ドイツで100万人以上の難民や移民が流入してから1年、反難民、反体制を訴える「ドイツのための選択肢(AfD)」の党勢拡大の行方が政局の最大の焦点の一つとなっている。
今春のいくつかの地方選で、多少、答えは見えていた。AfDは結党からわずか3年で、西南部のバーデン・ビュルテンベルク州とラインラント・プファルツ州、それに東部のザクセン・アンハルト州という土地柄の異なる3州で支持を伸ばした。さらに今月4日、北東部メクレンブルク・フォアポンメルン州でも伸長した。ここはメルケル首相の地元だ。ここの州議会選で、同氏率いる保守系のキリスト教民主同盟(CDU)を第3党に追いやったのだ。
■二大政党制おびやかす
むろん、一つの選挙から深読みしすぎるのは禁物だ。AfDへの支持はドイツ東部の州で高い傾向にあるのに加え、特にメクレンブルク・フォアポンメルン州は型破りな政党を支持する気風がある。
それでもAfDの支持拡大は、もはや一過性の現象とは見なせなくなったことを示している。AfDは昨年、結党の旗印とした反ユーロの政治的機運がしぼんで分裂の危機に陥ったが、シリアなど中東や北アフリカからの難民と移民に門戸を開くメルケル氏の勇気ある政策が議論を呼ぶ中で、息を吹き返した。世論調査によると、AfDの支持率は現在、11~14%で推移している。来年の総選挙でかなりの議席を獲得し国政に進出できる水準だ。
AfDが大きな勢力になると、ドイツの政治は一気に構造が複雑化する。政党制は1960年代から定着してきたが、政党の分裂が加速し、二大政党の支配が切り崩されることになる。数十年来続いてきた2党連立による政権に代わり、本質的に不安定な3党連立が現実味を帯びる可能性がある。
ポピュリスト(大衆迎合主義者)の右派政党であるAfDが相当数の議席を獲得すれば、ドイツ連邦議会で6政党が争うことになる。このうち最左翼の左派党も、AfDと並んで極端な主張を掲げている。この状況では、行動する意思と能力を備えた政権の樹立は、はるかに難しくなる。
既成政党はまだあわてる必要はない。反移民の右派政党の台頭を不可逆的と見なすのは早計だ。AfDは醜悪な内紛に陥りやすい。ドイツはこの数十年、ポピュリストの右翼運動の台頭を幾度も目にしてきた。だが、いずれも移民問題への不安が落ち着くと、退潮に転じている。
■メルケル氏支持は消えず
メルケル氏の「歓迎の文化」に対する国民の支持も消えていない。最近の世論調査で、メルケル氏の難民政策に対する支持率は昨秋の45%から35%へ下がる一方、「私たちにはできる」という同氏のモットーへの支持率は逆に27%から43%へ上がった。背景には難民危機の沈静化がある。今年のトルコとの合意などを受け、欧州への難民流入は減速した。
それでも、この不安定な平衡は何かが起これば壊れるかもしれない。トルコとの合意が崩れる可能性もある。テロ事件が再発し、移民とテロの関係を人々の心に刻みつけてしまうかもしれない。だが、メルケル氏は、連立相手で中道左派のドイツ社会民主党(SPD)から移民融合政策が欠如していると批判されているとはいえ、難民危機の管理にあたれるだけの十分な権限と政策余地を維持している。これはかなり難しい問題だ。しかし、メルケル氏がそれを克服することがドイツの、そして欧州の利益にかなう。
(2016年9月7日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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