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全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年 9月 7日(水)16時24分8秒
  全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2008-4-23 【新時代第17回本部幹部会 広布第2幕第2回全国婦人部幹部会】

●一、海外の皆様!
 遠いところ、お疲れのところ、本当にご苦労さま! ありがとう! 感謝します(大拍手)。
 まず、うれしいことに、この5月3日を前に、新しく二つの国に、わが創価の同志が誕生した(大拍手)。
 一つは、南太平洋の美しき「ソロモン諸島」。
 そして、もう一つは、ヨーロッパの文化の宝庫「モンテネグロ」(旧ユーゴ)である。
 おめでとう!(大拍手)
 どちらも、戦乱の悲劇を乗り越えて、新しい時代を開いてきた国である。創価の同志は、懸命に生き抜き、未来のために働いている。
 これらの天地にも「平和の妙法の大音声」が響き始めたのである。
 これで、SGI(創価学会インタナショナル)の連帯は、世界192カ国。地域の広がりとなった。まさに、全世界である(大拍手)。

■ 一、そして、配達員の皆様方!
 皆さんは、一番、地味で、一番、大変だ。配達を経験した私には、よくわかる。
 暑い日も、寒い日も、雨の日もある。お腹がすいている時もある。朝早く、多くの人は、まだ寝ている。そこを飛び起きて、聖教新聞を配ってくださる。尊い決意なくしては、本当に、できないことだ。
 配達員の方々のご苦労がわからなければ、また、配達員の方々に深く感謝する心がなければ、真実の広宣流布の指導者とはいえない。
 陰の労苦も知らず、自分は偉いと思い上がった人間も、配達をすれば、目が覚める(笑い)。
 ほかのだれでもない、広布のために動いた人に大功徳がわく。その人が勝利者なのである。
 反対に、自分は苦労を避けていながら、同志を見下す増上慢は、厳しい仏罰を免れない。

●いよいよ! これから!
 一、新しい人事、新しい出発、おめでとう!(大拍手)
 役職を後輩に譲った先輩方は、本当によくやってこられた。
 だからこそ、たとえ役職は変わっても、今までと同じように進んでいくことだ。
 信心は、役職で上下があるのではない。年齢でも上下はない。信心は信心である。外面的な位ではない。
 信心は、心で決まる。この一点を忘れてはならない。忘れたら、大変な損をする。
 後輩の道を開いた尊い先輩方に、皆で感謝し、讃嘆してさしあげたい。
 ともあれ、心は一歩も下がってはならない!
 これが仏法である。日蓮大聖人の御精神である。「日蓮一度もしりぞく心なし」(御書1224ページ)と仰せの通りだ。
 大聖人は、晩年、身延に移られてからも、最後まで広宣流布のために戦い抜かれた。多くの御手紙を残し、若き弟子を育てられ、法難と戦う指揮を執られた。
 自分が今いる、ここで戦う。折伏をする。一歩も退かない。広宣流布の誓いは、一生涯、変わらない──これが大聖入門下の心意気である。
 話をする時も、力強い声で、生き生きと語るのだ。大情熱がなければだめだ。皆と心がバラバラになってはいけない。同志から離れずに、集い合っていくのだ。
 どんな立場であろうとも、広宣流布を、どんどん引っ張っていく。全学会をリードしていく。その気概と責任感を断じて失ってはならない。
 人生も、信心も、常に「いよいよ、これから」と決意して進むのだ。その人が最後の勝利を飾っていけるのである。

●福徳輝く道を
 一、誇りと希望に燃える人生は尊い。美しい。それが学会の同志である。
 我らの前進は、末法万年尽未来際という長い長い道のりである。くたびれて、途方に暮れることもあるかもしれない(笑い)。
 けれども、私たちが歩む道は、全部が花が咲き、全部が宝石が輝くような道である。
 何があろうと、全部が、自分のための滋養となっていく。そういう道を歩んでいるのである。
 だから前進するのだ。
 間違いない道なのだ。
 それを大聖人は教えてくださった。御本仏に絶対に嘘はない。
 生々世々、最高の幸福と勝利の道を生き抜いていけるのである。
 〈大聖人の仏法は生死不二と説いている。妙法に生き抜いた人の大境涯について、御書には次のように仰せである。
 「南無妙法蓮華経と唱え、退転せずに修行して、最後の臨終の時を待ってごらんなさい。妙覚の山に走り登って、四方をきっと見るならば、なんと素晴らしいことであろうか、法界は寂光土で、瑠璃をもって地面とし、黄金の縄をもって八つの道を仕切っている。
 天から四種類の花が降ってきて、空には音楽が聞こえ、諸仏菩薩は常楽我浄の風にそよめき、心から楽しんでおられる。
 我らも、その数の中に連なって、遊戯し楽しむことができるのは、もう間近である」(御書1386ページ、通解)〉
 恐れなき師子王であられた大聖人の御境涯。
 絶体絶命の窮地にあっても揺るがない、最高の歓喜と幸福の実感。
 いかなる嵐があろうとも、勝利の人生を生き抜かれた事実。
 これらを仰ぎ見る時、「仏法は、人間は、かくも偉大なのか」と感嘆せざるを得ないのである。
 今、少しくらいお金がなくても、心配することはない。金持ちかどうかで幸不幸は決まらない。
私たちは、大聖人を信じて、広宣流布のこの道を心広々と進んでいきましょう!

●真実の広布の闘士と光れ!
 一、アメリカ婦人部のスナイダー書記長、先ほどは素晴らしいスピーチ、ありがとう!(大拍手)
 〈本部幹部会に先立ち、スナイダー書記長がアメリカSGIの発展の様子を報告した〉
 スナイダー書記長は、全米の女子部長を務められ、アメリカSGIの中核として歩んでこられた。私も、何かあれば応援しようとの思いで、ずっと見守ってきた。
 本当に、よく頑張ってこられた。
 今、アメリカでは英語版『香峯子抄』が反響を広げている。
 『香峯子抄』は日本では137万部を超えるミリオンセラーとなった。(主婦の友社編著・刊)
 学会の真実と正義を伝えゆく一助として、喜びたい。ありがたいことだ。
 ともあれ、本当の偉大なアメリカSGIが立ち上がった。リンダ・ジョンソン婦人部長、ダニエル・ナガシマ理事長をはじめ、アメリカの同志に、よろしくお伝えください(大拍手)。
 一、嘘やインチキは、必ず明らかになるものだ。これまでも、己の欲望のために悪事を働いた人間は、最後は醜い本性を暴かれた。
 学会に反逆した人間たちは皆、結局は転落していった。
 同志の真心、学会の大恩を仇で返した輩の末路は悲惨である。厳しい仏罰を受けている。
 二度と、こうした悪人を出してはならない。

■ 学会の同志の皆さんは私の眷属である。いわばきょうだいであり家族である。ゆえに私が皆さんを代表していただく栄誉は、すべて皆さんの福運になると確信している。
 私は、私が何かを受けることなどではなく、「創価学園生がノーベル賞に輝いてほしい」「創大生が、また創価学会の同志が実証を示してほしい」と、毎日毎日、祈っている。自分のことは考えていない。弟子が、どう結果を示すか。これこそが、師匠にとって何よりも尊い宝となるのである。

●「策」に走るのは魔物の動き
 一、私は、あらゆる分野の第一人者と対話してきた。その対話は、世代を超えた広がりを持っている。
 民衆の平和への願いを世界の指導者に訴えてきた。こうした対話を、心ある識者は高く評価してくださっている。
 ともあれ私は、戸田先生、牧口先生の遺志を受け継ぎ、日蓮大聖人の根本の精神に直結する行動を重ねてきた。皆さんもこの後を受け継いでいただきたい。
 師弟をないがしろにして何をなそうとも"作り物""偽物"である。それらに惑わされると危うい。「策」に走り、人を操ろうとするのは魔物のやり方だ。そういう動きがあれば、戦わねばならない。
 私は全生命をもって戸田先生に仕えに仕えた。
 牧口先生と戸田先生の師弟、戸田先生と私の師弟で、学会の勝利は決まった。仏法は厳しい。「師弟不二」の心があるか否かで決まる。偉くなって威張ろうなどという邪心は、これからの幹部には微塵もあってはならない。
 諸君全員が、本物の弟子として立ってほしい。「心こそ大切」である。決意も行動も、「心」から起こる。決して格好ではない。

●婦人部に最敬礼
 一、今回、桜の詩碑の建設を提唱してくださったのは、ビンゲン市のコーリン・ランゲン市長。聡明な女性指導者であられる。光栄なことに、市長は「詩碑の設置場所は、庭園内の一番よい場所です」と語ってくださっている。
 碑は精神を永遠に伝える。私は、恩師・戸田先生の故郷である北海道の厚田に、堂々たる先生の像を建てた。立派な墓地公園もつくった。恩師を宣揚し、同志に尽くし抜いてきた。
 新時代を担う諸君は、全員が、この師弟の心を受け継いでもらいたい。
 幹部だからといって、威張る資格などあるはずがない。折伏も個人指導も何もかも、一番進めてくださっているのは、婦人部の皆様である。
 尊き広布の女性に対して、心を込めて頭を下げるのは、当然である。一段と、幹部がしっかりしなければならない。リーダー自身が生まれ変わらなければ、真剣な同志は愛想を尽かす。
 何よりも、皆の幸福を心から祈っていく。これがリーダーの出発点でなければならない。
 ともあれ、男女同権は世界の常識である。女性を下に見たり、ふざけ半分で軽んじたりすることは、断じて許されない。
 これまで以上に、女性を大切に! 女性に親切に!──これを男性の幹部は深く心に刻むべきである。
 尊き創価の女性に最敬礼を捧げたい(大拍手)。

●人間の根幹は恩
 一、話は長くなるが、大事なことなので、今、語っておきたい。
 日蓮大聖人は、明確にこうおっしゃっている。
 「恩を知ることを最高とし、恩を報ずることを第一としてきた」(御書491ページ、通解)
 仏法の根幹、人間の根幹の道は「恩」である。
 恩を仇で返すような人間は、断じて許してはならない。そうした連中にだまされ、左右されるようになったら、おしまいだ。
 「絶対に恩知らずとは戦え!」とは、戸田先生の遺言であった。
 太陽系には、太陽系の運行の軌道がある。
 銀河系には、銀河系の調和の軌道がある。
 仏法の世界には、人間が人間らしく生きゆく、正しい生命の軌道がある。
 それが「知恩」であり「報恩」の道である。
 これを大聖人は教えてくださった。
 リーダー自身が、この精神を命に刻み、身をもって伝えていくことだ。
 一、古今東西を問わず、「忘恩」は厳しく戒められてきた。歴史上の事実である。
 古代ローマの大哲学者セネカは喝破した。
 「すべての悪より低劣なのは、恩知らずである」(小川正廣訳「恩恵について」、『セネカ哲学全集2』所収、岩波書店)
 恩を忘れるところから大きな乱れが始まる。これまでの退転・反逆の輩も、恩という一点がなかった。
 私は、戸田先生が言われた「報恩の道」を、厳然と開いてきた。
 先生は「大作がいるから、学会は筋を通して、真っすぐに進んでいる」と、ほめてくださった。
 一方で、先生は「組織が大きくなれば、悪い人間も出てくる」と心配されていた。
 だからこそ、私は「関西」の天地に、師弟直結の模範の人材城を築いてきた。
 関西の皆さん、しっかり頼むよ! 頼るべきは、関西である。大関西があるかぎり、学会の未来は盤石だ(大拍手)。
 一、戸田先生は、このように、有名な指導を残された。
 「現在の世相を見ると、人の道である知恩・報恩を貫く者は、ごく稀となってしまった。忘恩から、社会の乱れが生ずるのである」と。
 生み育ててくれた「父母」の恩を忘れてしまえば、家庭は乱れる。当然のことだ。
 世の指導者は「民衆」の恩を忘れ去った時、慢心を起こし、狂い始めるのが常である。
 戸田先生は断言なされた。
 「恩知らずから、魔は動く。恩知らずから、堕落は始まる。恩知らずから、畜生になる」──このように厳しかった。

■ 一、さまざまな「恩」のなかでも、とりわけ大切な、根本の「恩」とは何か。
 それは「師恩」、すなわち、仏法を教え、人生の規範を示す師匠の恩である。
 師恩のありがたさを、日蓮大聖人、そしてまた日寛上人は教えてくださっている。
 〈「報恩抄」で大聖人は、「父母の恩」「師匠の恩」「三宝の恩」「国土・社会の恩」の四つの恩をあげられている。
 日寛上人は、同抄の題号の意義について、通じては、「四恩」に報いる、別しては、「師匠の恩」に報いる意味であると、釈しておられる〉
 戸田先生は、法難の牢獄にまでお供して、牧口先生に報恩の誠を尽くされた。牧口先生にお仕えする姿は、厳粛そのものであられた。
 それだけに、戸田先生は、師恩への違背を烈々と叱られた。
 「師弟」という一点に対しては、それはそれは鋭く、厳しかった。
 ひとたび怒ると、そこに居られなくなるほどの迫力であった。
 その先生に、私は育てられた。10年間、朝から晩までお仕えした。本当に偉大な先生であられた。
 一、戸田先生は遺言された。
 「社会的な地位をもっている者が、信心がなくなり、その立場にふんぞり返って、その中に悪鬼入其身して、魔となるのである」
 「師匠のおかげで偉くしてもらいながら、将来、畜生の如く師恩を仇で返し、踏みにじっていく悪逆な連中が出たならば、断じて許すな!」

●『戸田先生』 恩知らずから堕落は始まる

 創価の師恩を忘れ、増上慢に狂って、学会に弓を引いた輩は、例外なく、厳しい仏罰を受け、無残な末路をたどっていることは、皆様がご存じの通りである。
 私は、そうさせたくないから、人生を勝たせてあげたいから、厳しく言うのである。
 社会的地位は、信心とは関係ない。絶対にその人を特別扱いしたり、威張らせてはならない。
 また、社会で重責ある立場の人は、自分の分野で立派な成果を上げ、第一線から退いた後も、地域に尽くし、学会に尽くし抜いていく。そういう人生を歩んでもらいたい。
 一、インドの提婆達多は、師匠である釈尊の恩を裏切った。
 仏弟子たちは、師敵対の提婆達多に激怒し、責めたと、経典は伝えている。
 ──提婆達多よ、釈尊は、あなたの師匠ではないか。師・釈尊のおかげで、あなたは仏法を知り、深い境地を得られたのではないか。その師匠に敵対するとは何事か──と。
 弟子が大事である。
 弟子が愚かであれば、増上慢の人間に、和合僧の組織を破壊されてしまう。
 恩知らずの人間に対しては、弟子が立ち上がり、戦うことだ。恐れず、言うべきことを言っていくことだ。
 一、師恩に報いるための要諦は何か。
 不惜身命で広宣流布のために戦うことであると、日寛上人は、報恩抄の文段で明快に示しておられる。
 いくら口先で師匠を讃えても、「戦い」がなければ、師恩に報いたことにはならない。
 「行動」である。「戦う」ことである。
 大難が競い起ころうとも、身命を惜しまず、邪悪と戦い抜く。そして、正法を弘めて、人々を救っていく──これこそ、師恩に報いる真の道なのである。
 〈「報恩抄文段」に「大難競い起るとも身命を惜しまずして詩法を呵責し、能く大難を忍んで法華経の行者と顕れ、父母・師匠等の大恩を報ずべしとなり」等とある〉
 その通り、一分の狂いもなく、創価の三代は、健気な真実の同志とともに、戦い続けてきた。
 「師恩に報いる」という根本の道を示し切ってきた。
 だからこそ、現代史の奇跡とうたわれる、世界広宣流布の時代が開かれたのである(大拍手)。

■ 一、仏法で説かれる「師子」とは、「師匠」と「弟子」との一体不二の生命にほかならない。最強であり無敵なのである。
 師恩に不惜身命で応えゆかんとする弟子の「信力」「行力」にこそ、無限の「仏力」「法力」が厳然と現れる。
 師弟の心が合致すれば、恐れるものはない。何ごとも、必ず成就することができる。
 わが青年部よ。子孫末代まで、この法則、この法理を絶対に忘れず、後悔なき「この道」を堂々と進みゆけ!
 偉大なる青年部よ。きょうも明日も、永遠に勝ち進め!

●勝利の師弟の姿を忘るな!
 一、戸田先生は晩年、慟哭しながら、語ってくださった。
 「大作は体が弱いのに、師匠である私のために、これほどまでに、命を削って、言語に絶する師子奮迅の努力をしてくれた」
 亡くなられる直前、固く手を握られ、「ありがとう」「ありがとう」と言ってくださった。
 私が、先生の後継の第3代に就任したのは、昭和35年(1960年)の晴れわたる5月の3日。
 妻はこの日を、わが家の葬式と覚悟した。
 以来、1年また1年、戸田先生からいただいた命で、私と妻は、あらゆる三障四魔に打ち勝ってきた。今日の学会を築き上げた。
 もし私がいなかったならば、学会は宗門に乗っ取られ、内部の師子身中の虫たちに攪乱され、今日の姿はなかったという人もいる。
 しかし私は、大聖人の御加護をいただき、ますます健康で、全世界の指揮をとり、学会を守っている(大拍手)。
 だれ人も想像できなかった姿であろう。
 この厳然たる師弟の勝利の姿を忘れることなく、勝ち進んでいただきたい。
 こう申し上げ、私のスピーチを終わります(大拍手)。
 常勝関西はじめ、全世界の同志の幸福、万歳! 長時間、ご苦労さま。ありがとう! お元気で!(大拍手) (2008・4・23)

 ※編集部として、名誉会長の了承のもと、時間の都合で省略された内容を加えて掲載しました。


 

魔は正しい和合僧団体の中に入ってくるのではないですか?

 投稿者:案外おばちゃん  投稿日:2016年 9月 7日(水)16時19分29秒
  おっしゃる通りですね。

学会に魔が入らなければ 正しい法を行じてない事になってしまいます・・・。


「権力の魔性とは徹して 戦う」

毎日のように 無冠様が綴って下さっている池田大作全集より削除された2006年以降の池田先生のご指導には その事が これでもか これでもか と記されています。

真っ赤なスカーフ様始め  日頃 ロム専の皆様に
も この先生のご指導を読んでご自身で判断して頂きたいです。

大聖人お一人から始まった権力の魔性との闘争は 27年の時を経て 民衆の末端中の末端の熱原の農民信徒達へ 受け継がれました。
一番師匠の身近に居た執行部が師匠を裏切った
あの昭和54年から 27年の時を経た2006年以降の池田先生のご指導を後世に残さない執行部。
不思議な時の一致です。
なるよるになっているのですね。
 

御義口伝に学ぼう

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年 9月 7日(水)15時54分27秒
  「心不実故の事」(心不実なるが故に)とは、(P748)
(しんぷじっこ)


小生の解釈

心不実故とは、最高の法である南無妙法蓮華経を身延等他宗と同列に落とし、最上の師匠の指導を

「時代が違う」とか「過去の指導」といって受け入れようとせず、都合のいいところだけを切り文して取り入れる。

これ等は皆、心が不実なる故である。いま宿坊の掲示板に集い、意見を述べ、執行部を糾弾するものは、心が実だからである。
 

再掲)「師匠の正しい法」を「破る者」

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 9月 7日(水)15時06分35秒
  【「師匠の正しい法」を「破る者」 投稿者:信濃町の人びと 】
投稿日:2015年10月30日(金)13時31分33秒   通報 編集済

【日顕の正体-戸田第二代会長の指導より、佐渡御書を通して】

「大聖人様の御時代に、あるいは良観とか、あるいは法然の弟子とか、そういう者(の弟子などになる連中)は、いったい過去にどういう者だったかというと、

昔、仏法をくさした外道の者が生まれてきて、仏法をやってですね、そうして今度は正法を邪魔するんです。

そうすると今度どうなるか、あいつらが死ぬと、今度は日蓮正宗のなかに生まれてくるんだよ。誠にこれはおもしろいもんだぞ」

(昭和三十一年二月七日 於:大阪・中之島公会堂)


佐渡御書を通しての戸田先生の指導です。

三類の強敵、潜聖増上慢の正体、本質は何かを明快に切っています。

法体の折伏により広宣流布が現実に進んだ時、
大聖人の時代に、大聖人を迫害した良観や法然の弟子らが、
日蓮正宗の中に入ってくる。とあります。


第二次宗門問題により日顕宗となった宗門に対して、大勝利した創価学会。21世紀になり池田先生が大勝利宣言をされたのです。

宗門に大勝利したなら次は、創価学会の中枢に、魔物がどうして入ってこないと言えるでしょうか?

広宣流布が進めば、より正しい側に魔物が入ってくるのだ。

と指摘されています。

正しく広宣流布する側に魔が競う。
と学会指導にあるように、魔は正しい和合僧団体の中に入ってくるのではないですか?

だとすれば、現時の三類の強敵とは誰か?

創価学会を壊し、利用し、教義を狂義に変え、池田先生と学会員の絆を分断している4人組しかいないではないですか。

***************
仏法の方程式
投稿者:信濃町のネット対策チームの対策
投稿日:2015年10月30日(金)07時48分33秒

釈尊、大聖人、池田先生が仰せのように、いつの時代ににも「師匠の正しい法」を破る者が出現するのが仏法の方程式です。
このことに異論がある方はいませんよね?

では「今」は誰が「師匠の正しい法」を「破る者」なのですか?

http://6027.teacup.com/situation/bbs/33699
 

ニャンコ先生様

 投稿者:ジャスダック  投稿日:2016年 9月 7日(水)13時46分24秒
  動画ありがとうございます

何回見ても、原田会長は少しも嬉しそうに見えません
師匠が表彰されるのを喜ばない弟子がいるのでしょうか?
喜んでもいない人間が何故代理でわざわざ遠い南米に行ったのでしょうか?
博正さんに任せれば良かったのではないですか?

一緒に壇上に上がり、隣に寄り添い拍手している笠貫さん
まるで、原田会長が貰ったかのように拍手していますが、頂いたのは先生です
間違えないで下さい
チャンと2人揃って先生にご報告に行きましたか?
え?
怖くてとても行けない?笑

チャンと先生に報告したかどうか、珍聞に掲載お願いします
珍聞に掲載がなければ、報告していないと見なしますよー

所で、原田会長は先生の代理と言う肩書きで壇上に上がり、表彰を受けていると思いますが、何故、笠貫女史まで一緒に壇上に上がっているのでしょうか?
奥様の表彰の時は奥様の代理という肩書きのようでしたが
今回は先生の表彰
壇上に上がるのは通常原田会長だけではいいのでは?
何故、笠貫女史も壇上にいるのでしょうか?
主催者にどういう肩書きで席を用意させたのでしょうか?
他の南米訪問団の方は1人も壇上に上がっている様子はないのですが?

謎の南米訪問団
飛行機はファーストか?ビジネスか?
ホテルは?
部屋は?
公表するべき

おかしなコンビに会員の真心の浄財が勝手に使われないようにするべき!
と自分は思います

大聖人は富木尼御前を
法華経の行者をやしなう事灯に油をそへ木の根に土をかさぬるがごとし
と賛嘆し感謝されています

原田会長、あなたが着ている背広もメガネも靴も全て会員の財務から出ています
笠貫さん
あなたが着ている綺麗なおベベも全て財務からではありませんか?
確か亡くなったご主人は職員ですよね?

財務なのに、主人(会員)に報告しないのは、おかしくないですか?
政治家だって、全て公表する時代

会長は会員と同格
会員は会館のコピー1枚するにも報告しています
会長始め最高幹部の経費は会員に報告するべきではないですか?
そういうことを曖昧にすると何処かのインチキ宗教と同じになってしまう

先生は別格
なぜなら、先生が書かれた本は全て本部に寄附されている
会員が「先生に!」とお届けする基金さえ、本部に寄附されている
会員が真心でお届け物すると必ずそれ以上の真心で返して下さる

原田会長は会員の財務で高額な給料を貰い、当たり前のよう自家用車に乗り、グリーン車に乗っているのではないですか?
あなたの本妻は長年、植物状態でした
膨大な医療費
愛人、隠し子
あなたは誰よりも会員の財務に感謝するべき立場ではないですか?
何故、偉そうにふんぞり返り、会員を粛清しているのか?
職員も何故、黙っているのか?
与同罪!
赤信号、皆で渡れば怖くない
先生は皆で声を上げなさいと教えてくださっています
いい加減、皆で声を上げたらどうですか?

ジョーカー様
ありがとうございます
頑張ります

虹と創価家族様
同意していただきありがとうございます

三代の軌道に今、戻さなければ、創価学会の未来はない
先生がいらしていても、この体たらく
滅後は?
このままでは滅びます
現場もドンドン酷くなっています
会員もドンドン気がついています
気がついた会員に宿板を教えると光明を見出します
教えて上げられない人は黙って離れます

今、池田先生と会員の創価学会を守っているのは宿板の皆さんです
ありがとう!

「会長は会員と同格
   会長といえども、少しも偉くない」
    ジャスダックでした
 

問答無用 対話なき処分・・・【現代の熱原法難が起きている】

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年 9月 7日(水)12時55分19秒
  【現代の熱原法難が起きている】
投稿者:信濃町の人びと   投稿日:2016年 6月28日(火)22時47分17秒

陽光様をはじめとする、学会員を弾圧した原田会長以下の創価学会執行部。
堀日亨上人が記した法難史の中に、江戸時代の金沢法難や牧口初代会長の法難があります。

池田先生が論じた法難と災害の関係の中に金沢法難と牧口初代会長の法難があったと記憶します。

今起きていること。これは間違いなく信徒弾圧の法難そのものです。止まない災害の理由は狂った執行部にあるのです

http://6027.teacup.com/situation/bbs/50566

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

陽光様の【問答無用 対話なき処分】のシリーズを連続してお送りしていますが、無慈悲な執行部に対する怒りの感想が寄せられていたので今回はそちらを紹介いたします。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【投稿者:生涯広布&広布一筋(正義の師子同盟)】

ご苦労様です。 覚悟されていたとはいえ、その日が来てなんとも言えない・・お気持ちでしょう。
アメリカ広布に真摯に捧げた50年の代償が問答無用の対話なき処分。
これが、創価学会の姿。今回の勝手な処分は個々人の一生成仏には全く関係なきこと。

今、しばらく休養され?・・英気を養い・新しき戦いに備えられてくださいますよう・・

http://6027.teacup.com/situation/bbs/50336

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【投稿者:うらら】

陽光様のご報告拝見すると、いつも創価にうごめく魔性に対し、めらめらいと怒りが込み上げてきます。
そして闘志が沸き立ち、ガンガン題目あげさせていただいています。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/50367
 

【多数決の暴走と大聖人の平和論】8/8

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 9月 7日(水)12時45分3秒
  〝聖愚問答抄〟のなかで「愚人」が

「権教や権宗を信じている人は多いが、この法華経の宗を信じる人は少ない。
どうして多数を捨てて少数に付くのか(趣意)」(御書四九三頁)との質問に対して、

大聖人は「聖人」を通してこう訴えました。それを最後に紹介して終わりたいと思います。

――かならずしも数が多いから尊くて、少ないから卑しいのではない。
賢善の人はまれであり、愚悪の者は多い。

麒麟(きりん)や鸞鳳(らんほう)は禽獣(きんじゅう)のなかでもめずらしいものである。
しかし、これは非常に少ない。

牛・羊・烏・鳩は鳥獣のなかでは卑しいものである。しかし、これは非常に多い。

多数が尊く少数が卑しいならば、麒麟を捨てて牛や羊をとり、鸞鳳をさしおいて烏や鳩をとるべきであろうか。(中抜)

聖人の出現はまれで千年に一度であり、賢人は五百年に一度である。(中抜)

世間、出世間(仏法の世界)ともに、善人は少なく悪人が多いことは眼前の事実である。
したがってどうして、いちがいに少ないからといって卑しみ、多いからといって重要とするのか。

土沙は多いけれども米穀はまれである。
木の皮は充満しているけれども布絹はわずかである。

あなたはただ正理を第一とすべきであり、ことに人数の多いことを根本として判断してはならない(同頁)――と。

池田先生はこの御文を通して「この仰せのとおり、学会は正しき道理を第一として、
大聖人の仏法を世界に弘めた。この歴史はあまりにも尊い」(池田大作全集七十七巻)と宣言しています。


― おわり ―
 

【多数決の暴走と大聖人の平和論】7/8

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 9月 7日(水)12時44分23秒
  大聖人は

「多くの人が思っているからといって、恐れてはいけない。
また、その教義は〝古い〟とか〝新しい〟とかに依るべきでもない。
ただ経文と道理とに依るべきである(通解)」

(御書八八三頁)と述べています。

そもそも仏法の真理は、人間の生命や心についての普遍的な法則を明らかにしたものです。

いかに古い時代の聖人・賢人の発見した真理であっても、
それが人間の生命や心についての真理である限り、

時代を超えて大いなる「指導原理」になることは言うまでもありません。

科学の発達した二十一世紀の今日においても、なお
「平家物語」や「レ・ミゼラブル」が読まれ続けているのは、

生き方や心の在り方、さらには生命の問題が、時代の今昔を問わず、
人間の永遠の課題であることを雄弁に物語るものです。

創価学会が未来永劫に栄えていくための生命線は、

多数の賛同をもって〝正義〟とするのではなく、あくまでも仏説を根本とし、
三代会長を中心として常に道理を重んじていくところにあると思います。

一人ひとりの学会員がこの立場に立って、学会組織や社会の建設に貢献していけば、

どれだけ世の中は変わっていくでしょうか。
どれだけ師匠は喜ばれることでしょうか。

悪しき権力者による民衆支配や多数決による暴走を食い止めるには、

正理(経文と道理)を体得し、それを根本として戦う民衆の連帯を築いていく以外ないのだと思います。
 

【多数決の暴走と大聖人の平和論】6/8

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 9月 7日(水)12時43分45秒
  また「聖人は所を去って帰ってこない(趣意)」(同頁)の文を、

日寛は〝国王の理に背くゆえ〟(日寛文段)と解釈しています。

国王とは政治を象徴した言葉で、その政治に道理が立たないということだと思います。
道理が立たない社会を支配しているのは〝力〟であり、力の論理は〝権力〟そのものです。

政治に力の論理が居座ると、その延長線上には必ず「敵を潰せ、敵を排除せよ」という
勇ましいスローガンとともに排除の論理が横行し、

その先にあるのが「戦争」であることは歴史が証明しています。

以上のことから、災難や戦争が起こる根本原因は、

権力者とか、民衆とかに関わらず、皆が正法に背いているからであり、
これをもって魔が来たり、鬼が来たり、難が起こるのだと大聖人は訴えているのです。

これが大聖人の平和論であり、根本思想です。

今は大聖人の生きた封建時代とは大きく異なり、世の中は民主主義の時代に変わりました。

もちろん、信仰の世界と政治の世界は次元が異なりますが、
政治も人間の営みである以上、多数決の考えを尊重する前に、

まずその大前提として、道理を重視していくことが出発点であり、人間としての原点ではないかと考えます。

もちろん、多数決の考えを尊重するのは議会制民主主義の精神です。

しかし、その前提には代表者は代表者としての振舞いという「義務と責任」が置かれているはずです。

その大前提を忘れて、ただ力の論理のみで押し通そうとするならば、
それはまさに権力の「奢り(おごり)」というべきものだと思います。

それと同じように、信仰者の立場で世界平和を目指す創価学会が、
御書や創価三代の指導を根本とせず、道理を無視して、力の論理で運営されるようになれば、

それこそ教団の自殺行為に等しいと言わざるを得ません。
 

【多数決の暴走と大聖人の平和論】5/8

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 9月 7日(水)12時43分0秒
  このような社会では弱者は切り捨てられ、少数意見は多数の意見に飲み込まれ、
必ず権力者がのさばり民衆を利用するようになるものです。

そういう世界では力の論理が横行し、権力者に従わない者は抑圧され、
物言わぬ民衆は弱肉強食の世界に引きずりこまれ、やがては戦争に巻き込まれていくでしょう。

安国論には仁王経を引いて

「人と生まれてきても兵士にされてしまう(趣意)」

という文がありますが、兵士は命令によって動かされる存在です。

そのような兵士には、自ら戦争を抑止する自立した判断力や行動力はありません。
〝万民の業感〟とはそういうことだと思います。

権力者にとって一番扱いにくいのは、生命力が旺盛で、行動力のある目覚めた(自立)民衆です。

民衆の自立的な行動を権力者が眉をひそめて抑圧するのは、
民衆が立ち上がることを権力者が恐れているからであり、

民衆が一番〝強い〟ということを心の底では知っているからです。

このように考えていけば、民衆に活力を与える法(思想哲学)とは、
民衆の自立力を促す「生活原理・指導原理」だといえるのではないでしょうか。

いくら政治改革や制度を改善しても、民衆一人ひとりが真の意味で自立しない限り、
恒久的な平和社会を実現していくことは難しいと思います。

だからこそ池田先生は一人の人間における偉大な生命の変革――

つまり〝人間革命運動〟を内外に向かって世界に推進していったのです。
 

【多数決の暴走と大聖人の平和論】4/8

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 9月 7日(水)12時42分14秒
  大聖人の著した〝諫言の書〟である立正安国論には
〝神天上の法門〟が説かれていますが、災難や戦争が起こる根本原因の結論として

「世の中の人々は皆、正法に背き、ことごとく悪に帰していることにある」
(御書一七頁)と述べています。

しかしこの著作のなかで大聖人は〝正法〟なるものを
法華経(妙法)とは言わず「実乗の一善」としか表現しませんでした。

ここでいう〝実乗の一善〟とは、あえていえば
「民衆に活力を与える法(思想哲学)」と捉えることも可能です。

つまり、世の中の人々は

「民衆に活力を与える法に背き、ことごとく民衆の活力をそぐ法に帰している」

という意味です。

私たちに置き換えて言えば、学会幹部は

「会員に活力を与える池田先生の指導に背き、ことごとく組織の論理に帰している」

ということになるでしょう。

〝神天上の法門〟を理解するうえで、

民衆に活力を与える法が「正」、民衆の活力をそぐ法を「悪」

という発想に立って恒久平和を考えていけば、問題の本質がより明確になってくると思います。

たとえば、学会員であったとしても〝活力をそぐ法〟に従えば、それは悪であり、
それによって自分自身の生命力は弱まり、活力が低下していくことになります。

大石寺・日寛は

「善神は国を捨て去る(趣意)」(同頁)の文を〝万民の業感によるゆえ〟(日寛文段)

と解釈していますが〝善神が去る〟とは、生命力や活力低下を意味する言葉だと思います。

なぜかといえば、万民一人ひとりの生命力や社会の活力が旺盛でなければ、

不幸な人々を救っていこうという発想も、より良い社会を
築いていこうという発想も湧いてこないと考えるからです。

生命力と活力が低下した人間というのは、得てして

自分自身のことや家族のことで精一杯になり、常に日々の生活に追われて他人のことなど考える余裕もない――。
 

【多数決の暴走と大聖人の平和論】3/8

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 9月 7日(水)12時41分36秒
  しかし、だからといって〝宗教のすべてがアヘンである〟というのは間違いであり、
宗教に対して正しく認識しているとはいえません。

もちろんアヘン的、迷信的、幻想的な宗教があるのは確かですが、

それをもってすべての宗教が〝迷信だ、アヘンだ〟というのは
科学的知見から分析した人間の真摯な態度とはいえない。
もし科学や実質に反する迷信を攻撃するなら、
まず自らが科学的・実質的態度をもって宗教を見るべきです。

なぜなら、

宗教が迷信や幻想であると独断すること自体、一つの迷信的思想だといえるし、
世界の知性は、現代科学をもリードする偉大な宗教を求めていたからこそ、

東洋の仏法哲学に注目したのです。

なかでも二十世紀後半から二十一世紀にかけて、東西を問わず、
大乗仏教(法華経)を世界に宣揚し、文明間対話の実践を半世紀以上も続けてきたのが池田先生です。

たとえば、

一九七〇年に欧州経済共同体(EEC)の創始者であるクーデンホーフ・カレルギー氏、
一九七二年には歴史家アーノルド・トインビー氏との本格的な対談を行うなど、

幅広く国内外の知識人や政治的要人と対話を重ねてきました。

創価学会が日本を代表する宗教となり、世界中から注目を集めるに至った原因は、
池田先生の類まれな人間力とともに〝思想・言説〟にあったことはいうまでもありません。

日蓮仏法を根本にして対話を展開する池田先生の思想は、

現実を直視し、これを変革する実践の哲学でもあります。

もちろん、経済的要因による貧困に対しては
大衆福祉の政治によって改革していくべきであり、制度的な欠陥があれば改善していくべきです。

しかし、いくら政治的改革や制度を改善しても、未だに戦争や飢餓は根絶できていません。

これは一体、何に由来しているのでしょうか。
 

【多数決の暴走と大聖人の平和論】2/8

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 9月 7日(水)12時40分56秒
  そのようなキリスト教思想に対してマルクス(ドイツ出身の哲学者)は、

貧困になる原因は資本家に搾取された結果であって、
経済的要因からきているにも関わらず、そこから目をそらさせ、

精神的、神秘的な問題にすり替えて、合理的な判断を狂わせる役割(キリスト教)を

果たしてきたとして「宗教はアヘン(麻薬)である」と痛烈な言葉を発しました。

確かにマルクスが主張するように、今まで
キリスト教の思想はいろんな意味で体制擁護に利用されてきたわけです。

マルクスの〝宗教はアヘンである〟という主張は「ヘーゲル法哲学批判」の中で述べていますが、
初期における彼の研究対象であったヘーゲル法哲学はキリスト教を抜きにしては考えられないことでした。

彼は研究が進むにつれて、キリスト教が歴史的に
社会に果たした役割について疑問を持つようになったのです。

ちょうどその頃(一八四〇年代)、ドイツの町には失業者が溢れ、
労働者の苦しみには目を覆いたくなるものがありました。

こうした背景のなかで、マルクスの目には

「キリスト教ではこの社会の矛盾を解決することはできない。むしろ、
現実の矛盾から目をそむけ、一時的な精神の安らぎを求めているにすぎない。
それではかえって害になる」と映ったのでしょう。

民衆が非人間的な階級支配の道具として利用され、
合理的な考え方から遠ざけて幻想の世界へ導いていったキリスト教に対し

〝宗教はアヘンである〟と非難したマルクスの主張は、非常に的を突いた言葉だったと思います。

これと同じように、日本においても念仏の
〝浄土思想〟が徳川封建体制下で、実に巧みに利用されてきました。

これら二つに共通していえることは、現実社会の抑圧や人生の苦悩に対して、

民衆がこれらから〝脱出したい〟と渇望しても〝この世では実現できそうもない〟という
現実逃避の思想が生命の底流にあり、それがあきらめの気持ちを人々にもたらしているということです。

その意味において、宗教はアヘン的な性格をもっており、その思想自体が宗教の無力さを証明しているといえます。
 

【多数決の暴走と大聖人の平和論】1/8

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 9月 7日(水)12時40分17秒
  人々がともに暮らす現代社会で人類の誇りともいうべき〝人間の智慧〟の一つは、
多数の意思に〝支配の権限〟を認め、それを制度化した「民主主義社会」を確立したことだと思います。

これは一人の権力者によって全体が支配され、
暴走することがないように、人間の英知を結集して作り上げたものです。

この多数の意思に権限を与えたいわゆる〝多数決の原理(民主主義)〟という考え方は、

上も下もなくそれぞれの課題を皆で議論し、
皆が納得して、円滑に物事が決まるように制度化する取り組みといえます。

しかし、過去の歴史において、多数の賛同をもって〝正義〟とし、この制度を
巧みに利用して支持を集めたナチスが登場しました。

かつてのドイツ民主主義は、ドイツ民族の多数の支持によって

ナチスに〝正義〟の名を与え、

結果としてユダヤ人の大量虐殺や侵略戦争の暴走を許し、
民主主義の悪しき側面をあらわにしました。

このような歴史的事実の教訓から〝世界の知性〟は

「どうすれば恒久的な平和社会を作れるのか」を模索し、
やがて彼らは世界最高峰の東洋(仏法)哲学に着目していきました。

それまでの西洋文明はキリスト教思想に支えられてきたといってもいいでしょう。

中世のキリスト教会では

「現存する社会の秩序は〝神の意志〟であり、神の欲するところだからその秩序に従わなくてはならない」

と民衆に言い聞かせ、服従を求めてきたといえます。

つまり、人間性を抑圧し、民衆を支配する統治方法を用いてきたのです。
自然科学においては、聖書に固執するあまり〝地動説〟を否定し、進化論を攻撃したのは有名な話です。
 

柳原氏の正体は「犬神人」だ!!

 投稿者:皆本  投稿日:2016年 9月 7日(水)12時32分47秒
  もう一つ、ヨッシーさんへ

「柳原氏は、ブーメラン脳天炸裂自爆の常習者(笑) 」
http://6027.teacup.com/situation/bbs/55713
も笑いこけましたw

>「浜の浩ちゃん」の手羽先・柳原滋雄氏

小生発案のフレーズを使っていただきありがとうございますm(_ _)m

「在世は今にあり今は在世なり」――柳原氏も必ずどこか御書に出てくる
んじゃないかと考えてみましたが、なかなかピタッとくるのがなくて困ってた
ところ、

>つい最近も、波田地氏に対し、“覆面攻撃”云々などと、口角泡を
>飛ばし続けている。
>ご自身が「中田光彦」、「稲山三夫」などの仮面を被って山友や共産党など
>を攻撃してきた過去はすっかりお忘れになったようだ・・・(笑)

これを見て、ピンと来る御書の登場人物がいました。「犬神人(いぬじにん)」です。
宗教的権威権力の手先として、“異端者”弾圧の実行犯、先兵となった連中です。
「大衆の僉議に云く専修念仏者・天下に繁昌す是れ則ち近年山門無沙汰の致す所なり、
件の族は八宗仏法の怨敵なり円頓行者の順魔なり、先ず京都往返の類・在家称名の所
に於ては例に任せ犬神人に仰せて宜しく停止せしむべし云云、者れば大衆僉議の旨斯
くの如し早く先例に任せ犬神人等に仰せ含めて専修念仏者を停止せしめ給う可し云云」
(御書94頁「念仏者・追放せしむる宣旨・御教書・五篇に集列する勘文状」)

法然の墓を破壊し遺骨を掘り出し鴨川に捨てたのも「犬神人」です。
「法然上人の墓所をば感神院の犬神人に仰せ付けて破却せしめ畢んぬ」(御書103頁
「念仏無間地獄抄」)

当時の絵巻物にこの「犬神人」が描かれていますが、それを見ると、なんと、
驚くことに、覆面姿なのです!!! 「覆面」「仮面」を連発し、自ら被るのは言うに
及ばず、人にも好んで「覆面」「仮面」のレッテルを貼りたがる柳原氏は、間違いなく
「犬神人」の生まれ変わりですね!!

こちらに、その絵があります。ご覧下さい。
覆面姿の犬神人「一遍聖絵」
犬神人と乞食「融通念仏縁起絵巻」
http://www.ab.auone-net.jp/~koinyawa/senmin_chuusei.html

ちなみに、御書にも出てくる、「犬神人」が所属していた「感神院」は別名を「祇園社」
といい、今の「八坂神社」のことです。
ちなみに、柳原氏の所属は、「八坂社」ならぬ「八尋社」(笑)

常楽会館内の「八尋社」にたむろする法匪どもらに“飼われ”ている権威権力の犬――
これが、「浜の浩ちゃん」の手羽先・売文御用ライター柳原氏の正体だ!!!
 

流行語大賞

 投稿者:ヨッシー  投稿日:2016年 9月 7日(水)12時09分13秒
  皆本さんこそスルドイじゃありませんか(笑)

でしたら、
Y谷→大進房、
T治→大田親昌、
M井→長崎次郎兵衛

ではどうでしょう。皆現罰明顕

ついでに、宮田大先生は三位房ですかね。

さて、「四人組」の呼称は定着しました。本部内でも「四人組」は使われてるようですから(笑)

今年は「へいかい」ですね。

普段電話などよこさない幹部から電話が来たら、
「へいかい」ですか?」と聞きましょうね。
 

「ぼく、きょう、ヘイカイされちゃった(笑)」

 投稿者:皆本  投稿日:2016年 9月 7日(水)10時52分11秒
  ヨッシーさんへ

「そっくりさん大会」
http://6027.teacup.com/situation/bbs/55653
面白く読ませていただきました。

>平左衛門は「頼」ちゃん決定。

これは動かせませんね。鉄板ですw

>北条宣時は讒言を真に受けた上、偽メッセージを発行するH会長。

偽メッセージとは、これはまた鋭い!
現代の「虚御教書」そのものw
宣時は「 法華行者逢難事」で「武蔵前司殿」と呼ばれていますが、これは
武蔵の国の前国司、現代で言えば、総東京長経験者か。その意味でもH会長にピッタリw

>少輔房は「頼」の一の郎従T川くん。

T川くんが少輔房ですか。T川くんも総東京長経験者ですから宣時に
昇格してあげてもいいのですが(笑)、スキャンダルが多いし人気がないから
会長にはなれそうもないので、こんなところですかね。

>途中で落馬する大進房はさながらT治やY谷。

関西のM井も加えてあげたら・・・(笑)

>この他、そっくりさん大会にエントリーするのは誰でしょう。

佐渡守・北条宣時のもと、佐渡の守護代を務めていた人物・本間六郎左衛門
が気になりますね。今で言えば、さしずめ、中央の指示で“厄介者”たちとの
接触を強いられている方面長や総県長たちですかね。やりたくもない「炳誡
(ヘイカイ)」をさせられ、700年前の自分の所行を思い出させられている・・・。
なかんずく、本間六郎左衛門の生まれ変わりは監正審査会の大場審査員長
でしょう。本領が神奈川で同じだし・・・(笑)

>ともあれ聖祖は断言、
>「在世は今にあり今は在世なり、法華経の肝心は諸法実相と・とかれて
>本末究竟等とのべ(宣)られて候は是なり」と。

>大聖人曰く
>「一切の諸人之を見聞し志有らん人人は互に之を語れ。」
>真の池田門下が虐められる事の本質を、多いに語ろうじぁありませんか。

本当に、「在世は今にあり今は在世なり」、「本末究竟等」ですね!!
言論問題の時も、第一次、第二次宗門問題の時も、現場でまじめに戦う真の
池田門下がヘイカイされることはなかったですものね。
今こそ、まさに弾圧の対象が大聖人一人から門下の弟子旦那、一般信徒に
まで広がった佐後の時代、熱原法難の時代です!!
ヘイカイの事実、ヘイカイの模様を大いに語っていきましょう!!!

(「炳誡」――この言葉、いいですね! みなさん! 「査問・処分」は
信濃町側の用語ですから極力使わず、由緒正しい「ヘイカイ」を使うよう
にしましょう!!
例えば、「俺、きょうヘイカイされちゃったよぉ~」とか「この呼び出しは
ヘイカイですか?」とか。聞かれたらちゃんと由緒を教えてあげましょう(笑))

 

ヨッシーさま

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月 7日(水)10時48分21秒
  こんにちは! ひかりです。

その通りですね。

その見分け方は真理を突いていますね。

長年、よほどの実例を観察され、研究結果として導き出されたのだと思います。

舌を巻くほどの明解さ!

膝をたたき、快哉の笑みを浮かべられた諸兄は多いことでしょう。

 

ありがとうございます。

 投稿者:同志の歌  投稿日:2016年 9月 7日(水)10時21分17秒
編集済
  (案外おばちゃん様)

御返事ありがとうございます。

お気遣いありがとうございます。油断なく戦い続けていきます、これからも、よろしくお願い致します。


(ジョーカー様)

御返事ありがとうございます。

祈りきり、先生の指導・御書から勝利の因を見出だし
自身の限界を図らずに最大限に力を出し切り、戦います。
また、色々と教えて下さい。
今後ともよろしくお願い致します。

 

悪い幹部の見分け方

 投稿者:ヨッシー  投稿日:2016年 9月 7日(水)09時58分19秒
  大勢の前では謙虚そうに振る舞い、一人を相手には威張る。

大勢の会合では、終了後に平身低頭の見送りをするが、一人を相手には見送りもしない。

大勢に対しては一方的な指導をするが、一人を相手にはマトモな対話もできない。

「組織を守る」と声高に言うが、一人を守ることはしない。

黙って聞いてくれる多くの会員のところは一人で出向くが、意見のある一人に対しては一人では行かない。
 

わが友に贈る 2016年9月7日

 投稿者:どうしょうてん  投稿日:2016年 9月 7日(水)08時49分37秒
  「仏を敬うが如く」
同志の奮闘を讃えよう!
互いに尊敬し合い
励まし合って進む中に
強き団結は生まれる。
 

ブラジル・パラリンピックの開催記事が聖教珍聞に有りませんが?

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 9月 7日(水)08時24分37秒
  オリンピックおめでとう!とメッセージ出して、バツの悪い思いをしたサイコ大患部の皆さま方。パラリンピックには、ひとりの学会員も、SGIメンバーも居らず、『障害者は学会員では無い!スルーする!』ですか?
掲載をお願いします!
 

真っ赤なスカーフ様

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年 9月 7日(水)08時18分44秒
  「辛きことを蓼の葉に習い臭きことを厠に忘る」
「常に地獄に処すること園遊に遊ぶが如し」

という御書の一節があります。「地獄に落ちる」という表現は、小生もよく使うのですが、別に死んだあとのことではなく
正確には、一念三千ですから、この現世においてすでに地獄にあるということです。

ただ、執行部に居並ぶ大幹部サマ方は、そのことがわかっていないのでしょう。
問題なのは一念の違いにあるということと思います。

彼等とて、創価学会を守りたいのです。しかしそれは、広宣流布のためでもなく、先生を護るためでもない。

ただ、創価学会の中で、自分を守りたい、いい暮らしをしたい、贅沢をしたい、との一念で頑張っていらっしゃるワケです。

そこには信心はありません。だから教義改正も御観念文改正も平気でやっちゃっておりますし、
自分の意に沿わないことを言う人間は平気で排除します。

近年の査問・処分の嵐、学会本部での粛清人事をみてもあきらかではないでしょうか。
 

ありがとうございます!

 投稿者:魂の炎  投稿日:2016年 9月 7日(水)06時39分15秒
  ジョーカー 様
ありがとうございます!
自分にしかできない使命を果たすために、今日という一日を全力疾走します!完全燃焼します!
ありがとうございます!
 

何度も見ると

 投稿者:tesuto  投稿日:2016年 9月 7日(水)06時38分24秒
  ハラだ氏の表情 「受け取りたくない」のだが みえみえ  

何度見てもw

 投稿者:ニャンコ先生  投稿日:2016年 9月 7日(水)06時14分57秒
  怪鳥乙、如是相がイケてるww
http://6027.teacup.com/situation/bbs/55140
 

つると亀が滑ったw

 投稿者:ぶどう狩り  投稿日:2016年 9月 7日(水)05時45分34秒
  管理人さまの引き取りくださいw  投稿者:八尋みのる
投稿日:2016年 8月18日(木)19時41分48秒   通報
これ 事実上の退場勧告よ~
 

創価学会本部事務機能を全て福島県楢葉町へ!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 9月 7日(水)05時25分40秒
  20世紀の都会(平地)で広宣流布を目指す創価村の徘徊大患部さま方。配偶者を含む子供・孫まで引き連れて、楢葉町へどうぞ!公明党も押し勧める復興事業です。信濃町全域の23世紀占領政策よりも、はるかに格安に土地購入も可能です。
残留放射線量は、いい加減ですが、長寿を希望しない、太く短く贅沢で小狡い生活を趣向される皆さま方には、最適の場所!全村避難で創価学会の組織もありません。もう、酒池肉林、悪い事し放題でもわかりません。それが出来る可能性も有りませんがね~(-_-)

内弁慶な隷属職員と家族・親族しか住んで居ない地域。さぞ、楽しい極楽浄土だと思います。
是非、楢葉町に創価村王国を築いて下さいね!
 

おはようございます。

 投稿者:チョイとパンツ穿いてます@獅子一匹  投稿日:2016年 9月 7日(水)05時11分57秒
  今日も1日仕事をやりきって行きましょう。

何度でも
何年言っても
○○は馬鹿
 

21世紀の広布の山は登らずに、20世紀の都会(歓楽街)を徘徊する創価村の大患部たち

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 9月 7日(水)04時55分23秒
  大誓堂落成○○周年を目指して、とか『季間』などと何の意義付けも無い期間に組織を駆り立てて起動される愚行(-_-)

もう、山を登るのは辛いから、出来上がった組織の上を泳ぐように徘徊する。山よりは、平地!平地であれば都会!都会と言えば歓楽街!

常に楽な方へ、楽な方へと言う性向は、さすが、創価村大患部さま方の趣向ですね。面と向かって、対話は大嫌い!勤行・唱題は題目三唱だけ!御本尊に向かうと怖くなる(悪事が露見する?醜い自身が露わになる事が嫌)から、なるべく仏間には入らない!毎日、隷属職員・隷属会員をイビリ、恫喝するのが大好き!と、広布破壊の毎日が楽しいそうです(-_-)
 

ジョーカー様

 投稿者:大城  投稿日:2016年 9月 7日(水)01時52分5秒
編集済
  早速回答ありがとうございます
丁寧に説明していただきありがとうございます

以前のジョーカー様の投稿にありましたが、大聖人の仏法は行動の因果ではなく、一念の因果であると
「こなす信心」は行動の因果で、功徳を期待する信心
学会はもっと、1人1人の「一念の変革」を目指す信心指導をしていくべきだと思います

「学会を永遠に発展させて行こう」と決意する人材群が出てくる
そして、その人達が「異体」つまり、それぞれの立場、考えで行動していくことが大事だと思います

いつまでたっても「同体同心」のやり方を団結と思い、強いる
超前世代的思考
強制=「こなす信心」になってしまう
会員が「こなす信心」になっていようが、いまいが、知ったこっちゃない
数字さえだしてくれれば、ラッキーとばかりの財務で生活している最高幹部達

会員はせっかく時間、エネルギー、お金を使っているにもかかわらず、歓喜もなく、功徳も少ない

今、塾でも、殆どが個別指導の時代
1人1人に広布の為、人間革命の為、師匠に応えるため何をするべきか?
何に挑戦していくべきか?
個別に対応していくのが、21世紀の信心指導だと思います
その意味で1対1の対話を大事にした牧口先生、戸田先生、池田先生は先駆者

会員を一箇所に集め、幹部が一方的に打ち出し、幹部が目標を決め、皆にやらせる
こんなやり方しているのはもはや、学会だけ
こんなやり方で歓喜が出る訳がない

大白に掲載されている会社の社長の話
誰の話を読んでも、今時、そんなやり方している所はない

同時放送で、先生はたくさん会員の目を開いてくださった
しかし、原田執行部は旧態然としている
目を開いた人に応えることが全く出来ない
反対に目を開けば開くほど失望ばかり与えている
両目つぶり、「こなす信心」している人が一番素直な信仰者と言われる
こんなバカな話はない!

全く21世紀の山を登れていない!
何をやっているんだ!
21世紀という新しい山を登れ!
との叱咤に思いました

そして、この板の目覚めた弟子に、先生が送って下さったメッセージに思いました

2009.4.14
「共戦」の揮毫を披露してくださいました
以前、ジョーカー様はそれは分かる弟子には分かる先生からのメッセージであると投稿されていました

今回、「21世紀の山を登れ」
先生からのメッセージに思いました

そして、南条時光の話
師匠を守り、同志を守ったと

今まで様々なことがありました
常に執行部の考えと宿板は真逆でした
おそらく、閲覧者を含め、多くの人が考えるのは、
「先生はどう思われているのだろうか?」だと思います

師匠と弟子では境涯が違うので「測り難し」です
しかし、今回、初めて、先生からお墨付きを、エールを宿板に頂いたように思いました

ジョーカー様に質問し、回答をいただき、自分が何を言いたかったのか?
やっと明確になりました

そうです!
己心の先生が、初めて、大確信を持って「それでいいんだよ、それで行きなさい、頼むよ」と言ってくださいました

先生の精神を守り、同志を守り抜く
信行学の基本に挑戦する
腐敗堕落した幹部の高給生活を守る為に会員に無理なことを強いる人達から守る

この生き方を、そして、そんな生き方に挑戦している宿板の皆さんの奮闘を先生に認めて頂いたように思いました

9月号の大白の先生のご指導も、宿板で皆さんが主張していることとピッタリ符合します

ジョーカー様
ありがとうございます
おかげ様で「己心の先生の声」が明確になりました

晴れ晴れと「この道」を歩みます
皆さん、一緒に21世紀の広布の山を登りましょう

「止みね、善男子」=原田執行部
地湧の菩薩が湧き上がって来ているのを先生が喜んでくださっている
そんな風に感じました
そんな風に思いました

 

信じてないから「無い」という判断

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年 9月 7日(水)01時04分48秒
編集済
  「地獄界」や「無間地獄」があるのを信じてないからできることでしょうねぇ。
これって信心してないからこそそのように感じてしまうことになるのだけど。

信心してないなら、学会の最高幹部や公明党議員とかになっちゃいけないと思う。
みんなに迷惑をかけるだけになる。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

グリー側で記事にさせて頂きますね

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年 9月 7日(水)00時55分24秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/55726
本懐の完結   投稿者:ジョーカー   投稿日:2016年 9月 6日(火)22時21分47秒

ジョーカーさんのこのコメントを、僕の方でグリー側にて紹介させて頂きたく思います。
どうやらジョーカーさんの話が学会員さんには一番理解されやすいように感じるからです。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

反省せよ、腐れ組織主義

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月 7日(水)00時46分3秒
  子どもの頃から、学会内部の不祥事を、たくさん見てきました。

しかし、現在の創価学会ほど不正義が行われている時代はありません。

これは、悪がのさばるのを許す風潮があり、幹部の間違いを指摘すると、
「ナマイキ」と言って、排除。
立派なイジメの土壌が学会内にあるからです。

その証拠は、悩みを幹部にいうと、あっという間に知られている、という、
プライバシーなきウワサ大好きワイドショー幹部世界がどーんと存在する事実。

ここでは、自分が苦手な活動家をおとしいれようとする人間も出てくる。

何も知らない真面目な会員の悪口とウソが定説になり、組織に流布されていったりね。

そういうことをやっている幹部グループがあるのは本当で、チェックされず野放しです。
幹部のモラルハザード。
世も末です。


「信心で受けとめましょう」
「何か意味があるのでしょう」
「みんな人間革命の途上ですから」
私は、これを幹部の「煙幕レトリック」と呼んでおります。

ダメダメな幹部が、自分の都合に合わせて、いい人ぶって使うレトリックです。

こんなことを言ってゴマカし、人の悩みに向かい合わず、大聖人の御書も池田先生の御指導も
ひもとかない、そんな幹部は要注意です。


皆さん、今後、ダメダメなインチキ幹部をみたら、はっきり言いませんか。
「大聖人の御書の一節か、池田先生の御指導を聞かせてほしい!」と
 

カンピース 様

 投稿者:真っ赤なスカーフ  投稿日:2016年 9月 7日(水)00時28分44秒
  しかしよくわからないのは、もしそうだとして、彼らは今世のつまらぬ金や名誉のために、地獄界、もしくは無間地獄に落ちることをいとわないのでしょうか?  

そ~です、そのとおりで~す

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年 9月 7日(水)00時05分33秒
  八尋みのる様、

アメリカ創価大学を卒業しながら、犯罪行為(盗撮)に手を染め、あろうことか
外国人が珍しかったからと、臆面もない言い訳をされた全国創価班委員長サマの川○クンです。


真っ赤なスカーフ様

はじめまして、新たな御投稿、お待ちしております。

>教学の知識がある人たちが、本当にこんな恐ろしいことをしているものなのでしょうか?<

本当です。付け加えるならば、彼等(執行部の大幹部サマ)は教学力はありません。
教学力がないから、逆に会則改正やら御観念文改正などが平気でできるとも言えるでしょう。
どこがおかしいかは過去ログ参照されるとよろしいかと思いマス。
 

徒然返信

 投稿者:ジョーカー  投稿日:2016年 9月 7日(水)00時03分22秒
  簡潔ではありますが、返信させていただきます(今日はこれが限界)

・魂の炎様
「師弟不二を体現してみせる!」との決意が大事ですね。決意が因(祈り)となり、結果につながります。そして誰にでも自分にしかできない使命(役割)があります。それを成し遂げた人が幸せな人であり、所願満足の人生です。信心とは、幸せになるためではなく、使命を果たすためにある。そして、師弟不二の体現こそが無上道であり、最高峰です。

・ジャズダック様
何事も簡単に勝てる戦いはなく、強い一念なくして、成就できるものはありません。況や、最高峰である師弟不二を体現するとなると尚更です。それでも、最高峰の山がそこにあるならば、挑むのが人間です。理由はもちろん、そこに山があるからです。共々に勝利してまいりましょう。

・虹と創価家族様
わかりやすさこそが慈悲だと思っています。反対にわかりにくいのは無慈悲です。教義変更も安保法制も共通していることは、「よくわからない」です。会員の九割以上がよくわかっていないと思います。よくわからないことを正義とし、疑問を持つ人を置き去りにする。無慈悲さが顕著にあらわれている。罰即利益(気づき)ではありますが、総罰は断じて避けたいですね。

・同志の歌様
「やりきる」という一念ですね。使命を自覚したものは辛く、孤独なものです。戸田先生は落涙されました。75万世帯という途方もない目標を掲げられたのは、それは絶対にやらなければならない数字だったから。7万5千でもすごいことなのに、広宣流布を中心の一念になると、一見不可能な数字となる。仏法は本当に妙な世界です。
 

同志の歌様

 投稿者:案外おばちゃん  投稿日:2016年 9月 7日(水)00時01分26秒
  いつも 力強い投稿 に 勇気を頂いています。

お膝元の青年桜すら 切り倒す計画だったのですから  地方の桜など 気にもしていないでしょう・・・。  悔しいですね。

私達の闘争はまだまだ道半ばなのかもしれませんし、ある意味 生涯終わらないのかもしれません。   でも 私は 社会の底辺の苗字も持たぬ  大聖人に会ったことすらない熱原の農民信徒が 命を賭けて 戦い勝った歴史に 希望を見出しています。

まだまだ暑い日が続いていますので お身体ご自愛下さい。
共に  誇り高い一信徒として。
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2016年 9月 6日(火)23時58分13秒
  今晩
皆様、ありがとうございました
おやすみなさい
 

地方公明党の欺瞞レポート②

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月 6日(火)23時49分1秒
  地方公明党の欺瞞レポートの続きです。

ここからが本番です!

仏敵退治の本番です。


上が言うことを聞かないなら、下が言うことを聞かないしかない。

上が正義の糾弾を無視して不正義を押しつけるなら、下は受け付けず拒否するしかない。


なぜ、ひかりが、H市で起きたことをここで言わせていただいたかというと、

昨年、私の地域で、もっと理不尽な不正義により、地域広布をめちゃくちゃにされたからです。

愚かな愚かな幹部たちが大馬鹿議員と結果的に共謀し、手前勝手な、一方的な、やり方で、
要は、自分達の間違いを隠そうとして、一つの広布の理想的な進展、半世紀に及ぶ先達の
苦闘の歴史の結果を、踏みにじり、
踏みにじっただけでなく、踏みにじった痕跡をウヤムヤに、隠蔽しようとしました。

そのために、壮年部副本部長は、反逆者などと言われ、また、大ウソを何度も何度も流され、
それを、外部にまで、幹部が流しました。

しかし、ここが肝心なんです。

外部のほうがはるかに情報を持っていて、学会幹部がおかしいことが巷間長きにわたって言われました。今も言われ続けています。
知らないのは、幹部だけ。

幹部達と、大馬鹿議員たちの狂奔によって、地域全域に、公明党と創価学会は悪い評判がたち、どれほど、内部活動家が恥をかき苦境に立たされたことか、
ここに訴えたいと思います。

首謀者の中でも、八島功男県会議員と、坂上FK夫妻は、最も悪い。

単なる嫉妬と、エラソー病による蒙昧で、会員よりも、保身を選んだ。

県幹部の石沢、越智、豊泉、その他大勢いるが、正義のカケラもない、トンデモな輩ですよ。
上の幹部のいいなりロボットで、まったく狂っている。

彼等には、何も反省がなく、謝罪がありません。
このまま隠蔽などさせるわけにはいきません。
ここにはっきり残します。

腐れ組織主義の保身第一の、大馬鹿幹部たちよ、
さあ、みんなの前で土下座して謝れ!


悔しさと涙で消沈気味の、地域の皆さん、この大嘘つきたちのの末路を笑ってやりましょう。





 

ジョーカー様

 投稿者:案外おばちゃん  投稿日:2016年 9月 6日(火)23時46分58秒
  ありがとうございます。

「創価学会の永遠性の確立というのは、二度と54年を繰り返さないこと、即ち、54年体質を打ち破ることに他ならない。」

池田先生の出世の本懐 と 私の使命。
一層深まりました。
そのために 自分は今 何をすべきか?
祈り、思索し、動いていく一日一日にしていきます。


県長会での原田会長の指導。
「学会を守ることが妙法を守ることだ。学会を永遠ならしめることこそ、慈折広布を永遠ならしめることなのである。学会の永遠性を確立するのは、まさに今この時だ。これが私の総仕上げの闘争である」
 先生が示してくださったこの指導を生命に刻み、学会の永遠性を確立する今この時の重要さを日々の強き祈りの中で確認しながら、師弟共戦を貫きたい。


きっと  全幹部がこれから この「学会の永遠性」を  口にするでしょう・・。
言葉は同じでも  中身は・・・・。
 

己心の先生

 投稿者:ジョーカー  投稿日:2016年 9月 6日(火)23時32分47秒
  大城様
>メッセージの上の見出しに
「21世紀の広宣流布の山を登れ!」とあります

何故、今、この言葉なのか?<

:::::

大城様が言わんとされていることは、今の学会(執行部)は、54年に逆行しているのではないかという疑念でしょう。逆行というよりも、もともと本部並びに執行部は、54年体質から脱却できていないのではないでしょうか。その証拠として、いまだに54年はベールに包まれ、総括されていない。

54年を総括し、断罪することは、池田先生も、後世の戒めのためにやらなければならないことは、十分承知のことでしょう。しかし、やりたくてもできるだけの段階にないのが実情。つまり、師匠に気を使わせ、遠慮させてしまっている。

本部並びに執行部が、54年体質を脱却したいのであれば、弟子(当事者)自らが、先生に断罪することを願い出ること。所謂、「けじめ」をつけるくらいのことはやってもらいたいものである。先生は実名公表までされようとされたが、踏みとどまらせてしまったのは、弟子の責任です。これからの2年で、54年特集を組み、本当の事実を余すところなく公表する。それが、弟子(例えば前会長)の発願によってなされれば、流れは一気に変わりますが、さすがにそんなにカッコいいことは期待できない。それが出来る弟子であれば、そもそも54年問題は発生していない。

保身を根本とした54年体質では、自らを断罪することは、ハードルが高い。だけどあえてそこに踏み出すのを見てみたい。偏に広宣流布のために、腹を括ってほしいものである。過去の過ちを認め、二度と繰り返さないために公表し、断罪される。賢明な会員なら、絶対にわかってくれる。それがどれだけ勇気があり、素晴らしいことかを。

今の学会(全体ではない)は、54年体質に染まらない人間は排除される流れになってきているように思います。54年体質とは、組織の方針に合わせることのできない人間はいらないという、無慈悲の精神です。それ(方針)が正しかろうと正しくなかろうと関係がない。権力・権限を有する人間には甘く、そうでない人間には厳しい。本来は逆で然るべしであり、権力・権限のある人間には厳しくなければならない。

大城様の己心の先生は、「しっかり21世紀にふさわしい会にしていきなさい」と言われている。本当の先生がどう思われているかは誰にもわからない。しかし、己心の先生との対話の中に師弟不二も存在する。己心の先生が、笑っているか、怒っているか。己心の先生が感嘆するまで戦い抜くことが、21世紀の広布の山を登ることになる。どうかいつまでも、己心の先生の声を大事にしていってください。
 

警察にご厄介とは?これ?w

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年 9月 6日(火)23時30分28秒
  >本日の政教珍聞で~す  投稿者:カンピース <
投稿日:2016年 9月 6日(火)08時09分41秒   通報

>北海道・中国方面の創価班・牙城会大学校大会おめでとうございます。ところで、あの警察にごやっかいになられた全国創価班幹部サマのかわ○クン。参加されましたか?<

http://6027.teacup.com/situation/bbs/33985
お名前は川○君が正解!
 

はじめまして

 投稿者:真っ赤なスカーフ  投稿日:2016年 9月 6日(火)23時18分23秒
  はじめまして。こういうところに、投稿するのははじめてなので、なにか不都合があればお許しください。さて、私は現在五十代の学会二世にあたる立場のものです。ここの掲示板を見て、もしここに書かれていることが、すべて本当であるとすれば、それは、すえ恐ろしいことだと思うのですが、本当なのでしょうか。私はそれが本当かどうかを検証できる立場にありませんが、仮にそれらが本当であるならば、ここに出てくる、人たち(内容が本当であるならば、幹部でありながら悪いことをしている人たちとなりますが)は、書くのもはばかられる罰を受ける人たちということになりますが、教学の知識のある人たちが、本当にこんな恐ろしいことをしているものなのでしょうか?  

 投稿者:同志の歌  投稿日:2016年 9月 6日(火)22時51分41秒
編集済
  桜で思い出します。

大石寺の桜を日顕が伐り倒したのは、皆さんもご存知と思います。

以前にも書きましたが、また、その同じ、富士宮に万野原会館(創価学会の会館)にも、先生が沢山の桜を植えてくださりました、富士宮では外部の方々もよく見に来るほど地元では、
かなり有名な桜の名所でしたが、その桜も伐りたおされ、会館も、潰され、いまでは、ホームセンターになっています。

先生の大好きな桜を弟子が伐り倒しました、悔しくも情けない歴史をまた、富士宮では、起こしてしまいました。

いくら、先生にお詫びをしても、お詫びしきれません。
このような、過ちを二度と、繰り返さぬように悪い物は、悪いと叫ばなくては、先生を裏切る輩の思うつぼです。
絶対に許す訳にはいきません、必ず倒します。

案外おばちゃん様・信濃町の人びと様ありがとうございました。
悪と戦う更なる決意ができました、最大の怒りの一念で、天魔原田と原田率いる四人組を叩き潰す為の知恵をご本尊より戴き、先生に少しでも、恩返しできるように戦いきります。
 

同盟題目23時開始、よろしくお願い致します。

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 9月 6日(火)22時51分27秒
  池田先生のご健康を祈ります。

また、台風が来ます。油断大敵です。しかし、どうなっているのでしょうか?と思うのは私だけでしょうか。
 

本懐の完結

 投稿者:ジョーカー  投稿日:2016年 9月 6日(火)22時21分47秒
  案外おばちゃん様
>池田先生の出世の本懐は何だとお考えですか?<

:::::

師弟の宝冠VOL.6より
「私が会長を辞任した時も、絶頂期にあった学会の発展を妬む、卑劣な反逆者がいた。悪の末路は厳しい。悪を見て見ぬふりをして、戦わない人間は永遠に悔いを残す。悪に誑かされ、慈悲も師弟の精神もなくなれば、もはや仏法の世界ではない。二度とそうなってはならない。未来のために、これだけは言い残しておきたい。」

出世の本懐とは、現代的に分かり易く言うと、「使命」であり、もっと近い表現ならば、「天命」といったところでしょう。師である戸田先生の構想を実現することが、池田先生の使命であることは論を待たない。全世界100ヵ国以上に妙法を弘め、1000万人以上の会員数の大創価学会を創った。創価学園、大学、政党や民音の設立、世界の多くの指導者との対談等、枚挙に暇はない。出世の本懐はすでに果たされているといっても過言ではありません。

その上で、これだけは言い残しておきたいと言われているのが、上記の指導です。戸田先生の75万世帯の成就は、師弟不二の弟子である池田先生がいたからこそ達成された。つまり、出世の本懐とは、師と弟子が一体であってこそ成就するもの。師の本懐とは、弟子によって完結すると言えます。戸田先生には池田先生がいた。では、池田先生には誰がいるのか。ここです。

池田先生には、54年の裏切りの弟子しかいない(54年を総括することもできない段階)。師弟不二どころか、師を軽んじ、足蹴にした面々。弟子が師を護ったのではなく、師が弟子を護り、ここまで盛り返すことができた。弟子の戦いではなく、師の戦いによって何とかなってきた創価学会であることを忘れてはならない。本門の池田門下の真価が問われるのは、権力の魔性が牙をむいた時であり、順調な時ではない。

54年という、大きな過ちを繰り返すことは絶対に許されない。もしも、逆行したら、それこそ不知恩の輩であり、先生の本懐そのものが破壊されてしまう。戸田先生の本懐は池田先生によって完結した。池田先生の本懐もまた、本門の池田門下によって完結する。逆に弟子が破壊することもできてしまう。このことを御書には、「よき弟子をもつときんば師弟・仏果にいたり・あしき弟子をたくはひぬれば師弟・地獄にをつといへり」(P900)とあるように、師と弟子は一体なのです。

池田先生は勝利しました。弟子である池田門下も勝利してこそ、師弟不二の出世の本懐の成就です。そして、師の時代から弟子の時代にバトンタッチされており、本懐を成就するも破壊するも、弟子の手に委ねられています。それはとてつもないことなのです。創価学会の永遠性の確立というのは、二度と54年を繰り返さないこと、即ち、54年体質を打ち破ることに他ならない。

先生の、「二度とそうなってはならない」という叫びはあまりにも重い。遺言中の遺言です。本門の池田門下を名乗るのであれば、ここを見逃してはならない。54年を乗り越えるのは弟子の戦いです。学会は順調に勝利を収めていますが、根底には、54年体質が根付いていることを忘れてはならない。54年を二度と繰り返さないことが、師を護り、学会を守ること。54年体質にのまれてしまったら、それはまさに裏切り(ゼロをかければゼロ)である。
 

創価学会池田会長・日本共産党宮本委員長 対談資料①

 投稿者:あやちゃん  投稿日:2016年 9月 6日(火)22時02分48秒
  聖教新聞  昭和50年(1975年)7月17日(木)10面 掲載


政治路線は変わらず
        公明、対共産姿勢で見解
…………………………………………………

   公明党は16日午前、東京・南元町の党本部で緊急中央執行委員会を開き、毎日新聞の連載企画で行った池田会長と日本共産党の宮本委員長との〝人生対談〟に関する見解をまとめた。これは同対談をめぐって、創価学会と共産党および公明党について種々の報道がなされ、その中にいろいろな憶測や誤った認識もあることからまとめたもので、同日午後二時から、院内で竹入委員長が次のように明らかにした。
    一、わが党は現行憲法の優れた三原理(平和・人権・民主)を共産党が将来ともに堅持するか否かの論点について、疑惑を払拭するに至っていない。したがって、わが党は共産党に対し、政権共闘の対象として考えられないとの従来から決定された路線は変わらない。
    一、科学的社会主義に対して、宗教的立場からの対応と、政党次元での対応とがすべてにおいて一致するとは限らない。特に宗教者の場合、共産主義というイデオロギーのなかに宗教存立か否かという問題があるだけに、宗教と共産主義との共存という問題は、原理的にマルクス・レーニン主義が人間主義であるべきだ、との期待があると思われる。
    共産党に関する会長の発言は、諸勢力が平和と幸福を理想と掲げながらも、無用の抗争に明け暮れる傾向を憂い、宗教者の立場から見解を述べたもので、公明党の政治路線の展望を語ったものではない。
    会長もその点については、十分理解して憲法論争の意義を肯定している。
    一、池田会長が人類の平和と幸福のために、宗教者としての次元で平和の根本たる人間の信頼関係を築こうとしているその精力的な行動に敬意を表する。
   今回の会長発言はそのような立場での配慮があっての発言と理解し機会があれば、詳しく懇談し、相互の理解をより一層深いものにしたいと考えていた。昨日(15日)、その機会があったので話し合い、会長もお互いにその真意を十分に理解することができた。会長も、党に対し、全面的に一層の支援を約した。
    以上申し上げた見解は党員、学会員はもとより、広く国民に理解してもらえると確信している。公明党は政教分離の貫徹、開かれた国民政党の路線を堅持し国民の期待にそって、より一層の戦いをしなければならないと決意を新たにしている。
 

出世の本懐

 投稿者:劔/より誠話  投稿日:2016年 9月 6日(火)22時01分43秒
  先生の出世の本懐を語ることは言語道断かもしれませんが、お許しいただけるなら
一閻浮提広宣流布。192カ国に広布達成。
あとは…………。
?
先生70歳時の随筆に。
「 ここに、六十歳以降の、わが人生の歩みと推測を記せば、たとえば、次の如くなる哉。
 七十歳まで……新しき人間主義の哲理を確立
 八十歳まで……世界広布の基盤完成なる哉
 このあとは、妙法に説く不老不死のままに、永遠に広宣流布の指揮をとることを決意する。」
?
 

出世の本懐

 投稿者:魂の炎  投稿日:2016年 9月 6日(火)21時15分30秒
  信濃町の人びと 様
池田先生と学園生のエピソード、ありがとうございます。

出世の本懐=生まれてきた理由、今世で成し遂げなくちゃならないこと、使命、だと思います。
 

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