今の大学入試センター試験に代わる新しい大学入試改革案について、文部科学省は、先週(8月31日)これまでの検討状況を公表しました。高校側の言い分、大学側の言い分の調整がつかず、袋小路に入り込んだ形です。これまでの議論を整理し、今後の課題を考えます。
大学入試改革と一口で言っても、受験生に人気があって偏差値が高いブランド型の難関大学と誰でも入りやすい大衆型の大学とでは事情が違います。今回は、難関大学を対象にした改革に絞って考えます。焦点となっている記述式問題と英語の議論がどこまで進んだのか、実施にあたってどんな日程案が浮上しているのか、そして、今後どう議論すればよいのか、この3点を取り上げます。
難関大学向けには、センター試験から衣替えした「大学入学希望者学力評価テスト」を実施するとしています。このテストは、大学に入学を希望する生徒が1次試験として受けるもので、2020年、今の中学2年生が受験年齢に差しかかる時期からの実施です。大きな変更点は、記述式問題の導入と英語の試験内容です。記述式問題は、将来役に立つ考える力を測るには従来のマークシート方式だけでは限界があるとして導入の方針が示されました。また、英語は、グローバル化に対応するためとして、これまでの「読む」「聞く」力に加えて「書く」「話す」力も評価します。成績は一点刻みではなく、得点レベルごとに示すとしています。ここまでは、文部科学省の専門家会議でこの春までに方向性が打ち出されています。
問題はここからで、具体的にどう実施するかです。議論は、文部科学省が少人数の専門家による会議を設けて、非公開で行ってきました。どこまで煮詰まったのでしょうか。
記述式問題の導入をめぐっては、議論がまとまらず、日程と内容の違う3つの案が検討されています。これについてはのちほど詳しくみていきます。
英語の試験内容については、方向性が固まりました。「読む」「聞く」「書く」「話す」力を大量に一度に行うには無理があるとして、英検やTOEFL、TOEICなどの民間の試験を活用するとしています。将来は、完全に民間の試験に移行しますが、当面は、「読む」「聞く」は現在のセンター試験と同じように行い、その成績を併用するとしています。完全に移行する時期は今後議論しますが、将来は、1次試験の日程では行わず、民間の成績だけを活用することになります。ただ、レベルに違いのある民間の試験の成績をどう使うのか、実施までに議論を詰めなくてはいけません。
では、記述式問題をめぐる議論はどうなっているのでしょうか。
3つの案が浮上しています。
1つめは、これまでのセンター試験と同じ日程で行い、センターが一括して採点する方式です。混乱の少ない方式ですが、採点期間が短いために、記述式とは言っても短い回答しか求められない限界があり、考える力を測ったことになるのかが課題です。
2つめは、実施時期を12月に前倒しし、こちらもセンターが一括して採点する方式です。採点期間を長く取れる代わりに高校の授業内容をこなしきれないうちに試験となってしまうため、影響が大き過ぎると高校側が反対しています。
これら2つの案で行き詰っているところに、大学側から新たな提案が出されました。それが3つめの案です。実施時期は変えずに、採点を各大学が行い、2次試験の成績に反映させるとする案です。考える力を測るには数十字程度の短い答えでは中途半端すぎると第1の案を退ける形で提案されたものです。ただ、この案は、受験生が大学選びの参考にする1次試験の成績としては評価されないため、受験生にはメリットの少ない形です。また、大学ごとに採点に人手をかける必要に迫られるため現場の理解が得られるかという問題があります。
文部科学省は3つめの案をもとに議論する考えです。これなら考える力を測るための長い文章を書かせる問題が出題でき、採点にも時間をかけられるとしています。しかし、2次試験の合否判定には使えますが、1次試験の成績としては使えないため、受験生にとってのメリットはあいまいです。3つの案のいずれもが、あちらを立てればこちらが立たずといった状態で、袋小路に入り込んだ形です。大学、高校の都合ばかりが先行して、最近流行りの言葉で言いますと、何が「受験生ファースト」なのか疑問です。
この入試改革論議、そもそもどこから出てきたのでしょうか。
安倍総理直属の教育再生実行会議が3年前に提言し、動き出したものです。グローバル経済を担う人材の育成のためには、測りやすい知識よりも測りにくいけれど将来役に立つはずの考える力を重視すべきだ、として一点刻みではない入試に転換するよう求めたことが始まりです。議論を引き継いだ文部科学省の専門家会議は、そうした意図を汲んで、1次試験の段階から受験生に考えさせる記述式問題の導入を提言したのです。大学や高校からすると、改革の意義はわかるけれど上から言われてしぶしぶ議論せざるを得なくなった。袋小路に入り込んでしまったのにはそうした事情があります。
とは言え、課題を乗り越える必要があります。どうすればよいのでしょうか。
共通に行う1次試験と各大学が行う2次試験とを切り分ける必要があります。1次試験としてやれることには限界があります。1次試験に何から何まで背負わせるのではなく、求めるような記述式問題は2次試験で大学ごとに行うことにすれば、議論はスッキリします。2次試験で記述式の問題を作るには、大学は研究資金の獲得など別の理由で忙しくなっていて手が回らないと言います。本当によい学生をとりたいなら、そんな泣き言を言っている場合ではありません。1次試験に任せきりにするのではなく、たとえば、志を同じくする大学同士が協力して問題を作り、共通に出題するという知恵を出してもいいはずです。受験生のためを思うなら、上から言われての改革ではなく、大学自身の問題として、自主的に解決を図るべきです。国立、公立、私立を問わず考えてほしい問題です。
一点刻み入試の解消、知識にとどまらない学力という改革の理念はそれなりに理解されるように思います。しかし、あらかじめ決めた工程表に合わせるために制度改革を急ぐのは禁物です。今から30年ほど前、共通一次からセンター試験に切り替わる前後の混乱を取材した経験からしますと、準備不足のまま急ぎ過ぎると、よかれと思って打った手がかえって混乱の原因になりかねません。
密室での限られた議論ではなく、広く知恵を集め、十分に議論を重ねてほしいと思います。混乱することで得をするのは受験産業でしかなく、振り回されるのは受験生だからです。熟慮を求めたいと思います。
(早川 信夫 解説委員)