このところ、台風に始まり雨天が続いており、仕事が捗らないことこの上ない。私は建設業で働いており、建設業といえば、コンビニエンスストアに脚立を積んだ軽バン、或いはセンスの欠落したビカビカのホイールを履いたハイエースで乗り付けて、ジョージア微糖とマルボロアイスブラスト、ファミチキ或いはLチキを店員さんにタメ口で指示、はよもってこい、はよもってこい、俺のファミチキはよもってこいと急かし、それらの入ったビニール袋をブンブン振り回しながら車に乗り込んで、ウィンドウのレバーをぐっるぐる回し、窓から汚いカーゴパンツから生えたクロックスのバッタモンを放り出して、くっちゃらくっちゃらファミチキを貪り食い、マルボロをふかし、ジョージアをがぶがぶ飲み、エグザイルとか、その下請け的な三代目のやつをガンガン流して、周囲の善良な市民に散々迷惑をかけるような下の下、最底辺のゴミカスであるが、そんな我々ゲノゲの鬼太郎たちも、日々、ビクビクしているものがあり、それは何かと説明すると、雨。雨なのである。
建設業の半数程は外で仕事をする業種であり、外で仕事をする以上、雨が降っていては仕事にならない場合が多く、折角しごいたモルタルや、折角塗った塗料が流れて、真っ白になった地面を見つめながら、あゝ茫洋と中原中也みたいな事を呟いてしまうから、やはり雨は堪忍してほしいのである。
この時期になるとゲリラ豪雨やゴリラゲイ雨が多発して、予測不能のタイミングで慈悲の欠片もないような雨が降る為、建設業の人々は休憩の度に、ウェザーニューズやYahoo天気予報の雨雲レーダーをチェケラしたり、スティーブジョブズが見たら絶叫して死んでしまうようなダサいケースに入ったパズドラ以外に使い方の分からないiPhone6プラスをぽちぽち設定して、雨が降る前に知らせてくれるアプリをダウンロードしたりと、それぞれ工夫に余念がない。
しかしそんな付け焼き刃で対抗できるほど自然のエモさは単純ではなく、やはり雨は予測不能、これが10年間かけて出した私の結論なのである。
雨が降れば現場作業は中止せざるを得ない、作業を中止するという事は、先延ばしになるということであり、これが蓄積すると、現場が完了しないまま次の現場が始まるという、地獄が始まるのだ。ヘルが始まるのだ。ヘルメットを被るのだ。
次々と現場が重なると当然作業員が足りなくなり、作業員が足りなくても、当然現場は施工しなければならない。じゃあどうなるかと言うと、我々番頭が現場へ出て、作業をしなければならない。
というわけで、ここのところ私は現場で作業をしているのであるが、普段から体を動かしていない為、ヘトヘトになり、筋肉に乳酸的なやつが溜まって、繊維が破壊されたりして、なんだかもう産まれたてのスマトラカモシカのようになりながら帰宅して、泥のように眠るという日々が続いている。
本日も、ヘラヘラになりながら帰宅。ポケットからジャラジャラと鍵を取り出し、玄関を開けると、リビングで椅子に座る妻の姿が見えた。
ただ座っているだけではなく、背筋をピンと伸ばし、両足の膝を付けてシュッと座っている。
怒られる。私はそう思った。しかし何がいけなかったのだろう、心当たりはないと言えばないし、あると言えば、めっちゃある。
妻の財布から一万円札を軽やかに抜き取り、ライブイベントに出かけた事だろうか、それともはてなブログをプロ版にした時に発生した代金を、googleアドセンスが振り込まれたら返すと言っておきながら、振り込まれた瞬間下ろして、ルアーを購入したことだろうか、或いは娘の玩具を主観的にトキメく、トキメかないで仕分け、トキメかない物を勝手に土嚢袋に詰め込んで捨てていることがバレたのか。
他にも少し考えれば、芋づる式に出てくる数々の犯行であるが、私のアリバイ工作や、証拠隠滅スキルは、8年という結婚生活の中で、妻のボディと反比例してカルチベートされているはずなので、おそらくこれらの犯行はバレてない。
だとしたら、なぜ妻はこのように椅子に座り、シュッとしているのか。私が恐る恐る質問したところ、どうやら先ほどテレビジョンで放送されていた熊田曜子さんのダイエット法であるらしく、座る際に常にこのシュッとした感じをキープすることによって、やがてボディもシュッとなり、熊田曜子さんみたいなボンキュボンになることが可能であるらしい。
素晴らしいなぁ、私の犯行に気がつかないばかりか、ダイエットまで試みて、熊田曜子さんになろうとしている妻。アイラビュ、出会えて良かった、私も心を入れ替える、これからは財布のおぜぜを盗んだり、色彩的に自身の好みに沿わないという理由から、娘の大切にしているプリキュアグッズを勝手に捨てるといったようなことはもうやめて、真っ当に生きていく。それを伝えようと妻の椅子に近づいたところ、いきなり妻がバッと立ち上がり、「もう無理!足痛い!」と言い放ち、座布団を二枚並べ、洗濯物のバスタオルを重ねたものを枕に見立て、上方落語を見始め、ケラケラと笑いだした。
その姿は熊田曜子などではなく、熊のようであった。
私は机に置いてあったプリキュアカードを一枚手にとって、それをゴミ箱へ捨てた。