この本における脳波の扱い方と評価で最も問題が大きいのは以下の3点である。
1)測定部位を前頭部のしかも双極誘導で行っていること。 2)アーチファクトの考慮と対処がまっ たく行われていないようにみえること。
3)脳が活性化すると必ずβ波が大きくなるという前提にたっていること。 前額部での測定について
1)の測定部位は、おそらく、大脳皮質の前頭前野の評価をしたいということで、前頭部Fp1とFp2での双極誘導によったものと思われる。この部位は髪の毛がなく電極をつけやすいということもあり、簡易的な脳波測定ではよく用いられるが、以下に述べるように信頼性はきわめて低い。
前額部は正常者では脳波そのものが全頭中でもっとも小さいにもかかわらず、筋電図、瞬目、眼球運動などのアーチファクトが一番入りやすい部位であり、通常、臨床脳波検査においてはここの脳波測定と判読には最も気をつけなければいけないのは、脳波検査を行う技師であれば周知のことである。
しかも、Fp1とFp2での双極誘導を用いているが、基準電極誘導でさえ小さい前額部の脳波が双極誘導にすることでさらに小さくなり、実質的な脳波成分はほとんど失われてしまう。出てくるとすれば、この2点における脳波のうち、左右で不同期の成分ということになるが、正常者ではそれはきわめて小さく、遠隔電場電位(注1)の性質を強くもつ脳波では、評価に値するものはまず得られないと考えなければいけない。ところが、脳波以外の成分、とくに筋電図は近接電場電位(注2)であるので、測定部位が少しでも違えば同期成分は少なく、差分をとってもさほど減衰しない。したがって、Fp1とFp2での双極誘導で記録された波形は、その多くが脳波よりも筋電図成分である可能性が高くなる。
アーチファクト対策について このようにきわめてアーチファクトが入りやすい部位で測定していながら、これについてどう対処したのかについてまったく記載されていない。脳波測定ではアーチファクトは不可避なものであり、ましてや前額部は最も問題のある部位である。もしなんらかの考慮や処理を行ったのであれば、それを述べておくことは脳波を扱う上で不可欠かつ最重要なことがらであり、これにふれないということは考えられない。
波形をまったく表示せず、したがって波形の確認もせず、アーチファクトの対策もなんら記載されていない本方法は、脳波の評価法として致命的な欠陥をもつものといわざるをえない。脳波を検出するために、3〜30HzのBPFで抽出したとのことであるが、この範囲の信号がすべて脳波であって、アーチファクトが含まれていないということはない。β波と筋電図はその周波数成分がまったく重なるの部分があるので、通常の帯域フィルタでは弁別できないのは周知のことである。
脳の活性化とβ波について 3)については、脳波の性質として基本的にそのようなことはなく、脳が活性化するとβ波もその絶対量は低下する傾向を示すのが一般的である。含有率は大きくなることがあるが、それはα-attenuationによってα波の量が減少することによる相対的な変化によるもので、β波自体が増えることはほとんどない。一部増強される場合もあるが、わずかである。β波は出ればでるほどよい、脳が活性化されていることの証明であるという前提で論をすすめているのは、脳波学的に大きな誤りといわざるをえない。著者は、従来β波に関する研究がほとんどないのに対し自身がそれを行った、と記述している。しかし、これまで、脳波を知っている研究者ほどβ波はその正確な検出が困難であるうえ、そもそもその成因が明確でないということもあって、扱いに慎重であったのが事実である。今回、もしこれらの問題点が解決され、β波によってなにかが証明されたという成果があるならば、まずその解決手段を明確にする必要がある。 注1:発生源からかなり離れた位置まで生体中を容積伝導して伝播するもの。体表面での電極位置が接近している場合は同じような波形になる。頭皮上から測定する脳波はかなりこの性質をもつ。
注2:発生源から途中の伝搬経路の影響をあまり受けずに直接現れるもの。電極位置が少し離れると異なった波形で観察される。表面筋電図はこの性質が強い。
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