鉄道はなんのためにあると思うか
自然災害の報道というのは、とかく、死者何名、行方不明何名、人々の生活は…という方向に走りがちなんですけど、それをけしからんというつもりもないんですけど、今回の台風被害で最大の影響が出そうなのは物流網の寸断である、そしてそれは大変なことになるに違いない、ということは、北海道で暮らしている人々は、かなり早くから、気づいてました。全国ニュースでそうした懸念が出てこないのは(ようやく少し出てきたのかな?)、やっぱり、こっちに住んでいる人とそうでない人との温度差、なのでしょう。
それは仕方のないことなので、そういうことは北海道に暮らしていて気づいている人が発信しなきゃいけないのだと思って、このブログを書いてます。
今朝(2016年9月2日)の北海道新聞の第一面。
見出しは「コンテナ滞留2559個 JR貨物」。記事本文には《同社は「道内各地で鉄路が寸断され、これほど大規模に滞留するのはJR発足以来初めてではないか」という》と、あります。
JR北海道プレスリリース「一連の台風による被害状況について(平成28年9月2日)」には、台風による被害状況(9月2日12時現在)の地図が掲載されており、全道各地で大きな被害が発生していることがわかります。
この時点では、函館本線、石北本線、根室本線が寸断されていましたが、このうち、函館本線は、明日の午後には運転が再開されるようです、が、石北本線と根室本線は、少なくとも1ヶ月以上は不通が続くだろうと伝えられています(根室本線なんて鉄橋が流れちゃったんだもんね)。
JR北海道にとっては、史上最大の被害です。冬の暴風雪で全道的に交通が麻痺することはあれど、あるいは、ある特定の場所で大規模な被災が生じたことはあっても(たとえば日高本線は長期にわたって運休が続いています)、今回のように、複数の場所で、しかも幹線で、復旧まで1ヶ月超といったレベルの被災が発生したことは、1987年の会社発足以来、初めてのことでしょう。
とはいうものの、正直いえば、人の移動は、たぶん、どうにか、なります。道路は(寸断されている箇所もあるとはいえ)そこそこつながっているから、高速バスは運転されているし(JR分を代替できるだけの輸送能力はないでしょうけど)、飛行機もある。バスや飛行機が満席なら、いざとなれば、自分で車を運転すればいい。
でも、モノは、そうはいきません。
JR貨物プレスリリース「台風による北海道地区発着貨物列車への影響について(平成28年9月1日13:00現在)」には、こんな図が付いています。
DF200という牽引能力の高い機関車が引っ張っている貨物列車の代わりを、トラックでやろうと思ったら、大変なことになります。ただでさえ、陸運業界は、ドライバー不足が慢性化している業界です。しかも、道内移動は、数百キロの距離です。それだけのトラックを長期にわたって確保し続けることは、現実的とは思えません。
故・宮脇俊三さんの名著『時刻表2万キロ』の一節を思い出します。
《私の小学校時代、地理の時間に先生が、「鉄道はなんのためにあると思うか」と質問したことがあった。手があがり、当てられた生徒が、「人を乗せるためです」と答えた。「ちがう」と先生が言った。もう手はあがらなかった。「鉄道は貨物を運ぶためのものだ。人間なんかついでに乗せてもらっているのだよ」という意味のことを先生は説明した。私たちは子供心に情ない思いがして、しゅんとなった。(中略)たしかに日本の鉄道史は貨物輸送史であったと言ってよいかもしれない。岩倉具視を創立者とする民鉄の日本鉄道が上野−青森間を全通させたのは明治二四年であるが、これによって今後は東北に飢饉があっても餓死者は出るまいと安堵したという。》
(『時刻表2万キロ』第2章 鶴見線)
北海道を日本の食糧基地として位置づけるのであれば、農産物を輸送するための鉄道は、国全体にとっても、非常に重要なインフラであるはずです。JR北海道の路線の存廃が議論されるとき、話題になるのはもっぱら乗客の数なのですが、少なくとも幹線に関しては、貨物輸送も、重要な使命の一つです。たまたま、今回、こういう不幸な事態に直面してしまったことで、このまま廃止になるんじゃないかという懸念が生じる一方で、むしろ、鉄道ネットワークの重要性も、クローズアップされてきているように感じます。
国全体にとって重要、必要なインフラであるならば、その維持や整備には、国のお金が入ってもいいんじゃないか。国道を整備するがごとく、北海道だけは、国が管理する形でもいいんじゃないか。いや、それは不公平だ、という意見もあるでしょうけど、もともと国鉄の分割民営時に、いわゆる三島会社は本業ではやっていけないことがわかっていた(だから運用益で収支を合わせようとしていた)会社であり、いや、でも九州はやってるじゃないかって言われるかもしれませんけど、北海道には厳しい冬があって、そのうえに拓銀破綻に伴う北海道経済の疲弊という問題も起きてしまった。
ここで再国有化のようなことをやるとなると(それがベストかどうかは現在のぼくにはまだなんとも言えません<と念のため書き添えておきます)、最大の障害になるのは、30年前の国鉄改革の間違いを認めることになる、ってことのような気もするんですが(いわゆる官僚の無謬性ですね)、そこを乗り越えるのが、政治の力です。そして、政治を動かすのは、ぼくらの力、だと思うのです。
感傷的に、ファン目線で、鉄道は残すべきだ!と主張することは、避けなければなりません。まずは、多くの人にとって必要な存在であるかどうか、です。必要ないというのであれば、やめるしかないです。でも、必要だと思う人が多いのであれば(今回の道東寸断であらためてそう思った人は意外に多いんじゃなかろうかと想像)、残す方策を考えて、実行していかなきゃいけない。
貨物輸送のために必要だから残してくれ、だから資金を出してくれ、では、ダメだと思います。助けてください、資金を出してください、でもわれわれも(この場合のわれわれはJR北海道に限らず広く一般市民を含めた地域全体)運賃収入が増えるようにこんなことをします、あるいは、低コストで運行できるようにこんなことを協力します、といった具体的な提案がなければ、ただ再国有化だの上下分離だのを叫んでも、ぜんぜん、弱いと思います。
まずは不通区間の一日も早い開通を望みますが、大事なのはその先です。もう、時間は残されていません。既存の枠組みをぶっ壊すぐらいのつもりで、北海道独自の鉄道のあり方を考えねばならない時期なのだと思います(それにしても、以前に農業の仕事をしていたときにも、北海道の農業と国の施策との不整合が気になって仕方なかったんですが、この北海道独自の感覚っていうのが中央になかなか理解されない、つまり、理解させるような動きができていないってことが、北海道の大きな問題なんだろうな…だから、草の根でも、発信していかねばならないのだと思うのです)。
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