英国が国民投票で欧州連合(EU)離脱を決めた当初の衝撃から、企業や消費者は再び落ち着きを取り戻し始めたようだ。国民投票の結果、経済活動指標は世界金融危機以降で最低の水準に落ち込んだ。
新政権が発足し、新たな金融刺激策が実施されたことで、製造とサービス部門は共に活気を取り戻した。小売り販売や住宅価格は持ちこたえている。ポンド安がインフレをあおり、家計をむしばむ懸念はあるものの、英国のEU離脱により引き起こされると多くの人が懸念した景気後退は免れそうだ。
こうした回復力は大きな安心感を与えるものだが、長期的な経済の健全性を示唆するものではとうていない。英国がEU外で繁栄できるかどうかは主に、企業が事業環境を安定しているとみなし、投資で利益が得られると確信できるかどうかにかかっている。日本政府は、英国で事業を営む日本企業の懸念を詳細に示して強い警告を発したが、こうした安心感を与えることがメイ政権にとっていかに難しいかを示している。
日本政府が英国とEUに最も強調した点は、不確実性を和らげることだ。日本企業が恐れているのは、水面下での交渉が果てしなく続き、最後の最後に嫌な不意打ちを食らうことだ。日本が要望するのは、離脱までのプロセスと時間軸の明確化だ。この要求は非常に理解できるが、EUがこれまで土壇場の裏折衝をしてきたことを考えると、そう簡単にはいかないだろう。
だが、日本の要望書には、企業が英国のEU離脱に関して抱く懸念や、投資への信頼を与えるために閣僚らが回答すべき質問が明確かつ厳密に示されている。
貿易で商品に課される関税が優先事項に掲げられているのには驚かない。サプライチェーンがEU全土にまたがり、輸入する部品と原材料の両方、さらには輸出する完成品に関税がかけられる可能性のある製造業が特に懸念していることだ。
だが、これは懸念リストの第1項目にすぎない。製造企業は、今後は自社製品がEUの原産地規則の条件を満たさなくなるのではないか、関税手続きがより複雑になるのではないか、EUとその他諸国との自由貿易協定から締め出されるのではないかと懸念している。サービス企業は英国で受けた認可がEUでも有効であり続けるのか心配している。IT(情報技術)企業は、英国が独自のデータ保護ルールを適用した場合、国境をまたぐデータ送信が困難にならないか危惧している。銀行は金融サービスの「パスポート制」や規制制度が徐々に変わっていく点を懸念している。
あらゆる雇用主が、目前に迫る移民管理やそれが採用や既存の従業員に与える影響について、高いスキルを持つ専門職や建設作業員などに関係なく懸念している。
これがメイ氏がEU政府と取り組もうとしている間近に迫った課題だ。同氏は、一部の離脱派が提唱するポイントに基づいた移民制度の導入を除外して、EUとの交渉内容を練り始めている。だが、同氏が望むのは「より穏やかな」アプローチなのか、あるいは、単一市場へのアクセス維持との両立をさらに求めるものであるのかは全く分からない。
雇用主はかつてないほど先行き不透明な時期にあり、真のニーズをメイ氏が把握することが望まれる。英国とEUに対する日本からの「要求」は要するに、できるだけ全面的な(単一)市場アクセスの維持を求める内容だが、それは願い事リストに書く程度と大差ないかもしれない。それでも、日本が提起した問題は、外国の投資家と同じくらい英国企業にとっても喫緊の課題であり、解決する必要がある。日本の覚書のおかげで、この先に待ちうける課題の大きさと複雑さが明確になった。
(2016年9月6日付 英フィンシャル・タイムズ紙)
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