メディアが報じない創業家問題の真実
コーポレート・M&A 最近世間を騒がすことが多い創業家問題。創業家と経営陣の対立は経営に大きな影響を与える。このような問題が浮き彫りになる背景に、コーポレート・ガバナンスや社外役員が機能している事実があると言われているが、果たして本当にそうなのだろうか。
日本のコーポレート・ガバナンスの最前線に立ち、業界を牽引してきた牛島信弁護士に聞いた。
会社にとって創業者とはどういう存在なのか
出光、セブン&アイ、クックパッドなど、お家騒動と呼ばれる事態が目立ちます。創業家と上場企業のあるべき形が問われているようにも見えますが、この点についてどうお考えでしょうか。
創業家問題と捉えることはいい切り口ではないです。創業家といっても、一定の数を持った株主かどうかこそが問題であり、大抵の場合は上場して株を売って株の力がなくなれば、それで終わりです。
創業家といったところで、それだけでは会社経営には何の力もないですよ。
では、どのように問題を捉えるべきなのでしょうか。
創業家という切り口で捉えた方がどうしても注目されやすいので、メディアはそのように取り上げますが、実は創業家かどうかということは、さほど重要ではありません。会社という組織においては、取締役会を握っているかどうかが重要なのです。そして、取締役会を握るには株主の承認が必要です。
そういった意味では大塚家具の問題は興味深かったですね。これまで長年会社と事業を作り上げてきた元社長が何を言っても、多くの株式を保有する機関投資家が現社長を支持すれば、それゆえ決まってしまう。これが上場会社の会社経営ですよ。
創業家と経営陣が対立したら、普通は創業家が負けることが多いのです。クックパッドは例外となったケースですが、これは創業者が株の45%近くを持っていたからですよね。つまり創業家であるかどうかは関係がないんです。株式会社による資本主義社会においては、株式の多数を取って、取締役を指名できることが重要なんです。
創業家も機関投資家も、株主という意味では同じという事ですね、出光の問題も同様に捉えられますか
そうですね、原則は同じです。しかし、特別決議が問題になるという意味では株主としての議決権の割合が一段と重要です。 出光の場合も3分の1の株を持っている大株主であることに加えて、創業家という立場で意見を言っています。
会社側の創業家に対する謀反のように報道されることも多いですよね。
謀反かどうかはわかりませんが、そういった時代がかった人情話ではなく、最終的には議決権の数で戦うパワーゲームになります。とはいえ、勝負に勝つには大義名分が必要になりますよね。大塚家具での経験がここでも妥当します。
メディアが報じないセブン&アイの真実
セブン&アイの問題についてはどうお考えでしょうか。
世間で言われていることとは違う事情があるのではないかと思いますね。
私はある事象を調べるときは、公にされている事実を徹底的に集め、推測します。
集めた事実に基づいて考えていけば真実が浮き上がって見えてきます。集めた事実から考えても、合理的に理解できない場合は、そこに知らない事実が隠れている、ということが私の信念です。
先生の目にはどのような真実が見えましたか。
セブン&アイの事案は権力闘争ではないですね。一口に言えば、伊藤雅俊名誉会長の人格が出た案件だったと言えるのではないでしょうか。
言うなれば、伊藤名誉会長は明治維新の実質的な功労者である徳川慶喜の役割を担ったのです。慶喜は反政府の行動をとらないことで明治維新をバックアップした人物です。
伊藤名誉会長は92年に勇退され、鈴木敏文氏(前会長、現名誉顧問)に後を任せていました。そこに鈴木氏が息子を社長候補にしようとしているという噂が流れた。鈴木氏自身は強く否定しているし、真実はわかりませんがね。
そこで伊藤名誉会長はこの問題を放置してはいけないと考え、子会社であるセブン・イレブンの社長交代案に反対したのだと想像します。ここに偉大なシナリオライターがいたのかもしれません。
マスコミでは指名・報酬委員会が機能し、社外役員の効果が出た、ガバナンスが機能したと言われています。
それだけを強調するのはあまりにも浅い見方であると感じます。まさか本当にそんなこと思っていないですよね?(笑)
今回のこのセブン&アイの事案では、セブン・イレブン井阪社長の退任を含めた人事案の決議が問題になりましたが、取締役会の議席数15票のうち賛成を7票しか取れなかったわけです。ここが重要なポイントです。
これはつまり内部が元々割れていたことが前提なのです。内部が割れているからこそ、社外役員が大いに意味を持ちました。社外役員が議論をリードしたわけではないんです。
社外取締役のおかげでガバナンスが機能したと言っているメディアなども多いですが、15票のうち社外の票は4票ですよ。取締役会の中に社外取締役が過半数いなければ、社外取締役だけで意思決定することはできないでしょう?もともと社内取締役の議論がわかれていたので、社外役員にお鉢が回ってきたわけです。
恥ずかしながら、そういう認識でいました(汗)。なぜこのような論調が広まっているのでしょう。
4名の社外取締役のうち、伊藤邦雄氏(一橋大名誉教授)が表に出ていましたね。
伊藤邦雄氏と米村敏朗氏(元警視総監)以外の2名の方はほとんどマスコミに名前が出ていませんでした。米村氏もお立場上、表には出たくなかったのかと推測しています。
伊藤邦雄氏がスポークスマンとして注目を集めること、これが彼の使命だったのでしょうし、まことに適任だとも思います。その結果、マスコミの論調は社外役員が機能したという内容になっていきました。これは会社にとっても内部の分裂が表にさらされる事態を防いだという意味で大いに役立ったと思います。
先ほど、偉大なシナリオライターという話がありましたが、これはどう捉えればよいのでしょうか。
今回の事案は、社外の役員に加えて、アクティビストファンドという別の登場人物とうまく連携した方が勝ったわけですよね。
今回、アクティビストファンドが、「モノ言う株主」として、鈴木氏が次男の康弘氏を後継者にしようとしているとの噂を牽制する内容の書面を提出しました。
私は、シナリオライターがアクティビストファンドに手紙を出させたのではないかと想像します。まずは伊藤邦雄氏へ、そして他の取締役へ。その取締役に出した手紙がなぜかネットに公開されました。
こういう状況の中で伊藤名誉会長はどっしり構えていた。伊藤名誉会長の次男も取締役会にいて、伊藤名誉会長に忠誠を誓う人たちもいたでしょう。
今までであれば、鈴木氏がこういった事態を押さえることもできたかもしれませんが、アクティビストファンドの書面によって、自分の息子を後継者にしようとしているように見えてしまったことが決定的にネガティブに影響しました。
それ以前にも鈴木氏が井阪隆一氏を退任させようとしていること、また、鈴木氏の息子を後継者にしようとしていること、という2つの噂については、インターネット上では話題に上っていました。しかし、こういった書面が提出されたことによって、噂が単なるネット上の噂でなくなりましたよね。
鈴木氏に失敗があるとすれば、この噂が独り歩きする状況を独り歩きするままにしたことでしょう。問題は真実がそうであるかどうかではなく、そのように他の人に見えてしまったということです。そこが大事なのです。
もし牛島弁護士があの場にいたら
もし先生が鈴木氏の側にいたらどのような結果になったでしょう。
そもそも、取締役会で行われた無記名投票は法的に問題があると考えています。取締役はあくまで個々人が代表取締役などの業務執行に対する監視義務を負い、遂行の有無について責任を問われる立場なのです。特定の個人がその能力や経験に基づいて、重責を担っているわけですから、意見を述べる際には自分の名前で自分の意見を言う必要があるわけです。
あの場に私が鈴木氏の側にいたら、結果は変わっていたと思いますよ。無記名投票による決議ということを告げられた時点で、「おいおい、無記名投票はないだろう、取締役の性質からいってとにかく記名投票にしましょうよ」と議長に対して記名投票を強く助言したでしょう。
取締役は責任を負う義務があるから、自分の名前で投票しなければいけないということですね。
弁護士は、99%負けるといった不利な状況であっても、もし合法と言える可能性があるのであれば、一瞬のうちに自分が付いている方に有利な説を選びとり、仮に勝機が1%でもそこから勝ちをつかむために論理を展開しなければなりません。ゼロではダメです。しかし、実際の戦場でゼロなことは少ない。
これが弁護士の一番面白いところですよ。
おわりに
世間に溢れる創業家問題とは異なる切り口でお話を伺うことができた。徹底的に事実を集め、真実を推測すること、丁寧に身振り手振りを交えながら語る姿は、弁護士として不利な状況に立ち向かい続けた牛島弁護士の生き様が押し寄せてくるように感じた。
なぜ牛島弁護士がコーポレート・ガバナンスに取り組むことになったのか。ご自身のコーポレート・ガバナンス論についてもたっぷりお話を伺った。後半に続く。
(取材、構成:BUSINESS LAWYERS編集部)
牛島総合法律事務所
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