私はよくアイヌ関係のイベントや番組への感想が無いか、「アイヌ」で検索して見たりしてた。ある人々の間ではアイヌとは単なるキャラの属性でしかないようだけれど、私にとっては自分達の民族名なわけで、時にはすごく重い言葉にもなる。言っても分からないだろうけど。
— ひとみデラックス★9月18日千歳でウポポ (@syotakota) 2016年9月7日
Twitterでアイヌと検索するといちばんヒットするのはキングオブファフィターズの美少女キャラ、アイヌ民族風の衣装で戦うナコルルの話題だ。ナコルル…!1993年にSAMURAI SPIRITSでデビューした、あのナコルルがいまだゲーム業界で現役だったとは…!
真っ赤なリボンに刀をひらめかせ、鷹を従えるナコルルはエキゾチックで凛としており、かつてはストリートファイターの春麗と並んでコスプレ人気のあるゲームキャラクターだった。探してみたらamazonでコスプレ用の衣装が何パターンも出てきた。 いまも着る人がいるんだな。wikipediaでもナコルルの項目はめちゃくちゃ詳しくて、その愛されぶりがうかがえる。
ナコルルは強い。平素ナコルルの周辺をばさばさ飛び回っている鷹も強い。2ここぞというときにこの鷹をぶつけられてやられる人が21世紀になっても後を絶たない。その非常識な強さを「アイヌでは常識」と返すことが一種の様式美になっている。これに対して「アイヌ殺す」とTweetした人がいた。ん?これはどうなの?
「アイヌ殺す」はヘイトスピーチか
いうまでもなくTwitterはアイヌも利用している。それで当該Tweetに「見ず知らずの人が『ジャップ殺す』と書いていたら怖いだろう」と諭した人がいた。しかし発信者は「これはゲーム内の話だ」と取り合わなかった。*1
こういう開き直りは許せないな。各自通報よろしくお願いします → @empe0317 pic.twitter.com/sfOqt0CDhp
— 忽然朔風 (@kotnei) 2016年9月6日
ここから一部のKOFゲーマーの「言葉狩りゆるすまじ」とヒューマニストの「ヘイトスピーチやめろ」論争がはじまった。
アイヌ殺す発言擁護派の意見を要約すると、「自分たちはナコルルに苦戦しているだけで現実のアイヌに殺意はない、拡大解釈してフィクションと現実をごっちゃにするな」ということだ。
KOF14でナコルルが強過ぎて身内で「アイヌ殺す」って発言したら、検索から飛んできた奴にヘイトスピーチ扱いされて軽く燃えてるの笑った。
— 調整豆乳 (@10new3) 2016年9月6日
検索から飛んでるのに「見知らぬ人にアイヌ殺すって言われたら文脈読まずに字面通り受け取るだろ!」とか言ってる外野も居て笑う。
鷹飛ばすぞ
これに対して反対派は「前後の文脈がどうであろうと『民族名+殺す』とTweetすることは紛れもないヘイトスピーチであり、被差別者である少数民族にとっては現実の脅威だ」と主張している。
今年の6月にヘイトスピーチ解消法というのが施行されたから「お前らの界隈の内輪の話」ではなく国民の責務。少数民族を対象とする「公然とその生命、身体、自由、名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知」は禁止行為。 https://t.co/VylOitKv0D
— 忽然朔風 (@kotnei) 2016年9月6日
twitterやfacebookはデータを収集して情報を売る会社で、個人向け情報収集ツールとして検索機能を充実させてる。フィクションでも、アイヌは実在の属性であり当事者や身内に対する現実の侮辱、その様を笑うとは論外。ナコルルって何。 https://t.co/xi6Bpq6i0d
— onerly (@knowsitornot) 2016年9月7日
「フィクションを現実とごっちゃにするな、表現の自由を侵害するな」「現実に存在する対象をフィクションの中で蹂躙することは差別構造の強化であり助長だ」こういうやりとり、表現規制論争で見たわ。
ヘイトスピーチはどのように現実の脅威となるのか
wikipediaの日本のヘイトスピーチ には以下の解説がある。注目したいところを太字にした。
国際人権 NGO ヒューマンライツ・ナウが在日韓国人16人を対象に聞き取り調査をした「在日コリアンに対する ヘイト・スピーチ被害実態調査報告書」によると、不特定多数に向けられた発信であっても、みな一様に、自分個人に向けられていると感じて被害感情を生じるという報告がみられる。とくに、ヘイト街宣により、苛烈な恐怖を感じたり[注 3]、存在が否定されと感じて自尊心が損壊されたり[注 4]等の共通認識を持っていたという。人によっては、ヘイト的な言動を日常生活で耳にする度に何らかの苦しさを感じるようになったとか、うつ状態となり精神科に受診しカウンセリングを受けるようになった等の事例もあった[9]。
ヘイトスピーチの脅威は「ムッとした、不愉快だ」という程度では済まない。しかしへイトスピーチを受けた人の大半はその苦痛を直接訴えることはしない。マジョリティ、強者側の無邪気なお祭り騒ぎや、当事者にとって屈辱的でも部外者にとっては習慣に過ぎないことをあえて指摘すると、めちゃくちゃに叩かれるからだ。
かつてわたしは女性を蹂躙するポルノは現実の女性に対する脅威だというエントリーを書いたことがある。
ここで受けた罵詈雑言はすさまじかった。格差や差別を無視するときにやりがちな言動 がすべて出揃い、その後も続いた。投稿直後に受けた誹謗中傷だけを拾ってざっと文字数を数えたら新書一冊分くらいになっていたし、このエントリー以降、かれこれ6年、嫌がらせのようなコメントをブックマークやTwitterで繰り返す人もいる。最近では夫のがんをそこに絡めてくる人も少なくない。
くたびれはてこ氏の旦那が癌で闘病中、と聞いて元気になる人々が出てくる程度にはカルマ値が貯まっていることを理解した。
— 二次元美少女アイコン (@internus_open) 2016年5月2日
「アイヌ殺す」発言の問題点を指摘した@kotneiさんに対して湧き上がる罵詈雑言はあのときの騒ぎを彷彿とさせるものだった。
インターネットで罵詈雑言を受ける。これは現実の脅威のほんの一端に過ぎない。白昼堂々人権を侵害するデモをおこされ、著名人や権威者からマスメディアによって攻撃されえる人々が、少数民族であること、被差別属性をもっていることを明かすことさえ控えようとするのは当然だ。
部外者は黙れ、当事者は堂々と姿を見せろというのは当事者意識の欠如としか言いようがない。
被差別属性を持つ人に公の場でのアウティングを求めるのは差別の苛烈さを知らない部外者の発想だし、フェミニズムを支持する男性やLGBT を支持する異性愛者もいる。マイノリティ、弱者側だけで戦う必要はない。 https://t.co/pK5n8rMEPK
— くたびれはてこ (@kutabirehateko) 2016年9月6日
虚構と現実の区別がつかないのは誰か
「ゲームと現実の区別はついている、現実のアイヌに敵意はない」という主張ははたして本当だろうか。わたしはアイヌに関して完全に部外者だけれど、もしも当事者だったらこのような攻撃にどれほど傷ついたかわからない。
ねっ、人が真面目にやっててもこうですよ。これを侮辱とか侮蔑と言うかたちでの差別の一形態でなくてなんと言うか?って話ですよ。 pic.twitter.com/AvoIakQMCp
— S.Shiiku (@shinshukeshiiku) 2016年9月6日
KOFゲーマーのアイヌはゲーム仲間の暴走をどう見るだろう。これだけの誹謗中傷を目の当たりにして出自をあきらかにし、和気藹々でやってきた仲間にヘイトスピーチをやめてくれと主張できるだろうか。
異論を唱えられないのは当事者だけではない。人は仲間内の見解に逆らうことをとても苦しく思う。逆らった瞬間、輪から外され攻撃の対象にされるからだ。どんなにめちゃくちゃな意見でも尻馬に乗って自分の立場をあきらかにしておいた方が安心だ。こうした自浄作用のないグループは蛸壺状態に陥る。蛸壺にはヘイトクライムに脅える当事者も、良心の呵責にさいなまれる部外者もいる。それは外から見えにくい。
金明秀は「差別の被害は二重に見えづらい。第一に多くは被害を受けても訴えることを諦めざるを得ないため、声を上げられない。次にヘイトスピーチの効力が多数者と少数者とでは違っているため、被害の深刻さが多数者たる日本人には見えにくくなっている」としている[64]。
「安心してください」という前に
アイヌ殺す発言に「彼らにとってアイヌは現実の存在じゃないんだな」とショックを受けるアイヌの方に、おそらく親切心から「『殺す』は本気ではない、軽い言葉を深刻に受け止めないで安心してください」と呼びかけている人がいた。それが通用するのは蛸壺のなかだけで、蛸壺の中にもその言葉の脅威に苦痛を覚えている人がいることを理解してほしいと切実に思う。守られるべきは俺らの楽しい時間でもナコルルでもなく、血肉を持った現実の人間が脅えずに暮らせる世界だ。ナコルルにはまることはアイヌの尊厳を認めることではない。
ナコルルがアイヌであるという根拠はあります?ゲームで、ゲームで、ゲームで、作られただけです。分かりやすいでしょ? https://t.co/JyeSVFNyVx
— 亜_皐 (@K94_5010) 2016年9月6日