1−1.やおいという言葉
やおいとは、一体、何でしょうか?
やおいは、「男性キャラクター同士の恋愛」を描いたマンガや小説、ゲーム、アニメなどの作品を指す言葉であり、また、そこで描かれている恋愛関係そのものを指す言葉でもあります。
やおいという言葉は、1979年に生まれ、1980年代前半、爆発的に増加したアニメパロディ系の同人誌によって広められました。この時期には多種多様な「やおい同人誌」が大量に発行され、やおいという言葉の解釈もまた様々でした。たいていの場合、やおいという言葉は、「男性キャラクター同士のエロチックなラブシーン」そのものを指していましたが、「男性キャラクター同士の淡い恋愛感情」や「まるで恋愛のような友情」などをやおいと称することもありました。
はじめてやおいという言葉を使ったのは、1979年12月20日発行の同人誌「らっぽり やおい特集号」です。
「らっぽり」は波津彬子(注1)責任編集の同人誌で、坂田靖子(注2)が中心となって創刊した同人誌「ラヴリ」と姉妹誌的な関係にあり、「やおい特集号」「CM特集号」「兄弟仁義」の計3冊が発行されました。
「波津彬子・坂田靖子 対談インタビュー」(注3)より、波津彬子がやおいの語源について語った部分を引用します。
「もともとは私がつくった言葉じゃなくて、「ラヴリ」の会員さんの漫画のタイトルだったんです。「夜追い」という、意味がよくわからない漫画だったんですけど(笑)、独特の色気というか、「何だろう、これは」という感じがある作品でした。しかも本人は真面目につけたタイトルだったのに、後から自分で「ヤマもオチも意味もないわー」なんて、タイトルにあてはめて言っていたので、まず「ラヴリ」の仲間内で、本当に「ヤマもオチも意味もない」という意味で流行ったんです。でも、その「夜追い」という作品について、心に残るこれは何?という気持があったので、面白がって追及して、定義付けしてみましょうっていって『やおい特集号』を作ったんです。最初はベッドシーンて意味じゃなかったんですけど、発展しましたねぇ」
やおいという呼称が定着する以前、「男性キャラクター同士の恋愛」を描いたものは「アニパロ」(アニメパロディの略称)、「ホモアニパロ」(注4)「少年愛もの」または、1978年に創刊された雑誌のタイトルをとって「JUNEもの」と呼ばれていました。
JUNEは、当時「少年愛」と呼ばれていた「男性キャラクター同士の恋愛」をメインに据えた最初の雑誌で、1978年に劇画ジャンプ増刊コミックJUNとして創刊され、翌1979年にJUNEへと改題、休刊復刊を経て、2003年に25周年を迎えています。
「JUNEもの」という呼称は、現在も使われています。コミックマーケットは、オリジナル系のやおい全般を「JUNE」と分類していますが、JUNE誌に掲載された作品の傾向から、「シリアスで耽美なオリジナル系のやおい」を指すことが多いようです。「耽美」も、「JUNEもの」とほぼ同じニュアンスで使われています。
これに対して、雑誌BE×BOY掲載作品に代表される「ボーイズラブ」という呼称は、「ハッピーエンドが基本のラブコメ調オリジナル系のやおい」という意味で使われる傾向があります。
やおいは、もともとは「男性キャラクター同士の恋愛」を好む人たちの間で、パロディ作品や、その中で描かれたラブシーンそのものを指すときに限って使われる言葉でした。が、「JUNEもの」「耽美」「ボーイズラブ」などのオリジナル作品を含めた呼び名が他になかったこともあり、現在では、これらすべての総称として使われることが多くなっています。
この「やおい論」では、ラブシーンの有無、パロディ、オリジナルに関わらず、「男性キャラクター同士の恋愛」を描いたものすべてを「やおい」として論じます。
注1 波津淋子は金沢在住の漫画家。1981年「波の挽歌」でデビュー。
注2 坂田靖子は金沢在住の漫画家。1975年「再婚狂騒曲」でデビュー。
注3 ティアズマガジン58 特集「兄弟仁義」とその時代 2001
注4 「同人誌&コミケ ヒストリー座談会」『JUNE 19993年11月号』 ただし、本書の引用は『JUNE Chronicle』2001 より。
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