水戸協同病院
総合診療科教授 小林 裕幸
古来より、体を冷やすと風邪をひくと言われており、そう感じている方もたくさんいるのではないかと思います。実際、寒冷刺激を受けると、咳をしたり鼻水が出ることがあります。果たして、これは、医学的に正しいのでしょうか?風邪とは、ウイルス性上気道感染であり、くしゃみ、鼻閉、鼻汁、咽頭痛、咳、発熱、頭痛、倦怠感などの症状を呈するもので、ライノウイルス、コロナウイルスなど200以上のサブタイプのウイルスが原因となって起こる潜伏期のあるウイルス感染症です。インフルエンザウイルスも広義のウイルス性上気道炎の一種ですが、知られているように死亡につながることもあるため、臨床的には風邪と区別しています。西欧でも「寒冷環境により、風邪をひきやすくなり、風邪が重症化するのでは?」といった言い伝えがあり、古くから研究がなされています。
一方、細菌感染に関しては、中枢体温を低下させることが、局所の血流の低下や免疫応答を低下させ、細菌感染を増加させる可能性について研究がなされ、手術中の体温低下(平均34・7℃)により外科的創部感染が増加することが、報告されています(1)。現在では、麻酔中の体温低下を防ぐよう手術中に体温を維持することが一般的となっており、すでに皮膚や粘膜に常在菌として存在している細菌は、体温低下による血流の低下や免疫の破綻により、門戸を侵入して感染を成立させるのではないかと考えられています。さて、風邪ウイルスについてはどうでしょうか。
現在まで、寒冷により風邪にかかりやすくなるというはっきりしたエビデンスはありません。4℃の部屋に暴露させた群と32℃の温水に暴露させた群を比較した研究では、ライノウイルスの感染率、症状、抗体反応に変化はありませんでした(2)。また、寒冷暴露によるヒトでの免疫応答には、細胞性免疫に関与するNKセルや、IL -1β、IL -2などのサイトカインの一過性の変化は報告されていますが、感染にかかりやすくなる程の免疫能の低下を証明するものではないとされています(3)。南極では、古くから寒冷による風邪の研究が行われていますが、米国の南極隊の研究では、温暖なカリフォルニア州から南極に航空機で移動したばかりの群と、南極に6ヶ月過ごした群とを比較しています。
その結果、両群の風邪の感染率は変わらず、風邪を増加させる唯一のリスクは、過ごす部屋の狭さのみでした。また、日本の南極隊に随行した自衛隊医官によると、「南極では、風邪はひかない」と言われており、遠洋航海で行く日本の南極隊では、途中オーストラリア大陸に着く頃には、大体風邪が途切れるそうで、南極では風邪をみないそうです。「火のないところに煙はたたず」で、ウイルスの暴露がなければ(ウイルスを保持する感染者との接触がなければ)、体を冷やすだけではウイルス感染しないと考えられます。従って、一人で無人島や宇宙で過ごしていても、風邪はひかないのです。風邪と同様の感染形式を持つインフルエンザウイルスを例にみると、2009年5月の新型インフルエンザが日本で初めて流行した事例では、その広がり方は、海外から帰国した高校生の感染に始まり、高校生を中心に大都市から全国に広がりました。寒さとは無関係で、「ウイルスないところにウイルス感染なし」であり、風邪を予防するには、ウイルスを持った感染源の人との接触を避けることが一番です。
それでは、一番風邪をひきやすい環境はどこでしょうか? 答えは、0歳児から6歳児まで多彩な年齢の児童が仲良く接触する保育園です。夫婦が初めて子供を保育園に預け始めると、子供の免疫もないため、よく熱を出したり下痢をしたりと、すぐに保育園から親が呼ばれるというのは、よく経験するところです。子供を持つ家庭というのは、風邪を含むウイルス感染の大きなリスクファクターと言われており、子供から母親、そして父親に感染する連鎖はよく経験するところです。仕事で忙しく家に帰らない不在の父親には、感染は起きにくくなります。
研修医に指導していることですが、風邪をひいたときあるいはウイルス感染を診断したときに、潜伏期を考えて、誰からどの経路で感染したのだろうと考える様になれば、感染症についてより深く理解できたことになります。
監修:竹村洋典(三重大学大学院 家庭医療学教授)
(1) Perioperative normothermia to reduce the incidence of surgical wound infection and shorten hospitalization. KURZ A et al. N Engl J Med 334:1209–1215, 1996.
(2) Exposure to cold environment and rhinovirus common cold. Failure to demonstrate effect. Douglas RGJ et al. N Engl Med J 279:742–747, 1968.
(3) Cold exposure: human immune responses and intracellular cytokine expression. Castellani JW et al. Med Sci Sports Exerc 34:2013–2020, 2002.