長年勤めた会社を定年退職し、老後はゆっくり海外で暮らしたいと考える方は決して少なくはありません。
老後を海外に永住する際の方法や移住先の選び方、費用、安全性など海外以上を成功させるノウハウや注意点をくわしく解説します。
このページの目次
1.海外移住とロングステイ、永住の違い
海外に住むといっても、滞在期間によって準備や手続きが異なります。海外に住むには、
- ロングステイ
- 移住
- 永住
の3パターンがあります。
1-1.ロングステイとは
ロングステイとは生活の基盤は日本に置いたまま、一定期間(2週間以上)を海外で過ごすことをいいます。「一般財団法人ロングステイ財団」では、ロングステイの定義を、
- 帰国を前提にした2週間以上の海外滞在型余暇であること
- 海外に住まいを保有または賃借すること
- 労働が目的ではなく余暇を目的にすること
- 旅ではなく日常生の体験を目指すこと
- 生活資金の源泉は日本にあること
としています。
つまり現地で働いて労働収入を得るのではなく年金や貯金の利子、賃貸収入などを生活費とし、観光目的でホテルに宿泊するのではなく住まいを持って(または借りて)現地で生活することがロングステイです。なお、3ヶ月以上海外で在住する場合は「在留届」を滞在先の日本大使館または総領事館(在外公館)に提出します。
1-2.海外移住とは
移住とは一生をその国で暮らすのとは違い、数年間生活することをいいます。ロングステイよりは長いけれど永住権を取得しないのが海外移住になります。国によっては観光ビザで入国し、そのまま6ヶ月まで滞在が認められるところもあります。ただ、観光ビザで入国した場合は現地で働くことはできません。現地で働きながら生活したい場合は就労ビザを取得する必要があります。
また、老後の海外移住の方法としては「リタイアメント査証(退職者ビザ)」を利用する方法があります。リタイアメント査証を実施している国は限られますが、長期滞在が可能です。この場合も現地での就労は認められていません。
1-3.海外に永住するとは
永住権を取得すると期間の制限なくその国に住むことができ、その国の行政のさまざまなサービスを受けることができます。一方で日本での国籍はそのまま保持できるので、年金の受給が可能です。ただし、現地での納税義務も発生します。
永住権を取得する方法は国によって異なります。いくつかの国の例をご紹介します(取得方法や条件はたびたび変更されるので、最新情報をお調べください)。
1-3-1.アメリカの場合
アメリカで永住権を取得するには、
- DV抽選永住権で抽選に応募する方法
- 投資をして永住権を取得する方法
があります。ほかにはアメリカ国籍を持つ人と結婚する方法や、21歳に達した子どもがアメリカ国籍を取得している場合は両親も永住権取得が可能です。また、芸術や科学、スポーツなどで優れた才能がある場合も申請すれば永住権が取得できることがありますが、老後に永住権を取得するには抽選や投資が現実的な方法でしょう。
1-3-2.カナダの場合
カナダで永住権を取得するには、アメリカ同様に投資をするか、一定の才能や技能があることが条件になります。
投資で永住権を取得するには、事業の経営者または企業の管理職、自営業、医師または弁護士などの専門職の経歴があり、160万ドル相当の純資産を保有していて、一定金額をカナダ邦政府が認可した投資プログラムに5年間投資することが条件です(元金保証があり、5年後には元金は返金されます)。
1-3-3.オーストラリアの場合
オーストラリアにはアメリカやカナダのように投資をして永住権を取得する方法がなく、以下の4つの方法があります。
- 技術独立移住査証…技能や英語力がある人
- 雇用主指名査証…高度な技術や資格を持ち、オーストラリア国内の雇用主にスポンサーになってもらう方法
- 家族関連査証…オーストラリア国籍を持つ人との結婚
- 事業関連部門…高いビジネス経歴を持つ企業経営者が対象
1-3-4.シンガポールの場合
シンガポールに永住するには、投資プログラムまたは資産家プログラムで申請する方法があります。
- 起業家・経営者プログラム…最低250万シンガポールドル(以下SGD)で新規事業を立ち上げるか、既存事業の拡大に投資できること(1SGD=90円で計算した場合、2億2,500万円)など
- 資産家プログラム…最低2,000万SGD(約18億円)の資産を有することなど
このように条件はかなり厳しいものになっています。
1-3-5.フィリピンの場合
フィリピンで永住権を取得するには、特別居住退職者ビザの取得があれば可能です。
対象は35歳以上で、50歳以上の場合は20,000ドル(USDで1USD=100円の場合、200万円)を投資することが条件になります。
1-3-6.市民権を得るということ
永住権を取得して一定期間(アメリカは5年間、カナダは3年間)住むと、市民権を申請することができます。
市民権を取得すると、その国の国籍を持つことになります。日本は二重国籍を認めていないために、他国で市民権を取得する場合は日本国籍を捨てることになります。
市民権を得るメリット
永住権を取得するとその国の公共サービスが受けられますが、選挙権は得られません。しかし、市民権を取得すれば選挙権・被選挙権が与えられます。また、呼び寄せられる親族の範囲が配偶者・未成年の子ども以外にも拡大されるなどのメリットがあります。
1-4.まずはロングステイから始めるのがオススメ
このように海外に住むと言っても、ロングステイから永住まで方法はさまざまです。それによって必要なビザや申請費用、条件などが異なります。
また、国によっては永住権を取得すると男子に兵役の義務を課すところがあります。あこがれだけで永住先を決めないように、事前によく調べることが大切です。海外移住を考えるなら、ロングステイで2~3ヶ月暮らしてから検討するといいでしょう。
2.海外に移住する際に調べておくべきこと
海外で暮らす際には、次のことを調べておく必要があります。
- 滞在ビザ
- 言語
- 住まい
- 医療・福祉・介護
- 税金や生活費などお金のこと
- 趣味・観光
- 安全性
では、ひとつずつ見ていきましょう。
2-1.滞在ビザ
ビザとは入国を許可する書類の一部で、観光や商用で入国する場合は免除される国もあります。その場合は30日間~90日間と期限が設けられ、帰りの航空券を所持することなどの条件があります。ただ、ビザのルールは国ごとに異なり、さまざまな事情でよく変更されます。例えばアメリカは9.11以降のビザ発給が厳しくなっています。
また、長期滞在が可能なビザに「リタイアメント査証」があります。これは年金受給者を対象にしたもので「退職者ビザ」とも呼ばれています(国によっては年金受給者以外でも発給されるところがあります)。滞在期間は1年ごとに更新する国もあれば永住権も取得できる国もあり、さまざまです。老後の海外移住先として人気がある国のビザは以下の通りです。
短期滞在ビザ | リタイアメント査証(退職者ビザ) | |
マレーシア | 3ヶ月以内の滞在は不要 | あり |
フィリピン | 30日以内の滞在は不要(さらに29日の延長可能) | あり |
シンガポール | 3ヶ月以内の滞在は不要 | なし |
アメリカ |
|
なし |
カナダ | 6ヶ月以内の滞在は不要 | なし |
オーストラリア | 90日間の滞在が可能(観光ビザの場合) | あり |
ニュージーランド | 90日間の滞在は不要 | あり |
短期ビザもリタイアメント査証(退職者ビザ)も、現地で働くことができません。そのため、宿泊費を含めた生活費の準備が必要です。
2-2.言語
海外移住で人気がある国の多くは英語が通じるところです。最低でも日常英会話はマスターしておきましょう。
また、移住時には多くの書類を記入する必要があります。英語が話せるだけでなく、読み書きができるようにしておくことも大切です。
2-3.住まい
現地で賃貸物件を借りて住むのが一般的です。人気があるのは家具など生活に必要なものが備え付けられているコンドミニアムタイプです。自分で探すのは大変なので海外移住をサポートしている会社に依頼して、希望の地域、価格などの条件を伝えて探してもらいます。居住エリアは移住後にやってみたいことを中心に探すのもいい方法です。
例えば、
- 語学を学びたいから学校の近く
- 史跡めぐりをしたいので歴史のある都市
- マリンスポーツをやりたいので海沿いの町
- スキーを楽しみたいので山の近く
などの目的を先に決めて、住む場所を探すといいでしょう。
ただし、老後の海外移住では医療も重要なポイントです。趣味や観光を楽しむためにローカルエリアを選んだものの病院が遠くて困ったということのないようにしておきましょう。
2-4.医療・福祉・介護
海外は気候、食べ物、水などの環境が日本とは異なります。また、日本にはない疫病や感染症にかかる可能性もあるため、医療環境が充実していることが求められます。移住に際しては日本語が通じる病院があるかどうかをよく確かめましょう。また、日本旅行医学会が発行している「自己記入式安全カルテ」は、既往症や治療に関する情報を日本語と英語でチェックできるものです。持参すると安心です。
一方、介護が必要な状態になった場合は、海外では十分なサービスが受けられない可能性があります。民間の介護施設が充実していない国が多いため、海外移住を楽しむのは健康状態と相談しながらということになるでしょう。
特に体が弱ってくると、帰国に際しての長旅が体の負担になります。早めに決断することが大切です。
2-5.税金や生活費などお金のこと
海外移住で気になるのはお金のことです。財団法人ロングステイ財団が調べた海外の生活費を見てみましょう。
2-5-1.海外での生活費
日本と同程度の暮らしを夫婦二人がした場合の生活費(食費・光熱費・通信費・娯楽費・雑費など)の比較
日本 | 約220,000円 |
オーストラリア(ゴールドコースト) | 約125,000円 |
ニュージーランド | 約110,000円 |
マレーシア | 約86,000円 |
ハワイ | 約185,000円 |
なお、これには住居費が含まれていません。滞在する国によって異なりますが、日本よりも家賃が安いところが多いので、家賃が10万円でも海外なら広い物件に入居が可能です。生活費と住居費を合わせて20万円~25万円程度が必要になります。年金や貯金でまかなえるかどうかをよく考えましょう。
また、国によって物価がかなり異なります。さらに今は物価が安い国でも、状況によって高騰することがあります。移住時によく調べることが重要です。
2-5-2.海外に移住した場合の税金
海外に移住しても、日本での納税義務があります。課税対象になるかどうかは、「居住者」か「非居住者」かどうかで異なります。居住者とは国内に住所を持ち、1年以上居住することをいいます。居住しているかどうかは、「そこで生活しているかどうか」を客観的な事実で判定されます。
課税対象は次のようになっています。
所得税 | 住民税 | ||
居住者 | 非永住者※ | 国内で支払われた所得 | 1月1日現在、居住者として日本に住んでいる場合 |
永住者 | すべての所得 | ||
非居住者 | 国内で支払われた所得 | 非課税 |
※非永住者とは居住者であっても日本国籍を有しておらず、かつ過去10年以内に国内に住所または居住を有していた期間の合計が5年以下の個人のこと
つまり海外移住をしても、その年の1月1日に日本に生活していて前年に課税対象となる収入がある場合は住民税の課税対象になりますが、海外に移住して1年以上経過している場合は住民税は非課税になります。
所得税は居住は海外であっても、日本の会社から収入を得ていた場合は住んでいるところに関係なく課税対象になります。
2-5-3.年金の受け取り
長年年金保険料を払ってきたのに、海外移住を始めたことで年金の受給がカットされては困りますね。しかし、現実には年金の受け取りはどこの国に住んでいても可能です。日本の銀行だけでなく海外の銀行口座での受け取りもできます。
海外で年金を受け取るには、出国までに住んでいた市町村の役所で「海外転出届け」を提出する必要があります。
2-5-4.健康保険
定年退職をすると一般には国民健康保険に加入しますが、加入資格があるのは市町村に住所を有する人だけです。「海外転出届」を提出すると市町村に住民票がなくなるため、国民健康保険には加入できません。民間の医療保険などに加入しておきましょう(短期間の海外滞在の場合は、国民健康保険に加入したままで渡航し、海外療養費支給制度を利用して受給します)。
2-6.趣味・観光
海外移住の目的は人それぞれですが、行く前に何をしたいのかを明確にしておきましょう。趣味や観光など海外だからこそ経験できるものもあれば、ゴルフやダイビングなど日本でやるよりも安い料金でできる国があります。
夫婦で移住する場合は、老後の暮らしをイメージしながら移住先を選びましょう。
2-7.安全性
海外移住で重要視したいのは安全性です。例えばアジア圏内でもシンガポールは治安がいい安全な国として知られています。ただ、現在の国際社会はどこでも危険ととなり合わせだと認識しておきましょう。渡航前には外務省のホームページで安全情報を確認する必要があります。
3.老後の海外移住先~人気ランキング
老後の海外移住先としては治安のよさ、物価が安い、日本語が通じやすいなどの理由で、以下の国に人気があります。
1位 | マレーシア |
2位 | タイ |
3位 | フィリピン |
4位 | カナダ |
5位 | オーストラリア |
6位 | ニュージーランド |
7位 | シンガポール |
8位 | ハワイ |
物価が安く、日本企業の進出が多いアジア圏が人気があります。一方でヨーロッパはテロの不安があるためか、海外移住先として望む人が少ないようです。
4.海外移住の失敗例
海外移住への夢を実現させたものの、リタイアして日本に戻ってきたという例が多くあります。いくつかの例をご紹介しましょう。
失敗例1:若いころの感覚で移住先を選んで失敗
若いころに海外転勤で3年間滞在したマレーシアの印象がよかったので、定年退職後に移住を果たしたが、高齢の体には高温の気候がこたえます。
また、食事も若いころはどんなものも食べられましたが、年を取るとやはり和食の方がいい。現地にも和食の店はあるが、高くて毎日は無理です。当時よりも物価が高騰していたこともあり、生活に慣れないことと何かと費用がかかるために日本に帰国しました。
失敗例2:夫婦の意見が合わずにリタイア
老後は夫婦で海外移住しようと計画し、やっと夢が叶いました。私はゴルフが趣味で、現地のゴルフコースが安いものだから週に何度も通っていました。しかし、ゴルフに興味がない妻はその間、家でひとりぼっちになってしまいます。
比較的治安がいい地域ですが、やはり女性ひとりの外出は不安らしく妻の希望に合わせて外出する日が増えていきました。その暮らしがお互いにストレスになり、今では日本に戻ってお互いに好きなことをして過ごしています。
よくある失敗談としては、「食事が口に合わない」「気候が体に合わない」「言葉が十分に通じなくて不便だった」「予想していたほど楽しくなかった」などの意見があります。
海外移住をする前に1ヶ月~3ヶ月程度滞在してみて、自分に合うかどうかを体験してみるといいでしょう。
5海外移住をサポートするビジネスに注意
団塊の世代が定年退職を迎え、ますます海外移住が盛り上がると考えられます。しかし、そのブームに目をつけたさまざまなビジネスが存在します。
例えば「海外移住をサポートします」といって手続き費用に何10万円も請求したり、粗悪な住居を高値で提供したりといったケースがあります。自分ひとりで海外移住を進めるのは大変なのでサポートしてくれる団体や企業があると助かりますが、悪質な業者ではないかどうかをよく調べてから依頼するようにしましょう。
まとめ
老後を海外で過ごすのは、人生の選択肢のひとつになります。海外移住する際のポイントを理解しておきましょう。
- 海外で暮らすには「ロングステイ(数ヶ月)」「移住(数年)」「永住(一生)」の方法がある
- ロングステイは観光ビザなどで入国できるが、移住の場合は退職者を対象にした「リタイアメント査証(退職者ビザ)」を利用する方法がある
- 移住を決める前に、移住の目的を明確にすることが大切。また、ビザ、言語、物価、住まい、医療、治安、費用などを総合的に考える必要がある
- 海外移住で人気があるのはマレーシアやフィリピンなどの東南アジア、オーストラリアやニュージーランドなどである
- 海外移住の失敗例も多いため、事前にさまざまなケースを想定して検討することが重要
いきなり海外移住を実行するのはハードルが高いと思われる方は、まずは「ちょっと長めの海外旅行」という感覚で海外でのロングステイを経験されてはどうでしょうか。