きさが懐かしい。
 こうして皆さんに指導を伝えていると、破顔一笑される先生の姿が心に浮かぶ。
 「大作は、俺が忘れてしまった言葉まで覚えているな」──と。
 師の一言一旬たりとも疎かにしない。これが師弟である。
 先生は力強く呼びかけられた。
 「この戸田と共に戦ってほしい。そして、立派に成長していくのだ。たとえ、どこの地に行こうが、この戸田と共に邁進するものと、私は確信しています」
 広宣流布の大師匠・戸田先生とともに生きる!──これが私の人生である。
 そして、同志とともに、妙法の王子・王女である青年たちとともに、ますます元気に進んでいきたい。

    わが同志
     仏の王子は
      三世の誉れと

● 法を壊す悪と戦う人が菩薩
 一、天台大師の師匠である南岳大師の言葉に、こうある。
 「もし菩薩がいて、悪人をかばって、その罪を罰することができず、そのために悪を増長させ、善人を悩乱させて正法を破壊させるならば、その人は、じつは菩薩ではない」(御書1347ページ、通解)
 正法は全人類を幸福に導く。悪人は、その法を破壊する。
 悪と戦ってこそ、菩薩なのである。
 正義の師弟を貫くのは、「破折の精神」「折伏の精神」「広宣流布の精神」にほかならない。
 ドイツの哲学者カントは喝破した。
 「陰険な人間、それは思いやりがなく、冷酷で、人を傷つけて喜ぶ人間である」 (高橋克也訳「人間学遺稿」、『カント全集15』所収、岩波書店)
 同じくドイツの詩人シラーは、「卑劣な人間がいるところ、嘘と陰謀がはびこる」と綴っている(戯曲「ヴアレンシュタイン」)。 戦おう! 正義を守るために。邪悪を打ち破らなければ、いい人材は育たない。
 「清浄な創価学会の組織を撹乱する者を追放せよ」
 これが、戸田先生の厳命であった。
 また、牧口先生は、人事について「親分子分だけの関係で人事をやってはならない」と戒められたという。
 そういう人事は、結局、うまくいかないものだ。皆からも支持されない。
 広布のための組織である。決して公私混同してはいけない。

● 信心の苦労こそ最高の"学歴"
 一、日蓮大聖人は、「開目抄」に記されている。
 「道心(信心)のない者は、生死(の迷苦)から離れることはできない。
 教主釈尊は、一切の外道から大悪人であると、ののしられた。
 天台大師は、南三北七の十派から怨嫉され、日本の法相宗の僧・得一からも、『(天台は)三寸に足らない舌をもって(仏説を誹謗し)五尺の仏身を断つものである』と中傷された。
 また伝教大師も奈良の諸宗の人々に『最澄(伝教大師)は、まだ唐の都を見ていない』と言われた。
 これらはすべて、法華経のゆえであるから恥ではない。(それよりも)愚人にほめられることは第一の恥である」(御書237ページ、通解)
 正法を弘めるゆえに受ける難は、仏法者の誉れなのである。

 一、この御文で述べられている伝教大師への非難は、現代的には、世間一般の「権威」「学歴」を偏重する風潮や、最先端の学問を知らない等の誹謗にも通ずるといえよう。
 伝教大師は、法華経を正しく行ずるゆえに憎まれ、悪口された。その一つが、"最澄は唐の都ではなく、「辺ぴな地方」(天台山)で学んだだけだ。ゆえに、最澄の教説は正しくない"という難癖であった。
 しかし、伝教大師の側は毅然と反論している。──大切なのは、どこで学んだかではない。だれを師匠とし、いかなる法理を学び究めたかが重要ではないか──と。
 伝教大師は、「法華経第一と知るゆえに、天台の正統を知る師匠から学んだ。"権威づけのため"などという考えは、いささかも眼中になかった。
 今も、人の実力を判断する際に、「有名大学の出身ではない」と見下す者がいる。その根本は「増上慢」であり、間違っている。
 ことに、信心の世界で重要なのは、学歴や肩書ではない。広宣流布への信念であり、信心だ。
 広布のための苦労によって刻まれた年輪は、いわば"学歴以上の学歴"なのである。これが大聖人の御精神でもある。
 戸田先生も、伝教大師の入唐の史実を通して、「戸田大学」の意義を語ってくださったことがある。
 当時、私は苦境に立つ先生を支えるため、通っていた夜学も断念せざるをえなかった。
 先生は、おっしゃった。──広宣流布の土台をつくってくれ。学問は、俺が教える──と。
 約10年間、真剣な講義が続いた。日曜には戸田先生のご自宅で、朝から晩まで勉強したこともあった。

● 庶民の城を守れ
 一、歴史学者のトインビー博士と対談した際、博士は、「私は世界のいくつかの大学から名誉博士を贈られています。あなたは必ず私以上に、世界中から名誉博士号を贈られるようになるでしょう」と励ましてくださった。
 博士の言葉通り、皆さんを代表して、世界の学術機関から拝受した名誉学術称号は「242」となった。
 これらはすべて、「戸田大学」の薫陶のおかげであると、私は思っている
 (大拍手)。
 また、学会は庶民の団体である。
 今から振り返ると、あの苦闘の日々に、いわゆる有名大学ではなく、戸田先生のもとで学んだこと自体が、"庶民の城である学会を護れ! 学会幹部は絶対に権威を振りかざすな!"という、先生の言外の指導であったように思えてならない。
 本当に偉大な先生であられた。
 広宣流布の正しき師匠のもとで、正しき法を求め、学び、実践していくことが、どれほど仏法の本義に則っているか。"創価の師弟の大学"に学びゆく青春ほど、崇高な道は絶対にない。

● 権威を恐れれば民主主義は破壊
 一、「行動」こそ青年の証しである。
 戸田先生は語られた。
 「社会の不幸に目をつぶって、宗教の世界に閉じこもり、安閑とただ題目を唱えているだけなら、大聖人の立正安国の御精神に反している。
 この世の悲惨をなくす。不幸をなくす。人権を、人間の尊厳を守る。平和な社会を築いていく。そのなかにこそ、仏法の実践があるのだ」と。
 この「戦う心」を忘れ去ったのが、日顕宗である。
 「民衆に慕われながら、民衆の生活の中に飛び込んで広宣流布していくんだ」と、率先して陣頭指揮をとられる戸田先生だった。
 先生は、こうも言われた。
 「権威なんか恐れることはない。だれ人たりとも恐れる必要はない。
 権威を恐れていては民主主義が破壊される。それでは民衆が、かわいそうではないか。あくまで主権在民である」と。
 どこまでも、民衆が強くなるため、民衆が賢くなるための学会活動である。最高幹部は心しなければならない。

 一、暑さが厳しい。
 健康にくれぐれも気をつけて、楽しく、有意義な日々であっていただきたい。
 最後に──

    おお師弟
     同志の歌あり
      創価かな

と贈り、記念のスピーチとしたい。
 また元気にお会いしよう!(大拍手)

 

(無題)

 投稿者:まいえっくす爺  投稿日:2016年 9月11日(日)21時54分1秒
  HAMDOC様
さしつかえなければ、処分の経緯を教えてください。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/56016
 

そう言えば、日蓮大聖人の研究で、「馬が6頭」がありましたw

 投稿者:真実  投稿日:2016年 9月11日(日)21時38分22秒
  【グリグリ様 そう言えば「馬が6頭」の執筆問題がありました 】
投稿者:信濃町の人びと
投稿日:2016年 5月20日(金)21時14分28秒   通報

ある、広報室の部長さんだったか。
面白可笑しく日蓮大聖人を取り上げて、職員規律違反を犯していながら音沙汰なしだったのでしょうか。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/47143

↓        ↓       ↓

「職員規律10綱」第7「職員は、法人の許可なくして、自己の著作物を他から出版、ないし雑誌掲載をしてはならない」  投稿者:砂糖ピロシ
投稿日:2014年12月 9日(火)21時09分44秒   通報
平成17年3月21日

新潮社
G藤裕二様

謹啓
 この度は、お手数をおかけして恐縮です。何卒、宜しくお願い致します。
この論考は、清貧で宗教的妥協を許さない孤高の宗教者といったこれまでの日蓮のイメージを一新するものなので、私の立場で、しかも本名で発表できる代物ではとてもありません。公にするときには、ペンネームや、○○研究会編など、何か工夫しなければ、と思っています。
 また、メールにも書きましたが、古希論文集に発表する予定だったものなので、堅くて、読みづらいと思います。一般向けには、もっと平易に、分かりやすくしたいと思います。
 たとえば、日蓮の遺品に馬が6頭あるのですが、これも論文では、サラッと触れたに過ぎません。しかし、当時の社会で馬を持てるというのは、実は大変なことだったのです。人が餓死しても、葬送することもできず、鎌倉の町中のそこここに捨てられていて、幕府が「市中に死体を遺棄してはいけない」と立て札を出した時代です。馬を持つというのは、馬が食べる食糧を用意でき、馬の世話をする馬飼いを雇うことができ、馬舎の用意があったことを意味しますので、今の時代でいえば、自家用機とか自家用クルーザーとか、運転手付きの最高級ベンツを持っているようなものです。しかも、それが6頭ですから、日蓮には大変な財力があったことが伺えます。
この一事をもっても、日蓮がとても庶民の代表と呼べる身分でなかったことは明らかですが、今回の論文では、このように平易なかたちでの説明はしていません。左ページの注も、本文に組み入れた方がいいのかなど、どのようにしたら、一般向けになるかは、まさに編集の方にアドバイスを頂戴したいところなのです。
 何よりも、この論考のおもしろさは、創価学会を含む日蓮系教団が、なぜ執拗に政治に関わろうとするのか、その原点、DNAが、実は日蓮自身の中にあったことを発見できる点だと思っています。日蓮は世俗の権力と出世の権威を、ともに手に入れることを望んだ人物でした。そして、そうすることが、正義だと信じて疑わなかった人でした。そんな日蓮像が立ちのぼってくれれば、嬉しいのですが、どうでしょう。
謹白 O川
 

ひかり様

 投稿者:石嵜メール  投稿日:2016年 9月11日(日)20時28分20秒
編集済
  大学当時お世話になった先生が米寿です。昨年は米寿の祝いに行きました。その後愛想なしです。反省しきり。ご挨拶に上がろうと思います。

ありがとうございました。
 

ある写真家団体の話

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月11日(日)20時02分4秒
編集済
  写真家としてのキャリアを積み、今ではアーティストとして通用するまでになった友人がいる。

友人は高名な写真家のT先生について、長年修行してきた。

そのT先生が、83歳になり、引退された。

一昨年、写真家としての集大成の最後の個展をされ、私も、銀座まで出向き、ご挨拶した。

T先生は、照れくさそうだった。

友人は受付をしていた。

その様子からは、師匠の最後の個展を支えようと、弟子として誠心誠意尽くしているのが
感じられた。



最近、その友人から意外な話を聞いた。

先日、T先生の元へ、行ったのだそうだ。

すると、先生は大変喜ばれたが、「引退してからも、来てくれるのは、君だけだね」

友人は驚いた。 そして、私にこう言ったのだ。

「T先生には門人だけでも、数百人はいるだろうから、まさか、頻繁に人が来ていると思っていた。
とても信じられない。こんなことってあるか。T先生には皆、恩義があるはずなのに」


門人のほとんどは、男性である。 友人は、一人と言っていいくらいの、女性の弟子である。

友人は言う。

たとえば二科展なら二科展の組織の、上の役になりたくて、10回は入選を狙う人がほとんどだと。

入選には、やり方があり、友人はそういうことを含めて、だんだん疑問になってきた。


「組織の上に行けば行くほど、そういう人は、アートを求めるよりも、策だ」

「ほとんどの人間は、T先生を、自分のために、利用していたんだろうか?」

「挨拶くらい、するのが人の道じゃないのか?」


私は、友人の話を聞いているうちに(もうお分かりかと思うが)、
まるで執行部の、池田先生に対する行伏を、トレースしている気持ちになった。

浄財にただ群がり、うまいこと自分に引っ張っていこうとする輩があとを断たないありさま。

役職にこだわり、浄財から出ている給料を思えば絶対できそうもない査問・除名を指示。


ああ、何と言うことだろう。


執行部には、信心が無い。
師弟もない。

あるのは、世俗的な野心、権力欲、金への執着。
なんと、醜い人間達か!









 

さんべん

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年 9月11日(日)19時58分8秒
  「さんべん」って聞くと「だいもくさんべんでおわり」なんてのを思い出すのだけど

まさか学会の会長ともあろう人が「題目さんべんで終わり」が勤行なんてことないよねぇ?

先日の慰安旅行中は「だいもくさんべんでおわり」にしてたのでしょうか?

原田会長どうなんですか?

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

活動体験止まり(河合師範の講義)

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年 9月11日(日)19時42分26秒
  http://www.geocities.jp/bosatu2015/kawai1a.htm
河合師範の指導  平成10年6月2日寝屋川文化会館より

●●●●●●
どうしたら疑わないか?自分が体験したことは疑わないから信じる。この体験は活動体験ではなく功徳の体験。
活動体験ではだめ。活動体験ばかりいっぱいあっても、功徳を受けなけれぱ不信になる。今は活動体験止まりが多い。
かえって不信になる。功徳の体験が出れば信が深まって「もっと頑張ろう!」となる。空のボートは波が来ればゆれる。

大風が来ればひっくり返る。大きな石を積めば船がグッと沈んで動かなくなる。同じように大きな体験をすれば、信が深まる。体験がない信仰は観念だから何かあったら疑ってしまう。体験があれば何があっても疑わない。
小さな体験でもたくさんすれぱ同じ。信が深まる。

最近、2世3世が増えた。2世は生まれつき惰性で、何となく信仰しているから体験がなく、信心が観念的。やらされている信仰だから重荷で苦しむ。かわいそう。これを『2世症候群』という。

子供に勤行を強制してはいけない。信心嫌いになる。子供だって悩みがあるのだから、信心を教えるのは大事。
「こうなりたいと祈ってごらん!そうなるよ!」と教えればよい。決意して祈らせれば体験ができるから信が深まって、放っておいても大丈夫。「やらなきゃダメ!」と言ってはいけない。やらされた信仰は信仰ではないから功徳はない。
先生は、「勤行を強制すると信心嫌いになるよ。信心の好きな子、学会が好きな人を育てよう。」と言われた。
結構押しつけている場合が多い。そして嫌われている。自分で決意しなければ信心ではない。

決意から入れば信心、形から入れば情性。決意してやらせれぱ功徳がある。無理矢理やらせたら功徳はない。
2世が体験を持てば強い。体験のない2世は弱い。

どうしたら体験できるかといえば、具体的に祈って動くこと。そうすれば必ず体験ができるから信が深まって「もっと頑張ろう!」となる。人材育成・新入会員をどう育てるか?功徳を受けさせること。喜んで活動家になる。
活動を押しつけたら潰れてしまう。信心を教えて功徳を受けさせること。

今、あまり功徳を受けていませんね。体験発表というと新入会員ばかり。
古い会員はこんなに頑張っているのに体験がないから。やってることは間違っていない。
でも信心が惰性、活動が義務になっている。一念が間違っている。先生は、「信心が惰性になったら退転だよ。」と言われた。頑張っていても退転。

○○○○○○

幹部にほめられても、御本尊にほめられなければだめ。

今は幹部公認・御本尊非公認になっている。功徳がないということは御本尊に通じてないということ。
これではつまらない。
御本尊に認めてもらうのが信心。功徳を受けない信心と、もうからない商売はやめることです。

信仰とは夢があり、希望があり、ドラマがあり、歓びがある。こうなればいいなぁというのが夢、こうしよう・こうなろうというのが希望、その希望を具体的に強く祈れぱ、その希望が実現する。それが信仰。
うんと夢を持って、その中からまず具体的な希望を立てて、祈って実現していく。
次にまた夢を希望に変えて祈って実現していく。

次から次へと夢を希望にし、実現していくための信仰。頑張っていればいつか実現するのではない。
決めて祈らなければ実現しない。

○○○○○○

信心で変わろうと思い続ければグングン変わるのが信仰。そのための信仰。いつか変わるのではない。
頑張っていればよいと思って功徳を受けることを忘れていませんか?それではつまらない。

戸田先生は、「祈りを叶え、夢を叶え、誰よりも幸福になっていくための仏法である。人生を勝利するための仏法である。祈りが叶ってこそ真の仏法である。」と言われた。

幸せになるための信仰。祈りを叶えるのが信心。戸田先生は、「現代の人間は非常に欲張りでありながら、成仏という絶大な利益を願わない点においては、無欲とも愚かともいうより他はない。私どもは大いに欲張って、生きていること自体が嬉しくてしようがないという絶対的幸福の境涯を、我も開き友にも開かせていこうではありませんか。」と言われた。もっと頑張りましょう。

うんと欲張って、何を願っても良いんです。人の不幸は祈ってはいけませんが、それ以外は何を祈ってもよい。
あれもこれも願いを叶えて、その歓びを分けてあげましょう。それが広宣流布。功徳が無くて人に言えますか?
それは詐欺。仏法を語るのではなくて、信仰の歓びを語ること。歓びが伝わる。

御書に、「喜び身に余るが故に堪え難くして自讃するなり(P.334)」とある。
嬉しくてしようがないからつい「仏法はすごいよ」と言ってしまう。これが本当の折伏。功徳をうんと受けましょう。
小遣いがないのに人におごってあげられない。功徳をうんと受けて分けてあげましょう。けちはだめ。
大阪の人は、けちではないはずなのに、最近随分けちになりましたね。功徳を受けることを忘れている。

それでよく頑張りますね。功徳を受けるために頑張るべき。先生が「皆さんの健康・長寿・幸福・裕福を祈ってますよ。」といつもおしゃる。健康・裕福になることが先生に応えること。
「こんなに幸せになりました。そしてみんなを幸せにしました。」と報告すれば、先生はうんと喜んでくれる。

「頑張ってます。でも変わってません。」では、先生は悲しみます。今は先生を悲しませている。
先生は幸せの指導者・広布の指導者。功徳を受けない信仰は間違った信仰。惰性と義務になっている。
ギアさえ入ればワァっと変わる。

○○○○○○

去年の暮れに洗濯機が壊れた。そこで御本尊に「洗濯機が壊れたから新しいのが欲しい。できれぱピンクのが欲しい。」と祈った。

1時間ほど唱題したら近所のB担さんが来た。雑談の中で洗濯機の話をしたら「じゃああげようか。」と言う。
相手はマンションの管理人。最近は若い人が引っ越すときに面倒くさいので置いていってしまうらしく、 「たくさんあるからいらっしゃいよ。」と言われて倉庫に行ってみたら、新品同様のピンクの洗灌機があった。
1時間で叶ってしまった。何でも叶う。

「白い良い猫が欲しい!」と祈ったら、白い猫が迷い込んできて、飼い主もわからず居着いてしまった。
このあいだその猫が歳で死んでしまった。「同じ猫が欲しい!!と祈った。ペット屋さんに見に行くと15万円した。
「2万円でください!」と祈った。

そしてインターネットを見ていたら「猫あげます」と出ていた。
電話をかけたら同じ種類の猫だった。「赤ちゃんができて飼えなくなったからあげます。」とのこと。
そして横浜から東京まで連れて来てくれた。そこでお礼に2万円あげた。願い通り、2万円で手に入れてしまった。何でも叶う。これが普通。

一昨年の2月に姪を折伏した。美大の生徒。おばさんが願いは叶うよと言ったから、90項目祈ったら3ヶ月で全部叶った。今100項目祈っている。どんどん叶うから嬉しくてたまらないと毎日3時間、題目をあげている。それを見て嬉しいからどんどん折伏ができる。その姪の変わった姿を見るとみんな友人が入信する。

去年の2月に「パリに行って美術館巡りをしたい」と祈っていたら、たまたま知り合った画家が「仕事を手伝ってくれるなら一緒に連れてってあげよう。」と、費用は全部向こう持ちで2ヶ月間ただでパリを回って帰ってきた。
何でも叶う。これが普通。それを聞いた婦人部の幹部が「私も祈ろう!」と100項目祈りだしたら、どんどん叶い、 「あれ?祈りって叶うんだ!!」と言っていた。

祈りは叶って当たり前。祈ってないから叶わない。もっと欲を出して叶えましょう。

頑張るばかりでは「仏道苦行」で楽しくない。『成果の無間地獄』です。

○○○○○○

信心していれば何とかなる、というのは最高の迷信。
祈った分しか叶わない。御本尊が決めるのではなく自分が決める。
だから「心こそ大切なれ」である。

どういう心で頑張るかである。仏法に形はない。どうやって説明するのか?自分が体験をして、生活・生命が変わった実証で相手に納得させるしかない。それが私たちの使命。

湧出品に「地湧の菩薩というのは如蓮華在水」とある。蓮の花は泥沼で咲く。泥沼が深いほど大きな花が咲く。娑婆世界は泥沼。その中で功徳の花を咲かせ、幸せの花を咲かせ、生命の花を咲かせ、その実証で人を救うのが地湧の菩薩。だから功徳を受けて、証明をしなければならない。

今は花がしおれている。これでは蜂も来ない。うんと花を咲かせましよう。
そしてみんなに花を咲かしてあげましょう。
それが広宣流布。私たちは自分のためにだけ信心しているのではない。広宣流布を願って信心をしている。

広宣流布とは不幸の追放運動・幸せの拡大運動。「悲惨の2字を無くそう!」と戸田先生が言われた。

不幸を無くして幸せを広げるのが広宣流布。
●●●●●●

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

托鉢!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 9月11日(日)19時33分25秒
  赤胴さん


 >漁師の子がどうして僧侶になれて、比叡山まで勉学するために行けたのか?(投稿者:赤胴鈴之助   投稿日:2016年 9月11日(日)18時26分48秒)<

 当時は「托鉢」という行事がまだ、修行僧の間で盛んに行われていたのではないでしょうか。


 

またですか?他の東大卒の方々が誤解されます。

 投稿者:ダメよ~ダメダメ  投稿日:2016年 9月11日(日)19時29分1秒
  東大卒の会長は本当に大丈夫ですかね?

昔から独特の読み方をされます(笑)

かつても海外のメンバーが来られた際に、「来日・らいじつ」と言われていました。これは明ら

かに「来日・らいにち」でしょう?

たしかネットで指摘された後、止められて「来日・らいにち」と言っていました。

たぶん次回は「さんぺんどでん」と仰るでしょう(笑)

「さんべんどてん」会長、ドテン!と転ばない様にお気をつけ下さい。

>今日、本幹行って来ました。

原田会長、「三変土田」を「さんべんどてん」と言ってましたね(笑)

聞いた瞬間「えっ」と思い、今まで自分が間違って覚えていたのかと不安が過り、すぐにスマホ

を手に調べました。

「さんぺんどでん」が正解のようです。安心しました。

創価学会の会長でありながら、まるで新入会員のような読み間違い。お疲れなのでしょうかね?
 

若く美しいソクラテス様

 投稿者:幸せな人  投稿日:2016年 9月11日(日)18時38分10秒
  宿坊に出会えてしあわせですよね。

先生御隠居後、今までも個人の信心で功徳は受けてきましたが、宿坊の方々と呼吸を合わせると功徳倍増してます。

とくに勇気を出して投稿するようになってから、如実に冥顕あわせて受けさせていただいております。

皆さまありがとうございます。
 

メルアドを知らせず渡す方法

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年 9月11日(日)18時36分20秒
編集済
  メルアドを知らせず相手に渡す方法はたぶんいくつかあるでしょうでしょうけど。

一例としてだけど。

たとえば、アメーバなどのSNS内でのみやりとりできるメールなら、相手に自分のメルアドを知らせることなくお互いにメールに近いやりとりが可能ですけど(当然ながらお互いにアメーバなどの利用するサーバーのアカウントの取得が必要ですが)。
ただ、当然ながら「メール添付」という機能まではないですけど。

なので、やりとりの前に、何らかの方法でネット上にアップロードした上で、それを相手に知らせる、という手順が簡単でしょうか。

http://firestorage.jp/

下記の通りで、この掲示板ではこのサイトを利用した公開がたまにされてきましたけど。
http://search.yahoo.co.jp/search?p=firestorage&vs=http%3A%2F%2F6027.teacup.com%2Fsituation%2Fbbs%2F&fr=yssn&ei=utf-8
【firestorage】

以上は個人対個人の方法ですが。
別に他の人に公開したくない内容というわけでもないでしょうから、掲示板ですでになされてきてる方法でもよろしいのでは?
「みなさんも一緒にどうぞ」という感じで。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

ひらがなプロジェクトへ投稿します 連絡無冠様へ

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2016年 9月11日(日)18時26分48秒
  ひらがなプロジェクトへ投稿します。
池上殿、孝子御書です。

読み切れぬ 本を重ねて決意増す

それでも、読める本と読まない本が出てきます。
内容に気が向かない本は、買っていませんが、ちょっと読んでみて、解りやすいか?、
読みやすいか?、で後を読む気が失せる場合があります。

分かりやすい書き方であっても、中身が薄い場合があります。
どういうことかというと、原理原則にこだわるあまり、解釈に驚きがない場合は
砂を噛むように虚しい心地にしてしまいます。

本を書く以上、新しいこと、人が言っていないことを書いてほしいですよね。
知的好奇心を刺激する本が少ないです。

日蓮大聖人の御書に関しては、目から鱗の本がありました。
最蓮房は日興上人だったという本は、一気に読み上げました。
次に面白かったのは、日蓮伝再考です、現地に行って日蓮大聖人が生まれ育った地を細かく
調べて、詳細に考察を書かれていたのには、驚きでした。

ただ、育った環境、遊びや、学びの場があまり書かれていなかったのは、残念です。
御書に書かれていないことは、書かないと決めておられたのでしょう。
大阪の設備やさんの本だと聞いて、また驚きました。

先日、読み終えた「日蓮の思想と生涯」は御書に書かれた内容から日蓮大聖人の
宗教的思想を解釈されて、生涯を追って書かれていたのは、労作だとは思いましたが、
度肝を抜くほどの、新説には程遠い、東大卒の学者が、破たんすることなく、批判されるような
こともなく、たんたんと書かれた、学術書の趣で、さもありなんと思える本でした。

この本を読み始めて、毎日30分から1時間かけて読んだのですが、約4カ月かかりました。
それほどの大著ですが、日蓮大聖人の御書を学ぶ初心者や、これから、日蓮思想を勉強する青年には、
一読する価値ある、本であることは間違いありません。

日蓮思想を、生涯を追って変遷が分かるので、御書講義される人は、この「日蓮の思想と生涯」
は、必須の読み物かと思いました。

日蓮大聖人の不思議を解明するために、私は読み始めたので、すこし物足りなさを感じてしまった
のは仕方がありません、目的の本ではなかったと、思うしかありません。

日蓮大聖人の不思議とは、漁師の子がどうして僧侶になれて、比叡山まで勉学するために行けたのか?。
その費用を、誰がどれだけ負担されたのか?。
この部分が解明されない限り、日蓮大聖人の幼い時の生い立ちが見えないのですが、そこまで踏み込んだ
日蓮大聖人の伝記の本は、知りません。

そのほか、不思議がいっぱいあるのですが、誰もその部分に挑戦する人はいないのでしょうか・・・?。

・・・・・・・・・・・・・・
無冠さん、akadou18817@gmail.co   で新しくメルアド作りました。

>全てのスピーチ全文をお渡しできれば良いのですが・・・。<
 

花野充道という男①

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年 9月11日(日)18時11分30秒
  いわゆる破門通告の後、平成3年の末か4年の年頭あたりだと記憶しているが、創価新報に一本の手記が掲載された。
草創期に男子部長・青年部長を歴任し、若くして亡くなられた功労者の夫人の手によるものとされているが、実際は夫人の証言を基に聖教記者が文章構成を整えライティングしたものである。

御主人を亡くされてから女手ひとつで三人の息子さんを池田先生ご夫妻に見守られ周囲の学会員同志に支えられて立派に育てあげられるのだが、末のご子息が中学か高校卒業後に年分得度(と言うのだろうかこの場合?)で出家してから間もなく、当時、反学会の若手坊主のリーダー格として台頭しつつあった花野充道の毒牙にかかってしまう。
花野に籠絡されたご子息は先生と学会への誹謗中傷の言動が日増しにエスカレートし正信覚醒運動にのめり込んでいく。
ところが日達法主急死の後、猊座を掠め取った日顕に破門をちらつかせられると、あろうことか正信会の急先鋒だった花野が軽度の処分を受け入れあっさりと帰順してしまう。
梯子を外された格好のご子息は茫然自失となり、ひとまず還俗させ自宅に戻ったが、生気を失った廃人同然の姿で部屋に引きこもり、以前にも増して先生と学会そして実の母親を呪詛を吐くがごとく罵倒するようになってしまった。利発で親思いの少年期とは完全に別人と化してしまったのである。
先生からの夫人への度重なる激励、奥様からも「きっと使命がおありになるのよ」と力強い言葉をいただき、家族と学会同志が祈りを重ねる中、薄皮がめくれるように少しずつ事態は好転し、やがて生涯の伴侶になりたいと自ら申し出る女性も現れて、ご子息はついに広布の庭に舞い戻ることが出来たのである。。

・・・・・・という内容だったように覚えているが、ところが手記掲載から間髪を入れずに(禿人なのにこの言い方はおかしいか)当時・加古川市の浄福寺住職だった花野の強烈な抗議文が聖教兵庫支局に送られてきた。

急用できたので続きはまた。今夜中に全部書きます。
 

証明

 投稿者:大城  投稿日:2016年 9月11日(日)18時06分17秒
編集済
  反板さんが騒いでいます
先生のメッセージの削除を会長が悪意があって削除したか、証明しろと

自分の投稿を確認しました
原田会長が削除したと原田会長を特定していない
また悪意とも書いていない
「自分達に都合の悪いことは削除」

反板は「原田会長が削除したか、証明しろ」と
反対に教えて欲しいものです
原田会長が削除したのですか?

先生はスピーチが長くなると参加者が疲れるのでは?と参加者を思い、スピーチを短くして、後で新聞に掲載するからと言われました

師匠がそう言われからとメッセージを削除するのは弟子として違うと思います

まして、そんなに長いメッセージではなかった
削除したことによって辻褄が合わなかった
完成したメッセージを未完成なもの
つまり「粗法」に堕したと思いました

また、都合の悪い箇所を削除したのではないか?と疑問の声を上げた理由は
1.お題目の大切さの御文

会員を集票マシン、集金マシン、新聞拡張員にしてある手合いが感じられる原田執行部

お題目に挑戦しようという話、あまり聞かなくなっているように思いました

2竜女の成仏

日頃婦人部を大事しているように思えない執行部です
女性は「依怙贔屓」を特に嫌うことが分かっているのだろうか?

3熱原の法難
富士宮の事件はまさに熱原の法難ではないか?と宿板で話題になって久しい

連想されると思ったのではないだろうか?

以上の点で
「自分達に都合の悪い箇所を削除したのではないか?」との疑問を持ちました

師匠のメッセージを何故削除したのか?
正当な理由があるならば、是非、教えて頂きたいものです

疑問を持つ方が悪いのか?
疑問を持たせる方が悪いのか?
先人は教えてくれました
「李下に冠を正さず」

また、この3箇所の削除は先生の了承を得ているのだろうか?
もし、そうならば、放送の際に
「先生の了承を得て一部削除しました」
と画面に出すなり、聖教に記載するべきではないか?

スピーチの時は、いつも最後に記載されていました




 

【定期案内】教学部レポートをお読みください。

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 9月11日(日)18時06分2秒
  このレポートを読めば、教義変更の経緯・今の執行部の狂いの元を知ることができます。
【希望される方】下記をご覧になってください。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/38211

【注意事項】を併せてお読みください。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/18051

なお、送付までお時間を要する場合があります。ご了承ください。

また、時々、希望メールが迷惑フィルター等に引っかかる場合が散見されます。2週間以上経過してもレポートが届かない場合は、その可能性があります。お手数ですが督促していただけると助かります。

よろしくお願い致します。
 

三変土田

 投稿者:とりあえず匿名  投稿日:2016年 9月11日(日)16時06分25秒
  土田(どてん?)・・・地方によっては、びっくりすことを、どでんした、というそうです
す。

昨日の投稿の続きですが、創価ネットの意見欄、個別の返事や回答はしないとのこと。

そうであるならば、せめて、こういう意見が寄せられたが、こうしたいとか、その意見はこうした理由で採択できないとか、定期的に発信してもらいたいものです。

意見もあがっていないかもですが・・・  その割には現場では、ぶつぶつ・・・


話かわりますが、先生のメッセージたしかに、カットされていました。
先生が本幹等でスピーチされていたころ、全部新聞に載せるからね、と仰って原稿を飛ばされていたようにもおもいます。

新聞に載ればまだよしとしなければいけないかもしれませんが、地域の会合へのメッセージ等は、カットされても、付け加えられようとも、普通の会員にはわかりませんよね。


それから、本幹中継の最後に先生を中心として、奥様、会長、婦人部幹部の唱題している、以前の映像は、必要だったのと思いましたが・・・
 

三変土田(さんぺんどでん)

 投稿者:北国  投稿日:2016年 9月11日(日)15時35分6秒
  新・人間革命 灯台 四十五より抜粋
一九七七年(昭和五十二年)二月十七日の
夜、会長・山本伸一を迎えて、創価文化会館
内の広宣会館で開催された、第一回「農村・
団地部勤行集会」は、歓喜と求道の息吹に
満ちあふれた出発の集いとなった。
全国から駆けつけた参加者は、伸一の指導を
一言も聞き漏らすまいと、耳を澄ませ、瞳を輝
かせ、一心に彼を見つめていた。
伸一は、参加者の日々の活動に対して、ねぎ
らいと感謝を述べたあと、一人ひとりに語りか
けるように、懇談的に話を進めた。
「私が、会長に就任したその年の七月、千葉
県の銚子で、青年部の人材育成機関の一つ
であった『水滸会』(すいこかい)の、野外研修
を開催いたしました。
(中略)
『皆さんの一念で、国土世間(こくどせけん)も変
えていくことができると教えているのが仏法です。
根本はお題目です』と申し上げました。
大聖人は、『心の一法より国土世間も出来
する事なり』(御書五六三㌻)と
仰せだからです。国土の違いも、わが一念
から起こり、わが一念に国土も収まります。
心の力は偉大です。何があっても負けない、
強い、強い信心の一念があれば、一切の
環境を変えていくことができる。
それが『三変土田』(さんぺんどでん)の法理
です」
「三変土田」とは、法華経見宝塔品(ほけきょ
うけんほうとうほん)第十一で説かれた、娑婆
(しゃば)世界等を仏国土へと変えていく変革の
法理である。「三変」とは、三度にわたって変
えたことであり、「土田」とは、土地、場所を意
味している。
 

無冠様

 投稿者:若く美しいソクラテス  投稿日:2016年 9月11日(日)15時22分2秒
編集済
  いつも、いつもありがとうございます

先生の御指導、毎日、読ませて頂いています
先生の御指導読めば、読むほど、先生の御指導通り、行動しているのが、宿板である!と確信します

先生は、辞任させられる時、遺された会員を心配してくださり、
「5年任期、再選なし」との会則を作ってくださいました
しかし、秋谷さん、原田さんは反故にしました

どんな人間にも長所があります
そして、同様にどんな人間にも短所もあります
長所が最大生かされ、短所を最小限でくいとめることができるのが、「5年任期再選なし」だと思います

現場の役職者を見ているとそう思いませんか?
昔は、優しくていい人だったのにー!
という人、たくさんいます
「堕天使」になってしまう人たくさんいます

5年任期再選なし
この師が作って下さった会則を守る人こそ、新時代に相応しい会長です
また、2006以降のスピーチに挑戦している人こそ、新時代の学会のリーダーに相応しいと思いました

この板に出会えて良かったです
福運です

昭和29.9.5
戸田先生は言われました
「10年後、もう一度集まって欲しい
  その時、諸君達に頼みたいことがある」

平成28.9.4 先生のメッセージ
自分は先生がもう一度私と一緒に21世紀の本当の山を登ろう!と言って下さったように思いました

この6年、弟子に任せて登った山
違う山だったのではないでしょうか?

間違った山に登ったならば、一旦下山して、新しい山に登らなければならない

原田会長を筆頭に4人組の皆さんは、山から下りて、新しい山、師弟不二の山に挑戦して欲しいと思います

そして、自分達は、  そんな4人組を残して、このまま
先生と共に「師弟の山」を登って行きます!

先生のスピーチ
「長生きをして、本当に青年部を育てきって完璧な学会を築きたい。
それを見届けたい。そう決意している」

先生に喜んで頂ける
先生に安心して頂ける
そんな学会になる為に
新出発する時は「今!」だと決意しました

「「それは私だ!」そう心の中で決める事だ
その人が一番偉い」


9.4
先生と共に民衆の幸福を守る「永遠の都」を作る旅路に出発しました
 

無冠さん、コメント読ませていただきました。

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2016年 9月11日(日)14時51分31秒
編集済
  無冠さん、コメント読ませていただきました。
今日は朝6時から、公園掃除でくたくたになり、昼寝でやっと回復しました。
返事が遅れてごめんなさい。
私も、無冠さんへ先生の講演を読み上げている、MP3のデータを送りたいと思っていたところです。

>全てのスピーチ全文をお渡しできれば良いのですが・・・。<
メルアド公開せずに、知らせる方法ありますか。
 

全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年 9月11日(日)13時52分10秒
  全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2008-7-16 【新時代第20回本部幹部会 広布第2幕第10回全国青年部幹部会】

■  一、ブラジルの著名な音楽家ヴィラ=ロボスは言った。
 「"歌"を歌える民衆は、あと一歩で幸福を勝ち得るのだ」
 わが恩師の戸田先生もまた、「学会は、歌とともに戦い、歌とともに進もう」と呼びかけられた。
 こうした先哲の言葉の通り、わが学会には歌声が響きわたっている。真実の団結と勝利の姿が、ここにある。
 きょう歌ってくれた皆さん、ご苦労さま!
 万歳だ! 本当に、上手であった。皆で、もう一度、賞讃の大拍手を贈りたい。ありがとう(大拍手)。

■ 一、20世紀ブラジルの文豪ギマランエス・ローザは綴っている。
 「人生が私たちに要求するのは勇気である」「勇気とは、心をはずませるものなのである」(中川敏訳「大いなる奥地」、『筑摩世界文学大系83』所収、筑摩書房)
 人生の勝利の第一条件は「勇気」である。
 勇気の人は、どんな試練があろうとも、前へ前へ進む。ゆえに、必ず道が開かれる。
 戸田先生は、指導された。
 「信心とは、金剛の勇気である」「力ある人生を生きるのだ」「一緒に連戦連勝の人生を生き抜こう!」と。この通りに、金剛の勇気で連戦連勝の人生を楽しく前進しよう!(大拍手)

 一、全国の同志の皆様方、そしてまた海外の同志の皆様方、毎日の広宣流布の大闘争、本当にご苦労さま!
 いよいよ、わが学会も、本格的な総仕上げの段階に入った。
 これまで懸命に広布に励み、学会に尽くしてくださった同志を大きく宣揚させていただきながら、私は、世界の人たちが仰ぎ見る堂々たる「平和と文化の大牙城」を盤石に築いてまいる決心である。
 皆様の子孫末代までもが誇りに思える素晴らしい創価学会を、後世に残して差し上げたいのである。

●菩薩とは誰か
 一、約1200年前、像法時代に「法華経」を弘めた日本の伝教(電業)大師(最澄(さいちょう))は記している。
 「国の宝といわれ、国を利するものといわれるものは菩薩でなくして誰であろうか」(勝又俊教訳「山家学生式」、『古典日本又学全集15』所収、筑摩書房)
 国の宝といわれ、国に真に利益をもたらすものは、だれなのか。
 それは、(法華経に説かれている通り)菩薩であるとの大宣言である。
 それでは、末法の今、大聖人の仰せ通りに、妙法を唱え弘め、人々のため、社会のため、国家のため、そして世界平和のために、地涌の菩薩の行動をしているのは、一体、だれなのか。
 それは、わが創価学会の同志以外にはいないと断言したい。
 私たちは、その誇りを持つべきなのである(大拍手)。

 一、権力者だから、偉いのか。大富豪だから、偉いのか。
 人間の価値が、そんなことで決まると思うならば、とんでもない間違いだ。
 いわんや、三世を貫く、大宇宙の法則である仏法から見るならば、人間の権力の世界など、まったく、とるにたりない存在にすぎない。恐れることなど何もない。
 この偉大なる仏法を実践する私たちこそ、法華経に説かれた「菩薩」であり、最高に尊い「国の宝」「世界の宝」なのである。
 諸天も諸仏も、私どもを護らないはずがない。それを確信していただきたいのである。
 遥かな境涯の高みから、一切を悠然と見おろしながら、真実の幸福の大道を、勇敢に、また朗らかに進んでまいりたい(大拍手)。

● 「狼狽(うろた)えない当惑もしない」
 一、「下から上を動かせ」──これが牧口先生の指導であった。
 先生は、強大な国家権力に対して、堂々と正義を主張された。
 「下から上へ」変革の波を起こす。これが民主主義である。妙法の世界である。
 皆、同じ人間だ。生命は平等に尊い。正義に生きる庶民こそ、真の王者なのである。
 戦時中、牧口先生は「今こそ国家諌暁の秋(とき)ではないか」と叫ばれた。臆病な幹部たちは動揺した。
 しかし、戸田先生だけは違った。こう言われていた。
 「私は狼狽えもしなければ、当惑もしなかった。それは、牧口先生が、私にとって大恩人であり、慈悲深い師匠であり、同じ血の流れを感ずる親でもあったからである」
 学会が弾圧されるなか、戸田先生は師弟の道をまっすぐに歩まれた。牧口先生とともに牢獄に入り、最後まで戦い抜いていかれたのである。
 戸田先生の牧口先生に対する姿勢。それは、あまりにも厳粛であられた。

 一、戸田先生は門下に、こう語られた。
 「折伏は、戸田が師匠である。
 師弟の縁が決まった以上、皆さんは、幸福になりなさい。信心と折伏によって、戸田の一門として貫き通していきなさい」
 こう戸田先生が言われた通り、私は、先生の弟子として生き抜いた。
 先生の偉大な思想を、厳然と継承し、世界中に広めてきた。
 そのことを、心ある識者は正視眼で評価してくださっている。

● 青年が成長せよ
 一、晴れ晴れと大勝利の「広布第2幕 第10回全国青年部幹部会」、本当におめでとう!(大拍手)
 青年だ。青年の時代である。
 戸田先生も、青年に最大に期待し、こう語っておられた。
 「学会は、実践の団体だ。青年たちが早く立派に成長せよ! なんといっても、これからの学会を背負っていくのは青年である」
 私は19歳で戸田先生の弟子となった。ずっと先生のお側でお仕えした。
 先生は「大作! 大作!」と、いつでも、どこに行かれても私を離そうとしなかった。
 夜中に電話で呼ばれて、タクシーで急いで先生のもとへ向かったこともあった。ありとあらゆる訓練をしていただいた。
 当時、私よりも年上の、年配の幹部は大勢いた。しかし、先生が本当に信頼し、未来を託そうとされていたのは私だった。青年だった。
 人間は、年を取ると、どうしてもずるくなる場合がある。要領に走り、自分が威張る。
 そうした傾向があることを、先生は鋭く見破っておられた。
 私も、戸田先生と同じく、ずっと青年の育成に力を注いできた。
 次の時代を担いゆく指導者を訓練し、育ててきたのである。

● リーダー革命を
 一、格好主義では発展はない。どうしたら現実に広宣流布を進めていけるか。この一点を、一生懸命、祈りに祈り、苦労し抜いていくのがリーダーだ。
 同志と接する時も、心から讃え、励まし、感謝していくことだ。皆、広布を進めてくださっている大事な方々である。
 皆の奮闘を、決して当たり前と思ってはならない。まして、上から見おろして、苦労を押しつけるなど、もってのほかである。
 師のために! 同志のために!──まず自分が立ち上がる。
 この魂が燃えたぎっているのが関西だ。頼むよ!
 リーダー自らが、求めて信心を錬磨するのだ。自分を革命するのだ。そこからしか、新しい時代は開けない。

■ 一、きょうは、台湾から二人の女性リーダーが来てくださった。陳蓁蓁(ちんしんしん)婦人部長と、呉安?(ごあんじ)副学術部長である。ありがとう!(大拍手)
 戸田先生は女性に対して、こう指導された。
 「形だけの幸福に憧れるのではなく、永遠に続く、決して崩れることのない絶対的幸福の確立のために信心をしていくのです。目的観を高く持ちなさい」
 創価の女性は、この恩師の言葉通りに、各地で生き生きと進んでおられる。
 尊き台湾の同志が、どれほど苦労を重ねながら、社会に貢献し、信頼を広げてこられたことか。台湾は見事に大勝利しました!(大拍手)

■ 一、私が対談したトインビー博士は最高峰の歴史学者であった。対談のきっかけは、博士からの手紙である。
 ──私は仏法を深く知りたい。仏法者である池田会長と語り合いたい──こういう思いでおられた。博士とは、歴史に残る語らいを残すことができた。
 戸田先生はおっしゃっている。
 「われわれの目的は、日本一国を目標とするような小さなものではない。
 日蓮大聖人は、東洋にとどまることなく、全世界の果てまで、この大白法を伝えよと仰せなのである。
 なぜならば、大聖人の仏法の五字七字は、実に宇宙に遍満し、宇宙をも動かす大生命哲学であるからだ」
 私がこれまで重ねてきた、世界の知性との対話は、この先生の思いを具現化するためのものでもある。
 これからは、青年部の皆が、立派に成長することだ。青年部は、同志が信頼できる指導者になってもらいたい。柱になってもらいたい。人がどうあれ、自分が真実の弟子になるのだ。役職の上下など関係ない。

■ 一、今、私が対談を進めているアメリカ実践哲学協会会長のルー・マリノフ博士は語ってくださっている。
 「現代の宗教運動の中で、創価学会ほど対話に焦点を当てて、活動を推進されている団体はありません」と。
 世界の知性と私の対談集は、現在、進行中のものを含めると、60点を超える。
 ゴルバチョフ元ソ連大統領からも、もう一度対談したいとの強い要請があり、第2の対談集の準備が進んでいる。
 さらに今回、光栄なことに、インドネシアのワヒド元大統領からも、新たな対談集のご提案をいただいた。イスラムと仏法を結ぶ歴史的な対話となる。
 「人間の尊厳」「生命の尊厳」を守りゆく知性との連帯は、今や地球を包む広がりとなった。我らの友好の舞台は限りなく大きい。
 世界の平和のため、人類を結ぶ対話の大潮流を、仏法者である私たちは、さらに強めてまいりたい(大拍手)。

● 立正安国の精神を世界へ未来へ
 一、この7月は、日蓮大聖人が、「立正安国諭」を、世界へ、未来へ宣言された月である。〈文応元年(1260年)7月16日〉
 先ほども申し上げた通り、「立正安国論」では、主人と客の「対話」が展開される。
 民衆の幸福のため、国士の安穏のために、「屡(しばしば) 談話を致さん」(御書17ページ)と。
 それは、「蘭室の友」の交わり──すなわち、高貴な蘭の花が咲き誇るように、最極の信念と人間性が香る対話の世界である。
 この「立正安国」の真髄の対話を、獄中にあっても、厳として貫き通されたのが、殉教の先師・牧口先生であられた。
 看守や取り調べの検事に対して、正々堂々と破邪顕正の仏法対話を展開されたのである。
 敵さえも、味方に変える。いな、だれ人たりとも救わずにはおかない──その深き祈りが脈打つ対話であった。

■ 戸田先生は、日本の軍部政府によって獄死させられた牧口先生の仇を必ず討つと誓い、日本の広宣流布の基盤を築かれた。
 私は、全世界に妙法という平和の大哲理を弘めることで、戸田先生の仇を討った。──これが、創価の正義の血脈である。
 焦点は青年である。青年の時代である。
 頑張ろう!〈会場から「ハイ!」と力強い返事が〉
 戸田先生のもと、私は数々の重要な戦いの指揮を託された。そして敢然と勝利した。
 私は、学会を、戸田先生を厳然と守った。
 諸君も、麗しき創価の師弟の世界を、守り抜いていただきたい。
 私は、本当の戸田先生の弟子である。本当の師弟を知っている。ゆえに学会は、ここまで大きくなったのだ。
 戸田先生も、牧口先生も、どれほど喜んでおられることか。諸天も我らを護り、世界的な学会になった。
 師弟を見失えば、広宣流布の前進はない。これだけは、はっきりと言い残しておきたい。
 これが根幹だ。ほかは枝葉にすぎない。
 婦人部の皆さん、よろしく頼みます!
 青年部、頑張れ!
 愚かであってはならない。

●勝利の魂を君に
 一、1867年(慶応3年)4月。師(吉田松陰)との出会いから10年後に、高杉晋作は病死する。享年29歳。明治が始まる前年であった。
 戸田先生は、晋作と同じように体の弱い私を心配し、「大作が死んだら、学会はどうなるのか」と嘆かれていた。医師から「30歳まで生きられない」と言われていたからだ。
 しかし、私は、勝った。すべてに勝ちました!(大拍手)
 あらゆる障魔を打ち破り、社会を変え、平和と幸福の大連帯を世界に広げた。
 この師弟勝利の魂を今、私は、真の後継の青年部に託したい。
 皆さんが一番の頼りである。青年こそ、学会の宝であるからだ。
 頼むよ!〈「ハイ!」と力強い返事が〉

■ アインシュタイン博士は述べている。
 「破滅への道にはつねに理想に対する口先だけの奉仕が伴っていました」(湯川秀樹監修、井上健・中村誠太郎編訳『アインシュタイン選集3』共立出版)
 大事なのは実践だ。行動することだ。
 また、博士は次のように語っている。
 「真に価値あるものは多数の人々の個人を超えた協同作業によってのみ達成しうるのです」(同)
 平和への価値を創造する我らも、異体同心の団結が要である。
 さらに博士は、ガンジーの非暴力の闘争について述べている。
 「強固な信念によって支配されている意志というものが、一見無敵と思われる物質的な力よりも強い」(同)
 信心こそ、最強無敵の信念なのである。
 「背信の徒にほまれなし」
 「中世の大詩人であるショタ・ルスタヴェリは叫んだ。
 「敵の中で一番恐ろしい敵は、友のふりをする敵である」(袋一平訳『虎皮の騎士』理論社)
 〈ルスタヴェリは12、13世紀に、黒海沿岸のグルジアで活躍した詩人。グルジアの首都トビリシは、シルクロードの都市として知られる〉
 弟子のふり、同志のふりをする敵に、惑わされてはならない。
 また、ルスタヴェリは鋭く悪を糾弾する。
 「背信の徒にほまれのあったためしはない」(同)
 「人間にとって友を裏切るよりも悪いことがあろうか?」(同)
 いわんや、師匠を裏切り、同志を裏切る人間は、一番悪い。口先や肩書ではなく、実際に何をしたかが大事なのである。

●師匠直結で進め
 一、戸田先生は、ある会合の席上、学会歌の指揮を執る青年部をご覧になりながら、こう大宣言された。
 「皆さん、この青年部の諸君に、どうか期待をしてください。この若者たちが、大法戦をやり遂げる人たちです。この青年部がいる限り、創価学会は、絶対に盤石である」
 青年部、頼むよ!
 青年部が師の心をわが心として進めば、何も恐れるものはない。いかなる障魔も、打ち砕くことができる。
 青年部は、師匠直結で進むのだ。
 牧口先生には、戸田先生という、師の心を知る弟子がいた。そして戸田先生には私がいた。私には信頼する君たちがいる。頼むよ!〈会場から「ハイ」と力強い返事が〉
 また、ある時、戸田先生はこう語られた。
 「途中に何があろうが、最後に勝て! 断じて勝て! 最後に勝てば、全部、勝利なのだ」
 これを忘れずに頑張ろう!
 一、どうか、お元気で! 張り切って生きよう! 張り切って進もう!
 〈ここで名誉会長の導師で唱題した〉
 長時間、ご苦労さま! これから、さらに暑くなる。健康こそ、すべての土台である。どうか体に気をつけて、楽しい夏を迎えてください。
 また、元気にお会いしよう!
 楽しく戦って、楽しく生きて、楽しく勝利していきましょう!
 海外の皆さんも、ありがと!(大拍手)

 ※編集部として、名誉会長の了承のもと、時間の都合で省略された内容を加えて掲載しました。

 

赤胴鈴之助 様

 投稿者:無冠  投稿日:2016年 9月11日(日)13時49分39秒
  素晴らしい校正ありがとうございます。
2008-6-24 【各部合同協議会】
 ・・・一人一人が「地域の灯台」となって・・・
でした。
写真は当該スピーチされている先生です(6月28日掲載)
全てのスピーチ全文をお渡しできれば良いのですが・・・。

 

Re:本幹【メッセージ削除】

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 9月11日(日)13時05分54秒
  大城様
詳細且鋭い指摘をありがとうございます。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/56028

これから本幹に行かれる方は是非確認してみてください。

*********************
1.先生のメッセージ
3箇所、削除されていました

「日蓮大聖人は一切衆生 南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり経に曰く衆生所遊楽云々
と仰せになられました」

「法華経に登場する竜女は、傲慢な差別など、跳ね返して、「我が成仏を観よ」とすがすがしく、実証を示しなが、未来の女性達の為に幸の道を踏み明けていきました」

そして、極めつけは
「大聖人の御在世の本懐として、熱原の法難は民衆仏法の不滅の勝利を世界の人権史上に刻みつけました
その折、迫害の矢面に立って勇敢に師匠をお守りし、健気な同志を支え抜いたのが、若き南条時光です
大聖人は、この不自惜身命の青年門下を
「賢人」と讃えられ、「しはらくの苦こそ候とも、ついには、たのしかるべし」と断言なされました」

この3箇所まさに、先生のメッセージの「ホシ」です

自分達に都合の悪い箇所は師匠の大事な御指導さえも削除してしまう
これは師匠違背ではないですか?
 

男が相当、歳とってからの過度の逢瀬は

 投稿者:妖刀  投稿日:2016年 9月11日(日)12時58分20秒
  危険という記事を読みましたよHANDOCさん。
南米旅行中、お二人間の出来事は知るよしはありませんが察するに、お見通しの通りお疲れでしょう。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/56016

しかし、皆の見世物になって、ご両家の家族はどんなお気持ちでしょう。
 

皆様

 投稿者:大城  投稿日:2016年 9月11日(日)12時16分10秒
編集済
  賛同ありがとうございます
また、皆様の意見、全て賛同致します

創価学会が先生を中心に広宣流布に向かって大きく動き始めたことを確信したDVDでした

HAMDOC様
なんの理由で活動停止になったのか分かりませんが、活動停止を言い渡した人に財務を言ってくるとは?
迷走です

今の執行部が変わらない限り、布施を断つのも一つの選択肢としてありではないですか?

ただ本幹は参加されているので、会館使用料1万もありです

こんな迷走、暴走の執行部がやらかしていることで不眠症になるなんて、勿体ないです

先生の御健康、御長寿を一緒に祈りましょう
先生の御健康を祈ると自分が健康になります
有難いです
不思議です

御本尊様に果物をお供えする
御本尊様は召し上がらない
結局、一番美味しい時に食べるのは、自分
広宣流布の為、師匠への報恩の祈りは結局自分の功徳となって還ってくる
有難いです

自分も一時不眠症になりました
何時に寝て、何時に起きると祈っていました
それから、寝る前に牛乳を飲むといいと聞き、実行しました
確かに効果ありました

大事な身体、そして時間
大切になさってください

今まで生きておはするのは、この時

そうそう、スマホならばアーカイブでジョーカーさんの投稿を読むことをお勧めします

ジョーカーさんの投稿を読むと何故か
心地よくなって、眠くなります
そして、牛乳を飲み、いつのまにか、寝ています

ジョーカー様
すみません
いつも大切に勉強させて頂いています
 

再掲ね~ 虹と創価家族さんに激しく同意ね~

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年 9月11日(日)10時53分6秒
  【かつての本幹  投稿者:八尋みのる 】
投稿日:2016年 1月20日(水)00時46分47秒   通報 編集済

かつての本幹のワンシーン
記憶ベースです。

司会:池田先生から指導があります。

P:そんな指導なんておこがましい。
今の時代に指導だとかね~
もっとスマートに出来ないの?
そういう時はこう言うの。
池田先生からスピーチがあります。ってね。
爽やかに。青年部いいかい。


自称一番弟子に追伸:あんた、何を今まで聴いてきたの?
 

日本語的に変ですね

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年 9月11日(日)10時51分19秒
  “活動報告”か“信仰体験”のどっちかですよね。
活動を体験しました、、、で?それで? ってなっちゃいますよね。

マニュアル通り、他人に言われた通りになぞって体験していくのが「活動」だと
執行部サイドが無意識のうちに現場に打ち出してるからそうなるんでしょうね。

こちらのカウンターをしているつもりらしい某板でも少し前まで
「安保法制の悪逆非道性を証明できず」云々とサブタイトルに書いてましたが、
“悪逆非道性”とは何ぞや? そんな日本語聞いたことないぞ、と不思議でした。

さんぺんどてん もそうですが、信濃町界隈、なんか言語中枢に異状を来す病気が流行ってるんですかね~?
 

活動体験と言う言葉

 投稿者:石嵜メール  投稿日:2016年 9月11日(日)10時13分16秒
編集済
  本部幹部会では、「活動体験」と司会が言うがどうも好きになれない。

信仰体験とすべし。ずれていると感じるのは私だけなのか。
 

赤胴鈴之助 様

 投稿者:無冠  投稿日:2016年 9月11日(日)09時54分50秒
編集済
  赤胴鈴之助 様

ありがとうございます。
なるほどと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。

無冠
 

敵でも味方でもないパラドックス

 投稿者:飛翔こそ蘇生  投稿日:2016年 9月11日(日)09時03分36秒
編集済
  「間違ってはいけない」という考えは
小さい。

「何が間違っているのか知りたい」
と願いながら
「間違いを指摘されること」
を恐れる。

「間違っていない」と認めてもらうために
縄張りを作り偉くなる努力をする。

集団の価値観に強く傾倒し
その線の外か内かで正義か悪かを判断する。

多くの矛盾を無視して
良心が麻痺していく。

「間違いのない人間」になりたかったのに
「とても間違った人間」になっていく矛盾。

今までの努力に執着し
いまさらやめられないことが
苛立ちを生む。

酒、金、女にでも走らなければ
やってられない。

「私たちは素晴らしい」
「貴方たちは素晴らしい」
という仮面をかぶりながら

そのギャップを埋めるために
奔走することが

本人たちは正義のためと思っているのに
結果を見れば悪の限りを尽くしている。

一番大切なものを護るためだと
正当化し思い込む。

だけど一番大切なものは
全くそこには無いのだ。

意地汚い執着があるだけ。

そんなものを守って
どうして幸せになり
どうやって平和を築くと言うのだろう?

そんな枠を存続させることに
どれだけの価値があるのだろう?

そんな間違った正義か悪かの線引きに
どれだけの犠牲を払うというのだろう?

やめられることはやめれば良いのだ。
手放さなければならない。

本当にやめてはいけないことは
より大きな枠での相互理解と
より無条件での絶対的幸福だ。

考えてもみるのだ

「貴方はここが悪いから今すぐ直しなさい」
と言われるよりも

「貴方のその欠点、
なんかちょっと素敵ですね」って言われる方が

心が広くなるんじゃないか?

無限という
南無妙法蓮華経という
スケールから見れば

その完全さを信頼するならば

失敗作なんて何一つ
生み出されてはいないのだ。

そのままで常に完全である。

完全に信頼し委ねれば良い。

そうすれば完全な事しか起きていない。
 

今週のことば 2016年9月11日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2016年 9月11日(日)08時57分27秒
  学ぶほど確信は深まる。
語るほど境涯は高まる。
教学試験に挑む宝友と
「御書を心肝に染め」
行学の二道を楽しく!
 

本幹同中について

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年 9月11日(日)07時59分29秒
  内容的には素晴らしい。
特に第一次宗門問題で、池田先生が功労者宅をご訪問されている映像は涙なしには見れませんでした。
大分について取り上げていましたが、もっと深く現場会員の労苦を知って頂きたい。
絶版になっている吉村元佑著「人間の中へ:第一巻」では、更に深く当時のエピソードが書かれています。

さて、1点だけ意見がある。
「会長指導」は「会長あいさつ」に変更すべきです。
理由は、池田先生のメッセージで本幹同中が終了するからです。
先生のメッセージがあるなら、会長の指導など必要ない。
指導者は池田先生だからです。

会長が指導できるとしたら「池田先生の仰るように信心しましょう」と言うぐらいではないでしょうか。
会長が先駆を切り、池田先生の指導通りに実践する姿を見て、はじめて会長に対し信頼が生まれる。
行動なき言葉は、熱がなく聞いても心が動きませんし、信頼は生まれません。

 

渋調ネタww まだかな?ww

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年 9月11日(日)07時10分5秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/54492

>思考の自由度をうたいながら、現執行部の思考のフレーム内でしか言論を展開できない渋調Twitterの発信者の特定<
>後日谷川側の指示発信とともに検証して参りたい<
 

大山クジラ@アンポンタンww 撃沈?

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年 9月11日(日)07時05分53秒
  >大山クジラ君、元気?勢いだけはあったのだが。<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/55687
 

HA?DОC様、大城様

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年 9月11日(日)07時03分51秒
  おはようございます。小生も本幹、行ってまいりました。

確かに「さんぺんどてん」と言ってました。間違いありません。「さんぺんどてんの大勝利」って何ですかね?

ノーネクタイは、きっとクビが痛いからでしょう(笑)
クビを曲げて、オハナシになられていると感じたのは、小生だけでしょうかね?(笑)
 

多宝会のみなさんと

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月11日(日)05時23分37秒
編集済
  今住んでいる地域には28年前に家を建てて越してきました。

来た当初、活動家の80%以上が70代以上でした。

信心歴30年以上の本物の草創期からの歴戦の勇士の皆さんで、これほどの所に住んだことがなく、本物がたくさん住んでいる地域だと、喜びました。

ひかりは、それまで、いろんな所に住みました。
そして、学会組織のいろいろも見たし、また、54年問題をはじめ、さまざまな嵐にも遭遇してきました。

池田先生を、あしざまに言い、離れて行く人、あしざまに言ったくせに居続ける職員、活動家をバカにしたくせに手のひらを返すかのように猫なで声になった仏壇店経営の幹部、子供時代から、いろいろな人間模様を見てきました。

会員の悪口を広める幹部、女子部への強姦魔(たにがーだけではなく、いますよ、幹部には)、
何もそこまで威張らんでもな幹部、何もそんなに知ったかせんでもな幹部、
何もそんなに強要せんでもな幹部、何が偉いのか勘違いな幹部が多くて、まあ、まあ、あきれるばかりのおかしな人が往来しましたね。

しかし、今住んでいる地域は、素晴らしかったんです。
多宝会の本物が大勢いたこの地域は将軍の軍団でした。

多宝会の皆さんの誇りは、
「2時間かけて、拠点まで夜道を歩いたよ。外灯がなくて真っ暗な、終電が過ぎた(田舎は早かった)電車道を、みんなでレールから落ちないように、手をつないで歩いて行ったよ。
草履は貴重品だから、裸足で歩いた。雑草の夜露でモンペのすそがびしょびしょになった」

「帰ったのは、いつも深夜。帰ると、学会嫌いなダンナが、鍵を閉めて、家に入れない。
姑がコッソリ開けてくれるのを待った。新聞配達は、夜が明ける前にやった。そうしないと、一般の新聞屋が早いのに、聖教新聞はなんだと、学会員が言う。だから、会合と配達で、4時間くらいしか眠れなかったんだよ」

「みんな農家だから、仕事は朝早くから、普通にやったよ。忙しいなんてもんじゃなかったよ」

「でも、病気や貧乏から人間革命して、見ろ、この辺じゃ今は、学会員が、一番健康で、長生きで、家が栄えて。貧乏な学会員をバカにしていた金持ちが傾いで、学会員はバカばかりと笑った家の秀才息子たちは、精神病になって施設、まともじゃなくなり、暮らしはガタガタ、今じゃ、あんたらが正しかった、その信心を教えてくれ、と言って、題目を上げたりする」

「新聞は、言っただけで取るよと言ってくれる」

「選挙は、行っただけで入れるよといってくれる」

そういう多宝会の方々は、本当にまぶしい、尊敬すべき人々でした。

このたくさんの先輩方との活動は、とても楽しかったです。
常に唱題と御書、池田先生の御指導の熟読、もちろん折伏・仏法対話は日常の方々でした。

執行部に言いたいんです。
こういう多宝会の方々は、苦しい中を財務もやりきってきた。
その浄財で、生きてきたんです、執行部は。
 

大城 様

 投稿者:HAMDOC  投稿日:2016年 9月11日(日)02時58分36秒
  そうです!会長が会員の顔見れないのは、私も感じました!

それに…私の考えが古いのかもしれませんが、ああいう公式の場で、しかも会長として挨拶をする身の上でノーネクタイって…

耳も疑ったけど、目も疑いました。

しかし、疑いようのない事実でした。


すみません、いつもは起きていないのですが、処分下って以来、どんな活動も…たとえ選挙ですら、音沙汰なかったのに、9月5日に「財務を」と、幹部の訪問があり、不眠症に陥ってしまい、投稿しています。
 

本幹

 投稿者:大城  投稿日:2016年 9月11日(日)02時40分40秒
編集済
  本幹参加させて頂きました
素晴らしいDVDでした

原田会長が笠貫女史と南米旅行に行っている間に、アーカイブ室でしょうか?
いい仕事しました
ありがとう!

と同時にいくつか、気になることがありましたので、指摘させていただきます

1.先生のメッセージ
3箇所、削除されていました

「日蓮大聖人は一切衆生 南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり経に曰く衆生所遊楽云々
と仰せになられました」

「法華経に登場する竜女は、傲慢な差別など、跳ね返して、「我が成仏を観よ」とすがすがしく、実証を示しなが、未来の女性達の為に幸の道を踏み明けていきました」

そして、極めつけは
「大聖人の御在世の本懐として、熱原の法難は民衆仏法の不滅の勝利を世界の人権史上に刻みつけました
その折、迫害の矢面に立って勇敢に師匠をお守りし、健気な同志を支え抜いたのが、若き南条時光です
大聖人は、この不自惜身命の青年門下を
「賢人」と讃えられ、「しはらくの苦こそ候とも、ついには、たのしかるべし」と断言なされました」

この3箇所まさに、先生のメッセージの「ホシ」です

師匠の大事な御指導でも、自分達に都合が悪いと思う箇所は削除しているのではないか?
これは師匠違背ではないか?

2.インドの女子部の活動報告
活動報告よりも体験談を聞きたいと思いました

3. インドの青年に、日本語で
「先生の為」と言わせていました

これは、なんだか「怖い宗教」に見えました
「先生の為」と言わせることは辞めて下さい!
  先生が誤解を受けます

せめて「先生と共に」にして下さい
「先生と共に、広宣流布の為に戦います」
「先生と共に、民衆の幸福の為に戦います」

これが自然であり、納得行く言葉です

4 原田会長
あなたは、笠貫女史との南米旅行では、みっともないくらいデレデレな顔を連日聖教に掲載して、顰蹙を買っていました

なぜ、会員の前では、まるで別人のように、偉そうに仏頂面しているのですか?
二重人格者ですか?
それとも、ただの女好きのキモいジイさんですか?

宿板の厳しい指摘を受けてでしょうか?
「サノさん」というのだけ、ヤケに小さい声で言いにくそうにしていました
余計、目立っていました

遠い南米だから、解放感もあり、弾けたようですが、やらかしました
「終わり」です

谷川さんは壇上で話す時、会員と目を絶対に合わせない
会員の顔を見ることが出来ない
「知っているのかな?」と思ってでしょうか?

原田会長
あなたも、会員の顔を見れなくなっていました
原稿、カミカミでした
その上「三変土田」
思いっきり、間違えていました

創価学会の会長って、教学力ないんだ!と会員に知らせました
教義問題を失敗するのも無理ないです
信頼も信用も無くしました

創価学会は、もう一度池田先生と真の弟子で出発します!

あなたは、もはや完全に浮いていました
全く呼吸が合っていませんでした
その姿は、あなたと笠貫女史の南米旅行は戦いではなかったことを明らかにしました

先生は海外から戻られると一回りも二回りも境涯が変わられて帰国されました
日本で留守を預かる奥様は先生について行けるように、先生が海外に行かれている間、自分の境涯革命を目指しお題目をたくさん上げられたそうです

本来、海外から戦って帰国されたならば、日本のメンバーを触発するはず
全く逆
テンションが全く合っていない
それを誤魔化すようにやたら、大きな声だしていました
バカンス帰りだったのでしょうか?
バカンスならば、費用は自腹でお願いします

職員の皆さん
師匠の大切なメッセージを割愛する原田執行部をいつまで許しておくつもりですか?
もう充分潮時です
我々会員は耐えました
いい加減、引導渡したらどうですか?

原田会長は記者の時代
先生の直筆原稿を保管する為、書写して印刷に回していたという話があります

そんな人が、会長になり、先生が公式会合を欠席されるや、先生のメッセージは削除
2006年以降のスピーチは出版しない
まるで別人のような行動ではないですか?

この姿は先生がスピーチで話された
「師匠がいなくなるや、仮面を脱ぎ、自分勝手なことを始める弟子」の姿そのものではないですか?

 

花の三丁目地区。。。

 投稿者:単なる野次馬 改め 天然水  投稿日:2016年 9月11日(日)02時05分16秒
  葉庭氏のモデルは
さい@じって方だと
地元のパイセン幹部様に 伺った記憶が
ございますw
 

全集未収録スピーチ 無冠 さん、ありがとうございます。

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2016年 9月11日(日)02時01分45秒
  全集未収録スピーチ   無冠 さん、ありがとうございます。
パソコンに読上げさせながら、そして、感動しながら、聞き入っています。

2008-6-24 【各部合同協議会】
「心こそ大切」(御書11192ページ)である。
          ↓
「心こそ大切」(御書1192ページ)である。

すくに、
 ↓
すぐに、

地域の灯台一と
     ↑ ・・・灯台守かな?

ポイント
● 善人よ叫べ!連帯せよ!。
 一、創価の父である牧口先生は綴られた。
 善人は、古今、必ず強大な迫害を受ける。他の善人たちは、内心は同情を寄せるが、なんら実力がないとして、傍観するために、善人は負けることになる"と。
 目の前で、他の善人が迫害されるのを見ても、知らぬ顔をしている。
 それでは、いつまでたっても、時代を変えることはできない。
 善の人が勇気を持つのだ。声を上げるのだ。勝利のために連帯するのだ。
 そこに、時代変革の重要な鍵がある。


 それゆえに、師弟不二の「建設の死闘」を知らない幹部が、学歴や肩書におごり、増上慢になって、組織の上にあぐらをかいたりするならば、学会の将来は危うい。
 破壊は一瞬だ。

一、対話こそ力だ。
 誤解があれば解き、無理解ならば教え、偏見があれば道理を尽くして正せばよい。
 そして、悪意に満ちた一つの暴論には、十の正論で、断固、打ち返し、打ち破るべきである。
 学会の悪口を言われても、何も言えない。何ひとつ反論できない。
 そんな、ずるい、無責任なリーダーであってはならない。
 どんな相手に対しても、言うべきことば言い切っていくことだ。
 「悪は悪」と明快に破折していくことだ。そうしなければ、会員が、あまりにも、かわいそうである。
 また、相手にとっても、正邪をはっきりと伝えていくことは、結局、慈悲の行為となる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第19回本部幹部会
広宣流布の実践を買いてこそ、
        ↓
広宣流布の実践を貫いてこそ、

佐渡流罪の大難の時に退転した女性の弟子に、領家(りょうけ)(※巻末参照)の尼がいる。
 彼女について大聖人は、「恩を知らない人間となって、後生に悪道に堕ちられることがかわいそうでならない」(御書895ページ、通解)と仰せになられた。
 ──どんな厳しい生命状態に陥ってしまうことか。かわいそうだ。だからこそ、指導して、なんとか助けてあげたいのだ──という心を込められた、有名な御文である。
 私もまた同じ思いである。"恩知らず"が多くなれば、学会は危うい。

一、戸田先生は、恩知らずの坊主や元幹部などには、本当に厳しかった。
 「あんな下劣な連中に、崇高な学会を乱されてたまるものか!」と烈火のごとく叫ばれた。
 この「正義の怒り」を幹部は持たねばならない。邪悪への「怒り」が大事なのだ。
 大切な学会が、バカにされても、何も言えない。自分だけ、いい子になって黙っている。
 そんな意気地なしの幹部では、会員がかわいそうだ。
 沈黙は卑怯である。
 最高幹部から「正義の叫び」を発していってもらいたいのだ。


●いよいよ! これから!。

これが大聖入門下
     ↓
これが大聖人門下
・・・・・・・・・・
「報恩抄文段」に「大難競い起るとも身命を惜しまずして詩法を呵責し
                          ↓
「報恩抄文段」に「大難競い起るとも身命を惜しまずして謗法を呵責し

・・・・・・・・・・・・・・
ポイント
私は、戸田先生が言われた「報恩の道」を、厳然と開いてきた。
 先生は「大作がいるから、学会は筋を通して、真っすぐに進んでいる」と、ほめてくださった。
 一方で、先生は「組織が大きくなれば、悪い人間も出てくる」と心配されていた。
 だからこそ、私は「関西」の天地に、師弟直結の模範の人材城を築いてきた。
 関西の皆さん、しっかり頼むよ! 頼るべきは、関西である。大関西があるかぎり、学会の未来は盤石だ。(大拍手)。
 一、戸田先生は、このように、有名な指導を残された。
 「現在の世相を見ると、人の道である知恩・報恩を貫く者は、ごく稀となってしまった。忘恩から、社会の乱れが生ずるのである」と。
 生み育ててくれた「父母」の恩を忘れてしまえば、家庭は乱れる。当然のことだ。
 世の指導者は「民衆」の恩を忘れ去った時、慢心を起こし、狂い始めるのが常である。
 戸田先生は断言なされた。
 「恩知らずから、魔は動く。恩知らずから、堕落は始まる。恩知らずから、畜生になる」──このように厳しかった。


一、戸田先生は遺言された。
 「社会的な地位をもっている者が、信心がなくなり、その立場にふんぞり返って、その中に悪鬼入其身して、魔となるのである」
 「師匠のおかげで偉くしてもらいながら、将来、畜生の如く師恩を仇で返し、踏みにじっていく悪逆な連中が出たならば、断じて許すな!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ひらがなプロジェクトへ投稿しました。
富木殿御返事、斎料事、2編です。
富木殿は、終わりました。
次は準備中です。
 

反板の委託バイトさんに。

 投稿者:大石小石  投稿日:2016年 9月11日(日)01時11分27秒
  さすがにこのあたりの事情は君たち若造なんかは知らないだろうね。

来週、定例の月曜取りまとめ報告書のお伺い項目の1つとして委託先対策室および八尋社?か知らんが、該当部署に聞いてみなさい。

こっちはこっちで若造がちゃんと仕事してるかどうか、確認できるから(笑)
くれぐれも怠るべからず。仕事振りによっては予算削減、人員整理もある。
 

金澤主任。

 投稿者:大石小石  投稿日:2016年 9月11日(日)01時01分19秒
  そんな取り立てた武勇伝もないまま、いつのまにか全国書記長になり、青年部卒業後は杉並だか荒川だったかわすれたが、例の天鼓文書で少しばかり内外に有名になってしまって(笑)さぞご本人も当惑していただろう。

それでも輝く誉れあるあの「東京長」に就任あそばされた。

誰かの後押しがなければまず無理。地方では全くの無名だから。

 

忍田さんといえば。

 投稿者:大石小石  投稿日:2016年 9月11日(日)00時36分57秒
  忍田さん、元々は学究肌でまさか、のちに男子部長、青年部長になるとは。その妙な因縁はご本人がよーくわかっていたと思う。城久さんの存在はやはり大。忍田さんは、なんといっても京大の太田、早稲田の浅見コンビが青年部最強!と言われていた次だからね。

ちなみに忍田さん男子部長の時の書記長は東大卒の金澤主任君ですw今でこそ勘違いし威張っておるが!

この頃の谷川主任はまだ職員になりたての頃。
色々御苦労があったと私の部署にも報告書があがってきたのも懐かしい話しじゃよ。

 

小作人@地上の発心様、宝剣様

 投稿者:厚顔無恥王  投稿日:2016年 9月11日(日)00時06分54秒
  >城久さんの急逝は不慮の出来事なので特に関連性はない<

表現が曖昧でした。陰謀論を述べてはいないです。
時期が近い。ので、、、つまりは

忍田氏の学生部長就任、創価大学卒業生の活躍があり
このままでは創価大学閥が出来て
学会を自分の思うようにコントロール出来なくなりそうだ。

と思えば非創価大学卒業生から人材の登用を考えるのではないか?という勝手な推論でした。

城久さんは池田先生をお護りするために陰で戦われておりました。組織の役職も副指導部長くらいの位置ではなかったかな?
忍田学生部長の時代のです。同期に正木氏などがいたのです。

宝剣様
本日のやりとりをご確認くださいませ。
特にコレですがコレ以外も確認頂く方がよろしいかと。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/56003
 

本部人事たけなわですな!

 投稿者:大石小石  投稿日:2016年 9月10日(土)23時55分44秒
  地方職員の問題児、どうやらあちこちで抜擢されとるな。知ってるぞ、某方面の県長だったS君。とばされた理由はともあれ、まずは大都会で復権。おめでとう!

君の後釜、T君は大丈夫か?M君がその立て直しで散々苦労したらしいが。

ところで広島の塩出くん、おめでとう。色々と乗り越えたようだね!
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2016年 9月10日(土)23時35分4秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
おやすみなさい
 

フェイク 第1542号

 投稿者:宿坊  投稿日:2016年 9月10日(土)23時26分15秒
  (発行=16.09.09)

日顕は死をもっての諫言を無視
僧俗共に堕地獄必定の邪宗・日蓮正宗 ①
会則について日如の相反する戯言

日蓮正宗・法華講の機関紙「大白法」(九月一日付)が「異流義破折 師檀共
に堕地獄必定」という無礼な見出しを付け、宗内でも嫌われている「慧妙」の
ような下劣な言葉で学会に悪口雑言を浴びせている。紙面の無駄なので「大白
法」の駄文を逐一紹介しないが、学会の永遠の五指針のうち「健康長寿の信心」
に難癖をつけ、その中で大御本尊への信仰を捨てたとか、本門事の戒壇建立を
放棄したとか、法主を罵倒したから末路は「堕地獄」等と誹謗しているが、笑
止千万!

 法華経に説かれる「還著於本人」の原理で広宣流布の唯一の正法正義の教団
を誹謗した言葉は、必ず日蓮正宗・法華講に還ると知れ。

 「大白法」編集者は日顕の愚挙と妄言を棚に上げて学会を非難するが、見当
違いも甚だしい。

まず、御本尊に関して日顕は一人の末寺住職に「御本尊を信じられない」と
言い、大御本尊を鑑定しては「偽物」と断定した。

そのうえ学会を破門し、学会員の登山会・御開扉を拒絶して添書登山に切り
替えたのは日顕ではないか。

 また、早瀬義寛(日如)は以前、学会の会則の「三大秘法の大御本尊を信受し」
について御講の席で「学会が三大秘法の大御本尊を信受するなんて、破門され
た学会には許されない。狂っている」と叫んでいた。

ところが、近年では「『弘安二年の御本尊は受持の対象にはいたしません』と
は暴挙であり、大聖人への反逆行為です」等と相反する戯言を述べている。

「信受する」のは許されない、狂っていると批判し、他宗派の大石寺にあるか
ら「受持しない」というと、今度は反逆行為だ、謗法と言う。どっちにしても
非難するのが邪宗門だ。

 さて、先述の通り、学会員の登山会・御開扉を廃止したのは日顕である。

 平成三年三月十六日、大石寺は登山会を一方的に中止する旨の通知書を学会
本部に送りつけた。

この日顕の愚挙に対して登山の輸送に携わってきた大富士開発の副社長が同
年六月七日、同社の経営の行き詰まりを苦に自殺するという痛ましい事件があ
った。

 同社の社員一同は「二十九年にわたり大石寺登山輸送を最大の誇りとし(中
略)昼夜の別なき輸送に家族とともに仲間とともに励まし合い支え合って今日
まで頑張ってきたのであります」と切々たる心情を抗議文に書き、自殺した副
社長が毛筆で清書して五月二十三日、日顕に提出した。

 この大富士開発は昭和三十四年に設立され、日達師も発起人の一人で、日顕
は同社が登山輸送の専門会社だと百も承知の筈だ。

 しかし、日顕は冷酷にも副社長の死をもっての諫言さえも無視したのである。

一人の尊い生命を奪っても何の痛痒も感じない日顕は魔僧という他はない。

 この事件を取材した週刊誌の記者に大石寺理事の小川只道は「大石寺の責任
のように言われるのは心外である」と語っていた。

 こうして学会の登山会を廃止して添書登山を強行したが、登山者が激減した
ため、法華講に年に何度も功徳がなくなった登山を強要して講員を苦しめてい
る。

講員は今こそ勇気を振り絞り、法華講を辞めるべきだと勧告する次第である。


 

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