米アップルは7日、新型のiPhone(アイフォーン)「7」を発表した。日本向けでは「スイカ」などの電子マネーが利用できる。任天堂の「スーパーマリオ」の新作ゲームも配信するなど過剰とも思える日本重視の姿勢を打ち出した。唐突な日本への秋波が意味するものは何か。独禁当局に対する警戒感と、主要部品メーカーから聞こえるアップル離れの足音への危機感がにじみ出る。
「アップルペイは米国で大ヒットとなった。我々はこれを世界中に広げようとしている。その一つが日本だ」。7日、米サンフランシスコ市内での発表会で壇上に立ったアップル幹部がこう話すと、背後の巨大スクリーンに日の丸が映し出された。「7」の特徴の1つに挙げたのが決済機能で、世界展開のトップバッターは日本だ。
「7」への期待の大きさはNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの日本の携帯大手3社も同じだ。背景にあるのは台頭する格安スマホへの危機感。いまや格安スマホと携帯3社の分かりやすい違いは、端末のラインアップにiPhoneの最新機種があることくらいだ。ソフトバンクは月20ギガ(ギガは10億)バイトの大容量データ通信を6割以上値下げすると表明。早速、競争を仕掛けてきた。
携帯3社との蜜月は揺るぎそうにない。「iPhoneを売らせてやっているという感じ」(携帯大手幹部)だった強気のアップルがなぜ今、日本に秋波を送るのか。
アップルの態度が変化したのは、中国勢の伸長が著しい新興国で苦戦する一方、ドル箱だった日本でじわりとiPhone離れが進みそうな気配があるからだ。
公正取引委員会は8月、メーカーが中古スマホの再販売を制限しており、独占禁止法違反の可能性があると警告を発した。メーカーの名指しは避けたが、業界ではアップルを念頭に置いているとの見方で一致している。携帯大手に新規販売の一定量をiPhoneにするよう要請する「不平等条約」と呼ばれる契約も以前から問題視されていた。
事態を重く見たアップルの日本法人は、あわてて2015年には国内の部品や素材など865社から300億ドル(3兆円強)を調達したと、これまで極秘としてきた取引実績を唐突に公表した。日本経済への貢献をアピールして世論がアップル離れに傾くのを防ぐ狙いは明白だ。
ただ、実はアップル離れは頼みの電子部品業界で進んでいる。アップルへの過度な依存度を引き下げようと、中国や韓国のスマホメーカーへの売り込みを強化しているのだ。15年発売の「6s」の売れ行きが予想を下回り、電子部品の生産に急ブレーキがかかった教訓から、警戒感が広がっている。
例えば、TDKのスマホ向け電子部品に占める中韓メーカーの比率は金額ベースで1年前に約5割だったが、現在は約6割まで高まった。特に「中国スマホメーカーへの供給が増えている」(山西哲司取締役執行役員)。アルプス電気は数年前から中国スマホメーカーへの売り込みを強化しており、スマホ部品に占める中国向けの比率は「数量ベースで2年前に1~2割だったが現在は3割まで増えている」(気賀洋一郎取締役)と言う。
中国メーカーは高機能化を進めており、日本が得意とする高性能部品の需要が高まっていることも追い風だ。気賀氏は今後も「中国メーカー向けビジネスの伸びが期待できる」と見る。日本の電子部品を使って高機能化する中国製スマホがアップルの地位を脅かしている構図が透けて見える。
もっとも今回の「7」はデザインや機能の面で大きな進化がなく、来年モデルまでの「つなぎ」との見方が強い。次期モデルがヒットする可能性もあり、日本の部品メーカーもアップルにはおいそれとは背を向けられない。ただ、かつての鉄の結束が揺らいでいることだけは確かなようだ。
(企業報道部 杉本貴司、河合基伸)
[日経産業新聞2016年9月9日付]