HRNの事務局長である伊藤和子弁護士は、以前から「秋葉原に児童ポルノがあふれている」旨の発言を繰り返しており、多くの人たちから「いったいどこにあふれているのか。根拠を示せ」という批判を受けてきた。そのたびに伊藤弁護士は「報告書を出すから待って欲しい」と回答してきた。そしてその結果がこの報告書である。
報告書が出る前から多くの人たちが「秋葉原には幾度となく行っているけど、児童ポルノがあふれている場面なんて見たことがない」という指摘をしている。僕自身も秋葉原にはよく言っているが、実際にそのような現場に遭遇したことがない。また、昨今の観光地化した秋葉原の姿を考えれば、児童ポルノがあふれていれば、多くの来日外国人がそれを発見し、世界的な問題になっているはずなのである。
もちろん、そうした違法なものを取り扱う業者は裏に隠れているから、普通の人たちが知らないのも無理はない。本当にそうしたビデオを扱う店が秋葉原にあるのかもしれない。弁護士だし、そこまで自信を持っていうからには、実際に裏業者が本当に17歳以下の子供が出演させられているアダルトビデオがあるのだろう。
まさか秋葉原にも店舗を構えるラムタラなどのセルビデオ販売店に売られている「本物!小●生」みたいな疑似ロリものを持ち出して「これが児童ポルノだ!!」などとは、まさかやらないだろうと。絶対それだけはやるなよ?やるなよ?と考えていた。
で、報告書はありていにいえば「子供の遊び」のような代物だった。
ハッキリ言えば「女優の年齢関係なしに、子供っぽいものは全部ダメ」という、人権もへったくれもない横暴としかいいようのない内容である。
「やっぱり単なるセルビデオかよ」と思うのと同時に、HRNが18歳以上の女優が出演する疑似ロリ物と、直接的な性的なシーンや性器や乳首の露出はないものの、17歳以下の子供が、水着などの姿でカメラに煽情的なポーズをする「着エロ」とも呼ばれる作品類をごちゃ混ぜにしていることにあきれ果てた。
18歳以上の女優を出演させて、「小●生のセックス!」などと、子供との性交をあおり立てるような表現物を製作すること。それと実際に17歳以下の子供に性的なポーズなどをさせることは、包有する問題は全く別である。前者は「子供とのセックスを想起させること」が問題であり、後者は「実際の子供が性的な目的のために利用されていること」が問題であるといえる。
ざっくりと「児童ポルノ」としてひとくくりにされている中には、以下のような問題があると考える。
未成年者がAVに出演させられる問題
未成年者がAVなどに出演しようとしてしまう問題
親が子供を出演させる問題
未成年者であるような煽り文句の問題
未成年に見える成人が女優として出演する問題
他にもあるかもしれないが、これらは全部バラバラな問題であり、それぞれに論点と異なる解決法が存在する。これらをひっくるめて「児童ポルノ問題」などと称することは、問題を無駄に複雑にし、解決から遠ざけるだけのことである。
他にもさまざまな批判があるが、多くの人が多方面から批判を寄せているので調べてもらうことにして、僕としてはこの報告書の最後「提言」に対する批判をしておきたい。特にこの提言の中に記されている「ゼロ・トレランス」という言葉についてである。
報告書の「提言」の項に、政府や関連機関への提言として、
「児童ポルノについて、「着エロ」、イメージ・ビデオの如何を問わず、一切これを許さない「ゼロ・トレランス」の姿勢を明確にし、関連するすべての産業に周知徹底すること。」と書かれている。
ゼロ・トレランスを日本語に直すと「寛容さなし」という意味になる。元々は犯罪を割れた窓を放置してはいけないという「割れ窓論理」とともに知られるようになった言葉で、小さな非行や乱れに対して寛容さなしであたることにより、子供が犯罪者になったり、街が犯罪者のターゲットになるということを避けられるという考え方である。
しかし実際にはゼロ・トレランスを実施したところでも、犯罪が減ったとは明確には言いがたく、その一方で「子供が食事用のプラスチックのナイフを持っていただけで、停学になったり裁判沙汰になる」というような、何の被害も産みそうにない、きわめて小さな罪を「割れ窓発見!退治せよ!!」とむやみに拡大解釈したような悪癖ばかりが目立つのが、ゼロ・トレランスの現実である。
ゼロトレランスが適用される場合、規制を実施する側がみだりにその権限を乱用すれば、社会は混乱に陥ることになる。だからこそ、これを適用する際にはきわめて明白な論理性と明確な根拠が必要になるのである。
では、HRNにはゼロ・トレランスを他者に対して適用しようとする資格があると言えるのだろうか?
その観点からHRNの報告書をみるに、とてもではないがHRNにゼロ・トレランスを迫るだけの資格はないと考えられる。
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